創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

グラウンド・ゼロ 第3話

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
目を覚ました。
 しばらく視線を宙に漂わせる。
 脳が動いて視覚から情報を取り入れはじめるようになるまではさらに少しかか
った。
 どうやら自分はどこかの部屋の隅に置かれたベッドに寝かされているらしい。
 “らしい”というのは、どういうわけか体が動かないのだ。だから自分の上に
かかっている薄手の毛布らしきものを払い除けて上体を起こすこともできない。
金縛りに近い状態だ。
 仕方なしにクリーム色の落ち着いた天井を見つめ続ける。
 自分は一体どうして今、寝ているのだろう。
 確かいつものように家を出て、自転車置き場へ向かって……
 そうだ、そこで……!!
 ……何が起こったのだろう。
 激しくなった動悸を感じながら、シンヤは考えた。
 だがいくら考えても答えは出なかった。出るわけなかった。
 今の状況はあまりにも非日常的すぎた。
 どのくらい経っただろうか。
 シンヤは部屋のどこか離れたところで扉が開く音を聞いて我にかえった。
 誰かが近づいてくる。
 その誰かがベッドの側に立った。
「もう起きられるはずよ。起きなさい。」
 女性の声だ、事務的な。
 言葉に従って、試しに腕を動かそうとしてみると、先程の金縛りが嘘のように
スンナリ動いた。
 上半身を起こす。
 顔を上げる。
 部屋の全体が見えた。
 ベッドの側の女性は、椅子を引き寄せて腰をかけていた。
 シンヤは彼女を見た。
 彼女は黒いスーツに黒い長髪、切れ長の目をしていた。
 女性はシンヤの様子を見て、口を開く。
「おはよう、クロミネくん。」
 とりあえず会釈で返す。
「気分はどう?」
「……別に。」
「そう」
 感情も何もない応対だった。
 彼女は視線を落とし、膝の上に置かれたファイルを開く。
「まずは自己紹介させてもらうわね。」
 彼女は再び顔を上げた。
「はじめまして、私はアヤカ・コンドウ。あなたの拉致を担当させてもらったわ
。」
 異常な単語が聞こえた気がして、聞き返す。
「そう、拉致。シンヤ・クロミネくん、あなたは今から約九時間前、コロニー・
ジャパン政府によって社会的に完全に抹殺されました。」
 わけがわからない。
 社会的に抹殺?
「どうやら理解が追い付いていっていないようだけれど、とりあえず伝えられる
ことは伝えるわね。まぁ、ここはそんなに重要じゃないから軽く流して構わない
わ。」

「あの。」
「なに?」
 アヤカはこちらの目を見ていた。
 唾を飲み込む。喉が乾いてきている。
「社会的に抹殺って……?」
「ん、そこ?」
 彼女は少し意外そうな反応をして、ファイルから書類を一枚引き出した。
「……そうね。クロミネくんは今日の午前七時三十五分頃、駅に向かう途中の道
路でトラックにはねられて即死したことになってるわね。」
 シンヤには彼女が何を言っているか全く分からなかった。
 俺が?死んだことになっている?
「ああ、でも安心していいわよ。ご家族にはこの後トラックの運転手から総額一
千五百万の賠償金と慰謝料が支払われる予定だから。」
 何を安心していいのか。
 シンヤの頭は痛くなってきた。
「……あの、すンません。これは何ですか?」
「どれ?」
「この、ワケわかんない状況。」
「それを説明しに来たのだけれど。」
 当たり前のような顔をするアヤカ。
 シンヤの腹には妙な笑いが込み上げてきた。
「いや、何なんですかさっきから『拉致』とか『社会的抹殺』とか。映画とかで
しか聞いたことないような単語ばっかで、ついてけないというか……」
「そう。なら少しずつ理解しなさい。どうせ状況は変わらないんだから。」
 そうして彼女はファイルをめくる。
「それで、あなたは社会的に抹殺された後、コロニー・ジャパン政府によって、
ここ、極秘機関『幽霊屋敷』に拉致されました。」
「は?」
「通称ね。正式名称は長すぎて誰も覚えてないわ。」
 アヤカは退屈そうに続ける。
「『幽霊屋敷』の役割等は後で追々説明するけど、まずは君のこれからについて
ね。」
 相づちすら打てない。
「あなたはこれからこの『幽霊屋敷』の施設内で生活しつつコロニー・ジャパン
政府が出すあらゆる命令に従わなければなりません。これを拒否した場合、君の
命は“とても速やかに”失われることになります。」
 さりげなく強調されて伝えられる信じがたい事実。現実味が薄すぎてリアクシ
ョンをとるのに時間がかかる。
 シンヤが何か言う前に彼女は再び話し出した。
「あなたの部屋は今いるここに割り当てられています。何か欲しいものがあった
ら用意するわ。それから――」
「待てよ。」
「今度はなに?」
「それって……もう、家には帰れないってことか?」


 シンヤの声は震えていた。
「そうだけれど、どうしたの?」
「冗談じゃない!」
 シンヤは毛布を払い除け、ベッドの上に立ち上がった。
 アヤカの横を飛び越えるようにベッドから下り、部屋のドアへと駆け寄る。
 しかしドアノブは固く電子ロックされ、とても回りそうになかった。
 悪態をついて扉を殴り付ける。何も変わらない。
「ようやく、少しだけ理解したようね。」
 振り向くと、アヤカは椅子から立ち上がりもしていない。
 足を組んでただ、シンヤが戻ってくるのを待っている。
 その様子には中断された作業を再開したい、という単純な意思しか感じられな
い。
 心が寒さで震えている。
「これは何かの冗談でもなければ、夢でもない。紛れもない現実だということを
。」
「違う!」
 思わず叫んでいた。
 心は今の状況を現実として受け止めている。しかし頭が、理性が拒否している

 だってあり得ない。自分は平凡ないち高校生で、昨日は学校の後ゲームセンタ
ーに寄って、帰って、しょうが焼きを食べて、マンガ読んでパソコンいじって、
寝ていたんだ。
 それがどうしてこんな状況に繋がる?
「ワケわかんねーよ、俺は帰るからな!」
「どうやって?」
 視線をアヤカから外し、またドアを睨み付ける。
 一発蹴りを入れようとして、裸足であることに気がついた。
 いつの間にか着替えさせられていたのだ。今シンヤが着ているのは学生服では
なく、薄い水色のパジャマのようなものだった。
 不発に終わった衝動に苛だちながら、今度は部屋の窓に駆け寄る。
 カーテンを開き、窓を開けた。
 途端に風が部屋へとなだれ込む。目を疑った。
「一か八か、飛び降りてみる?」
 返す言葉も無い。
 窓の外には地面が無かった。
 その代わりいつも見上げていた場所が目の前には広がっている。
 恐る恐る窓の下を覗くと、綺麗に区画整備された街並みが霞がかって見えた。
 力無く、後ずさる。
「ここは空を支える支柱の一番上よ。」
 疑問を発する前に答えは与えられた。
「話のスケールが体感できた?」
 シンヤは彼女を見る。
 マネキンのような顔をしやがって。
「……なんで、なんだよ。」
「君を拉致した理由?」
「教えろよ。納得させろよ。」
「そうね。」
 彼女は足を組み直す。
「端的に言えば、君が『テスター』を倒したからね。」


 ギクリとした。
 何故その名前が出てくる?
「何で、いきなりゲームの話に……ってか、何で知ってるんだよ」
「『テスター』は文字通り『Tester』、試験者なの。それで、君はテスト
に合格した。」
「説明になってねーよ」
「『グラウンド・ゼロ』は」
 アヤカは立ち上がった。
 こちらに一つ、歩を進める。
「コロニー・ジャパン政府が“ある目的”のために開発、普及させた“AACV
パイロット選出シミュレーター”なの。ゲーム内で好成績を修めている人間に『
テスター』を派遣し、勝利した者を拉致する。」
 耳を疑う。
「あのゲームのロボットの、パイロット?」
「そう。」
「あれはフィクションだろ?」
「フィクションに国家予算は割かれないわ。」
 アヤカはファイルを開き、一枚の写真を取り出してシンヤへ差し出した。
 受け取って見ると、あのゲームに出てきたロボットとほとんど同じデザインの
巨大な機械が写っている。
 CGかと疑ったが、一緒に写っている整備員の顔は紛れもない本物の人間のも
のだ。
 合成という可能性もあるが、今の状況やアヤカの様子からはシンヤをからかう
ようなユーモアは感じられない。
 信じるしかないのか。
「マジかよ……」
 頭を抱えて、踞る。
「AACVはとても高価で無駄にできないから、パイロットは絞らなければなら
ない。だからこのようにしてパイロットを補充するの。」
「……なんで、俺なんだ。」
「さっきも言ったでしょう?テスターに――」
「そうじゃなくて」
 膝に力を入れ、立ち上がった。ふらつく。
「この国には自衛隊とか……そういうの、あるだろ?なんでわざわざこんな、拉
致とか、犯罪じゃねーか……」
「パイロットが自衛隊員等に任せられない理由は、また後々説明するわ。」
「今、しろよ。」
 アヤカは答えない。
 シンヤは卑屈に笑って、ベッドに近づいて腰かけた。
「……まぁ、とにかく」
 アヤカは腰に手をやる。
「『グラウンド・ゼロ』Aクラスプレイヤー、『メテオ』はこれからこの『幽霊
屋敷』の一員になります。」
 顔を上げるシンヤ。
「今日は一日ゆっくり休んで、基礎訓練等は明日からね。この施設内のあらゆる
設備は自由に利用してもらってかまわ――」
「待てよ。」
「まだ何か質問が?」
「今、『メテオ』って……」
 シンヤの指摘にアヤカは怪訝な顔をする。
「君のプレイヤー名でしょう?」
「いや、違う。」

 立ち上がる。一筋の光明が見えた気がした。
「『メテオ』は俺の友達の、ナカムラってヤツのプレイヤー名だよ。俺の名前は
本名と同じだ。」
「え、嘘」
「いやマジに。」
 ファイルをめくるアヤカ。
 喉が乾いた。
「しかし対『テスター』の記録では……」
「確かに『テスター』を倒したのは俺だけど、本当の俺はCクラスで、そいつと
戦った時はリョウゴのICカードを使ってたんだ。だから、本来『テスター』と
戦うべきだったのはリョウゴの方だったんだ!」
 上手くいけばこれで解放されるかもしれない――そんな期待がシンヤの胸には
満ちていた。
 アヤカはファイルを閉じて何か思案しているようだったが、その内ポケットか
ら通信機のようなものを取り出して耳に当てた。
 それから何か複雑な用語に満ちた会話が少しされ、通信は切られる。
 アヤカが息を吐いた。
「確認したけれど、部下のミスね。ICカードだけじゃ個人特定は無理だから実
際目で見て確認することになっているのだけれど、こういうケースは初めてだわ。
教えてくれてありがとう。」
「え、いや、まあ。」
 予想外の言葉に少し戸惑う。
「だけど、君の処遇は変わらないわよ。」
 腹に一撃もらったような気分になる。
 アヤカの言葉は冷たかった。
「なんで!」
 シンヤは噛みついた。
「……死体の準備費」
 静かに、アヤカが言う。
「防犯カメラ等各種記録の改竄費用、目撃者の準備費用とその報酬、トラックの
費用、事故現場確保のための経済的損失エトセトラ……無駄にできないでしょう
?」
「なっ……!」
「そんなものよ。」
 ファイルを脇に抱える女。
「あなたの価値なんてね。」
 言葉が見つからなかった。
 アヤカはシンヤに向き直る。
「改めて、『幽霊屋敷』へようこそ。シンヤ・クロミネくん。」
 黙っていると、アヤカは口端を少しつり上げた。
「大丈夫、きっと不自由な思いはしないわ。申請すれば基本的に何でも与えられ
るし、休日だって一応あるんだから。」
 目をそらす。
「……そういうことじゃねーよ……」
 聞こえない程度に、小さく呟いた。
 窓の外を見る。
 吸い込まれてしまいたくなった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー