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三話:【襲撃、再び】

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ParaBellum

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 煤けた天井。コンクリートが剥き出しの壁。金庫のような扉に高い位置の窓。そして、鉄柵と巨大なロッカー。
 まるで監獄だった。冷蔵庫やテレビが無ければそう錯覚してしまいそうだ。そこで目覚めたアリサは、ここで三日も過ごしているのにまだここが人が住む家だとは思えない。

 ヘンヨが用意した隠れ家はインテリアや居心地を犠牲にしてまで安全を追求している。一度、銃撃戦に巻き込まれている立場としては有り難い事ではあるが、いかんせん厳つ過ぎる造りに改造された監獄もどきにはうんざりしていた。
 とてもじゃないがリラックス出来る場所では無い。ベッドの向かい側のソファで、座って腕組みしたまま平然と寝ているヘンヨを見て、アリサは少し苦笑いをする。
 この男は本当に何者なのか、と



 三話:【襲撃、再び】



 アリサがベッドからのそのそと出てスリッパを履くと、さして物音もしていないのにヘンヨは瞬時に目覚める。寝ながらも警戒しているのか、まるでノラ猫のような素早さでぱっちりと活動モードに入った。
 腕時計で時間を確認して、アシンメトリーにカットされた髪を掻き上げてボリボリ頭を掻きながら大きな欠伸をしてみせた。
 ヘンヨが唯一見せる油断した姿はこの寝起きの欠伸くらいだ。それも安全を確認した後だけの。

「……まだ六時か。割と早起きだな」

 ヘンヨがタバコを取り出してながら言う。
 アリサは普段から決して寝起きがいい訳ではないが、こんな場所ではリラックス出来るはずも無く、自然と目が覚めてしまう。

「おはようヘンヨ」

 ヘンヨに朝の挨拶を言う。
 アリサがリラックス出来ない理由は監獄のような部屋だけではない。このヘンヨにもある。
 ここなら襲撃者が来てもそう簡単には落ちはしないだろう。だが、敵は外からとは限らない。

 仮にも男と女が一つ屋根の下に居るのだ。しかもここはまるで監獄のような場所。襲われでもしたら逃れようがない。
 一度だけ冗談でそんな事を言ったら「ガキに興味は無い」と一蹴されたが、警戒するに越した事は無い。
 前の銃撃戦の際にアリサは一度抱き抱えられている。その時の感触がまだ残っていた。
 それもまた、要らぬ警戒を呼び起こすのに一役買っていた。

「ねぇヘンヨ、冷蔵庫にバターとピクルスしか入ってないよ」
「棚に缶詰とパスタが入ってる」

 買い込んだ冷蔵庫の食糧は三日で食べ尽くした。遂に保存食に手を出す事になったが、棚の中にあるそれも持って一日二日の量しかない。
 ヘンヨは普段、隠れ家を転々としているらしいが、それでもあまりに用意が悪いと思わざるを得ない。
 妙に出来のいい手作りピクルスとケチャップをかけたショートパスタで朝食を済ませ、アリサはアンダースから借りてきたキースのレポートを手に取る。
 ヘンヨは初日で読み切って、その後はもう見てもいない。

 ヘンヨが「仕事」で出ている間はテレビのつまらないニュースと、このレポートだけがアリサの唯一の暇潰しだった。だが、さすがに三日目ともなると飽きて来る。
 あくまで一般人のアリサにとっては、監獄もどきに三日も居る事だけでも中々のストレスとなっていた。

「……アイスクリーム食べに行きたい……」

 心からの愚痴だった。

「じゃあ食いに行くか」
「え?」

 横で何やら資料を漁っていたヘンヨからの提案である。出歩くなと言われていたアリサには意外な事であった。

「……外に出ていいの?」
「当たり前だ。閉じ込めてるわけじゃ無い。一人で出歩くなとは言ったが俺と一緒なら問題無い」
「え? え? いいの? ホントに?」
「本当だ。外行きたいなら言えばよかったじゃないか」
「出ちゃダメなんじゃないかと……。なんか忙しそうだし邪魔しちゃ怒られそうだし……」
「なんだそんな事か。雇い主のアリサがボスなんだ。言いたい事があれば言えばいい」

 ヘンヨは資料を放り出してホルスターを腰に巻く。壁にかけたジャケットを着て、さっさと出かける準備を始めた。

「ホントに行くの? 行っていいの?」
「もちろんだ。閉じ込める気ならアンダースの所にもスレッジの所にも連れて行かなかったさ。それにもう少しマシな場所にする」

 ヘンヨは少し笑いながらマグナムオートにマガジンを差し込む。さすがに銃は持って行くらしい。スライドを引いて弾薬をチェンバーに送り込み、セーフティをロックの位置にする。
 ボディガードとしてはこの上なく頼もしそうにアリサの目には映った。

「で、何処に行きたいんだ」

 どこにでもあるアイスのチェーン店だとアリサは言った。

「それなら車で少し行った所だ。外で待ってろ。車を回してくる」

 ヘンヨは車のキーを持ってガレージへと降りて行った。アリサはガレージへ向かうドアとは反対方向にある玄関へと向かい、三日ぶりにドアを開ける。

「うわ……! 眩しい」

 見えたのは太陽。そしてそしてその下にある工場と、運送業者のトレーラーが並ぶ光景。
 立っている場所は非常階段のような鉄製の階段の上の四階部分だ。ここが四階だという事すらアリサはすっかり忘れていた。
 階段の隙間から見える遠い地面に思わず足がすくむ。
 下を歩く作業着姿の男達はこれから仕事に向かうのだろうか。皆、どこかガラの悪そうな連中ばかりだ。

 スラムから割と近い位置にあるため、そこの出身者も多いのだろうかとアリサは推測する。アリサがキースと暮らしていた一等地とはまるで異なる光景だ。とても同じ街とは思えない程に……。
 階段の手摺りに捕まりしばらく風景を眺めていると、聞き覚えのある爆音が聞こえて来た。
 狂暴なエンジン性能を押し殺した、ヘンヨのクーペだ。その姿を確認し、アリサは勢いよく階段を駆け降りて行った。





※ ※ ※





「キースのクソったれめ。アイツのせいでメチャクチャだ」

 白衣の男が喚いている。机の上の資料や筆記用具を薙ぎ払い、イライラした様子で室内をぐるぐる歩き回っている。

「まったくイライラさせやがる。てこずらせやがって……!」

 フリオ・アンダースは散乱した資料をお構い無しに踏ん付けて、まるで壊れたオモチャのように壁から壁へと行ったり来たりを繰り返していた。入口のドアをノックする音にも気付かずに。
 あまりにも応答が無いので、ノックをする者は勝手にドアを開け、中の様子を伺う事にした。そして、明らかに憤慨しているアンダースを見付けて抑揚の無い音声で淡々とアンダース話し掛ける。

『……アンダース主任、いらっしゃるなら返事をお願いします』

 部屋に入ったチタンの塊を確認したアンダースは、さらにイラついた態度を見せながら問い掛けに答える。

「なんだベリアルか。何の用だ」
『社長が進捗状況の報告を求めておられます』
「トライゼンか……。あの狸親父め。こっちはキースのおかげでメチャクチャだ。進捗も何もあったものか」
『社長には何と?』
「そのまま言えばいい。『何も出来てません』ってな」
『よろしいのですか?』
「いいも悪いも無い。正直キースが居なきゃ始まらん。あの探偵が頼りだな。 奴が見付けてくれりゃこっちも有り難いくらいだ」
『では、その様に伝えておきます』
「ところで、あの探偵野郎は何者だ? 調べはついたのか?」
『不明な点もありますが、大体の経歴はすぐに判明しました』
「そうか。教えてくれ」
『少々長くなりますが……』
「構わん。どうせしばらくはここに缶詰だ。ゆっくり聞かせて貰おうじゃないか」
『分かりました』

 アンダースはデスクチェアーを引っ張ってそれに座り、資料を床に撒き散らしてこざっぱりした机の上に足を乗せた。
 じっくり聞いてやろう。どうせ焦ったところで何も出来やしないのだ。そう言わんばかりの体勢だ。
 そして、ベリアルと呼ばれたチタンの塊は調べられる限り調べたヘンヨの経歴を音声で出力し始めた。





※ ※ ※





 スラムに近い場所とは言え、駅前の通りはそれなりに人通りが多かった。
 スーツのサラリーマンや買物袋を持った主婦と思われる人物と小さな子供、さらには警察官と、明らかにスラムからやって来たガラの悪い人物が駅周辺に見事に共存している。
 監視カメラが幾つも見える。さらには町中で歩哨しているアンドロイド達が、駅前の治安を守っている。おかげでギャングが闊歩するこの区域での犯罪発生率は思った以上に低い。

 もっとも、彼らはホームに近い場所で無駄な騒ぎを起こしたくないだけなのだが。
 その静かな混沌が渦巻く駅前の小さな店舗が、アリサが行きたかったチェーン展開しているアイスクリームの店だった。
 決して大きくは無い店構えではあるが、チェーン店である以上、味は何処でも一緒だ。入口を潜ると、一直線に伸びるショーウインドーと、通路を挟んで並ぶテーブル席が幾つか見える。

「ふふふ」

 少し離れた駅の駐車場からとぼとぼ歩いて、ようやくたどり着いた店に入った瞬間、アリサは思わず笑う。
 大好きで毎日の様に通っていた店だった。場所こそいつもと違うが、見慣れたメニューは心を踊らせるには十分だった。

「さて、御所望の品はどれかなボス」
「えーっとね。チョコミントのLLカップとね、ナッツとね。それからそれから……」

 ヘンヨが少しばかり込めた皮肉に気づきもせずにアリサはメニューに目を奪われていた。
 注文を受け付けるアンドロイドすら呆れていそうな勢いだったが、結局は最初に選んだチョコミントの特大カップ一つに決めた。一度に大量に頼んでも融かしてしまうだけだし。そう言っていたが、つまりは追加注文する気があるという事だろう。
 注文を受けると、アンドロイドの横に居た人間の店員が大きな紙のカップにアイスを盛り始める。チェーン店とは言え品質を売りにしている店だった。盛り付けにもそれは現れている。
 その作業は、いまだ機械では及ばない領域が僅かに存在していた。

「そんなに食って腹壊さないか?」

 店の中程のテーブルでアイスに貪りつくアリサを見てのヘンヨの率直な感想だった。
 あの隠れ家でそれほどストレスが溜まっていたのかと、少しばかり自責の念すら覚える。それほどの食いつきぶりだった。

「ねぇヘンヨ?」
「なんだ?」
「おじいちゃん、見つかりそう……?」

 唐突な質問。当然と言えば当然の事だが、一番のストレスはそれだった。

「……正直な所、今はまだ見当も付かないといった感じだ。
 あのレポートも特に手掛かり有りそうな物でも無かったし、スレッジもメモリーの中身を見るのに四苦八苦してる。中身事態が複雑な暗号だそうだ」
「そうなんだ……」

 ヘンヨは有りのままの現状を伝える。ヘタな慰めなどしない。
 アリサは一瞬だけ落胆した表情を見せたが、すぐに別の質問をヘンヨにぶつける。その切り替えの早さは、単に彼女が強いのか、それとも用意していた質問の答えに対する好奇心なのか。
 かねてから聞いてみたかった事だった。

「ねぇヘンヨ?」
「なんだ?」
「あなたって何者なの?」

「俺か? ただの探偵業だ。何でもやるけどな」
「何でも?」
「そう。何でもだ」
「例えば……何?」
「例えば? そりゃ今回みたいな人捜しに警察を手伝ったり、浮気調査や猫捜しもするさ」
「さっき何でもやるって言ったよね?」
「ああ」
「それだと普通の探偵さんじゃん。『何でも』やるんでしょ?」
「聞きたいのかそんな事?」
「うん」

 アリサはスプーンを加えたままじっと見ている。あまりおおっぴらに触れ回らない事を約束するならと前置きし、ポツリポツリと仕事の内容を説明し始める。

「最初に言っておくが、あまりいい仕事とは言えないぞ。稼げはするがリスクが付き纏う」
「うんうん。もう何となく分かってる。で、具体的には?」
「一番多いのはギャング連中のボディガードだな。いくら隠れても他のメンバーやグループに筋を通さなきゃならない場面ってのがある。そうなれば幹部連中は表に出なきゃならない事があるが、その時は暗殺する絶好のチャンスでもある。
 そういう時の警備や身辺の護衛ってのが一番多い。連中はまともな警備会社を雇えないからな」
「他には?」
「懸賞金を狙って逃亡犯を追ったりもする。公的な懸賞金は意外と額が大きいんだ。いい稼ぎになる。殺す事もしなくていい」
「じゃあ……。やっぱりたまにそういう事もするの?」
「殺しか? リスクが大きすぎる。ヒットマンを撃退しようと撃ったならまだしも、こっちがヒットマンだと重罪だし、場合によっちゃ手厚く反撃される。
 俺は無敵じゃない。死ぬのはゴメンだし、もうそういう仕事はウンザリなんだ」
「やった事はあるの……?」
「この仕事を始めてからは無い。前職の時はたまに――」

 ヘンヨはそこで言葉を一旦切る。他の客が横を通りそうだったからだ。
 その客は手にしたカップと持ってすたすたと歩き、ヘンヨ達の横まで来る。一番奥の席にでも座りたいのだろうか。アリサはそう思っていたが、その客はヘンヨ達のテーブルの前でぴたりと立ち止まり、手にしたアイスのカップを床に落下させた。

「えっ?」

 アリサは床に転がるカップを見る。一方のヘンヨは、既に異様な気配を察知していたが、少しばかり反応が遅れてしまったようだ。

 刹那、ヘンヨ達の横に立った客の裏拳がヘンヨに見舞われる。紙屑の様に吹き飛んだヘンヨは、そのまま後ろの席のテーブルをも巻き込んで床に転げ落ちる。
 一瞬だけ目を離した隙に目の前から消えたヘンヨをアリサは目で追ったが、気付いた時にはテーブルの残骸にまみれて寝転んでる。
 その一撃はとても人間とは思えない。案の定、ヘンヨへ繰り出した裏拳は手袋こそしているが、裾から覗く腕は金属が表に出ている。顔面だけが、バイオ表皮によって人間そっくりに作られていた。
 そのパワーは間違いなく、違法改造されたアンドロイドだ。

「ヘンヨ!?」

 アリサは叫んだが、即座に襲撃してきたアンドロドが間を遮る。そして、意味の解らない事を言い出す。

『何処だ』
「……え?」
『アリサは何処に隠した!?』
「私!?」

 アンドロイドはアリサの首を掴み、軽々と持ち上げる。
 喉に冷たい感触が伝わり、頸動脈は自らの体重で締め付けられる。辛うじて声を出せる程度に首を掴まれていた。
 尋問する気なのだ。

『アリサは何処だ!!』

 アンドロイドが再び問い掛ける。

「わ……私よ……。私が……ア――」

 私がアリサだ。そう言いかけた時、首を掴む力が少しだけ増す。今度は声が出ない程度の力だった。

『戯れ事を聞いている暇は無い。もう一度聞く。アリサは何処だ!』

 同じ事を繰り返すアンドロイド。アリサは何か言おうとするが、質問の意図が掴めなかった。文字通り言葉に詰まってしまう。

『……さっさと吐け。我慢した所で苦痛が続くだけだ。知らないならそれはそれですぐに楽にしてやるぞ』

 アンドロイドは人工の声で言う。それは暗に、「知らないなら用は無いから殺す」と言っている。アリサにもそれは理解出来た。
 殺される。そう思うと、初めて経験する恐怖に震えた。銃撃戦の時とは違う、明確で直接的な殺意が目の前にある。
 そして声を出そうと必死に喉から空気を送り出そうとした時、今度は突然床に落とされる。
 喉は掴まれたままだった。アンドロイドの顔も先程と同じ位置に見える。まるで空間だけがせり上がってきたような錯覚を覚える。
 だが実際は、アンドロイドが膝を付いただけだ。

 そしてその背後には、吹き飛ばされたはずのヘンヨが立っている。
 あれだけ派手に攻撃されたにも拘わらず傷一つ無い。そのまま平然とアンドロイドの首にあるチューブを切断し、銃でアリサを掴む腕の肘を撃つ。
 するとアンドロイドの握力が緩み、アリサはようやく解放される。

「へ、ヘンヨ!? 大丈夫なの!?」
「すまない。油断した。逃げるぞ」

 大丈夫なのかという問い掛けの明確な答えでは無かったが、態度はいつもと変わらない。それが答えとなっていた。

「どこで見付かったんだ? まぁいい。とにかく一体だけとは思えない。裏口から外へ出る。車まで行けばあとは簡単だ」

 ヘンヨはアリサの手を引いて躊躇なく店のバックヤードへ侵入する。そして裏口から外へ出ると待ち伏せしていた一体を素手で地面にたたき付け、後頭部に銃弾を見舞う。
 アンドロイドはまるで人形の様に、なす術なく機能を停止する。そのまま横へ銃口を向けたヘンヨはさらに二発発砲する。その先に居た者は金属とプラスチックの部品を胸から撒き散らして倒れて行く。

「どこから沸いて来たんだ? そこら中に居やがるな」

 ヘンヨの言葉通り、敵はどこからともなく次々と現れる。それぞれサブマシンガンで武装し、迷う事なく発砲してくる。
 その銃は、スラムのアパートで襲撃してきた者たちと同じ機種だった。

「どどど、どうするのよ!? 殺されちゃう!!」
「どうやらずっと俺達を捜してたっぽいな」

 二人は、敵で溢れた駅前の真ん中に立たされていた。


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