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グラインドハウス 第17話

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匿名ユーザー

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 翌日、家を出たマコトは学校へ向かう途中、イナバから電話を受けた。
「コンドウさんから聞いてるよね?学校なんかいいから、ウチ来てよ。」



 イナバ家に上がり、リビングの床に荷物を置いて、マコトはイナバに訊いた。
「そっちは大学は?」
「テストで点数とればいいから、行かなくてもいいんだよ。」
 彼女はいつものカジュアルな格好で、ホットミルクのカップを啜りながら言った。
「いいなー、自由で」
「そうでもないよ、気を抜くとすぐダラダラしちゃう。」
「隣の芝は青く見えるのかな」
「かもね。……さて本題。」
 イナバはカップを置き、マコトに向き直った。
「目標は打倒タナトス!ざ☆修行ぱぁと!」
「最近あざといな」
「なにが?」
「いやなんでもない。」
 顔の前で軽く手を振る。
 イナバは咳払いをした。
「と、いうわけでこれからコンドウさんの指定したタイムリミットギリギリまで、修行タイムだよ。
時間の許す限りトレーニングしよう。」
「ああ、わかってる」
「じゃあ早速だ!」
 2人は昨日自分たちで設えた練習室へと向かう。
 扉を開けると、小さな部屋いっぱいに組み上げられたグラウンド・ゼロの筐体が唸りをあげていた。
「すげー光景だな……」
 思わずマコトはそう漏らす。フローリングの床にかつてゲームセンターでよく見かけた、
白く大きなカプセル型の機械がどんと置かれている様は異様というか、間抜けというか。
「そういえば」
 マコトは思い出す。
「コーチをつける、って言ってたけど、その人はどこに?」
「その向こうがわ。」
 彼女が指差したのはグラウンド・ゼロだった。
 よく理解できないままとりあえずカプセルの中に入る。人型兵器『AACV』のコクピットをイメージして
デザインされたそのシートに身を埋め、懐かしい気分に浸る。
 思わず財布を取りだそうとして、必要ないことに気づいた。
 『グラウンド・ゼロ』のカプセルはゲーム展開に合わせて激しく振動する。そのためのシートベルトをして、
ICカードを差し込んだ。
 スタートボタンを押すと『グラウンド・ゼロ』のロゴが光り、モード選択画面に移る。
 そこでマコトはあれ、と思った。
 『グラウンド・ゼロ』にはオンラインモードとオフラインモードがあるのだが、選択できるのがオンライン
モードしかない。しかし、オンラインプレイに必要なサーバーは既に無くなっているはずだ。
 だが他にどうしようもないのでオンラインの『対戦』モードを選択する。
 すると、自動的にクラス別の部屋に分けられる。そこには通常同じくらいの実力のプレイヤー名がリストになって
表示されるのだが、グラウンド・ゼロが回収された今、最下クラス『E』の部屋には1つの名前しかなかった。
「『TESTER』……?」
 他に名前は無いし、おそらくこれで合っているだろう。カーソルを合わせてボタンを押した。
 画面に自分と相手の情報が表示される。当然だが、お互いにほぼ素人同然の成績だ。
 名前を選択し、対戦を申し込んだ。筐体に備え付けのマイクを引き寄せる。
「あなたが俺のコーチですか?」
 答えは対戦申し込みを受けることで返された。
 画面は速やかに機体選択と武器選択画面になる。タルタロスでの嫌な思い出――
 いつもの重装型とライフルを選んだ。
「重装型か……」
 スピーカーからぼそ、と相手の声が聞こえた。よく聞き取れなかったが、少なくとも男だろう。
 そういうお前は、と敵の機体を確認すると、自分と同じ重装型だった。
 ……オーケー、まずは自分と同じ機体を選んで、実力の差を見せつけようというんだな。やってやろうじゃねーか。
 マコトの胸に炎がちらついた。
 いつもの発進前のCGムービーが終わって、画面が白く染まる。
 さぁ、お手並み拝見だ――頭の中で『口だけ男』の実況が流れる――『今回のステージはぁ!?』――雲海を抜けた。
 『――サハラ砂漠だ!』
 頭の中の実況は放っておくことにした。
『こいつはラッキー!お互いの実力を知るなら最適のステージだ!アフリカ大陸の死の砂漠を再現したこのステージは
広大で、しかも視界を遮るものがほぼナッシン!だけど気をつけなぁ!?』
 その通りだ。
『クソたっけぇ気温のせいでオーバーヒートは起こしやすいし!巻き上がる砂嵐で視界も同じく砂嵐!
地味に高低差もあるから――ってこいつは飛んでりゃ関係ないか!』
 やっぱ口だけ男はうるさいな。今回に限ってはあいつに責任は無いけれど。
 いつものように着地する。が、いつもと違って地面が柔らかいので、機体の脚が埋まり、バランスを崩して転倒した。
 予期せぬ衝撃に舌を噛む。走る痛みと微かな血の味。が、気にしないようにして素早くスラスターを吹かし、
その罠から脱出する。
 大きく巻き上がる砂煙。しまった、と思ったときには遅かった。
 遠距離から射撃を受ける。防御しつつ、避けるために高度を落として飛行した。
 まだお互いの位置が把握できない始めの瞬間に、自らどこに居るかを教えるなんて。
 だが相手がそれに噛みついてきたおかげで、マコトも敵のだいたいの位置を知ることができた。
11時の方向に敵はいる。しかも飛んできた弾から、武器はライフルかマシンガンだとも判った。
 レーダーを広く。果たして予想通りの方向に反応があった。
 相手もマコトの位置を把握したころだろう。これで対等だ。
 マコトは敵機に向かってまっすぐ飛んだ。このステージでは小細工はほとんど意味を為さない。
ならば早いとこ目視できる距離まで近づくべきだろう。
 砂丘を越える。見渡す限りの大砂漠にぽつりと、黒い重装型AACVが居た。
 敵はこちらを向いている。ならば相手もこちらを目視しているはず。だが向こうはピクリとも動かない。ナメやがって。
ライフルの狙いをつけて、乱射した。
 発射された弾丸はいくつもの小さな砂の柱を上げながら敵へとさかのぼっていく。ついに敵が動いた。
マコトを向いたまま、滑るように後退していく。大きな砂煙が巻き起こった。
 くそ、よく見えない――しかしその砂煙の向こうがわに確かに相手はいるのだ。マコトはトリガーを引く指は弛めない。
 機体ステータスなどのさまざまな情報を表示する、画面脇の小さなウィンドウに「命中」の表示が連続する。
よし、当たってる。
 敵が後退を止めた。砂煙の向こうからライフルを構えた姿が現れる。なんだ、今さら反撃か?もう遅い――トリガーをさらに握りこむ。
 途端、警告音が鳴った。
 はっとして、自分の失敗を知る。両肩のメインスラスターとライフルが熱ダレを起こしている。そうだ、ここは『サハラ』だ。
 引き金から指を離し、スラスターも一瞬別方向に吹かしてから止める。少し冷却しなければ最悪停止してしまうからだ。
幸いこのステージはよく強風が吹くので冷却にさほど時間はかからない。それより問題なのは目の前の――
 視線を飛ばしたその時、ピタリと正確にこちらに狙いをつけた、敵のライフルの銃口と目が合った。刹那、画面が砂嵐に覆われる。
マコトは何をされたのか理解した。
 ヘッドショットだ――
 マコトたちが操る人型兵器AACVは頭部がメインカメラであり、またその他の主要な機能が集まった、
人間と同じいわば『脳』なのだ。
 そしてその『脳』が破壊されると、一時的にメインモニタがきかなくなり、移動を含めたその他あらゆる行動ができなくなる『脳震盪』
の状態になってしまう。時間はだいたい10秒ほどだが、プレイヤーの間では『頭部を破壊される=負け』だと認識されている。
それほどに10秒間の棒立ちはこのゲームでは致命的だった。
 当然マコトも、目の前に降り立った『テスター』に何も抵抗することはできず、ただ巨大な剣で胸を貫かれるのを待つほかはなかったのだった。



 画面に『LOSE』の4文字が大写しになる。マコトは深いため息をついた。
 まさか頭部を破壊されるなんて。あんな小さなポイント、狙って当てられるものじゃない。なのに破壊されるとか、
運が悪かった。――そうにきまってる。
 画面にはリザルトが表示されている。総合ポイントもテスターの方が上だ。
 なんとなく眺めていると、スピーカーから相手の声がする。
「……さて、はじめましてアマギくん。」
 テスターの声はやはり少年のものだった。
「俺が『テスター』だ。アヤカさんから頼まれた。」
「テストは合格か?」
「もちろん、不合格。」
 その事務的な物言いに、こいつとは仲良くな れそうにないな、とマコトは思った。
「リプレイを見よう」
 テスターは言う。画面がリプレイに切り替 わった。
「まず君の意見から聞きたいな。君の最初のミ スはどこだ?」
「着地か?」
 マコトは少し投げやりな態度で言った。
「はずれ。」
「でも最初に位置を把握されるのはマズいだ ろ。」
「普通はね。だけど今回のステージのような場 所ではレーダーの効きがいいし、見晴らしもい いからどうせ何もしなくてもすぐにお互いの位 置は判る。
近距離なら問題だけど、ある程度遠 距離なら数秒の違いは問題じゃない。むしろ短 期決着を望むならあれは正解だ――体勢さえ保っ てれば。」
 嫌味ったらしいな、このテスターとやらは。
「問題はそのあと。」
 画面はマコトがテスターに突撃するシーンになった。
「まず第1に、射撃開始の距離が遠すぎる。ロックオンを信用しすぎているのかもしれないけれど、敵だって避けるんだ。
遠ければ当たらないのは当たり前。」
 テスターはそう、画面を俯瞰モードにして指摘した。
「第2に、撃ちすぎ。あの撃ち方じゃ万が一長期戦になったらほぼ確実に弾切れになる。しかも君はこちらが重装型だと確認したうえであの射撃だ。
正面からの重装型にただのライフルじゃ、有効打なんか見込めるわけない。」 
 少しイライラしてたせいだよ、とマコトは思う。
「第3に、ステージ環境を考慮に入れてなさすぎる。山岳要塞とか、あからさまな障害があるならともかく、
今回の『砂漠の熱』のような、パッと見ではわからないような障害には君は気づくのが遅い。今回の熱ダレとか、
文字どおり致命的だ。」
「……そうだな。」
 悔しいが、その通りだ。反論できない。
「さらに君は砂漠の砂煙すら考えていなかった。せっかく見晴らしがいいのに、あんなふうに外した弾丸の砂煙を立てちゃ意味がない。
敵から目を離す時間が1秒長くなるほど、自分の寿命が1時間短くなると考えるべきだ。あと――」
「わかった、わかった。もう充分だ。」
 マコトは少し皮肉っぽく、しかし半分は本心で相手の言葉を遮った。
「テスター、アンタが凄いってのは分かったよ。」
「……そうか。」
「アンタもプレイヤー?」
「いや、俺は――いや、そんなことはどうでもいいんだ。」
「なんだそれ」
「ところで、話を戻すけれど、その、君が倒そうとしている――えと――」
「タナトス」
「そう。そいつをあと13日以内に倒すには、どうすればいいと思う?彼はきっと俺より強い。」
 マコトは一瞬考えた。
「練習。」
「何の?」
「何って――倒すための。」
「それじゃダメだ。目的意識を持たなきゃ。なにしろ時間が無いんだ。」
「じゃあ、どうすればいいんだ。」
 ムッとする。
「それを考えるのも、君の課題だ。」
「なんだそれ。」
「そしてそれを考えるには一分一秒も無駄にできない。次のラウンドへ行こう。」
 テスターが何を言いたいのか、マコトにはまだわからなかった。




 それから数時間、マコトはテスターとの戦いを続けていたが、そろそろ集中力が切れてきたので、
小休憩をとることになった。
 テスターが言う。「必要なのは余計な事を考えないこと。『ここで撃ったら相手が死ぬ』とか、そういった、
勝つという目的のためにならない思考はカットすべきだ。」
「そんなこと、考えるわけない。」
「それは何故だ?」
「だってそんなの当たり前だろ。」
「そう、その通りだ。『当たり前』。」
「なんなんだよ、何が言いたい?」
「俺が言いたいのは、その『当たり前』が『当たり前』であり続けるということが『当たり前』であるようになる、
というのがこの練習の最終目的であるということだよ。たとえ敵が唯一無二の親友であっても躊躇いなく引き金を
引けるような……そんな、『当たり前』のことをできるように、君はならなくちゃならない。」
「それなら、もうできてる。」
「そう。その『当たり前』を大切に。」
 やはりマコトに彼の言葉は難しすぎた。



 日もとっぷりと(電源が)落ちて、すっかり暗くなった通りをふたりは歩いている。
 マコトは歩きながら大きく肩を回し、それから首を鳴らした。その様子を、隣で歩くイナバは見てとって、
「おつかれさま」と声をかけた。
 なんとなく気恥ずかしく感じ、マコトは彼女を見ないように返事をする。
「頭痛がするよ」
 彼はそう言った。それは本当だった。朝から晩までゲームしてたらそりゃそうだ、とマコトは自分にツッコミをいれた。
「帰ったら少しストレッチをするといいよ。血行が悪くなったのかも。」
「試してみる」
 イナバはマコトの横顔を覗き込み、練習の成果を訊いた。マコトは曖昧にごまかす。今日1日顔も名前もわからないコーチと練習した結果、
どうやらあの『テスター』は自分なんか足下にも及ばない腕前の持ち主らしい、というのがわかったが、
どうにもマコトはそれが気にくわなかった。
 コーチが自分より上手いのは当たり前のことなのだが、何か気に入らない。きっとこれは生来の性分によるものだ。
マコトはそう諦めて、今日のこの胸のムカつきと頭痛の不快感を、プラス方向へ転換するための努力をすることにした。
「すごいプレイヤーだよ、アイツ。とらえた、と思ったらあっちより先にこっちが撃たれてる。」
「へぇ」
「ノーロックでの射撃すらほとんど避けられなかった。もう意味がわからない。」
「でも、タナトスはそれより強いんでしょ?」
「アイツがそう言ってただけだよ。あれより強いとか、想像つかない。」
「ふーん……」
 イナバはまた前を向いた。その横顔は街の灯りに照らされて少し大人びて――年齢相応に――見える。
マコトはぽつり、つぶやくように彼女に言った。
「ありが――」
「そういえば、申し込みはしたの?」
 しかし遮られた。マコトは首を傾げる。
「なんの?」
「ほら、タナトスとのゲーム。はやく申し込んでおかないと、予定狂うかもだよ。」
 そういえば、やってない。てっきりアヤカさんがやってくれているものと思っていたが、確認してみたほうがいいかもしれない。
「帰ったら確認するよ。」
「うん。――それで、なに?」
 またイナバがこちらの目をのぞき込んでくる。ブラウンの大きな瞳を道路を走る車のライトがキラキラ輝かせる。
「いや……べつに、なんでもない。」
 マコトは面映く感じてそっぽを向いた。
 感謝の言葉を述べるにはまだ早いかもしれない。
 きっと、全てが終わってからの方が意味がある。
 そのために、彼女に一言、あの言葉を言うために、生き延びよう。
 負けてなるものか。
「このあたりでいいよ。」大きな交差点に出たあたりで、マコトは言った。
「そう?」
 イナバは足を止めた。
「じゃあ、ゆっくり休んでね。」
「ああ。」
「また明日」
「また明日。」
「おやすみなさい。」
「おやすみ!」
 二人は別れた。
 マコトは歩きながら携帯電話を開く。なんだか少し、心が温かかった。



 ――その日の深夜。
 タルタロス内にあるコラージュの私室は、美術館か博物館、あるいはどこかのトイレの掃除用具箱や無味乾燥な廃墟
の一角を切り取って繋ぎ合わせたような奇妙なものだった。テレビは1台も無いが、水道の蛇口は8つもあるし、
床には下の階の部屋(空き部屋)の絶景を望める天窓がある。壁の豪奢なシャンデリアは重量にあっさり組み伏せられて
ぐしゃぐしゃだし、ベッドはどういうわけか常に機械で冷却されていて、さらに極めつけは、コラージュはまったく
この部屋が好きではなかった。この部屋はうるさすぎる。
 だがコラージュはこの部屋を改装したりだとか、そんなことをするつもりもなかった。
 理由は、彼の最初の記憶がここにあるからだ。
 コラージュには過去がない。気づいたらこの部屋でベッドに寝ていて、気づいたらタルタロスのオーナーだった。
 その最初の目覚めはだいたい一年前で、そのころには既にタナトスが傍らにいた。
 以来、コラージュはタナトスの指導をうけて、施設の経営や、様々な悪事のノウハウを手に入れたのだ。
 なぜ自分には過去が無いのか、タナトスに訊くと、彼はこう答えた。
 ――タルタロスオーナーであるコラージュは何人もいて、代替わりするのだと。先代のコラージュは何か別々のものを継ぎ合わせるのが大好きだったのだと。
 そう聞かされて、コラージュは納得した。この全身の縫い目はそういうことか。定期的にある違法なナノマシンを
注射しなければ生きていけないのもそのせいか。
 ということは、自分には、自分だけのものと言えるものが何もないということになるな――そんなことを彼は思って、
その『オリジナル』なものを探すことこそ我が人生とし、いつか見つかればいいな、そんなことを思いながら日々を過ごしている。
 そして今、コラージュは1日の仕事を終えて、スーツを脱いで、寝間着のまま夜食のグリーンサラダを食べている。
何故だかダイエットがしたくなった。
 静かな部屋にノックの音が転がり込む。返事をした。
 入ってきたのは怪物の仮面に、ゆったりしたローブをまとった、大柄な人間――タナトスだった。
 彼はテーブルの向こう側に座る。
「なにか用かい?」
 訊かれて、タナトスは頷いた。
「この間の『裏切り者』の件だが」
「うん?」
「私たちは利用されたかもしれない。」
「……どういうことだい?」
 コラージュは瞳にあやしい光を宿らせた。タナトスはひと息おく。
「マコト・アマギだが……最近妙だ。とある家に頻繁に出入りしている。」
「へぇ。」
「それで調べたのだが、どうやらその家には『サイクロプス』が居るらしい。」
「サイクロプス……が?」
 タナトス再び頷く。コラージュはフォークを置いて、顎を撫でた。
 現在のタルタロスのセキュリティシステムを作った人間と一緒にいる……。
「なんか、アレだね。よくないね。」
「ああ。そこで例のあの写真を洗い直してみたが、やられた。あれは偽造だった。しかも高度な技術の……
ほぼ間違いない。一度話を聞いてみなくてはいけない。」
「そうだね。キムラくんには申し訳ないことをしてしまった。謝らなくちゃ。」
 コラージュは悲しげに目を伏せる。タナトスはその様子を見て、さらに言った。
「だが問題がある。さっき、マコト・アマギは私にゲームを申し込んできた。」
 それを聞いて、コラージュは目を輝かせる。
「本当かい!?ついにか!いつ?いつだい?」
「13……いや、12日後の夜からだ。」
 そう聞くと少しコラージュは残念そうに肩をすくめたが、すぐにまた嬉しそうに身を震わせた。
「そうか……ついに彼が死ぬのか……ああーもう、彼が死ぬとき、僕にどんな表情を見せてくれるのか、すごい楽しみだよ!」
 興奮した面持ちで、彼はレタスを口に運んで噛み締めた。オリーブオイルの舌を刺すような刺激。
「それで?」
 コラージュは促す。
 タナトスは何か言いたげな様子だったが、それを飲み込んで続けた。
「……お前も知っているはずだ。私が――」
「確かに、君はそういうのは好きじゃないね。このタルタロスにおいて自分の有利になるようなチートを使わないのも、
君だけだ。」
 コラージュの言葉を、タナトスは無言で肯定する。
「だけどさ、今回のこれはそういう問題じゃないよね?」
「だから、私に任せてもらいたい。」
「君に?」
「ああ――べつに話を聞くのは、彼でなくても構わないのだから。」
 タナトスはそう言って、仮面の奥の金の目を細めた。



 ここはいったいどこなのだろう。
 どうして私は椅子に縛り付けられているのだろう。
 目を開けても部屋は真っ暗で、何も見えない。
 記憶も少しぼやけている。
 たしか、家に帰ろうとして、そのあと……
 そうだ。急に車が近づいてきて……
 口元に何か布を当てられて……
 そうだ、私は……
 そこまでたどり着いた瞬間、部屋に光が差し込む。眩しさに目を細めながらそちらを見やると、誰かが入ってきたよう
だった。
 それは怪物の面をつけ、ローブを着た、奇妙な人物だった。本能的に恐怖を感じ、身が強ばる。
「深夜の女の子のひとり歩きは感心しない」
 その怪物はタナトスと名乗った。


 全てが終わるまであと『12日』。



 朝起きて、カーテンを開けて、洗面所で顔を洗う。寝間着のままリビングに下りて食パンを手にとって、
上にチーズとちぎったベーコンを山ほど乗せてトースターに入れる。焼き上がるまでにコーヒーを淹れて、
砂糖を入れてかき混ぜる。
 ちょうどできあがったピザトーストをコーヒーで流し込みながら新聞の殺人やら誘拐やらの物騒な記事を
流し読みして、最後に4コマ漫画とテレビ欄を読んだ。
 そのとき、母親がリビングに入ってきたのでなるべく早く食器を片付け、部屋に戻る。
 学校の制服に着替え、トイレのあと、洗面所に戻って歯磨きをし、ついでに軽く髪型を整え、それから無言で家を出た。
 途中まではいつもと同じ、途中からはいつもと違う道を歩き、イナバの家の前にたどり着く。
 インターホンを押した。
 ……反応が無い。もう一度。
 反応は無い。
 不意に不吉な胸騒ぎが、ユウスケのアパートをノックしたとき記憶とともに襲いくる。
 ざっと周囲をうかがってから玄関のドアに手をかけた。鍵がかかっている。ただ、留守なだけか……?
 いや、彼女は自分がこのくらいの時間にくることは知っているはずだ。留守なんて、変だ。
 携帯電話をとりだし、彼女に電話をかけてみる。
 コール1。
 コール2。
 コール3。
 まだ、イナバは出ない。
 コール4。
 コール5。
 そろそろ――
 コール6。
 繋がった。
「おはよう、アマギくん。」
 おぞましい声が飛び出してきた。
「お前――!」
「久しぶりだな。」
 タナトスだった。電話の向こうで彼はボイスチェンジャーを通話口に当てて話している。
 マコトは衝撃のあまりしばらく口がきけなかったが、やがて言った。
「……彼女に何をした。」
 タナトスは落ち着いた口調で答える。
「少し、話を聞かせてもらっているだけだ。」
「なに……?」
「アマギくん。君はプレイヤーだから、勝つために最善を尽くすのは当然だ。しかし彼女――サイクロプスは、
君とは立場が違う。」
 タナトスの声は冷酷だった。
「彼女には警察と手を組み、タルタロスを危機に晒そうとしている疑いがある。こちらとしては、
サイクロプスには中立であってほしいのだ。サイクロプスは君に肩入れしすぎた。」
「だったらまず俺を潰すべきだろう!」
「君は私との勝負を予約しているだろう?そういう相手に手を出すのは、私の主義ではない。」
「はぁ!?ふざけんな!」
「私が冗談を好むように見えるのか?」
 電話を片手に怒鳴り散らすマコトに、タナトスは微塵も動じない。
「心配するな。」
 相変わらず冷静な声。
「タルタロスから君に何かをするのはこれで終わりだ。その家の中にある筐体で思う存分練習すればいいし、
なんなら地下にあるスーパーコンピュータでこちらを攻撃してもかまわない。玄関の鍵はプレゼントと一緒に郵便受けに
ある。」
 マコトはゾッとして周囲を見渡す。
「……見ているのか……?」
「当然だ。その家の中も我々はすでに把握している。」
 タナトスはそう言った。
「君も男ならば、堂々と戦え。」
 そして最後に付け加えた。
「そのほうがより深く絶望できる。」



 郵便受けを開けると、鍵と一枚のDVDが入っていた。
 マコトはそれを抱えてイナバの家に踏み込む。
 主のいない家は恐ろしく静かでうす暗い。マコトは荷物をおき、リビングのDVDプレーヤーにディスクを入れた。
 初めは暗転している画面が映っているだけだったが、すぐに意味あるものが画面に映る。
 そこは暗い部屋だった。コンクリートのような硬く冷たい素材の床と壁でできたその部屋には、窓も灯りも含め、
ほぼ何もない。
 部屋にあるのは、画面中央の、頑丈そうな椅子一脚だけのようだった。
 その椅子に、誰かが縛り付けられている。
 その人物は子供のようだった。パーカーにショートパンツをはき、そして頭には――マコトは目を背けたくなった――
黒いビニール袋が頭をすっぽり覆うようにかぶせられていた。その袋は中の人物が呼吸をする度にしぼんだり膨らんだり
している。
 ちょっと待て、あの格好――
(イナバさんだ……!)
 マコトは彼女のその服装に見覚えがあった。あれは昨日、自分を送ってくれたときの服装のままだ。
 この映像は、いったい……?
 そう思ったとき、カメラの視界に新たな人物が入ってきた。
 不気味な仮面に、大仰なローブ――タナトスだ。
 彼はカメラを持ち上げる。イナバが画面から消え、代りにタナトスの顔が大映しになった。
 仮面の奥で金の瞳がぎらぎらと輝いている。
「アマギくん。君のパートナーであるサイクロプス、彼女が心配だろう。安心していい、彼女は無事だ。」
 彼はそう言ってカメラを持ち替えた。画面がぐるりと変わって、今度はイナバが映し出される。
「さすがだ。簡単に口を割りそうにはない。」
 画面外からタナトスの腕が伸び、彼女の顎を指先で撫でた。イナバはびくりと身を震わせる。
 それからまた画面にタナトスの顔が映し出される。
「アマギくん、彼女は君と私の戦いが終わるまで監禁させてもらう。またケルベロスの時のようなことがあったら困るか
らな……大丈夫だ。手荒なことはしない。こちらとしても、なるべくなら彼女を失いたくはない。」
 タナトスはまたカメラををイナバに向けた。
「彼に何か言いたい事は?」
 すると、彼女は応えた。その声は被せられた袋のせいで少し聞き取りづらい。
「ひとこと。それと袋を取って。苦しい。」
 そこで唐突に映像が暗転した。しかしそれはすぐに戻る。戻ったときには、カメラの前には相変わらず椅子に縛られ
たイナバが座っていたが、頭の袋は無くなっていた。カメラは今度は椅子の前の台かなにかに置かれているらしく、
映像は安定していた。
「アマギくん、まずはゴメン。」
 彼女は頭を下げた。
「こんなことになるなんて……油断してたよ。」
 悔しそうな表情を彼女は見せる。
「だけど心配しないで、タナトスは脅迫とかそんなことは嫌う人だから、わざと勝負に負けるとか、そんな余計な気は
使わなくていいからね。」
 彼女は快活な笑顔を見せる。
「このくらいの修羅場なら初めてじゃないから!今回も上手くやるよ!だから君は君の仕事に集中して。」
 笑顔はすぐに消えた。無理している、とマコトは直感した。
「タナトスも言っていたけど、今回は私が手を出せないようにするための処置だから、私はもう協力できない。
クライアント――分かるよね?にもそうメッセージをお願い。」
 彼女の眼は力強かった。こんなときでも次につなげる方策を考えているなんて、真似できない。
「頑張って。君なら、絶対勝てるよ。」
 微笑むイナバ。
 映像はそこで終わった。



「……なるほど。それで全部?」
「はい。」
 電話越しの声には感情が無かった。いろいろ思うところがありすぎて、どの感情を表に出すべきかわからないのだろうな、
そうアヤカ・コンドウは考えた。
 それから少し思考を巡らせ、アヤカはマコトに言った。
「計画の変更はとりあえず無しよ、君はタナトスとの戦いに集中して。その映像によればサイクロプスが監禁されるのは
タナトスとの戦いが終わるまででしょう?生きて彼と再会したいのなら、君が頑張るしかないじゃない。」
 答えは返ってこない。が、アヤカはそれを同意ととった。
「向こうにこれ以上の妨害をする気がないのは凄く助かるわ。テスターとの接続が不可能になったら詰んでいたもの。」
「……はい」
「彼を助けられるのは君しかいないわ。そう思いなさい。」
 そうして電話を終えた。
 しかし先ほどの言葉とは裏腹に、アヤカの頭にはある考えが浮かんでいた。
 ――果たしてサイクロプスは本当に口を割らないでいられるのか?
 それはノーだと、彼女は思う。この世には死ぬより辛いことなんていくらでもあるのだ。彼女はそれを知っていた。
 だがそこまでいかなくとも、今回のこの計画に手を貸すことで、サイクロプスが得る警察への『貸し』と、
今後も裏社会で生きていくために必要な『後ろ盾』を比較して、彼が後者をとってしまったら、それで計画はおじゃんだ。
そして当初アヤカと交わした『サポートのみ』という契約にこちらが違反した、と言われてしまえばそれは容易に実現してしまう。
 最強の弾丸は、今や不安定な爆弾に成り下がった。
 アヤカは天を仰ぐ。なるべくならリスクは増やしたくないが……
 抹殺予定リストに、ひとつ名前を増やすかな。



「そうか……残酷だね」
 テスターは画面の向こうの、顔も知らない少年から事情を聞いて、そうこぼした。
「あのタルタロスの野郎ども……許さねぇ……!」
 苦々しいマコトの声。
 だがテスターの胸には義憤だとかとは別の感情があった。
 彼はそれを素直に口にする。
「マコトくん、君が羨ましいよ。」
 意外な言葉にマコトが一瞬固まったのが感じられた。
「……俺は、君よりも長く戦っている。その目的はいつも同じだ。」
 テスターは目を細めた。それはとても寂しそうな表情だったが、その顔を見る者はいない。
「『人を殺すため』……昔も、これからも、それ以外のために戦うことは多分無い。だけど君は」
 彼は顔をあげた。
「『誰かを助けるため』に戦えるんだ。羨ましい……ホントに。」
「……アンタは――」
「俺はかつて友達を殺した。」
 言葉をさえぎって、テスターは言う。
「友達も殺したし、好きだった人も間接的にだけど殺したし、顔も知らない相手は山ほど殺した。だけど一度だって、
それで誰かを助けることはなかった。」
「テスター……」
「アマギくん、俺は君に会えて良かった。」
 微笑みがマコトにも伝わった。
「俺の人殺しの技術が初めて誰かを救うことになるかもしれない。そして、それができるのは君だけだ。」
「……ああ、そうだな。」
「迷うな、戦え。それが君だ。」
「ああ!」
 マコトは力強く応えた。




 そうだ、迷っている暇はない。



 ――こうして、全ては『12日後』に向かって転がり落ちていく。
 全てを終わらせ、親友の仇を討ち、そして大切な人を救うために、テスターからあらゆる技術を受けつぐマコト・アマギ。
 全てを終わらせ、己の復讐を果たすために味方も敵も騙してタルタロス崩壊のシナリオを描くアヤカ・コンドウ。
 全てが終わることを願うミコト・イナバ。
 全てを終わらせないために迎え撃つタナトスとコラージュ。
 全てが終わるのは、『12日後』だ――



 その日は酷い雨だった。

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