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Episode 10:黒×黒×黒~騎士とウサギと狂戦士~

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「まったく、派手に暴れてくれたもんだな」
 真っ二つになった一ツ目に腰を下ろして空を見上げていた紳士に、黒髪黒スーツの青年が馴れ馴れしく話し掛けた。シュンスケ君だ。
「これ、全部お前がやったのか?」
 倒れたモヒカンとオートマタ達を指すシュンスケ君の問いに紳士はゆっくり首を振る。
「いいや、やったのは彼女達だよ、ロバ」
 紳士の答えを聞いて、シュンスケ君――――否、フランキ・ロバートソンは目を丸くした。機械人形のほうはともかく、あんな小さな少女のどこにそんな力があるというのだ。
「おいおい、冗談だろ?」
「私が冗談を言うと思うのかね?」
「むしろ冗談しか言わないタイプだろうが。つかいつまで紳士気取ってる気だ、気色悪い」
 暴言を浴びせられても、しかし紳士は怯まない。
「それは心外だな、シュンスケ君。私はずっと昔から紳士だよ。そしてこれからもね」
「だーかーら! ……ああクソ、もういい。ところで件の遥ちゃん達は?」
 すると紳士は白いステッキを森の方へ向けて、
「モヒカンの残党を追って林道の方に行ったよ」
「林道の方、ねぇ……敷地の外に出なきゃいいんだが」
 スーツの裏ポケットから禁煙パイポを取り出してくわえる。表情は険しい。
「何かあるのかね?」
「ああ、最近な……この辺に出るようになったんだよ」
「出る……というと何が?」
 するとフランキ・ロバートソンが再び口を開く。いくばくかの間を置いて。


「機械人形殺し、だ」


パラベラム!
Episode 10:黒×黒×黒~騎士とウサギと狂戦士~


 道を外れ、そびえ立つ針葉樹の間にて、睨み合う黒と黒。
 一触即発のにらめっこ。
 お互い無手だ、武器はない。
 リヒターが腕を使った攻撃を好むのに対して、ヘーシェンタイプは基本的に足技が得意。手数ではリヒター、リーチでは黒いヘーシェンが得意といったところだろうか。
 しかし問題は、リヒターが連戦で消耗しているという点だ。マナの残量も少なく、あまり時間をかける事はできない。……スペック上でならともかく、現状では圧倒的にリヒターが不利であった。
 焦燥が、心を蝕む。
 なんにせよ、このまま時間を空費するわけにはいかない。ならば――――

 先手、必勝!

 前方へ最大出力でブースト。瞬時に加速した巨大な質量の塊が、黒いウサギに襲い掛かるが、黒ウサギは瞬時に逆関節モードに変形して高く高く跳躍、回避と同時に後退し、距離を離す。
 ――――こちらの状態を読まれているのか……?
 だとしたらこれは面倒な事になった。マスターを頼る事ができない以上、持久戦に持ち込まれれば勝ち目はゼロだ。
 迂闊だった。
 マスターの言う通りにしていれば、こんな事にはならなかったというのに――――


 ♪  ♪  ♪


 なんだなんだ、楽勝じゃん。
 クロ――――シュヴァルツが心中でほくそ笑む。
 ちょっと策を弄しただけでこれだ。武器も無いようだし、なんであの馬鹿猫はこんなのにやられたのやら。
 ステップ、ステップ、ステップ。迫る貫手のことごとくを回避。逃げるが勝ちだ、攻撃はしない。
<あははははっ! 随分とちょろいじゃない、リヒター・ペネトレイター!>
 挑発、しかし反応はない。……いや、一撃一撃に本格的に焦りが見え始めた。
 ――――ふふっ、焦ってる焦ってる……ん?
<マナの匂い?>
<……! いけません、マスター!>
 ちらりと一瞥すると、そこには地面に手を置く三つ編みの少女……なるほど、チャージね。
 どうやら焦っているのは目の前の黒騎士だけではなかったようだ。ならば!
<出番よ、あんた達!>
「待ってたぜ、この時をよォ!」
「あいつらの仇だ、覚悟しろこのガキィ!」
 飛び出した悪党二人が、遥に襲い掛かった。


 ♪  ♪  ♪


 モヒカンコンビが勢い良く遥に襲い掛かる。万事休すか、リヒターがそう思った、その時。
「待ってましたっ!」
「な!?」
「に!?」
 地面に置いてあった手で掴んだ砂を思い切り悪党二人に投げ付ける。――――そう、今のはブラフだったのだ。本当はチャージなどこれっぽっちもしようとしていない、ただマナを放出していただけだ。
「へぁぁぁぁぁ! 目がぁぁぁぁぁ!?」
「り、リーダー!」
 モヒカンリーダーの目に砂が入ったようで、目を押さえて目茶苦茶に暴れ回る。
「ちくしょう、このガキよくもリーダーを!」
 いや「よくも」って……砂が目に入っただけじゃん。
 あれはただのオーバーリアクションだ、多分。
 馬鹿の一つ覚えのように真正面から殴り掛かってきたモヒカン七号の拳を捌いて引っ掛け、脇を潜って、
「鉄山靠っ!」
 体当たり。
「ごぶっ!」
 続いて倒れた七号に馬乗りになった後、腕と身体を両足で挟んで固定し、
「腕挫十字固っ!」
 ぱきぱきぱきぱき。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 逃げようとすればする程、関節は極まっていく。そして、
「成敗!」
 ぽきょっ。
「あふん」
 モヒカン七号、昇天。
 そしてすぐに七号の側から離脱、目を潰されたモヒカンリーダーを目標に据える。
 木々の間を縫うように接近、跳躍、回し蹴り。モヒカンリーダーが「ぐぇ」という短い呻きを発すると同時にもんどり打って吹っ飛んだ。
「なーんだ、随分とちょろいじゃない、この人達っ!」
 負けず嫌いの遥、意趣返しとして黒いウサギに大声で告げた。


 ♪  ♪  ♪


「なーんだ、随分とちょろいじゃない、この人達っ!」
 三つ編みの少女はわざとらしく叫ぶと、リヒターに向けてウインクした後、
「もうこっちは大丈夫だから、心配しないで!」
 遥が小さな手を天に掲げ、地面を叩いた。
 それと同時に力が漲る、マナが巡る。遥がマナをチャージしてくれたのだ。
<脆弱な人間のくせに……!>
 それを見た黒いヘーシェンが苦虫を噛み潰したような声で吐き捨てる。
<マスターは弱くなどない>
 ――――そう、彼女はむしろ、私よりもよっぽど強い。
 思い返せば自分なんかむしろ助けられてばかり。そんな体たらくで何が騎士だ、何が賢者の石を護るだ、情けない。
 リヒターの闘争心に火が点いた。天に向かってうねる、巨大な炎が。
 負けたくない、負けていられない。紅い双眸が輝きを増す。
<はぁ? あんた何>
「チャージ完了! リヒター! おもいっきりやんなさい!」
 黒いウサギの言葉を遮って満面の笑顔でサムズアップする遥に、リヒターが返す。
<イエス・マイマスター!>
 ――――今までに無いくらい、はっきりとした声で。


 ♪  ♪  ♪


 森の中を、まるで獲物を求めるかのような獰猛さで黒い人型が駆ける。
 敵はどこだ、敵はどこだ、敵はどこだ。
 飢えた猛獣のような獰猛さで、黒い人型が駆ける。
 敵はどこだ、敵はどこだ、俺の敵はどこだ。
 そのおり、遠方から鋼と鋼がぶつかり合う音、マナの匂い。
 ――――そこか。
 獲物を見つけた黒い狂戦士が、残酷な笑みを浮かべた。


 ♪  ♪  ♪


 黒い騎士が強く辺りの土を蹴って走りだした。マナが満ち足りているせいか、はたまた心が満ち足りているせいか、身体がいつもより軽く感じる。いつもより早く、自在に動ける。
 相手が反応するよりも早く、跳び回し蹴りを繰り出す。マスターがやったのと同じように。
<ぐぅっ!>
 黒ウサギはそれを何とか腕で防御するも、受け止めきれずに吹き飛ばされる。
 着地、制動、地面がえぐれる。
 追撃。
 右で肘打ち、裏拳。続けざまに左で正拳。
 立て続けに攻撃を喰らい、よろめいたウサギに体当たり。煙を巻き上げて細い木や枝をへし折りながら突き進み、やがて止まる。
 マウントポジション。これならいつでもとどめを刺す事ができる。が、
<貴様に聞きたい事がある>
<何よ? 言っとくけどあたしは何も喋らないわよ。むしろ一思いにやんなさいよ、さあ!>
 そう言う黒いヘーシェンの声は震えていた。強がりなのは明白……ならば。
<賢者の石の情報はどこで手に入れた>
<だ、だから、何も喋らないって>
<答えなければ、四肢を切断して野良の餌にする>
 黒いウサギがひっ、と息を飲んだ。あと一押し。無言でダガーを作り出して右腕に突き付ける。
<うっ、ひっ、ひぐっ……>
 すると黒いウサギが泣き出した。……少しやりすぎただろうか。リヒター、ちょっと狼狽。
<答えれば、何もしないぞ>
<……ほんと?>
 しゃくり上げながら聞く声はか弱い少女そのものだ。
 リヒターはその問いに無言で首を縦に振った。
<……わかった、話す。だからその手どけて、お願い>
 リヒターが言われた通り手を離す。と、
<かかったなアホが!>
 黒ウサギがリヒターの身体を思い切り跳ね上げ、バランスが崩れたところを一気に脱出する。そして逆関節モードに変型し、跳躍。
<とんだお人よしの天然ボケね、お・ば・か・さん!>
 膝のカバーを開け、中から棒手裏剣を取り出し、打つ。名前の通り棒状のそれはリヒターの装甲に穴を穿つ事叶わず弾かれる。が、
<ばぁくはぁつ!>
 かわいらしい声を合図に閃光と爆音。リヒターがそれをもろに喰らって怯む。カメラと棒手裏剣を弾いた左腕部にダメージ。左手は人差し指と中指の第二関節から先が消失し、カメラは回復までに数秒を要す。
 ――――幼い声にしてやられた。
 そもそも相手はトリックスターとすら言われるヘーシェンタイプだ、何か企んでいても不思議ではないというか、こちらにもひとりトリックスターがいるではないか。
 彼女の普段の態度や行動から逆算すればある程度は推測できる……といってもやはり個体差というのはあるもので、ひょっとすると素直な性格のヘーシェンだっているかも知れな
<隙ありっ!>
 膝のカバーから今度は高周波ナイフを取り出すと、ジグザグのステップで接近。飛び掛かると同時に、動きを止めたリヒターの腹部にそれが突き刺さる。
 装甲を切り裂く甲高い騒音はまるで絶叫、飛び散る火花はまるで鮮血。
 だが超高密度のマナによってコーティングされたリヒターの装甲にはなかなかダメージが通らない。それならば、とウサギがナイフを押し込む腕に力を込めた。
 尖端が装甲に食い込み始めたその時、突然シュヴァルツが跳び退いた。
<……!? なんでこんなタイミングで!>
 耳のようなレーダーをぴこぴこ動かしながら悪態をつく。
 何かいるのか、それともブラフか。警戒しつつ、リヒターもレーダーで辺りを探る。
 オートマタはいない。だが、接近する人間サイズの反応がひとつ。
<何だ、これは……!>
 ただの人間にしては速い、速過ぎる。
<“機械人形殺し”よ。あたしは死にたくないから撤退するわ。今日のところは見逃してあげる。じゃあ……ねッ!?>
 黒ウサギが脚部を逆関節に変形、跳躍しようと屈んだ刹那、ワイヤーがその脚部に絡み付いた。バランスを崩した黒ウサギがそのまま派手にずっこける。
<ちょ……嘘!? なんて馬鹿力なのよ!?>
 いくら小柄なヘーシェンタイプといえども、重量は軽くはないし、ジャンプ力だって平均値を軽く上回る。発生するエネルギーは人間サイズでどうこうできるレベルではない。
 だが、それはやってのけたのだ。今しがた眼前に現れた、それは。

<見つけたぞ、俺の敵を>

 くぐもった声が林道に響く。
 声を発したのは、漆黒の狂戦士。
 黒衣を纏った、仮面の戦士。
 リヒターは一瞬、彼の姿を鏡に写った自分自身だと錯覚した。それ程までに似過ぎている。細部は違えど、シルエットはまるでリヒターをそのままダウンサイジングしたかのようだ。
 大まかな相違点は、リヒターよりも軽装である事、腰のバックルにある真紅の宝石と、そこから全身に走る血管のような赤いライン。
 中に人が入っているのだろうか、生物的な印象を受けるラインもそうだろう。
 “機械人形殺し”はワイヤーを巻き取ってから、黒騎士に向けてこう言った。

<見つけたぞ――――ブリューナク。我が半身よ>


 ♪  ♪  ♪


「……機械人形殺し?」
 紳士が疑問系で復唱する。
「そう。文字通り機械人形を破壊して回ってる正体不明の仮面の戦士……っつー話だ。俺はこの目で見た事がないからわからんが」
 いつの間にかロープでモヒカン達をぐるぐる巻きにしていたフランキ・ロバートソンが紳士の疑問に答える。
「しかもな、ただ破壊するわけじゃないらしい。そいつが殺ったオートマタは全部、穴も空いてないのにコンデンサが空っぽだったんだとさ」
「ほう……」
 紳士の眉がぴくりと動いた。
「遥ちゃんとリヒターの事、助けに行ったほうがいいんじゃないのか? それに、もしかすると“機械人形殺し”はお前の同類かもしれないぜ」
「いいでしょう」
 フランキの言葉に乗せられてか、紳士が白いステッキを持ってゆっくりと立ち上がる。口の端を吊り上げながら。
「ただし、ネタばらしは最後というわけで」


 ♪  ♪  ♪


<ブリューナク……?>
 聞いた事もない名前で呼ばれるのはこれで二回目だ。自分はリヒター・ペネトレイターなのか、はたまたブリューナクなのか、それとも別の何かなのだろうか。
 リヒターの胸中を疑問と不安がよぎる。
 ――――私は、何者なんだ……?
 その隙を見計らってか否か、“機械人形殺し”がリヒターに歩み寄った。
<さあ、鋼鉄の身体を捨ててひとつになろう。あるべき姿に還ろう>
 その手がリヒターの冷たい肌に触れる。優しく、触れる。戸惑う黒騎士、嗤う狂戦士。
<誰だ、貴様――――>
<俺は、お前だ>
 そう言って“機械人形殺し”が脇腹を鷲掴みにした。その驚異的な握力のせいで装甲が軋み、歪む。
<――――!?>
 いや、それだけではない。身体から力が抜けていく。突然膝が笑い出し、やがて重力に負けてひざまずいた。しかし各部に異常は無し……いや、コンデンサにあれだけあったマナがほとんど無くなっている。
 マナを、喰われている。
 タネや仕掛けがどういうものかはわからないが、確実にマナを吸収あるいは放出させられている。なるほど、これが彼を“機械人形殺し”たらしめている所以か。
 何とかこの状況を打破したいが、動けなければどうしようもない。意識が強制終了するのも時間の問題だ。
 もはやこれまでか、そう思った時だった。
 “機械人形殺し”が後ろに跳躍。一拍遅れて棒手裏剣が飛来し、地面に突き刺さる。
<邪魔をするな、黒ウサギ……!>
 漆黒の狂戦士が睨む先には、同じく漆黒の仔兎が一羽。どさくさに紛れて撤退という選択肢もあったはずなのだが、
<はぁ!? 邪魔をしたのはそっちでしょ!? 何あんた、何様のつもり!? せっかくそれなりに上手くいっててさ、あともうちょっとで作戦成功ってとこで乱入ってふざけてんの!? 死ぬの!? いやむしろ死ね!! いっぺんと言わずなんべんでも死ね!!>
 キレている。とても、キレている。
 ひたすら手裏剣を投げながら怒鳴り散らしている。“機械人形殺し”よりも、むしろ現在の彼女のほうが狂戦士っぽい。
 さらに手近にあった木を無理矢理引っこ抜き、大きく振りかぶって――――
<距離さえあれば、マナを吸収される事もなかろうよ!>
 殴打! だが“機械人形殺し”はそれを易々と片手で防ぐ。よろめいただけで、ダメージらしいダメージは見当たらない。黒ウサギ、思わず舌打ち。
<ちょっと、そこのあんた! 協力しなさい!>
 リヒターさんご指名入りました。
<……マナを吸収されて動けな>
<問答無用! 言い訳無用! あの三つ編みの子呼んでチャージしてもらえばいいじゃない! 何のために契約してると思ってんのよ!>
 狂戦士を丸太で殴りつけながら、黒ウサギ。……物凄い剣幕だ、女性のヒステリーって恐い。マスターも怒るとこんな感じなんだろうか――――なんてリヒターが勝手に想像してびくついているところに、
「おーいリヒター、大丈夫!?」
 噂をすればなんとやら。三つ編みマスター登場。
<ああ、いいとこに来た! ちょっとあんた、こいつにマナをチャージして!>
「……はい?」
 突然さっきまで敵だった者に支援を要求されて当惑する遥。助けを求めるような目でリヒターに向き直る。顔面には「説明求む!」の文字がありありと見えるようだ。
<すみません、マスター。これは私も何と説明したらいいのか……>
 だが、当のリヒターも困惑しているので説明のしようがない。
<昨日の敵は今日の友って言うでしょ!>
 丸太で横に一閃するも、しかしその一撃は、ひょい、とバックステップで避けられる。
<きのうのてきはきょうのとも……?>
 ふむ、そういえば現在行動を共にしているヴァイス・ヘーシェンも玉藻・ヴァルパインも、一度戦ってから現在の関係になっているではないか。
<……なるほど、確かに昨日の敵は今日の友>
「え? 今ので納得しちゃったの?」
<はい、納得しました>
 遥は思う。この子、ちょっと天然過ぎやしないかと。
<……不穏な行動を取った場合は即座に排除します。マスター、チャージをお願いします>
 チャージならついさっきしたはずなのだが……。
「ひょっとしてリヒター、ボケた?」
 この場合、ボケているのは遥のほうなのだが。ちなみに二人の視界の外では黒ウサギが絶賛暴走中だ。
<対象は何らかの方法でマナを強制的に放出、あるいは吸収する事が可能なようです。それにやられました>
 遥が「なるほど」と手を打つ。緊張感も何もあったもんじゃない。が、
「……聞きたい事はまだあるけど、とりあえず今はやめとく。危ない奴が相手なんだよね」
 スイッチが切り替わる。途端、少女の表情が凛と変化した。
<イエス・マイマスター。感謝します>
「どういたしまして。私はリヒターが活動できなくならないようにマナを送り続けるから、敵を近付けないようにお願い」
 手の平をリヒターに当てて、直接チャージ開始。これで離れてするよりも遥かに素早くチャージする事ができる。
<イエス・マイマスター>
 リヒターがこくりと相槌を打った。そして二人の間にしばしの静寂。向こうではキレたウサギさんの盛大なラフファイトが繰り広げられているが、気にしている余裕は無い。
 集中、集中、そして解放。大量のマナが拡散せずにリヒターへと流れ込む。みるみる内にコンデンサがマナで一杯になっていく。
「チャージ完了、行ってヨシ!」
 リヒターの手の平をポンと叩く。
 それにしても、離れてチャージした時とはスピードが段違いだ。自分の未熟さを痛感して、遥ちょっとしょんぼり。
<イエス・マイマスター>
 リヒター・ペネトレイター、ブースト・オン。
「がんばって!」
 無言の相槌を返事として、圧倒的な加速性能を以って黒い疾風が狂戦士に肉薄する。
<下がれ、黒いヘーシェンタイプ!>
 黒と黒、衝突。二倍以上の体格差から放たれたパンチを片手で軽々と受け止め、“機械人形殺し”が嗤いながら、
<来たか、ブ>
<遅いわ、バカ!>
 ――――言おうとした台詞に被せる形で黒ウサギが叫んだ。これで遅いなんて、そんな無茶な。
<そこ動くなよクソ野郎!>
 そして槍投げの要領で、丸太を、
<死ねぇぇぇぇぇ!!>
 投擲!
 しかし一直線に飛んでいったそれは、空いていたもう片方の手が展開した防壁でベクトルを逸らされて明後日の方向へ。
 そしてその光景に気を取られたリヒターを回し蹴りで吹き飛ばした後、黒ウサギに急接近。鳩尾に一撃食らわせ、十六文キック。そして悠然とその場に仁王立ち。
<笑止>
 今、なんだかクスリと嘲笑われたような気がした。
<くっ……バリアまで張れるなんてずっこいわよ、このやろう!>
 立ち上がり、叫ぶ。言葉の威勢はいいが、身体のほうは真逆のウサギ。じりじりと後退していく。
<……我々は二人掛かりですが>
 そこに水を差すリヒターのツッコミ。
<だ、だまらっしゃい! それはそれ、これはこれなの!>
 理由になっていないのだが……。そう言おうとして、咄嗟に口をつぐむ。今はそういうタイミングじゃない。
<って、あれ?>
 立ちくらむ。どうやら先の一撃でマナを奪われたようだ。
<なに、これ……ヤバい>
 リヒター、黒ウサギを庇うように前へ。
<……大丈夫か>
<貴様に用は無い、失せろ>
 黒ウサギが返事をする前に“機械人形殺し”が抑揚を押さえた声で言った。意趣返しだろうか。
<い、言わずもがな!>
 なんて言いつつ、ちょっとだけ躊躇ってから逆脚に変形して、
<心配してくれた事、少なからず感謝してる>
<早く失せろ>
<うるさいな、空気読めバカ! ……気を取り直して。でも、次に会う時は敵だからね。覚えてなさいよ!>
 黒ウサギ、ハイジャンプ。あっという間に豆粒程の大きさになって、森に消える。
<……あ>
 どうしよう、聞くべき事を聞く前に逃がしてしまった……が、まあいい。どうせ次も現れると本人が宣言したのだ。その時にまた聞き出せばいい。それよりも――――
 目の前にいる、小さな、しかし圧倒的な存在を睨みつける。
 同じ顔、同じ色。漆黒の狂戦士、小さな巨人。
 誰だ、誰だ、誰だ、こいつは。
 どういう事かわからないが、自分は目の前のドス黒いそれを理解できない。いや、理解しようとしない、したがらない。拒絶している?
 わからない。誰だ、何だ、私は。
<これで邪魔者はいなくなった……さあ、思う存分>
 急接近。拳を振るう。それを受け止めるリヒター。
<殺し合おう!>
 何もないところ、障壁を作り出す。それを蹴って一回転。
<存分に!>
 肩へと踵落とし。
<そして!>
 着地。間髪入れずにターン、跳躍、膝蹴り。浮き上がる巨躯。
<ひとつに!>
<……ッ! させるか!>
 ブースト。空中で姿勢制御。後退。そして、
<何処の誰かもわからない奴に!>
 ダガー発振。袈裟掛けに振り下ろす。
<言っただろう!>
 だが、その一撃は素手で受け止められる。
<俺は、お前だ!>
 “機械人形殺し”がダガーを喰らう。マナで形成されたそれは、狂戦士の絶好の馳走となった。
<またか!>
 続いてリヒター、小さな身体を圧殺せんと腕に力を込める。全体重を乗せる。だが狂戦士は怖じる事なくそれを受け止めた。地面が陥没する。が、
<笑止!>
 マナを吸収。リヒターが脱力したところを押し返す。送られてくるマナより、吸収されているマナの量が勝っているのだ。先程よりはまだマシだが、このままでは――――!


 ♪  ♪  ♪


「何、あれ……」
 眼前で繰り広げられる激闘を見、三つ編みの少女が呆然と呟いた。あんなに熱くなっているリヒターは初めて見た。
 さらに、機械人形と互角以上に戦う人間――――本当に人間かどうかは怪しいところだが――――なんて見た事がない。亜人だってあそこまでの身体能力は持ち得ていないはずだ。
 ――――いや、そういえばついさっき見たではないか。機械人形を一刀の下に葬り去った、初老の紳士を。
「まさか、ロバートソン氏……?」
 いやいやまさかさか。ロバートソン氏にはリヒターのコスプレをしてリヒターに襲い掛る理由は……いや、今はそんな事を考えている場合ではない。ぶんぶんと首を振って雑念を吹き飛ばす。
「……どうしよう」
 マナのコントロールの甘さが、ここにきて如実に現れてきてしまっている。近付けばマナのロスは減るが、それはあまりにも危険だ。
 考えろ、一条 遥。どうすればロスを無くす事ができるのかを。どうすればマナの拡散を防ぐ事ができるのかを。
「――――そういえば」
 たまが言っていた事を思い出す。

 ――――マナを纏める時は……髪の毛を……。

「髪の毛? 髪の毛、髪の毛……」
 自分の三つ編みを弄ってみる。髪の毛、マナを纏める、髪の毛、纏める――――そうか!
 左手を地面に着けてリヒターにマナを送りつつ、空いた右手から捻り出したマナを三つの束に分け、編むようにベクトルを操作する。勝手は髪の毛と同じ。慣れたものだ、簡単にできる。
 ぐちゃぐちゃな方向に進んでいくマナを真っ直ぐにさせようと躍起になって、こんな簡単な事に気付けなかった自分が憎い。後でたまちゃんにちゃんと謝って、お礼を言っておこう。
「よし、できた!」
 三つ編み少女が、勝ち気に笑う。


 ♪  ♪  ♪


<これは……>
 突然自分の中に大量に入り込んできたマナに、黒騎士が驚きの声を上げた。しかも今までの漠然とした、曖昧なものではない。明確な形――――三つ編みのマナだ。マスターらしいな、とリヒターが苦笑。
<何だ……!>
 一方の狂戦士も、リヒターに送られるマナの量が爆発的に増えた事に驚きの声を上げる。マナの吸収が追い付かない。
 リヒターの力が戻る。それに負けじと“機械人形殺し”もパワーを上げる。
<うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!>
<あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!>
 文字通り、押しつ押されつの大接戦。お互い一歩も譲らない。
 ざわ、ざわ、ざわ、ざわ。互いの力が辺りを揺らす。二人の間で世界が揺れる。
<やるな、それでこそ!>
 “機械人形殺し”が纏っているマナが収縮した。直感的に危険だと判断。すぐさま手を離し、前方に障壁を展開させて、バックブースト。
<離脱か。だが……>
 チャージ、チャージ、チャージ――――
<遅い!>
 解放。
 “機械人形殺し”を中心に、エネルギーの波が球状に広がる。衝撃と閃光を伴って。それは離れた木の陰でマナを送っていた遥にもはっきりと感じられた。びりびりと震え、揺れる地面と空気に鳥肌が立ち、反射的にその場に伏せる。
 やがて、少女の視界は光で埋め尽くされた。


 ♪  ♪  ♪


 やがて、光が収縮する。呻き声と同時に目を開けた遥の目の前に広がるのは、凄惨な破壊の痕であった。
 まず視界に入ったのは、地面に穿たれたクレーター。
 木々は吹き飛び、地面は刳れて。中央には、バチバチと、爆ぜる燐光を纏った黒い人影。クレーターの渕には、前面の装甲を焦がした巨人がひざまずいている。
「リヒター!」
 見るも無惨な姿と化した黒騎士に、思わず遥が声を荒げた。駆け寄ろうとして、踏み止まる。
 ――――狂戦士が、こちらを見ている。
「この……っ!」
 三つ編みの少女が身構えた。駄目元だ、腕の一本くらいは極めて――――
「……!?」
 だが、願いは叶わず。一瞬で距離を詰められ、首を締められた。少女の小さな身体が軽々と持ち上げられる。
「あぐっ」
 苦しい。息ができない。怖い。死にたくない。だけど、それよりも――――
<貴様……まさか“心臓”を……>
 ――――腹立たしい。
「知、る、かぁっ!!」
 怒りに任せて、全力で、思いっきり、顔面を蹴る。偶然、かたまたまか、先程の大技の反動で防御力が低下しているのか。少女の爪先が赤く光る目に侵入した。
<ごがぁッ!>
 怯み、ホールドが緩んだ隙に脱出。
「ゲホゲホッ! ゲホ……おぇっ!」
 肺に急に酸素が流れ込み、咳込む。口元の唾液を拭い去り、少女が黒い狂戦士を睨みつけた。
「わけのわからない事をごちゃごちゃ抜かしやがって、この野郎……!」
 その瞳に絶望はなく、そこにあるのは、不屈の闘志だけ。
<女よ、“心臓”を寄越せ……!>
 片目を手で覆いながら、もう片手を遥に伸ばす。
「それ以上近付くなっ!」
 偶然足元に落ちていた、折れた棒手裏剣を拾い上げ(けっこう重い)、槍のように構える。
<寄越せ……!>
「しつっこい!」
 放たれる突き。が、即席の、槍は掴まれ、ヘシ折られ。
「……おお」
 衰えたとはいえ、身体能力は人以上らしい。尻餅をつく遥と、じりじりと迫る黒い影。リヒターはまだ動けない。

 ――――いけませんな。それは犯罪ですぞ。

 聞こえたのは、覚えのある、紳士の声。ステッキを持った、紳士の声。
「ジェ、ジェームズさん!?」
 初老の紳士が、狂戦士の肩を掴んでいた。“機械人形殺し”が力を入れても振り切る事ができない程の握力で。
<貴様……何者だ>
 苛立ち全開。狂戦士が尋ねる。
 対する紳士はら口の端を吊り上げ言った。

「――――通りすがりの、“小さな存在を愛する者”ですよ。ああ、これは覚えていただかなくても結構」

 余裕綽々。手の力を強める。ミシミシと軋む黒い肩。
<その手を離せ>
 高速の裏拳。
「貴方が退くならそうしましょう」
 にこやかに、微笑みながら受け止める。
<離せ>
 懲りない“機械人形殺し”が再び要求。
「貴方が退くなら――――」
<離>
「――――なら失せろ、下衆が」
 狂戦士にだけ聞こえるくらいの声量で紳士が吐き捨てた。地獄の底から這い出てきた鬼のような目と、声で。
 数秒間黙考したのち、黒い狂戦士は無言でその場から立ち去った。
 あまりに唐突な出来事に、遥、唖然。
「大丈夫かい? もう悪い人はいなくなったよ、遥ちゃん」
「あ、は、はい。……二度も助けていただいて、ありがとうございま……あれ?」
 むぅ、なんて事だ。力が入らない。どうやら腰が抜けてしまったらしい。
「あのー……」
「腰が抜けてしまったようだね……どれ」
 紳士、少女をお姫様抱っこ。
「わ、わ! ジェームズさん!」
 突然の出来事に遥が驚き、萎縮する。だがロバートソン氏はにこりと微笑み、言う。
「しかし、このままでは動けないだろう?」
 確かにそうなのだが、これはちょっと……いや、かなり恥ずかしい。
「ああ、それとね。実は私はジェームズ・ロバートソンという名前じゃないんだよ」
「へ?」
 突然何を言い出すんだこの人。
「私の名前はね」
 一度遥を地面に下ろし、頬のあたりをぐいっと掴むと、べりべりと音を立ててマスクを引っぺがす。
「え?」
 マスクの下から、現れたのは――――
「えぇ?」
「私……いや、俺の名前はな、リヒト・エンフィールドってんだ」
 よく見知った、師の顔だった。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――!?」
 一難去った静かな森に少女の絶叫が響き渡り、辺りの鳥が飛び去った。


 ♪  ♪  ♪


 数刻後、シュンスケ君改めフランキ・ロバートソン邸の庭にて。
「ちょっと、こんなのってアリなの!?」
 バン! 完全復活した遥が机を叩く音が響く。が、まどかがびくんとおののいただけで、他のメンバーは必死で笑いを堪えていた。
「い、いや、でもこれウチの伝統だからね」
 肩を震わせ、手で口元を隠しながら、リヒト。
「そ、そうそう。まどかちゃんもライディースくんも通った道だよ」
 時おり口の端をピクピクと引き攣らせながら、ルガー。
<私達は通ってませんけどね>
「仕掛け人ですからね!」
 いつもと同じテンションで、シロとリタ。
<ぷっ……あ、ああ、そうだぞ。私だってハメられ……くくくくっ>
 隠す気すらないたま。嘘つけ、どう考えてもハメる側じゃないか。
「またシメられたいの? 教官」
<すみません>
 五月蝿い狐を、その気迫と握力でもって黙らせる。
「で、でも本当に本当なんですよ?」
「そうそう、僕達も無理難題押し付けられたもんね」
 そして遥をなだめるまどかと昔を思い出して苦笑するライ。
 ――――ロバートソン邸は、某なんでも屋の如くカオスな様相を提していた。
「まあまあ遥ちゃん。約束通り報酬はきちんと払うから、それで許してくれよ。な?」
 笑いを堪えつつ頭を下げる本物のロバートソン氏ことフランキ・ロバートソン。どう見てもその辺にいる気のよさそうなにーちゃんだが、こう見えていくつかの鉱山を所有している富豪なのだから世の中わからない。
「でもアレだろ、俺が紳士ってピッタリだろ」
 ニヤニヤしながら話し掛けてくる赤髪のリヒト。正直紳士とは程遠い。
「まだルガーさんのほうが似合ってます!」
「おいおい何言ってんだ、変態は変態であると同時に紳士でもある……いやむしろ変態は変態という名の紳士なんだぞ」
 目の前の変態が何を言っているのか理解できない。
 そのおり、リヒターが窓の外からこちらを覗き込んだ。付着した炭素は綺麗に拭き取られ、吹き飛んだ指は必死に探してくっつけられている。
<……それにしても驚きました。ここまで手の込んだ事をするとは>
 そう、今回の騒動は全て、遥とリヒター以外のやおよろずメンバーとフランキによる盛大なドッキリだったのだ。何でも新人をハメるのはここの伝統らしい……なんて迷惑な伝統だ。
「わざわざシロちゃんの色を塗り替えてチンピラと一緒にけしかけたり、変な格好して襲い掛かってきたり……ちょっと気合い入れ過ぎなんじゃ――――」
「……いや、俺らそんな事してないぞ? なあ?」
 リヒトが全員に尋ねると、皆一斉に首を縦に振った。
「え」
 つまりアレは本物の襲撃者だったとでもいうのか。遥の背筋に嫌な汗、一筋。
「大丈夫だ、いざとなったら俺がいるからな!」
 リヒトが力瘤を作って見せる。正直コレには頼りたくない。
<大丈夫です、マスター。いざとなったら私が、この身に代えてもお守りいたします>
 恭しく頭を垂れるリヒター。あまり無理はしてほしくないのだが……心配になるから。
「ま、とにもかくにもまずは情報収集だ。近い内になごみんとこに殴り込みに行くぞ」
 キリッ。何故か顔が真面目モードになる変態紳士。が、そんな事はどうでもいい。
 今、遥が気になる事はただ一つ。
 ――――なごみって、誰?


 ♪  ♪  ♪


 暗い暗い、部屋の中。小さな小さな影ひとつ。

 広い部屋を、行ったり来たり。落ち着きも無く闊歩する。

 部屋のドアにはプレート一枚、書いてあるのは五つの数字。

 早かったのう、と影が呟く。

 彼女はなごみ、なご なごみ。

 古き時代の、忘れ形見。


 ――――はいはい次回へ続く続く。


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