創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

第3話 クライシス

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sousakurobo

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だれでも歓迎! 編集
――――嫌な、夢を見た。目の前で、俺の大事な人がみんな死んでいく……そんな、夢を。
汗で額がびっしょりだ。夢の中で俺は……何も、出来なかった。どうしてこんなに無力なんだろうと、夢の中で悔やんだ。
しかし変な夢だったな……。何だろう、馬鹿デカイ悪魔みたいなのが……駄目だ、明確に思い出せん。

まぁいっか。昨日色々ありすぎて頭が疲れてるんだという事にしておく。今でも正直狐に化かされてたんだと思う。
多分どっかで寝落ちしたんあろうなー。それで色々あって今に至ると。
夢にしちゃ凄くリアルな気がするけど、疲れてるからリアルに感じたんだろうな。おし、それで終わり。さぁ飯食ってかったるいけどがっ

<おはようございます>

俺は思わず耳を塞いだ。いや、塞いだって意味が無い事は分かってるけど、マジで正直、昨日の夢が現実だったとは思いたくない。
あんまりにもあんまりすぎるだろ……。いきなり未来を救えだの、誰だって拒否るわ。

<……まだ寝てるのかな。……おはようございます、隆昭>

<……おはよう。朝からどうしたん?>

反応してしまった……。これじゃ自分自身で昨日の夢を肯定した様なものじゃないか……。
昨日――――謎の狐耳女が、俺の家に現れた。狐耳女は自分を未来人と名乗り、自分が住んでいる未来が危険な目に合っていると告げた。
そしてだ、その未来を救うためには俺の力が必要だと言った。俺は狐耳女を冷静な対処で警察に引き渡そうとしたが、その話の妙な説得感に飲まれてしまい……。
結果、未来を救う事を約束してしまった。何が何だか分からないのに。ちなみに狐耳女は自分をメルフィー・ストレインと名乗った。変な名前だ。

<昨日は突然押し掛けてしまい、申し訳ありませんでした>

メルフィーには未来人らしく色んなビックリギミックがあり、今は疑似的テレパシー……だったか。そういう奴で会話している。
そのビックリギミックを見せられた手前、俺はメルフィーの話を信じない訳にはいかなくなった。妙な説得感とはそういう事だ。
一枚のカードから全く別の物を実体化させたり、ホログラムみたいなのを浮きだしたり、着ている服を瞬時に変化させたり……ホントに魔法みたいだったぜ。

<いや、別に謝らなくても良いよ。それでなにか用か? ちょっと寝起きが悪いんだが>

<すみません。ちょっと通信機の調子を確かめたくて……それと>

<それと?>

<あの……お時間が……>

メルフィーに言われて俺は反射的に掛け時計に視線を移した。時間ってまだ7時くらいだろ? 8時半までに着けば良いから余裕……。
……は? 8時……45分? お、おいィ! 遅刻ってレベルじゃねーぞ! もう1時間目始まっているじゃねーか!
ベッドから立ち上がり、俺は寝間着を脱いで学生服に着替える。あぁ、ボタン! 素直に嵌れよ! しっかし……。

<メルフィー! 気付いてるなら早く起こしてくれよ!>

<ご、ごめんなさい! 来ないからどうしたのかなって思って……。それに先生から隆昭さんが休みって連絡もありませんし>

急いで飯食って……いや食ってる時間もねえ! リビングに駆け込みテーブルの上の朝食から、パンだけを口に挟む。
俺に気付いたお袋が何か言っていたが、聞いている時間はねぇ! ドアを開けて、俺は学校に向けて全速力で駆けだす。

<メルフィー、1時間目って何だ?>

<物理です。それで隆昭さん……>

<話は学校で聞く! またな!>

どうしてこんな事になったんだ……。何時も7時きっかりに起きてしっかり飯食って悠々と学校に行けるのに……。
頼むから、今日の不運はこれだけにしてくれ。昨日が昨日だけに……今日は穏やかに過ごしたいんだ。

『ヴィルティック・シャッフル』

  第三話:クライシス

着、着いた……。もう息ガタガタだぜ……。こんなに必死に走ったのなんて久々だよ。それも体育だのじゃなくて遅刻とか情けない。
大した取り柄は無い分、生徒会の一員という事も考えて無遅刻無欠席を信条にしてたのに酷い汚点を作っちまった……。
荒れている息を徐々に抑えながら、俺は教室に向かう。授業中だから当たり前だが、俺以外に学校を歩いてる奴はいない。

教室の前に行くと、物理の先生が教科書を読みあげてる声が聞こえてくる。あぁ、憂鬱だ……。
何だろうね、この何とも言えない気分。遅刻って気分わりぃ。てか遅刻する理由とか考えてねぇ……。
まさか朝寝坊なんて馬鹿正直に言える訳無いし。つってもそれ以外の理由なんてあるか? 朝食をゆっくり食べてましたーとか?
馬鹿、内申に響く。毎回遅刻してる奴の頭の中が見てみたいよ。上手い言い訳とか詰まってるんだろうな。

冷静に考えたらこうやって教室前でうだうだしてる事自体が無駄だな。俺は気を引き締め、ドアを開けた。

「おはようございます……」
頭を下げ、俺は先生に小声でそう言いながら、自分の席へと向かう。

「どうした、鈴木」
先生が教科書を読むのを中断し、遅刻した俺に理由を聞いてきた。うわっ、結構きついなこれ……。
とはいえ、遅刻した理由をちゃんと説明しないと理由無しとして欠課扱いにされてしまう。何か上手い言い訳……誰か、誰か頼む……!

<体調不良とかはどうでしょうか?>

「……期限切れの牛乳を飲んでしまい、少しお腹を」

俺の言い訳に誰かが思いっきり笑い声を上げた。この笑い声は明らかに……く、草川~……! 
草川につられたのか他の連中もくすくす笑うのが聞こえる。朝から最悪だ……。だが仕方あるまい。遅刻した俺が悪いのだし。
それにしてももっと体調不良なら体調不良らしく上手い事は言えないのか、俺。何だよ牛乳って……。

「……体調不良ね。早く席に座れ」
「はい、すみませんでした」

一応認められたらしい。俺は項垂れながら自席へと着いた。そういやメルフィー……。

<大丈夫ですか?>

<あぁ、君のお陰だよ、ありがとう。で、君は何処に?>

俺がそう聞くと、一番窓側に近い列の右側、1番目の席でメルフィーが俺の方をちらっと振り返るのが見えた。
そういやあの席は空席だったな。てかすんなり授業受けてるしマジでウチの学校の生徒になってんだな……。改めて油断ならねェ女だ。
と、俺の背中を何時ものようにシャーペンで小突く阿呆に気付く。阿呆は俺に小声で話しかけてきた。

「遅刻の原因が牛乳とは流石生徒会役員。物を無駄にしないんだね、関心関心」
「牛乳と書記には何ら関係ねえよ……。思いっきり笑いやがって、後で覚えてろよ、お前……」
「それよりも隆昭、お前、あの転入生とどんな関係があるんだ?」

草川の発言に何故か俺はビクッとした。そうだ、そういやコイツ、昨日メルフィーの事……。

「何の……話だっけ?」
「惚けんじゃない。昨日電話でお前に話しただろ、美人のお姉さんに声掛けられたって」
「あぁ、そんな事もあったな。で?」
「……その美人のお姉さんが今日、まさかの転入生として現われたのだよ。あの窓側の席の銀色の子、居るだろ?」

まずった……。そういや俺、昨日こいつに事情を説明するって言ったっけ……。
都合よく忘れてくれたらと思うが、コイツ無駄に記憶力だけは良いんだよな。それに変に頭が回るし。
その頭の回転を少しは勉強に回せば、こいつも少しは女子にモテるようになるのに。あ、顔ってハンデか……。

「さぁ説明したまえ。あの転入生が君の家を探してた理由、関係、それに」
「分かった分かった、授業が終わったら説明してやるよ」

草川の疑問を軽くいなし、俺はとりま授業に集中する事にした。つってもあと10分程度だけど。

「それじゃあ今日はここまで。ちゃんと復習しておけよ」
「起立、礼」

最悪だ……。授業の内容は全く頭に入ってこなかった。集中しようとするがノートに上手く先生が話した内容が書けない。
何というか昨日の事が頭をよぎって……。だって将来があんな真っ暗だとは思わなかったし、それに俺の将来も穏やかなもんじゃないって分かっちゃったし。
結構弱いのね、俺……。精神的に大ダメージ追ってるし、今日くらいはずる休みしても罰当たんなかったんじゃね?
そんな俺の悩みも露知らず、草川がドンっと俺の机に図々しく座り、説明を求めてきやがった。

「さぁ、説明して貰おうか」

うぜぇ……。コイツごと机を窓から投げ捨てたい気分。俺は草川を無視してメルフィーに目を向けた。
……女生徒とすげーにこやかな笑顔で話してるよ。馴染みすぎっつーか、応用力高すぎるぞ、メルフィー。じっと耳を澄まし、その会話を聞く。

「入って来た時お人形さんかと思っちゃった! 凄い綺麗だよね、メルフィーちゃん」
「一人で転入してくるって事は頭良いんだろうなぁ、あのさ、今度英語教えてよ」
「ねぇねぇ、もう彼氏っているの? そんだけ綺麗だとすぐにイケメン捕まえられそうだよねー」 

おーおー如何にも……。それにしても、女生徒達と話してるメルフィーはホントに女の子だ。初めて会った時の大人っぽさというかエロさみたいなのは見えない。
あのパイロットスーツの時とは全く雰囲気が違う気がする。あーやって制服を着てニコニコ笑ってるのが、本来のメルフィーなのかもしれない。

「おい、隆昭、隆昭君? もう休み時間が終わっちゃうんだけど」
「昼飯時に話してやるよ。さ、どけどけ」

俺はそう言いながら、草川を机から追い出す。草川は俺をじっと睨んだ。何だそりゃ。猫の威嚇か?

「絶対に教えて貰うからな。俺はしつこいぞ。アナコンダの様に」
「その執念深さを苦手科目の克服に使え。ほら、先生が来るぞ」

二・三時間目が終わり、体育の時間となった。やっと目が覚めるな。正直眠たくて堪らなかった。
確か今日は……B組と合同授業だったな。……氷室……というか会長のクラスとか。ちなみに木原さんはC組……ってどうでも良いか。
そういや、メルフィーの身体能力ってどうなんだろう。イメージだけだと頭は良くても何となくトロい感じがするけど。

「おい、鈴木」
と、着替えている所を呼びかけられ、俺は振り向いた。……お前らどうした、そんなギラギラとした目で。

「草川から聞いたぞ。お前、あの転入生と親しいらしいな。おい、お前と転入生ってどんな関係なんだよ」
「何でお前みたいな地味な奴が、あんな可愛い子と……畜生……」
「返答次第じゃお前を窓から吊るす事になる。さぁ言え、お前はあの転入生の何を知っているんだ!」

草川……くさかわぁ―! お前一体何してくれてんだよ! 何かこいつら、野獣の様な眼で俺の事をじりじりと追いつめてくるんだが……。
気持ちは分かる、気持ちは分かるが、俺がメルフィーと知り合ったのはお前らが思う様な甘いイベントじゃないんだよ! 未来だよ、未来。
突然家に上がられて風呂入られて、未来を救えとか訳の分からない約束を組まされたんだよ? お前ら俺の立場ならどう思う……って本当の事が言える訳が無いけど。

「鈴木ぃ……」
「モテナイ同盟、略して喪盟の同志だと思ってたのに……この、裏切り者がぁ―!」

気付けば俺は体育館へと疾走していた。後ろから言いしれぬ邪悪なオーラが俺を捕まえんと追ってくる。
というかあいつら、何俺の事モテない同盟……喪盟とか勝手に同盟入りさせてる訳? つうか何の同盟だよ、それ。多分草川の阿呆が作ったんだろうな。
どうにか体育館に飛び込み、俺はこの騒動を引き起こしている世界の歪みを見つけ……見つけたぞ。

「おい、草川……」
「いやぁ~隆昭君、災難だったね」
「あれはお前の仕業か……喪盟とか聞いて事ねえし、勝手に一員にしてんじゃねえ!」
「いいや、隆昭君、君は生まれた時から喪盟の一員なんだ。それを裏切るとは……君は本当に罪深い男だ。本来なら十字架に掛けられ」

「訳分かんない事言ってないで今すぐ誤解を解け……今すぐ解け」
俺はそう言いながら、草川の両頬をつねる。何だかこいつのせいでさっきから疲労がたまりっぱなしだ。

「だっひぇおひゃえがおひえひゃいから!」
「日本語でOK」
「はひゃせよ!」

「……だってお前がメルフィーちゃんとの関係を教えてくんないからさ」
「教えるも何も、お前が思う様なやましい関係じゃねえよ。その……」
「その?」

「こらぁ―男子! 遊んでないで、ちゃんと授業に参加しなさい!」
ゲッ、会長。そうだった、合同授業だったな。いやぁ良いタイミングだ。

「そんじゃまたな。お前も真面目にやれよ」
「お、おぉ……って隆昭!」

草川と喪盟なる謎の集団から逃れ、俺は体育に参加する。そういや今日の授業は飛び箱だったな。
まぁ目を覚ます程度でぶっちゃけやる気なんねえから、適当に飛べる段を選んで飛んでりゃいいか。
そういや会長、今日は何段飛ぶんだろう。何時も男子のトップ並みに高く飛ぶから注目されんだよな。まぁ飛び箱に限らず、体育全般凄いんだけどさ、あいつ。

と思ってると、さっそく人だかりが出来ていた。やっぱなー。こうなると授業は緩くなるから飛ばなくて良いな。
後20分程度か……。てか妙だな、何で皆動きが止まってんだ? 止まってるというか注目してるというか。会長の凄さは何時もの事だと……。

「おい、あれA組の転入生だろ? すげえなぁ、氷室並みに飛んでるぜ」
「しかも氷室並みにスタイル良いし可愛いしな。つうか同じ銀髪だし実は姉妹なんじゃね?」

な、何だって……? 俺は会長が飛んでる所へと視線を向けた。そこには何処か焦っている表情の会長と……。

「メルフィー・ストレイン、行きまーす」

そう言ってメルフィーは宣言すると、軽い助走で、軽々と飛び箱を飛んで見せた。一部のギャラリーからおぉッと声が掛かる。
メルフィーが俺の方に気付き、眩しいくらいの笑顔を見せた。ってこっち見んなメルフィー。また喪盟から狙われる。
驚嘆してるのか、ポカンとしていた体育の先生が思い出したようにメルフィーを褒めた。

「いやぁ凄いな、メルフィー。ここまで飛べるとは……氷室と同じくらいだぞ」
「そんな事無いです。氷室さんも凄いと思いますよ、こんなに高い段を飛べるなんて」

いやいやいや、つうか普通の男子より飛べてんだぞ。メルフィー。てか身体能力高いな、おい。
胸デカいし昨日のうっかりからしてトロいと思ってたのはトンだ大間違いだったみたいだ。というか巨大ロボットに乗る手前、運動神経良くないと駄目なんだろうな。
アレ、それだと勉強はともかく、運動はあんま得意じゃない俺は……おい、大丈夫か、俺。
それにしても、あんな表情の会長って初めて見た。何時も自信満々な人だからなー。と思ってるうちに体育の終わりを告げるチャイムが鳴った。やった! やっとまともに飯が食える!

……無い。弁当が無い。いつもカバンに入っている筈の、お袋が作ってくれる弁当が、無い!
ふっと思い出す。そういや朝急いでてお袋が何か言ってるのを突っ切ったんだが、あれは恐らく弁当を忘れてるって事を言いたかったんだろうな……。
カバンのサイドポケットを探る。一応小銭は入ってる筈だから……あった。500円玉だ。これで購買に行って焼きそばパン買おう。
正直というか全く腹が膨れないけど、食わないよりはずっとマシだ。500円玉を握りしめ、俺は購買部へと向かった。

……無い。焼きそばパンが、無い。というか目ぼしい品物が全て買われている。残るは腹に足しにもならなそうな御菓子ばっかだ。
いつもお袋に弁当作って貰うからあんまり購買部は利用しないんだが、凄い競争率だな……。ちょっとでも遅れたら品物が全て買われるとか。

「おんやぁ~? 奇遇ですね、隆昭君」
この耳障りな声……ま た お 前 か。
俺は今すぐにでも振り下ろしそうな鉄拳をどうにか抑えながら、その声の主に振り向いた。

「草川……ってお前ら!」
俺が振り返ると、そこには焼きそばパンを食っている草川と、先程俺を問い詰めた喪盟の奴らが全員、俺に見せつける様に焼きそばパンを食っていた。

「残念だなぁ、鈴木君の分の焼きそばパンはもう残って無いんだ」
「美人と知り合いな鈴木に食わせる焼きそばパンはねぇ!」
「焼きそばパンを食えなかった苦しみを永遠と味わい続けろ! 鈴木―!」

「おい、何処から突っ込めばいい」
「思い知ったかい? 我が喪盟の団結力を。さぁ、メルフィーちゃんとの関係を」
「教える訳無いだろアホ共。一生群れてろ」

精神的にも肉体的にもへとへとだ……。俺は力無く、草川と喪盟に背を向けて購買部から離れる。奴らの勝利の歓喜が聞こえる様だ。
マジで腹減った……。朝から走ってずっと授業受けてたし、その間に食ったのはパン一枚だけ、成長期の体にはとても堪える。
これから家に弁当を取りに行けば昼休みが終わっちまう。往復時間合わせて20分掛かるし、何より体力が尽きる。
仕方ない、教室で不貞寝するか……。寝てれば空腹なんて忘れちまうだろう。そう思った矢先。

「あ、隆昭」
ドアを開けようとした瞬間、またも誰かに呼びかけられた。はぁ……もう良いって。俺は寝るんだ。

「隆昭、私です、メルフィーですよ」
「あぁ、メルフィーか……。どうした?」

振り返るとメルフィーが立っていた。あれ、そういやメルフィーってもう飯食ったのかな。まぁ、どっちにしろ俺には関係ないか……。

「あの……隆昭が良かったらで良いんですが……」


「有難うメルフィー、君のお陰でマジで助かった!」
「いえいえ、喜んで貰えるなら何よりです」

不幸中の幸い、いやマジで幸いだった。今俺は、メルフィーが作ったサンドイッチを屋上で食べている。これホントお世辞じゃ無くマジで美味い。
メルフィー曰く、何やら一人で食べる分にはちょっと多く作りすぎたから、誰か食べてくれる人を探していたらしい。で、教室に戻って来た俺を誘ったという訳。
もしも俺があの時振り返らず、教室で不貞寝を選んでいたらと思うとゾッとするぜ。

「でもメルフィー、君、昼飯はもう済んだのかい?」
「それなら大丈夫です。一緒に食べて下さった方達にも薦めましたが、断られたのでどうしようかなって思ってた所で隆昭がいてくれて助かりました」

ホント、多く作ってくれて感謝するわ。にしてもマジでうめぇ。買ってきた飲み物もごくごく飲める。
空腹のせいもあって、俺はメルフィーが作ったサンドイッチを5分もせずにたいらげた。ちょうど飲み物も飲み終え、一息。

「全部美味かったわ。ホント、マジでありがとな、メルフィー」
俺がそう言うと、メルフィーはすげー嬉しそうに笑った。あ、ヤバい。俺はメルフィーから視線を逸らす。
なんつうか危ないんだよ。ドキッとするというか。草川達が俺を妬むのも正直理解はできる。これで未来人設定さえなきゃ……。

「良い天気ですね」
空を見上げたメルフィーが、ふっとそう言った。俺もつられて見上げる。
俺の悩みなんて知ったこっちゃないくらい、空は清々しく晴れ渡っていた。ここは素直に……。

「あぁ、ホントだ。気持ちいいなぁ」
そういや屋上には久々に来たけど、結構良いもんだな。心が落ち着くよ。
昼休みが終わるまであと10分か。ここでのんびりと時間潰して、午後また頑張るか。メルフィーのサンドイッチのお陰でだいぶ元気になったし。

<こんな青空……久々に見ました>

ん、疑似テレパシーか。てかそれってあの耳が出るから、人に見られて危ないのか? とメルフィーの方を見る。
あれれ、あの狐耳が出てない……。どういう事……。

<あの狐耳が出てないと通信出来ないんじゃないのか?>

<あれは通信機はこんな形をしていますよって事を隆昭に確認させただけで、別に出しても出さなくても何時でも通信できるんですよ>

<へぇ、結構便利なんだな。……あぁ、だから俺が遅刻した時に通信出来たんだ>

<はい。……隆昭、朝、言いかけた事なんですが>

俺は意識をメルフィーの言葉に集中させる。

<今度から……隆昭のご自宅に毎朝、迎えに行って良いですか?>

<え?>

<父から隆昭の護衛をする様頼まれたので、なるべく一緒に居たいんです。……勿論隆昭が嫌なら取りやめますが>

どう答えるべきなんだろう。ここではいと答えた場合、なんか草川の件とは別に、周囲から誤解されそうだ。
けど、メルフィーの真剣な目を見るといいえとは言えない様な。そうか……メルフィーは俺の事を守ろうと一生懸命なんだよな。
まぁあらぬ誤解が降りかかるのは、ある程度覚悟していた事だ。俺はメルフィーの申し出に答える。

<良いよ。ただ、あんまりオーバーな事はしないでくれ。あくまで友達みたいな感じで頼む>

<……ありがとう、隆昭。貴方の事は、私が身を呈して守ります。だから>

<分かってるよ。俺も自分自身の身は自分自身で守れるよう努力する。未来を救う男が自分自身を守れなくちゃ世話無いもんな>

俺はそう言ってメルフィーに顔を向けた。メルフィーは優しく微笑んだ。その時の表情に、俺は――――いかん、自制を保て、俺。

<……メルフィー、このサンドイッチの礼は、何時か必ず返す。何倍にもな>

<その日を期待しています。約束ですよ、隆昭>


<あぁ、そうそう隆昭、ちょっとお願いがあるんですけど……>


全ての授業が終わり、これから辛ーい生徒会の仕事があるとは言え少しホッとしている。
最後まで草川にはメルフィーとの関係を教える事はしなかった。つか俺も何でここまで意地張ってるのか分かんなくなってきた。
適当に嘘でっち上げれば済む事だが、焼きそばパンの屈辱は絶対に許さない。ねちっこい男と言われても、俺には譲れない意地がある。
まぁあいつもあー見えて、結構単純というかさっぱりした男だから、数日経てばケロっと忘れて何時もの様に絡んでくるだろう。そういう所があいつの美点であり長所である。

草川の事はひとまず解決したとして……。俺はどうするべきか非常に迷っている。
さっきの昼休みに、メルフィーに言われた事をどうするべきかを……。

<ちょっとした片手間で調べたのですが、隆昭って生徒会に加入しているんですよね?>

<あぁ、それがどうした?>

<……無理を承知でお願いするのですが、その生徒会に、私も入る事は出来ないでしょうか?>

<……あの会長の事だし難しいと思う。もう役員は充分……あっ>

<どうしました?>

<……あったんだ、空いてる役員>

その役員名は――――副会長。本来なら必要なポストだが、会長は私一人で出来ると(そして実際出来てるんだが)言い切り、副会長という役員を除外したのだ。
その会長に副会長を復活させて欲しいなんて頼むのも困難なのに、しかもその副会長に、実質今日初めて、この学校に来たメルフィーを入れてくれ。
なんて頼んだらどんなひどい目に合うのか……。今度こそ、俺の身が危ないかもしれない。
だけど……だけどメルフィーの目を見るとやっぱり断れ、なかった。あんな眼でじっと見られたら大体の男は頷くんじゃね? 誇張じゃ無くてマジで。

とは言え既に足は、何時もの生徒会室に着いていた。俺が着く前に、既にメルフィーがドアの前で立っていた。俺に顔を向ける。

<ごめんなさい、ちょっと早く来ちゃいましたかね……>

<いや、構わないよ。どっちにしろ俺が先に行かないと。じゃ、待っててくれ>

俺はメルフィーに対して頷き、生徒会室のドアを開けた。飛び込んでくるのは――――。
「遅い! もう3分も遅れてるわよ!」

会長が、三分遅れた俺に罵声をぶつけてきた。会長は少しでも遅れでも許さない。
何だか今日の会長は何時もよりオーラがキツイ気がする。と言うかツリ目の目が何時もよりツリ上がってる気がする。
やっぱあれだろうな……。メルフィーだろうな……。そしてデスクに顔を向けると、疑いたくなるような書類の山。

「今日は今まで溜まっていた事項を全て解消するまで返さないわよ! 早く座って作業に取り掛かりなさい!」

俺の向かいのデスクでは木原さんがひたすら黙々と作業をしている。だが積もっている書類は全く減ってる気がしない。
絶対に終わらないだろ、これ……。ヤバいな、凄く機嫌が悪いぞ、今日の会長。言えるか? メルフィーに頼まれた事……。
メルフィーの顔が頭をよぎる。……ここで俺たら後々もっと大変な事に対処できない気がする。良し、決めた。俺はカバンをデスクに下ろし、会長へと声を掛けた。

「会長」
「あぁ?」

うわぁ、こえぇ……。久々に会長の低い声を聞いた。この声を聞いたのは……思い出せないけど、凄く恐ろしい事が起きた時だったと思う。
だが臆しちゃならない。俺は気を引き締め、今一度会長に言った。

「会長、お話があります」
「作業しながら出来ない話なんてあるのかしら? 何? 何よ? 早く言いなさいよ?」
「……会長、今一度、副会長の役員を復活させる事はできませんか?」

会長のペンを握っていた手が、止まった。その様子に木原さんの動きも止まる。
かなり悪い雰囲気が、凄く悪い雰囲気になっていくのを肌で感じる。例えるなら何百匹もの蛇に睨まれるネズミ的な……。

「……鈴木君、冗談も寝言も、私、本当は大嫌いなの。賢い鈴木君なら、私の言っている意味が分かるよね?」
あぁ、凄く優しい声だ……。俺……いや、馬鹿。辞世の句なんて考えてる場合か! 呑まれるな、呑まれるんじゃない。

「冗談でも寝言でも無いです。会長、お願いします。副会長のポストを復活させて下さい」
「……私だけで十分よ。副会長なんてあっても人員の無駄」
「いいえ。副会長も居た方が、もっと仕事の効率が上がります。ですから」

その瞬間、会長がデスクを握りこぶしで叩いた。デスクがしなってバサバサと書類の山が崩れる。鳥肌と冷や汗が同時に発動する。

だが、俺は折れない。今一度気を引き締め、会長に言う。

「……お願いします、会長。自分は本気です。今後の生徒会の為にも、副会長の存在は不可欠だと考えております」

会長は拳をデスクに付けたまま無言だ。重苦しい、いや重苦し過ぎる沈黙が場を支配する。
木原さんは俯いて何も言わない。間違いなくアウェイ。もう駄目だ……。流石にもう……。

「……良いわよ」
「え?」
「副会長を復活させても。ただ、そこまで言うからには、もう副会長候補は決まってるんでしょうね? もし決まって無いなら……」

「いえ! 既に決まってます!」
俺はそう言って、ドアまで走り、メルフィーを呼ぶ為に廊下に出た。メルフィー……? 何で窓の方を向いて……。

「メルフィー……?」
「オルトロック……どうして……」
「メルフィー!」

俺が強く呼びかけると、メルフィーははっとした様子で、俺の方を向いた。
何故かメルフィーの顔は引きつっていた。酷く驚いている様な、怯えている様な、そんな感じで。

「隆昭……」
「どうしたんだよ、メルフィー。突然……」
「ごめんなさい、ちょっと……」

「へぇ~。そういう事だったの」
背筋が凍るような優しい声が、背中を撫でた。恐る恐る振り返ると、会長がにっこりと笑いながら、腕組みをしていた。

「会、会長、あの、これは」
「鈴木君、貴方に一つ仕事をあげます」

「メルフィーさんを副会長にするかを検討する間、貴方は全ての部活動に関するレポートを書いて下さい。

 原稿用紙50枚分。心配はいりません。原稿用紙は腐るほどありますからね」


「ここか……反応があったのは」
黒づくめのその男が、微笑を浮かべながら、遥ノ川高校を見上げている。

「久々に会えるな、メルフィー。それに……やっと見つけた。――――鈴木博士」

男の名は――――オルトロック・ベイスン。


                                               予 告

           メルフィーを副会長に値するかを確かめる氷室。その過程で氷室は次第に、メルフィーが普通の人間ではない事に気付いていく。
           そしてメルフィーを副会長にする為に、必死に課題をこなす隆昭。やがて隆昭の目の前に、オルトロックと名乗る男が現れ――――。
                 交差するメルフィーと隆昭、そして氷室の運命。だが、その運命を狂わせる「悪魔」が、冷笑を浮かべて目を覚ます。              

                                     次回、『ヴィルティック・シャッフル』

                                              スパイラル 

                                      その「カード」を引く時、「未来」は訪れる
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