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プロローグ

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Parabellum

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 万事休す、か。
 今の自分の状況をこれほど端的に、かつ正確に述べる言葉もあるまい。
 少女――加賀美明日葉は、とあるボロアパートの敷地入り口にぼんやりと立っていた。
「……センパイ、どこ行っちゃったのかなあ」
 はぁ……、と深いため息を一つ。視線の先には、家主を失ってしまった部屋の扉。
「……ああ、参ったなあ……」
 頭を抱え、明日葉はその場にしゃがみ込んだ。ここ五日ほど、件の先輩とのコンタクトを取れていない。
 ということはつまり、明日葉は自身の思惑を完璧に外された形となるわけで。
「うぅ……、なんでこーなるのかなぁ」
 つくづく自分って運がないよね、と明日葉は肩を落とした。
 変わり者の両親の元に生まれ、五歳頃から彼らの仕事を手伝って早十年。
 バリバリ現役中学生の明日葉だが、日々両親の仕事の手伝いに追われるせいで青春らしい青春など送れてはいない。
 というか明日葉自身変わり者のレッテルを貼られているのか、まったくと言って良いほど色恋沙汰に縁がない。
 だが、センパイこと紫藤雪人と運命的な出会いを果たした去年の冬。ついに自分にも春が来たのかと小躍りした明日葉だったが結果はこの様だ。
 何だかんだで仲良くなれたのも束の間、彼の双子の姉が失踪し、雪人もその後を追うように失踪。
 雪人にとあるバイト――両親の仕事に関するものだ――を紹介し、更にお近づきになろうと思ったが失敗に終わってしまった。
 しかも受験も近くなっている。だが両親のせいで受験勉強など出来はしないし、雪人と同じ高校に行って青春を謳歌しようなんて考えていた矢先に彼の失踪。ホントに運がない。
 同級生と比べて体に凹凸がないのも、ちんちくりんなのも、全部運がないせいだ。
「あぁ……私って不幸の星の下に生まれた可哀想な少女なんだわ」
「ああ、全く頭が可哀想だな」
「ごちゃごちゃうるせー! ……って、お父さん!?」
 横合いから入った声に、明日葉が飛び退いた。
 しゃがみ込んだ明日葉を見下ろすように立っていたのは、父親の加賀美鏡也だ。例によって白衣を身に纏っているが、こんな格好で外に出てこないで欲しいと思う。恥ずかしいと言ったらありゃしない。
 そもそもお父さんやお母さんのせいで私まで誤解されて、全然青春出来ないんだわ……。
 自己完結した明日葉が内心で両親に対して怨嗟の言葉を吐いていると、それを感じ取ったのかどうか、鏡也が意地の悪そうな声で訊いた。
「……バカ娘、確かお前……、バイトの人員に当てがあると言っていたよな?」
「え!? あ、ああ、ええ、あったわ」
「なるほど、つまり彼の協力は仰げなかったと」
 仕方ないじゃない、と明日葉は頬を膨らませた。
 仰ぎたくても本人に声を掛けられないでいる内にその本人までいなくなってしまったのだから。
「まあ、それはともかくだ……。約束通り、お前が『やる』んだぞ」
「ぐ……」
「まあそもそも、自分がやりたくないバイトを他人に勧めるのもどうかとは思うがな」
「ぐぐぐ……」
「ましてそれが惹かれていた男とは、お前、最低の女だな……。誰がこんな女に育てたのやら」
「ゴチャゴチャうるせー!」
 明日葉がキレた。
「ええ、ええ、良いですとも、やってやろうじゃないの! 鏡面世界だ? パラレルワールドだ? 行ってやろーじゃないのよ!」
「元からそのつもりだ」
「ぐっ……、ていうか、元々はね、センパイについていくつもりだったのよ!」
 最低の女、という部分が気に触ったのか、明日葉が言い訳がましく鏡也にまくし立てる。
「そして二人の仲は深まって、愛の契りを交わすのよ。『死が二人を分かつまで』……って何言わせんのよバカ親父!」
「……お前が勝手に暴走したんだバカ娘」
「ぐ……」
 鏡也の若々しい外見も相まって、この二人は兄妹に見えたりするのだが、それはまた別の話。
「とっとと研究所に戻るぞ明日葉」
「わかりましたよバカ親父」
「口が悪いな、誰に似たんだこのアホ毛」
「どう考えてもアンタよっ!」
 人が気にしていることを……! 明日葉はスタコラと歩いて行ってしまう父親の後ろ姿に思い切りアカンベーをする。
 それが余計、自身の子供らしさを演出しているとは気付かずに。


「鏡也~! 明日葉も~! むぎゅー!」
 実家でもある加賀美研究所に戻った二人を待っていたのは、今年で(大人のヒ・ミ・ツ)歳になろうというのに未だその若々しさを失わない明日葉の実母、加賀美映子であった。
 年甲斐もなく、映子は二人をぎゅーっと抱きしめる。今年で(大人の以下略)歳であるのに未だその弾力を失わない双丘が、問答無用で明日葉の顔に押しつけられた。
 内心、明日葉は涙を流す。何故自分は母のスタイルの良さを受け継げなかったのか……。ああ、母性の象徴……。
「映子、離してくれ」
「えー……鏡也……、わたし寂しいよ……」
「今晩からたっぷり愛してやるから。邪魔なアホ毛もいなくなるしな」
 鏡也と映子の会話に、明日葉が眉を吊り上げた。内容も内容だが、鏡也の言い分が腹立つ。非常に腹立つ。
 ていうか今晩から愛してやるって何だよ! こんなことデリケートで多感な思春期の少女の前で言うなよ!
「……」
 ジト目で二人を見たが、効果はなさそうだ。既に二人の世界に入っている。
 明日葉は嘆息し、部屋にある様々な実験器具に視線をやった。
 フラスコやらビーカーやら、化学実験に必要不可欠な小物類、レーザー発振装置や、巨大なレンズなどの科学用品、そして謎の宇宙船照射装置や加賀美夫妻の意味があるのかないのかわからない発明品の数々が、所狭しと並んでいる。
 そう、加賀美夫妻は何を隠そう科学者であった。何だかんだで若い頃は学会を湧かせただとか、科学界を代表する天才二人の電撃結婚に世界が湧いただとか、色々曰くのある二人だが、果たしてどこまでが真実でどこまでが虚偽なのか、明日葉には測りかねる部分がある。
 この二人を間近で見ている限り、とても天才とは思えないのだが。
 発明品も下らないのばっかりだし。確か最近の発明品は『クマちゃんパンツ製造ビーム照射装置』だったか。誰が使うんだ誰が。
「……ん、まさか」
 ひら、とスカートを捲ってみる。お気に入りのパンツの正面に、可愛いクマのアップリケが――。
「――こんのバカ親父がぁッ!」
「ふん、今更気付いたかアホ毛」
「気付くわけないわよっ! ていうか実の娘をアホ毛呼ばわりってどうなの!」
「私はそんな明日葉ちゃんが大好きよ?」
「ああもう、まとまんないからお母さん黙ってて!」
 明日葉に邪険に扱われた映子が涙を見せる。
「ひどいわ……。鏡也ぁ……、明日葉が、明日葉がぁ……」
「まったく、母さんを泣かせるなんて本当にバカなアホ毛だな。略してバカ毛で良いか」
「うっさいわ! ……ていうか、本題に入り損なってるわよ!」
 全く……、この両親にはほとほと参る。肩を怒らせ、明日葉は鏡也が本題に入るのを待った。


「じゃ、これな」
「じゃ、じゃねーわよ! 説明よこせバカ親父!」
「はぁ……俺の言葉に隠された真意の一つ読めないようじゃ、先が思いやられるな」
「うるせー!」
 鏡也の指さした謎の物体――部屋の隅に置かれた、人が一人ギリギリで入れるくらいの大きさの円筒状のポッド――を前に、明日葉が吠えた。
 何も隠していないくせに何を読み取れというかこのアホ親父は。
「一回しか言わないから良く聞けよ。この装置は鏡面世界――、まあパラレルワールドへお前を送り込む装置だ。パラレルワールドとは、こちらの世界とは違う未来を歩んだ世界のことで、お互いに干渉することはない。それくらいは知っているよな?」
「うん」
「バカ毛を見くびっていたな……」
「早く続けなさいよ」
「この鏡面世界、パラレルワールドではあるのだが少し違う。お互いに、少し、ほんの少しだけ干渉している。だが、その少しの干渉というのが、大きな問題となる。
 つまりどういう事かと言えばだ……、向こうの世界で田中(仮名)という男に何か問題が起こったとする。そうすると、こちらの世界にいる田中(仮名)に対応する人物にも、また何かしらの問題が起こるのだ」
 鏡也がしみじみと呟く。隣で、映子が「鏡也賢いね」などとはんなり呟いているのは気にしないことにし、明日葉は無言で続きを促した。
「今回バイトの人員が欲しかったのはこのためで、実はな、向こうの世界にいるお前が死んだ」
「は!?」
 いきなりの言葉に明日葉が叫んだ。
「向こうの俺たちから連絡があった。で、だ……、向こうのお前が死んだイコール、こっちのお前が死ぬ可能性は極めて高い。それを防ぐため、バイト君を送り込んで問題を解決して貰おうと思ったわけだ」
「いやいやいや、バイト送り込んでどうするのよ」
「ロボットに乗って貰う」
 ダメだ、鏡也の言っていることが理解不能だ。映子は映子で、「明日葉が死んじゃうの……?」などと涙目でこちらを見ているし。親父から聞いてないんかい。
「向こうのお前が死んだのは、その世界に突如現われた謎の敵の攻撃に巻き込まれたからだ。元凶を断ってしまえば、まずお前が死ぬことはなくなるだろう」
「はぁ、つまりその謎の敵をぶっつぶさないと、あたし死ぬの?」
「その通り。バカでもわかる説明だろう」
「うん、そうね――。じゃないわよ! 何その展開! おかしくない!?」
 パラレルワールドの自分が死んだから、今立っている自分も死んでしまうかも知れなくて、それを防ぐためにパラレルワールドへ飛んで、ロボットに乗れ、ですと? 
 意味がわからない。理解不明。というか、理性が理解するのを拒絶している。
「さて、な。このまま手をこまねいていたら、お前を待つのは死だが?」
「ちょ、ちょっと。何でそんな平然としてんのよバカ親父!」
「……慌てる必要もあるまい。お前が向こうの世界でシュピーゲルを駆れば良いだけだ」
「いやちょっとアンタねぇ……。ていうかいきなり固有名詞出されてもわけわかんないわよ」
「まあ、ごちゃごちゃ言わずに早く行け。死ぬか生きるか、二者択一だ」
 ぴん、と指を二本立て、鏡也が言った。
「そんな……、そんなこといきなり言われて理解できるわけないでしょうよ!」
「後から理解すればいい。今必要なのは向こうへ飛ぶこと、それだけだバカ毛」
「いつまでそれ引っ張るのよ! ていうか……アンタそれでもあたしの親なの!?」
 心からの叫び。いきなり、こんな事言うなんて本当の親かこの男は。
 自分の娘が可愛くないのか。……まああまり可愛がられてないかなあ、なんて考えてしまうあたりが悲しいが。
「……明日葉」
「お母さん?」
 さっきまで黙って二人のやりとりを見つめていた映子が、口を開いた。
「あのね、鏡也は……、ツンデレさんだから」
「映子……、お前は何を……」
「鏡也の部屋ね、明日葉の写真でいーっぱ――もが」
 鏡也が超速度で映子の口を塞いだ。
「――バカ毛、やるかやらないか。どっちだ」
「……決められると、思ってんの? いきなりこんな事言われて」
「決めてくれなきゃ、俺が困る」
「何でよ」
「……一人娘を失ってたまるか」
 目を逸らし、鏡也がぼそりと呟いた。その言葉に明日葉は不覚にも胸を打たれてしまう。
「お父さん……」
「……明日葉、必ず無事で戻ってこい。良いな」
「……うん、わかった……! 必ず……!」
「良い娘だ。それでこそ、俺たちの愛娘だぞ、明日葉」
 ぎゅっ、と鏡也に抱きしめられる。やっぱり父親は大きくて、暖かくて、なんだか心まで温まるような気がした。
 思えば、こんなに優しくされたのって久しぶりかもしれない。こんなことをして貰ったのは、十歳の時に初めて発明品を作った時か……。
 その時も、鏡也は頭を撫でてくれた。良い娘だ、自慢の娘だぞ、お前は。彼の言葉は、今でも思い出せる。
 そして、今、心に染み渡っている父親の優しい言葉……。彼の中にある優しさは、全然、失われてなんかいないんだ。
「……お父さん、やるよ。あたし、やるから。あたしの未来を、潰さないためにも」
「ああ……やってこい!」
「準備は良いわよ、明日葉」
 いつの間にか装置の前にスタンバイしていた映子が、明日葉を呼ぶ。
 どういう仕組みかは知らないが、これで鏡面世界へと向かうことになる。
 ポッドのハッチを開いた明日葉は、狭いそこに潜り込んだ。
「今は一刻でも時間が惜しい。おそらく向こうの世界とこっちの世界、特に違いはないはずだ。頑張ってこい」
「うん、わかった」
「生きて戻ってきてね、明日葉」
「うん、任せて。何たってあたし、父さんと母さんの子供だもの」
 二人を安心させるためにニヤリと笑う。笑顔を返した映子が、ゆっくりとハッチを閉じた。
「転送開始!」
「転送開始」
 鏡也の声に続き、映子の声。そして、何かレバーを下ろす音。
 ガコッ、と装置の裏にある機構が動き、全身をちりちりと静電気のようなものが駆け巡る。不思議な感覚だ。
 続いて耳鳴り。グワングワンと大きく響くそれは、段々とそのボリュームを増してくる。
 頭が割れるような痛みに耐えつつ、明日葉は細く眼を開けた。ハッチの小さな覗き窓から見える、二人の顔。
 心配しないで、と無理矢理の笑みを作ったところで、明日葉は気付いてしまった。
「……なんで……」



「なんでアンタが行かないのよバカ親父ィィィィィィィィ!」
 体がバキュームに吸い込まれるような嫌な感覚と共に視界がブラックアウト。意識も同時に消し飛んだ。


「きゃあっ!」
 投げ出されたのは、アスファルト。顔面をしたたかに打ち付けた明日葉は、涙目で周囲を見渡した。
 見知った道路だった。道の周囲にはシャッターを下ろした店舗が並び、歩道には人っ子一人いない。
 風に吹かれて転がるアキカンが虚しさを演出している……。って、何故人がいない? 
 疑問を更に増やすが如く、自分が投げ出されたこの道路の所々には大きな穴が穿たれていた。
「……何、なの?」
 明日葉が呟くと同時に、背後から轟音が轟く。思わず耳を塞ぎ、頭を屈めて音源の方を向いた。
「何も、いな……いぃっ!?」
 何もない、ただの風景が広がっていると思ったが、それは間違いであった。
 正面の風景が、歪みを見せる。奥に見える山が、水面に映っているかのように揺れる。
 その歪みは波面のように段々と広がって行き、最終的に、その場に紺色の巨大な機械がその姿を現した。その高さはおよそ10m。
「あれが……ロボット――!」
 鏡也の言っていたシュピーゲル……かどうかはともかく、おそらくはあれが謎の敵、あるいは明日葉が自身の未来のために駆らねばならないロボットなのだろう。
 紺色のその機体は、随分とすっきりとしたフォルムをしていた。そう言えば聞こえは良いが、逆に言うと貧相でもある。
 ブロックのパーツを繋ぎ合わせたような、なんだか見ているこっちが悲しくなるような機体だ。
「……乗るんだったらさ……、こう、派手な方が良いってのはダメなのかな」
 明日葉の呟きは、風に乗せられて消えていった。
「って、ずっとここにいるわけにも行かない……。待避待避っ、と」
 紺色の機体が、ぎゅいいいいいいいん、と耳障りな音を立てこちらへ向かってきている。
 このままでは鏡面世界に飛ばされてすぐに轢死という、全く意味のない結末になってしまう。
 明日葉はよっ、と体を起こし、ガードレールを飛び越え紺色の機体がやってくるのを待った。
 それから数秒後、耳障りな音を奏でたまま、貧相なロボットが明日葉の目の前を通過していく。
「あ、無視するんだ」
 よくわからないなあ、と首を捻りつつ、明日葉はこれからどうするかを考えた。
 周囲の風景は元の世界と同じなわけで、実家の加賀美研究所は案外簡単に見つかりそうだ。
 ここから歩いてそう遠い距離でもない。しゃーない、歩くか! と、持ち前のポジティブさを発揮し、明日葉が腰を上げたその時。
「そこの君!」
「はい?」
 いつの間にか、目の前にはさっきのロボット。そしてこれを操縦している人物のものだろう。拡声された声が聞こえてきた。
「こんな時に何をしているのかね! さ、早くリゴスの手に」
「へ?」
 リゴスって何――、と問う前に、ロボットの手が差し出される。これに乗れと言うことだろう。
 明日葉は少しの間逡巡して、結局乗った。右も左もわかっていない今は、ロボットの彼に任せておいた方が良い。
 それに、と明日葉は心の中で付け加える。
(……ロボットって、ワクワクするじゃない)
 ――流石は加賀美明日葉、親の血を引いている。


 かくして、加賀美明日葉の鏡面世界での第一歩が始まった……。


 鏡の中の明日葉/プロローグ 了


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