創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

When They Cry

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ParaBellum

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                             ロボット物総合SSスレ 20号機記念作品


……暗い。目の前が真っ暗で、何も見えない。一先ず足を動かしてみる。しばらく歩いてみるが、障害物らしき物はない。                        

一瞬目隠しでもされてるのかと思って顔の辺りを探るが、目も鼻も口の感覚もちゃんとある。しっかり歩けているという事は、体が自由に動けているって事だ。
しかし暗い。一切の光が遮断されているみたいで、次第に俺は自分が何処を歩いてるのかが分からなくなってきた。
どこかで真っ逆さまに落ちるのではないかという恐怖心が沸く。それにしても幾ら歩いても、出口は愚か光さえ見えない。
このまま歩いていても埒が明かない気がして、俺は意を決して走る事にした。その時だ。

『眠りから、覚めたかい?』

男の人の声が、暗闇の中でエコーした。この声……俺は何処かで聞いた事がある。しかし何も思い出せない。
貴方は誰だと言う為に口を開こうとするが、まるで強力な接着剤でくっ付けられているかの如く、俺の口は開かない。
どういう事だ……? 何らかの力が働いていて。俺に質問とかさせない様にしているのか? 軽くパニックに陥っている俺をよそに、声が説明し始めた。

『あの件、よく頑張ったね。君は自分自身の弱さに打ち勝って、強大な悪を倒したんだ。素直に称賛するよ』

『しかしだ。君はまだ、自分自身がどれほどの力を持っているかの自覚がまるで足りていない。このまま君が未来に行った所で、犬死するだけだ』

『だから私が君に教えてあげよう。これから君には三つ、力について勉強して貰う。
 そして全てが終わったら、君の考えを聞かせてくれ。君が持っている力を、どうするかをね』

こいつ……俺が何も言えない事を良い事に訳の分からない事を……と思って気付く。三つの……力? どういう意味だ?

未だに状況が掴めず頭の中で疑問符が乱舞してる。だが分かっている事は一つ。俺はこれからこの声とやらに、力についてレッスンされるそうだ。
どんな事をされるか知らないが、すぐに終わらせちまおう。こんな薄気味悪い場所、一分一秒も居たくないね。
と、暗闇の中から俺を迎えに来たかの様に何かがゆっくりと迫ってくる。次第にそれが明確な姿を現し、俺の前で立ち止まった。

ドア、だ。目が痛くなる様な上から下まで真っ赤っかなドアが、俺の目の前に立っている。俺が入るのを、今か今かと待っているみたいだ。
すると、俺の意思とは関係無しに俺の右腕と右手が動いて、金色のドアノブを掴んで回した、く、口だけでなく、体まで自由を奪われんのかよ……最悪だ。
ドアが開くと、そこもまた真っ暗闇だ。この先に何があるのか……正直逃げだしたくて仕方がないが、俺の意思とは関係無しに、右足が中へと足を踏み入れた。


『それではまた、あっち側で会おう。しっかりと学んでくれ。君自身の為にも』


声がそう言った瞬間、俺の目の前が白い光に包まれ―――――――――――――。



                           When
                           They
                           Cry


……暑い。暑い暑い、あつーい。あまりの暑さにしょっちゅう意識が遠のきそうになるが、どうにか足を進める事で意識を保つ。


先の見えない真っ暗闇から一転、別の意味で全く先の見えない砂漠を、俺は今歩いている。

歩いても歩いても、見える景色はずっと同じ砂砂砂。建物はおろか、動物も、人の姿なんてこれっぽっちも見ない。無限に同じ景色が続く、そんな悪夢。
空を見るといつもはどうでもいい広々とした青空。今ばかりは非常に腹が立つ。それもこれも、俺の事なんかお構いなくにギラついている太陽のせいなのだが。
喉も既にカラカラだ。何度か唾を飲み込んで雀の涙ほどの水分を入れるが、その唾でさえ、もう乾ききって出てこない。
建物……建物さえあれば何でも良い。水も無くても良い。ただ、この異常な直射日光から守ってくれ……。このままじゃ、太陽に焦がされ……。
……あった。今から数メートル先に、白い建物が見えた。蜃気楼の類かと思って何度も目を擦るが、確かにアレは建物だ。
俺は無我夢中で、その建物に向かって両足を振り上げ疾走する。命が掛かってるんだ。次第に建物が近くなる。良かった、幻じゃない。
壁は老朽化の為か至る所がボロボロに崩れていて、中から硝煙の匂いが匂ってきてお世辞にも良い建物とは言えない。でも構わない。即座に中へと入る。

はぁ~……涼しくはないが、屋根があるお陰で直射日光が遮断されて、一先ず助かった。にしても何だろう、この建物……。
人が住んでる気が全くしない。かといって、全く廃墟って訳でも無さそうだ。ふと、正面に視線を向ける。

そこには、まだ年端もいかない体格と顔つきの褐色肌な少年が、軍服を着て、俺に重くて落としそうな危なげな持ち方で……ライフル銃を向けていた。
ちょ、ちょっと待ってよ……。俺は別に君の敵でも何でもない、ただちょっとここで涼みたかっただけなんだ。少し落ち着いたらすぐにここを出るからさ。
そう言おうとしたが畜生、口が開かねぇ! おいおいおい、マジで待てって! 俺、殺される様な事をした覚えなんて何も……。

そう心の底から焦っていると、俺の体が勝手に動き出した。顔が下を向いて……何だ、これ? 黒い、拳銃と……弾倉?
しゃがんでひょいっと、右手がその拳銃を拾い上げた。モデルガンでさえ触った事が無いのに、両手が自然な手つきで、拳銃に弾倉を挿入してセットする。
……待て、やめろ、やめろって……。と、どれだけ強く念じても、俺の右手は勝手に動いて、少年に向かって、拳銃を突きつけた。

顔を少年に向けて、ハッとする。何時の間にか、少年の背後に数人の子供達がいる事に。
その子達は少年と同じく褐色肌で、擦り切れていてボロ布の様な服を着ている。子供達は怯えているのか、俺へと背を向け、互いに寄り添う。

『その少年の持っているライフルは弾切れだ。一発も君に対して撃つ事は出来ない。安心したまえ』

あの声が、空から俺の耳へと響いてくる。ちくしょう、どこにいやがる……。もしこんな酷い事を仕掛けてるのがあんたなら、絶対に許せねえぞ!
と幾ら怒ってみても口が開かないんだよなぁ……本気で悔しい。俺の怒りなど露知らず、声は言葉を続ける。

『一方、君が持っている拳銃はキッチリ全弾入っているよ。そう、その少年の後ろに居る子供達全員を殺せる分はね』

『さぁ、決断している暇はない。引き金を引きたまえ。そうすれば、ここは君の居場所になる』

……今、何て言った? 俺は声が言った言葉が理解できず、頭の中で聞き返した。今……引き金を引けって言ったんだよな。確かに。
ふざけんな! 俺は人殺しなんてしない! 目の前に居る子達を殺すくらいなら……おい、ちょっと待て……止めろ!

人指し指が、引き金に掛かって曲がろうとしている。俺は歯を食いしばって、引き金を引くまいと渾身の力を込めて人差し指を伸ばす。
だが人差し指は、俺の指では無い別の生き物の様に動いて、引き金を引こうと曲がろうとする。……絶対に引かせない……引かせて、たまるかよ!

少年は溜まっている涙を時折拭って、俺を狙ってライフルを担ぐ。もうとっくに弾が無い事が分かっている筈なのに、威嚇する為に。
その足は強がりのつもりだろうか、微かに震えている。俺に……殺せってのか? この子を。

『何故引かないんだ? 引かねば君は、太陽に焦がれて死ぬんだぞ?』

ざけんな! 俺は、俺は他人の命を自分の命と天秤に掛ける様な事はしない! あの日決めたんだ、俺は未来を……未来を救うために……。

『……後ろを見てみたまえ。君の甘さを矯正してやろう』

声に言われるがまま、俺の顔が勝手に背後へと向く。次の瞬間、俺は目の前の光景にゾッとして、暑い筈なのにぞわっと鳥肌が出来る。
建物の入り口には、水分が抜けきってミイラみたいに干からびた体で、子供達と同じボロボロの服を着た人達が大量に群がっていた。
ある人は入口間際で倒れ、ある人は壁際に這いずり、ある人は……俺は目を瞑って見ない様に首を振りきる。
あの人達が何と言っているかは、外国の言葉だからか分からない。しかし確実に、助けを求めているという事は分かる。人間とは思えない、凄まじい叫び声で。

『見たかね? あの人達は君と同じく、太陽に焦がれて今にも死にそうな人々だ。早く建物に入らないと、皆直射日光のせいで死んでしまうだろう』

『人々が助かるには、この建物に入って太陽を防ぐしか方法は無い。しかしだ、前の少年と子供達がいると、外の人達は全員入りきれない』

『そこでだ。今の君には、外の人達――――つまり、全を救うための力がある。
 全を救うために、目の前の少年と子供達――――個を切り捨てるんだ。冷静に考えてみたまえ。少しの生存者と、多くの生存者、君はどっちを取る?』

……額に一筋の汗が落ち、地面に小さな染みを作る。汗を?いているが、これは暑さからの汗じゃない。

俺に……俺に決めさせる気なのか? 目の前の子供達を殺すのかを。そんな事……俺に決める権利なんてあるのか? 人の命を決める権利なんて……。
背後から化物の様な唸り声が、響いては消える。目の前の少年が俺に対して涙目でライフルを向ける。後ろの子供達が体を震わせている。

俺はどうすれば良い? 如何すれば良いんだ? 殺せば背後の人達が助かるだろう。だけどそれは違う。違う気がする。
だからと言って見殺しなんて出来る訳がない。如何すれば……如何すればいいんだ……どう、すれば……。

『時間切れだ』

え?

――――瞬間、人差し指がいとも簡単に、引き金を引いた。少年の背後に脳漿と血が飛び散って、子供達を赤く染めた。
あまりの呆気無さに頭が真っ白になる。間髪いれず、右手が動いて人差し指が引き金を引き、子供達の頭を撃ち抜いた。

目の前にいた筈の少年と子供達が、人間、だったモノに変わっていた。
大量の血溜まりが川の様に俺の足元に枝分かれして流れてくる、体の力という力が全て抜けて、俺はその場にへたり込んだ。
殺した……俺が殺したのか? 俺が自分の手で? 拳銃が手から滑り降りて、俺は自分の顔を両手で覆った。

俺の横を、外の人達が猛烈な勢いで通り過ぎていく。そして外の人達は、金目の物を漁っているのか、目の前の少年の軍服と、子供達の衣服を無造作に剥ぎ取っていく。

何も無い事が分かった途端、外の人達は少年と子供達を激しく踏み付け、蹴り上げ、滅茶苦茶にする。どいつも、こいつも、化け物みたいな面で。

俺……こんな奴らの為に殺したのか? アレほど怯えていた、少年と子供達を。

『さぁ、この授業のまとめだ。拳銃を力だと仮定しよう。力を持った際に必ずどちらかを救わねばならないという局面が存在する。つまり、個と全だ。』

『ここで間違ってはいけないのは、どちらも救おうなんて考えない事。君は英雄でも無ければヒーローでも無いんだから』

『だからどんな状況下でも、率先して全を救うんだ。全にどんな人間が含まれようと、多くの人間が助けるのが力を持った人間がやるべき事だよ。
 少数の犠牲で多勢を救う。これ、絶対に忘れてはならない事だから、しっかり覚えておくように。それじゃあ、次の授業に行こうか』

……ふざけんな。ふざけんなふざけんなふざけんな!

体が自由に動く。俺は怒りにまかせて真下にある拳銃を拾い上げ、立ち上がる。
どこだ、何処から見てやがるんだ、お前! 絶対に許さねえ! 拳銃を構えて至る所に目を向け――――。 

くっ……意識が……遠のい……て……。閉じるな、まぶ……た……。

―――――――はぁ?

目を開けた瞬間、さっきまでの景色が全て消え失せて、全く違う景色が広がっていた。

右も左も人が行き交い、周辺には様々なビルが立ち並んでいる。ビルに掲げられた色んな広告には日本語……日本語? って事はココは……現代の日本って事か?
次第に頭の中が冴えてくる。下の道路に記された白い印……。多分これは横断歩道だ。って事は俺が今いるのは、スクランブル交差点って事か。
にしてもこんなに人が多いと、息が詰まりそうだ……。都会は初めてじゃないが、こうも人混みだと頭が痛くなってくる。
さっきまで見ていた砂漠のアレは全部夢だったのか? 試しに頬を叩こうとしたら、後ろから邪魔だと言われて肩をぶつけられる。現実、みたいだな……。

一先ず歩きだそう。異常に環境が変化した為か、足が石の様に重い。これが夢だとしたら早く冷めてくれ。もう……嫌だ。

「遥ノ市で起きた悲劇から早くも二年が立ちました。皆さま、いかかお過ごしでしょうか」

――――――聞き覚えのある声がして、俺は足を止めた。その声が何処から聞こえてきたのかをキョロキョロと探して見上げた。あった。
ビルの中に設置された、巨大な電光パネルだ。パネルにはスーツを着た見覚えのある……名前が思い出せないがニュースキャスターとアナウンサーが、神妙な面持ちを浮かべていた。
どうやら特別番組というかニュースを映している事が分かる。しかし遥ノ市……? 何だか記憶が……。

「事件は今を遡る事2年前、○○県遥ノ市で、こちらの、高層マンションを中心に半径3㎞に渡って突如として近隣の建物が跡形もなく消滅。
 その余波の影響で、周辺2㎞にまで被害が及んだ痛ましい事件です。未だに原因は不明ですが、現在も調査が……」

ニュースキャスターがそう言いながら、一枚のパネルを見せる。そのパネルに描かれたマンション……。

胃の中を抉る様な吐き気を催して、俺はその場で両膝をついた。
思い出せない……思い出せないけど、あのマンションを見ているだけで、胃の中から激しく何かが込み上げてくる
違う、思い出せないんじゃない。思い出そうとしているけど、俺の中でそれが拒否している。耐えきれず、口から吐瀉物が飛び出る。
き、きったねぇ……。口元を拭っていると、異常にハッキリと、声が、聞こえた。

「あー今? あの事件の特別番組やってんよ やっぱロボットが関係してるっていわね―のな」


ちゃらけた服装で茶髪の男子高校生が、パネルを見上げて携帯で笑いながらそう言った。


「また嘘付いてるよ―。ロボット同士が喧嘩したって言えば良いのにね」
「まーマスコミはしょうがないよ」


二人組の仲の良さそうなOLが、談笑しながらモニターを見上げてそう言った。


「ここだけの話、白いロボットがなりふり構わず武器を振り回して、人が死にまくったらしいぜ。政府は今でも隠そうと必死だけどさ」


スーツを着た男が、二人の同僚らしき男にモニターを見上げて俺は秘密を知ってるんだぜと言いたげな顔で自慢げに話す。
俺は耳を塞いでその場にしゃがみこんだ。聞きたくない。何も、聞きたくなんか無い。
しかし人の声は俺の掌を潜りぬけて、容赦無く俺の耳へと突き刺さってくる。その度に沸き上がってくる、吐き気と、記憶。
必死に耳を塞いでも、塞いでも……塞いでも。


「どっちにしろ人沢山死んだ時点でどっちも悪人だよね」
「俺も見てみたかったな―。すげー迫力なんだろうな。死ぬかもしれないけど」
「白いロボットの方がむちゃくちゃな動きをしてたから、白いロボットの方が多く人殺してたんじゃね?」
「実際見てみたら人死にまくっても感動するんだろうな。こんな光景が現実に合ったのか! って」
「俺もロボットによってビルとか壊しまくりてー。つかムカつく奴ぶっ殺しまくりたい」
「てかさてかさ、白いロボットに乗ってた奴ってどんな神経してるんだろうな。きっと凄い事が出来て楽しかったんだろうな」



                      「死にまくるのは見てて気持ち良かったんじゃね? 俺は神だ! みたいな」
                      「ねぇよ、ねぇ。俺から見たら白いロボットの方が悪人に見えたね」
                      「乗ってた奴に聞いてみたいな。人が死んでくのを見てどう思ったかをさ」
                      「でも怖い話だよね。俺だったら殺した人間とか一々気にしてられないよ」                       
                      「これはある種のメッセージだ。しょうもない愚行を繰り返す人類への」
                      「てか皆死んでなくて、行方不明じゃね? あの消滅は別の世界への入り口とか」
                      「これを渡して欲しい。私が体験した、事件の顛末を記録したテープだ。おっと、口止め料5万ね」
                      「全然返事帰って来ないな―。あの事件について話し合いたいのに」 
                      「どうせ死んだ奴ら皆リア充なんだろ? マンションに住んでる様な奴らは総じて死んで良いよ」



止めろ! 止めろ、止めろ……止めろ止めろ止めろ止めろ……止めろぉぉぉぉぉ!

聞きたくない、聞きたくない! 俺が……俺がやった事は全部、只の……人殺しなのか!?
俺は自分に都合の良いように解釈して、皆を殺した事を正当化してたのかよ!? 町を救ったなんて全部、俺が俺を救うためにでっちあげた……。
頼む、頼むからもう黙ってくれ。何でもする、舌を噛み切るでも、高い所から落ちて死んでも良い。だからもう……止めてくれよぉ……。
俺はヒーローなんかじゃない……巨大なロボットに乗って浮かれてたただの……最低な人殺しだ……。

体が……動かない……。力無く、俺は空を見上げた。曇り空から僅かに陽が射していた。あの声が、耳に響く。

『可哀相に……でも、これが現実だ。所詮君がやった事は、それに関わった人間以外には暇つぶしの為にゴシップ、もしくは噂話程度にしかならない。
 英雄やヒーローと呼ばれる人間はね、それに関わった後世の人間が勝手に決めて祭りあげるんだ。所詮人間という生き物は自分に関わらない事には無関心なんだ』

『だから君は英雄ともヒーローとも言われない。例え一部の人間が感謝しても、その他多くの人間は何とも思われない。
 周囲の人間に被害を与えた時点で、君はその多くの人間から暴漢のレッテルを張られるんだ。分かるだろう?』

『でも君は、そんな無関心で、自分勝手で、平気で他人を蔑む人間達を、その持っている力で守っていかなきゃならない。
 それが力を所有し、扱える君の義務であり、運命だ。蔑まれても恨まれても、力を得た時点で君は人間達を守っていかなければならない』

……誰からも感謝されず、むしろ蔑まれ、ネタにされても、俺は戦わなきゃいけないのか? 俺自身の人生は……どうなる?

『……君は人を助ける時に、人に対して見返りや感謝を求めるかい? つまりそういう事さ。これは理解とか理解しないとか、そういう問題じゃないんだ。分かってくれ』

『改めて言うよ。君は、全を救える程に強い力を持っている。其れほどの力を使うのは何の為か、君はもう一度じっくり考えなければいけない。
 ただし覚悟は決めておけ。君自身がどんな代償を払おうと、人は当事者でない限り無関心だ。何時の時代もね。さぁ、次に行こうか』

……もう、動けない筈なのに、足が勝手に立ち上がる。
充分だよ。俺はもう、充分苦しんだ。なぁ、聞いてくれよ、このまま俺を殺してくれないか?
嫌なんだ、全てが。ロボットの事とか、そういう事一切合切が、俺にとって何もかも億劫なんだ。ついでに言っちゃえば生き――――。


っ! 眩……しい!  

またいきなり景色が変わってるし……。で、次はどこなんだ? やけに立派な建物の中だな。石造の柱だの色々。
見渡すと様々な色のコートを着た人達が、壇上に向かってカメラを撮っている。にしてもホントにフラッシュが眩しい。ちょっと自重してくれ。
檀上の上で、スーツに身を包んだ大柄な男が何処の言語かは分からないが、堂々とした立ち振る舞いで何かを喋っている。

『前の男の人は科学者でね。新型兵器の開発が成功したって事で記者会見を開いているんだ』

声が、耳元で囁く。どうせ飛ばすなら崖とかに飛ばしてくれれば良かったのに……。

『彼はこの兵器が世界に対する抑止力となると誇らしげに語っているけど……どう思う?』

どう思う? って言われても……そんな事考えた事も無いよ……。つか抑止力って核の事なのか?
あれだろう? その……戦争しない為に、とか、そういう感じの……ごめん、分からない。

『……君はもう少し世界に対して関心を持つべきだね。というか社会に対して』

ごめん……ホントにごめん……。声はため息をつくと、再び話し始める。

『まぁ今はそんな事はどうでもいい。君に伝えたいのは一つ。人はね、大きな力を持つと、その力に飲まれるんだ。そして自分自身の欲望の為に使う様になる』

すると俺の周囲がメリーゴーランドの様に回転しだした。不思議な事に目は回らないが、奇妙な感覚に囚われる。
段々回転のスピードが遅くなってきて、やがてゆっくりと止まった。ココは何処だ……?
周囲に目を映すと、天文模型やら、大きな実験器具やらが……あぁ、研究室なのか、ここ。

ふと、白衣を着た人達が一か所に集まっている事に気付く。相変わらず何を話しているかは分からないが、一応近寄ってみる。

『この前発表した兵器……というか爆弾の実験場所をどこにするかで揉めているんだ。どこに落とすかをね』

落とすって……あの兵器、爆弾だったのか。どこに落とすってそんな事で悩む必要があるのかな。
てか更地とか荒野とか、人がいない場所に落とすんだよな。……あぁ、なるほど。近隣住民が煩いとかそういう事か。それで揉めて

『いいや。少数の村人が住んでいる辺鄙な村に落としたいんだよ。人体実験を兼ねてね』

声が言った言葉に、俺は耳を疑う。人体実験? 何だよそれ……そんな非人道的な事、許される筈……。

誰かが大声を上げた。白衣の人達の方に目を向けると、若い男の人が叫びながら、誰かの胸倉を掴んで食いかかっていた。
胸倉を掴まれている男は、壇上で記者会見を開いていた、あのスーツ男だった。周りの人達が、男の人の肩を押えこんで、地面に無理やり突っ伏させた。

『今激怒している彼は元教師でね。今爆弾が落とされる村で昔、ボランティアで子供達に授業を教えていたんだ』

そうか、だからアレほどスーツ男に対して怒っていたのか。いや、怒るなんてレベルじゃないだろ、それは……。声が、スーツ男が言っている事を翻訳する。

『君の怒りは理解できる。だがな、よく考えろ。
 この実験は、世界を変えうるかもしれない実験なんだ。その為の尊い犠牲だと思って理解してくれ。君も科学者のはしくれなら分かる筈だ』

スーツ男の言葉に、男の人はひたすら叫んで抵抗しようと、体を動かす。スーツ男は小さくため息をつくと、ズボンの腰元に手を伸ばして、何かを取り出した。
……拳銃だ。スーツ男は男の人の前にしゃがむと、拳銃の銃口を、男の人の頭頂部にピタッとつけて、言った。

『これが最後の警告だ。私の計画に賛同しろ。人類は、いや、科学は常に進歩の裏に尊い犠牲を出してきた。
 君が科学者なら、そんな事は既に理解していると私は思ったのだがな。トンだ思い違いだったようだ』

『確かに……確かに進歩の裏には多くの犠牲者がいる事は分かる。だが! アンタのやっている事はただの快楽殺人だ! 自分の兵器を試したいだけのな!』

男の人がスーツ男にそう叫んだ。スーツ男は無表情のまま、男の人に返答する。

『それは業、だ。我々科学者は進化の裏にある、犠牲という名の業を背負わねば生きていけない。特に、兵器を作る人間ならな』

目を、背けた。研究室内に、無慈悲な銃声音が響いた。俺は自らの両手を見た。汗でべっとりと、濡れていた。

またも周囲が回転しだし、止まる。
本当に辺鄙な村だ。どの家の屋根も藁とレンガで出来ていて、動物や老人達、子供達がのんびりとしている。
誰もかれもが、楽しそうに人生を生きているって感じの屈託のない笑顔を浮かべている。こんなむ……村?

空から飛行機が飛んでくる音が、遠く聞こえる。心臓の鼓動が経験した事の無いくらい早くなる。
まさか……頭の中ではあり得ないと思っていても、胸騒ぎは止まらない。そんな……そんな馬鹿な事……本気でやろうってのか?
幸いな事に体は自由になっていた。そして口も開く。俺は喉を枯らすくらい、大声で叫ぶ。

「早く逃げろ! 爆弾が落ちてくるぞ!」

しかしいくら叫んでも、皆俺には全く気付かない。俺は……いや、諦めるな!
俺は本気で誰かに気付いて貰う為に、手当たり次第に周囲の物を壊す。自分自身のモラルに反していると分かっていても、やらなきゃいけない。
誰でも良い、誰でも良いから俺に気付いてくれ! 早くしないと、早くしないと皆……!

ふと、自分のいる位置が薄暗くなっている事に気付く。飛行機が曇って来た空の合間から覗いている。

視線を戻すと、一人の少女が空を見上げていた。何も知らない無垢な瞳が、ぼんやりと空を見上げている。
頭の中に砂漠で死んだ少年と子供達の事が浮かぶ。この子だけ……この子だけでも俺は……!




瞬間、空が眩く光って、俺は派手に吹き飛ばされた。背中から壁にぶつかって、俺は、そのま、ま。




……どれだけ気絶していたんだろう。頭を弄りながらゆっくりと、俺は目を開ける。青い空だ。
ぶつかった拍子にだろうか、右手の甲に斜めに傷が出来ていた。深くは無いが、爪痕みたいなその傷はズキズキと痛む。
立ち上がると強烈なめまいがするが、激しく頭を振って気を取り直し、前を、見る。

何もかも、消えていた。
村があった場所は、巨大なクレーターになっていた。建物はおろか、生物さえ残らない、何も無い、本当に、何も無い。
あの一瞬で、全てが消えてしまったのか。誰も泣く事も、叫ぶ事も出来ず、皆一瞬で、消えて、しまった。

また、救えなかった。


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!」



『あの男はこれからも、科学という名の力を、自らの実験の為に使い続けるだろうね。彼にとって科学は既に、自分の欲望を充足させる為の兵器になり下がったんだ』

『もちろん彼は最初からあんな性格になった訳じゃない。兵器開発は彼にとって力であり、毒だったんだ。無常だね、世の中という奴は』

『さて、これで力に関する授業は最後だ。力に飲まれる人間がどうなるか、その体で良く実感できたと思う』

『君はどうかな? 君もあの男と同じ様に、力を自分の欲望の為に使おうと、一度は考えたんじゃないか?』

……確かにそうかもしれない。俺は自分の為にヴィルティックを使って……。

『ヴィルティックを使えばどんな事だってできる。俺の自由に、好きな事が出来る。そう、考えてたんだろう?』

そうかも、しれない……。少しくらい被害を出しても、俺は皆を救えればいいと……そう、考えていたのかも。

『それでは聞かせて貰おうかな』


『君は、ヴィルティックという力を使って、何がしたい?』

俺は……俺がしたい事……。目を瞑って、俺は考える。俺が成すべき事、俺が……。

「隆昭さん、悩んだら私に相談して下さい。少しでも、隆昭さんが楽になれば」

メルフィー? 確かに今、メルフィーが俺の声を呼ぶ声がした。

「たくっ、お前は何時も考え過ぎなんだよ、隆昭」 
「貴方は貴方が出来る事を背一杯やれば良いんじゃない?」

草川……会長……。

「貴方一人で闘ってる訳じゃないのよ。だから思いつめないで。私達がいるから」

スネイル……さん……。

「だから帰ろう、鈴木君。君の、仲間の所へ」

特徴的な三つ編みが揺らして、彼女がそう言った。俺に、笑顔で。



「俺は……俺は逃げない! 全だろうが個だろうが関係ねぇ! 救いを求める人がいれば幾らでも救ってやる!
 俺は俺が救いたいから救う! 例え力に飲まれようと、その時は人類全体を救ってから幾らでも飲まれて、それで死んでやるよ!」



「だから……だから俺に力を貸せ! ヴィルティック!」


真っ暗闇を切り裂き、青い風を纏ってそれは、俺の目の前へと来てくれた。忠誠を誓う様に、片膝を下ろして。
吹き抜ける様な気持ちの良い青空と心地の良い春風が、俺とヴィルティックの間に流れる。ヴィルティックの膝に触れる。
ヴィルティックが俺の言葉を聞く為だろうか、俺の方へと頭部を向けている。俺は、一字一句しっかりと、ヴィルティックに伝える。

「まだまだ俺は未熟で青二才かもしれない。けど、それでも俺には救いたい世界と、守りたい人達がいるんだ」

「だからもう少しだけ、俺に力を貸してくれ、ヴィルティック」

ヴィルティックは何も言わず、俺を見つめている。だけど俺には、ヴィルティックが頷いた、様に見えた。

『……君の信念、しかと受け取ったよ。分かった、ヴィルティックは間違いなく君の機体だ。しかし忘れないでくれ。力というものの、重大さを』

「分かったよ。けど、もうこの授業はこりごりだよ、博士」

俺がそう言うと、声、いや――――――――は、ふふっと笑った。

「またな、未来の」
『さらばだ、過去の』


「鈴木、隆昭」


「……さん」

「……昭さん」

「隆昭さん、起きて下さい」

ん……メル……フィー……? 窓から差し込む朝の光が眩しく、目が痛い。

「中々起きないからどうしたのかなっと思って……朝ごはん、もう出来てますよ」

メルフィーがそう言って俺にささやかな笑顔を見せてくれた。そうか、もう朝だったな……。
ソファーから立ちあがって、メルフィーと共に1階へと降りる。あれは夢だったみたいだ。それにしちゃやけに具体的だったけど。


『メルフィーを宜しく頼む』

一瞬、あの声が聞こえた様な気がして立ち止まる。


「隆昭さん?」



「……何でもない。行こう、メルフィー」



―――――――右手の甲の傷、何か、良いな。



                                   ビューティフル・ワールド

                                the gun with the knight and the rabbit 

                                        に続く


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