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電瞬月下

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それは満月が地を照らす夜の出来事であった。
大和国、本州南部の離れにある孤島。
其処は既に人が住まぬ無人の島にして、罪人を裁く為だけに存在する処刑場である。
その島の大地は既に幾百もの人の心血を啜っており、幾人もの死者の怨念が彷徨っていると噂されている。
故に島から最も近い村落に在住するものからは殺された怨みを抱えた怨霊達が住まう島、呪ヶ島等と噂されている島である。
その島の中心にある処刑所にて、二人の人間が睨み合うように立っており、そこから少し離れた所に一人の翁が座ってその顛末を見届けようとしている。
向かい合う二人の容貌は外からでは何とも判断し難い。それはその者達が身に纏っていた機械仕掛けの鎧がその者達の体を覆いその者達の容姿を見る事が出来なかったからである。
背は一丈半程の機械仕掛けの鎧武者。それは武甲人と呼ばれる、機械式の鎧武者である。
武甲人とは内蔵された機械式の人工筋肉により元来人間が持ちうる数十倍にも運動能力の強化し、深淵な闇も明るく見通す目を与え、銃弾すら遠さぬ強固な装甲を与えるモノであった。
大和国における武者と呼ばれる存在の戦の正装である。二人の武甲人は両手に二丈程の巨大な刀を携えて向き合っている。
それは呪ヶ島と呼ばれた大地に殺気を持って相対している。
仇討。
この二人がこの場に立つ理由はそれだけであった。片方は愛する者を殺され、片方はその愛する者を殺した。
唯、それだけの事。この死合、一合にて終わる殺し合いである。




電瞬月下 ―武甲人 陸式久遠―



復讐者の纏う武甲人、その銘を『綾久遠』という。
鬼の如き顔つきと、筒の生えた熊の如き太い腕、全身を紅と黒で染め上げられたそれはさながら修羅であった。
復讐者が唯、己の愛する者を奪った人間を殺す為にだけ追い求めた手に入れた異形の傑物の名機甲。
それが武甲人『綾久遠』である。だが、鎧だけが傑物では無く、復讐者もまた傑物と呼ばれる力量を持つ者であった。
奈球磨月印流。一ノ太刀による必殺のみを考え、それ以外の全てを考える事を放棄した、狂気の剣。
復讐者はその免許皆伝を認可された者であった。稽古ですら死人が出ると呼ばれる狂気の中で血反吐を吐いて執念のみで身につけ会得した人間。
それが『綾久遠』を纏う武者である。そして復讐者は己の持つ長大な太刀を上段に構え、ただ、それを振り下ろす為の機を待つ。
奈球磨月印流『雪崩』。
奈球磨月印流の上段は全身のバネを用いた高速であり、武甲人の力を借りればその威力は5尺程の厚さの鋼鉄すら斬り裂くと称される斬撃である。
立ち合いの見届け人である翁にはそれが、両腕を縛られた咎人に振り下ろされる絶対死の一刀に見えた。
対して復讐される者が纏う武甲人はまた異質であった。
全体的に細く柔らかく作られており、装甲は『綾久遠』と比べると比較にならない程、薄い、足腰に力よりも機動性を重視した細めの腕、顔立ちは角が一本生えており、白色で纏められている。それは重装甲を基本とする武甲人としては余りに異質の代物であった。
銘を『陸式天尊』と言い、奇形機構でその名を馳せる妖機甲である。そしてそれを扱う復讐される者、此処では咎人と称そうか、その咎人もまた傑物であるが復讐者とはまた異なった傑物であった。
咎人は流派を持たず、師を持った事も無い我流の使い手である。だが、それは戦場に生まれ落ちた戦場を転々としてきた咎人が自身を生かす為に作り上げた殺人剣であり、我流でありながら流派を持つ剣と引けを取らぬ理で構築された剣である。
数々の名うての剣客達がその我流の前に首を落とし、いつしか人は人の域を逸脱した剣、『逸流』と呼び始めた。
咎人は己の太刀を鞘に収め、その柄に指をかける。腰を捻り全身の回転を生かした抜刀の構え。少しでも剣に知を持つものならば誰もがそれをこう呼ぶだろう。
『居合』。
咎人が『雷迅』と名付けた数少ない剣技である。
居合とは電瞬である。抜刀と加速、そして相手の体への刃の侵入それらを最短の挙動で行う雷の如き速さを持つ剣技である。
居合の特性は大きく分けて三つである。一つは双方が納刀状態であった場合、通常ならば抜刀、構え、斬撃の三段階の流れを組まねばならないが、居合は抜刀と構えを同時に行う為、抜刀、斬撃、二段階の流れで放てるという点である。居合が最速の斬撃として名高い理由もこれにあると言えるだろう。
しかし、双方が抜刀状態であり、既にその特性は大きく削がれているといっても過言では無い。
だが、居合の特性はそれだけでは無い、二つ目の特性、それは刃が仕手の体に隠される事によって間合いの距離感を相手から奪う事であった。
見えぬ刃は相手の間合いの目測を誤らせ、不用意な接近をすればすぐさま神速の斬撃が敵を襲う。一騎打ちにおいて自らの有利な距離の制圧は最重要事項であり、それを誤らせる居合の特性は強力と言えた。だが、此処にもまた問題点がある。機械鎧に身を包んでいる彼らには常時、敵との距離が電子眼を通して仕手に伝わるのである。つまり間合いを見誤るという事は限りなく低い、故に第二の特性も大きく削がれていた。
この二つの理由にて居合の理は大きく削がれており、この武甲人での決闘にて、居合を用いるという事は愚かしい選択だったとも見れるかもしれない。
だが、武甲人だからこその利点もある、それが第三の特性。居合とは護身の剣であるという事である。それは片手で放たれる斬撃故に、大きな威力を期待する事は出来ないが、腰の回転をも利用して最速で放つことにより、相手の先を取る事に特化している。居合とは最速の斬撃にて一ノ太刀にて振り下ろされる前の相手の攻撃を弾き二ノ太刀にて敵を斬り捨てる。これが居合の本質である。
それに加えて、武甲人の筋力強化により、片手で放たれる一ノ太刀もまた必殺の威力を持つ程のモノと化しており、仕手はこの構えから攻撃と守りの二択を選択する事が出来るのである。
咎人が復讐者が取った上段に対する構えはこれであった、否、生存の為の殺人剣を身に付けた咎人にこれ以上の構えは無かった。
殺すための殺人剣と生きる為の殺人剣。
奇怪な事である、復讐を志した者がただ殺す剣を求めたのに対し、殺される咎人が生きる為の剣を振う。
復讐者と咎人、狂気の中にその身を投じた者と狂気の中で生まれた者、強面の大柄の武甲人に細身の武甲人。
この二人の間には奇怪な因果が張り巡らせられている。
復讐者が一歩、擦るようにして歩を進める。左足を前に出し、体重を移動させる予備動作に入った。
復讐者は既に勘付いている。敵が何を目論んで居合を選択したのか、その解答を既に得ている。威力にて相打とう等という事は考えられない。奈球磨月印流の一振りを超える斬撃はこの世には存在しない、然らば、何を目論むか…少し考えれば赤子にもわかる話だ。敵は己の一ノ太刀の出がかりを神速の域にまで達した抜刀術で止め、二ノ太刀にて自らを斬り伏せる所存なのだ。
奈球磨月印流は一ノ太刀は強靭にして無比の威力を持つ斬撃である。だが、それを出がかりで潰してしまえば、もはや恐れるものなく全力の一刀を自らに入れる事が出来る。成程、奈球磨月印流を相手にして使うにはこれほどの最適な攻撃は無いかもしれない。
(然し…。)
だからと言って復讐者は自らの構えを変える事は無かった。例え、どのような小細工を用いようと、ただそれを一ノ太刀にて捻じ伏せて、そのままあの憎い面ごと叩き斬るのみ。ただそれだけに全神経を扱う。
咎人はさらに腰に練り込みを加える。復讐者の目の前には咎人の『陸式天尊』の腹は見えず、その背が眼前に映し出されていた。それはまるで敵に自らの背を差し出しているようにすら見える異様な光景である。
復讐者はその光景を見て、自らの仇敵が『逸流』と呼ばれている事を思い出す。居合に腰の練り込みを加える事は基本であるが、ここまで練るのは余りに異質である、これでは本当に抜く事が出来るのだろうか?という疑問すら沸かせるものだ。
だが、復讐者はそれを見て得心がいった。故に軽装甲、故に柔軟性を重視した作りの武甲人なのだ。普通の武甲人であればあれ程の練り込みから斬撃を放つ事は出来ない、出来たとしても電瞬の域には届かぬ紛いモノの居合にしかならぬであろう。だが、この『陸式天尊』は違うのだ、人工筋肉における基礎能力の強化以外は極力柔軟性を重視して作られている。
この特殊な条件が整った時にこそ生身でも普通の武甲人にも放つ事が出来ぬ剣が発せられるのだ。
極限までの練り込みを加えた神速の居合、それが咎人の切り札。
では、どちらの技が優れているか試そうでは無いか。
「――参る。」
復讐者のその声に咎人は無言で応える。
復讐者は息を吸い腕に力を入れ機巧を稼働させた。『綾久遠』の腕に取り付けられた筒の中に火が入る。筒は火花を散らし、燃料を燃やし噴射し推力を得る。
これが復讐者の切り札である。確かに一ノ太刀の出がかりを潰されたのならば、いかな強靭な威力を持とうとそれを発揮出来ずに敗れてしまうだろう。それは出がかかりが未だ加速しきっておらず、威力が存分に刀刃に乗っていないからである。
だが、復讐者は『綾久遠』の持つ機巧を持ってその難点を克服し、さらなる威力を上乗せする。雪崩を武甲人の特性を合せ更なる技とした奈球磨月印流雪崩の崩し技、我流秘剣『流星』。『綾久遠』の両腕に取り付けられた火筒を点火し、燃料を燃焼させ噴射させる事により推力を得たその上段は出初めから既に必死の威力に達し、剣速も神速の域に入る。速さと威力を兼ね備えたその一撃はありとあらゆる受け技を無視し、回避する事すら許さず、その刃を敵に届ける。まさに必殺である。だが、それは腕にかかる負担も大きく、一度行使するだけで腕が痺れてしまうという欠点も持ち合わせている。外せば後は無い。一ノ太刀のみを信仰した、奈球磨月印流らしい技といえるだろう。
そして、その必殺の一撃が放たれた。それに呼応するように咎人はさらにねじ込む。斬撃を放つ為の予備動作である。然し、いかに神速の域までに達した居合といえども、流星と化し、光となった『綾久遠』の斬撃の域までは届かない。そして『綾久遠』の太刀は振り下ろされ地についた。
有り余る程の威力を持った斬撃は大地にすらも吹き飛ばし、周囲一帯に砂埃を舞い散らした。
砂埃により仇敵の姿は既に見えないが、腕に残るのは確かな感触、己の勝利を確信する。砂埃が薄れていく、復讐者の周りの風景は少しづつ鮮明になってゆき、敵の骸を確かめようと復讐者は咎人に歩み寄った。
(なん…だと…。)
驚愕が復讐者を襲う。
砂埃が晴れ鮮明になった自らの斬撃が放たれた先に…骸となり果てている筈の敵はいなかったのだ。
前方、右方、左方、果ては後方まで電子眼を用いて、己の仇敵を探す。避けられたのだろうか、然らば、あの白い武甲人は何処にいった。
探さなければならない。奴の攻撃を受けなければならない。そして、例え限界を超えていようとも次の一ノ太刀を用いて奴を斬り捨てなければならない。
この死合、敗れるわけにはいかぬのだ。
だが、敵はいない。この地上の何処にもいないのだ。その時、復讐者の脳裏に一つの可能性が過ぎる。だが、それはあり得ない事なのだ。『流星』の性質上その行動は決して許されない筈なのだ、それほどに距離を詰めてこの斬撃を放った筈なのだ。
復讐者は虚空を見上げる。そこには一機一人の白の武甲人が満月を背に宙で身を翻し、自らに向けて腰にある長刀を抜刀しようとしていた。空中から放たれる腰の捻りだけで放たれる居合。すぐさま復讐者は受けようと刀を上段に構えようとする。
「――ぐっ。」
復讐者の腕に激痛が走る。秘剣『流星』を放った代償であった。だが、それを己の強靭な意志力で強引に持ち上げる。だが、それは余りに遅かった。
空中から白い武甲人の斬撃が放たれ、その刃先は復讐者の体を深く抉り抜けていく。
復讐者はその斬撃の前に機甲の中で血反吐を吐き倒れた。
「何…故…だ…。」
悠々と地に降り立った白の武甲人に消えそうになる意識の中で疑問を問いかける。
上段から一筋に斬り降ろされた斬撃は縦一筋の斬撃である。絶対不可避の秘剣『流星』を回避する、このような仮定をしたとしても、理としては尋常ならざる速度にて横転し、攻撃を回避するしか無い。少なくとも上方から振り下ろされる攻撃に対して上方に回避する等といった行為は自ら斬撃に当たりにいくようなもので、あり得ない回避方法である。
このような理の無い回避はあり得ないのだ。
「何故だ…か…。」
白の武甲人を纏った咎人は答える。
「それはお前が俺が放った技の本質を誤解したからに過ぎない。だから、俺から言えるのは、これだけだ。ありがとう誤解をしてくれて、これでまた俺は一つ命を拾う事が出来た。それにな、戦場に出てきた人間が殺されるのなんて日常茶飯事の話だ、それを殺した人間をわざわざ探したお前の執念は認めてやらない事も無いが、今、お前が行おうとした言葉を世間一般で何て言うか知っているか?逆恨みだよ、バ~カ。」
咎人が復讐者をそう言って、嘲笑う。
(――無念だ。)
そう最後に心の中で思い、復讐者は息を絶やした。
それを離れから見届けた翁は心底、驚愕していた。唯、一合一瞬の攻防。その攻防の瞬間にまばたきをしていたのならばその一瞬の駆け引きの全てを見逃していただろう。
それは理によって行われた攻防であり、理によって得られた結果である。
奈球磨月印流を自身の工夫を用いてさらなる高みの剣へと進化させた復讐者も恐るべき器量と才覚の持ち主であったが、恐るべきは逸流か、絶対不可避の斬撃を受けた上でその威力を味方に付け、敵を斬り伏せて見せたのだ。
この攻防で最も重要なのは咎人の見せた腰の捻りである、復讐者も翁もそれを居合と見たがそれは間違いであった。否、分類するならば最後に放たれた一撃は居合であるがそこに到達するまでの過程があまりに異質であった。確かに納刀し、自身の太刀に指をかけ斬撃を放つ体制を持つ、これは居合の構えであるが、そこから咎人はさらに一つの工夫を用いた、通常の居合に必要とされる以上に腰を捻り、相手に背を見せるまで腰を捻ったのだ。
復讐者も翁もそれは居合の威力をさらに上げようとして行っていた事だと理解していた。だが、この捻りが居合の威力の向上では無く、別の工夫の為のものだった。そもそもおかしいのだ。いくら威力の向上が図れた所で、捻る事により予備動作と相手に届くまでの距離が増え、電瞬の域まで達するとされる居合の速度を殺している。
これでは居合の特性を無くしているのと同義なのだ。それに気づく事が出来たならば、復讐者もそれに応じた対応を取れたかもしれないが居合であるという先入観を持ってしまった為にそれに気づく事は出来なかった。
つまりこの捻りは居合の目的ではなく別の目的を持って行われていたという事である。復讐者が秘剣『流星』を放つ瞬間、咎人はさらに捻りを加えて自らの背を完全に差し出した。これがこの攻防の大きな焦点である。一見それは背を差し出したように見えるが、咎人の狙いは背を差し出す事では無かった。
己の腰にある鞘の尾を相手の前に置く事が最も重要であったのだ。復讐者がその上段を振り下ろした瞬間に、その戦場でのみ育まれて来た超常的な動体視力を持って鞘の尾を相手の刃先に合わせ当てる。もし、このまま鞘の尾で相手の攻撃を防ごうとしていたのならば、流星がそれを無視しそのまま咎人の体に食い込んでいただろうが、そこからの咎人の取った行動がまた異質であった。
相手の刃先に鞘の尾を当てたままその斬撃の力に逆らわずその斬撃から放たれる強大な力を元に流し受けたのだ。形容するのならば、復讐者の放つ流星を軸に回転する風車の羽のように自らの身を回転させ、その力を持って自らの体を宙に持ち上げたのである。
しかして流星は空を斬り、咎人は流星の力を用いて飛翔し、宙から相手の威力を乗せた必殺の居合を放った。
おそらく、本来は回転により、鞘の尾に相手の攻撃を流し、その勢いのまま、相手の剣の威力を乗せ斬撃を放つ技なのであったのだろうが、秘剣『流星』の常軌を逸した威力故に咎人はその白の武甲人と共に宙を舞う事となった。
理ではあるが、それは決して咎人の他の人間には出来ぬ所業であり、『陸式天尊』の柔軟性と極力装甲を落とした事による身軽さ、そして戦場で育まれ常軌を逸した動体視力による咎人の見切りによる、余りにも剣の理を逸脱した理で構成された魔剣。
まさに『逸流』と呼ぶに相応しい剣と言えた。
決着は一合にて、この死合の勝者は『逸流』を用いた白い武甲人『陸式天尊』の仕手である咎人であった。
咎人は身に纏った白い武甲人と共に見届け人であった翁の元に歩みよろうとする。
そうして一歩を踏み出したその時、それは起こった。勝利の凱歌を挙げた白い武甲人が転んだのだ。
翁は笑った。先ほどまで真剣勝負にて命のやり取りをしていた為、それが終わって腰が抜けたと思ったのだ。 
だが、どうもそれとは様子が違う事に翁も気づく。咎人はそのまま座りこみ、何かを考えるような仕草を取ったのだ。
「いかかが無さいましたか?」
翁は咎人の元まで歩み寄り、尋ねる。咎人は頭に手を当て、その兜を脱いだ。中から現れたのは黒髪の長髪と男とも女とも判別がつかぬ中性的な顔立ちをした人であった。
その風貌はあまりに妖美であり、これを見れば、男でも女でもその容姿の持つ魔に憑かれるだろう。修羅の如き人間が武甲人の中にいると思っていただけにこの容姿は翁にはいささか意外であった。
咎人は笑って翁の問いに答える。
「いや、なに、実はさ、立てないんだ。」
翁は最初それを冗談かと思った。それを見通して、苦笑するように咎人は言う。
「嘘じゃないよ、どうも腰の骨を砕かれちゃったみたいでね、立てないんだ。受け流したと思ったんだけれど、どうも受け流しきれて無かったみたいだなぁ…。いやぁ、凄いな、あの上段。」
己が殺した相手に心底、敬意を払うように咎人は言う。
次第に翁はそれが真実であると知り、その意味を噛み締めた。
あらゆる剣術は足腰があってこそ成立するものだ。その足腰を失ったという事は、咎人は剣を失ったという事に等しい事実であった。
咎人は少し考えるようにし、決心する。
「じーさん、俺はここで腹を切ろうと思う、大変申し訳ないんだが、よければ介錯してもらえないか?」
言葉の重さを感じさせない軽さで咎人は言った。
戦場で生き、戦場で殺し、戦場で身に付けた自らを守る術を失った咎人は生きる為の力を失った。
これまで無限と思える程の人を生きる為に殺し、その呪詛を浴びてきた。
今まではその呪詛を全て返り討ちにしてきた咎人であったが、今の咎人にはその力が無い。
故に死は必然の事柄であり、ならば誰かの手に枯らされる前に自らの手で終わらせる事を選んだのだ。
翁は悲痛に、それを思いとどまるよう懇願する。
だが、咎人は笑ってすまない、頼むとだけ言い、三刻程そのやりとりを繰り返し、そして翁が折れた。
生きる術が皆無であったわけでは無い、咎人の幼き頃のようにその妖美な容姿を駆使すれば生きる事は出来たかもしれない。
だが、咎人はそこに戻る事だけは決してしたくなかった。
咎人は上半身の装甲を着脱し脇差を抜く。
翁は首に打ち下ろすための刀を構え涙を流す。
「おいおい、じーさん、なんであんたが泣く。」
咎人は笑った。
「恥ずかしながら、わたくしめはあなた様の剣に心を奪われたのです。あれ程の美しき剣、それをもう見れぬ事がわたしくめにそれが哀しくて仕方ないのでございます。」
翁は宙に浮き月を背にあの黒の武甲人を斬り捨てた様を思い出しながら告げる。
これほどの立ち合いこの先、百年の時間を経ようとも見る事は出来ないだろう。故にそれだけの力を持った武者がここで果てる事があまりに悲しくあったのだ。
それに困ったように、それでいて己の剣を誉められた事に小恥ずかしそうに、咎人は頭を掻いて言った。
「うーん、正直なー、こんなもんあんまり誉められた剣では無いと思うよ。剣が強いという事はそれだけの屍を築いてきたという事を示してもいるわけだ。本当ならば、力なんてものは殺すためじゃなく、生かすためにあるべきなんだと俺は思う。だから、殺す為に作られた剣を美しいと呼んでは駄目だと思うんだ。それは人を生かすために作られた剣の為に取っておいて欲しい。俺はそんなものと無縁な一生を送ったけれど、本当に美しいものはどれほど醜くともそういったモノこそが名乗るのに相応しいと思う。ほら、俺の場合はアレだ、因果応報って言葉あるだろう?人を殺してきたから、俺もこうなってしまった。相応の結末じゃないか、むしろ遅すぎたぐらいだ。」
己が求めた時には既に手の届かぬ所にあった剣、それを羨望の眼差しで見つめ続けた者がいた。己の剣が過ちであり、それを自覚し、だがその過ちを極めなければ生きていく事が出来なかった者がそこにいた。その者、尋常ならぬ怨恨背負い、その重みに潰され今、最後を迎えようとしている。
「じゃあ、戯言はこんな所で終わりにしてさっさと終わらせようか。」
咎人は脇差を逆手に持ち自らの腹に向け刺し、横に抉る。
刃による激痛が咎人を襲い、顔を歪めた。
(ああ…でも…)
翁は涙ながらに太刀を首に向けて振り下ろす、せめて苦しまぬように少しでも早く楽になれるようにと願いを込めて…。
そして咎人の目に最後に映ったのは月であった、暗闇の中で神々しく大地を照らす満月、それは心を吸い込む程美しかった。
死を迎えるまでの一瞬という名の無限の中、それを見つめ、咎人は最後にかなえられなかった望みを想う。
(生きたかったなぁ…。)
そして、その首は地に落ちた。



これが呪ヶ島にて行われた仇討の顛末である。
片方は勝負に勝つが、生きる意味を奪われ負け、片方は勝負に負けるが、生きる意味を奪い勝った。
双方が勝ち、双方が負ける。
奇々怪々な剣術が入り乱れ、その類を見ない結末を迎えたこの仇討は後の世に呪ヶ島三決闘の一つとして伝えられる。
それは既に伝説と化し、ありえぬ事と、よく出来た空想などと揶揄されるがまごうこと無き事実である事をあなたの心に留めておいて欲しい。 

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