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グラインドハウス 第18話

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匿名ユーザー

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 地下都市には当然だが自然現象としての雨や雪は降らない。
 だが定期的に雨が降ってもらわないと困るような人種もこの世には沢山いるので、2週間に一度、
コロニー・ジャパンでは、地下都市の天井に備えられたスプリンクラーから雨が降るのだ。
 そこまではいい。だけどその勢いがいつもまちまちなのはどういうわけだ?マコトは数メートル先も見通せない
程の雨にそう感じていた。
 あれから――イナバさんが攫われてから――『12日』が経った。
 ついにこの日を迎えた。
 マコトは息を深くする。
 軽い痛みに手のひらを見た。指の皮が剥け、治りかけたところに絆創膏が貼ってある。
 今日までテスターの指導を可能な限り多く受けた。吸収できるところは全て吸収し、強められるところは全て強めた。
 その成果が今日試される。
 さっきアヤカさんから電話があった。
「ここで君に勝ってもらわなければ全てがダメになる。勝ちなさい。それ以外は認めないわ。」
 わかってる――
 ――でなければなんのために、命を賭けてきたのか。
 ――いや、本当はわかっているんだ。
 テスターは言った。
「当たり前のことだけれど復讐は何も生まない。自ら命を賭けて戦うに値する理由はそんなちっぽけなものじゃない
はずだ。」
 ――そうだ。もしかしたら俺は、本当はユウスケのことなんかどうでもいいのかもしれない――
証拠にほら、アイツのことを思っても、軽く胸を締め付けられるだけだ。
 それよりも、イナバさんのことを思ったほうが、何倍も苦しい。
 人は過去に縛られるようにはできていないのかもしれない。
 そこまで思い至り、また思考がアヤカさんへと飛ぶ。
 彼女は過去に縛られている。復讐のために生きている。
 ――彼女は、それで幸せなのか?
 考えたが、わからなかった。
 ただ確かなのは、彼女の復讐は、全てこの戦いのためだけにあったのだ。
 負けるわけにはいかない――俺は、アヤカさんの復讐と、イナバさんの命と、ユウスケの魂に、
テスターの希望を背負っているのだから。それに――
 マコトは傘から雫を落とし、エリュシオンの階段を上って、寂しげな部屋にぽつりと座すあのマネキンの前に立ち、
いつもの言葉を口にした。
「我は英雄にあらず。いまだここに至るに値せず」
 ――俺たちは死ぬために戦うわけじゃないのだから。



 ――暗い部屋で一人の人間がシャワーで濡れた身体を拭いていた。
 その人物の瞳はわずかな光を反射してキラキラと金色に輝いている。大きなテーブルの上に広げられたローブと
仮面をその瞳は舐め回すように見て、それからタオルをどこかにやった。
 下着を身につけながら、その人物は様々なことを思う。しかしその思考の殆どは常人には無関心すぎるものや、
もしくは想像もつかないほど壮大な物事に関することだったので、故に記憶する意味は無かった。
 仮面のそばに転がる、小さな通信機から声がする。
「『オルフェウス』が到着しました。」
 了解の意味を込めて電源を切った。
「よかったな、もうすぐ君は自由になる。」
 金の瞳が視線を飛ばした部屋の隅には、首輪を嵌められた、壁に鎖で繋がれてぐったりとうなだれている少女の姿が
あった。彼女は何も身につけていない。
「……もう反抗心も無くなったか」
 興味なさげに視線を外し、ローブを纏う。
 それから仮面を被って、少女の首輪を外してやった。
「服を着ろ。それから私の言うとおりにしろ。わかったな……『サイクロプス』」
 タナトスの言葉に、サイクロプスは弱々しく頷いた。



「今回のバトルは一大イベントだ!」
 コラージュは興奮気味に手を叩く。
「オルフェウスのタナトスとの因縁を宣伝材料にしたのは大当たりだった!こんなにお客様が集まるなんて――うひゃっほい!」
 廊下をスキップしながら、彼は小走りでついてくる職員にそう話しかけていた。
 職員の方は少し息を切らしながらコラージュに言う。
「しかし、あまりにも集客がよすぎて人手が足りません!入場制限を!これではお客様の身分チェックが疎かに……!」
「かまわないさ!ドンドン入れちゃおうじゃないか!どうせ警察は手出しできないんだ!」
 高笑いするコラージュ。その表情は狂気じみていた。



 心臓の鼓動。
 わずかに乾く喉。
 冷たい空気。
 会場へ向かう廊下は静寂に包まれていた。
 息は、白い。
 だが一歩、歩を進める度に僅かな振動と熱狂の気配は確実に近づいてきていた。
 感じて、頭は冴えていき、闘志は高ぶり始める。
 マコトは最後の扉の前に立った。
 ふと、コラージュに教えてもらったあのリラックス方を思い出す。
 手のひらに「人」を書いて、ぱくり。
 自分を奮い立たせるために敢えてそれをやった。
 ノブに手をかける。大きく息を吸って――
 ――開けた!
「ウェルカムトウウウウウUUUUUザ!!タルタロオオオオオオスッ!!」
 吹き飛ばされそうなほどの歓声!
「イヤッハアアッ!!待ちくたびれたぜチャレンジャー!ヒーロー気取りの勘違いリトルボーイ!
オルフェウスの登っ場っだああああ!」
 口だけ男の早速の叫びに、マコトは何故か少しだけ安心して、観客どもにありったけの野次を飛ばされながら会場の
中央に向かう。
「親友の仇を討つためにタルタロス参戦!戦績は2勝のまだまだひよっ子!倍率は驚きの250倍!
おいおいナメられすぎだぜぇ!?」
 わかってんだよ、んなこと。そう思いながら金網の内側に入った。
「さぁ!迎え撃つのはテメーらご存知ナンバーワン――?」
 反対側の入り口から、花火が噴出した。ひときわ大きな歓声があがる。
「――タナトスだぁああああああ!!」
 花火の中から姿を現したのはタナトスだった。彼は道を堂々たる態度で歩いてくる。
「お前らご存知タルタロスの頂点!無敗の王者!正体を知る者は誰もいない!オルフェウスの倒すべき敵!
最強の死神!こいつがやられたら俺たち終わり!だけど心配すんなぁ!?ヤツは最高にクールだぜ!」
 紹介を聞きながらマコトはタナトスを金網越しに睨みつけていたが、すぐに彼が何かを引きずっていることに気づいた。
 そして、驚く。
「おぉーとあれはぁ……!?」
「テメェ!」
 口だけ男より先にマコトは叫んでいた。金網を殴りつけ、威嚇するが、タナトスは動じずに目の前に立つ。
「久しぶりに会わせてやったのに、そんな態度でいいのか?」
 彼はそう言って、片手の鎖に繋がれたひとりの人間をマコトに見せつけた。
「イナバさん……!」
 それは以前映像で見たような、黒いビニール袋を被せられたミコト・イナバだった。
「おおっとコイツは珍しい!タナトスが人質をとっているなんて!」
「人質じゃない」
 タナトスは声を張り上げ、口だけ男の発言を訂正する。
「別にこの娘をどうしようとか、そういうことじゃない。ただ、君はこっちの方がやる気が出るだろう?」
 そうタナトスは金の瞳でマコトを見下し、不敵に笑いつつ、その指でイナバの下顎を撫でた。
彼女はピクリともしない。
「イナバさん!返事してくれ!イナバさん!」
「無駄だ。さるぐつわを噛ませてある。」
 タナトスはそうして、ちょっと買い物に行くときに犬のリードをそこらに繋ぎ止めるように、鎖を金網に巻きつけてシートに座った。
 マコトは少し迷ったが、口だけ男に「おせーぞファッキン!」と言われて、やっと配置についた。
 チラリとイナバの様子を窺う。彼女は棒立ちだった。きっと何かされたんだ。
 そう思うと、さらにメラメラと激しい炎が胸から燃え上がってきて、マコトは唇を噛む。
 倒してやる、じゃない――
 ――殺してやる。マコトはそう思った。
「さぁ配置についた二人のクレイジー野郎ども!オルフェウスは仇が討てるか!はたまた返り討ちで俺らの餌食かぁ!?
勝負は正々堂々1on1!」
 なにが正々堂々、だ。
 画面は機体選択画面だ。マコトはいつものように重装型を選ぶ。タナトスは――……高機動型か。
「おおっとこいつは相性反対!どんなバトルになるか予測つかねーぜ!」
 続いて、武器の選択。
 マコトはライフルを選んだ。テスターとの特訓でひと通り全ての武器を使ってみたが、彼が一番適性がある、
と推してくれたのがこれだった。
「双方武器選択も完了!いくぜいくぜぇ……!無様な死に様だけは勘弁しろよぉ!?」
「安心しろ!」
 マコトは叫んでいた。
「……楽しませてやる」
 その言葉に会場全体がひとつの生き物のように奇声を上げる。口だけ男は口角を目一杯に引きつらせ、マイクに吠えた。
「Yaaaaaaaaaaaahaaaaaaaaa!!バトル!レディ!」
 画面が雲海に埋まり――
「スタートだ!!」
 ――大都市が眼下に姿を現した!
 全身の毛がまるで本当に落下しているみたいに総毛だつ。マコトはよし!と小さくガッツポーズした。
「ステージは『東京』!ベーシックな市街地戦だ!」
 『東京』はこのグラウンド・ゼロの中で最も人気のあるステージだ。
 高層ビルを利用した立体的な攻防と、走る電車や自動車などのギミックも人気の秘訣だが、それ以上に
やはりこの国の人間はこの都市に、たとえ直接見たことはなくとも、ある種の懐かしさを感じるらしい。
マコトもこのステージは好きだった。だいぶ前に黒い重装型を使うプレイヤーにフルボッコにされてからは使う気がなくなったが。
 マコトは軽く頭を振り、思考を切り替えた。マコトが着地したのは『皇居』周辺の大きな道路だった。
レーダーをチェック。タナトスは物陰に入っているらしく、補足できない。
 マコトはスラスターを吹かし、AACVの足で地面を蹴り、高く飛び上がった。飛行する。
 さぁ、攻撃してこい――
 マコトは身構えていたが、タナトスが意外な登場をしたので一瞬あっけにとられてしまった。
 タナトスは目の前にいた。近くの国会議事堂の屋根に着地して、こちらを見上げている。
 しかしタナトスは銃を構えてはいなかった。ぼんやりとしている。
 どういうつもりだ?マコトはそう思う前にはすでに発砲していた。
 だが驚くべきことにそのときには銃口の先からタナトスは消えていて、気づいたら今度はマコトの機体の数十メートル前方に、
やはりだらりと両腕を下げたままホバリングしていた。
 観客から野次が飛ぶ。
「おぉーと待て待てヤローども!」
 口だけ男がまた叫ぶ。
「タナトスはぁ!アレを見せてくれるつもりだぜぇ!!」
 アレだって?アレってなんだ?
 マコトは疑問に思い、視線を金網の外側にある、ふたりを映す、ライブ会場にあるような大きなディスプレイに
飛ばした。
 そこに映るタナトスは、懐から何かを取り出したところのようだった。あれは――ICカード!
「使わせてもらうぞ」
 タナトスが言い切る前にマコトはライフルの狙いを定めた。危険を感じたら、とにかく撃って相手の邪魔をしろ、
考えるのはそのあとだ――これもテスターの教えだった。
 ライフルの射撃を受けて、タナトスの高機動型は回避行動をとる。空中を泳ぐようなその動きに弾丸はかすりもしない。
「まぁ焦るな。」
 タナトスの声は会場内のスピーカーからも聞こえていた。マスクの内側にマイクでも仕込んでいるのか。
「せっかくの戦いだ。ふさわしい場所がいいだろう?」
 そうして、テスターはICカードを――「させるか!」マコトは無視された――カードスロットに差し込んだ。
 画面にノイズが走る。
 観客も大きくうねり、口だけ男はまた奇声をあげた。
「これが、私のカード――『タルタロス』だ。」
 画面がノイズで埋まり、そして、また、晴れる。
 マコトは目を疑った。
 さっきまで『東京』ステージにいたはずだったのに……
 マコトは周りを見渡した。
 近代的なビル群は中世ヨーロッパのもののようなファンタジックなグラフィックのものに変わり、
空は晴天だったのが黒い雲が渦巻く、どんよりとした紫色のものになっている。重苦しい空気は画面を
越えて漂ってきていた。
 なんだ、このステージ。マコトはこんな場所は見たことがなかった。
「ここはタルタロスだ。」
 タナトスの声がする。レーダーを確認すると、8時の方角、東京タワー方面に反応があった。
 とりあえず機体を反転させ、スラスターを冷却しつつそっちへ飛ぶ。
「私の使うチートは『テーマ統一』……はっきり言って、戦略的なアドバンテージは無い。」
 遠方にひときわ背の高い建物が見える。あれは、東京タワー……?
「だがな、やはり雰囲気というものは大事だと、そうは思わないか?アマギくん。」
 ちがう、東京タワーじゃない。
 近づいて見たその場所は、もはや東京タワーと呼べる代物ではなかった。
 赤と白の鉄骨には、紫の太い触手のようなものが無数に絡み付いていて、わずかに表面を波打たせている。
その触手が寄り集まったところには、目玉のようなディテールが見えた。
 そして、そのグロテスクに変化した塔の前に、何かが浮いている。
 AACVかと思い、否定し、また肯定した。
 それは一般的な機体とは、東京タワーと同様に、大きく姿が変わっていた。
 まず、巨大になっていた。マコトの使う重装型は、先程までタナトスが使っていたはずの高機動型よりふたまわりほど
大きいが、今目の前に浮かぶのは、さらにそれよりふた回りほど大きい。
 それからデザインも、このファンタジックな世界観に合わせた、航空力学のかけらもないようなものになっていた。
 右肩には、タナトスの身につけているあの仮面をアレンジしたような、巨大な装甲がついていて、
その影から伸びる右腕は、よく見るとテクスチャが繋がっていない。その手には身の丈もある巨大な、
大きく曲がった鎌が握られていた。
 左半身は対して生物的なデザインで、これまた数メートルはあろうかという、大きな金の瞳の眼球がギョロリと
こちらを睨んでいた。その下から生える左腕は、皮を剥がれた人間のようで、真っ赤な肉が集まったような姿をしている。
手には鋭い鉤爪が生えていた。
 その両腕が生える胴体は、胸まわりこそ普通の機体と大差は無いが、下半身がまるでRPGに出てくる騎士のような、
マントと鎧を身につけたものになっていた。
 その機体にはどこを見てもスラスターに相当する部位は無いが、しかしたしかに浮いていた。あんなの、
ゲームじゃなきゃ存在できねーな……マコトは思う。
「安心していい。」
 また、タナトス。
「外見は大きく変わったが、スペックは高機動型と同じだ。むしろ当たり判定が大きくなった分、君に有利となったと思っていい。」
 ……つまり、それって……
「ハンデだよ」
「――っざけんなッ!」
 マコトは吠えた。同時にホバリングしつつライフルを構える。
「ナメやがって……!」
「そんなことはない。君の努力は評価しているよ。」
「それがナメてるってんだよ!」
 発砲した。タナトスはゆらりと機体を泳がせ、ライフルの銃撃を紙一重で避ける。
 マコトも飛行を始めた。
 また歓声があがる。
「ついに出たぁ!タナトス専用機体!あの死神の鎌に刈られた輩は数知れず!
自分をあえて不利な状況に置きながらも圧勝する!これがタナトスの真ッ骨ッ頂ーッ!!」
 いよいよ実況も調子づく。それもマコトの耳には不快だ。
 距離をとろうとするタナトスを追いつつ、ライフルを構えたマコト。発砲する。
 するとその瞬間にタナトスは進行方向をこちらに向けて急転換し、弾丸を右肩に受けながらも、
ライフルの間合いの内側に潜り込むようにした。
 タナトスのベースは高機動型なので、動きの遅い重装型のマコトでは対応が間に合わない。
タナトスは大鎌を振りかざしてマコトに迫った。
 薙がれる!直前、危険を感じて機体のバランスをあえて崩したのは正解だった。大鎌はマコトの目の前の空を斬る。
 マコトはその大鎌の迫力に脅威を感じて、接近戦は得策ではないとの判断をし、
とにかく距離をとろうと地面に向けて飛んだ。地形を上手くつかえば重装型でも高機動型を振り切れる。
 タナトスの方はというと、速度を保ったまま再度襲いかかるために方向転換は先程の急なものでなく、
大きく弧を描くものにしていた。異形の東京タワーのそばを、死神が踊る。
 タワーの足に近づいて、マコトはそこを蹴った。鉄骨に絡みつく触手から真緑の体液が飛び散ったが、
無視してそのまま少し飛ぶと、芝公園を越えて、JRの線路が見えてくる。そこもやはり不気味な外見に変化していた。
血の通う電線を機体で押し切って一度そこに着地し、枕木と砂利をまき散らしつつ、視界から外れたタナトスを
レーダーで探した。
 タナトスは追ってきている。ライフルでの射撃で迎え撃つ。2発ほど当たったが、突然に画面からその姿は消えた。
建物の影に隠れるほどの低空飛行に切り替えたらしい。マコトはそう判断して、ライフルを下ろして機体の足を踏ん張り、右腕の剣を展開した。
 見たところ、タナトスには遠距離武装らしいデザインは無かった。ならば近接攻撃でくるはず。
線路の上ならば周りに視界をさえぎるものがないので不意打ちもない。まさかそっちから攻めてこないだなんて、
そんなこと、タルタロスの支配者には許されるわけないよなあ――?マコトは観客を一瞥した。
 すると次の瞬間には予想通り建物の影からタナトスが飛び出し、大鎌を振り上げて襲いかかってきた。
カウンターのチャンス!とマコトは素早く大剣を盾のようにしてガードしようとするが、タナトスはやはりマコトのひとつ上をいっていた。
 タナトスは大鎌の攻撃が防がれるなんて、承知の上だった。だから、彼は大鎌を攻撃ではなく、
マコトの機体を引き寄せるために使ったのだった。
 鎌を持つ右腕を目一杯にのばし、熊手で浜辺の貝を引き寄せるように、鎌の切っ先でマコト機の背後の空間を狙う。
同時に鋭い鉤爪の生えた左腕は渾身の力をこめて折りたたみ、生半可な防御などやすやすと貫く威力の『貫手』を放つ準備をしていた。
 そのときマコトの頭によぎったのは、やはりテスターの言葉だった――『格上は自分の予想通りの行動はけしてとらない』――ゾッとして、
とっさにカウンターの準備をやめ、ガードに専念する。
 直後、マコト機は鎌に引き寄せられ、タナトスの貫手は放たれた。
 間一髪!マコトは大剣の側面で貫手の軌道を逸らし、ダメージを最小限に抑えることができた。もしあのままカウンターの姿勢のままだったなら、
鎌で引き寄せられた時点で姿勢を崩され、貫手をもろにくらっていただろう。マコトの額を冷たいものが伝った。
「イヤッハァ!こいつはアブねー、紙一重で助かったオルフェウス!前回とはまるで別人!ってこれ前回も言ったな!?」
 口だけ男も嬉しそうだ。
「しかしそれほどに見事な成長!気分は親戚のおじちゃんだぜ!あのとっさの対応はなかなかできるもんじゃねー!
格ゲー神ウメハラもビックリだ!」
 歓声があがる。
「Yo,Yo!だがしかし今回ばかりは相手がワリーぜオルフェウス!よそ見してんな、死神はまだ目の前にいるぜぇ!」
 言われるまでもなかった。貫手を受け流したはいいが、その後マコト機はタナトスの鎌から逃れることはできず、
むしろ受け流した勢いを利用されて振り回された挙句、線路の上にうつぶせに叩きつけられていたのだった。
 その衝撃を再現するために、シートが激しく下から突き上げられたように揺さぶられる。軽く頬の内側を噛んでしまう。
 血の味を感じながらも素早く両肩のスラスターを吹かし、地面すれすれを、うつぶせのまま飛行することで、
追撃の大鎌の刃をなんとか避けた。
 しかし、その様子にタナトスは仮面の奥で小さく言った。
「そっちはハズレだ。」
 気づいた時には遅かった。
 マコトは隣の線路をなぞるように飛んだのだが、ちょうどそこに、これ以上ないほど完璧なタイミングで真正面からつっこんできたのは、
これもやはり異形と化した電車の車両だった。マコトはその突進をもろに機体に喰らい、現実ならば鉄道史に残る大惨事、
という脱線事故を引き起こしながら吹き飛ばされた。HPゲージが一気に短くなる。また観客たちが歓声をあげた。
「BINGOOOOOOOOO!まさにドンピシャリ!初撃からの鎌を使った流れるようなコンボ攻撃と、
ステージのギミックを見事に利用した追撃のシークエンスはまるで教育テレビのピタゴラなスイッチ!さすがのタナトスだ!」
 タナトスはすでに線路から離れ、その上空にホバリングしている。鎌はだらりと下におろし、
凄惨な脱線事故の現場を眺める様はいよいよもって死神じみていた。その死神の左肩の大きな金の瞳の目玉は
相変わらず落ち着きがなく、様々な方向に視線を飛ばしている。
 脱線した車両は線路に沿って敷かれた道路を飛び越え、近くの建物に突っ込み、ガス爆発を引き起こしていた。
その爆発はさらに別の建物にも伝播し、その結果、辺りは火の海と化していた。
 黒煙が巨大な生き物のようにタナトスを包む。しかしタナトスは大打撃をくわえた余裕からか動きはしない。
 肩の金眼が、煙が目に染みるのか、細められた――と、その瞬間に地面の方から飛んできた数発の銃弾がその眼球を
貫き、おびただしい量の真っ赤な血をまき散らした。眼は潰され、タナトスはバランスを崩す。観客がどよめいた。
 タナトスの下方、燃え盛る地面の上でライフルを構えていたのはマコトの機体だった。正面の装甲は剥がれ、
内部構造がむき出しになり、大剣が合体している右腕は丸ごと吹き飛ばされ、肘から下が無くなっている。
その損傷の仕方は、マコトが電車と正面衝突する直前に右腕の剣と一番分厚い胸部装甲を合わせて盾として用い、
かろうじて即死だけは免れたことを物語っていた。
 タナトスはマコトの姿をみとめると、煙の包囲網から逃れるために少し飛んだ。
「オルフェウスも負けちゃいねぇ!とっさの判断はベストアンサー!どうやらあの世の果てまでホームランは免れたみてーだが、
それでも負った手傷はなお致命傷に近い!はたしてここから巻き返せるのか!?」
 その言葉が終わらないうちにマコトは跳び、タナトスに肉薄しようとしていた。右腕の剣が無くなったおかげでそのスピードは速い。
だが剣が無いのだから、わざわざ接近するメリットもないんじゃないのか?と、戦況を見守る口だけ男は思ったが、その理由はすぐにわかった。
 マコトに間近まで接近されたタナトスは露骨に敵を警戒し、牽制のために前方の空中に回し蹴りを放ち、
また少し距離をとったのだ。その瞬間、タナトスの機体の弱点は誰の目にも明らかにになった。
 タナトスの装備は絵に描いたような大鎌と、左腕の不気味な鉤爪だ。つまり遠距離武装がない。
普通そのことに気づいた相手は、遠距離から銃で攻撃する戦法をとるだろう、だがそれはタナトスの罠だ。
 タナトスはあえて自機にそうした弱点を作ることによって、本人も周りの観客たちにも気づかれないまま、
敵の行動の選択肢を狭めていたのだ。そのことに気づかないまま、大半の敵は愚かにもタナトスに遠距離戦を挑み、
そのタルタロス最高レベルの操縦・回避テクニックの餌食になってしまう。
 タナトスの真の弱点は、やはりその偏った武装にあった。
 中距離では大鎌、至近距離では鉤爪というその組み合わせは、一見すると難攻不落に見える。
それは仮に大鎌を避けても直後に鉤爪の攻撃をくらうのが目に見えているからだが、しかしもし、戦闘中に鉤爪が使えなくなってしまったら?
 マコトはさっきの黒煙の中からの不意打ちで、タナトスの左肩を潰した。そのためにタナトスの左肩はだらりと下がってしまい、
力が無くなっている。マコトは、チート発動直後のタナトスのセリフから、外見こそ大きく違うものの、
通常の機体に通用することはタナトスにも変わらず効くのではないかとの推測をしていた。そして、試した。
 結果として、通常の機体と同様、肩のど真ん中を撃ち抜かれたタナトスは、内部機構が破壊され、
左腕を動かせなくなってしまったのだった。
 タナトスには大鎌だけが残された。そしてその大鎌には、武器それ自体の大きさのために予備動作も比例して大きいので、
あまりにも近距離に敵に接近されると対応が間に合わなくなるという欠点がある。
 しっかりと武装の役割分担がなされているために、一角が欠けてしまったらカバーできない。それがタナトスの弱点だった。
 だがしかしやはりタルタロスのトップはそんなことでは陥落しない。タナトスは突っ込んでくるマコトから離れるどころか
逆に真っ直ぐ全速で立ち向かい、ライフルの攻撃を数発もらいながらも、強烈な体当たりをかましたのだった。
マコトは弾き飛ばされる。
 タナトスがすかさず大鎌を、右腕だけで構え、下方に落下していくマコトの命をいよいよ刈り取ってしまおうとする。
 マコトは体当たりの衝撃に激しく揺さぶられながらもタナトスからは一瞬たりとも目を離していなかった。
そして、最後の一撃を準備して上方から襲いくるタナトスに向かってライフルの狙いをつけた。
 次の瞬間、観客から悲鳴と歓声があがった――
 二機のAACVは再び空中で激しくぶつかり、落下し、下の建物を叩き潰した。
 まきあがって視界を覆う埃が風に吹き飛ばされると、そこに見えたのは、無手のタナトスと、その胸にライフルの銃口を押し当てた
マコトの機体だった。タナトスの遙か後方の道路に、マコトにはじかれて宙に舞っていた大鎌の刃が突き刺さる!
「お……おおっ?おおおおおおッ!?」
 口だけ男すら一瞬言葉を失っていた。それほど疑いようもなかった。
 ――マコトの勝ちだ。
 全身が痺れるほどの歓声!絶叫!怒声!
「なんじゃこりゃああああああ!?」
 実況もあらん限りの大声を出す。
「なんだ!いったい何が起こった!俺たちは夢でも見てるのか!?オルフェウスはタナトスから逃げられないんじゃなかったのか!
オルフェウス、ほぼ勝ち確ーッ!だがまだ慌てるな、まだ勝敗が決したわけじゃねぇ!
俺たちが知ってるタナトスはこんなことじゃやられはしねー、そうだろ!?」
 呼びかけられた当人――タナトスの表情は相変わらず窺いしれない。しかしその佇まいからは、これっぽっちも、
危機に直面したときの焦りや、諦めのような感情は感じられない。
 それどころか、小さい子供に話しかけるときのような、優しく穏やかな雰囲気すらも感じられた。
 タナトスは静かに言葉を発する。
「……どうした、撃たないのか?」
 マコトはタナトスに銃を突きつけてはいたが、なぜかまだその引き金を引かずにいた。
撃てば勝利だし、万一外しても即反撃はありえない状況であるにもかかわらず。
 タナトスの含み笑い。
「そんなに彼女が大事か?」
 彼は頭を傾け、横目で傍らに鎖でつながれたミコト・イナバを見た。
 すっかりその存在を忘れていた観客たちは、タナトスのその言葉に、賞賛や批判の言葉をぶつける。
「おっとこいつはウッカリしてたぜ!そういやタナトスには人質がいたな!しかも女だ!
こいつは俄然オルフェウスを応援したくなってきたが、さぁどうなる!?」
「君の意思はそんなものだったのか」
 死神の言葉は静かだ。しかし嵐のようなこの会場でも、なぜかいやにはっきりと聞こえる。
「遠慮することはない。こうなることは彼女も覚悟の上だろう。その引き金を引いて私を殺したまえ。
私を殺せばコバヤシくんの仇を討てるんだぞ。何のために君はいままで戦ってきたのだ?」
 マコトは答えない。
「……まさか、仇よりも彼女の命が大切だとも言うつもりか。」
 失望したような声。
「わかっているのか、この状況で彼女を無事に帰すには、君が死ぬしかないんだぞ。」
 なおも、マコトは無言。
「……答えろ。君が命を賭けるに値するものは、何だ?」
「……ちがう。」
 ぼそり、マコトは言った。
「ちがう?」
「ちがう。」
「なにがちがうのだ。」
「俺には、アンタを撃つのにためらいは無い。それがイナバさんもろともでも。」
「ならばなぜ撃たない?」 
「俺が気づかないとでも思ったか!」
 突然マコトは叫んだ。目は血走り、かみしめられた奥歯で、以前からぐらついていた一本が折れた。
「なぜ、本気で戦わない!」
 その言葉はあれほど騒々しかった会場を一瞬で沈黙させるのに充分なものだった。

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