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最終話 グッドバイ 後 上

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匿名ユーザー

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グッドバイ・後篇

メルフィーが、シャワーを浴びようと腰を上げた俺の服の裾を引っ張った。簡単に立ちあがれるが、俺はすとんと、ベッドに腰を下ろす。
変に浮かれていた俺の頭が、急激に醒めていくのを感じる。ただ、醒めるというより、頭が冴えていく方の覚めるだ。
考えてみれば、俺はメルフィーの恋人でも何でもない。だから浮かれる必要は無い。何してんだろう、俺。

「隆昭さん……」
「……悪い、ちょっと頭冷してくるから、待っててくれ。色々考えたい事があるんだ」
裾を掴んでいるメルフィーの手を優しく離して、俺は顔だけを後ろに向けてそう言った。メルフィーはこくんと頷く。

服を脱いで、バスルームに入る。タイルに手を付いて、シャワーの温水を浴びる。三日ぶりの風呂の為か、適度な温度な筈だがやけに熱く感じる。
見上げて顔を洗いながら、スネイルさんの話を頭の中で整理する。その中で、俺はあの観念的な台詞を呟いた。
「光を掴みなさい……か」

スネイルさんの話を、俺はまだ全体的に理解できていない。恐らく……そう、恐らく理解を拒んでいる。
分かってはいる。悲観視していても、物事は動かない。しかし……理屈で分かっていても、心はその事実を受け入れられない。俺のせいで、人が死んだという事実を。
ならばどうするつもりだと問われても、俺は答えられない。死んだ人達の為に墓を立てるか? ……それで何が変わる。零れた覆水は盆には戻らない。
覆水盆に返らず……か。皮肉な言葉だ。今の俺にはこれ以上に身に染みる言葉は無い。髪の汚れと共に流れてくれればいいのに。この葛藤が。

時間が無い事は分かってる。ぼんやりと、スネイルさんが何を言いたいのかも。
何時まで迷っているんだと俺自身の頭を叩きたくなるが、やはり俺は性分へたれらしい。決めかねている。自分の運命を。
正直理不尽にも程があるとは思うさ。いきなり未来を救えだの、巨大ロボットに乗せられるだの、挙句の果てに家族が消滅させられるだの。
何でまだ生きてるんだろうと思う。あの時死んじまえば、俺は楽になれたのに。こんな訳の分からない重荷を背負わずに済んだのに。

……本当にどうすればいい。どうすれば、俺は赦される? 誰が為に俺はこの先、生きて行けばいい。家族も、何もかも無くしたのに。

決めた。明日、草川と会長に会って、それから決めよう。俺がどうするべきかを。
ただ、今は取りあえず決断しておく。メルフィーを不安にさせない為にも。ただ、あくまで仮だ。
本当の決断は明日の内に決める。選択肢なんてあって無いもんだが、そうでも思わないと発狂しそうだ。俺
シャワーを止める。そして思いっきり、俺は自分の頬をビンタした。弾ける音が風呂場に響く。

「……良し、行こう」

寝間着に着替えてベッドに戻ると、メルフィーが窓側のベッドに体育座りして夜景を眺めていた。
東京らしい混雑としたビル群が織りなす光は、素直に綺麗だなと思う。メルフィーも何か考えていたのかな。かつての思い出とか、夢とか。

「綺麗だな、夜景」
ぼそりとそう呟きながら、俺はベッドに上がり、メルフィーの隣に座る。

「こうやって見てると……思い出すんです。昔の事」
「昔?」

「……好きだった人と夜、ビルの屋上で街を見てたんです」

好きだった……いたんだな、メルフィーにそういう人。ほんの少しだけショックを受ける。少しだけ。
ふと、オルトロックの言葉が頭をよぎる。メルフィーが……友人を殺したって話を。あの時は必死に俺は否定したが、メルフィーの反応から察するに……。
やめろ、馬鹿。メルフィーにそんな事を思ってどうする。大事なパートナーだってのに。俺はすぐに、その馬鹿げた考えを打ち消す。
思えばあの時、俺はもっと上手く動けてたはずだ。頭に血が昇ってばっかで……畜生。

「そういや、メルフィーはもう風呂入ったのか?」
「私は隆昭さんが寝た後に入ります。気を使わせてしまい、すみません」
「いや、別に良いんだよ。……なぁ、メルフィー。あのさ」

この時くらいしかチャンスが無さそうだ。俺は、前からメルフィーに言いたかった事を伝える。

「敬語じゃなくて、普通に喋るって無理かな、こう、普通にメルフィーと話したいんだ」

俺の提案に、メルフィーは小さく首を横に振って、遠慮がちに返してきた。

「……けど、隆昭さんは大事な人です。普通に話すなんて失礼に……」
「だからそのさん付けも出来れば止めてほしいな。隆昭で良いよ。妙に肩が凝るんだ、それ」

俺の言葉に、メルフィーは迷っている様だ。まぁ確かに、今まで敬語だったのにいきなりタメ口で良いよなんて、戸惑うよな。
けど、悪いけど俺は今の状態のままじゃいけないと思う。本音……というか、タメ口で話し合えるような関係になれないと、何となく先がキツい。
メルフィーは俯いて、恐る恐る聞いて来た。何かこう……そういう感じなのを止めたいんだけどね。

「……本当に良いんですか?」
「構わないさ」
「……これで良い?」

……悪くない。むしろ、良い。何というか、メルフィーと俺の間にあった、妙に透明な壁みたいなのが無くなった気がする。
これで少しは、メルフィーの事について知る事が出来るかな。出来るかなじゃない、するようにしていかないと。
メルフィーはというと、慣れないのか、どこか不安げな表情を浮かべている。

「何かこう……変な感じです。ホントに普通の話し方で良いんですか? 隆昭さんが気分を害するなら……」
「だから……そうやって変に俺に気を使うのも駄目だ。こう、もっと俺を友達みたいに」

あっ……しまった。友達と言った途端、メルフィーの顔色が曇った。まずい、俺は正座して、メルフィーに謝る。

「ごめん、ちょっと無神経だった……悪いな、嫌な事思い出せちゃって」

俺が謝るとメルフィーは首を横に振って、言った。
「いえ、大丈夫です。けど……この話し方のままでいさせて下さい。こっちの方が楽なので」
「あ、あぁ。うん。俺も変な提案して悪かった。ごめん」

自然に、俺もメルフィーも互いに無言になっていた。気付けば雰囲気がどんよりと重くなっている。
自業自得とは言え、キッツいな……。何か会話の糸口……。だけど黙ってても時間の無駄だ。
俺はメルフィーについてもっと知る為に、ある質問をしてみた。これで少しは雰囲気が良くなれば……。

「その……メルフィーが嫌なら答えなくても良いんだが、その好きだった人には敬語で話してたのか?」

メルフィーは何も言わない。やべぇ……何でこう、地雷ばっか踏むんだろう、俺。さっき浮かれてたせいで頭のねじが何本か緩んじまったのかな。
最悪、このまま寝過ご……と思った矢先、メルフィーは夜景を眺めながら、俺の質問に答えてくれた。

「……好きだったから、敬語でないと話せませんでした。砕けた口調で話せるようになったのは、互いに好きだって事を確認できた時ですね」

夜景を見るメルフィーの横顔は、綺麗だけど、物悲しかった。メルフィーも……何か抱えているんだ。暗い、何かを。
こうやって一歩ずつでも、メルフィーの事について知ろうとしないと……。ふと、思う。

俺が家族を失った様に、メルフィーも大事な人を失っている事に。不幸なのは……俺だけじゃない。メルフィーには……。

「……すまない、変な事聞いて」
「謝らないでください。誰にだってそういう過去はありますよ。私は……」

「私は……守れなかったんです。私みたいな子を凄く好きになってくれた人を。それに……それに、隆昭の大事な人も」

そう言いながら顔を向けたメルフィーの目に、一筋の涙が流れた。その時、俺の中で何かが崩れた。

「ごめんなさい。私が油断しなければ、隆昭さんの家族を……皆を救えたのに……本当に、ごめんなさい」

……違う。違うよ、メルフィー。君は何も悪くない。悪いのは、ヴィルティックという力の意味も理解せず、感情のままに戦った、俺なんだ。
メルフィーの頬に手を当てる。けど君は悪くないなんて言えば、更にメルフィーを傷つけそうな気がする。……しばらく考えて、俺はメルフィーに言った。

「……祈ってくれないか。あの戦いで、命を落とした人々の為に」

俺はじっと、メルフィーの目を見つめる。すると、メルフィーは目を閉じて、俺の手をゆっくりと離した。
そしてベッドから立ち上がると、夜景の方を向いて、手を組んで歌いはじめた。どこかで聞いた様な有名な曲。だけど曲名が浮かばない。
歌を歌っているメルフィーの声は、とても澄んでいて、透明感に溢れていた。ずっと聞いていたいと、切実にそう思う。
歌を歌い終わり、メルフィーが気恥ずかしそうに目を開けて振り向いた。俺は小さく拍手して、称賛する。

「凄く良い歌だ。有難う、メルフィー」
「……これくらいしか、私には出来ませんから」
「いや、充分さ。俺には……死者に祈る権利は無いからな。目の前で命を救えなかった、俺には」

俺はベッドから立ち上がり、メルフィーの横に並んで夜景を見る。この光の中で、どれだけの命が瞬いているんだろう。
ぼんやりと、俺はその命について考える。そして思う。この光を――――消させたくないと。
例えどんなに弱い光でも、俺は守りたい。どれだけ暗く、底が見えない様な真っ暗闇が忍び寄ろうと、俺はその闇を散らして、守り抜きたい。その為には――――。

「メルフィー」
俺の呼びかけに、メルフィーが向き合う。

「……守り抜くよ。君も、未来も。だから……俺の光になってくれ、メルフィー。俺が真っ暗闇で立ち止まってたら、照らしてくれ。俺を」

頭の片隅で何カッコつけてんだと嘲笑う俺がいる。だが今の台詞は俺の心からの台詞だ。
メルフィーは俺の言葉に、俯き、やがて泣きはじめた。けど、悲しんで泣いている感じはしない。何と言えば良いんだろう……。上手く言葉が出ないが、一先ず謝る。

「……ごめん、気持ち悪い事言って」
「いえ……ごめんなさい。一瞬……一瞬、隆昭さんに、好きだった人の顔が浮かんできちゃって……ごめん……なさい」

「……無理せず泣いてくれ、メルフィー。受け止めるから、全部」

俺の言葉に、メルフィーは涙を抑えようと掌で顔を覆う。
けど、メルフィーの掌から涙がポツポツと零れ――――メルフィーは、抑えきれなくなったのか、大声で泣き始めた。
俺はその体を抱き寄せる。メルフィーが落ち着くまで、ずっとこうしていよう。抱きしめていると分かる。この子は何処にでもいる、泣き虫なただの女の子だ。

一つだけ、俺は決断する。メルフィーを……いや、メルフィーと言う未来を、俺は守り抜こう。例えこの体が、朽ちて滅びようと。


頭にジーンと鈍い痛みを感じる。内容は思い出せないが、変な夢を見たからだろう。……昨日は何があったが、よく思い出せない。
あの後、俺はメルフィーとずっと語り合っていた。お互いの事について、色々。結構話は弾んでいた様な、そうでもない様な。
ベランダに目を向けると、朝の日差しがベッドを照らしていた。ふと、耳心地の良い寝息が聞こえて、ベッドから降りて、メルフィーの寝ている窓側のベッドまで歩く。

穏やかな表情ですやすやと、メルフィーは寝ている。そっと頬に触れるが、熟睡しているのか眠ったまま起きる様子は無い。
……こうして見ると、ホントにただの女の子だな。未来人だとか、巨大ロボットを自在に操るだとか、そんな荒唐無稽な特徴を持つ子とは思えない。
思い返すとメルフィーは、5分位号泣していた。今までの事が積み重なって、メルフィーの悲しいって感情を爆発したのかもしれない。
……もう、泣かせたくないな。難しい事だと思うが、メルフィーには今後悲しんで欲しくない。むしろ、笑顔を見せてほしい。

冷蔵庫からスポーツドリンクを一本取り出す。喉に流れてくるドリンクの冷たさが、寝ぼけている俺の頭を起こす。代金はスネイルさん持ちだから気が楽だ。
両端のベッドの真ん中に設置された電子時計は、8時を指していた。遥ノ市に行くのは10時だ。まだスネイルさんに頼んだ時間には早い。
朝食を取ろう。電子時計の上に置いてある、スネイルさんに貰った朝食サービス券を持って下のレストランに行く。当然、メルフィーを起さない様に、静かにドアを開けて。

バイキング形式だが、何だか食欲が沸かない。適当にパンとコーヒーを選んで席に着く。焼き立てなのか、パンは口の中に入れるとふっくらしてて温かく、美味い。
しかし草川と会長に会いにいくと言っても、二人が何処にいるのか分からない。もしかしたらあの惨状だ。
二人とも遠方の親戚なり従兄弟なりの家に避難しているのかもしれない。……けど最悪、会えなくても良い。俺は向き合わねばならない。人が死んだという事実に。

<朝から怖い顔ね。ムッとしたまま食べるのはご飯に対して失礼に当たるわよ? 楽しく食べなさいな>

声がして振り向くと、同じくパンとコーヒーを持って、意味深なウインクをするスネイルさんがいた。
偶然か否か、空いている前の席にスネイルさんは座る。コーヒーは多分ブラックコーヒーだ。似合うっちゃあ似合う。


<それで……どう?>
<どうとは?>
<決まったのかしら? 自分がどうするべきを>

酷な人だ。楽しく食えと言いながら、俺を暗くさせる話題を出すとは。取りあえず、俺は今のままを答える。

<……まだ、答えは出しかねてます。だから……>

スネイルさんは微笑みながら黙って聞いている。俺は構わず、言葉を続ける。

<だから、今一度、町に戻って考えたいんです。ヴィルティックという力の意味を。それに……俺が、戦う意味を>

<……そう。良く分かったわ。それを食べ終わったら、私の部屋に来なさい。貴方を遥ノ市まで飛ばしてあげる>

気付けばスネイルさんは朝食を綺麗に平らげていた。昨日の夕食といい、この人は色んな意味で底知れない。
俺は急いで朝食を食べ終わり、スネイルさんのいる部屋に向かう。ノックすると、スネイルさんがドアを開けてくれた。
それにしても、どうやって俺を遥ノ市にまで連れてってくれるんだろう。そう思っていると、スネイルさんはジーンズのポケットからカードを取り出し、銃へと変化させた。
ヴィルティックと違って派手なデザインだなぁ……。というか、あれがスネイルさんのアストライル・ギアか……。実際に姿を見ていないのに、何だろう、この威圧感。

「入って来て貰って早々悪いけど、ドアの所に立ってもらえる?」

言われたとおり、俺は後ろに下がってドアの所に立っ……ちょ、スネイルさん、何で銃口を俺に向けてるんです?

「えっと……スネイルさん、何で俺にそれを向けるんですか?」
「痛くも痒くもないから心配しないで。ただ、凄く眩しいからしっかり目を閉じてないと失明するわよ」

そう言いながら、スネイルさんは銃身の上部の溝に、黄金色の縁に赤い色のカードを通した。アストライル・ギアが認識したのか、カードの名前を言う。

           テレポーテーション
『トランス・インポート 転送』

「あのースネイルさん……これって転送される先に人がいたら……」

「転送はほぼ一瞬だから人間には認識できないわ。それじゃあ撃つわよ。しっかり目を閉じなさい」

銃口が紅く光り輝いている。俺は身の危険をヒシヒシと感じながらも言われたとおり、強く目を閉じる。
スネイルさんがトリガーを引く音が聞こえて、瞬間瞼の裏を強烈な閃光が走った。……10秒くらい経ったかな。俺は恐る恐る、両目を開ける。


……目の前には、復興工事中であろう、遥ノ川高校があった。本当に……遥ノ市まで飛んできたのか。どんな原理なんだ、アレ。

<今日一日居ても良いけど、あくまで日付が変わる12時までよ。その時までに、今居る所に戻って来なさい。良いわね>

スネイさんルの言葉に俺は無言でうなづく。というか距離がここから東京まで半端無く離れている筈だが……。凄い高性能なのかな、スネイルさんの通信機。
一先ず遥ノ市には着いた。まずは草川に会おう。あいつには色々と話したい事がある。そう思い、歩きだそうと右を向いた途端。

いた。ポカンと口を開けて。俺と会えた事に驚いているのか、草川は呆然と立っていた。服装は私服だ。まぁ授業がまともに出来そうにないしな……。
何か俺に言おうとしているが、上手く言葉が出ないのか言いかけては口を閉じ、言いかけては口を閉じる。
俺もどう会話を切り出せば良いか分からない。俺と草川は無言で立ちつくす。と、ようやく草川がに口火を切った。

「……何処行ってたんだ。心配してたんだぞ」
「悪い。ちょっと色々あってな」

草川と歩きながら、俺は町並みに目を移す。俺達とオルトロックの戦いの余波は、想像以上にデカかったみたいだ。
民家は軒並み屋根や外壁が損壊しており、台風が直撃した様な痛ましい傷跡を残している。……その度に、俺の頭の中でどうしようもない罪悪感に苛まれる。
オルトロックが俺に対して根本は同じだと言っていた意味が、嫌でも分かる。デストラウもヴィルティックも、人々にとっては厄災にしか過ぎない。俺は……。

「親父が入院しててさ、見舞いの帰りなんだ。まさかお前に出くわすとはな……驚いたぜ」
「入院?」

俺がそう聞くと、草川は空を見上げながら答えた。……妙に、草川に表情に陰りが見える。

「……黒いデカブツと白いデカブツが駅前で戦ったんだ。その時に丁度親父が仕事から帰って来てさ。そいつらが戦ってる時の突風で吹っ飛ばされて、全治三カ月の大怪我」

――――あの時、か。思い返すと愚かとしか言えない程、酷い戦い方だった。それに……思い返す事はしないが、俺はあの場所で、どうしようもない過ちを犯した。
俺の中の罪悪感が次第に積み上がっていく。俺が……俺が草川のお父さんに怪我をさせてしまった。いや、お父さんだけじゃない。もっと……沢山。
……ふと、草川の手首に何か……包帯だ。それも見る限り、腕のほうにまで巻かれている。

「草川、お前腕……」
「あぁ、これ?」

草川は俺の心配そうな声に対して、明るい声で説明した。……明るい声じゃない。わざと明るく振る舞っている、そんな感じの声だ。

「黒いデカブツが学校を襲っただろ。その時にさ。逃げる時に窓ガラスみたいなのが落ちてきて」
「……大丈夫か?」

俺がそう聞くと、草川は胸をドンと叩いて、いつもの……いや、やっぱりわざと明るい笑顔で答えた。作り、笑顔で。

「お前俺を誰だと思ってんだよ。遥ノ川高校で最も頑丈な男、草川大輔だぜ。この程度の怪我なんて……」

そう言って、草川は腕を振り回そうとした。だけど包帯がばれない様に、回そうとしている為、動きが凄くぎこちない。

「……無理、しなくて良いぞ」
俺がそう言うと、草川は振り回そうとした左腕を止めた。普段の俺なら、何かしら励ましたり、軽い冗談をかましたりする。
……でも、今の俺はそんな事が言える資格は無い。草川をこんな目に合わせたのは……他でもない、俺だからだ。

「……すまん。無遠慮な事を言って」
「……謝んな。お前が悪い訳じゃないし、誰のせいでもねえよ」

俺達は言葉を交わす事無く、特に行き先も決めず街を歩き続ける。何か話せば、多分喧嘩になりそうな気がして。
しばらく歩いていくと、段々どこを歩いているのかが分かってきた。長い長い坂道だ。両隣には住宅街。
……そうだ、この先は……。草川が気付いて、足を止めると、俺に聞いてきた。

「……戻るか。これ以上行っても何も無いからな」
「いや……行こう」

俺は草川の言葉を否定して、その先に足を進める。分かってるよ、草川。俺を何で止めるか。
でも俺は向き合わなきゃいけないんだ。あの戦いで何を失ったかを。向き合わないと、俺は先に進めなくなる。。

「……隆昭!」
後ろから草川の呼ぶ声がする。だが俺は足を止めない。ここで帰る事は、俺自身を否定する事になる。
だんだん見慣れていた景色が見えてくる。この先に……。

「止めとけって。これ以上行った所で……お前が傷つくだけだ」
駆け寄った来た草川が、俺の肩を掴んで止めさせようとする。だけど、俺は足を止めない。止めたくは無い。
悪い、草川。お前の気持ちは分かる。けど駄目なんだよ。ここで帰ったら、俺は本当に駄目になっちまう。

「……俺は止めたからな。あとで文句言うなよ」
そう言って肩から手を離し、草川が俺の後ろを歩く。すまねぇ、草川。
何処まで歩いたんだろう、住宅街を抜けた先に――――その光景が広がっていた。


そこには、何も、無かった。パトカーが駐在しており、複数の警官達が誰も近寄らない様に警備している。
その警官達の後ろには、本当に、何も無い。俺が……俺が住んでいたマンションはおろか、その周囲の家も、草も木も何もかも。
――――体が寒くなってくる。頭に鈍く重い痛みが走って、膝が笑う。呼吸が乱れてきて、俺の視界は、目の前の光景に対して拒否する様に暗くなっていく。

「……隆昭、TV見たか?」
滲んでいく意識の中で、草川の声が聞こえた。俺はどうにか正常を保ちながら、草川に答える。

「いや……」
「……あの日以来、連日ここの特集してんだぜ。専門家とか呼んでさ、謎の超常現象だの、隣国の兵器だの」

「そういうの……見ててすげぇムカつくんだ。何も知らない奴らが、面白可笑しく取り上げてるのがさ」

――――そう語る草川の目は、怒気を孕んでいた。長く付き合っているが、草川のこんな表情を見るのは初めてだ。背中が、ゾクゾクする。

「理解はしてる。こんな出鱈目な事、スクープにしない訳無いもんな。でもさ、理解する事と共感する事は別だろ?」
「……そう……だな」
「分かってるんだよ。マスコミを叩いたって仕方ないって。なら―――――」


「俺は、何を恨めば良い? 何を憎めばいいんだ? 教えてくれよ、隆昭。俺は――――誰を憎めばいいんだ?」

『どうして……私を助けてくれなかったのですか?』
『貴方のせいよ。貴方が何も守れなかったから、皆死んだの。分かる?』
『お兄ちゃんは、ヒトゴロシなの? 人を殺す為に、そのロボットに乗ってるの?』

『いい加減自覚したまえ。君は私の同じ種。――――人殺しなんだ』


「隆昭! おい、隆昭!」

……俺、何を……。気付くと、草川が必死に俺の名前を叫んでいた。そうか……俺……気絶して……。
周りの警官達が心配そうに俺の顔を覗いている。俺は大丈夫ですと言いながら立ち上がる。……これ以上ここにいられないな。
俺は踵を返して、そこから立ち去る。だいぶそこから離れた所で、草川が俺に頭を下げた。

「……ごめんな、隆昭。まさか倒れるなんて思わなかったんだ。……それに、変な八つ当たりしてすまなかった」
「……気にしないでくれ。俺の方こそ悪い。わがままに付き合って貰って」

来た道を帰りながら、俺の頭の中を、草川の言葉が何度も何度も反芻する。

――――俺は、何を恨めば良い? 何を憎めばいいんだ? 教えてくれよ、隆昭。俺は――――誰を憎めばいいんだ?

……俺がどれだけ大義名分をかざした所で、そんな物は何の意味も持たない。無関係の人を散々巻き込んだ事は紛れもない事実だ。
俺は……何のために戦ったんだ? もう何度自問しているか分からない。何度悩んでも、俺の中で答えが出てこない。
オルトロックを倒した時の、あの覚悟は嘘だったのかと言われれば、そうかもしれない。ただ単にオルトロックに対抗する為に。
どうすれば良いんだろう。俺に……人の恨みを買ってまで、戦う資格はあるのか? こんがらがる俺の思考を断つように、草川が質問してきた。

「そういや……隆昭は何してたんだ? 学校にも警察にも連絡が来てないっていうからマジで心配したぞ。それに……」
「……ちょっと親戚の所にな。あぁいう事があったから色々とゴタゴタしちゃって連絡取れなかったんだ」

分かりやすすぎる、嘘。けど、そうとしか言葉が出てこなかった。上手い言い訳が出来る程、俺は頭の回転が良くない。

「……ゴタゴタしてたんじゃ仕方ねーな」
「あぁ、連絡入れずに悪かった。今度何か奢……」

言いかけて止める。そうだ、俺はもう……。そういえばそれなりに、スネイルさんからお金を貰っていたんだ。
もしかしたら草川と喋るのはこれで最後になるかもしれないし、俺は草川に言った。

「何か食いたい飯とか……あるか? 良かったら奢るぞ」


しばらく歩いた先の児童公園で、ブランコに座って俺と草川は同時に缶の蓋を開けた。
時間帯が時間帯だからか、公園には俺達以外に誰もいない。寂れた滑り台やら、ベンチやシーソーが良い感じに哀愁を漂わせてる。
草川は炭酸飲料で俺はコーヒー。喉が渇いていたのか、草川は奢った炭酸飲料を一気に飲み干した。

「……本当にこんなので良いのか?」
「良いって良いって。隆昭から奢って貰うなんてめったに無いからな。それだけでもめっけもんだぜ」

ほんの少しだけど、草川の口調が無理にではなく、何時もの明るい感じに戻っている事に気付く。
スネイルさんの影響か、口に付けるのは殆どコーヒーばっかだ。別に好きでも何でもないんだけど、妙に飲みたくなる。

「馬鹿みて―に晴れてら、空」
草川がブランコを漕ぎながら空を見上げる。空を見上げると、雲一つ無い、澄み切った青空が見えた。
未来の空がどんな感じかは分からないが、多分薄暗いと思う。俺はこの綺麗な空も目に焼き付ける。また見れるか、分からないから。

「時に隆昭。お前にちょっと聞きたい事があるんだけど」
「ん?」
「……氷室さんってどんな人なんだ? ……俺、あの人の事、好きになっちまってさ」

瞬間、俺は飲んでいたコーヒーをを勢い良く吹いてしまった。ちょっとやそっとのことじゃ驚く気は無いが、そう来るとは思わなかった。てかマジで何だいきなり。

「おまっ、失礼な奴だな。言っとくけどいつもみたいにネタじゃないぞ。マジだマジ」
「すまんすまん、まさかお前の口からそんな台詞が出るなんて思わなかったんだよ。……で、どういう事だ?」

そう言えば会長は今何処にいるんだろう。家が家だし、もしかしたらもうこの町には……と思ったがそうでもないか。
居なかったら草川が俺に会長の事を聞いてこないと思うし。しかし何で会長なんだ。冗談じゃ無く敷居高すぎるぞ。

「ほら、黒いデカブツが学校を襲って、俺が怪我したって話しただろ? その時にさ、氷室さんと一緒に逃げたんだよ。
 ……氷室さんって何時もクールっつーか顔色一つ変えないじゃん。でもその時には感情的? 上手く言えないけど、凄く弱気になってたんだよ。その時の氷室さんが可愛くてさ」
「……趣味悪。女の困ってる所を見て惚れるとかお前……」
「馬鹿、俺にそういう趣味はねえっつうの。……その、何というか」

「……守ってやりたいって思ったんだ。氷室さんをさ。氷室さんからしたら俺なんて眼中に無いかもしれないけど」

……そういう事か。俺にそう語る草川の目には、草川特有のブラブラと浮ついた気持ちは見えず、会長の事を想う真摯な気持ちが見えた。
確かに会長が理想とするであろう男性像に、ぶっちゃけ草川は程遠いと思う。けどこの目を見てると、俺は程遠いとは思っても頭ごなしに否定する気はしない。
詳しい事は会長に直接聞こう。分かった。俺が知る限りの会長の事を、お前に教える。だがその前に……。

「異常に長く苦しい茨の道になるぞ。それでも会長と付き合いたいのか?」
「お前俺を誰と思ってんだ? 小中高と振られた回数100回以上、喪男同盟名誉会長の草川大輔だぞ? 当たって砕けるのはお手の物だぜ!」
「砕ける前提かよ、おい」

俺と草川は笑いあった。俺は久々に、心の底から笑う。何だか笑うって事を久しく忘れてた気分だ。
笑いすぎて咳き込んでも、俺達は笑いあった。……落ちついた頃、俺は草川に俺が知りうる会長の事を話した。
そのドS、完璧主義者、強い様でいて、意外と気が弱い所まで。
草川は俺の話に一々リアクションを返す。鬱陶しいなぁと思いながら、俺はそのリアクションの度に笑う。

そうだった……こういう奴だったんだよな、草川って。

「……大体教えたが、参考になったか?」
「いやぁ、キツイ人だとは思ったけどそこまでとはなぁ……」
「何だ? もう気持ちが揺らいだのか?」
「……俺も書記になれば良かったなぁ。そうすりゃもっと早く氷室の魅力に気付けたのに」

……ドMか、お前。この限りなく波乱に富んだラブストーリーを見てみたいけど、多分と言うか絶対無理だろうな。
ブランコから立ちあがって、多分知らないだろうけど、一応会長が何処にいるか聞いてみる。

「あのさー草川、会長って今何処にいるか知ってるか?」
「ん? ええっと、俺達の学校の近くに図書館あるだろ? 玉模図書館。
 学校の図書室が黒いデカブツのビームのせいで丸ごと無くなっちまったから、図書室に新たに本を入れる為に、書庫を整理してるって聞いたな。けど氷室さんに何か用か?」
「まぁ色々と野暮用がな。てかお前は手伝いに行かないのか?」
「そりゃあ手伝いに行きたいのは山々だけどさ、親父が居なくなったからいろいろ大変なんだよ。落ちついたら手伝いに行くつもりだ」

「……そっか。ま、頑張れよ。お前の恋が実る様、陰ながら応援してるぜ」
俺はそう言って、草川の肩を叩いた。……変だな、妙に寂しい。このままここに居たいというか。

「何だよ、行くなら早く行けって。俺も暇じゃねえんだ」
そう言って草川はニッと白い歯を見せて笑った。その笑顔で幸せにしてやれよ、会長を。
……行こう。踵を返して、俺は玉模図書館へと向かう。

「隆昭!」
しばらく歩くと草川に呼ばれ、振り返る。すると草川が、俺に向かって何かを投げてきたた。
俺はそれを受け取る。横のギザギザ……上に持ち上げると何か分かった。硬貨だ。100円。

「20円足りないぞ」
「明日返してやるよ! じゃあな!」

……明日も、この先も、俺は居るか分かんないよ。最後の最後まで……気の抜けた奴だ。
草川もベンチから立ち上がり、俺に背を向けて帰る。後ろを向いたまま、草川は手を振った。

「……またな、大輔」

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