創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki 十二話 「真相(後)」

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 『Diver's shell』


 十二話 「真相(後)」



 「…………生きてる?」

 頭が痛い。突き飛ばされた時に脳が揺れたのかもしれない。視界は真っ暗。砂煙やら、硝煙やら、鉄の粉塵やらが交じり合って酷い臭いの空気を吸い込み、げほげほと咳をする。
 辺りから隊員と思しき男達の呻き声や雨の音が聞こえてくる。
 機関砲の掃射により、倉庫は半壊して、ほぼ全員が瓦礫に埋もれる結果となったらしい。
 ウィスティリアは瞳を開けて、自分の体に異常が無いことを確認して、上に圧し掛かっているタナカを見た。とっさの判断で押し倒して助けてくれたようだ。ただ、問題が一つある。
 タナカの冷たい瞳と、ウィスティリアの切れ長な瞳が交差する。吐息と吐息がぶつかり合う。天井を構成していたであろう鉄骨が地面に刺さっているのが視界の端に映った。

 「無事ですか?」
 「お陰で助かったけど自分の手がある場所を見てみなさいな」
 「…………あ」

 タナカの冷静な声が硬直する。視線の先には、ウィスティリアの防護服の僅かな隙間から侵入してばっちり胸に触れてしまっているタナカの手がある。ラッキースケベというべきなのか。
 彼のために胸の感触は極めて心地よかったとだけ記しておこう。
 沈黙。沈黙。沈黙。
 タナカは特急列車を楽勝で追い抜ける速度で手を脱出させて、土下座の体勢を取る。

 「別に減るもんじゃあるまいし。ジャパニーズ土下座なんて止めて、もっと建設的に動きましょ? タナカ」
 「……そうですね。にしても武装飛行艇を用意していたとは……。情報屋も適当な仕事をやってくれます」

 傍から見たら抱き合ってるようにしか見えない二人。瓦礫を跳ね除け立ち上がって、元倉庫を眺めてみれば、見るに耐えない姿で散らばっている「元」仲間が数人。瓦礫に挟まれて動けないのも居る。
 救助しなくてはならないというのは分かっているが、仕事が優先だ。それに機関砲の直撃を食らって上半身が吹き飛んでいる隊員は、無常なようだが助ける必要は無い。
 ウィスティリアは無線通信を繋げ、口を開いた。

 「救出隊より本部。武装飛行艇の攻撃により隊員数名が死亡。負傷者多数。直ちに救援と、飛行艇が向かった先を知らせよ」
 「こちら本部。了解。飛行艇の移動先は………φ37遺跡方向。繰り返す。φ37遺跡方向」
 「了解」

 φ37遺跡と言ったら、ユトとメリッサが潜った遺跡のことに他ならない。
 ユトとメリッサに与えられた制限時間は85時間程度。今はまだ24時間と経過していない。
 連中は救出隊に攻撃を受けて止む無く動き出したのだろうか。そう考えると不自然な点がいくつかある。徹底して攻撃を加えて殲滅するなり、身を潜めていてこっそりと回収しに行くなりである。何も今動く必要は無い。
 となると考えられるのは幾つもない。
 無線を繋ぎなおしつつ、二人は駆け出した。


 「救出隊より本部へ。φ37遺跡周辺の情報を提示してください」
 「本部了解。……所属不明機を確認。飛行艇が向かっています」
 「武装ヘリの出動を要請します」
 「時間がかかります。時間を稼いで下さい」
 「了解。通信終わり」

 飛行艇に搭載されていた機関砲は、大口径のバルカン砲であろう。普通のヘリで向かえば返り討ちは必至。だから武装ヘリなどの航空機の出動を要請したのだが、時間がかかるのでは意味が無い。
 所属不明機とは間違いなくユトとメリッサの搭乗機『ポンピリウス』であろう。たかが潜水機が武装した航空機に勝てるわけが無い。対空ミサイルを装備しているという話も無い。
 ただちに急行してユトとメリッサに警告して逃がさないと取り返しが付かなくなる。海面に浮いている潜水機は余りに無力だ。

 「私が運転。銃の用意は?」
 「散弾銃で良ければ」
 「威力不足ね。借りてきなさい」

 本部を頼れない。ユトとメリッサに任せておくわけには行かない。倉庫を出た二人は、『あて』を思いつき、全速力で市街地を駆け抜けていった。
 雨は止み始め、雲の間から空の欠片が見えた。
 むっとする湿気が街を覆っているようだった。






 4時。
 φ37遺跡海域に、三機の武装した飛行艇が接近していた。
 雨は豪雨から霧雨へと姿を変貌させ、雲とそうでない場所の区別を曖昧に染め上げている。夕方というのに薄暗く、視界が悪い。波の音に交じって雨の音。その音を掻き消す高音を撒き散らしながら三機の飛行艇が行く。
 どれも機関砲をくくりつけ、乗組員に至っては携行ミサイルまで持っている。
 この武装飛行艇で回収しようという魂胆らしい。今この付近に存在している兵器では到底敵わないとの判断からだろうか。
 最後尾の飛行艇の操縦席。その隣に座った黒服の男は、今しがたまで吸っていたタバコを窓の隙間から押し出して海に投じると、新たなタバコに火をつけた。
 二つのジェット機構が甲高い音を噴出させながら機体をぐんぐんと飛ばす。
 黒服の男……三機の中でも一番の権限を持つ初老の男は、器用なことにタバコを唇に挟んだままで言葉を発した。

 「てめぇら早くしろ。ガキ二人を脅してブツを回収したら追っ手がかかる前に撤収だ。10年待ってんだ、これ以上待たせたら俺も上も勘弁ならん」

 男はしゃがれ声で乗組員に言い、斜に被った帽子を指で押し上げて視界を確保する。
 汚れて曇った窓ガラスから見えてくる風景は白。
 実は遺跡に近づくに当たって、上空を通過するのは海中よりも危険では無い。ガードロボが攻撃を仕掛けてくることもあるのだが、海中と比較にならないくらいに頻度が低いのだ。
 暇でありながら緊張した時間が流れる。
 帽子の男は黙々とタバコを吹かし続け、乗組員は今か今かと待つ。緩い風に惑わされて揺れる機体を調整するために操縦者は緊張している。
 『約束の場所』にユトとメリッサは待機しているはず。目標地点に到着するまでそれほど時間はかからない。妙な機体に乗って帰ってきたという報告があったが、こちらからの通信以外は傍受しないように言っているから特に問題にはならない。
 霧雨が曇りに変わった頃。ヘルメットを被った操縦者がレーダーを見て言った。

 「航空機? いえ、小型の何かが追いかけて来ています!」





 オヤジのところに舞い戻った二人は、専用の倉庫にある『それ』を借り受けていた。
 従来のエアバイクとは非にならないトラックのような大きさ。凶悪な出力の機関を搭載し、風防に防弾ガラスを採用。速度を上げるためのジェット推進機まで搭載。安定用の翼をくくり付けた『それ』。
 正しく分類するなら小型の航空機。技術の無い個人が運用できるエアバイクの領域を超えたモンスターマシンに乗ったウィスティリアとタナカは、武装飛行艇へとぐんぐんと距離を詰めていた。
 お互いの声が聞こえないほどの爆音を機関とジェット機構がたたき出している。
 ウィスティリアは、大声を張り上げつつ、海面スレスレを舐めるように機体を操る。

 「オヤジさんの趣味をぶっ壊した場合なんて言われるかしらね!」
 「人命がかかっているのですから、趣味の一つ二つ三つは許容されるかと!」
 「っていうか通信どうするのよ! 考えてないのよねぇ!」
 「いざとなれば身振り手振りで!」

 風防越しに見える空は灰色。雨は降り止んでいて、海も穏やかな表情を見せ始めている。それが逆に夕方であることを忘れさせた。
 タナカは、揺れる機体から振り落とされないようにしながらも、バトルライフルを握り締める。大口径高速弾を発射する自動小銃だ。散弾銃では火力不足と考えて隊員の一人から借りたのだ。
 エアバイクにレーダーなど付いていないので、本部からの情報を元に追跡を続ける。燃料不足やら、撃墜の不安を考えることはしない。しても意味がないのだから。
 ウィスティリアはゴーグルをぐっと押さえ、モードを切り替えて前方に眼を凝らす。
 武装飛行艇の排気から居場所を割り出そうとするが、天候の所為か中々見つからない。高倍率にしても見つからない。もうじき見えてきてもおかしくはないはずだが、それらしきものの影すら見えなかった。
 高い場所から見ようと、ふっと機体を上昇させた―――刹那、直ぐ側の空間を何かが切り裂いた。瞬間、海面に一条の水しぶきが上がり、水煙を散らした。
 射撃。しかもかなりの距離から。発射音の方向と銃弾が作り出した水煙を手がかりに武装飛行艇を発見。位置を二人は頭に叩き込む。

 「掴まって!」

 エアバイクが横転しかねない勢いで反転、海面に髪の毛が入り込むような低空へと移行、今出せる全てを推力に叩き込み、飛行艇へと肉薄せんとする。
 武装飛行艇は三機。勝利条件はユトとメリッサを逃がすこと。敗北条件は言うまでも無い。
 二人は、像も軽く撃ち殺せる威力の弾幕に飛び込んでいった。






 遺跡を出ることに成功した。
 速度が出る上に道順をある程度把握していたということもあるが、ガードロボが全く襲い掛かってこないということが精神的物理的負担を大幅に軽減してくれた。
 時間は大幅に余っているし、目的のものを引き上げてきた。
 二人は若干の心の余裕を感じつつ、指定された場所へと機体を浮上させていく。空気の皮膜に包まれているお陰でなんの抵抗も感じずに動くことが出来る。
 海面に接近するにつれて、光の強さが増し始め、カーテン状に揺らめいているのが見えてきた。久しぶりの大気だ。操縦席に差し込む光に二人して目を細めて、やや興奮しながらぐっと見つめる。
 機体の鋭利かつ先進的で機能を追及した形状のそれが海面へと姿を出した。
 メリッサは、左腕の腕時計を見て時刻を確かめる。夕方だ。霧のような天気の所為でよく見えはしないのだが、時計が嘘をつくはずがない。

 「ユト、場所は分かってる?」
 「……大体はね」

 黒服の男達が指定してきた場所とは、φ37遺跡海域の外れ。待機していれば勝手に見つけて迎えに行くとの趣旨の内容だった。
 ユトは、方角を確かめて、『海水から上がって』飛び始めた。
 そう、遺跡の機体は空中を飛行することも可能なのだ。重力制御を可能としているのか、ただ単に作用反作用を利用しているのかは定かではないのだが、音がほとんどしていないという、現代の技術では考えられない性能を有している。
 一連の事件のお陰で遺跡から機体を引き上げる快挙を成し遂げられたという皮肉。嬉しいが、同時に憎らしくもあり、悲しくもある。
 ユトが機体の両腕を突き出すようにして飛行し始めた後ろで、メリッサは右腕があった場所を撫でている。一応右腕は持ってきたが、フレームや神経回路をくりぬいたお陰で二度と動かなくなっている。
 右腕の接続部はごつごつとしている。そして力を入れても動いてくれない。無い腕を動かす努力をし、左手で右腕の残骸を目の高さまで持ち上げる。この腕はもうゴミなのだと感傷に浸る。
 こんなことを考えていてはいけない。メリッサは頭を振ると、焦った様子で腕時計を覗き込んだ。夏とは言え太陽にも陰りが見えてくる頃だ。
 機体越しに見る風景は決して絶景とはいえない。音も無く、滑るように飛んでいることも原因の一つかも知れぬ。現実味が薄いのだ。

 「メリッサ、上になんか居る」
 「……あれはー………無人偵察機?」


 二人は機体から提示される情報から上を見てそれを見つけた。プロペラ推進の無人偵察機が、トンビが舞うように上空で円を描きながら飛んでいる。
 自動で映像が拡大され、上空の偵察機の下部にあるカメラがこちらを見ているのがわかった。古ぼけた白色の塗装が雲に溶けているようにも見えた。

 「見てる。指定の場所はここだし、動くなってことなの?」
 「多分………そうじゃないのかな。無人偵察機を今日みたいな日に飛ばす悪趣味は居ない」
 「私たちが乗ってるコレってどうすれいいの? 渡せと言われたら……渡す?」
 「人質取られているんだから止むを得ない………じゃん。命には代えられないよ」
 「賛成。最悪泳ぎで帰る羽目になるだろうけど、付き合ってくれる?」
 「泳ぎは得意なんだ」
 「泳げないダイバーなんて冗談じゃない。泳げない魚と同じよ」
 「ハハ……違いないね」

 命をとられる可能性だってある。モノを渡したら用済みで、その場で射殺もありうる。でも、不思議と恐怖は出てこない。
 機体背面部の原理不明の推進装置が音を立てることなく向きを変える。推進力が調整されて機体が海面数m地点で静止した。青い巨人は灰色の空の下で搭乗者の命令を待つ。三つのモノアイが人ならざるものを思わせる。
 ―――どれだけの時間が経過しただろうか。二人は話すべき内容も枯れ果てて、ただぼんやりと座席に座って待っていた。
 すべき事は成した。後は待つばかり。時間が経っているのか、止まっているのか、妙な感覚を覚えてしまう。
 メリッサは、腕時計をちらりと覗き見た。5時。初夏だから空を覆っている雲を剥ぎ取れば朱色の太陽があるのだろう。
 どちらかが溜息をつき、二人して座席にもたれかかる。ユトは眼を外に走らせ、異音に気が付いた。同時に機体の操縦席の索敵レーダーに反応があるのにも気がついた。随分前から表示されていたらしい。
 数は一機。
 何をぼーっとしているのか。
 ユトは、自分を戒めるべく頬を叩いて意識を集中させた。
 接近してくるのはどうやら航空機のようだ。分析が開始され、大まかな形状や使用している機関に生体反応までが表示される。無駄に高性能だった。
 武装飛行艇が徐々に速度を落としながら二人の乗る機体に接近してくる。横から機関砲が突き出しているのが見え、黒服の男達が乗っているのが見えた。二つのジェット機構が下を向くことでホバリングを始める。
 スピーカーを調整するような音がして、メリッサにとってどこかで聞いたことのある男の声が聞こえてきた。

 「ブツは回収してきただろうな?」
 「もちろんだ!」

 沈黙して飛行艇を睨み続けるメリッサの代わりにユトが口を開き、声が増幅されて海上にくわんくわんと鳴り響いた。
 帽子を被った黒服の男が飛行艇から顔を覗かせた。機体が顔を拡大して画面に表示させる。
 男は帽子を片手で押さえ、機体をじろじろと無遠慮に眺める。
 そして、にやり、と気味の悪い笑みを浮かべると、指先で機体を指し、メガホン越しに言葉を発した。

 「ブツを積んだまま降りやがれ。じゃねぇと前みたいに両腕ちょんぎってやんぞ」



 メリッサの瞬きの回数が増える。かちりかちりとジグソーパズルのピースが埋められていく。帽子の男が発した一言が記憶の曖昧な靄を凝結させて一雫と成す。
 メリッサは、汚い部屋の一室で、裸同然になってベットに磔にされている。
 帽子を被った男が実に楽しげにベットを足で小突き、タバコに火をつけて美味そうに吸いながら黒服の男の一人に言った。『斬っちまえ』、と。
 斧を持った一人の男。後ろにはビデオカメラを構えた男がにやついて立っていた。
 狂ってる。
 逃げようと肢体が千切れるほど暴れてもがき、拘束から脱出しようとするが、所詮子供の力では無理だ。
 斧がぎらりと光った。磨かれているのか、新品なのかは分からない。ただ恐ろしく大きく見えた。斧を持った男の薄汚れて血走った目がメリッサを見た。
 振り下ろされ、感覚と精神が痛みに埋め尽くされ、全てが絶叫に包まれた。
 場面が変わる。
 フローラが血まみれで倒れている直ぐ側を帽子の男が通り過ぎる。
 じたばたと暴れて逃げようとするメリッサを一瞥し、外へと連れて行く。
 時系列の順番が違った理由は分からなかった。
 メリッサの意識が普通の思考へと浮上。曖昧だった現実が現実として感じ取れるようになり、ピントの合わない両目に力が戻る。
 ユトの心配そうな顔が目に入った。だが、正確には見ていなかった。
 憎き敵を見ているのだ。
 帽子の男の顔を穴が空くほど見つめ―――無意識のうちに後部座席の戦闘モードを起動して、機体の肩にあるビーム砲の銃身を飛行艇に向けた。二門の凶悪な形状のそれが不気味な速度で立ち上がった。何故操作出来たのかは分からなかった。
 左腕一本での操作でも機体は応えてくれる。ビーム砲の砲身が飛行艇へと向けられるや、銃口から淡い光が漏れ出し、銃口と銃口から生じる青い電流が手を繋ぎあって乱舞し始める。
 メリッサは、操縦席の一部からせり出してきた引き金を左手で握って指をかけた。

 「メリッサ!?」
 「アンタは黙ってなさいッ!!」

 咄嗟のことで反応が出来なかった。ユトは慌てて口を開くが、怒りで奥歯を噛み砕く勢いのメリッサには意味を成さない。
 帽子の男は慌てず騒がずタバコの灰を海に落とす。

 「やってみろよ腕無しのお嬢さん。俺たちをブチ抜けば人質もおっ死ぬんだぜ? はハは、ほら殺してみろよ」

 撃ちたい。
 引き金にかけたままの指が、閉じる力と開ける力とで拮抗して震える。
 撃てば復讐を行える。
 この機体の性能さえあればきっと粉みじん、否、跡形も無く蒸発させることが出来る。確証が持てる。
 だが、引けば大切な人も死ぬだろう。血が上って理性が失われかけている頭でも理解出来た。指に触れている冷ややかな引き金が全てを殺すのだと。
 抑えていた記憶が復讐しろと絶叫している。
 人質など構わない。殺せ。お前の母親を殺した人間を血祭りに上げろ。簡単だろう。指を数cm動かせばいいんだ。


 「メリッサ、落ち着け! 自分が何をしようとしているのかよく考えろ!」

 ユトの必死の説得が耳に入る。指先の震えは増し、額から落ちて頬まで伝う汗が鎖骨へと流れてダイブスーツを濡らす。メリッサの呼吸は浅く荒い。過呼吸に近い。
 操縦席に表示されている照準はビームが通過する領域を青く塗りつぶしている。
 片手でそれを帽子の男に合わせた。
 ユトは、なんとかしてビーム砲を止めようとするが、遺跡から引き上げた機体故に上手くいかずにスタビライザーを動かしてみたり、映像を拡大したりしてしまう。言語が読めてもシステムの構造までは完全に分からないのだ。
 その時だった。
 レーダーに新たな機影が映り込んできたのだ。
 形状やエンジン音から、帽子の男の機体と同じと推測。あっという間に接近してくる機影に、機体が警告を入れてくる。
 高温の排気を海面に叩きつけながら接近してきた飛行艇。機体が拡大像を操縦席に表示した。そこには、見知った人物が映り込んでいた。ユトとメリッサは視線を奪われる。
 操縦席には黒服を着込んだタナカ。機関砲の銃座には同じく黒服を着たウィスティリアが居る。ウィスティリアは二人に見えるように親指を上げて見せた。
 帽子の男は飛んできた飛行艇の異変には気が付いていない様子で、タナカとウィスティリアの機体が巻き起こした風圧に眼を細めながら、ユトとメリッサに向けてメガホン越しに声を発した。

 「とっととして貰おうか。時間を稼げばお前らの命が削られるぜ。撃てば人質がスナッフフィルムに登場して変態のいいネタになるかもな。早く降りろ」
 「…………分かってる」

 ユトは、出来る限り感情を抑制した声で返事をして、後部座席のメリッサに顔を向けた。
 メリッサは、眼は憎しみを込めて帽子の男の乗る飛行艇を射抜かんばかりに睨み、口は過剰な量の酸素を肺に供給するために開けられている。左腕は誤作動を起こしているように痙攣していた。
 と、ウィスティリアが口元を指差すと、何かを言った。
 機体のシステムが自動で音声に翻訳した。数秒間のタイムラグの後、新たに展開したモニターにウィスティリアの口元が映し出される。
 無感情な女性の電子音が操縦席の二人に届いた。

 『人質は解放した』。

 頭か、記憶か、無意識か、空耳か、どこかでメリッサに語りかけてくる声があった。
 メリッサは引き金を落とした。
 カチリと音がした。






 遺跡の機体と同色の青い奔流が二門の砲から迸るや、破壊の閃光を爆発させながら空間を貫通して白い粒子を撒き散らしながら細くなっていき、最後は糸より細くなって消失した。
 帽子の男が乗っている飛行艇の二機のジェット機構が『消えた』。支えを失って鉄の塊と化した飛行艇が、黒服の男達を乗せたままで海へと落ちて、水柱を上げた。瞬時に『消えて』しまったので爆発も無かった。
 海に落ちた黒服の男達は、沈み行く飛行艇に引きずりこまれまいとして、手足を動かし、海水を飲みながら這い出てくると、海面でばたばたと醜く泳ぐ。中には帽子の男の姿もあった。
 メリッサは引き金から手を離して黒服の男達に軽蔑の眼を向けた。

 「誰が………誰が殺すですって!? アンタらみたいな屑を殺して私も身を堕とせ? 冗談じゃない!」

 そう言い、左拳で操縦席の壁を殴りつけた。痛々しい、だんッ、という音がした。
 通信が入る。
 タナカの冷たく落ち着きある声が微かなノイズを含んで聞こえてきた。
 ユトは全身から力が抜けていくのを感じて眼鏡の位置を指で修正した。脂で汚れていた。

 「人質は解放しました。黒服の連中も全員射殺もしくは拘束してあります。私達の後についてきて下さい。海に落ちた連中は私達の仲間が回収しますので」
 「―――……あ、はい、分かりました」

 事態が急展開しすぎて何がなにやら分からなくなっていたユトだったが、返事をすることは出来たので、無線に向かって言葉を発する。
 ウィスティリアとタナカが乗った飛行艇がゆっくりと向きを変えて飛んでいく。
 雨は止んだ。地平線付近で雲が崩れて太陽がちらりと顔を覗かせているのが見えた。夜が近づいてきている。遺跡の機体のモノアイが悲しげな色を見せているようであった。







 「さてさて」

 何を考えているのかが分からない飄々とした表情で温かい缶コーヒーを飲むウィスティリア。建てられてからさほど時間が経過していないであろう大きな倉庫にウィスティリアとタナカとユトとメリッサは居た。
 海から直接荷物を揚げられるようになっている倉庫。本来コンテナなどを積んでおく場所には遺跡から引き上げた機体が突っ立っている。青色を失って灰色だ。
 タナカは警戒を緩めることなく拳銃を構えて倉庫の入り口で立っている。
 ユトとメリッサの二人は廃棄されてもおかしくない程古い作業机に腰をかけた。

 「今なら10年前に何があったかを貴方達に語ることが出来る。どうする?」

 黒服を崩し、缶コーヒーを優雅に飲む。銀色の髪が薄暗い倉庫の中で発光しているようにも見える。ウィスティリアはユトとメリッサを見つつ、片足に体重をかけて立つ。

 「話して」
 「いいわよ」

 組む腕が無いメリッサは壊れた片腕を握ったまま話をするように促す。
 ウィスティリアは缶コーヒーの成分表示を見つめながら話をし始めた。

 「―――……10年ほど前。フローラという天才ダイバーが居たの」

 倉庫に風が吹き寄せてどこかを軋ませる。タナカが倉庫内を巡回するようにして歩くときに立てる靴の音が響く。

 「結婚をして、子供を一人産んで、それでも遺跡に潜ったわ。でも夫か誰かに言われて引退しようと考えたのね。最後の一潜りと言う事でφ37遺跡に全力をかけて潜って―――……見つけてしまった」
 「……もったいぶらずに言いなさいよ」

 ここまではユトとメリッサの知っていることである。缶コーヒーを見つめ続けるウィスティリアにメリッサが強めの口調で続きを話すように言う。ウィスティリアは口元に笑みを浮かべて顔を上げた。



 「せっかちねぇ……いいわ。見つけてしまったというのは、貴方達が引き上げた宝石の事ね。あれが実はとんでもない代物なのよ。
  小難しい説明を吹っ飛ばすと、ボール程度の大きさなのに高性能核融合発電所レベルの電力を生じ、しかも………永久に動き続けるっていう」

 更に言うなら、と一言付け加えると、唇に指先を触れさせた。

 「手で持とうが打撃を加えようが火にかざそうが半分に割ろうがミキサーにかけようがお構いなしの安定性。絶対安全手持ち永久核融合炉とでも言ったほうがいいのかしらね」

 メリッサは話のスケールの大きさに小さく口を開けた。拳ほどの大きさの宝石を引き上げたには引き上げたが、まさかアレがそれほどのものだとは誰も考えはしない。ユトも同様だった。
 外見はダイアモンドそっくりの宝石が、核融合炉並みの出力で、しかも永久に稼働し続け、アホみたいに安定している物質とは到底思えなかったからだ。

 「そんな……そんなものが実在してると………本当に?」
 「嘘言ってどうするの? 私が言っているのは事実であって嘘は無いわ」

 眉唾モノの話を手を挙げることで制したユトだったが、さらっと返答されて押し黙り。

 「フローラは宝石を解析して……トンデモ物質だと知って恐怖したんでしょうね。珍しい合金とか、性能が高いなんてレベルじゃないもの。
  兵器に転用すれば世界だって制覇できるかもしれないものねぇ」

 まだ信じられない様子のユトとメリッサ。ウィスティリアは、話を中断して、おもむろに遺跡から引き上げた機体を指差しながら缶コーヒーを一口飲んだ。苦味が舌に広がる。

 「貴方達、宝石を機関にしてるあの機体でビームっぽいの発射したけど、どの程度凄いことか分かってる?
  本部からの連絡によると威力を落とさず宇宙にまで抜けていったそうなんだけど。真上じゃなくて、水平に発射してよ? 距離も相当なのによ? 一時的に通信出来なくなるほどの余波があったのよ?」
 「………マジですか?」
 「うん、大マジ。現在の機動兵器じゃありえないわね」

 ユトの呆然とした聞き返しに頷く。
 青いビーム一撃で大気圏外まで。たった一撃がそれほどの威力を持っているなんて。第一、重力を無視して滞空出来るのだから、宝石云々を抜きにしてもとてつもない超兵器ではないか。
 納得してきた二人を見遣り、ウィスティリアは話を続けた。

 「兎に角、引き上げてしまった宝石が危険なものと判断した彼女は破壊しようとした。けど破壊出来なかった。硬くてそれなりの設備が必要だった。それで親友の学者に頼んで破壊してもらおうとしたのね」

 ウィスティリアは缶コーヒーを空にして近くのコンテナの上に乗せた。

 「それを聞きつけた政府の―――そう、政府の力は絶対的でならぬと考えるバカな奴等、……革新派と手下のマフィアね、……連中がフローラに宝石を渡せと言った。けど、フローラは頑なに拒んで………ね」



 徐々に分かってきた真実。ユトは唾を飲み込みつつ話を聞く。メリッサは、フローラがどうして死ななければならないのかをなんとなく悟った気がして、両手を握り締めた。

 「破壊を頼まれた学者は宝石をばらばらに粉砕して、中からソレを見つけたの」
 「ソレ?」

 ウィスティリアの細く白い人差し指が上げられる。教師が生徒にものを教えるように指先が左右に振られ、理知的な眼が二人を見る。上空をエアバイクが通過した気がした。

 「ソレっていうのは鍵の事ね。遺跡に眠る機体とか宝石とかを唯一制御出来る物体のこと。宝石と鍵。機体と鍵。なんにせよ鍵が無ければ意味が無いらしいの。
  で、宝石を破壊した学者は鍵について調べた。その情報も革新派には駄々漏れだったんだけどね」

 続きがなんとなく読める。
 フローラを躊躇なく殺した連中であれば、勿論――。

 「宝石を破壊して、取り出してあった鍵も破壊しようとしたところで襲撃を受けて、その学者さんは可愛そうなことに半死状態。
  ロボット工場長でもあったから、死に物狂いで生産ラインに入って、完成しかけてた腕のフレームに鍵を放り込んで、鍵を飲み込んだ演技をしながら死んだ」

 ウィスティリアは、あらかじめ練習したように滞りなく喋り、先ほど缶コーヒーを置いたコンテナへと飛び乗って腕を組む。
 タナカは倉庫の扉から外を覗いた。

 「そこで革新派の黒服が登場。状況から学者が飲み込んだと早とちりして宝石の破片と学者の遺体と一緒に撤収。んで、私達が所属する派閥が後から来て、データをしっかりと読んで、ロボットのフレームに入っていると突き止めたのね」
 「まさか……フレームって」
 「そう、そのまさかよ。私も最初はありえないと思ったんだけど」

 メリッサは、今左手で持っている右の義腕に目を落とした。外部は切り裂かれ、フレームは取り出されている上に回路が飛び出して滅茶苦茶になっている。電池が引き抜かれているし、人工筋肉の損傷などもあり、動きそうにはない。
 話を聞いていた二人の脳裏に疑問に近いことが浮かぶ。
 ロボットのフレームが、なんで義腕になっているのか、その義腕が何故メリッサの元にあるのかということだ。
 察したウィスティリアは自分の顎に触れつつ頷く。



 「流れから言うと、ロボットのフレームを作ってた工場は全自動だったから、学者さんが死んだ後に出荷されたのね。ロボットとして組み立てられるはずだったんだけど、革新派の連中が工場の制御システムに鉛弾撃ちこんで品質がガタガタ。
  結局不良品が多くて全部廃棄。で、裏を巡って義腕に」
 「それは分かったけど、なんで私のになってるのよ」

 メリッサは壊れた右義腕を掲げて振る。壊れた部品がカタカタと鳴った。ユトは、一人部外者であるような気がして自分の腿を見つめる。

 「偶然よ」
 「は?」
 「だから、偶然よ。驚きでしょ? フレームが巡り巡って娘のところに行ってたの。誰も知らない内にね」

 あっけからんと結論を言われ、またもやポカーンと口を開いたままになってしまう。
 何分の一か、正に雷に打たれるような確率で肝心のものがある意味文字通り手の中に入ってきていたなんて、誰が考えるのか。裏があるのではと疑いの目でウィスティリアを見るメリッサ。
 ウィスティリアは片手をぱたぱたと振って足を組んだ。

 「本当に偶然なのよ。母親のが娘のに。後から鍵がフレームの中って気が付いた革新派の連中がそんな偶然ありえない切り捨てたから私達が先に見つけられたの。義腕のかたっぽの重量が違ったし」
 「いつ、気が付いて、いつ、確かめたの、アンタ」
 「銭湯に入った時に………ちょっとした仕掛けをね」

 ウィスティリアがウィンクを決めて投げつけた。メリッサは顔を逸らせてウィンクを弾き返してやった。銃を操作する音がした。タナカがマガジンの中身を確かめているところだった。
 ユトが手を挙げると、すかさずウィスティリアが手で許可する。

 「革新派ってなんですか?」
 「あら御免なさい。詳しい説明を飛ばしてたわね。革新派ってのは、そう………政府の力が極めて弱いことを危惧して力を得ようとする過激派のことね。
  中身は金が欲しいバカばっか。宝石で大金持ちとか考えてたらしいけど。私達保守派とは敵対してたわけね」
 「そうですか……」
 「さて、と。質問は以上かしら?」
 「待って」

 話を切り上げようとする彼女に、メリッサが左腕を上げる。ウィスティリアは、どうぞ、と言う様に片手を揺らしてメリッサの方に傾け、頭も微かに傾けた。

 「なんで10年経った今行動を起こしたのよ、連中は」
 「結局鍵を見つけられずに求心力とか、資金力とかを落として迂闊に行動出来なかったからよ。で、連中を潰したい私達の上の奴等がちょちょいと工作をしたり。ダミーの情報に見事にかかってくれて。……終わりかしら?」

 一通り話を終えたウィスティリアは、首を回して間接を鳴らしつつ、腰を捻って伸びをする。そして缶コーヒーを持って立ち上がった。仕事をしたとは思えぬ軽い動きであった。
 軽快な動きで出入り口へと歩いていき、タナカに眼で合図をしてドアを開けさせた。外から倉庫に新鮮な空気が流れ込んだ。夜に近づいているのが分かる涼しげな空気だった。

 「その機体と宝石は出来る限り早く破壊しちゃってね。欲しがる輩は一杯居るから。もし売ろうとか考えたら………今度は貴方達が標的となるわ。早急に始末なさい」



 座ったままのユトとメリッサは、倉庫から出ようとするタナカとウィスティリアを見送らずにその場に居る。体験したことや、聞いた話の量が膨大過ぎて整理が付かないのだ。ウィスティリアは楽しげに微笑んだ。
 倉庫のドアが開かれた。
 ユトは、最後に浮かんできた疑問を尋ねるべく立ち上がって、声を上げた。

 「最後に! その話をしていいと許可されているんですか?」
 「これは私達の友人に対する贈り物よ。バレたら首が飛んでもおかしくないわね。じゃ、また会えたら逢いましょう。あー、そーだ。革新派の連中は私達がキッチリ締めるから安心しなさいな。じゃあね」
 「行きましょう、ウィスティリア。二人も体に気をつけて下さい。では」

 本当に出て行こうとする二人に、一瞬躊躇したユトだったが、思い切ってもう一度手を挙げて口を開く。

 「本当に最後! 貴方達の目的は?」

 タナカは一人出て行く。ドアに片手をかけてウィスティリアは顔だけを振り向かせた。慈しみを含んだ優しい笑みだった。

 「そうねぇ――――人類の守人、正義の味方、……パンドラの箱を解き放とうとする愚か者を罰する者――。そんなところかしら。簡単にエージェントでいいわ。さようなら」

 ドアが閉じられた。
 二人は倉庫から出て行ってしまった。意外にも優しかったタナカの言葉と、嘘にも本当にも聞こえたウィスティリアの言葉が記憶に残った。
 ユトはメリッサが座っている机の隣に腰掛けると、なんとなく遺跡の機体を見上げた。機体は倉庫に押し込まれて不満そうにも見えた。勿論なんとなくそう感じただけだ。



 「結局……なんだったのかしらね。遺跡にしても、なんにしても」
 「…………俺もよく分からない」

 倉庫はとても静かだ。海際に建てられているというだけあって波の音が響いてくる程度だ。静かで、広い。潜水機の整備場にも似ている気がしてきた。
 メリッサは時計を見た。8時。もうじき9時になる。
 全身に疲労物質が積もって山になっている。筋肉痛はしなくてもだるさが目立つ。眠気も酷く、静かな倉庫に座っていると今にも眠ってしまいそうになる。メリッサとユトは、肩を寄せあって今までのことを考え始める。

 「あの時撃たなかったよな」
 「………撃とうとは思ったわよ。殺したかった。けど……」

 言葉が途切れる。
 二人は肩を寄せ合ったまま押し黙って、ぼんやりと前を見ている。
 ダイブスーツを通しても体温が伝わる。
 汗臭さも気にならなかった。

 「お母さんの声が聞こえて………」
 「俺の声は?」
 「ゴメン、自分の心臓の音ばっかり聞こえちゃってて聞こえなかったカモ」
 「ありゃりゃ」
 「なによぉ~。………私、あの時撃ってたらお母さん殺した連中と同じになっちゃう……って思い直して」
 「……そっか」

 メリッサの足先とユトの足先がぶつかった。
 ふたりはつんつんと突きあって遊び始めた。

 「……寝ても大丈夫かな」
 「……大丈夫なんじゃないの? タナカさんとあのバカがなんとかしてくれるでしょ……多分ね」

 二人はぼそぼそと会話をしていたが、やがて体を寄せ合うようにして眠ってしまった。
 翌朝になってオヤジさんとエリアーヌに発見されて起こされたとか。









 ―――閃光が生じるや、大海を轟かせんとばかりに火柱が天を向いて立ち上がり、光の粒子をばら撒く。
 火柱の赤色は徐々に白や青に変化し、高空へ持ち上がっていく。爆発で発生した衝撃波が海面を波打たせ、表面に白く砕けた波を作り出す。遠い所から見ても分かる破壊の様子であった。
 あの後二人は、遺跡の機体と宝石、そして鍵を破壊するために誰も居ない海域に居た。
 フローラが危険に感じて破壊しようとしたものをいつまでも所有しておくわけには行かなかったのだ。
 こうやって火柱を見ていると威力が判った気がした。海水が沸騰しているのが見える。
 破壊の方法は極めて単純。宝石と鍵を機体に載せて自爆させる。機体が遺跡のものであれば、宝石と鍵を破壊することは難なくこなせるはずだし、計算上も木っ端微塵という結果が出た。
 二人は、自爆で生み出された高波で船の上で転びそうになるも、なんとか踏ん張って火柱を見つめ続ける。早朝の太陽よりもなお明るく幻想的な火柱は光の粒子と化して空に消えていった。
 ――遺跡とはなんだったのか。
 ――遺跡を造った人間は何がしたかったのか。
 ひょっとすると、後世に自分達がやったことを残したかったのかもしれない。
 ひょっとすると、後世の知的生命体に知識を与えたかったのかもしれない。
 どっちにしろ迷惑な話だ。
 多くの人間がその存在に魅せられ、溺れ、求め、渇望し、死を渡され、栄光を与えられてきた。
 片腕の無いメリッサは、火柱のあった場所を見つめ続けている。ユトはゆっくりと歩み寄ると肩に手を置いた。

 「終わったな、メリッサ」
 「……うん」

 二人は家に帰った後でオヤジさんの家や、戦闘があったという箇所を調べてみたのだが、痕跡の大半を消され、薬莢の一つを見つけることも叶わなかった。
 幸いなことに怪我人は居なかった。ユトの家族にも、メリッサの家族、二人の友人や知り合いもタナカとウィスティリアの組織が解放してくれていた。
 記憶だけの不鮮明な事実。夢か幻かと疑う二人に、メールが届いた。タナカとウィスティリアだった。
 内容は極めて簡素。
 『引退します』。
 タナカとウィスティリアの家にも行ったが誰も居なかった。
 本当に終わったのだろうかという疑問は残ったが、あの二人なら全てを処理して悠々と旅行にでも出かけているだろうと思った。そう思うことが出来るほど二人は強そうに思えたのだ。殺しても死なないとも言える。
 こうして、フローラが宝石を見つけて殺害されることから始まった事件は幕を閉じた。
 だが終わっては居ない。ユトとメリッサは生きているのだから。生きているなら未来へと歩むことは出来る。
 ユトは、肩に置いた手にメリッサが手を重ねてくるのが感じ取った。左腕だ。右腕は機体と一緒に破壊してしまった。メリッサが自分で積んだのだ。

 「ユト。私の右腕を作って」
 「勿論。最高傑作を作ってやるよ」



 メリッサの手はどことなく冷たく感じられた。
 二人は誰に言われるでもなく正面を向き合い、抱き合った。片腕のメリッサは左腕だけ。ユトはしっかりとメリッサを両腕で抱きしめる。
 船についてきたのか、ウミネコがやかましい鳴き声を上げて飛び去っていく。
 もう夏は近いようだ。
 船の揺れは収まって、二人はしっかりと抱き合えるようになった。
 二人の顔の距離は握りこぶしよりなお近い。
 メリッサのポニーテールが風に揺れ、ユトの金髪も揺れた。
 唐突にメリッサが口を開いた。
 昼に一段と近づいた朝日が反射して二人の体の表面に揺らめく光の波を投影している。
 ユトもメリッサも顔は真っ赤だ。
 メリッサの指が伸びてきてユトの眼鏡を取り去った。生身の瞳と瞳が向かい合う。

 「………つり橋効果だったらどうしよう」

 場の空気をブチ壊しかねない言葉に、歯を見せてユトが笑う。

 「……それは無いな。俺はずっと前から好きだったから」
 「…………本当に?」
 「命かけてもいい。ずっとずっとずっと前から好きだった」
 「……ありがと」

 二人の顔の部分の影が一つに重なる。
 潮風がメリッサの涙を舞い上がらせた。






     『Diver's shell』

        【終】

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