創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

<ep.5>

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sousakurobo

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ベンチから立ち上がり、私はティマに触れようとする輩を止める為に、急いでブランコに向けて走り出す。
ティマは突然目の前に現れた輩に驚いているのか、動く事が出来ずブランコに座ったままだ。くそ、このままじゃティマに危険が……。
私はティマを輩から引き剥がす為に、大声を出して威嚇した。

「止めろ! ティマに触れるな!」
私の大声に、輩はビクッと体を強張らせると、ティマから腕を引き、ゆっくりと後ずさった。
ティマを守る為に、輩を威嚇しながらティマをブランコから離して抱き抱える。

「何が目的か知らんが、この子に触れるんじゃない。警察を呼ぶぞ」
私はそう言いながら、ズボンのポケットからデータフォンを取り出す。専用のボタンを押せばすぐにでも警察がここまで駆けつけてくる。
ここでこの輩が逃げればそれ以上は何もしない。だが、もし何かしようとすれば……。だが、輩は意外な行動に出た。

輩は頭を掻くと、両手を私の目の前に上げた。そして待て、落ち着いてくれと言うと二言を発した。……男の、声?
「警察は呼ばないでくれ。厄介な事になる」
何を言い出すかと思えば……私はボタンを押そうとモニターに指を触れた。すると男は慌てて待ってくれと声を上げた。

「だから待ってくれ。厄介事になるのは私だけじゃない。これは貴方自身の問題でもあるんだ」
確かに問題だな。警察が来れば私も職務質問を受けるだろう。だがそれが何だ? 一体この男は何を言っているのだろう。
早い所家に帰ろう。警察さえ呼べばこの厄介な状況もすぐに終わらせる事が出来る。
そうだ、そう言えばティマ……ティマ?

ティマはじっと目を閉じ、腕をだらりと下ろしていた。これは……機能を停止しているのか?
私に対して反応が無いという事は、やはりそう言う事……なのだろうか。ティマを抱えている腕が、無意識に震えている事に気付く。
「ティマに……ティマに何をした?」
私は目の男を睨みつけながら、あくまで冷静な声でそう聞いた。この男が……この男がティマに何かしたのなら、私は恐らく怒りを抑える事が出来ない。

「……恐らく私と出会った事により、一時的に失っていたメモリーがティマの中でフラッシュバックを起こしたんだ。
 その情報量を処理できずに、ティマは強制的にスリープモードにならざる負えなかった。
 今は彼女の中で情報を整理している所だ。心配はいらない。時間が経てば自然に目覚める……」

……何故この男はティマの名前を馴れ馴れしく呼ぶんだ? いや、それ以前にこの男は何者なんだ?
様々な疑問が渦巻く上に、どうしようもない程の怒りでパンクしそうな頭をどうにか沈めて、私は静かに目の男に問う。

「……もう一度聞く。ティマに何をした? いや、何が目的でティマに近づいた?」

男は私から目を伏せ、何か考えている様な素振りを見せると、私に目を合わせながら冷静な口調で返答した。
「……突然ティマに近づいた事については申し訳ないと思う。しかし、今の状態の貴方に、私の事を教える事は出来ない。納得してもらえないと思うから」

……血管が切れる音がした。納得してもらえない? 手を出したのはどっちだ? 駄目だ、どうしても怒りが湧いてくる。
しかしどうにかこの男の事を聞き出さねば、私の怒りが収まる気がしない。はっきりと怒気を孕んだ口調で、私は男にもう一度問う。
「……聞こえなかったのか? ティマに一体何をしたかと聞いているんだ。そして、ティマに近づいた理由は何だ」

男は天を仰ぎ、息を吐くと私の目を見据えた。そして、全く予期していなかった言葉を吐いた。
「一つ、教えるとしたら私はティマの開発者だ。正確には、ティマを成型している……データチップのね」

私は耳を疑った。この男が、ティマの根底であるデータチップの開発者……だと?

<LOST GORL ep.5>

正直理解が出来ない。目の男が何を言っているかが。もしも冗談ならば、次に私は手が出ると思う。
だが、男は私に対して目を見据えたままだ。逃げようと思えばすぐにでも逃げられるし、手を出そうと思えば手を出せるはずだが……まさか?
……いや、正直目の前の男はどうでもいい、取りあえずティマを早く自宅に家に連れて帰りたい。だが、このまま帰って良いのか?
ティマをこんな状態にさせた輩から何も聞き出せないままで……。私は意を決し、男に聞く。

「……取りあえず、アンタがティマの開発者だと証明する物があるのか? そうでもないと信用出来んな」
私がそう聞くと、男はコートの袖から何かを取りだした。透明な薄いケースに入った何かを、ブランコに置く。
ケースの中に入っているのは、一枚のデータチップだ。それも変哲の無い、一般的なタイプの。

「そのチップは私が昔、ティマに取り入れたデータチップだ。後で見てみてくれ」
男がそう説明する。私は恐る恐る、男が置いたデータチップを拾い上げる。

「まさかウイルスとかそういった奴は入ってないだろうな?」
私が男にそう聞くと、男は首を振って否定する。
「正真正銘のデータチップだ。私は絶対に嘘をつかない」

一々癪に障る……だがもしこのデータチップが違反な物ならば、データチップは認識できない。
男の事を信用した訳ではないが、何も得られずに帰るより危険であろうが何かを得た方がいい。そうすれば後々役に立つからな、色々と。
男はキョロキョロと周囲に目を向けると、再び私の目を見据え、はっきりと通る声で言った。

「明日、午後からどの時間帯でも良い。もう一度この公園に来てくれ。そこでティマに関する全てを話そう。
 ……ティマを混乱させて、本当にすまなかった」

男はそう言い残し、足早に公園から去っていった。……本当に何なんだ。
……取りあえず、ティマを自宅に連れていこう。私は早急に愛車をデータフォンで公園前に呼び出した。助手席を倒してティマを寝かせる。
出来るだけ早いルートで自宅へと設定する。ティマ、待っててくれ。すぐ……すぐ家に着くからな。

自宅に帰る合間、私は男から受け取ったケースを開けて、データチップをデータフォンに入れた。瞬間、データフォンのモニターにデータチップに記された情報が映し出される。
……男が私に渡したデータチップは正規の物だった。そこには、ティマに関する情報がくまなく記されている。
どうやらティマが出来たのは1年ほど前らしい。腕部や足部等のパーツはすべてアールスティック社製。……どうりでパーツがすんなり接合出来たはずだ。

アールスティック社とは、アンドロイドのみならず今私が使っているデータフォン等、私達の生活に欠かせない電子機器では最も高いシェア率を誇る会社だ。
それ故にアンドロイドのパーツやデータチップの製造・開発では右に出る者はいない。殆どのアンドロイドはアールスティック社のパーツで修復できる。
……と、少し興味が逸れた。そうだ、重要なのはティマを作りだした開発者だ。私は開発者と記された部分をダブルクリックする。

すると開発に携わった人間の一覧表が羅列された。その中でもティマの開発を先導したと思われる開発責任者の名前をダブルクリック。
名前は……モリベ・タクヤか。数秒後、モリベに関わるデータがモニターに次々と映し出される。
その中でも、私はモリベの顔写真に触れ、拡大する為にモニター中央にドラッグする。

……間違いない。先程、ティマに触れようとし、私にこのデータチップを受け渡した人物の顔は、間違いなくモリベ・タクヤその人だった。
薄々感じていた気持ちの悪い何かが、ぼんやりと形になろうとしている。悪い予感ほど当たってしまうのは子供の頃からだ。
無意識に私はデータチップをデータフォンから取り出していた。何故だろう、知りたくない事を知ってしまったような、奇妙な嫌悪感。
私は意識を切り替える。今はティマが目覚めるのを待とう。考えなきゃいけない事はひとまず置いておく。

愛車が自宅前に着く。対向車が来ないことを確認し、急いで降り、助手席で眠ったままのティマを自宅へと運び出す。
……掌に汗が滲んでいる事に気付く。焦っているのか、私は。ティマが目覚めない事に。

リビング……いや、違う。もしかしたら手足のパーツに何らかの危害を加えられたかもしれない。
ティマを抱えたままガレージに降り、アンドロイド用の専用台を起き上げる。ティマを台に寝かし、ゴーグルを嵌めてパーツに損傷が無いかを確かめる。
損傷らしい損傷は見えない。見えないが、ティマは未だに目を覚まさない。分からない。ティマが何時目を覚ますかが、全く分からない。

モリベは時間が経てば自然に目覚めると言ったが、それが何時かという事は言っていなかった。
私に……私に出来る事は……何も無いのか? 私はあくまで一介のロボットの修理士にすぎない。
ティマの中にある、ブラックボックスの様な訳の分からないデータチップを調べられる様な知識も無ければ経験もない。

……私は今日まで生きてきて何をやっているんだ? ただただティマの目覚めを待つ事しか出来ないなんて無力だ。無力すぎる。
私は椅子を置き、ティマの掌を握った。当り前の冷たい感触が、今は非情に感じる。許してくれ、ティマ。何も出来ない、非力な私を。
目覚めないティマの掌を握り続けていると、次第に時間の感覚が分からなくなってくる。このままティマが目を覚まさないという考えが過る自分を殺したくなる。
ティマ、ティマ……。

……いつの間にか眠っていたようだ。私は両手で目をこする。何時頃からか眠ってしまったのか……。
ん、待て。私はティマの掌を握っていたはずの両手が自由になっている事に気付く。 目を上げると専用台にいる筈のティマがいない。椅子から起き上がる。
いないと言う事は……良かった、ティマは起きた……という事か? にしても私に何も声を掛けないのは……。
もしかしたら私の事など露知らず、リビングのソファーで図書館の本を呼んでいるのかもしれない。

私は思うが早く、上のリビングへと向かう。モリベの言葉は嘘ではなかったようだ。いや、モリベを信頼する訳ではもちろんないが。
にしても良かった。どうやら私はティマが目覚めない事に対して慌ててしまい、過度の心配症になっていたようだ。
本当にティマが目覚めてくれてよかった。自然にリビングに向かう足が速くなる。私は一息吐いて、リビングのドアを開けた。

ティマは確かにリビングに居た。だが……どこか変だ。ティマの様子が妙におかしい。何時ものティマはソファーの上で本を呼んでいるのだが……
今私の目の前に居るティマはテーブルの上にどこからか持ち出したノート……確か私がアイディアを書き留めているノートを置き、一心不乱にボールペンで言葉を書いている。
その様子は一心不乱……いや、違う。まるで制御の利かなくなった機械の様に、ティマはノートにボールペンを走らせる。
私はそっと、ティマの後ろに寄り添い、ティマが書いているノートを覗き見た。

瞬間、私の肌を一瞬にして鳥肌が襲う。ティマが書いているノートには一切の空白が無くびっしりと、GORLという文字が書いてある。
ティマは文字の上に文字を書く。ノート一面が汚れている事に全く気付かないように。
耳を澄ますと、ティマは小さな声で呟いている。

「ガール……ガール……書けない……書けないよ……」

……今のティマに何が起こっているんだ? 私は息を飲み、静かにティマの両肩に手を置き、ティマに話しかけた。
「ティマ?」
だがティマは私の事など気にも留めず、奇妙な言葉を呟きながらノートにGORLを書き続ける。私はもう一度、ティマに話しかける。

「ティマ、しっかりしてくれ、ティマ」
しかし、ティマはその動作を全く止めようとしない。まるで何かに憑かれているようだ。
私は何度かティマの名前を呼ぶが、ティマは私に対して何も反応しない。やがて、ティマは私の方をキッと振り向き、そして。

「――――うるさい! 邪魔すんな!」
ティマは今まで発した事の無い大声で、私の手を跳ね除けた。ティマの行動に私の頭が一瞬真っ白になる。
どうする? どうすれば、どうすればいい? 私はぐっと目を閉じ、頭の中を空にする。
――――そして私はティマを無理やり振り返らせ、怒鳴った。

「ティマ!」
その時の私を見るティマの目に、光は無かった。何時もの好奇心旺盛な目ではなく、灰色の無機質な機械を感じさせる目。
……違う。今のティマは、私の知っているティマじゃない。頼む、ティマ……私の知っているティマに、戻ってくれ。
私はティマの体を――――強く抱きしめる。その時、ティマの手からボールペンが落ちた。構わず私はティマを抱き続ける。

「マ……キ……」
ティマがか細い声でそう言ったのが聞こえ、私はティマを自分の体から離した。
そこには、さっきの生気を感じさせない目から何時もの蒼い目のティマがいた。だがその表情にははっきりと戸惑いの色が浮かんでいた。
ティマはテーブルの上のノートに気付くと、GORLと書いてあるページを切り取り、くしゃくしゃに丸めた。だがその丸めたページが、力なくティマの手から落ちる。

「私……私……」
ティマは今にも泣き出しそうな顔をして、両手を着いて肩を震わせている。私は静かに、ティマを抱き寄せた。

「怖い……怖いよ……マキ……」
ティマは細い体をガタガタと震わしていた。私は静かにティマを抱きしめる。
今のティマには、自分に起こっている状況を冷静に話す事なんて出来ないだろう。今は……今はティマを落ち着かせる方が先だ。
しばらくティマを抱きしめ続け、次第にティマの震えが収まっていくのを待つ。……良いだろう。
私はティマの顔を寄せて、静かに言った。

「ティマ、前から本当の海を見たいって言ってただろ。今から見に行こう。朝日が綺麗だぞ」

ティマを愛車に乗せ、私はこの近くの海まで走らせる。既に眩い朝日が窓から照らしている。
ティマは終始言葉を発さず、時折私の顔をちらっと見ると申し訳無さそうに俯く。私も今はティマに話しかけず、愛車を海へと走らせる。
そろそろ見えてきた。海近くの適当な駐車場に愛車を止め、海へと歩いていく。

数十分ほど歩いて行くと、海と砂浜が見えた。ちょくちょくサーファーの姿が見えるが、あまり人がいない静かな海だ。
海は朝日の光に照らされており、水面がキラキラと光っている様に見える。そういえば海に来るのも何年振りだろう……
ティマは海をしばらく見つめていると、静かに口を開けた。

「綺麗……」

ティマの言葉に、私は頷いて少しおどけながら言う。
「綺麗だろ? いつも本やTVだけじゃどれだけ綺麗なのかが分からないからな。一回連れてみたかったんだ。」
私はそう言いながら、靴を脱いで砂浜に足を踏み入れる。ティマが心配そうな表情を浮かべているのを苦笑する。

「ティマ、靴を脱いでこっちにおいで」
私がそういうと、ティマは小さく頷いて、靴を脱いで私の方へと歩いて来る。
最初はおっかなびっくりな感じで歩いていたが、馴れてきたのか普通に歩きだす。

「何か……不思議な感じ。ざらざらしてるけど、不思議に心地が良い」
ティマはそう言って、砂浜を掌ですくいあげた。掌から砂がこぼれおちる。
興味を持ったみたいだな……。

「ティマ、砂浜にはな、海から色んな物が上がってくるんだ。魚とか貝とかな」
「あ、マキ、私知ってる。確か瓶の中には必ず手紙が入ってるんだよね。恋人とか家族に向けたメッセージが」
「……まぁ、そうだな。凄く大事なメッセージだから、あんまり瓶って見つからないんだよな」

それから私達は落ちている貝を拾って音を聞いたり、波の引き潮で濡れないように走ってみたりと好きな様に遊んだ。
ティマは初めて見る海に興味深々と言った所で、私が薦める事には楽しそうに取り組む。だが、時折思いつめたような暗い顔をする。
それから1時間くらいだろうか。私は持ってきた新聞紙を引き、ボーと座って海を眺めている。

「……マキ、ちょっと良いかな」
体育座りで俯いたティマが、私に話しかけてきた。私は静かにティマに顔を向ける。
その口調には、どう話せばいいか迷っている。そんな感じがした。私は何も言わず、静かにティマの話に耳を傾ける。

「……さっき、あんな酷い事をしてごめんなさい。私自身、自分が何をやってるのかが分からないの。
 私自身はやめたいのに、体が勝手に動いて……本当にごめんなさい」
私は静かにティマの言葉を聞く。ティマは必死に、自分の言葉で説明する。

「あのおじさんに触れられた途端ね……突然、私の頭の中に凄い情報が流れ込んできて……
 けど、その情報は全部、私が以前覚えている……いや、覚えていた事だった。……私が作られた理由も、私を作った人も、……私が壊された理由も」
ティマはそう言って、震えている自分の肩を抑えた。僅かに体を震えさせている。今、モリベが言っていた意味を私は少しづつ理解してきている。

「それでね、マキ。私、その情報の中で知ったの。私が……私が、悪い人たちに利用される為に、作られたんだって事に。
 それで……」

ティマの言葉が止まる。どう言葉を切り出せば良いのか、ティマは迷っている。私に対して目を伏せたり、見上げたりして。
だがティマはじっと目を閉じると、私を見上げて再び口を開けた。

「……私を壊された理由が、私を、その悪い人たちに利用させないようにする為だって分かったの。
 だからね、私は……私は本来、生きていちゃいけない存在だって……だから、だから私ね……」

「何時も……何時も考えてた。何で自分自身の事を何で思い出せないんだろうって、今まで考えてたけど、やっと分かった。
 私は……私はあそこで処分されるべきだったの。悪い人達の思い道理にさせない為に。だから記憶も何もかも……」

「……だからね、マキ」
ティマは一度言葉を止めた。

「私を……壊して。私がいたら……マキに迷惑が掛かる」

「……ティマ」
「……今までお世話になったのに突然こんな事言ってホントに最低だよね……私。でも、私のせいでマキが酷い目に合う方が……私には、辛い」
ティマはそう言い、空を見上げた。少しだけ曇った空が見えた。

「……アンドロイドって悲しいね。人なら悲しい時に涙を流せるけど、私は流せないから」
ティマはそう言って海を見つめた。今まで見た中で一番人間らしく、一番悲しい表情だった。
私はジャケットを脱ぎ、ティマの体に着させる。アンドロイドにこんな事をしても意味が無い事は分かっている。
だが、それでも今のティマにはそうするしかない。何故かと言えば、私はティマをアンドロイドでは無く……。

「ティマ」
私はティマの方を振り向き、自分の額をティマにくっつけた。ティマはキョトンとした表情を浮かべる。
私は構わず、ティマに語りかける。

「ティマ、人はな、辛い記憶だけで生きている訳じゃないんだ。人は、楽しい記憶や、美しい物を見た時の感動した記憶
 それに、大事な人と過ごした、掛け替えの無い記憶のお陰で、毎日を生きていけるんだ。辛い記憶だけじゃ生きていきれないからな」
「マキ、私は……」
「だからさ、ティマ」

「ティマ、その辛い記憶を、今から塗り替えよう。楽しい記憶や感動した記憶、それに私と過ごした掛け替えの無い記憶で。
 だからもう、そういう悲しい顔をするのは止めてくれ、ティマ。君の記憶はリセットされる。今ここからが、君の記憶の新しい始まりだ」

私はそう言って、ティマを抱きしめた。冷たさは感じない。今のティマの体には、温かな熱が感じられる。
ティマは私の行動にポカンとしていたが、ぎこちなく、ティマの手が、私の背中に触れる。

「……マキ、私……マキのそばに居たい。そういう……そういう記憶を作りたい。これから」
ティマがしっかりと、けれど泣き出しそうな声で私にそう言った。

「ティマ、君はもうアンドロイドじゃない。私の……私の妻だ」
「……妻で良いの? 私みたいなので」
「充分だ。ティマ、これからは私の事をシゲルと呼んでいいぞ」

「……マキの方が呼びやすいから、マキが良い」


例の時間帯となった。ティマを家に待たせ、私はモリベが待っている図書館近くの公園へと向かう。
ナビゲーションに図書館近くのあの公園にセットする。愛車が静かに目的地に向けて走り出す。
もう一度、モリベが私に渡したデータチップを読んでみる。幾ら探っても、それ以上の情報は出てこない。
まぁ良い。どちらにせよ、モリベに直接聞けば分かる話だ。どんな内容になろうと、私は受け入れる。今後、ティマと生きていく為にも。


続く

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