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ヴィルティック:EVOLVE 前

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ParaBellum

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大気圏外から成層圏を抜けて、地上へと一基の巨大なカプセルが凄ましい速度で落下していく。やがてそのカプセルは、暗色の積乱雲の中へと突っ込んでいった。
厚く濁った雲に次々と大きな穴を開けていくそのカプセルは、一体中に何が入っているか全長は優に10メートル以上、落下音からして相当の重量が伺える。
そのカプセルの中では同じく巨大な「何か」が、じっとその時を待っている。その「何か」のコックピットの中で青年は静かに目を閉じ、精神を集中させている。

青年はその「何か」を司っている操縦桿と言える2つの球体に掌を乗せると、「何か」を襲う落下時の揺れにも微動だにせず目を瞑り続けている。
青年の周りは深い暗闇に覆われており、青年が掌を乗せている球体のみが淡く蒼い光を放ち、コックピット内をぼんやりと照らしている。

カプセルが次第に積乱雲を脱し、地上へと姿を現す。地上とは言いながもカプセルを迎えたのは、雲の影響か激しく荒れている大海原である。
と、青年が精神集中を終えたのか、ゆっくりと閉じていた両目を開いて、正面を見据えた。
そして球体に自らの意思を投影するかの様に撫で回しながら、そっと呟いた。

「グレイル、起動する」

『グレイルシステムを起動します』

生真面目さを感じさせる凛とした、それでいて電子音の様に冷やかな少女の声が青年の言葉を復唱した途端、球体が眩く発光しだした。
球体から幾何学的な、蒼く鮮烈なラインがコックピット全体に走りだして、暗闇を一気に明るくした。
同時に青年が着用しているパイロットスーツも淡く発光し、青年のボディラインを明確に際立たせる。

次の瞬間、青年の脳内に流れ込む情報の激流。青年はその衝撃に歯を食いしばりながらも、全てを受容し自らの記憶とする。
今でも鮮明に思い出す、奴―――オルトロックの戦いから数週間も経っていないものの、体は確かにあの時の感覚を覚えている。
しかし体は覚えていても脳は全てを思い出せはしない。だからこそ、こうしてもう一度フィードバックしているのだ。
そして今からその知識と経験をフルに活用して――――あの人との、戦闘に臨む。

≪CASの調子はどうかしら、隆昭君。メルフィーのボイス設定で、少しはやる気沸くなら良いけど≫

その時、青年――――鈴木隆昭の周辺にブラウザが浮かんできた。ブラウザにはNO IMAGEと大きく英字で映し出されており、女性の声が聞こえて来るだけだ。
ブラウザを通じて聞こえてくる、隆昭に通信を入れてきた健康的な大人の色気を感じさせるその声は、隆昭にそう言ってからかう。
隆昭はその声――――というより、女性に対して、溜息交じりの声で答えた。

「CAS自体に問題は無いですが、正直メルフィーの声で戦うのはやりにくいですよ。メルフィーが一緒に乗ってくれてるのならともかく」
≪ま、しょうがないわね。この訓練を受けるのは貴方だけなんだから。せめて一緒に戦ってるみたいな感じで、メルフィーの声に設定してあげてるけどやる気出そう?≫
「まぁ……出来るだけ、頑張ります」
≪出来るだけじゃなくて本気で頑張りなさい。じゃ、一旦切るわね≫

『全方位モニターを展開します』

CAS――――「何か」の機体制動や隆昭への状況報告等を行う戦闘支援システムがそう報告した瞬間、隆昭の周囲が純白の眩い光に包まれた。目を閉じる、隆昭。

数秒ほど経ち、隆昭は閉じていた両目を開く。
隆昭の目に飛び込んできたのは、上下左右、前方、後方と360度に渡って映し出された、灰色の暗雲が支配する、光が差しこまない空と同調する様に荒ぶる海原。
球体に自らの意思を込める為、強く握りしめる隆昭。すると「何か」を封じ込めていたカプセルに次々と深い亀裂が走り始める。
やがて亀裂から、カプセルを壊さんとするほどに強烈な蒼い閃光が漏れ出し始め――――。

「ヴィルティック、起動」


隆昭がそう言い放った瞬間、カプセルの装甲を全て吹き飛ばし、尚且つ消滅させながら「何か」が覚醒する。

直線的なフォルムで構成されており兵器然としていながらも、まるで騎士を思わせるヒロイックなフォルムと、神聖さを感じさせる白い機体色、全身に走る蒼きライン。
何より目を引くのは、右腕に装着された、それらフォルムと機体色にそぐわぬ黒色の追加装甲だ。否、追加装甲でありながらその正体は――――後に明かそう。
鈴木隆昭に託された、未来を切り開く大いなる力――――対アストライル・ギア用汎用型戦闘機体、ヴィルティックはその姿を、現す。
背面の大型スラスタ―が上下に大きく展開すると、動力源であるアイルニトルの粒子を瞬かせながら巨大な光を放出する。その光はまるで、翼が生えている様だ。

特徴的である頭部のツインアイが、自らの存在を誇示する様に静謐な光を放つ。

「スネイルさんは……どこに」

そう呟き、隆昭は周辺へと目を配る。これから戦う相手である。先程通信を入れてきた声の持ち主であり、隆昭が師と仰ぐ女性――――マチコ・スネイルを探す為に。
しかし探そうにも、天空は太陽はおろか光さえない暗雲に支配されており、スネイルの存在を視覚で確認する事が出来ない。
いつ先手を取られても不思議ではない。早くこちらから先手を打たねば、状況が不利になるのは目に見えている。
スネイルさん、いや――――ルヴァイアルは何処にいる? そう考えながら、隆昭はヴィルティックを天空へと上昇させようとした。

その時、殺気ではない。しかし確実にこちらに向けられている敵意の気配を、隆昭は察知する。隆昭は冷静に、CASへと呟いた。

「シャッフル、ヴィルティックソード」

『トランスインポート ヴィルティックソードを召喚します』

CASが隆昭の言葉を復唱する。と、前面のモニターに、トランプ程度の大きさなカードがホログラムとなって浮き出てきた。
カードには両刃の剣がデフォルメ調で描かれており、数秒立つとUSEdと刻まれ、四散して光になって散った。
カードが四散すると同時に、ヴィルティックの右手に刃が研ぎ澄まされており非常に鋭利な両剣が瞬間的に召喚される。

ヴィルティックを即座に振り向かせながら両剣、ヴィルティックソード(以下ソード)を力の限り振り切らせる。
その攻撃は、背後に迫っていた気配の腹部を容赦無く上下に切り裂いた。気配の胴体が切断されて爆発し、暗雲を一瞬オレンジ色に染めた。
大型スラスタ―を動かしてヴィルティックの頭部を天空へと向けると、ソードを両手持ちし、隆昭は空を睨み上げた。
そして球体を前方へ傾けて、ヴィルティックを急上昇し、暗雲の第一層を突きぬけた。

≪あら、意外と早かったわね≫

再びブラウザが浮き出てきて。スネイルの声がコックピット内に響く。隆昭はスネイルを見つけた事に一種の安感を覚えたのか、口元に笑みを浮かべる。

腕組みをして、それはヴィルティックを見定めている。
深紅の機体――――妖しく、美しいながらも、どこか棘を感じさせる深紅の機体色に、複雑な形状が合わさり芸術的とさえ思わせるフォルム。
この機体が、隆昭が今回戦う相手であるマチコ・スネイルのアストライル・ギア、ルヴァイアルである。
ルヴァイアルは腕組みをしたまま、ヴィルティックをバイザー越しのカメラアイから鋭く睨みつけた。

ソードを構えたヴィルティックが接近してきているにも関わらず、ルヴァイアルは動こうとしない。

「行きます、スネイルさん」

そう言い、隆昭がヴィルティックをルヴァイアルへと突撃させようとした、その時。
右方左方から雲の隙間を縫って、何かがルヴァイアルを防衛する様に湧き出てきては、ヴィルティックの前を妨害する。

「何だ、こいつら……?」

目の前で立ち塞がるそれの形状は、ヴィルティックにもルヴァイアルにも、ましてやデストラウとも全く違う異形のフォルムである。
脳髄を彷彿とさせる、細長いパイプ状の胴体に、頼りなく接続されている、まるで人間の骨の様な鉄筋が剥き出しとなっている手足。
何より、それら体に反してアンバランスなほどに巨大な頭部に、ギョロギョロと動いている、一つ目の様なカメラアイ。
何もかも異形なその姿に隆昭は惑うものの、恐怖を感じるほどではない。邪魔をするならさっき同じく倒すしかないだろう。

それらが手の甲から太い筒の様な物を伸縮させると、筒の先頭から毒々しい赤色のビームで生成された剣を飛び出させ、ヴィルティックに向かって突き立てて向かってくる。
早い、が、見切れない程のスピードでは無いと思いながら隆昭はヴィルティックの手からソードを両手持ちから、左手へと持ち替える。
そしてソードを前方へと構え直すと、ヴィルティックを背後へと一回転させて回避し、振り向きざま、ソードでそれの頭部を斬り落とした。頭部もろともそれが海原へと落ちていく。

間髪入れずに左右からそれが2機、ヴィルティックへと襲いかかる。
隆昭は慌てる事無く、大型スラスタ―と両腰に備え付けられたスラスタ―を前方へとスライドさせて噴射させる。ヴィルティックが寸での所で、後方へと宙返りした。
攻撃対象を見失ったそれの動きが止まったのを見逃さず、ソードを振るい撃破する。と、後方からそれが剣を今正に刺殺さんと迫る。

「ちぃっ!」

隆昭は先程の応用で、両腰スラスタ―を後方へとスライドし、ヴィルティックを前方へと宙返りし回避行動を取ると、すぐさま斬りつけてそれを沈めた。
振り返り、こちらの出方を伺っているのか一向に動きを見せないルヴァイアルを捉える。が、しつこくヴィルティックを攻撃してきたそれは止む事無く、暗雲から湧き出てくる。
その数は既に10機、20機以上を超えており、ルヴァイアルの周辺に死角を生み出さぬ様、がっちりと防衛している。
隆昭はそれの機体数に状況の不利さを感じたのか舌打ちをすると、瞬時にルヴァイアルから遠く距離を取った。
スネイルからの通信が入る。

≪紹介遅れたわね。今、貴方が戦ってるその子達はマリオネットって言うの。イルミナスが主力とする無人の、言うなればAIだけが制御してるアストライル・ギアね≫
「つまり……人が乗っていない、量産型のアストライル・ギアって事……ですよね。こんなのと……未来では何時も戦わなきゃいけないん……ですね」
≪そーゆー事。ま、あっちじゃこの比じゃない位沢山戦う事になるから、この程度で音、上げないでね≫

スネイルからの通信に、隆昭はどうそれを――――マリオネットを倒すべきかを考え、思考を繰り広げる。
だが、隆昭がそんな事を考えている間に、マリオネット達は大軍となる程に増え、最早ルヴァイアルの姿が完全に見えなくなっている。
推測にして50機以上、いや、もっとかもしれない。一機一機と戦っていればルヴァイアルと戦う前にヴィルティックの消耗が激しくなり、その隙を突かれて落とされるかもしれない。
ならば……と、悩んでいる悩む暇など無い。隆昭はすぐさま戦闘を仕掛ける為に、CASへと命令する。

「シャッフル……」

そうだ……どうせなら未来の……いや、アルフレッドから引き継いだ物の、デストラウ、否、オルトロック戦の時には出来なかった技術を使ってみよう。
深呼吸して興奮している気持ちを落ち着かせると、隆昭は真正面のマリオネット達を見据えたまま、CASに声高らかに宣言する。

「シャッフルコンボ! スロウ、ヴィルティックライフル」
『トランスインポート スロウを展開し、ヴィルティックライフルを召喚します』

右腰部のスラスタ―に内蔵されているハードポイントを引きだし、ソードをそこに収納する。
左手を広げると、掌の中にホログラム上に何かが浮かびあがり、実体化する。
その何か――――角ばった銃身が猛々しく、また攻撃的な趣きを感じさせる大型のライフル、ヴィルティックライフル(以下ライフル)が召喚された。

その時、群がっているマリオネット達が、小魚達が一つとなって巨大な魚へと擬態するかの如く、大群となってヴィルティックへうねりながら向かってきた。
圧倒的な物量はそれだけで脅威というが、確かに巨大な物体となって襲いくるマリオネット達に飲み込まれたら只では済まないだろう。
隆昭の額から一筋の汗が落ちる。隆昭はCASへと、タイミングを見極めながら命令する。

「スロウ発動」

『スロウを発動します。30秒のみ効果を持続します』

CASのその言葉に、隆昭は呟く。

「30秒か……ギリギリ出来るかな」

ライフルの銃身を右手で保持して両手持ちにすると、大型スラスタ―から大きな翼の様な光を瞬く間に放出させてヴィルティックをマリオネット達へと高速で接近させる。
ヴィルティックを認識したマリオネット達も、ヴィルティックに向かって各々剣を作りだし、特攻する。
後もう少しで両者がぶつかり合う、その時CASが隆昭へとカードの効果発動までのカウントを取る。

『スロウ発動まで3秒、2秒、1秒』

『発動』

ヴィルティックがマリオネット達のうねりの中へと突入しようとしたその瞬間、突然マリオネット達の動きが一斉に鈍くなる。

否、鈍くなるというよりかは殆ど停止しているといっても良いだろう。ヴィルティックを除いて時間が止まっているかの様だ。
呆ける事無く、自らの思考を球体へと反映させると、隆昭はライフルを通常モードから弾数を多く消費する代わりに威力を増すバーストモードへと切り替える。
モニター上に表示されている、残弾数を示す銃弾型のアイコンはフルである15発。15発でマリオネット達をすべて倒さねばならない。

「余計な事は考えるな、ただ……撃ち抜く!」

ヴィルティックを急上昇させて、うねりから脱出する。目下には、マリオネット達の群体が見えた。
ライフルを下方へと向けて、隆昭はヴィルティックにライフルのトリガーを引かせた。15月の内の3発、アイコンが消失する。
ライフルの砲口より発射された、空気を震わす程の発射音を鳴らした、蒼く極太のビームがマリオネット達の一部を撃ち抜いた。
凄ましい威力の高いそのビームは、直撃したマリオネット達を破片の一つも残さずに蒸発させ、その周りにいるマリオネットの装甲さえも溶かした。

『残り、20秒』

「もう一回!」

再び3発、モニターからアイコンが消える。

上空を移動しながら隆昭はヴィルティックに二発目を撃たせる。ライフルを振り回す為、右手を離して左手に持ち直す。
ヴィルティックを回転させながらライフルから発射されるビームでマリオネット達を殲滅させていく。その絶大な威力はビームではなく、まるで巨大な大剣の様だ。
一機が爆発すると隣接している機体に誘爆し、連鎖的に次々とマリオネット達は爆発していき、暗雲の空を晴らしていく。
気付けば、あれほどの群を成していたマリオネット達が残り数十機となっていた。

『残り、10秒』

残弾数は9発。バーストモードなら残り3発。
収納していたソードを右手で引き抜き、迷う事無く、攻撃を仕掛ける。

『残り7秒』

全身のスラスタ―を臨機応変に使いながら高速で動きまわり、残りのマリオネット達を撃破する。
後残り、13機、12機、11機、10機、9機。

『残り、4秒』

やはり一々斬っていては無用に時間を消費するだけか。
面倒だと思いながらも、隆昭はライフルを残りの8機へと向ける。赤と青のロックオンサイトが標的へと重なり、一つになる。
後は解除に合わせて、引き金を引く、だけ。

『スロウを解除します』

スロウの効果が切れた途端、残りのマリオネット達の動きが急速に早くなる。が、既に遅く、ライフルから放たれたビームが動きだした瞬間に一機蒸発させる。
ヴィルティックをゆっくりと回転させて、横並びになっている3機を纏めて叩き落とす。撃ち過ぎたのか、ライフルの砲口が焼き焦げている。
しかして、残弾数は6発。これで足りる、だろうか。しかしバーストモードが二発撃てるならもしかしたらルヴァイアルに一矢報いる事が出来るかもしれない。
まだ倒し切れていない4機が剣を作りだすと、上下左右から合体攻撃のつもりか、同時に襲ってきた。


しかし隆昭に慌てる様子は微塵も無い。ただ、落ち着いて一人事を呟く。

「パターンが読めて」

ソードを上から降下してくるマリオネットに突き立て、ライフルを下から上昇してくるマリオネットへと向ける。

「助かる」

通常モードへとライフルを切り替え、即座に引き金を引く。発射されたビームは頭部を正確に撃ち抜いた。
同時に右腕を大きく振り被ると、乱暴にソードをぶん投げた。投げられたソードは先程のライフルと同じく、マリオネットの頭部へと突き刺さる。
そのままヴィルティックを上昇させ、胴体を蹴り上げながらソードを引きぬいて宙返りすると、左右から迫ったマリオネット2機の攻撃がすれ違って空ぶった。
その隙を見逃さず急下降しながら回転し、2機の胴体をぶった斬る。緊急回避でその場からヴィルティックを離脱させる。遠く、爆発音が空に響いた。

あれほど大量に沸いていたマリオネットが全機、10分も経たずに全滅した。

戦いにより光が差したかのように思えたが、直ぐに雲同士が混ざり合い、暗雲へと戻ってしまう。しかし空は静寂を取り戻し、今居るのは、ヴィルティックとルヴァイアルだけだ。
ソードを収納し、暗雲の中へとヴィルティックを隠すと、隆昭はグレイルのシステムを使いモニター上に表示されずともルヴァイアルの存在を感知する。
すぐさま、感知した方向へとロックオンサイトを重ね合わせて、標準をルヴァイアルへと向け、睨む。
ライフルをバーストモードへと切り替えて、隆昭は神経をルヴァイアルへと一点集中させ――――ライフルを、撃つ。

「行け!」

隆昭の集中力の賜物か、それとも偶然なのか、一切ブレる事無くライフルから放たれたビームは、ルヴァイアルに向かって一直線に伸びていく。
狙いは完璧にして正確。このままビームが居抜けば、隆昭の勝利となる。
ヴィルティックを上昇させて、ルヴァイアルがどうなったかを見極める。

まさかこれで終わりか……? と、隆昭は思ったものの、その考えが生ぬるい考えだと、自らを戒める。
ビームは確かに直撃した、した、が、ルヴァイアルに何らダメージなど無い。代わりにダメージを負っているのは、融解し、穴が開いている、銀色の不気味な物体。
ルヴァイアルの全身にくまなく、べったりとくっ付いて覆っている、銀色の液体金属の様な物体がルヴァイアルからゆっくりと剥がれていく。
その物体を見、思わず隆昭がヴィルティックの動きを止める。物体が全て剥がれ落ちて、ルヴァイアルが再び姿を現す。と、スネイルの通信。

≪このカードは鋼鉄って言うの。どんな攻撃も跳ね返す強度の液体金属を、瞬間的に装着するカードで、防御系のカードの中ではかなり便利なカードよ。
 まぁ、瞬間的だから攻撃を与えられたら一瞬で解除されちゃうのが。たまに傷だけど≫

学校の先生の様な口調で解説するスネイルに、やはり簡単ではないかと小さく溜息を吐く隆昭。
バーストモードで撃ってしまった為、残りの弾数は後2発。どうする、どこで撃ちこむ。隆昭は悩む。
考えた結果、接近してコックピットに直接撃ちこむしか無さそうだ。しかしスネイルさんがそう易々と接近戦を許してくれるか……いや、くれないだろう。

≪マリオネットを全機落とせたわね、感心感心。だけど≫

ルヴァイアルがヴィルティックの方へと体を向ける。初めてルヴァイアルが動きを見せた。腕組みしたままだが。

≪私はそう、甘くないわよ。カードは……幻想と偽物を使おうかしら≫

すると何故か、ルヴァイアルが腕組みを解いて左手を広げる。ヴィルティックがヴィルティックライフルを召喚した時と同じ様に、ホログラムから何かが実体化する。
驚くべき事にその何かは、ヴィルティックが所有しているヴィルティックライフルと全く同じ形状のライフルであった。
しかし偽物である事を表す様に、その色は黒色一色に禍々しい感じの赤いラインが入っている。

≪この時点じゃ……あらあら、弾数は2発しか無いの? これじゃあ貴方を落とすには力不足ね。でも≫

続けて、ルヴァイアルの背部から薄くルヴァイアルの姿を模した影が次々と分離しては横並びしていく。この光景に、隆昭はどこか見覚えがあると感じる。
そう、デストラウ。デストラウが自らの分身を増殖させた、あの光景に酷似しているのだ。そう考えると……。
止まっている場合では無い。早く止めなければまた数に圧倒される事になる。ヴィルティックを動かそうと隆昭が球体を傾けた。

が、時すでに遅く、何時の間にかルヴァイアルの影はヴィルティックを一面ぐるりと囲むほどに増殖していた。
左右180度、気付かぬ内にルヴァイアルによって囲まれている。しかも影は一寸一分、ルヴァイアルと全く同じ姿をしており、なおかつ同じ偽物のライフルを所持している。
あまりにも精巧な為、一体どれが本物の、スネイルが搭乗しているルヴァイアルなのか隆昭には見分けがつかず、本物がどれなのかが分からない。
一斉に偽物のライフルが、真ん中で孤立する隆昭に向かって向けられた。

≪一応このライフルは偽物だから、元のヴィルティックライフルより攻撃力が半減しちゃうけど……一斉に撃たれたらどうなるのか、貴方自身分かるわね?≫

さぞ愉しそうに、スネイルは隆昭にそう言った。
このままでいれば間違いなくヴィルティックは、否、隆昭は凄惨な死に様を迎える事になるだろう。
考えるだけでも全身に鳥肌が立つ。どうにかしなければ、このままでは間違いなく……。

取りあえず心を落ち着かせ、カードの枚数を確認して見る。

残りは9枚。まだまだ戦える。すこし強気な事を言えば、この窮地をすぐさま脱する事が出来るカードもある。
しかしそのカードをここで使うのはまだ早い、と隆昭は思う。そのカードを使うのは、本気でスネイルさんを倒す時だけだ。
どうする、どのカードを使い、この窮地を抜け出す。

≪さて、覚悟はできたかしら?≫

本当に愉しそうな、サディスティックさが滲み出ている口調で、スネイルがそう聞いてきた。

「はい……覚悟、出来ました」

隆昭の中で既に決断は下っている。そして、ここで引くべきカードが何かも決まっている。

≪そう、なら遠慮はいらないわね≫

ルヴァイアルと、ルヴァイアルの影が向けているライフルの砲口が赤く光りだす。狙いは無論――――。


≪それじゃ今日の日は――――さようなら≫


その瞬間、隆昭がCASへとその決断を、下す。

「シャッフルコンボ! ポインター! アクセル!」

『トランスインポート ポインターとアクセルを展開します』

一斉にルヴァイアル達がライフルのトリガーを引いた。砲口より放たれたビームが全て、ヴィルティックに向かっていく。
当たるまで距離から考えるに当たるまで残り5秒程度。隆昭は次の行動へと思考を止める事無く移行する。

「アクセル、発動!」
『アクセルを発動します。30秒のみ効果を持続します』

180度からビームが目前まで、迫る。

『発動まで3秒、2秒、1秒』
『発動』

その瞬間、ヴィルティックを特徴づけている、全身の蒼いラインが紅色へと変化する。大型スラスタ―より放出される光も蒼から紅へと変わりながら瞬く。
ほぼ一瞬、ルヴァイアル達の目の前からヴィルティックが姿を消した。決して、瞬間移動ではない。
通常時を遥かに凌駕するスピードを得たヴィルティックは、空へと急上昇させる事により、一斉射撃を回避したのだ。

『残り、20秒』

「ポインター、発動」

『ポインターを目標へと射出します』

CASがそう報告すると、自動的にヴィルティックが右腕を下方に向けた。そして右手の人差し指を立てると、その先端から球型の物体が射出させた。
確か……と隆昭は思いだす。このポインターというカードは、この様に敵機が分身した際に本物を見極める為のカードだと。

『残り、5秒』

その時、開きっぱなしのスネイルの通信から、スネイルの困惑している様な声が聞こえてきた。

≪ちょっと……! 私のルヴァイアルを真っ黒にするなんて鈴木君、良い度胸じゃない……!≫

一体ルヴァイアルに何が起きているのか、雲の上からでは分からない。

『アクセルを解除します』

ヴィルティックのラインが紅色から蒼色へと戻る。
隆昭はハードポイントからソードを引きぬき、ライフルと一緒に構えて警戒しつつ、ヴィルティックをルヴァイアルが待っているであろう、暗雲の下へと急下降させる。
雲を抜けるとモニター上に見えてきたのは、未だに消えていないルヴァイアルを象った影達と、その中で不自然なほどに目立つ、全身が真っ黒に染まっている機体。
恐らくというか、考えるまでも無くその真っ黒な機体が、スネイル本人が乗る本物のルヴァイアルであろう。

本物が見つかった今、次にするべき事は只一つだ。

大型スラスタ―と、全身のスラスタ―をフレキシブルに可動させ、本物のルヴァイアルへ、ヴィルティックを飛翔させる。
時間切れなのか、それともエネルギーが尽きたのか、幻想によって生み出されたルヴァイアルの影が次々と煙の様に消滅していく。
残るはポインターによる塗装された黒色が徐々に薄くなっていき、元の機体色を取り戻していく、本物のルヴァイアルだ。

ソードを逆手持ちに持ち替えて、ナイフを持つ様に構える。
このままルヴァイアルへと距離を詰めてギリギリまで接近し、ソードを突き刺す。ルヴァイアルがゆっくりと、頭部をヴィルティックに向けた。
隆昭は迷う事無く、ルヴァイアルへと零距離まで詰め寄ると、ソードをルヴァイアル目掛けて振り下ろした。

「スネイルさん、覚悟!」

≪あらやだ、怖い怖い≫

遠慮する事なく力一杯、ヴィルティックはソードをルヴァイアルの胸元へと貫いた。

当たった。確実に手応えがあった。どう考えても、ソードはルヴァイアルへと突き刺さった……だけだ。
ソードが突き刺したのはルヴァイアル……ではない。
「鋼鉄」がビームを塞いだのと同じ様に、ルヴァイアルを覆っている、別の物体がヴィルティックが振るった攻撃を遮断している。
その粘土の様に柔らかくブヨブヨとした肌色の物体は、ソードを柄ごと吸収し、飲み込んでいる。

「……またですか?」

思わず本音が漏れた隆昭に、スネイルが淡々とカードの説明をする。

≪残念だったわね。このカードは吸収。物理兵器ならこういう風に飲み込む事で無効化して……。
 光学兵器、例えばビームなら穴を開けて別の空間へとテレポーテーションさせる事で無効化と、どんな武器だろうと一度だけ吸収するの≫

スネイルのいう通り、その物体――――吸収はずっぽりと、ソードを吸収している。
それだけでない。吸収はソードを伝って生き物の様にヴィルティックの腕へと這いよってくる。
気付けば左腕全体が吸収に侵食されており、ヴィルティックは左腕はおろか全身が身動きを封じられている。

≪そうそう、付加効果で直接的な物理攻撃を仕掛けられた際には、その攻撃を仕掛けてきた敵機の動きをこうやって、封じる事が出来るの≫

スネイルのその言葉に、隆昭の背筋が凍る。スネイルが言う通り、確かに現時点でヴィルティックは身動きが取れなくなっている。
ルヴァイアルを覆っていた吸収は既にルヴァイアルから剥がれており、ヴィルティック全体を侵食せんとしている。実質、半身は吸収によって覆われてしまった。
だがまだ……全てが死んだ訳じゃない。この至近距離であれば例え二発だけであろうと決定打を与えられる、筈だ。
そう思い、隆昭はヴィルティックライフルをルヴァイアルへと向けた。

≪温いわね≫

ほんの一瞬、ルヴァイアルは偽物のライフルの銃身を持つと、全力でヴィルティックライフルへと叩き落とした。
その衝撃によりヴィルティックの手から、偽物のライフルと一緒にヴィルティックライフルから落ち、虚しく海原へと落下していく。
半身が封じられ、ソードもライフルも失う。予想だにしない事態に、隆昭の顔に焦りが浮かび始める。
だが、焦りが浮かんでも以前の様に恐怖のせいで思考が停止する事も、怒りに身を任せる事も無い。

「キツイっすよスネイルさん……けど」

明らかに強がりと言える軽口を叩きながらも、隆昭は冷静な口調でCASへと伝える。

「シャッフル、ミラージュ。直ぐに発動だ」
『トランスインポート ミラージュを展開します』

『ミラージュ 発動します』

「すぐにはやられませんよ」

吸収によって最早全身を覆われ、身動きを封じられたヴィルティック、の背部から脱皮する様にもう一機のヴィルティックが出てきた。
紛れも無く、隆昭が搭乗している本物のヴィルティックである。ミラージュによって偽物を作りだし、そちらに吸収を移す事で窮地を脱した。

≪あらあら……≫

やがてミラージュに作られた偽物は陽炎の様に消滅し、吸収だけが衣の様に凝固されたまま、海原へと落下していった。
ライフルとソードという二つの主武装を失ってしまったが、しかし全ての武器が尽きた訳ではない。まだ二つ、武器と、一つの切り札がある。
と、どうせ持ち腐れても仕方が無いという事で、隆昭は全く使った事の無い、新しい武器を使う事にする。

「シャッフル、フェアリーテイル!」
『トランスインポート フェアリーテイルを召喚します』

隆昭とCASに呼応する様にヴィルティックの各部、腕部や脚部、大型スラスター等に合体する様に新たなパーツが実体化していく。
ヴィルティックを防護する鎧の様に、フェアリーテイルが召喚されていく。
その一機一機は直線と曲線が入り混じった兵器とは一見思えぬスマートなフォルムで、白色な事も合ってまるで白鳥の羽根の様だ。
これが上手く使えるかは分からない。だが、使わねば勝てない。――――迷うな、隆昭。

「飛んでけ! フェアリーテイル!」

隆昭がそう叫んだ瞬間、ヴィルティックの装甲からフェアリーテイルが数機分離すると、目にも止まらぬ速さでルヴァイアルの周囲を飛び回る。
ルヴァイアルを取り囲む様に自由自在に空を飛び回るフェアリーテイルは、グレイルのシステムを介して隆昭の思考を全て反映して動く。
何時の間にか、フェアリーテイルが急旋回し停止する。ルヴァイアルは包囲されており、様々な方向から狙われている。

「撃ち抜け! フェアリーテイル!」

隆昭の咆哮と共に、フェアリーテイルが砲口をルヴァイアルへと向けられ瞬間、弾幕の如きビームが発射された。
が、ありとあらゆる方向から発射されるビームの幕を、ルヴァイアル、いや、スネイルはダンスを踊る様に全て回避する。
それに業を煮やし隆昭はフェアリーテイルを飛び回らせてはビームを撃たせるが、全ての攻撃は寸前で完全に回避される。
まるでスネイルには隆昭が何を考えているか、手に取る様に分かっている様だ。

≪遠隔兵器はもっと考えて使いなさいな。闇雲に撃つだけじゃ何の意味も無いわ≫

するとルヴァイアルの周りを、複数の淡い光を放つ光球が大量に浮遊する。それはルヴァイアルを慕う様にクルクルと、円となって回っている。

≪遠隔兵器の使い方、教えてあげる≫

「戻れ!」

飛ばしているフェアリーテイルを全てヴィルティックに戻し、隆昭は回避行動を行う為に頭を切り替える。
ルヴァイアルが指を差した瞬間に、光球はフェアリーテイルと同じ様にヴィルティックの周囲を飛び交い、見計らっているのか攻撃をしてこない。
が、瞬時に隆昭は察知すると、再びフェアリーテイルをヴィルティックから一気に分離させた。

≪この子達は妖精。貴方のフェアリーテイルと同じく、搭乗者――――つまり私の意思を反映して自由自在に動く遠隔兵器なの≫

「……それで、何です?」

≪さぁ?≫

光球――――妖精の動きが止まった瞬間、妖精がヴィルティックへと飛んできた。
何が起きるかを察知した隆昭は、フェアリーテイルへと思考を伝える。

「防げ!」

爆発。妖精は分離したフェアリーテイルの一機に衝突すると自らをも巻き込んで木っ端微塵となった。

妖精のスピートはフェアリーテイルを超えており、隆昭はグレイルのシステム持ってしても回避する事が出来ない。
その為フェアリーテイルを合体させて壁とする事で自爆攻撃を防いでいるのだが、それも何時までも持たない。
一機、二機、スネイルへと攻撃を仕掛けるものの、それらは全て読まれており何の意味も無い。

隆昭にはっきりと焦りの色が浮かび、何度も舌打ちする。と、その時。

『敵機が迫っています。緊急回避を推奨します』

「何?」

攻撃と防御に手一杯でCASの報告を聞き逃した、反応が遅れた――――その隙を、突かれる。
複数の妖精がヴィルティックの左腕に纏わりついた瞬間、小爆発を起こしながら手首から順々に、左腕がもげていく。
しまった、と思った時には既に何もかもが遅く、ヴィルティックは妖精に左腕を持っていかれてしまった。

「畜生!」

気付けばフェアリーテイルは妖精の攻撃を防ぐだけで全機消耗してしまった。召喚したものの、殆ど無駄遣いと言える。
確実に追い詰められている。それも武器を3種も無くし、尚且つ左腕を無くす最悪の状況。
どうする――――どう――――考えている暇なんて、ない。

「シャッフル! ヴィルティックランサー!」
『トランスインポート ヴィルティックランサーを召喚します』

大分消費したものの、まだ充分数がある妖精がルヴァイアルの前面へと集合する。
同時に、ヴィルティックの右手にヴィルティックの身の丈以上の大きさを誇る最後の武器――――ヴィルティックランサー(以下ランサー)が召喚された。
柄を短く持ち、ルヴァイアルに対して距離を取る。まだ勝機を失っていない、と言う様に、ヴィルティックのツインアイが再び光を宿す。

≪――――良い目ね。そうよ、最後まで抗いなさい≫

ルヴァイアルがヴィルティックに最終通告を告げる様に指を差す。
妖精がその指の前で合体――――否、融合しあい、大きくなっていきながら、一つの巨大な光球へと変貌した

≪ただし――――抗えたらの話だけどね≫


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