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グラインドハウス 第16話

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匿名ユーザー

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 ――アヤカ・コンドウは地下都市以前から多くの官僚や議員を輩出してきた名家にうまれ、そこで10代後半まで
育った。
 が、その頃彼女は唐突に失踪する。
 実は彼女の高い能力はすでにこの頃から政府の機関に目をつけられていて、彼女は秘密機関の幹部候補生として
スカウトを受け、そのため不都合が起こらないように社会的に抹殺されたのだった。
 ――自分と同じくらいの年頃には、こんな選択をしていたのか――
 その後彼女は優秀な成績を修め、防衛省直下、自衛隊上部にある秘密機関『(通称)幽霊屋敷』に配属されることに
なる。
 この組織は教科書にも載っていた。地上に散らばる貴重なエネルギー物質を回収するために、憲法違反である軍事力
を国民に秘密のまま密かに行使していた組織だ。
 そう思い出した後の、次の記述にマコトは目を見張る。
 『幽霊屋敷は地上において発生した金眼事件の解決に重要な役割を担ったが、そのときに指揮を執っていたのが
アヤカ・コンドウだった』――!?
 マコトの資料を持つ指に力がこもる。ぞわぞわとした感覚が背中を這い上がり、身を震わす。
「……つながった……!」
 これで、『アヤカ・コンドウ』と『金眼事件』がつながった。これで言い逃れはできない。
あとは、『タナトス』と『金眼事件』の関係をコンドウさんから聞けば――!
 ――タナトスの正体が、つかめる。
 その大きな期待はまたマコトの体を震わせた。
 もしこれでタナトスの正体がつかめたら、もうタルタロスに参加する必要はなくなる――?
 ――いや待て。マコトは何か変な感じがして思考を止めた。
 それはない、か。
 息を吐いた。
 よくよく考えたら、そんな個人レベルまでタナトスが特定できているんなら、コンドウさんはとっくに行動を
起こしているはずだ。
 だから彼女が知っているのは、マコトたちと同様タルタロスにおけるタナトスだけなのだろう。
 ……それでも、いったい彼女とタナトスの間に何があったのか、俺には知る権利があるはずだ。
 またマコトは椅子に腰かけた。
 少しは自分も頭を使ってみようか。
 マコトは自身があまり頭がよくないことは自覚していたが、アヤカやイナバなどの頭脳労働に長けた人々を見ていると、
自分も頭を使いたくなった。
「……まずは状況の整理だな」
 独りごち、目を瞑る。
 まず、アヤカ・コンドウの目的は『タナトスを殺すこと』。そのために彼女はミコト・イナバと自分を利用してタルタ
ロスを壊滅させようという算段を立てようとしている。
 ふと疑問がよぎった。
 タナトスを殺すだけならなにもタルタロスを壊滅させる必要はないはず。
 頭の中でもう1人の自分が反論する。
 彼女は警察上部にも、他の犯罪組織にもタルタロスの顧客はいる、と言っていた。ただタナトスを殺しただけでは彼ら
からの報復が待っているにちがいない。タルタロスという組織が、タナトスの身を守る盾にも剣にもなっているのか。
 だから彼女はタルタロスを壊滅させようとしている。それはいい。問題は動機だ。
 アヤカ・コンドウは昔、金眼事件を解決した組織の指揮を執っていた。
 そしてタナトスは金眼事件に関わっていた可能性がある。ふとさっきの屋上でのキムラの言葉が頭をよぎったが、無視した。
 となれば、金眼事件がアヤカ・コンドウにそれほどの殺意を抱かせた理由である可能性が高い。
 そこでまた違和感を覚えてマコトは思考の足を止めた。
 自分が知っているアヤカ・コンドウは一介の警察官だ。そんな人間が、つい1年前まで、政府の秘密機関の幹部だった……?
 違和感の答えは簡単に出た。
 ……もしかしたら、彼女は左遷させられたのかも。
 すると、また思考が歩き出す。
 ……そうだ。きっと彼女は左遷させられたにちがいない。そして、もしその原因がタナトスにあったなら……?
 充分だ。
 充分に、復讐の動機になりうる。
 「そんなくだらないことで」という思いが頭を一瞬よぎったが、今までタルタロスで散々人殺しを――自分も含めて――見てきた。
 だから言える。人を殺すのに充分な理由なんてなく、故に人を殺すにはどんな理由でもいいのだ、ということを。
 でも、また疑問が胸におこる。
 さっきキムラの言葉が頭をよぎったときに思い出したが、金眼事件のテロリストたちは、リーダーを除いて全滅したのではなかったか?
 それとも、タナトスはその生き残りなのだろうか。
 いや、無い。金眼事件が行われた地上の環境の荒廃は、マコトもテレビで見たことがある。
 地上は死の世界だ。
 キムラの言う通り、あんな場所から単独で生還するなんて、できっこない。
 それに、またキムラからの情報だが、タナトスがタルタロスに現れたのは金眼事件の前だ。時期が合わない。
 ……もしかしたら、自分は何か見落としているのかも。
 そう考えたとき――
「う゛~あ゛~……」
 唸り声ともうめき声ともつかないような声をあげながら、イナバがリビングに姿を現した。数十分見なかっただけなのに、
少しやつれたように見える。
「おい、大丈夫か?」
 ただならぬ様子にマコトは立ち上がり、そばにかけよる。
 ゾンビのようなイナバは力無い足取りで椅子に向かい、崩れるようにそこに座った。
「体調悪いのか?」
 イナバに訊くと、首をふった。
「嘘つくなよ。とりあえず横になって――」
「……ジュース」
「え?」
「……オレンジジュースを……1杯……」
「あ、ああ。わかった」
 その言葉にマコトはキッチンへ行き、オレンジジュースをコップに注いで、戻ってきた。
 ジュースをイナバの目の前に差し出すと、彼女は両手でそれをしっかり受け取って、そのままごくごくと勢いよく飲み干した。
「ぷっはー!」
 大きく息を吐くと同時に、一気に彼女の顔に生気が戻る。
「いったいどうしたんだ?」
「やっぱ仕事のあとは甘いものに限るね!」
 そう言いはなって、満面の笑顔でこちらを向くイナバ。マコトはなんだか力が抜ける感じがした。
「……つかれてただけ?」
「うん。」
 マコトは大きなため息をついて、空いている椅子に腰をおろす。
「心配して損した。」
「心配してくれた?」
「心配した」
「心配した。」
 イナバはどことなく嬉しそうにマコトの言葉を復唱した。
「……俺にはパソコンのことってよくわかんないけど、そんな大変なのか?プログラムを作るのって。」
 彼女は肩をすくめた。
「普通数日かけてやるような作業を一気に終わらせたら、そりゃあこうなるって。」
「やっぱすごいんだな。」
「ぶい。」
 ピースするイナバ。しかしその態度も嫌みにはならない。
「じゃあ、はい」
 彼女のポケットからとりだされたICカードを、マコトは受けとる。
「『オルフェウスの竪琴』、完成だよ。」
「竪琴……?」
 マコトはギリシャ神話のオルフェウスの物語を思い出した。
 命を落とし、冥界に閉じこめられた自らの妻を取り戻すために、オルフェウスは竪琴を携えて冥界に下りる。
 竪琴の名手である彼は、その腕前で、冥界の門番ケルベロスや、冥界の支配者ハデスなどの困難を突破するのだ。
「……使わないよ。」
「君の自由だよ、それは。」
 イナバはマコトから顔をそむける。
 マコトは椅子に戻った。
「それで、何かわかった?」
 イナバが資料を指して言った。
 マコトは頷く。
「少し前進した。」
「良かった。じゃなきゃ、危険をおかした意味無いからね。」
「ありがとう。」
「どいたまー」
 にっ、と彼女は笑った。


 ――今は何時なんだ。
 毎日代わり映えのしない箱の中、ハヤタ・ツカサキが考えることはもうそのくらいしか残っていなかった。
 机の上には心理学の権威だかなんだかという老人から渡された紙束が乱雑に積まれている。自分のトラウマを探るためのテストだそうだが、
彼らは何度繰り返せばわかるのか。
 人は誰かを完全に理解することなんでできやしないのだと。
 人は、生まれてから死ぬまで、永遠に孤独なのだと。
 ――そんなことはない――
 ふと、頭の奥底で、昔の自分が声をあげた。
 ――人は完全にわかりあうことはできない、だけど、誰かと共にいることはできる――
 うるせぇな。
 所詮人なんて、いつでも他人の顔色伺って、仲間はずれにならないように、そんな風に生きるしかないだろ。人はひとりだよ。
 ――いや、お前は知っているはずだ――
 何を?
 ――お前は、忘れようとしているだけだ――
 だから、何を?
 ――あいつのことを――
 ……あいつ、か。
 ――お前と共に生きた、あいつのことを――
 短かったけどな。
 ――それでも、あいつと共に生きた間だけは、お前は、たしかに生きていた――
 ……そうだな。あいつのせいで、俺は迷った。
 ――迷った、じゃない、ためらったんだ――
 うるせぇ。
 ツカサキはベッドから飛び起き、余計なことを考えないよう、筋トレに逃げた。



 電話をかけた。
 数秒の沈黙のあとに、電子音声が流れる。
「この電話番号は現在使われておりません」
 にも関わらず、さらに番号をプッシュ。すると、コール音が鳴った。
 数秒後、相手が出る。
「はい。」
「……よかった、まだコードは変更していなかったわね。」
 アヤカは微笑んだ。
 電話口の相手は驚いたように言う。少年の声だった。
「金眼事件以降、情報漏洩に上は過敏になってます。私用回線でも録音されますよ。」
「構わないわ。お願いがあるの。」
「……とりあえず、聞きます。」
「助かるわ。」



 全てが終わるまで、残り2週間。



 授業が終わって、独り屋上へ向かったマコトがまず一番にしたのは、アヤカへの電話だった。
 彼女はすぐに出たが、どうやらタイミングが悪かったらしく、一度電話を切って、それから向こうからかけなおしてきた。
「なに?」
 声に少し不機嫌な色が見えたが、マコトは構わず言う。
「キムラに何をしたんですか。」
 彼の声には怒気が満ちている。誤解だとはハナから考えていなかった。
「……ああ、そのこと。」
「実力で排除したんですか。」
「別にどうもしてないわよ。今忙しいの、切るわ。」
「あ、ちょ――」
 無理やり電話は切られる。
 マコトは携帯電話を片手に立ち尽くした。
「……クソッ!」
 それを地面に投げつけようとして、携帯が壊れるかもと思いとどまったのが、ますます自身を苛つかせる。
 こんなの、違う。
 こんなの、卑怯だ。
 こんなの、アイツと同じじゃないか。
 キムラの顔がちらつく。タルタロスの中で金網越しに見た、あの顔だ。
 あの、他人への共感というものが致命的に欠けた、心の無い顔だ。
 きっとアヤカ・コンドウも同じ表情をしていたんだ。
 怒りが沸いてくる。マコトはフェンスを思い切り蹴飛ばした。
 複雑な残響音が屋上に漂って消える。
 長く、息を吐いた。
 落ち着け。腹立たしいが、しかし落ち着け。
 マコトはゆっくり体を反転させ、フェンスに寄りかかった。
 今日、学校に来たらキムラがいなかった。ただの休みかとも思ったが、昼休み、教師に呼び出されたマコトは、
キムラの行き先について訊かれたのだ。
 その瞬間、そういうことか、と理解した。そしてそれはどうも思い過ごしではなかったようだ。
 まだ動悸の激しい胸を押さえ、マコトは天を仰いだ。
 毎日変わらない、灰色の空。ずっと見てると目眩がしそう。
 視線を戻し、マコトは次に何をすべきかを考えた。
 もう一度コンドウさんに電話して指示を仰ぐのはなんか気まずいし、タルタロスに行くのは、裏切りもの疑惑をかけられている今は危険だろう。
 イナバさんのところへは……行きたいけれど、口実が無い。
 ……今日のところは素直に家に帰ろうか。
 そう思ったときだった。
 携帯が鳴る。画面を見る。どきりとした。ミコト・イナバからだった。深呼吸して、それから電話に出た。
「はい」
「やっほーアマギくん。今平気?」
「ああ、大丈夫。」
「ね、今日ヒマ?」
「今日これから?」
「うん。」
「ヒマだけど。」
「じゃあさ、ウチ来なよ!美味しいケーキをもらったんだ。」
「え、マジか。行くよ!」
「じゃあ待ってる。なるべく急いで来てね!」
 電話は終わった。



 狭い部屋に、熱気が満ちていた。
 マコトとイナバ、2人の皮膚は熱い汗にすっかり濡れている。
 彼らの呼吸は軽く荒い。さっきから2時間もかけているのだ。当然だろう。
 上気した頬を一筋、汗がつたう。
「んっ……はぁ……」
 唇から、イナバの吐息が漏れる。
「大丈夫?つらくない……?」
 マコトが訊く。
「うん……大丈夫、君がいるから」
 彼女はゆっくりうなずく。それを見て、マコトはついに自分の一部を穴に導いた。
 それに気づいて、イナバも体を曲げて穴のそばに手を添える。
 2人は目を合わせ、微笑んだ。
「じゃあ……いくよ。入れたらすぐに動かすから。」
 マコトはそう言って彼女とのタイミングをはかり――とうとう穴に自分の一部を挿し込み――そして――
「よいっしょお!」
 ――ダンボール箱の中から機械を引っ張り出した。
 機械はとても重い。これはとてもイナバさん1人ではこの部屋まで運べなかっただろう。
 部屋の中にはすでに同じような機械のパーツがいくつも並べられている。マコトは2時間前からずっと、
それを運ぶ手伝いをさせられていた。パーツはひとつひとつがとても重く、
おかげで2人は汗だくになってしまっていた。
 2人は機械の穴から指を引っこ抜き、同時に大きな息を吐く。
「やーまったく、君がいてくれて助かった!」
「やーまったく、まんまとハメられた。」
 マコトは手をぶらぶらさせている。機械が指に食い込んで痛かった。
「ケーキに釣られた俺が悪いんだけど」
「まさに『甘い罠』、どやっ!」
「はいはい」
 適当に流して、ダンボールを片付けつつ改めて部屋を見渡す。
「にしても、この機械なに?」
「あれ、まだ聞いてない?」
「なにを?」
「コンドウさんからの指示だよ。」
 イナバは何やら図面を眺めながらそう言った。
 マコトは名前を聞き、少しおもしろくない気分になる。
「この機械はグラウンド・ゼロの筐体。ヤミ市場から買ってきたの。」
「ヤミ市場?」
「いわゆるブラックマーケット。略してブラマヨ。」
「『ヨ』どっからきた。」
 軽く笑って、イナバは機械に使う配線をビニール袋から引っ張り出す。
「これからここを君のための練習室にするから。筐体の設置が終わるまで付き合ってね。」
 聞きながらマコトは疑問に思う。
「練習室ならタルタロスにもあるけど」
「タルタロスじゃできないことをするんだよ」
 2人は作業にとりかかった。



 しばらく経って――
「これで完っ成!」
 最後のケーブルを挿し終わって、イナバはふぅと息を吐いた。
「これで全部終わった?」
 マコトが訊く。
 イナバは頷いた。
「うん――まだちょっとシステムのセットアップとか残ってるけど、ほぼ終わりだよ。」
「……疲れたー!」
「私もだー!」
 大きくバンザイをして、同時に床に倒れこむ2人。
 そのときに、ふとマコトの手がイナバのそれに触れた。
 反射的にマコトは位置をずらしたが、それを確認するために向けた目がイナバの視線と鉢合わせした。
 ……黙る、2人。
 しばらく腕時計の針の音だけが部屋に響いた。
「……ありがとう。」
 そのうちに、マコトが体を起こしながら静かに言った。
 視線は外さない。イナバの目を見据えたままだ。
「なんか、いろいろしてくれて。」
「その分のお金はもらってるから」
 彼女は一瞬視線を外したが、またすぐにマコトの目を見つめ返した。
「……それに、私も君に興味があるし。」
「え……」
 イナバも体を起こす。膝を抱え、少し首をかしげるようにマコトを見た。
「……私もタルタロスに関わって長いけど、君みたいな人は初めて見たから。」
「……そうなのか」
「友達の仇を討つために自分の命も、他人の命も犠牲にする……どうしてそんなことができるのか、私には、正直、
解らないんだ。」
 マコトは視線を外し、うつむく。イナバは慌てて言葉を繋いだ。
「も、もちろん仇を討ちたい気持ちは分かるよ!……だけどそのために、自分はともかく、
他人の命を危険に晒すなんて……」
「……同じことをタナトスにも言われたよ。」
 脳裏にあの薄暗い部屋が思い出される。笑うコラージュ。粉になったユウスケ。それが収められた缶の上に、
無遠慮に座すタナトス。怒りが湧いてきた。
「でも、考えたんだ。」
 マコトは目をつぶり、それからまたイナバをまっすぐに見つめた。
「『タルタロスに関わった時点で、全員が悪い』……タナトスの言葉だけど、そのとおりだ。俺が戦う相手も、
俺自身も、悪。だから、悪いやつに容赦は要らないだろ。」
「じゃあどうして君はチートを嫌がるの?」
「そこまでタルタロスに染まったら、俺はキムラやタナトスとまったくの同じになって、仇を討つ資格も無くなると……
そう思っているから、かな。」
「……非合理だね。」
 イナバは立ち上がった。
「でも、私は間違っていなかったみたいだ。」
 彼女は破顔する。
「私は君を応援したい。君がその信念を、どこまで貫けるかを、見てみたい。」
「……ありがとう。」
 マコトも立ち上がる。
 それから頷きあって、軽く拳を突き合わせた。
「よっしゃ!そうと決まればとりあえず、コイツをセットアップしなくちゃな。手伝えることは?」
「とくに無いね。」
「出鼻くじかれたっ!」
 2人は笑いあった。



 建物の外はすっかり暗い。このままじゃ、今夜も帰りは深夜だな――アヤカ・コンドウはそう思いながらコーヒーを啜った。
 情報化が進んだ現代でも、重要な案件は相変わらず紙媒体での処理が主流である。
彼女のデスクはそんな社会の一番人間らしい部分で埋め尽くされていた。
 彼女はそれらに背を向けて立っている。まだこの役職に就いて1年しか経っていない(経歴上はもっと長いが、
それでもまだ経験が浅いと言われても仕方のないような長さ)ので、上の面倒な仕事がまわされてくるのだ。
仕方ないことだと納得してはいるが、休憩中ぐらいはあの忌々しい山を忘れていたい。
 だから別のことを考えよう――
 アヤカは私用の携帯電話を取りだし、通話口に盗聴防止の機械を貼りつけて番号をプッシュする。
 この時間では寝てるかも、と思ったが、無用な心配だった。
「夜分遅くごめんなさい。今大丈夫よね?アマギくん。」
「……はい。」
 覇気に欠けた声。簡単な世間話を少しして、アヤカは本題に入った。
「捜査について、現状を伝えるわ。まず、制圧に必要な武装と人員は確保できました。残る障害はタルタロスという
組織の存在そのものだけれど、君にはその排除――つまり『タナトスの打倒』を担当してもらうわ。」
 返事は無い。だが深刻な空気は伝わってくる。
「もちろん今すぐに、じゃないわよ。時間をあげる。」
 アヤカは息を吸った。
「『2週間』!正確には13日以内にタナトスを倒せるだけの実力を身に付けなさい。」
「にしゅっ……!?」
「サイクロプスに頼んでグラウンド・ゼロの筐体を安全な場所に用意させたわ。こちらでコーチもつける。
あとは君しだい。」
「無茶すぎる!」
「そう?」
 悲痛な声に、アヤカは微笑んでみせた。
「勝算の無い賭けは打たない主義なの。大丈夫、君ならできるわ。」
 いざとなったらサイクロプスにプログラムの改変を頼んで、負けないよう工作してもらえばいい。
「クソ……マジかよ。」
「君の気持ちを汲んであげた結果よ。それとも……自信無い?」
 挑発的な言動で相手に強制ではなく、自ら挑んだのだと錯覚させる。
「いや……ありがとう。なんとかする。」
「心配しなくても、失敗したら君が死ぬだけよ。そうしたらまた別の手でタルタロスを打倒してあげるから。」
「ああ……」
 また含み笑いをしてみせる。
「それじゃあ、近いうちにサイクロプスに連絡するよう言っておくから、今日はこのあたりで――」
「待って」
「また何か質問?」
 キムラのことだろうか。
「はい。」
「言ってみて」
「はい――いい加減、タナトスの正体を教えてください。」
「『いい加減』……ね。その必要は無いでしょ?君の目的にそれはいらない。」
「知る権利はある」
「無いわ」
「タナトスはテロリストなのか?」
「違うわ。あ――」
 しまった。
「テロリストじゃない……?」
 マコトの意外そうな声がする。アヤカは自分の初歩的な失敗に頭を掻いた。疲れが出ているようだ。
「……まぁ、似たようなものよ。」
「つまり、どういうことですか」
「自分で考えなさい。ヒントは出揃っているはずよ。」
 そう投げやりに言って、アヤカは電話を切ることにした。
 そのとき、腕時計の針が全て重なる。


 全てが終わるまで、あと『13日』

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