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グラインドハウス 第20話

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匿名ユーザー

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「レディイイイ、ゴウ!!」
 口だけ男の号令とともにマコトは手にしたICカードをスロットに挿れる。
画面の中央に「loadig___Orpheus's harp」の表示が出た数秒後、表示は消え、代わりに大きなノイズが画面に走る。
「さぁさついにチートを使ったオルフェウス!その効果は果たしてぇ!?」
 画面が砂嵐で覆い尽くされる、ミコト・イナバは画面をゆったりと眺めつつ呟く。
「……神話にて、オルフェウスは竪琴の音色により種々の困難を退けた。ケルベロスを眠らせ、ハデスの心を鎮めた……」
 画面が晴れるーーすると、彼女は満足そうに頷いた。
「……よし、やっぱり完璧」
 画面には、タナトスのチート『タルタロス』によって変化したあの異界ではなく、
その前の『東京』ステージが映されていた。また、タナトスの機体もあの死神の姿ではなく、
普通のライフル装備の高機動型に戻っている。それだけではない、
マコトとタナトスふたりの機体ステータスとフィールド上の位置もまたゲーム開始時の万全な状態に戻っていた。
「おやおや、こいつはどうしたことだ?タナトスのチートが打ち消されちまっているぜ!」
「『オルフェウスの竪琴』は」
 ミコトが解説する。
「相手のチートによって改変されたプログラムを修正し、チート使用前の状態に戻すカードだ。
『相手と対等な条件で戦いたい』という彼の願いを反映させたものだよ。なぁ、オルフェウス?」
「ああ、完璧な出来だ。」
 マコトはステータスを確認した。彼女の言うとおり、ステータスはタナトスがチートを使用する直前のものに
戻っている。
 マコトが今いるのは東京タワーの展望台よりやや上空で、目の前にはタナトスの高機動型がタワー北側を
バックに浮かんでいる。
 唇を舐めた。
 両機は空中で睨み合っている。
 マコトはこの戦いを『実質的な勝者が勝つ戦い』だと理解していた。
 つまり、たとえゲームで勝ったとしてもその直後に警察に逮捕されたり、観客にリンチされてしまったら意味がない。
 重要なのは、自分がどのような結末を望むかだ。
 俺が望む結末はーー『このゲームに勝ち』『タルタロスを壊滅させる』こと。だったが、
タナトスがイナバさんだと分かってからは、それが微妙に変わってきている。
 すなわち、『このゲームに勝ち』『イナバさんを逮捕して』『タルタロスを壊滅させる』ことだ。
 たしかにイナバさんはユウスケを殺した仇だ。そのことを思えば今でも凶暴な衝動が胸の奥にチラつくが、
イナバさんを失うのも、俺は嫌だ。
 マコトは自分の気持ちに気づいていた。
 イナバさんは……大切な人だ。あの女の子が撃ち殺されて、激昂して、やっとそのことを自覚できた。
だから、然るべき方法できっちりと罪を償ってほしい。
 しかしそうなってくると今度はゲームで勝利していいものか判断がつかなくなってくる。
マコトの勝利はミコトの死に繋がる可能性が高いからだ。かといって、敗北は普通に自分の身が危ない。
 ベストの結末はーー
「ーー『引き分け』、かな?」
 はっとして視線を上げる。言葉を発したのはイナバだった。マコトからは直接には見えないが、
会場のモニター越しに彼女がにこにことしているのが判った。
「君が望むのならば、そうしてもいいけれど、どうする?」
 その表情を見て、マコトはかぶりを振る。
「何のことかわからないな」
 ーーダメだ。ここで彼女の中のタナトスを完膚なきまでに叩きのめさなければ、
あの人の呪われた魂はタルタロスから永遠に解放されない。
 しかしだからといって、彼女を殺すのは……
 そのときだった。
「オルフェウス!」
 檻の向こう、タナトスがわから飛んできた声がマコトを貫いた。
マコトは視線を送らずともその声の主が判った。
 アヤカ・コンドウは腕を組んでマコトをただ見ている。その目のなんと冷たく鋭いことか。
だが今のマコトにはそれが何よりも頼もしく感じた。
 ーーそうだ、俺にはコンドウさんがついている。
 タナトスへの復讐を目的とする彼女なら、わざわざミコトの身を
観客たちに与えるなんてことはしないはずだーーそう信じて、口元をかたく結ぶ。
 軽く頷いて、あらためて画面の中の敵機体を睨んだ。
 東京タワーの紅白の鉄骨を背にふわふわとホバリングしている高機動型には自分から動く気配は無い。
カウンタータイプなのだろうか。
 マコトは自機のスラスターの状態を確認した。……いける。
 長い呼吸――直後。
「じゃあ、いくぜ!」
 マコトは叫んで、ライフルを乱射した。タナトスは最小限の動きでそれを地面に向かうように避け、
機械振興会館の屋上を足で蹴り、下方からマコトを狙った。
 人型兵器にとって、真下と真上はどうしようもない死角だ。マコトは空中で機体の足を振り上げ、
スラスターを吹かし、機体の前面をタナトスに向けるように機体を空中で回転させた。
だがそうした瞬間にはタナトスはすでにそこには居らず、高機動型の最大の武器である空中での急激な
方向転換を行なって、マコトの側面でほぼ同高度のあたりまで近づいていた。
マコトは気づいて対応しようとするが、鈍重な重装型では間に合わない。0.2秒で腹をくくって、
思い切りスラスターの炎を上方に向けて吹かす。マコトは道路にボディプレスをするかたちになった。
 しかしそのまま止まるわけにもいかない。マコトの機体は道路に沿って、
胸の装甲でアスファルトをえぐりながら少し飛び、
背面からのタナトスの射撃が一瞬途切れた隙をみて左腕に握った銃の台尻で地面を叩き、
再び浮き上がる、と同時に機体をねじって方向転換も行う。だが振り向いた先にタナトスはいない……。
 ――突如襲う、左半身が削がれる錯覚。
 初めて経験する絶対零度の感覚にマコトは思わず小さな叫び声をあげ、
めちゃめちゃに銃を振り回して、結果近くの建物に墜落することになった。
 衝撃と共にHPゲージがわずかに削れ、瓦礫と埃で視界が埋まる。
しかしそんなことはもうマコトは気にしてはいなくて、その目は目の前に着地した死神の姿を見ていた。
「……君も感じた?」
 タナトスが語りかけてくる。その機体は普通の高機動型なのに纏う雰囲気はさっきの死神姿よりも
ずっと恐ろしいものだ。
「あれが『死』だよ。」
 冷や汗が全身から吹き出ている。
「どんなに忘れていても、どんなに望まなくても、確実にやってきて、全てを、本当に全てを一掃する。
……しかもそれはいつだって私たちのそばにいるんだ。」
 寒くもないのに奥歯が鳴る。
「怖い?」
 するとタナトスは小鳥のように可愛らしく笑った。
「当たり前だよね、生きているんだから。」
 彼女はあご先に指をやり、小さく首をかしげる。
「でもじゃあたとえば自殺する人とかはなんで死を望むんだろう?
 どうして殺し合いは無くならないんだろう?
 エロスはどうしてタナトスに敗北するのだろう?
 私たちの社会、倫理、道徳は『生』を尊重する方向に動いているのに。」
 タナトスは思考する。
「私は解を『理由』に求めた。
自分を含めた誰かを殺すには多くの場合理由があるけれど、
なにか理由があって生まれてきた人間なんていないのだからね。
だから逆に言ってしまえば」
 イナバは胸に手をあて、優しくほほえむ。
「『生の理由』さえあれば、自らタナトスに敗北する人はいなくなるんじゃないかーーそう思ったんだよ。」
「そのために……」
 搾り出すような、マコトの声。
「そんなことのために、何人殺した……何人殺した!!」
「『お前は今までに食べたパンの枚数を覚えているのか?』ってね。
人数は問題じゃない。重要なのは、答えが出るか、出ないか。」
「そんなこと……!もっとほかに方法があったはず……!」
「ならばそれを私に示して。実際的な経験に基づかない理論なんて、妄想と大差無いよ。」
「だけど、そのために、ユウスケは死んだんだ!」
「何度も同じことを――」
 その瞬間、冷徹な調子を崩さなかったタナトスの声に苛立ちが透ける。
「――言わせるな!」
 タナトスがマコトに銃を向ける。マコトは反射的に足下のペダルを踏み込んで、
大地を蹴り、タナトスに突進した。
(このまま体当たりをーー!)
 だがマコトがそう思った直後、突進した先にタナトスは居らず、真横に気配を感じて、
マコトはとっさに防御姿勢をとりながら足を止めた。アスファルトが爪先で引き剥がされ、破片がはじける。
 気配を感じた方にカメラを向けると、そこには果たしてタナトスが銃も構えず棒立ちでいた。
しかし不可解だ。あいつはたしかに今まで自分の目の前にいたはずなのに……
 口だけ男がわめく――
「惚れ惚れするほどの回避テクニックだタナトスぅ! オルフェウスの突進を余裕で避ける様はまるでマタドール!
 完全に相手を手玉にとってやがるぜ!」
 その実況を聞いて、タナトスは物憂げに少し息を吐く。
「弱い……ね。」
 マコトには画面の向うにタナトスの顔が見えるようだった。
「もう少しマシだと……そう思ってたのにな……」
 それは心からの失望だった。
 貶しているわけでも、挑発でもない、ただの落胆だった。
 マコトはますます神経を逆なでされて、後先を考えずにライフルを向ける。だが同じだった。
 やはり銃を向けたときにはその先にタナトスは居らず、まるで全然違う方向の、
マコトの死角に潜り込んでいるのだ。
 その『こちらの動きが予め分かっている』としか思えない軌道にマコトは驚愕し、また焦る。
「これで3回。」
 タナトスの静かな通告。
「私が君を殺せたチャンス……これで3回目。」
 にわかに背筋が寒くなる。
 まさかタナトスはあえて撃たずにいたのか。
「普通のアクションゲームだったら、これでゲームオーバーだよ。コンテニューする?」
「コンテニュー……?」
「君が納得するまでいくらでも圧倒してあげるよ、ここまで付き合ってくれたお礼に。」
「……ざけんなっ!」
 マコトが乾いた声の恫喝もタナトスには意味がなく、彼女はゆっくりと目を伏せるだけだった。
「オルフェウスはタナトスに手も足も出やしねぇ!
 やはりタナトスは頂点だ!
 いったいどういうカラクリかは知らねーが、タナトスはオルフェウスの動きを完璧に読み切ってやがる!」
 実況を聞いてマコトははっとした。
 カラクリ――そう、『カラクリ』だ。
 いくらなんでもこれはおかしい。
こちらのアクションを一から十まで読み切っているなんて……それには必ずタネがあるはずだ。
そして恐らく、タナトスの強さの秘密もそこにある。
 それさえ暴ければ……!
 マコトの胸に闘志がちらついた。
「それで、どうするの? コンテニューする?」
 退屈そうにタナトスが問いかけてくる。
「……コンテニュー、する。」
 マコトはせいいっぱいにその闘志を見せないように、そう答えた。
まだ、なるべく惨めに、なるべく情けなく抵抗するように装っていたほうが都合がいいだろう。
 観客たちがあからさまな嘲笑をあびせてくる。耳に直接汚物をぶつけられるような笑い声を、
マコトは下唇を噛んで耐えた。
「じゃあ逃げて。」
 無感情にそう言われて、また頭に血がのぼりそうになったが、
マコトはなんとか踏みとどまる。テスターの言葉がちらついた――『当たり前』を、『当たり前』に――そうだ。
 その言葉がマコトの脳に絡みついた余計なものを削ぎ落としていく。
視界がクリアになっていくような気がした。
 そうだ、俺は何をごちゃごちゃと余計なことを考えていたんだ。
結局いつも通りじゃないか。
 勝てばいいんだ。クールな頭で、そのためにだけ思考すればいいんだ。それが『当たり前』だ。
 もうタナトスの言葉には耳を貸すな。あれはノイズだ。観客の反応を窺うな。あれもノイズだ。
実況もいらない。なにもかも、ノイズだ。
 勝負のあとのことはそのときに考えればいい。
 今は目の前の敵を倒すことだけを!
 マコトは機体を敵に向け、右腕の大剣を盾のようにかまえた。
視界の右半分が大剣の影に隠れる。そしてまた突進した。
 当然手応えは無いが、それはマコトの予想どおり。機体を捻りつつ、
自分で作った死角――自機の右側に向けて薙ぐように銃を乱射する。居るはずだ、そこに――
 だが
「どこに向けて撃っているの?」
 敵の声が聞こえて、反射的に機体をターンさせた。
レーダーを見ると、光点は自分を含めてひとつしか無い――真上か!デタラメに乱射する。
 敵はしかし余裕たっぷりにそれを避けて、落下方向にスラスターをふかしつつ、
腰の高熱ナタを抜いてマコトに迫った。
 マコトは大剣をそちらに向けて、刃で刃を弾く。敵は少し距離をとってから着地した。
足下の乗用車が踏み潰されてひしゃげる。
 そんな――意外だった。
 マコトは今、自分でわざと死角を作り、そこに敵を誘い込むつもりだった。
だが敵はそれを察知してマコトの真上に飛び、真下に向けて攻撃をした。
 真上と真下は、人型兵器のどうしようもない死角――一番攻撃し辛く、一番攻撃を受け易い位置だ。
まさか自分からそこに飛び込んでくるなんて。これも敵の自信のあらわれだろうか……?
 ――いや違う。敵は、『俺が真上には注意を払っていない』ことを完璧に見抜いていたんだ。
 ――なぜ見抜かれた?
 まだ答えはわからない。答えを得るためには、とにかく戦うことだ!
 マコトはライフルを撃つ。敵はまた例によって銃口の先から消えていて、
マコトをあざ笑うようにそばの建物の屋上から、マコトの銃をうち落とした。
 すぐそばに転がったそれを素早く拾うが、顔を上げた瞬間に、
目の前に高熱ナタの切っ先を突きつけられる。
「はい5回目の死亡。あと1回で2度目のコンテニューだよ。」
 話を聞かずにマコトは飛びのき、そのままスラスターを点火して上空に逃げる。
 まただ。
 また、銃を向けたときには敵は既にそこにいない。まるで、一瞬先の未来が分かっているみたいに。
 ――そうか――!!
 マコトは閃いた。もしかしたら、これがトリック――!
 マコトはほんの少しだけ北に飛び、すぐ近くにあったサッカー場に着地する。
足の側面で土煙をあげながら転回し、敵を見据えた。
 俺の考えが正しければ……!
 マコトは前方に着地しようとする敵に銃を向ける。が、発砲はしなかった。
にも関わらず敵は銃の射線上から外れるような動きを着地後に一瞬見せて、それから停止した。
 やっぱりそうか。
 少し安堵するマコト。
 敵はこちらの行動を100%完璧に読み切っているわけじゃない。撃つつもりがない銃を避けたのがその証拠だ。
 だがそれは裏を返せば、マコト機の四肢の動きだけなら、かなり正確に見抜かれているということでもある。
 そのトリックは恐らく――
「コラージュ!」
 だしぬけにマコトは叫んだ。
 タナトスがいぶかしげに動きを止める。
 会場にコラージュの返事がスピーカーから流れてきた。
「なんだい?」
「ゲームを止めろ!」
「なんだって?」
 意外そうな声だった。マコトは続ける。
「このゲーム機は故障している!」
「な、なんだってー!」
 どことなくわざとらしい反応。マコトの胸に影がよぎる、がかまわずなおも声を張り上げる。
「ラグだ、データ通信に致命的なラグが発生してる!これじゃあダメだ、八百長も同然だ!」
 マコトは考えをぶちまけた。
 タナトスがこちらの攻撃を避けているのではなく、マコトがタナトスの居ない場所に攻撃をしていたのだ。
 データ通信にラグか発生していることを知らなければ、相手が居るように見える位置と、
実際に居る位置がズレているのだから当然攻撃は当たらない。対してラグの存在を知っていれば、
相手の行動を先読みした位置に射撃すれば普通に攻撃は当たる。
 このラグが作為的なものか、そうでないのかはわからないが、
少なくとも前回の『ケルベロス』戦まではそんかラグは無かった(はず)のだから、
これを理由にゲームを止められれば、一番円満に解決できるかもしれない、とマコトは思ったのだった。
 しかし、そんな希望はやすやすと打ち砕かれた。
「本当なのかキバヤシ!」
 コラージュのわざとらしく切迫した声。タナトスは軽く手を上げてそれを制した。
「なるほど、ラグか。チートで随分とプログラムをいじくったからな、
発生してもおかしくはないかもしれないな。」
 マコトは素早く視線を巡らせ、アヤカを探した、が、見つからない。
「だがアマギ君、周りを見てみろ。」
 言われてマコトは気づいた。
 会場には先程まで満ち満ちていた熱気は無く、笑いまじりの、呆れたように緩い空気が漂っていた。
 その雰囲気はまるで命のやりとりを行う場のものではなく、マコトは困惑する。
「わけを教えてやろうか。」
 タナトスが言う。
「私と戦った相手は、皆例外無く君と同じことを言い出すからだ。」
 その言葉を聞いて、マコトは深く暗い穴に突き落とされたような気分になった。
 次の瞬間、マコトを襲う、先程よりもはるかに強い嘲笑の嵐。
「大マヌケ!
 グズ!
 知ったかぶり!
 鬼の首をとったようにほざきやがって!
 弱い頭を働かせても無駄なんだよ!
 ラグってんのはテメーのおつむさ!
 生きる公害め!
 さっさと殺されちまえ!
 あの世でオカマの恋人が待ってるぜ!」
 口だけ男すらもそう嘲笑った。
 マコトはショックで何も言えない。そんな様子を見てタナトスが言った。
「なに、落ち込むことはない。その答えは当然だ。ああも動きを読み切られていたら、私だってラグを疑う。しかし」
 肩をすくめるタナトス。
「ラグなんてものはここにはないさ。あったとしても0.01秒以下のごくわずかなものだよ。
なんなら、席を交換してやろうか」
「そんな……」
「せっかくだから、種明かしもしよう」
 マコトにそう聞かせるタナトスの声は至極優しい。
「トリックはふたつある。」
 まだタルタロスは鎮まらない。恐らくこの説明も初めてではないのだ。
「ひとつは『予備動作』だ。このゲームには、ごくわずかだが機体が何かアクションをする直前に予備動作がある。
ある程度経験を積めば、その予備動作から相手が何をしようとしているかはだいたい予測がつく。」
 その程度なら俺だって少しはできる、とマコトは思った。同時に、きっとその精度が段違いなのだろうな、とも。
「ふたつめは……これだ。」
 タナトスは手をまた操作レバーに添える。何をするつもりかとマコトも身構えた。が、次の瞬間――
 離れた場所に立っていたはずのタナトスの機体は、マコトに肉薄していた!
 驚いて思わず声をあげてしまった。それほどに突然だった。
 タナトスはしかしそれ以上は何もしない。ただマコトの眼前で佇んでいる。
彼女はあえて手を出さないでいるのだ。
「今の、見えなかっただろう。」
 マコトは頷くしかない。
「相手の意識の隙を付いた挙動、これが、ふたつめ。」
「俺は今、一瞬も目を離さなかった……!」
「でも、身構えた。」
 タナトスはふふと嗤う――
 マコトは飛び退いて、銃を構えた。
 だが、また。
 気づかない内に傍らに立っていたタナトスにマコトはまた飛び退きそうになったが、
タナトスに攻撃の気配がないことにも同時に気づき、すんでのところで踏みとどまる。
「ヒトの意識というものは!」
 タナトスの声。
「ビデオテープのように一分の隙間も無く続いているものではない。
動作Aから動作Bへ移行する間には、どうしようもなく、脳が周囲の警戒を怠る瞬間があるのだ!
 それは日常生活では意識もされないごくごく短い間だが、その隙間に起こった出来事を脳は知覚しない!
君は後ろから呼び止められて振り向くときに、その振り向く間に目にした周囲の光景を少しも覚えていないだろう?
 例えば銃を下ろした状態からそれを構えるときにも、
銃を持ち上げるまさにその瞬間には、脳がそれに夢中になってしまう。
その何分の1秒の間を的確に突けば、相手には敵が瞬間移動したようにしか見えない!
 私が練り上げた理論を、先程説明した予備動作による予測と合わせれば、
無敵のメソッドが完成する……それが、『擬似ギフテッド理論』。」
「『擬似ギフテッド理論』……?」
「つまり、『君が私に勝てない理由』。」
 タナトスはそこで少し息を吐く。
「それで、諦めはついた?」
「……え」
「まだ私との実力差がわからないのかな?」
 イナバの言葉からは、彼女がこの勝負を続けることにもはや1ミリの興味もないことがヒシヒシと伝わってくる。
「……どうしろってんだよ……」
 マコトにはもう、どうすればいいのかわからなかった。

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