創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

<ep.8>

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sousakurobo

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だれでも歓迎! 編集
愛車のデジタル時計を見ると、朝5時55分を指していた。家に着くのはおおよそ6時くらいだな。
平日だった為だろう、帰りの高速道路が混んでないのが良かった。割とスムーズに家まで帰れたな。それにしても交通料が半端無かったが、良い旅行だった。
高速道路+クルーザーで5時間ほど掛かったが、充分元は取れる旅行だったさ。ただ一つ、もったいない事がある。

カメラを持ってきたのに、海はおろかティマの姿さえ撮っていない事だ。その事だけが心残りだ。まぁ、ティマの美しさをしっかり目に焼き付けたから悪くない。
それにしても……空を見上げると、少し雲が曇ってる。何だか不安になる天気だな……。晴れてくれればいいが

<LOST GORL ep.8>

高層ビルが立ち並ぶ大都会の一角――――ある最高級マンションの一室に、二人の男が居た。
一人はパノラマ上の窓ガラスから、立ち並ぶビル群を眺める白スーツの男――――タカダ・コウイチロウ。
そしてもう一人は、ブランド物の黒いスーツを着た、若干巻き毛で金髪、二重で黄金色の目の男だ。
男は悠然とソファーに座り、透明なテーブルの上に置かれた二つのグラスの内、一つにワインを注ぐ。そしてグラスを持ち、香りを嗅ぐと一気に飲み干した。
「朝からワインというのも、悪くないですね。貴方もいかがです? ミスター・タカダ」

タカダは男に振り返ると、テーブルの方へと歩みながら、嘲笑的に言った。
「本当に人を食った様な男だな、君は」
タカダは男からワインを受け取り、もう一つのグラスにワインを注ぐ。男は再びグラスにワインを入れ、高く掲げると、良く通る声で乾杯した。

「自動人形の輝かしき未来に、乾杯」

二人は少々ワインを嗜む。と、男がグラスをテーブルに置き、タカダに話しかける。
「それで……例の彼と物はどうなっていますか?」

グラスを持ちながら、視線を窓に向けたタカダは男の質問に返答する。
「モリベなら今から処理する。メモリーチップの方はタケハラが対処してる最中だ」

ワインを一口飲み、グラスを回しながら、男がふふっと笑ってタカダに言った。
「確か……メモリーチップは今、ティマとかいうアンドロイドの中にあるらしいですね。まぁ、メモリーチップさえ手に入ればどうでもいいのですが」

タカダもワインを一口飲むと、淡々とした口調で言った。
「私も君と同じく、メモリーチップがあれば構わない。まぁ、せっかくだから、ティマを愛玩用のアンドロイドとして売る程度の事は考えているがな」

「趣味の悪い人だ。貴方は」
「君に言われるとはな。戦争を商売とする君に」
タカダと男は互いに笑いあった。そこにはどこか、おぞましい物が感じ取れる。

「それにしてもどんな風の吹き回しですか? 貴方が一番嫌がっていた軍と提携を組もうだなんて」
男が何気なくそう聞くと、タカダはグラスの中のワインを飲み干し、男に振り返った。

「何、遅かれ早かれ我々は手を組む事にはなるのでね。それならば早い方が好都合だろ?」

男は二回目のワインを飲みきると、口元をニヤリと歪ませた。そして何処か小馬鹿にしたような口調で言う。
「流石大企業の社長となると考え方が違いますなぁ。頭の固い老害達とは、根本的に中身が違う」

男の口調にどこか引っかかりを感じたものの、タカダは続けて二言目を発する。
「それでだ。君の所で開発している、新型の自動人形……名前は何といったかな?」

タカダの質問に、男の目の色が変わった。先程の享楽的な目から一転、冷酷で冷たい色に。
「困りますねぇ。ちゃんと覚えておいてくれないと……。
 ――――アルタイルですよ。恐らく、完成した暁には、貴方が今開発してる大型自動人形を凌駕しますよ。遥かにね」

タカダと男の目線が重なり合う。だが、タカダは男の目に一瞬たじろいだ。それほど、今の男の目には何かが宿っている。
と、ふふっと男は笑った。そして三度ワインをグラスに注ぎ、口を付けるとニコッと笑った。

「嘘嘘、冗談ですよ。さて……そろそろミスター・モリベがが来る時間じゃないですか?」
男がそう言うと、タカダはグラスをテーブルに置き、ズボンのポケットから無機質なキューブ状の物体を取り出した。

「是非ともミスター・モリベを引きこんでくださいね。メモリーチップの開発者である彼に、聞きたい事が山ほどありますから」
「心配するな。どちらも手に入れる。奴も、ティマもな」


朝方だからだろう、帰りの高速道路では殆どとは言わないものの、あまり車が走っていなかった。せいぜい煌びやかなデコトラくらいだ。
愛車を玄関前に止め、ドアを開ける。早く家に入って、ティマを充電しなければならない。と、その前に。
「それじゃあティマ、ちょっと家開けてくるから待っててくれ」
持ってきた本を読んでいたティマは、私の言葉に頷いた。すまんな、すぐに開けるから。

……ふと、周囲が妙に気になる。何故だか、私の玄関前近くにパトカーが二台も停車しているのだ。
しかも中に人がいる。……風貌からして刑事だろうか。しかし何で車の中に居るんだ?
それにその人達が、私の事をじっと見ている気がする。考えすぎ……考え過ぎだろう。多分。私はカードキーを通した。

「認識できません。もう一度お確かめ下さい」
……は? 何で? 確かカードキーの愛称番号が違っていたり、認識できなくなるほど折れたり汚れたりしたら、アナウンスが流れるが……。
私はここ最近、いや寧ろ何年もカードキーを変えた覚えも無いし、ましてや乱暴に扱った覚えも無い。というか無くした事さえ無い。
周囲に目を移すと、パトカーから刑事さん達がドアを開けて、私の自宅へと歩いて来る。何でだ?

――――ふっと、モリベの言葉が、私の頭をよぎった。遅かれ早かれ、アールスティック社は貴方を追いつめようと躍起になる。という言葉が。
まさか……そんな警察がアールスティック社の手下になるなんて……。それに私は警察の厄介になる様な事は……。
……結構思い浮かぶのだが、しかしそれならそうと私の元に連絡が来るはずだ。手の甲に、汗が滲んでいた。

……私は踵を返し、愛車に乗り込む為に――――走り出した。すると同時に刑事達が自宅から、私の方に向かって走ってくる。
嘘だろ、本気で警察は私を……? だが迷っている時間は無さそうだ。私は回り込んで、運転席のドアを開け、乗り込む。
私の行動に、本を読んでいたマキが目を丸くした。
「マキ……?」

「ティマ、悪いが話は後だ! ……頼む、ちょっとスリープモードにしてくれ」
私の推測が正しければ、恐らく刑事達の目的は―――――この子だ。ならばするべき事は決まってる。

「ティマ!」
「う、うん」
ティマは私の言葉に驚きながらも、シートを倒して目を瞑った。今からスリープモードで蓄えた分と、昨日の分で今日1日程度は持つ……筈だ。

「手動モードに切り替え。操作方法はマニュアル」
ルームミラーに目を移すと、刑事達がパトカーに乗り込んでいるのが見える。私はアクセルを全力で踏み込み、愛車を走らせた。
刑事達が追いかけてくるのはそう時間が掛からないだろう。なら……逃げるんだ。何処か、刑事達から隠れられる場所に。

アールスティック社の本社……まだ社員達が出勤していない早朝。会議室のドアの前でその男―――――モリベは、タカダに取りつけた時間が来るのを待つ。
モリベが会議室の前で待っている訳―――――それは、タカダと直接話し合うためだ。

先日、マキとの話し合いの後に、タカダが手配したエージェントによって突き止められたモリベは、アールスティック社にある要望を叩きつけた。
それは、タカダと1対1での話し合い。無論タカダの秘書である竹原は、それを突っぱねようとしたが―――――。
意外な事に、タカダ本人がその要望を飲んだのだ。そして今日、モリベはアールスティック本社に出向き、指定場所である会議室にやって来た。

……時間だ。静かにドアに手を掛け、モリベは会議室に入った。モリベの目に映ったのは、ポケットに手を突っ込み、不敵に笑うタカダだ。
と、モリベの目にはもう一つ、デスクの上でプロジェクターの様に映像を放出するキューブ状の物体が見えた。物体が映し出している映像は……タカダだ。
(……ホログラムか。何処までも人を馬鹿にした男だ……)

「やぁ、お元気そうでなによりです。モリベさん」
タカダはそう言ってにっこりと笑った。モリベはじっとタカダを睨みつける。

「有給を取るのなら早めに言ってほしかったです。何がご不満でもあるのならなんなりと」
笑顔を浮かべたまま、浮ついた口調でそう聞くタカダに、モリベは静かに声を発した。
「……最初から」

「ん?」
「私を引き入れたのは、最初から軍事利用のためだったのですか?」

タカダはモリベを数秒見つめると、明らかに大げさな溜息をついて、言った。
「貴方は何のために技術者に? あのようなお人形を作る為にですか?」
モリベの額に青筋が走る。自然にモリベは拳を強く握っていた。だがモリベはそれでも、感情を抑え込み冷静な口調で返す。

「……下らん挑発なら止めてもらいたい。社長……貴方は、軍事目的の為に私にメモリーチップを開発させたかったのですか?」
「モリベさん、技術者と科学者の存在意義は何か、分かりますか?」
モリベの言葉を無視して、タカダが自らの言葉を続けて語る。モリベはきっと再びタカダを睨みつけた。

「国への貢献ですよ。個々の願望はありますが、それらは全て、国に還元される。国の血となり骨となる」

「……何が言いたい」
「何にせよ、貴方の研究は国の為なのです。その研究が軍事方面か、経済方面か、ただそれだけの違いです。
 さて、ここから本題ですが……貴方は何故、自分の研究が軍事方面に流れるのを拒絶するのですか?」

「私は……」
モリベが強く拳を握った。そして一字一句、しっかりとタカダを見据えながら話す。
「私は、自らの研究が兵器開発……いや、軍事方面に利用される事に嫌悪感を抱いている。しかし社長、貴方はその事を何も伝えてくれなかった」

「何故……何故最初から軍事目的と言わなかった?」

「言ったら納得したのですか? 貴方は」
タカダの笑みが消え、モリベを冷静かつ冷酷な目で見据える。いや、見下す。
「恐らく貴方は拒絶するでしょう。技術者として腕はともかく、貴方は人間としてとてもとても未熟だ。未熟すぎる」

「良いですか? 技術者が生みだした技術は、開発者が生み出した発明は、総じて国の所有物なのです。国を成す重要なね。
 そして、国に認められているお陰でモリベさん。……いや、貴方の様な職種の人間は、思う通りに研究や実験を行う事が出来る。国のお陰でね」
「……だから?」
「分かりませんか? 私が言わんとしている事が。国を企業に置き換えてください」

「……私に企業に戻り、貢献しろと?」
「あえて言っておきますが、貴方に選択の余地はありませんよ。貴方自身がその選択を潰したのですから」
タカダは高圧的な目でモリベを見下した。その目には、弱者を憐れみ、そして嘲笑う強者の驕りが滲んでいる。
「貴方も良い大人でしょう。いい加減、現実を理解する努力をするべきでは?」

モリベはタカダの言葉をじっと聞いていたが、数分の沈黙後、ゆっくりとタカダに視線を合わせ、言った。
「……一つ聞こう。アンタが思う、ロボットの定義とは何だ?」

モリベの質問に、タカダはキョトンとすると、口元を歪ませ、言った。
「道具ですよ。人間が創り出した、生活水準を底上げする便利な道具です。それ以上に何の意味がありますか?」

「道具……だと?」
「ええ。ロボットは人間が生みだした便利な道具です。消費し、利用する。人間の為に。……まさかモリベさん、貴方はロボットを一つの存在と認めているのですか?」

モリベは無言のままだ。タカダが掌で天を仰ぐと、はははと笑いだした。
「驚いたな。あの日から貴方は本当に何も変わっていないんですね。未熟は言いなおします。貴方はただのアダルトチルドレンだ。現実を認識できない。
 良いでしょうか? ロボットはロボットなのですよ。工業製品です。製品はただの製品であり、掃いて捨てる消耗品です。そこを何時になったら理解するのですか?」

「……私は」
モリベがタカダから視線を逸らさずに、しっかりとした口調で言う。
「私はロボットを製品としては見ない。人間のパートナー……共に未来を歩む同士だと思っている」

「……いい加減にしてもらえませんか? 決断してください。我が社に戻るか、職務を失うか」
タカダは僅かに怒気を込めた台詞でモリベに言う。しかしモリベに恐れる様子はない。逆に堂々とした口調で話し続ける。

「私は恐れた……。ティマの事を。ティマが……ロボットの域を超えていた事に対して」

「モリベさん、人の話を……」
「だが、マキ君とティマを見て分かった。その恐れは必要の無い危惧だった事に」

モリベはそう言いながら、何かを取り出した。それは先端が非常に尖った鉛筆だ。
タカダが怪訝な目でそれを見て、呆れた様な口調で言う。
「何の冗談ですか……? 我が社の悪行でも暴くと言う比喩ですか?」

「私は……マキ君に……いや、未来に託す。人とアンドロイド……いや、人とロボットが主従関係ではなく、互いに理解し合い、共存できる……そんな希望を」
モリベはそう言って静かに目を閉じ――――鉛筆を自らの首目掛けて突き刺した。全力で刺されたそれは、簡単にモリベの首を貫通した。
異常な痛みの中でも、モリベの意識はまだ閉じない。しかし視界は次第に薄暗くなっていく。モリベは両膝を突き、やがてうつぶせに倒れた。
完全に視界が閉じる。しかしモリベは、意識の中で思う。

すまない、ティマ……。マキ君と共に……生きて……。

愛車を猛スピードで飛ばしながら、私はどうするべきかを考える。いや、どうするべきかと言っても正直何も浮かばない。
とにかくどこか、私達が隠れられるような場所を考えようとするが、何処に止まっても刑事達が来る事が安易に予想がつくからだ。
それにだ。今日一日逃げられたとしても……。私は手元のデータフォンを見た。帰る時は正常に動いていたが、今はうんともすんとも言わない。
家の鍵ならともかく、生活の必需品であるデータフォンまで掌握されては、もはや為す術が無い……。

何処に逃げるかを考えている間、気付けば私は、旅行から帰って来る時の高速道路を疾走していた。
まだ朝方な為だろう、帰って来る時と同じく、車はそれほど通っていない。ただ、対向車のドライバーが、パトカーに追われている私に対して怪訝な表情を浮かべるが。
それにしても、この異常事態が全てアールスティック社の仕業だとすれば、私は本当にとんでもない連中を敵に回したと言える。警察を手篭めにしているはな……
平凡な生活から脱したいとはつくづく思っていたが、こんなハードな体験は全く望んでいないんだが……。

「マキ……」
スリープモードから起きたティマが、心配する様な目で私を見ている。私はティマを不安にさせないように笑顔を作って、頭を撫でる。
「大丈夫だ、ティマ。君は私が守る。何があってもな」
そう言って、私はティマの手を握った。……ティマの小さな手は不安の為か小刻みに震えていた。すまない、ティマ……。

しかしどれだけ逃げればいいのだろう。今から夏風島に戻るか? ……馬鹿、止まった瞬間にジ・エンドだ。
どこか適当な場所で車を乗り捨てて隠れるか。しかしそれも何時まで持つか分からない。なによりティマが持つか分からない。
何にせよ逃げ道は残されてないのか……私の足が自然にアクセルを更に踏み込む。
……普段は神の存在など信じていないが、今回ばかりは信じたくなる。神よ、もしも本当に居るのなら、我らを救い給え……。

「ホログラム解除」
タカダがベッドの上に置かれたキューブにそう言うと、タカダを赤く照らしていたキューブの光が、静かに消えていく。
同時にタカダは頭に被っていたヘッドギアを取り外す。キューブをポケットに戻し、ヘッドギアをベッドに放り投げるとタカダは男の居る居間に戻った。

「どうでした? ミスター・モリベは何て返事を」
「死んだ。喉に鉛筆を突き刺してな。馬鹿な男だよ」

タカダの返事に男はポカンと口を開けると、数分後、苦笑し始めた。
「非常に残念ですな。彼の存在は非常に有益だと思っていたのに……」
「だが問題無いんだろ? あくまでアドバイザーとして必要だっただけで」

タカダがそう言うと、男は鼻で笑って、両腕を頭の後ろに回し、息を吐いた。そしてゆったりとした口調で話す。
「まぁ、ミスター・モリベの事は残念でしたと言う事で。では、あっちはどうなんですか?」
「今から連絡を掛ける」

タカダがそう言って、胸ポケットからデータフォンを取り出してボタンを押した。
「俺だ。カタは付いたか? ……おい、ふざけてるのか? 未だに捕まらないとかどういう事だ?」
タカダが秘書と話す様子を、男はニヤニヤと眺めている。

タカダはしばらく秘書の話を聞くと、舌打ちをして、秘書に何時ものドスの利いた低い声で言った。
「何処を逃げているかを教えろ。場所によってはアレを使え。許可は取ってある」

一体どれくらい逃げてるんだろう……気づけば私は来た事も、ましてや見た事も無い場所へと愛車を走らせていた。
周りを見ると木、木、木。どうやら何処かの山道らしい。高速道路を降りた後、後方のパトカーを巻く為に無我夢中で走った為、気付けば見知らぬ土地に来たようだ。
だってふとルームミラーを見たらパトカーが6台くらいに増えてるんだぞ。どれだけ……どれだけ本気なんだ、アールスティック社は。一介の民間人に……。
とは言え、滅茶苦茶に走った結果、刑事達は追いつけなくなったようだ。時間の問題だと思うが、少しだけ胸を撫で下ろす。

そう言えば……ティマの様子が先程からおかしい。膝を抱えて、じっと顔を俯かせたままだ。
私が話しかけようとするが、どこか拒絶する様な雰囲気に声を掛けようにも掛けられない。
……このままではいけない。私は意を決し、ティマに話しかけようとした。その時。

「……キ」
ティマが小さく、何か言おうとしている。私はすかさず、ティマに聞き返した。
「何だい? ティマ」

「……マキ」
ティマが少しだけ顔を上げた。だがその視線は、私を見ていない。
ティマは視線を正面に向けたまま、次の言葉を発した。

「私を……車から下ろして」
「……え?」

ティマの言葉の意味が良く分からず、私は思わず聞き返した。

「ティマ、何を言って……」
「私を……今すぐこの車から降ろして。……このままじゃマキが」

「マキが……殺されちゃうから」

そう言ったティマの目には、言いしれない悲しみが見えた。……私は、誰を憎めばいい? 自然に、ハンドルを握る手に力が入っていた。
いつの間にか、雨が強くなっている。水滴がポツポツとガラスに跡を作る。

「……ティマ、心配するな。私が君を守る、何が来ようとな」
「……無理だよ、マキ」

ティマは私の方に少しだけ顔を向けた。……ティマ、止めてくれ。そんな悲しい顔をしないでくれ。

「……あの人達は、本気で私を捕まえようとしてる。多分、その為ならどんなひどい事も平気な顔でやれる。……そんな人達だよ」

……愛車を濡らす雨が次第に強さを増してきた。これほど雨の音がうっとおしく、煩いと思った事は無い。

「だからね……お願い、マキ。私を……私をここで下ろして。私……マキが傷つくのだけは絶対に嫌……だから」

「君を……」
何故だか視界がぼやけてきた。老いか、老いだろう。老いと言う事にしておく。

「君を奴らに渡した所で、私が無事にするとは限らないよ。むしろその可能性は限りなく低いと思う」

私はティマの手を握り、強く語りかける。
「良いかい、ティマ。ネガティブな事は考えるんじゃない。きっと逃げ切れるさ。私達の未来を、奴らには奪わせない」

そう言えば……私と会話した後、モリベ氏はどうしたのだろう。あの後、アールスティック社から逃げきれたのだろうか。
あの人には何としても生き延びてほしい。ティマを作りだした罪を償って貰う為にも。
間違っても死んでいないと信じたい……。モリベ氏はキリト君の様にもう一度、話したい相手だからだ。

「とにかくだ、ティマ。私は君を奴らに渡す気はない。こんな手段に出る相手に」

その瞬間、愛車が大きく揺れた。何だ……何が起こった? 私はティマの手をギュッと握った。
何故か愛車の重点が右側に偏っている。まさか……まさか後輪が破裂したのか? そんな馬鹿な事……。
しかし……しかしまだ運転は出来る……私はアクセルを踏み込もうとした瞬間、ガタンっと音を立てて、愛車の重点が後ろに下がった。まさか……。

遥か上空――――空を迂回するように飛び回るヘリコプターの中で、ガチャンと狙撃手は専用のライフルを掲げた。
「撃ち抜いたか?」
タケハラの質問に、警視庁と印された装甲服を来た狙撃手が答える。
「はい。両方の後輪を。おそらくこれで走行不能となるかと」

「そうか……」
狙撃手の返事にタケハラはそっけなく答える。手元のスコープでマキの車を探しながら、タケハラは思う。
――――これほどの事をするほど、社長はあのティマというアンドロイドが欲しいのか? あのアンドロイドにどんな機密が……。

「く……くそったれぇぇぇぇぇぇぇ!!」
私は思わず普段言わない様な汚い言葉を叫んでいた。
思いっきりハンドルを左に切る。車は木に向かって思いっきり……衝突した。同時にエアーバックが私とティマをうずめる。
……立ち止まっている時間は無い。私はティマに話しかけた。

「ティマ、大丈夫か?」

ティマはしばらくエアーバックに顔をうずめていたが、ゆっくりと顔を上げて、うんと頷いた。よし、それなら良い。
ドアを開けて外に出た……途端、私の右足を想像を絶する痛みが走った。木の破片が落ちてきて、私の右足に刺さったのだ。

「これ……くらい……」
私は自分の唇を噛みながら、その破片を抜き取る。これくらいの傷……ティマが受けてきた悲しみに比べればかすり傷程度の物だ。
つっ……右目が見えない……どうやら頭から血が流れてきた様だ。だが少し耐えれば……良し、行こう。

「マキ……」
私はティマの右手を引き、出来るだけ笑顔でかつ、力強く話しかける。
「行こう、ティマ。まだ逃げられる」

「俺だ。……何? ……屑が。ヘリを動かしといて見逃すだと? 何処まで使えないんだ、お前は」

「まだ捕まってないんですか。頑張りますねぇ、その人」
テーブルに乗ったブルーチーズを頬ぼり、男が苦笑しつつタカダに言った。
タカダは待ってろと竹原に伝えると、男に聞いた。

「めんどくさい事になったな。どうする?」


雨が酷い。ザーザーと降り注いでは、私の傷口を容赦なく刺激する。だが私の事はどうでもいい。
ティマが心配だ。このままだと何時ティマの可動部に水が入り込み、ショートするか分からない。それにエネルギーの問題もある。
……もう良い。どこか屋根のある場所なら。私はどうでも良いが、ティマに何かある方が、私には苦痛だ。

「ティマ、あと少し、あと少しだからな」
私はティマに話しかける。ティマはさっきから俯いたままだ。
正直頭の中でどうすればいいかが分からない。正直、もう奴らから逃げれる気がしない。というか無理だろう。

しかし頭の中で分かっていても、私自身は逃げたくはない。このまま奴らに屈すれば、私は永遠に後悔する気がする。
最悪――――最悪、私が死んだとしても、ティマには生き延びてほしい。それが私の望みだ。
もうこれ以上、彼女に過酷な運命を送らせたくない。もう―――――。

その時、何故かティマを握っている手の感触が無くなっている事に気付く。
あれ、ティマ……? 私が振り向くと、ティマが立ち止まっている。

「ティマ、何をしてるんだ。早く逃げないと」

私が話しかけても、ティマは俯いたままだ。と、ティマはゆっくりと顔を上げた。
その時のティマは雨のせいか―――――泣いている様に見える。ティマは俯いた顔を上げると、私に言った。

「逃げて……マキ」

「私を置いて……逃げて」


タカダが質問に、男は視線を漂わせると、ピット人差し指を立て、ニッと笑った。
「もうメモリーチップだけで良いですよ。体はどうでも良いです」

男がそう言うと、タカダは頷き、秘書に言った。、
「もう良い。ティマを見つけ次第撃ち抜け。マキ・シゲルとティマの頭部は出来るだけ傷つけるなよ」



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