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鋼鐵の特攻兵外伝―Special Mechanized Infantry― 第一話・下

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匿名ユーザー

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<ドク、何も異常はないか? 装備はなくしていないよな?>

 シュミッドの姿を確認すると、ギャレンタインも小銃をローレディに構えて窪地を出て、小走りに駆け寄った。

<全て異常なしですよ>

 シュミッドは成人男性二人が優に収まるほど大きなベルゲンを揺すってみせた。中に詰め込まれている大量の医療用品と
特殊工具が音を立てた。
 ハンス・〝ドクトル〟・シュミッドは裕福な医者の家の生まれで、元々は将来を嘱望されていた優秀な外科医だった。しかし、
熱心なアウトドアマンだった彼からすれば、民間での医療従事は退屈過ぎた。確かに人の命を救う仕事に遣り甲斐があるのも事実だ。
それは素晴らしい仕事だし、誇るべき仕事でもあった。だがそれ以上にもっと心臓を高鳴らせたかったシュミッドは、JDFに入隊して
降下救難員(PJ:パラジャンパー)を目指した。一生に一度の人生ぐらい、自分の好きに生きても良い筈だ。しかもその選択が誰かを
不幸にする訳ではない。ただ、最も危険な最前線で患者を救うだけだ。なにも医師の治療を受られるのは安全な市民生活を送る
民間人に限った事ではない。敵の真っ只中で孤立している傷付いた兵士もそうあるべきだと彼は考えていた。
 PJの主な任務は、墜落して敵地に取り残された航空機パイロットの救出である。航空機は、いつ、何処に落ちるかわからない。
洋上かもしれないし、山岳地かもしれないし、ジャングルかもしれないし、市街地かもしれないし、極寒地帯かもしれないし、
砂漠かもしれない。その為にPJは様々な事態を想定した過酷な訓練を受ける。重装備で山岳地帯を踏破し、灼熱の砂漠で捜索し、
極端な高々度から落下傘降下し、必要であれば敵の遥か後背へ降下し、行方不明になったり負傷したパイロットの行方を突き止め、
手当し、家に連れ戻す訓練だ。この地球上に存在する、ありとあらゆる厳しい自然環境下で傷付いたパイロットを救出し、必要であれば
手術も行えるようにならなければならないのだ。また、パイロットが不時着した機体から脱出不可能という場合には電動カッターや
油圧ジャッキなどの救急用工具で、機体を切断したり押し広げたりして引っ張り出さねばならない。そして敵地からパイロットを
救出する大抵の場合、敵に追われたり包囲されて交戦中という危機的な状況が多い。PJはその鉄火場の真っ只中に降下し、強力な
敵部隊と交戦しつつパイロットを救い出すのだ。PJとは、まさしく最強の衛生兵と言っても過言ではなかった。
 シュミッドがSMIに転属してきたのは、任務中に重傷を負い、もう軍務を続けられる身体ではなくなってしまったが、残りの長い
人生を病院のベッドの上で過ごすよりも非人間的な義躰に換装してより過酷で悪条件の任務に没頭する為であった。彼はこの仕事の
魅力にすっかり取り付かれていたのだ。

<それじゃあ行こう。グズグズしている時間はないからな>

 ギャレンタインは先頭に立つと走り出した。シュミッドもそれに続く。二人とも重い武器と装備を身に付けていたが、義躰の
脚力ならばたとえどんなに重装備であろうとも険しい山道を羚よりもずっと速く走れた。
 既に時刻は真夜中になろうとしている。思わぬアクシデントが立て続けに起こった為に作戦は大幅に遅れている。隠密行動に
徹するよりも今は失った時間を取り戻す方が重要だった。
 今回、第22SMI連隊F中隊α小隊Δ分隊に下された任務は、グロズヌイ郊外の山岳地帯に墜落したJDFの輸送機に積載されていた、
次世代型量子コンピューターの試作実用モデルを回収するというものであった。現在、一台が数十億ドルに達するのも珍しくはない
量子コンピューターは、その構造に超伝導素子を用いている。しかしこれは極低温下でなければ維持出来ず、その為の大規模な
冷却施設が必要であり、また本体自体も駆逐艦並みのサイズと非常に巨大である。
 次世代型は大幅な小型化に成功し、また常温で機能しつつもその性能は従来型を遥かに上回るという。人類とBUGとの生存闘争が
始まり、人類は一丸となってこの天敵に対して立ち向かわなければならなくなった。それは軍事に限らず、経済、産業、様々な
分野で互いに協力するという事でもあった。それがかつてないほどの各分野の進歩を促し、特に軍事に関連するあらゆる技術は
目覚ましい発展を遂げていた。次世代型量子コンピューターの実現もその産物の一つである。
 JDFが天文学的な費用と人員を投入して漸く実現一歩手前まで漕ぎ付けた次世代型量子コンピューターが実用化されれば、今まで
以上に戦局を有利に導く事が可能となるかもしれない。高度に電子化された現代の軍隊には、膨大な情報を高速処理する高性能な
コンピューターがどうしても必要なのだ。
 苔むした岩がゴロゴロと転がる山道を素早く踏破し、涸れ谷を超えると開けた場所に出た。そこはちょっとした空き地のように
なっていて、前方には二十mほどの絶壁が聳えていた。

<シュミッド、義躰の設定値を変更しろ。一気に跳び越えるぞ>

 空き地に走り出たギャレンタインは速度を落とすどころか一層加速すると、義躰の脚部の人工筋肉に膨大な運動エネルギーを
発生させる為に収縮させた。その瞬間、金属骨格が撓み、不気味な音を立てて軋んだ。循環器機構はフル稼働状態だ。信号を送り込むと、
青い人工血液と人工筋肉の間で急速な化学反応が引き起こされ、更にエネルギーが蓄えられた。鎧に覆われた大腿部は、普段の
倍以上の太さに膨れ上がっていた。
 人工筋肉に蓄えられたエネルギーを、地を蹴って跳躍すると同時に解放する。地面に足型が深く刻まれるほどの勢いにより、
重装備を身に纏った長身が、まるで重力から解き放たれたかのような勢いで軽やかに宙を舞い、絶壁の上に降り立った。
 数瞬遅れてシュミッドも着地する。
 現在、SMIが装備している義躰はアサルターシリーズ・フナサカⅦ型という大型の強襲戦闘用重義躰である。細身ながらも新開発の
人工筋肉のお陰で従来型よりも更なる重装備が可能となっており、出力も上昇している。カタログデータに依れば、フナサカⅦ型は
大柄であるにも拘わらず、金属ヘリウムを燃料とする装甲歩兵の動力付き装甲化外骨格(パワードスーツ)の噴射跳躍(ブーストジャンプ)並みの
機動力があるとされていた。長い軍隊生活でギャレンタインは、兵器は額面通りの性能を発揮しない事を嫌というほど知っていたが、
この義躰ばかりは信頼に足ると考えていた。如何なる状況でも、如何なる環境でも正しく機能する兵器こそが兵士に求められるのだ。

<もう少しで墜落地点だ。ここからは慎重に行こう>

 先程よりも幾らか速度を落としたが、それでもクルードの兵士よりもずっと速く道なき道を進んだ。夜戦の鉄則の一つである、
なるべく音を立てないように気をつけた。夜間は昼間よりもずっと遠くまで音が聞こえる。会話なら二○○m、叫び声なら一km先まで
聞こえる。ギャレンタインもシュミッドも、会話は全て生体脳で直接行い、装備の全てに防音処置を施していた。弾倉はしっかりと
固定された状態で収納され、金具類にはOD色のテープを巻いていた。ちゃんとそれらの処置が出来ているのかを確認する方法は、
何もかもをもたくしこんでその場で飛び跳ねればいい。それで音がしなければ何も問題はない。
 幽霊のように一切の音を立てず、密生する木々の合間を縫うように走り、深い茂みは慎重に掻き分けて墜落地点へと近付いていく。
近付くにつれて航空機燃料の臭いが漂ってきた。ギャレンタインの義躰に鼻は無いが、匂いを感じ取る為のセンサーが代わりに備わっていた。
人工培養細胞を応用したそれは、普段は人間並の感度だが、設定を変更すればよく訓練された警察犬以上に匂いを嗅ぎ分ける事も可能だ。

<一旦停止…ビンゴ、目標を発見>

 生体脳で会話をしているが、ギャレンタインはハンドシグナルでも後続のシュミッドに合図を送った。
 茂みを慎重に掻き分けて進み、抜け出たところで目の前に輸送機の胴体部が現れた。それはまるで浜辺に打ち上げられた鯨のようで、
太い木々を薙ぎ倒して力なく鎮座していた。
 パイロットの腕が良かったのだろう。主翼は墜落して木々を薙ぎ倒して止まる間にもぎ取れて失われてはいたが、胴体部は原形が
保たれていた。周辺一体をレーダーと視覚センサーで走査し、敵影が無い事を確認すると茂みから出て輸送機に近付き、機体に生じた
裂け目から内部へ侵入した。
 機内は真っ暗だったが、電子化された目を持つギャレンタインにはさほど苦にはならなかった。赤外線影像と低光量増幅映像を組み合わせた
視界は、光の届かない機内でも昼間のようによく見える。機内は異様なほど静かで、火災は発生しておらず、煙も無い。機内に隙間無く
張り巡らされている太い電気ケーブル類の所々が千切れてぶら下がっている。身長230cmのギャレンタインが立ち上がっても余裕があるほど
機内の天井は高く、広々としていた。機壁に備え付けられていた備品類が床に散らばっている。まるで無法者に略奪された後のようだった。
 ギャレンタインが侵入した裂け目は丁度胴体部の中間に生じており、目的の回収物は後部に安置されていた。機上輸送係(ロードマスター)の姿は
何処にも見当たらない。恐らく、墜落の際の衝撃で吹き飛んだ後部の貨物扉から外に放り投げ出されてしまったのだろう。ぽっかりと
口を開けている後部からは薙ぎ倒されて折り重なっている木々が百mほど先まで見える。そこを探せば機上輸送係の遺体は見つかるかもしれないが、
残念ながら彼らを回収する余裕はない。しかし積載物が収納されているコンテナ類は床にしっかりと固定されていたので無事だった。
シュミッドはパイロットの安否を確認する為に機首の操縦席へ向かったが、直ぐに二人分の認識票を手に戻ってきて力無く首を振った。
それらは血に塗れ、肉片らしきものが付着していた。

<パイロットは?>

<駄目です。チーフ、二人とも死んでいました。目茶苦茶です。遺族にはとてもじゃないけど見せられませんよ>

<ロードマスターも見当たらない。恐らく、機外に投げ出されたな。出入りできそうな所に俺達以外の足跡は見当たらなかった>

 そもそも、BUGが闊歩する占領支配地域を歩こうと思うクルードは少ないだろう。もし墜落しても機体が炎上せずに無事ならば、
CSAR(Combat Search and Rescue:戦闘捜索救難)チームが来るまでその中で待機している方が安全だ。CSARチームが来なければ
いよいよ覚悟を決めて、巨大な化け物が蠢く地域を自分の足で通り抜けなければならないが。

<生存者がいないのは残念だが、俺達は俺達の仕事をやるだけだ>

 ギャレンタインはコンテナに備え付けられているキーパッドにパスワードを入力していった。ほどなくして全てのロックが外れ、
装甲化された分厚い扉が開放される。中には衝撃吸収素材などで厳重に梱包された、切り株ほどもある銀色の円筒が安置されていた。
ひんやりとした特殊合金に包まれたそれは、所々に無数の出入力端子が設けられていた。

<これが次世代型の量子コンピューターですか? 随分と小型なんですね>

 シュミッドが作業をするギャレンタインの背後から興味深げに覗き込んだ。

<いや、これはあくまでも量子コンピューターを構成する一つの部品に過ぎない。
 従来型よりも小型化されたとはいえ、そのサイズは人間が携帯するにはかなり難しい大きさだ。
 これはメインプロセッサーだ。これが次世代型量子コンピューターの開発で一番金が懸かっている>

 ギャレンタインは輸送用コンテナ内部に入ると、備え付けられていた衝撃吸収素材が内張りされた分厚い装甲で作られた
運搬用耐衝撃ケースにCPUを慎重に移した。

<さぁドク、背中のベルゲンの代わりにこいつを背負ってくれ>

 ギャレンタインに言われた通りにシュミッドは、様々な道具が詰まったベルゲンを下ろし、代わりに耐衝撃ケースを背負った。

<背負ったな?よし。それじゃあさっさと帰ろう。こんな所には一秒でも長居はしたくないからな>

 シュミッドを促し、ギャレンタインはコンテナの外に出て機外に出ようとした。が、妙な違和感を感じ、ふと、立ち止まって
略奪されたかのように荒れた機内を見回した。電子化された視界内をカーソルが忙しなく動き回り、何か変わった所が無いか、
不自然な点が無いかと探ろうとする。視覚センサーを様々な光波帯に分けて情報を複列処理し、多角的に分析していく。
同時に、視覚だけではなくその他のセンサーをも総動員して走査する。
 やがて聴覚と嗅覚がそれぞれ不審な点を発見した。義躰の超小型サーボモーターの駆動音とは明らかに違う、規則正しいが
弱々しい生体の鼓動と何かの機械が作動している音と液体が循環する音、航空機燃料と潤滑油が混ざった空気の中に生命の
息づく匂いが感じられた。それはまだクルードだった頃に微かに覚えのある音と匂いだった。

<なぁドク、何かおかしいとは思わないか?>

<何がです?>

 機体の裂け目から外の様子を注意深く窺っていたシュミッドは、生体脳通信で応じた。

<ここには一人も生存者がいない筈なのに、あのコンテナの内部から微弱な反応が検出されたぞ>

 ギャレンタインの言葉に振り返ったシュミッドは壁面透視センサーを使ってそのコンテナを注視した。

<確かに反応がありますね…何かの機械じゃないでしょうか?>

<目だけじゃなくて鼻と耳でも探ってみるんだ>

<……ふむ、これは生命体だ。しかし、体温が二十℃しかありませんよ。一般的な哺乳類とは思えない>

<だが調べてみる価値はありそうだ。俺達の任務はメインプロセッサーの回収と生存者の救出だ。給料分の働きはしないと税金泥棒になっちまう>

 不可解な反応があるコンテナの前にギャレンタインは立った。そのコンテナにも厳重なロックが掛けられていた。キーパッドに
パスワードを打ち込まなければ開きそうにはない、頑丈そうな扉は固く閉ざされている。

<パスワードがなければ開きそうにはありませんね>

<そこでお前さんの出番だよ。ドク、PJは金庫をこじ開けるようにしてパイロットを救出する道具を持っている筈だ。そいつでぶち破ってくれ>

 作業をしやすくする為にシュミッドは背負っていた耐衝撃ケースを一旦床に下ろし、ケースを背負う為に下ろしたベルゲンから
皿型の小型装置を幾つか取り出した。それは分厚い装甲を焼き切る為の成形炸薬で、戦闘工兵も使用する代物だ。但しPJが使用するものは
あくまでも閉所に閉じ込められた人間を救出する為のもので、安全性を考慮して威力は低く調整されている。シュミッドはそれらを
手際よく扉に設置していき、電気コードと起爆装置を繋げて直ぐに爆破準備を整えた。

<では、爆破します>

 シュミッドが起爆装置の点火ハンドルを回すと、思ったほどの爆発は起こらなかった。成形炸薬は、爆薬の化学エネルギーを利用して
円錐状の金属製ライナーをドロドロに溶かして液状にし、秒速数kmで射出する。装甲を一瞬で焼き切る為の爆薬だから、子供が遊びに使う
噴出花火よりも激しい火花が飛び散っただけで音はそれほど大きくはない。鼻の奥にツンと来る金属の焼ける臭いと火薬の臭い、煙が
機内に充満した。必要最低限の爆薬でシュミッドは装甲越しに物理的なロック機構だけを正確に焼き切っていた。ギャレンタインが
ハンドルを捻ると何の抵抗もなく、コンテナの扉は音も無く開いた。
 コンテナ内部は成形炸薬の爆発で生じた金属臭のする煙が充満していたが、電子眼に搭載されている赤外線影像装置はそれを物ともせずに
正確な視覚情報をギャレンタインに提供していた。尤も、それは輪郭がはっきりとした白黒映像でしかない。色や細部の形状まではよく分からなかった。
 中央には大掛かりな装置が置かれていた。微弱な熱を発しているらしく、白く浮かび上がって表示されている。その装置からは微かに
液体の循環する音と生体の鼓動が感じられた。もっとよく見ようと思い、ギャレンタインは電子眼を低光量増幅/赤外線影像モードから
人間の肉眼と同じぐらいしか物を見る事が出来ない通常モードに切り替えた。途端に世界は暗闇に包まれ、傍に居るシュミッドの姿も
ぼんやりとしか見えない。ギャレンタインはヘルメットの側面に装備されている、不可視/可視光線切替機能を持つ強力なフラッシュライトを点灯した。

<なんだこれは…>

 神よ、と思わず喉元まで出かかった言葉を飲み込む。宗教とはとうの昔に訣別している。古く伝統的なカトリックの家で育ったギャレンタインだが、
最早フルプラセスとなった自分には頼る神などいないのだから。
 フラッシュライトに照らし出されたのは巨大な培養槽だった。様々な機械に繋がれ絶えず忙しなく動いている。
 しかし問題なのは、その中にプカプカと浮かぶ物体だった。
 胎児のように身体を丸めて培養液の中に浮かぶのは幼い女の子だった。まだ十歳になったばかりだろうか。オブラートのように透明な膜に
包まれて液体の中に浮かび、時々ぴくりと動いた。肋骨が浮かび上がるほど華奢な身体の穴という穴には大小様々なチューブが繋がれ、
その小さな命を維持する為に絶えずゴボゴボと音を立てて酸素や栄養が送り込まれ、老廃物が吸い出されていた。

<これは…この子はなんだ……>

 ギャレンタインはあまりの出来事に言葉を失っていた。しかしシュミッドは冷静にその機械に繋がれた少女を観察していた。

<これは恐らく擬似冬眠装置…所謂コールドスリープですね>

<コールドスリープ?>

<よくSFなんかに登場するでしょう?人間を冷凍保存する装置ですよ。
 尤も、これは冷凍ではなく体温を極低温状態に保つ冬眠装置の一種で、実際に医療機関で使用されている技術です。
 言い換えれば人工的に仮死状態にする事で代謝を最低限にまで減らし、若さを保ったまま未来へ行く方法でもありますが>

 シュミッドが元々は医者だった事を今更のようにギャレンタインは思い出した。

<水槽を満たすのは羊水に近い成分と微小生体機械群(ナノマシン)で、あの子を包む膜は微小生体機械群が作り出したものでしょう。
 あの膜は胎児が母親の胎内にいてもふやけないようにする為のものと同じ役割を持っています。
 羊水の中にいるのは、床擦れなどを起こさずに済み、尚且つ定期的に人体に刺激を与えるのに都合が良いからです。
 ほら、時折ぴくっと動くでしょう? 要は赤ん坊にまで退行させた方が色々な面で都合が良いんですよ。母親の胎内に勝る環境はありませんからね>

 成る程、道理で、遠い昔に嗅いだ事のある懐かしい匂いだと思った訳だ。フランケンシュタインよりも化け物みたいな姿をしている自分達が、
母親の温もりに包まれて育まれていたという事実が信じられない。そしてギャレンタインは、自分が一度は子を成して自ら我が子を取り上げた事が
あるというのも悪い冗談としか思えなかった。

<それで、この子は何でこんな装置の中で眠っているんだ?>

<コールドスリープを行う患者の大半は、現代の医学では治癒の望めない難病を患っている場合が多く、現代よりも医学の進歩した
 未来に希望を託して眠りにつきますが、その他は単純に今の世の中に絶望して、今よりはマシになった世の中で人生をやり直したいと願う人々ですね>

<で、この子はどっちだ? 人生をやり直したいと思うほど生きているとは思えないし、かといって俺の死んだ婆さんと同い年にも見えないな>

<ちょっと待って下さい。今、医療記録に接続してみます>

 シュミッドはユーティリティーポーチから取り出した光通信ケーブルを自身の項に接続し、もう一方の端子を装置の情報端末の出入力ポートに差し込んだ。

<ふむ…この子は病気といえるようなものは患っていません。極めて健康体ですね。それにコールドスリープもつい最近です>

<じゃあ、この子の親御さんがBUGとの戦争で荒廃した現代を憂いて、せめて我が子だけは争いのない未来で生きて欲しいと泣く泣く別れたのかもしれん>

<仮説としては面白いですが、それも有り得なさそうです。何のデータも残っていないんです>

<なんだと? どういう事だ?>

 ケーブルを抜き取り、ポーチに仕舞うとシュミッドはギャレンタインの疑問に答えるべく続けた。

<全く何も残ってません。消されたのか、それとも始めから無かったのか。
とにかく、この女の子が何者で何の目的でこの装置の中にいるのかも分かりません。しかし一つだけ断言する事が出来ます>

 シュミッドは足元に置いたベルゲンの中から真空パックで小さく薄く圧縮された毛布を取り出し、包みを破り捨てた。

<こんなに小さな子供は放って置けないという事です>



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