創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

でくのぼうと聖人

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匿名ユーザー

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 情報処理、という観点から人類の技術の発展というものを眺めてみると、
基本的にはより多くの情報を収集と処理出来るように、という方向に邁進してきたのがわかる。
そうやってやれコンピュータだ、やれ通信衛星だ、やれインターネットだと数々の利器を生み出してきて、
行き着いてみればとても処理の追い付かない膨大な情報の中であっぷあっぷだ。
 まるで、砂漠の真ん中にいたから、水が欲しい、水が欲しいと言って水を手に入れて蓄えることに血道をあげてたら、
我に返ったときには荒れ狂う海原の真ん中にいたようなもので、なかなかに皮肉な状況ではある。
「世の中にある物語を全て読みたい」なんて言ったお姫様がいたそうだけれど、
その当時
平安時代ならあるいはそれも娯楽になり得たのかも知れないが、
21世紀の今となっては、仮に実現してしまったら永遠の責め苦以外の何物にもならないだろう。
 まあもっとも、結果としてこんな状況を生んでしまったものの、人類の生産物は確実にその作り手達を利してきたわけで、
そんな先人達の努力を否定するのは恐らく適切な行為ではない。
なんとなれば、この新たな状況を打開する何らかのものをまたつくり出せばいい話だからだ
(そのものがまた新しい厄介な状況を生み出したらどうするのかって? そりゃそんときの人間がまた何か作りだせばいい!)。
そしてここにも、そんな何かを作り出そうとしている―――いや、していた男がいる。

 男は机のすぐ手に取れる位置に置いたコップを眺めると、ぐるぐると顔をなでまわし、
ふーっと息を吐いて軽い伸びをして、コップの脇に置いた紙に書かれた内容を確認した。
コップの中身は(詳細は省くが)毒薬、紙は遺書である。
この状況では説明の必要も無いだろうが、男は自殺しようとしているのだ。
では何が、この聡明そうな、しかしくたびれた男にそうさせるのか?

 男はロボットの開発に携わっていた―――いや、身分上はまだ開発陣の中にいるのだから、携わっているというべきか。
それはともかく、ロボットの開発と一口にいっても様々な分野の技術が絡んでいるが、
その中で男がどの分野に関わっているのかというと、情報処理、特にその取捨選択の技術である。
 男が携わっているのは、自律行動型ロボットの開発である。
そうしたロボットは当然、周辺環境及び自らの状態・行動から情報を得、それを処理して行動することが求められるが。
この情報の処理という奴が曲者である。
 単純に集めて処理する情報が足りなければ話にならないのはもちろんのこと、多過ぎてもいけないのである。
 これはどういうことか?
ロボットが自律行動をするからには、
それは、自分の行動の結果を予測してから、実際の行動に移すようになっている必要がある。
そうでないと厄介なこと極まりない。だがしかし、一体どこまで予測すればいいのか?

 例えば、誰かに「ちょっとビールでも買いに行ってきてくれ」と頼まれたとする。
さあロボットは行動開始だ。だがちょっと待て。本当にビールを買ってきていいものだろうか?
 酒は百薬の長、なんていうが、実際のところ飲み過ぎると健康その他の問題を生む。
ここでほいほい買ってきたら、飲み過ぎに繋がってしまうのではないか?
それに、家計の方は大丈夫なんだろうか? 自分に頼まずに買い物をしてる場合もあるだろう。
それらも含めて、ちゃんと収支は大丈夫なんだろうか?
 いやいや、ことはこういった個人・家庭レベルの問題にとどまらない。
ビールを買うのは、当然経済活動だ。つまり、確実に株価やら資源の利用やらに影響を与えるはずだ。
自分がそれを行うことで出る影響はどの程度か? それは許容されるべき範囲のものか?
いやそもそも許容されるべき範囲とはどういった量なのか?
 待て。もっとその前の段階から考えなければならないかもしれない。
ビールを買うということは、当然何らかの商店まで移動するということである。
自分がそうすることで、例えば交通に何か悪影響を与えないだろうか?
ロボットに目を奪われた子供が道路に飛び出してしまったりとか。
それを避けてネットで注文したとしよう。
だがしかしだ、そうすると今度は到着までの時間やら手続きやらの問題を新たに抱え込むことになる……
 と、思慮深いロボット君は哀れにも、どうする事も出来なくなってしまうかもしれない。

 そんなものはいくらなんでも理屈に走り過ぎた話だ、そんなに考えさせなければ済む話ではないか、
そう思われるかもしれない。
 だがしかしそれは、人間というものが実は極めて高度な情報処理を行っていることを無視した意見である。
その、「そんなに考えさせない」、これの「どこで考えを打ち切らせるか?」という部分の決定が、極めて難しいのである。
 さて、ここで、「処理の追い付かない膨大な情報の中であっぷあっぷ」というところを思い出して頂きたい。
「どこで情報の収集・処理を打ち切るべきか?」というのは、情報の氾濫する社会において、
なにも自律行動型ロボットに限った話ではなく重要な問題なのである。
 だから、男の携わっている情報の取捨選択技術は、ロボット開発以外の面からも注目と期待が集まり
―――というより、男自身にしてからが、もともとそういった技術開発をしていて、
    そこからロボット開発にも関わるようになったのだが―――、
その当然の結果として、男にはそれだけ重いプレッシャーがのしかかってくることになる。
 男は有能で、少なくとも無能ではなく、資金と協力者にも支えられ、次々と新機軸を生み出していった。
そして、周りの人間だれもに、彼らは着実に成功へと近づいて行っているように思えた―――ある時点までは。
 ある時点までいった後、試作品のロボットはこちらの要求に全く反応しなくなってしまったのである。
また別の試作品をつくってみたが、同じことだった。
その後、いろいろ変えた試作品を次々作ってみても、駄目だった。
反応するロボットはどれも、最高でも「ある時点」で到達できたところまでしかいかず、
それ以上が出来るようなロボットは反応しないのだ。
 何か問題があるのか? いや、だったらいい。
どんなに調べてみても、反応しない試作品は、「上手くいっている」と判断するしかないものばかりなのである。
だからそこを外してみれば、「ある時点」より先に行けないのだ。
 これでは、一体、どうすればいいというのか!

 こうして、男は毒薬を前に思いつめた顔をしているというわけである。

 何もそんなに自分を追い込む必要はない、いっそ全てを投げ出してやり直せばいいさ、そういう人もいるかも知れない。
だが、この期に及んで
「自分の立場を利用して、楽に死ねるような毒薬を手に入れたのは、潔い行為とは言えないのではないか」
などと考えているこの男に、そんなことが出来るわけはないのだ。

 八方ふさがりだ、どうすることも出来ない。
まるで俺がロボットに克服させようとしていた状況に自分が追い込まれたようだ、男は自嘲する。
あるいはこれは、報いという奴か? そんな非現実的な、非合理的な考えまで頭をもたげてきた。
自分はこんな風にどうにも出来なくなったロボットを次々に廃棄してきた。
そいつらの報いを、今こうして受けているというのか?
……いや、違うな、相手はロボットだ。
廃棄されて、破壊されて……人間でいうと殺されたわけだな、まあ、そんなことをされてもどうという問題があるわけじゃない。
奴ら自身にとっても。
俺は死にたくない、だがそれは、俺が人間で、死に対する恐怖という奴に縛られてるからだ、
そもそも恐れを抱いている対象が死そのものなのかさえ判断が付かない、
ぜんたい、怖いのは死に伴う苦痛か、それともその先に控える無……かどうかもわからないなにものかなのか?
ロボットなら、こんな思考とも感情ともつかない無意味なものとは無縁だろう。
特に、俺が完成させようとしてかなわなかった、適切に情報の取捨選択と処理打ち切りが出来るロボットならば、
こんなくだらないことに悩まされたりはしない……は……ず……?

 そこで男は気付いた。
 そうか、そういうことか、なんだ、人間を差し置いて涅槃に至りやがって! ははは、ならばいい、なら俺はこうするぞ!

 後日、ある技術者が従事していたロボットの開発費を横領して姿を消したというニュースが小さく報じられた。

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