創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

グラインドハウス 第21話

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
 マコトにはもう、どうすればいいのかわからなかった。
「どうしろ、と言うならこうしろ、と言うよ。」
 そんな彼に優しく手を伸ばすように、タナトスは言う。
「降参しろ。そうすれば、全部終わる。」
「なに……?」
「今の君には殺す価値もない。今降参してくれたなら、私の権限で助けてあげよう。」
 タナトスの提案はマコトよりも観客たちの心を乱した。怒号が舞う、野次が飛ぶ。
 彼女はそれでもなお微笑んでいた。その表情はミコト・イナバのあの明るく優しげなものと同じだ。
 その表情を見たマコトは、不覚にも一瞬、彼女は自分を見逃してくれるのかもしれないと信じてしまいそうになる。
だが、そんなことあるわけない、とすぐに考えなおす。
 タナトスにとってもう俺を生かしておく意味なんてないはずだ……
 でも……
「本当に……助けてくれるのか……?」
 もし本当に助けてくれるのなら……
 このままでは俺に勝ち目は無い。
 だけどタナトスの素顔を手に入れることはできた。これは全体的に見れば『勝ち』と言えるんじゃないのか。
 俺が勝てなくても、アヤカさんなら上手くやってくれるはずだ……。
 ユウスケの仇は直接に討てなかったけれども、俺は充分に頑張ったはずだ。
 そうだよ、俺は頑張った。
 だいたい、どこにでもいる高校生が犯罪組織と戦うなんて現実味が欠けているんだ。
 勝てるわけないじゃないか、そんなの。
 はじめから警察に任せておけばよかったんだ。アヤカさんに全部任せておけば、今ごろユウスケの仇も討てていたんだ。
 結局俺は最後までタナトスのいいように利用されただけだ。
このまま殺されてしまうなんて嫌だ、冗談じゃない。死にたくない。死にたくない!
 いったいどこで間違ったんだ?
 最初にタルタロスにきて、契約書にサインしたときか?
 アヤカさんの復讐計画に手を貸したときか?
 ケルベロス――キムラとの戦いを承諾したときか?
 イナバさんと初めて出会ったときか――?
 そこまで悔いたマコトの脳裏になぜか浮かんだのは、かつて覚えた違和感だった。
 ……そういえば。
 マコトはイナバと初めて出会ったあの部屋を思い出していた。
 本来ならそんな悠長なことをしているヒマは無いのだが、もうすっかり精神を削られてしまったマコトは
現状にまっすぐ向き合うことにすら嫌気がさし始めていたのだった。
 マコトはイナバの部屋をなるべく鮮明に頭に描く。
 あの部屋、ウサギのグッズで飾られた、可愛らしい部屋。
 机の上にはパソコンがあって、出窓の先にはエリュシオンが見える……。
 その出窓に何かがあった気がする……。
 ……そうだ、写真立てだ。
 イナバさんが、男と写っていた。
 あの男、たしかイナバさんの元カレだったっけ。
 違和感の原因はここだ。
 そうだ、初めてあの写真を見たとき、何かがおかしいと感じたんだ。
 なんというか、何かが『違う』ような……。
 マコトは気づいて、項垂れていた頭を上げた。
 心拍数が上がる。目を見開く。頭の中でパズルのピースが組み上がっていく。
 そうだ。
 あの写真……、あの写真のイナバさんの外見は、その後自分と話していたイナバさんとまったく同じ外見だったのだ。
 色の薄い髪に、茶色の大きな瞳――
 だけど問題はそこじゃない。違和感の正体は男のほうだ。
 ……そう、たしかに男の瞳は『金色』だったんだ!
 イナバさんは普通の瞳で、男は金眼。
 ……もしそうなら、全てが繋がる。タルタロスも、アヤカさんの復讐も、金眼事件も、タナトスも、全てが。
 マコトはぎっと相手を睨んで言い放った。
「その眼は――ハヤタ・ツカサキから貰ったんだな。」
 同時に、どこかだらけた雰囲気すらあった空気が、緊迫したものに変わる。
 それでマコトは確信した。
 通りで写真の男をどこかで見たことがあったはずだ。
ハヤタ・ツカサキの顔はニュースでもネットでも散々見たことがあったんだから。
「アンタ、あいつとその目を――」
 言うがはやいか、タナトスは高熱ナタを振り上げてマコトに迫った。
マコトは不意のタイミングで驚き、思わずライフルを乱射する――信じ難いことが起こった。
 放たれたライフルの弾丸がタナトスの高機動型の手元を直撃し、そこに握られていた高熱ナタが
火花を散らしつつ根本からへし折れ、飛んだ刃が近くの地面に突き刺さったのだ。
 この出来事にマコトはもちろん、コラージュを含むタルタロス全てが一瞬、驚愕のあまり沈黙した。
 そのなかで唯一即時に思考の切り替えができたのはタナトスだけで、彼女は機体の軌道をねじ曲げ、
ライフルを数発撃ちつつ、サッカーグラウンドから飛び去っていく。
「追えぇッ!!」誰かが叫んだ。
 マコトは応えて、スラスターを点火。瀑熱と轟音と共に三たび空中へ舞い上がった。
 歓声があがる。口だけ男がマイクをつかむ。
「YEAH! なんだ今のは見まちがいかぁ!? いやちげぇ!
 なんとタナトスの武器をオルフェウスが壊しやがった!
 俺もナゲーこと実況やってるが、こんなの見るのは初めてだぜ! 見ろよ、タナトスが後退してる!」
 マコトはレーダーを見てタナトスを探す。しかしレーダー上に彼女を発見するよりもはやく銃撃が襲ってきた。
 高度を低くし、建物を蹴る。機体を捻りつつ飛び上がって銃撃の方向を見るとそこには何もいない。
代わりに別の死角から銃撃が浴びせられる。HPゲージが順調に削られていく。
 マコトはペダルを目一杯に踏みつけ、スラスター出力を全開にした。
障害物の多い都市部は不利だ。もっと見晴らしのいい――そうだ、海の方へ行こう。
 『グラウンド・ゼロ』は究極までリアリティを追求しているが、所詮ゲームだ、そのマップ容量には限界がある。
この『東京』ステージの、街を走る電車等まであますとこなく再現したフィールドも埋立地から先は存在せず、
東京湾に飛び出した瞬間に反則負けになってしまう。
しかしその湾に浮かぶ埋立地は、大きな施設が数個あるだけなので、ギミックや建造物、
視覚的な障害に溢れた都市部よりも断然戦いやすい。それに……
 ……もしかして、『あそこ』なら……
 ひと筋の光を見た気がする。少し遠いが目指す価値はある。
 東京タワーから南へ飛ぶマコト。タナトスは後を追ってビルの影からの飛び出してくる。
 自分がどこに向かっているのか、さとられるべきじゃない――マコトはそう感じて、
振り返ってタナトスに狙いを定めた。が、また、彼女はすでにそこにいない。
 ツカサキの話題を持ち出して、一瞬揺さぶられた心もすでにもう持ち直しているらしい。
 ハヤタ・ツカサキは彼女にとってどれほどの人だったのだろう、
そのことを考えると少しだけ胸が苦しくなるような気がしたが、今はそれよりも戦いだ。
 機体をときどきロールさせ、少しでもダメージを減らそうとする。
さっきの一撃でタナトスの高熱ナタが使えなくなったのは最上のラッキーパンチだった。
今のタナトスにとって、マコトの重装型の装甲を、唯一一撃で貫ける威力の武器はあのナタだけだったから。
 残るライフルは、正面から受ける分にはそこまで脅威ではないが、
それでも連続で受けるのは危険だし、背後から銃撃を浴びせられたらあっという間にお陀仏だ。
おまけに機動力は向こうの方が圧倒的にまさっている。だから油断はできない。
 日本電気本社ビルの横を過ぎる。遠目に海が見えてきた。
 もう少しで着く――思ったそのとき、衝撃がくる!
「うお!?」
 いきなりの振動で思わず操作を誤った。機体は制御を失い、田町駅を越えたところの道路に墜落した。
 残りHPがもう半分をきっている。なんでいきなり――すぐにわかった。
 機体の右肩メインスラスターが吹き飛んでいた。ライフルで撃ち抜かれて爆発したんだ。
 周囲の状況を確認する。背の高いビルに挟まれたこのまっすぐな道路は交通量もあるが、
通る車はマコトが突っ込んできたせいで大規模な衝突・玉突き事故を起こしていて、完全に流れが止まっている。
 マコトは立ち上がる。今の一瞬でまたタナトスを見失った。
相手はまた建物の影に入ったのだろう、レーダーにもうつらない。
 マコトは地図を一瞥する。海はすぐそこだ。せめて海に出られれば、
タナトスも身を隠したままではいられないはずだが……逆に今のままのほうがマコトにとっては安全かもしれない。
 タナトスは明らかに慎重になっている。それは重装型のライフルの威力を警戒しているのと、
さっきツカサキの話題を持ち出したときの精神的な動揺を反省してのことだろうが、
あの『擬似ギフテッド理論』――正直マコトにはギフテッドが何なのかよくわかっていなかったが――がある以上、
タナトスにとって、お互いの姿がよく見える状況はかえって望むところのはずだ。
 だが、マコトのビジョンではタナトスに勝つには埋立地に行くしかない。
 覚悟を決めるか。
 使えなくなった右肩スラスターを切り離し、重さのバランスをとるために思い切って右腕の大剣をも捨てる。
ライフルの残弾はまだ余裕があるので問題はない、どうせハイスピードな高機動型にスローな大剣の攻撃は
当たりゃしないんだ。だったらいっそ捨てたほうが機体も軽くなる。
 片腕となったマコト機は周囲を警戒しつつ、またアスファルトを蹴って空を飛んだ。
 数秒のうちに、芝浦ポンプ所のある埋立地上空に出る。だけど目的地はもう少し先だ。
真下の東京モノレールの線路を目印にしてさらに南下する。おかしい――タナトスが追ってこない。
 そう思った次の瞬間、建物の影からタナトスがいきなり進路を塞ぐように飛び出してきて、マコトは面食らった。
同時にマコトはライフルを構えたが、またタナトスは銃口の先にはおらず、すでにマコトの新たな死角、
右側にまわっていた。
 輝くマズルフラッシュ、浴びせられる銃弾。いけない、下は海だ、落ちたら負けだ――!
 そんなマコトの思いもむなしく、HPはさらに減る。もう残りは3割だ。おまけにスラスターの熱も危険域に達している。
その上タナトスの銃撃。マコトは落ちるしかなかった。
 マコトが落下するのを見てタナトスは銃を下げる。それはマコトが海中に没するのを見届けるためだったのかもしれないが、
マコトはその期待を裏切る。
 埋立地には何隻かのクルーザーが停泊していた。マコトはその船体上に着地し、巻き上がった海水でめくらましをすると
共にそれを蹴り、陸地に上がったのだ。
 よし、一瞬だがスラスターを休ませられた。急がなくては、まだ目的地にたどり着くまでは数秒かかるのだから。
スラスターを全開!
「しっぶってぇーぜオルフェウスッ!! 今のタナトスの奇襲喰らってまだ生き延びていやがる!
 しかし状況、依然不利! 否俄然不利!?
 バトルはウサギ狩りの様相を呈してきた!」
 実況はあいかわらずの調子だ。
 マコトはそれをうるさく感じた。こっちはタナトスのアクションの僅かなヒントも逃さないよう、
感覚器官に全神経を集中させているんだ、邪魔するな!
 そうしているうちに建物を蹴り、次の埋立地に飛ぶ。そこには背の高いビルが集中して建っていて、
マコトはそれを盾にしつつ足で蹴りながら、単純に二倍の負荷がかかっているスラスター
を休ませつつ、それらの合間を縫うように飛んでいった。
 エリアオーバーが近いことを示す警告表示が画面の真ん中に出る。だがもう目的地は目の前だ。
マコトは最後に一瞬だけ最高速を出し、埋立地の間の海を飛び越える。
 辿り着いた先は最後の埋立地だった。広い道路と広い駐車場、コンテナが山積みになっている船の荷卸場に、
大きな工場。ここから先の海は作戦エリア外で、一歩でも飛び出したら反則負けになる。
 マコトは一番近いセメント工場のタンクの上に着地した。レーダーを確認する。
タナトスは海の上を飛んで、マコトを追ってきていた。ライフルを向ける。
タナトスはわずかに軌道を変えつつこちらをなおも追ってくる。マコトは跳んだ。
 それから近くにある、埋立地を南北に貫いて、東の荷卸場と西の工業地帯を分断している広く長い直線道路の交差点に
立ち止まり、やってくるタナトスを待ち構えた。
 まもなく工場の屋根の上に姿を現したタナトスはマコトに向かって言った。
「もう鬼ごっこも終わり?」
 言われたマコトは不敵に笑って――
「なぜここまでお前を誘い込んだかわかるか?」
 わざとらしく小首をかしげるタナトス。
「ううん」
「ここはエリアオーバーギリギリで、エリア外にツッコむ様に長く広い直線道路がある、唯一の場所だ、
そんなとこでやることといえば、ひとつだろ?」
「……チキンレース。」
「話が早いぜ。」
「いいだろう、やってやる」
 予想外の展開に観客たちがまたにわかに興奮しはじめる。
「俺が右、あんたは左だ。海に向かって道路を南下して、相手より速く、
よりエリアオーバーに近いところで止まった方の勝ち。」
「いいだろう、しかしいいのか?」
「なにが」
「機体のスペック的に君の勝利は厳しいぞ」
「ああそうだ。だから誓え」
「なにを」
「正々堂々戦うことを」
「いいだろう、誓おう、この勝負に負けたら潔く負けることを。だから君も誓いたまえ」
「俺の誓いはこれだ。」
 マコトはそう言って左腕に握られたライフルを地面に放った。これでマコト機に武装は無くなり、
もし攻撃されても逃げることしかできない。
「なるほど、了解した。」
「こりゃあまたまた予想外の展開だ!
 圧倒的不利のオルフェウスが苦肉の策で持ち出したのは、エリア外へのチキンレース!
 タナトスが立場上挑戦を断れないことをふんで打ったであろう奇策だが、
単純な勝負よりかはいくらか望みがありそうだ!
 しかし機体のスペック的にはそれでも勝ち目は薄め!」
 実はそうでもないんだけどな、とマコトは思う。右腕は肩から無くなっているし、
まだまだ切り捨てられるパーツはあるので、しようと思えばさらに機体を軽量化できるのだから。
「審判とスターターは俺がやってやるぜ!」
 口だけ男はそう叫んだ。
 マコトとタナトスは南を向いて横並びになる。
 間髪入れず、口だけ男が号令を発する。
「Get ready? .........GO to HELL!!」
 2機はスタートした!

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

目安箱バナー