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第九話 「風邪」

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ParaBellum

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 『Diver's shellⅡ』


 第九話「風邪」


 第二地球暦148年 13月2日 



 気温が零下を下回るようになって久しい今日この頃。
 天に昇った太陽は疲れたから休むわと言わんばかりの超特急で地平線の下に休みに行き、俺の出番だベイビーと乱舞しながら夜が押し寄せる、そんな季節、冬。
 冬ともなれば空気が乾燥して風邪が流行る。乾燥した空気は人体に害をもたらす細菌の多くに利を与え、活性化させる。予防をしっかりすべき時期だ。栄養睡眠はしっかりとろう。
 ジュリアは、孤児院のベッドの上で、意識を朦朧としつつ思った。
 どうしてこんなことに、と。
 原因は少々前に遡らなくてはなるまい―――。



 新型潜水機『クラドセラケ』の製作は順調「だった」。
 設計と必要な製品の選択に合計一ヶ月かけて、製作に今日までかけた。ホイホイ造れるものではないため、現段階でも未完成だが、順調に行けば年内の試運転にこぎつける筈だったのだ。
 クラドセラケ(Cladoselache)―――……古生代デボン紀後期の地球に棲息していた、原始的な鮫の一種。復元図を見ると現在の鮫とは口部が大きく異なり、体の形状も鰻に見えなくも無い。
 メインスラスターは造らず、安定性や耐久性に定評のあるフェブルウス社製を使用。帰還用背面部スラスターは、小型のものを。固定兵器はハルキゲニアから流用し、三連装遠距離魚雷ランチャー、熱音波煙幕弾投射器に決定した。
 製作する部分が比較的少なかったので短期間で済んだ。
 設計で一番苦労したのは勿論、クラドセラケの変形機構であった。
 鮫から人に。これを実現するには可動する部位を増やし、鮫形態の時は水の抵抗を少なくして、人型の時は両手足を伸ばす……一晩中悩んだこともあった。学術書を読み漁り、数々ある潜水機の設計図を読み潰した。
 そうして、やっと製作に漕ぎ付け、完成はあと少し―――という時に、ジュリアは作業を停止するしか道が無かった。理由は風邪である。
 潜水機を造る為に徹夜したり食事をお粗末にしたために体の抵抗力が減少して、増殖を狙う風邪菌に襲撃され熱を出して倒れた。夢中になるのも程ほどにしておけばよかったのだ。
 倒れたのが孤児院前だったのが幸い(?)して、ジュリアはオルカの手で部屋の中に担ぎ込まれた。
 そして今。
 ジュリアは、クラウディアのお陰で帰るに帰れずオルカが用意した一室にあるベッドで臥せていた。
 最初はオルカに自分を自宅に連れて行かせようとしたのだが、クラウディアが家に帰ってくるまでに風邪が悪化するだの、帰るのは危険だの、大掃除をするんだだの、潜水機を一人で頑張って造ってるからゆっくりしててなど、理由をつけられて帰れなかった。
 頭が熱い。体が熱くて、鉛のように重い。眼の奥で鈍痛がする。関節が軋むように痛い。
 ぜぇぜぇ、と熱い吐息を吐いては、部屋の空気を吸い込む。
 頭の中に蒸気を詰め込まれているような錯覚が離れない。

 「くそ……」

 彼女は孤児院の一室に居る。
 元は白かったであろう壁紙はくすんで灰色に近く、窓もなんとなく覇気が無い。シーツこそ新しいものの、肝心のベッド本体はボロボロだった。部屋の隅で寂しげに立つ黒ずんだ机と椅子が年季を感じさせる。
 ジュリアは、体の上にかかった布団を跳ね上げて篭った熱を逃がすと、汗で皮膚にべっとり張り付いた男物のパジャマの胸元に息を吹き込んだ。
 黒い前髪も汗で張り付き、額から零れた汗が鼻の横を通って口に流れる。舌を出して舐めるとしょっぱかった。
 熱に浮かされている所為か過去の記憶がどっと再生され始めた。
 走馬灯ではないと信じたい。
 頭を振って再生を強制停止させる。
 風邪で死ぬものかと強く思うも、風邪をひいた経験がほぼ無い為に抗体が無いことに気が付いて弱気になりかける。風邪をひくとマイナス思考になるものなのだろうか。
 喉の渇きを癒そうとベッドの横にある小さい台の上から水の入ったコップを取ろうとしたが、中身が無くて断念せざるを得なかった。喉の粘膜がヒリヒリしている。水が欲しい。水が欲しくてたまらない。
 上半身を起こす。ベッドのスプリングがギシと音を鳴らす。
 ジュリアはドアに体を向けると、俺は働きたくないと主張する喉に鞭打ち声を上げた。ベッドに寝た段階で居たオルカは眼を覚ますと消えていたが、呼べば来るかもしれない。

 「………、はぁ…………はぁ、……オルカぁ……?」

 …………。
 自身の声がエコーがかって聞こえたが、きっと気のせいであろう。
 声を上げても一向に返事は返って来ず、冬風で虚しく窓がガタついただけだった。
 孤児院に宿泊してるも同然なのだから、身の回りの世話は全て自分ですべきなのかもしれない。オルカとて孤児院で働いているのだし、人一人に付き添って看病できるほど暇じゃないはずなのだから。
 のろのろとベッドから起き上がったジュリアは、ベッドに手をかけて体を安定させつつ立ち上がった。スリッパを足に引っ掛けた。
 一歩……を踏み出そうとしてよろめく。

 「うわ……っ、とっと……」

 足が言うことを聞かない。
 すっ転びそうになったので、床にへたり込む。
 ジュリアは、脳震盪を起こしたように体の制御が利き難くなっていることを自覚した。寝ていたせいではなく、風邪をひいたせいだろう。
 自分が情けなくなってきた。水一つ取りにいくのも酔っ払いみたいにフラフラしなくてはならないのだ。平素なら眼を瞑って両手を縛られても水一杯程度なら調達可能なのに。
 慎重にコップを握ると、ドアを開けて廊下に出る。
 ふと思う。今はいつだ?
 窓の外は曇りで、時間を知ることは出来ない。
 倒れたのが昨日の夕方。運び込まれて眼を覚ましたときは夜だった。では、今は次の日の昼間なのか? それとも朝? さっぱり分からなかった。
 水分補給のついでに、ぼんやりした頭をスッキリさせるためにも、水を飲むべく一歩一歩確かめるようにして歩む。歩く度スリッパがかぱこんかぱこん特有の音を立て、それが耳に染み入るようで。
 ふと、孤児院なのに子供の姿が見えず声一つ聞こえないことに気が付く。
 事件でも起こったのか、自分がおかしいのか……?
 急に不安が津波のように押し寄せてくる。セカイから自分だけが剥離して滑り落ちた気持ち。孤島の周囲を渦が廻り続けるような不安。雪山で遭難して助けを待つ冒険者の心情。
 ジュリアは、いつか読んだ小説の中で人類最後の生き残りの主人公が居たことを思い出した。
 このままじゃいけない。
 歩調を速めて、かつて生活を送っていた孤児院の中を歩いていき、リビングに出る。家具の少ない広間にも、人っ子一人居ない。本格的に恐怖がせり上がってくる。
 ジュリアの赤い瞳が一度強く閉じ、そろりそろりと開く。

 「………誰か、居ないの……?」

 震えそうになる言葉を制してやっとのことで冷静に呼びかけるが、返事は無い。部屋を照らす照明がジジッと呻いた。
 昔孤児院に住んでいたジュリアでも、この奇妙な静寂に耐えられる気がしない。だから本能を優先した。
 リビングを歩いていき、両手の汗をパジャマにこすり付けると、キッチンに入ってコップに水を並々と満たす。透明な硝子に透明な液が限界まで注がれ、表面張力で縁を越えて震え。
 零れないよう、自分から口を近づけて水を吸い取る。量が減った。今度はコップの中身を一気に飲み干す。ごくりごくりと喉が鳴る。冷たい水が胃にどっと流れ込み、体に染み渡る。

 生き返った心地がした。
 筈だった。

 「………な……!?」

 ジュリアが顔を上げると、全ては一変していた。
 一面の火炎。
 孤児院が火事になっていた。
 目に入るもの全てが赤と朱の高温に嬲られ、蹂躙されている。
 行動する機会を与えられることすらなく、体に火が燃え移る。熱い。熱い。死んでしまう。体が焼ける。嫌な臭いと音がする。
 これは、なんなのだ、なんなのだ?
 セカイが完全に赤で包まれ―――……。
 その中心に一匹の猫が現れたかと思えば、鳴き声を上げた。
 瞬間、意識が反転した。



 「うああ………っ!?」
 「……気がついた?」

 ジュリアは悲鳴を上げながら飛び起きた。
 まず最初に見えたのは、三つ編みにだぶだぶの服を着込んだ少女が自分の肩に手を置いている光景だった。
 混乱に包まれた脳に命令を下し、情報の海から一つのファイルを引きずり上げる。
 クー。
 確かそんな名前だったはずだ。その彼女が、何故孤児院に居るのだろうか。そんなことはどうでもよかった。さっき見た一面の火が彼女を錯乱に近い状態に追い込んでいたのだ。
 クーの肩を押しのけベッドから跳ね起きるや床に降り立ち、気が違ったように周囲をきょろきょろ見回す。火は無いのか、安全なのか、誰か居ないのか。

 「だ、大丈夫か?」

 敬語の無い、聞き覚えのある声がした。敬語をつければピンと来る声。オルカ、その人が部屋の入り口のドア前にてびっくりした様子でジュリアを見ていた。
 ジュリアは知らずの内に涙を流していた。やっとさっきまでの全てが気まぐれの見せた悪夢だと分かったのだ。安心して体を抱えその場にうずくまる。悪寒が酷い。
 クーは感情の読み取れない顔で部屋の隅に歩いていき椅子に座ると、片手に持っていたリンゴを果物ナイフで皮のみ削っては机の上の皿に落としていく。皮は全て繋がっていることからクーは器用なのだと分かる。
 オルカは、スポーツドリンク入りのコップをベッドの脇の台に置けば、ジュリアの元に大急ぎで寄って目線の高さに顔を合わせる。涙だか汗で顔をぐちゃぐちゃにしているのが至近距離から見えた。
 細い肩に手で触れて、柔らかい微笑を浮かべてみせる。

 「大丈夫。夢で何を見たかは分からないけど、俺はここに居るし、安全だから。な?」
 「………」

 それこそ子供を諭すような優しい喋り方で話かけられれば、平常心の堤は一波の元に決壊してしまう。喉が渇きとは別にしくしくし始め、涙がぽろりと床に落ちた。
 次の瞬間、オルカが心の準備をするより素早くジュリアが胸に飛び込んでいた。熱い体躯をオルカに寄せ、引き寄せるように腕で抱きしめる。
 予期せぬ抱擁に、オルカの思考回路は限界を超えてフリーズした。ぽかんと口を開いたまま硬直して成すがままにされる。よほどの衝撃だったのか、呼吸が止まり、瞼が開いたままになった。
 ジュリアは相手の胸元に顔をぐっと押し入れたまま無言で泣き続ける。限度を超えてしまったが故の行動か、それとも。
 暫くの後。
 ぐすぐす泣くジュリア。
 ハッと我に帰ったオルカ。
 抱き合う男女二人。
 その場に居たのがクーで良かった。彼女はリンゴの皮を剥く作業に没頭しているが、例えリンゴがあろうが無かろうが、男女二人が抱き合っていることに関心は示さない人種であった。
 オルカ、腕の中にあるのが最も大切で壊れやすく手に入らないもの―――……表現を簡略化すると好きな女性が泣きついてきていることをやっと把握すると、顔を真っ赤にした。
 彼は、このシーンが発生する確立は、隕石が落下する確率の方がよっぽど高いと思っていた。今日はきっと弾丸の雨が降るに違いない。それもトリガーハッピーな少女がブチかますのだ。気持ちのいい破壊シーンではないか。わっはっは。


 「な、な、な……!?」

 ジュリアの体型はお世辞にも豊かとはいえないが、れっきとした女性である。無駄な肉の無い引き締まった腰回り。穏やかに柔らかみを主張する胸。相応の格好をさせれば引き立つであろう細い脚。そして凜とした顔立ち。
 普段絶対に見せない弱弱しい表情は、いい意味でギャップを感じさせる。ちらりと見えただけだが。
 体が密着すれば、平素より尚お熱い体温が皮膚を通じて伝わってくる。母を見失った幼子のように身体は震え、汗のニオイに混じってシャンプーのような甘い匂いも感じ取れた。
 鼻を鳴らして胸に顔を埋める彼女を、つい抱きしめたくなる。抱きしめるだけ。鼻も触れ合おうかという距離なのに、何故か遠く感じた。
 二人をヨソにリンゴの皮を全て剥いたクーは、果物ナイフを皿に乗せ、おもむろにリンゴをかじり始めた。むしゃむしゃ咀嚼しつつ、二人を見遣り、首を小さく傾げると部屋を出て行こうとする。
 リンゴは風邪人用でなく自分用だったようだ。

 「ごゆっくり」
 「え、ちょっ、クー……!」

 慌てたオルカがあたふたして呼びとめようとしたが、クーは指をひらひらさせてドアの外に出て行ってしまった。なんの為に居たのか、さっぱり分からない。本人は二人の会話がうるさいからと平気な顔でいいそうで怖い。
 こうして、部屋に居る人間は二人だけになった。
 オルカは最初はゆっくりと片手を伸ばし、1cm、2cm、と近づけていくとジュリアの頭に手を置いて、母親が子供にするように撫でる。これだけでも心臓破裂ものだった。
 ジュリアの肩がぴくんと跳ねるも、手つきに安心したのか大人しく撫でられるままになった。よほど怖かったのだろう。
 オルカの手が、またも恐る恐るジュリアに近づいてジュリアの背中に置かれ、抱きしめる。友情とも愛情とも慈悲とも形容し難い、不思議な感情が二人をなかなか引き離そうとしなかった。一体感とでも言うのだろうか。

 「………」
 「………」

 孤児院のどこかで子供達が駆け回る音が聞こえた。
 昔、ジュリアがまだアイリーンに会ってない頃もこんな感じに抱き合ったことがあった。子供の時期によくやるおふざけである。でも、成長するにつれてしなくなった。
 ジュリアがやっと顔を上げた。白目まで真っ赤に充血していて、涙の跡が顔を汚していた。手の甲でごしごし乱暴に擦って簡単に綺麗にしながらオルカに背中を向けて座りなおした。
 沈黙。
 沈黙。
 沈黙。
 一番に口を開いたのはジュリアだった。

 「……ありがと」
 「どういたしまして」
 「………あー恥ずかしい。ヤバイ超恥ずかしい。無かったことにしてくんない?」
 「いいですよ。何もなかった、そういうことで」
 「サンキュ」

 二人だけの密約を、一方は背を向けて一方は背中に語りかける形で交わす。
 ジュリアはヨタヨタとベッドに這って行くと腰掛け、傍らの台の上にぽつんとあるスポーツドリンク入りのコップに口をつけゴクゴクと一気に飲み干した。舌で唇を舐め、下半身を布団の中に。

 「悪いけど濡れたタオルと、代えの服を持ってきてくれない? 汗でぐちゃぐちゃで」

 コツン。コップを置けば、胸元に指を差し込んで水分を吸い込み湿ったパジャマを摘み、ひらひら振る。
 そういえば幼馴染の風邪は完治していないどころか、高熱で悪夢を見てしまうほど悪い状態だったのだ。早めに治すことに越したことは無い。治療法は、薬を飲んで栄養を摂って寝ることだ。濡れた服を着たままは論外である。
 オルカは、うんと頷き、部屋から出る直前で足を止める。男性にしてはやや長めの灰色髪が慣性の法則に隷従し揺れた。

 「分かりました。夕飯も僕が運びますから、ゆっくり休んでください」
 「……ふん。突然敬語に戻ったな。別にいいけど」
 「さてなんのことやら?」

 病人はベッドに寝て、孤児院勤務の男は部屋を出た。
 風邪が治るのにどれほど時間が必要なのかは神のみぞ、否、体とウィルスのみが知るか。



 ジュリアが居ない家。
 潜水機の整備・製作を行う格納庫にクラウディアは居た。
 お古のハルキゲニアはバラバラにされて部品ごとに使えるものと使えないものに仕分けられたので原型を止めず、照明を反射するだけの置物と化していた。
 ジュリアが体を壊してまで造り続けていたクラドセラケは、組み立て作業に入っていた。各パーツはほぼ完成しており、接続して調整するのみ。ハルキゲニアのパーツが並ぶ隣には、クラドセラケの体躯がある。
 組み立てだけなら一人でも十分であり、女性としては腕力のあるクラウディアがやれば楽々である。明白に分けたことは無いが、頭脳労働は専らジュリアで肉体労働はクラウディアが専門も同じだったりする。その割にはダイブ中頭脳を使う補助者をクラウディアがやるが。
 頭部パーツの耐圧構造を確認したクラウディアは、小型クレーンの操作スイッチを押して胴体にはめ込められる位置に下げて押し当てた。穴にのろのろと頭部が引き込まれ、歯科用ドリルに酷似した雑音を発しながら固定される。
 ふぅ。額に薄っすら浮かんだ汗を手で拭って地面に払い、キャットウォークを駆け下りて、コンクリートの地面上に置いておいた天然水をぐっと呷って空にした。機械を使う都合上、コンクリートの箱である格納庫は暑くなるのだ。
 やっと直立するまでに組み立てられた我が機体を見上げる。
 全体的に細いシルエットながら、多くは滑らかに構成され、細く伸びた足や切れ込みを入れたように鋭いモノアイ、背中から生えた「尾」が通常の潜水機とは一風変わった造形美を生み出している。
 無塗装の潜水機は、天井からぶら下がった強力な照明に当てられ、今にも大海へと飛び込みたいと主張しているかのようだった。
 クラウディアは手ごろな場所に座った。そしてこめかみに指を置き、考える。

 「え~っとお………大体終わっちゃったけど、何か足りてないような………あぁっ」

 ぽん。
 手と手を合わせ、自分の額にデコピンで一撃。すっかり忘れていた。よいしょっとなどとオッサン……オバサン臭いことを言いつつ立ち上がって、意味も無くスキップを決めつつリビングに直行。携帯電話でとある人物に通話。
 意外なことに、目的の人物は数回のコール音で電話に応じた。
 リビングのソファーに飛び込み、ダークブルーの髪を電話のコードよろしくくるくる指に絡め回して口を開く。クセっ毛が更にクセを強めカールかくやというところだ。

 「オヤジさーんおひさー!」
 『………なんだぁお前さんかい。寝てンのに起こすとはいい度胸だ』

 催促電話の相手は旧都市外れ在住のダイブ屋経営、つまりオヤジさんだった。
 電話の向こうで我慢しない大欠伸がわんわん唸ること十秒。聞こえてくるのは、嘘偽りなく昼間過ぎまで怠惰に惰眠を貪っていたことを主張する、倦怠感丸出しの声だった。
 仕事はきっちりやるのに生活はきっちりしていない点がクラウディアそっくりである。
 クラウディアは携帯電話を耳に宛てたままソファーで体を反転させ仰向けになった。

 「電池、まだ届かないんだけど」
 『……おぅ』
 「いつ来るの?」
 『そのうちって事にしておいてくれや。ちょっと一悶着あったんだからよ』
 「ふーん。どんな?」
 『セントマリアから出た船が沈没したって話、聞いてないか? ヤバい物資を積んでたとかって、気になって調べてたらこの有様って寸法さ』

 セントマリアといえば、ギャングの根城だとか悪い噂が絶えない島。
 ヤバい物資とやらが何なのか見当も付かないが、普通に暮らす人間にとってどうでも良いことであることは分かった。
 興味はあれど深く聞いたり調べるのは面倒だった。片足を上げ、もう片方の足も上げて、ストレッチ。

 「ふぅーん、ドンパチ?」
 『らしい。運び屋姉妹が見てたらしい。マ、兎に角電池は数日以内に届けさせるから安心してオジさんとデートでも』
 「ざぁ~んねん。オジさん趣味は無いの。じゃーね」

 冗談にしか聞こえないというか明らかな軽い冗談を跳ね返し、通話を終了する。クラウディアは電話を適当に放るなり、ソファーに顔を埋め、あっという間に眠りについた。
 なんとなく締りが無いなぁ、なんて頭の端で思ってたりするのだが、それも睡魔が悉く記憶の収納スペースに叩き込んでくれた。睡眠時に物事を考えるのは明晰夢などを例外とすればほぼ不可能である。
 ジュリアが帰ってきたのは、宿泊して数日後のことであったという。


【終】


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