創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

<ep.6>

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sousakurobo

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鉄と熱の匂いが立ち込める工場内で、その男――――タカダは目の前で鎮座する巨大な兵器――――自動人形と対峙する。
タカダの兵器を見上げるその目には確かな野望の炎が燃えており、また、口元には爬虫類を思わせる冷酷な笑みが浮かんでいる。
その時、タカダの元に長身のスーツを着た男がゆっくりと歩いて来る。タカダがその男に顔を向けると、男は淡々とした口調でタカダに言った。

「タカダ様、モリベ・タクヤと思わしき人物が見つかったとの情報が入りました」
「そうか。早急に特定を急がせろ」

タカダがそう自らの秘書に伝えると、秘書は小さく頭を下げて工場内から立ち去った。
秘書から再び、タカダは目の前の兵器に視線を戻す。そして露骨に舌を打ち、思う。

あのデータチップさえ手に入れば、我が社は――――いや、俺は世界を握れるというのに。何処に居る、モリベ――――そしてティマ。

<LOST GORL ep,6>

愛車を図書館の駐車場に止め、私は公園へと足を早める。既に時刻は夕刻を指していた。
腹を決めたつもりだが、昔からの性分だろう、内心落ち着かない。それに若干腹痛の気がある。良い年の大人が何を言っているかと思うが。
しかし何にせよ、こういう日が来ない筈が無かったのだと思う。出所不明のデータチップを持ったアンドロイドに関わった時点で覚悟はしていたはずだ。

それに、私にはティマを妻として迎え入れた手前、彼女に関する全ての事を知らねばならない義務がある。二人で生きていく為に。
次第に公園が見えてきた。ベンチに目を向けると、誰かが座っているのが見えた。……間違いない。モリベ・タクヤだ。
茶色いコートを着たその男は、私に気付くとベンチから立ち上がった。そして私に対して話しかけてきた。

改めてモリベの姿を観察する。データフォンに記録されていた顔写真が何歳の頃かは分からないが、記されていたモリベの年齢は私と同じ30代。
それにしては整った顔立ちといい、恰好は小汚いが理知的な雰囲気といい、私よりずっと若く感じる。正直嫉妬する。

「来てくれて本当に良かった……手数をかけさせてすまない」
「構わないさ。それより本題に入る前に一つだけ確認させてくれ。……ティマをゴミ捨て場に廃棄した人物はアンタなのか?」

そう、本題に入る前に一つだけ、私にははっきりさせたい事がある。
それはティマをゴミ捨て場に廃棄した人物が、モリベなのかどうかという事だ。これがはっきりするだけで私の中の疑問は大体解決する。
私の質問に、モリベは俯いて何か考えて居る素振りをすると、ゆっくりと顔を上げて私に答えた。

「……そうだ。私が自らの手でティマに危害を加え、貴方の近所にあったゴミ捨て場に廃棄した人間だ」

自分の中の渦巻いていた気持ちの悪い何かが明確な形になり、その形が怒りに姿を変えた。一瞬めまいがしてよろける。
この男がティマに凄惨な過去を刻み、部位を破壊し、あまつさえゴミ捨て場に廃棄した本人だと考えると私の中の憤怒というマグマが噴出しそうになる。
しかし私は決してこの男と争う為に来たのではない。ティマの過去を知る為に来たのだ。

……そうそう、もう一つ聞いておきたい事があった。私はジャケットのポケットから、ある物を取り出しモリベに渡す。
怪訝な表情を浮かべて受け取ったモリベが、その物を広げる。瞬間、モリベは小さく驚き、そして後悔といった表情が浮かべた。

「……これは」
「アンタと出会った翌日、ティマは突然ノートいっぱいに狂った様にGORLと書きはじめてな。
 今のティマは正常に戻ったが、その時には本気で焦ったよ。ティマがおかしくなったのかと思ってね。……開発者のあんたなら説明できるよな。ティマに起こった事が」

私の疑問に、モリベは私から受け取った、ティマがGORLと異常なほどに書きなぐって真っ黒なページを畳むと、静かに答えた。

「……恐らく、一度に処理が出来ない程のメモリーが蘇った為に、ティマの行動を司る人口回路が一時的にオーバーヒートを起こしたのだろう
 そのせいで昔……昔私が覚えさせていた行為を今すぐ取らねばならないと、ティマ自身の感情とは関係なく、ティマの体が暴走したのだと思う」
「そうか……今後ティマは暴走する危険性は?」

正直モリベの言っている事の意味が分からない。外的な要因で熱暴走を引き起こされるならまだしも、データチップが原因でなるとは聞いた事が無い。
だが否定する理由もない。しかし考えれば考える程おかしな話だ。昔の記憶が蘇ったせいで体が自らの意思と関係無く暴走するなんて……。
私の質問にモリベが頷いて返答する。

「それなら心配はいらない。……私がティマの前に現れなければ、ね」
「……私が聞きたかった事は以上だ。本題に入ってくれ」

私がそう言うと、モリベはベンチに腰かけた。長くなろうだろうし、立っているままでは色々とキツイと判断したのだろう。
続く様に私もベンチに座った。もうすぐ日が落ちる為か、斜陽がベンチを染めている。モリベが両手を組み、目を閉じる。
そしてゆっくりと目を開くと、コートの懐から何かを取り出した。剥き出しのデータチップだ。私は受け取り、データフォンに挿す。

モニターに映し出されたそれを見て、私は息を飲んだ。

そこには、苦笑しながらピースをしているモリベと、そのモリベの横には白い肌で蒼い目をした、綺麗な金髪の女性が幸せそうな頬笑みを浮かべて立っている。
そしてモリベの下には、はにかんだ笑顔を浮かべ、ぬいぐるみを抱いた……。

ティマに瓜二つの、金髪でショートの幼女が立っていた。周りの風景を見ると、どこかの湖の様だ。
私がモリベに顔を向けると、モリベは空を見上げながら、静かに語った。

「まず私自身の事を話そう……」

私は子供の頃から、開発者の両親の影響もありデータチップ……いや、むしろロボットに対して異常なまでに愛情を注いでいた。
近所ではもしもロボットが壊れた場合は、モリベに頼みに行けと言われてくらいにね。
エリート気質だった両親に後押しされるように、私はその内、開発者としての道を歩むようになった。
技術を学ぶ間際、自分の好きなデータチップに関する研究を行える……私はそう信じてレールを突き進んだ。

しかし、待っていたのは型に嵌った面白みの欠片も無い研究の日々だった。
独自性も何も無い、言われた事をするだけの世界。そこには自由など存在しない。
枠をはみ出れば無理矢理矯正される。まるでロボットの様にね。国が欲しかったのはロボットの未来を作る研究者じゃない。研究員という名の従順なロボットだ。

それでも私は何時か、何時か私自身がやりたい研究が出来ると信じて必死になって打ち込んだ。だが、肉体は既に悲鳴を上げていたんだ。
私は研究中に倒れた。体力の限界に加え、不眠不休が祟り、しばらく復帰は無理だと医者は判断した。

上はそんな私は容赦なく切り捨てた。同じ時期に両親が病に掛かり……。
私は何もかも失ったと病院で泣き濡れた。かつて心の支えとしていた物が一瞬で目の前から消えてしまったからね。

そんな私に声を掛けてきた人物がいた。看護婦として勤めていた私の元妻……エミーだ。

私はエミ―の明るい笑顔に惚れこんだ。エミーの存在は、酷く沈んでいた私にはまるで太陽の様だった。
やがて私はこのままで良いのかと自答した。何もかも無くしたままで、本当に良いのかと。
そして退院したその日、私は一からリスタートする事を決め、同時にエミーに告白したんだ。いつか……何時か私自身の研究が評価されたら、結婚してくれと。

それから私は必死になって修理士として生活していく間際、開発者の頃には出来なかったデータチップの研究に勤しんだ。
開発者だった頃、それなりにロボットの技術分野も学んでいた事が功を成して、修理士として満足に生活できるほどに私は回復していた。
だが、私は満足してはいない。例えこの体が壊れても、私は子供の頃からの夢だった自分の意思で動き、成長するロボットを見たい。
その一心だけで私はデータチップの研究に打ち込んだ。収入の殆どを研究費に費やすから、次第に私自身の生活は質素に、いや困窮していった。食事も満足に取れないほどに。

そんな私を周囲は変人だと噂した。自らの生活を顧みず、新しいデータチップの開発に打ち込む変な男として。
だがそんな周囲の声も聞こえない程、私は研究に自らの人生を捧げたんだ。

そんな日、私に投資したいという男が現れた。アールスティック社の社長、タカダ・コウイチロウだ。
タカダは私に対してその研究はロボットと人間の垣根を超える、画期的な研究だと言った。私は感激した。初めて私の研究に理解を示す人間が現われた事に。
それにアールスティック社と言えばロボットに関して知らぬ者はいない大企業だ。私はタカダの誘いに乗ったよ。乗らない訳が無い。

だがそれがそもそもの間違いだった事に、私は何一つ気付いていなかった。……本当に馬鹿だよ、私は。

タカダからの投資もあって、私の研究は格段に飛躍した。行き届いた設備、優秀な部下、そして資金。
かつての苦労が嘘の様に私の研究は進み、遂に私が思い描いた自らの意思を持ち、成長する新型データチップが完成した。
私はただただ嬉しかった。私の研究に理解者が現れた事も。私の研究が遂に形となった事も。そして……。
私は後日、正式にエミーにプロポーズした。エミーはそれを喜んでと受け取った。

それから私はデータチップを様々なアンドロイドに試してはタカダに認められた。
サルを模ったアンドロイドは次第にサルの行動を覚え自由に動き回る。子供のアンドロイドに算数の計算方法を教えると、自ら計算し、答えを出す。
私が開発したデータチップは、アンドロイドに自我を与え、思考を成長させる。私はそれをメモリーチップと名付けた。記憶するデータチップとしてね。

そんな日、私とエミーの間に子供が出来た。生まれてきたその子は、ティマの様に綺麗な青い目をしていた。
私はその子にティマと名前を付け、エミーと共に大事に育てていった。自然を愛し、動物を愛し、人にやさしい少女になる様に。
かつての私の様な人生は歩ませたくない。そう思うと、私は一層ティマに愛情を注ぐ様になった。

ある日、ティマが三歳になった頃、エミーはティマと一緒に買い物に行くと言って出掛けた。
……私はいつも通り、元気に二人とも帰ってくると思っていた。思っていたんだ。

その日以来、二人は永遠に私の元に帰ってくる事は無かった。ナビゲーション機能が暴走したトラックに轢かれて、二人とも即死と聞かされてね。
私は平衡感覚を失う程、目の前が暗くなった。何も分からない。何も考えられない。
また、また私は失ってしまったのか。大事な……大事な者を救う事も出来ずに。

気づけば私は、自らの手でアンドロイドを作っていた。睡眠も食事もいらない。ただ私の体はアンドロイドを作る為だけに動いた。
透き通る様な蒼い目、鮮やかな金髪。そして美しい顔立ち。私は一心不乱にメモリーチップの事を放置して、アンドロイドを作った。
その時の事は正直覚えていない。ただ、私はもう一度会いたかったんだ。――――ティマと、エミーに。

完成したそのアンドロイドは、蒼目の金髪な、美しい少女型のアンドロイドだった。
私は狂喜し、彼女にティマと名付けた。ティマとエミーが帰って来た気がして本当に嬉しかったんだ。だが今思うと彼女はティマでも……エミーでも無かった。

私はメモリーチップ完成前の最終テストとタカダに説明し、ティマにメモリーチップの使用許可を願った。タカダは怪訝な顔をしたが了承したよ。
私はティマに、ティマとエミーの全てを教えた。二人の仕草、趣味、性格……彼女に関するありとあらゆる全てを。
ティマは……いや、正確にはメモリーチップは私が教えた事全てを完璧なまで理解し、そして成長した。
それはティマとエミーの欠点……そう、彼女がGIRLという綴りをGORLと書いてしまう癖に、エミーの学んだ事を間違った解釈で理解する事も。

私は自ら作った存在に幸せを感じる間際……正直恐怖した。私の目の前に居るのはアンドロイドではなく、一人の少女その物だった。
ティマは日々成長する。やがてティマは私の好きな物や喜ぶ事を自ら実行しようとするほど成長したよ。
しかし私の中で次第に不安が募っていく。もしや私は……私は恐ろしい物を生みだしてしまったのではないかと。

ある日、タカダが私のその成果を見せてほしいと言ったよ。
私はティマの成長する様を撮ったデータチップをタカダに見せた。しばらくして、タカダは私に顔を向けると、静かに一言目を発した。
――――これは戦場で使えるのか? と

私はタカダの言った意味が分からず、どういう意味かと説明を求める。すると、タカダは冷徹な声で私に告げた。

「どうやら貴方は酷い勘違いをしていらっしゃるようだ。私は貴方にこんな下らない人形遊びをしてもらう為に、我が社に引き入れた訳ではないのです。
 貴方には戦場で自ら行動し、計画を立て、そして成長する兵器を作ってもらう為に我が社に来てもらったのです。人間の手を介さずとも働く、優秀な兵士をね。
 ロボットと人間の垣根を超えるの意味を履き違えていたのなら失望しました。しかしまぁ……良いでしょう。今後も研究に励んでくださいね、モリベ博士」

タカダの背中が遠くなった途端、私は膝から崩れ落ちた。あの男が私を評価した目的は……。
私は研究に没頭していたあまり、タカダの裏にある本性に気付く事が出来なかった。
間抜けだ。あまりにも間抜けすぎる。私は……私はただ、覚めない夢を見せられていただけだと、ようやく知る事になった。

私はティマをどうするかで苦しんだ。このままティマからメモリーチップを抜き挿せば、タカダの野望を食い止める事は出来る。
それに加え、私が死ねば、もはやメモリーチップを作る人間も存在しない為、実質……。
だが……それで良いのか? ティマと向き合うと、自分の手が震えだす。

ティマには、ティマとエミーの面影が浮かんでいる。もしも手を下せば、私は……
だがこのままだと、メモリーチップは兵器として利用させる事になる。それだけは避けたい。
ティマが何も知らずに、私に近づいて首を傾げながら、言った。

「パパ、どうしたの? 悩み事があるならティマに教えて?」

ハッとして私はティマに視線が合う。どこまでも無垢で蒼い瞳が、私の姿を映していた。
この子は……この子は何も知らずに、何をされるのか分からない。ただ生み出されて存在しているだけの……
気づくと私の目から涙が流れていた。私は震える腕でティマを抱き寄せて――――メモリーチップを取り出した。
ガクンと機能を停止するティマに。私は……デッドチップを取り出した。

「デッドチップ……」
モリベの語りにただただ呆然と聞いていた私は、その単語にピクリと反応した。
デッドチップ……それはアンドロイド用に作られた、アンドロイドの機能を破壊する為だけのチップだ。

挿入されたアンドロイドは全身の電子回路にウイルスが流し込まれ、駆動系が全て機能不能となる。無論、アンドロイドの行動を司るヘッドパーツも。
人間でいえば心臓のみならず脳も死ぬ、つまり完全に死に、二度と生き返らなくなると言っていい。
それ故、暴走したアンドロイドを止める等に使われる為、警察機関や企業でしか扱う事が許されず、私の様な個人経営の修理士は法律で所有禁止とされている。

「それで……デッドチップをどうしたんだ?」
「……挿せなかったんだ。ティマの顔を見ると。両手が異常なくらいに震えてね」



私は自分の両手が震えているのを感じた。これさえ挿せば、完全にティマを破壊する事が出来る。
だがそれは私にとって妻子を……殺す事と同じように感じた。だから挿せない。
しばらくティマを抱いたまま、私はふっと立ち上がった。

自らの手で殺すのが嫌なら……他人に消してもらおう。そうすれば私は罪悪感に苛まれる事もない。
そして愚かな科学者である私が生きている資格など無い。……死のう。ティマを捨てて。
震える手を無理やり抑えながら、工具を取り出す。そして――――ティマの足目掛けて振り下ろす。
彼女の両足を歩けなくなる程に振り下ろす。次第にティマの両足は原形を無くす程に潰れ、破損していく。

ゴミ捨て場に捨てれば、処理場まで運ばれて機械的に処分される。ティマの存在自体が、この世から消える事になる。そしてメモリーチップも。
私は狂った様にティマの両足を破壊した。と、気付く。ティマもエミーも右腕が利き腕だった事に。払拭……払拭するんだ。
私は続いて右腕を破壊する。気が狂った様に。……気づけば、ティマの姿は目を背けたくなる様な、見るも無残な姿になっていた。

最後に……最後に私はティマの顔めがけて工具を振りおろそうと腕を上げた。だが、どうしても振り下ろせない。
その時の私にはもう、正常な思考能力は無かった。ただ疲れたというだけで、私はティマをそれ以上破壊する事は……止めた。

タカダから授かった開発責任者という身分の為、私にはそれなりに自由に行動できる。
私はティマに布を被せ、中身が分からないように偽装してトラックを使い、ティマを運び込んだ。
そしてどこでもいい、ティマを捨てられるごみ捨て場を探した。町中を駆け巡ってね。

その内、私はそう……貴方がゴミを捨てに行っていた、路地裏のゴミ捨て場を見つけたんだ。
私はトラックからティマを運び出し……廃棄した。メモリーチップを挿入して。少しだけ傘が必要なくらい、微妙な雨が降っている日だった。
ティマが涙を流している様に見え、私はティマを振り変えずにトラックに乗り、適当な所でトラックを捨て去る。
それから私は今に至るまで、アームスティック社から逃げ回っている。自業自得……でな。

……言葉が、出ない。私はどうリアクションを取ればいいのかが、全く思いつかない。
想像していたよりずっと、ティマは過酷な運命を背負わされていたのだ。私は自分自身の思慮の無さを恥じた。
そしてモリベという男に対してあまりに失礼な誤解を抱いていた事にも。モリベが一呼吸置き、話を続ける。

「しばらく私はろくに生活する事さえ、出来なくなった」



ティマをゴミ捨て場に廃棄して以降、私は死人の様に町を彷徨った。時にアールスティック社から逃げながら。
私は自分の手で妻子を殺してしまった。そう考えると、すぐに強烈な吐き気がして、私は便所に入るたびに嘔吐を繰り返した。
しかしこれで良い、これで良いんだと私は自分自身を無理やり洗脳した。兵器開発に加担しなかっただけで良いんだと。

無理だ。私は自分自身への洗脳に対しても気持ち悪くなり、更に吐き気を催した。
財産はあるものの、無論食事など出来ず、日に日に体力が落ちていく最中、私は毎日を図書館で過ごすようになった。
ここなら誰にも干渉される事無く、またアールスティック社も追ってくる事が無い。病んでいく精神の中で……。

私は、貴方が修理したティマを見かけた。最初は遂に幻想を見るほどまでに落ちぶれたのかと思った。
しかもティマは、しっかりと本を読み、自らの意思で本を借り、そして言葉を発していたからもう私はもうすぐ死ぬのだろうと
だが、次第に幻想じゃないと気付く。一度じゃない。恐らく貴方が連れて来ていのだろう、ほとんど毎日、私はティマを見かけた。
私は本当にティマなのかを確かめたい衝動に駆られていた。だが、もしも違っていたらと考えるとどうしても怖くてね。

そんな日、私は図書館から出ていく途中の公園で、ブランコで遊んでいるティマを見かけてね。
私は意を決して、ティマに近づこうと考えた。どうせ死ぬ間際に、一度ティマに……ティマに触れたかったんだ。



「……本当にすまなかった。彼女がああなる事を忘れていたせいで……」
モリベが立ち上がり、私に頭を下げた。私は慌てて首を横に振った。
「いや、謝らないでくれ。私はアン……いや、貴方に謝られる様な人間じゃない」

「だが、結果的に貴方を危険な目に巻き込んでしまった。謝っても謝りきれない……」
「だからそう気にも留めないでくれ。私が勝手にティマを修理しただけだ。危険な目に会うのは自業自得って事で覚悟してたよ」

ぶっちゃけ覚悟何か出来ちゃいない。どうやら私はとんでもない事に知らず知らずに巻き込まれていたようだ。それも中心に。
しかし慌てた所でどうしようもない。……私には、ティマを守る義務がある。今のティマはかつてのティマではない。私の妻という、新しい記憶を授かったティマだ。
そうだ、私はともかく……。

「……モリベさん、貴方は、貴方は今後どうするんだ?」

私がそう聞くと、モリベは初めてふっと笑みを浮かべると、空を見上げて静かに答えた。

「……タカダと決着を付ける。あの男に対してとどめを刺せるのは、私しかいない」

そしてモリベはコートの袖から、透明なケースに入った、黒いチップを私に差し出した。
「……これを貴方に託す。……遅かれ早かれ、アールスティック社は貴方を追いつめようと躍起になる。
 もしも、もしも貴方が限界だと感じたら……このデッドチップを使ってくれ。貴方にはその権利がある」

私はデッドチップを受け取る。

「……受け取りますが、私は使いませんよ。彼女を守ります。どんな手を使っても」

私がそう答えると、モリベは私に振り返り、深く頭を下げた。
「ティマを……宜しく頼む」


何だか異常に疲れた気がする。実際肩がどっしりと重い。足も石の様に重い。
カードを通して我が家に帰ってき……なんだ、この焦げ臭い匂い……というか何だ! この灰色の煙は!

まさか火事か!? 私は急いで靴を脱いで、煙の発生源を探る。その発生源は……台所?
息を荒げながら台所に着くと……エプロンをしたティマが、得体の知れない何かを作っていた。
ティマが私の帰宅に気付いて振り向く。

「あ、お帰りなさい、マキ。ごめんなさい、全然気が付かなかった」
「あ、あぁ只今……ってティマ!」

私は煙をもくもくとあげている発生源を止める為に、急いでコンロを捻って火を止めた。鍋を覗き見ると、プスプスと焦げた野菜……だったものが転がっている。
私はあえて大げさにため息をして、ティマの頭を撫でながら聞いた。

「ティマ……一体何をしようとしていたんだ?」
私がそう聞くと、ティマは背中から、一冊の本を取り出して私に見せる。
何何……じっくり煮込む美味しい料理? ううん……。

「強火で煮て30分って書いてあったから強火で煮たんだけど……」
「ティマ、強火と言っても最大火力で30分も煮たら大変な事になるぞ。ましてやこんな小さい鍋で……」

ティマはそう言って落ち込んだ表情を見せる。私はティマのその顔を見て、自然に苦笑が出てくる。

「ごめん、マキ……私、マキの妻として何かしてみたかったの」
「良いんだよ、ティマ。そんな無理しなくっても、ティマはティマのままで元気でいれば」

私はティマを膝の上に乗せ、頭を撫でながら、ふっと抱きしめた。
「マキ……」
「しばらくこうさせてくれ、ティマ」

脳裏に、私に頭を下げたモリベの顔が浮かぶ。どうして……どうしてこう、人の運命は残酷で、皮肉なのだろう。
私には彼の意思を継ぐ義務がある。彼の分まで……私はティマを一人の少女として育てよう。
――――亡くなった、彼の大事な二人の為にも。


続く

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