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グラインドハウス 第15話

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匿名ユーザー

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 ――数日後。
 警視庁内の廊下をアヤカ・コンドウは歩いていた。
 いつものような一分の隙も無いブラックスーツ姿で、長い艶やかな黒髪を頭の脇で邪魔にならないようにまとめている。
歩く度に廊下を反響する硬質なヒールの音がよく似合っていた。
 片手のタブレット型PCで簡単な作業をしつつ、廊下を曲がり、目的の部屋へ。
 その部屋の前には『タルタロス特別対策本部』との貼り紙がしてあった。



「それで、人員確保はどうなったの?」
 捜査の進展と方針の修正、それに関連するその他もろもろの事項の情報を捜査員全員で確認するためのちょっとした会議で、アヤカは部下に報告を求めた。
 1人の中年男性が立ち上がって答える。
「はい。警備第一課に協力を要請しましたところ、警視庁特殊部隊の隊員を6名ほどこちらに貸していただけるとの返事をいただきました。
これに機動隊の人員を合わせれば、いつでもどんなときでも最低60名の武装警官を動かせます。」
「ふむ。武装の方は?」
「機動隊標準装備のものを使用する予定です。」
「……まあ、屋内だし、十分かしらね。ありがとう。」
 頭を下げて、男性は再び腰をおろす。
 アヤカは考えていた。
 これでタルタロス施設を制圧するための武力も手に入れた。だがすぐに動かすことはできない。
 今日の朝、アヤカは上司である課長から捜査方針の転換を提案されたのだ。その理由は「現在のやり方では進歩が見られないから」
というものだったが、もしその申し出を受け入れたらアヤカは別の案件の担当に回されてしまうだろう。
 その提案がまだ『命令』でなかったのは幸いだった。奴らはまだ油断している。
 警察上部にいる顔も名前もわからない『向こう側の人間』は、タルタロスがやられるわけはない、とたかをくくっている。
 そろそろ、最後の詰めに入るころかな。
 その人間の他に不安要素といえば――
「……そうね。」
 最後の報告が終わって、礼を述べたあとに、アヤカは言った。
「準備も順調だし、障害を排除する策も整ってきた。」
 彼女は立ち上がる。
「決めましょう。2週間以内にすべてを終わらせる、と。」



 チャイムが鳴った。
 放課後のホームルームが終わって、マコトは帰り支度を始める。
 久しぶりに学校へ来たが、何も変わっていなかった。
 クラスの奴らは相変わらず下らないテレビ番組などの話題を楽しそうに喋っている。
 何も変わっていない。そう、何も。
 それは『彼』も同じだった。
「キムラ。」
 マコトは彼に声をかける。
 帰り支度をしていた彼はマコトを見て「やぁ」と言った。
 その明るい表情や物腰からは『ケルベロス』の面影はこれっぽっちも感じられない。いつもの、成績優秀な、学級委員長だ。
「このあと何か用事ある?」
 マコトは訊く。キムラは時間を確認し、答える。
「予備校があるけど、少しなら余裕あるよ。何か用事?」
「ちょっと、『ゲーム』のことで訊きたいことが。」
 すると彼は意を得てくれたようで頷く。
「……じゃあ、屋上へいこう。あそこなら多分誰もいない。」



「で、何の話だい?」
 キムラはフェンスに寄りかかって言った。
 屋上には2人の他には誰もいない。柔らかな、乾いた風が吹き抜ける。
 学校周りの道路のおかげでそこまで静かなわけでもないが、なぜかそれでも周囲の空間から隔絶されたような感覚が
ある。それがいっそう寂しさに拍車をかけていた。
「キムラ、お前はタナトスについてどのくらい知っている?」
「タナトスについて?……ああ、そうか。君はそういえば、そうだったね。」
 コラージュあたりから聞いたのだろうな、とマコトは思った。
「彼についてか。」
 キムラはフェンスに指をかけ、片方の手でタバコをとりだし、くわえた。
 火を点けて、煙を吐く。
「『タルタロス現ランク1位』、『仮面とローブで顔と体型を隠している』、『今のタナトスが現れたのは数年前』
……そんなとこかな。」
「『今の』タナトス?」
「コラージュとタナトスは、その名前と外見を先代から受け継ぐんだよ。詳しくは知らないけど。」
「へぇ。」
「有益な情報はあった?」
 キムラはマコトを見た。その眼差しにあたたかみはない。
「じゃあ、ひとつだけ。」
 マコトはその目を見つめ返した。
「彼の『金の眼』については?」
「『金の眼』?」
 キムラは一瞬眉をひそめたが、すぐに理解したようだった。
「そういえばタナトスの眼はそうだったね。仮面の奥からあれに睨まれるとちょっと怖いよね。」
「金の目って、金眼事件のテロリストの特徴だろ?」
「まぁ、そうだね。」
 キムラは大きく口を開き、煙を押し出した。煙は輪の形を保ったまま、風に吹かれてかき消える。
「まさか君は、タナトスとそのテロリストたちの関連を疑っているのかい?」
「何かの手がかりになれば、とは思ってる。」
 すると、キムラはハハと笑う。
「アマギくん、今日は早く家に帰って教科書を見直しな?」
「え?」
 キムラはあきれたようにタバコの灰を落とした。
「金眼事件のテロリストたちは、リーダーを除いて全員殺されてるよ。教科書にも、資料集にも書いてある。」
「リーダーって、『ハヤタ・ツカサキ』か。」
「ああそうだよ。」
「じゃあ、タナトスはそのツカサキって奴なのかも。」
「君は頭が悪いのかな?」
「あ?」
「ツカサキはどっかの刑務所だよ。死刑の執行待ちだ。」
「じゃあ、そのテロリストたちの生き残り?」
「荒れ果てた地上からどうやって1人で生還するのさ?それに、仮にそうだったとしても、金眼事件が1年前で、
タナトスが代替わりしたのがその前――時期が合わない。」
 マコトは沈黙した。
 キムラは肩をすくめ、タバコを地面に落とす。
「僕は、タナトスの目の色は、そういった誤解を誘うための一種のワナだと踏んでるけどね。
結局、瞳の色なんてカラーコンタクトでも、手術でも変えられるんだし――」
「……ああ。」
「――それで、質問は終わりかな?」
 キムラは落としたタバコの火を、踏みつけて消す。
 マコトは無言で頷いた。
「お礼も無し?……まぁいいけど。」
 そうして彼はフェンスから離れて歩きだし、出入口へと消えていった。
 しかしマコトの胸にはまた新たな疑念が広がっていた。



 それにしても、予想以上に下らない話だった。
 キムラは校門を出て、駅への道を歩いていた。
 もしかしたら自分が掴んでいない情報を手に入れたのかも、と思ってアマギの話に付き合ったのだが、
無駄な時間だったな。
 だがしかし、言われて見ればどこか引っ掛かるものがある。
 タナトスは何故、『金』を選んだのか。
 瞳の色を変えたいのなら他にいくらでも選択肢はある。青でも赤でも、なんならその日の気分で変えてもいいはずだ。
 まさかタナトスがファッションを気にするわけがないし、しかし逆にそんな彼が色を金に固定しているのには
何か理由があるはずだ。
 ……もしかしたら、本当に、彼の瞳は金色なのかもしれない。
 だとしたら、もしかして――
 キムラははっとして、思わず足を止めた。
 ――わかってしまったかもしれない。
 タナトスの正体が。
 ざわざわと体が総毛立つ。興奮のためだ。
 いやまて、焦るな。まだ何一つ確証は無いんだ。まずはしっかり証拠を集めて、それから――
「『ケルベロス』だね?」
 ――一気に興奮が冷めた。
 キムラは顔をあげる。目の前には大きなサングラスとマスクで顔を隠した男が立っている。
 それでもキムラが一瞬でこの男が何者かを覚ることができたのは、その独特の声のためだった。
老人のようにしわがれた声――
「……あなたがタルタロスの外に出るなんて、珍しいですね。」
「たまにはいいかな、なんてね。」
 男はサングラスをずらした。つぎはぎだらけの額がのぞく。
「コラージュ……さん。」
「これから予備校?勉強熱心だね。」
 コラージュの目元が歪む。笑っているようだ。
 キムラは後退りした。コラージュがわざわざ会いにくるなんて、ろくな用事のはずがない。
「そんな警戒しなくても。」
 コラージュは一歩、近づく。
「少し話を聞きたいだけだよ。怖がることはない。」
「じゃあ電話でいいじゃあないですか。」
「いやぁ、ちょっと気になる情報を手に入れてね。」
 コラージュは上着の内側に手を入れた。身構えるキムラ。
「君が警察と繋がっているんじゃあないかってね。」
「……誰からそのことを?」
「匿名の投書。」
「ハッ」
 キムラはわざとらしく鼻で笑った。
「そんな眉唾物の情報を信じるんですか。見損ないましたよ。」
「もちろん、それだけじゃ信じないよ。だけど――」
 コラージュが手を抜く。キムラは思わず体を強ばらせたが、相手の指先に握られていたのは一枚の写真だった。
「――証拠写真が同封されていた。」
 コラージュはそれを見せつける。キムラは目を凝らす。
 その写真には、キムラが警官と一緒に写っていて、キムラが警官から何か平たいものを受けとる瞬間を
とらえたものだった。
「君が警官からもらっているの、これ、グラウンド・ゼロのICカードだよね。」
「……みたい、だね。」
「巧妙な手口だ。」
 コラージュは写真をしまう。
「まずは信用を得るために『ケルベロス』としての実績を積み、タルタロスに取り入る。
目的はタルタロスと他の組織との繋がりを弱めるためかな――トラブルが続けば、見限るとこも出てくるだろうから。」
 キムラはまた一歩、下がる。
「サーバーへの、外部からのクラッキングの形跡は偽装だね?タナトスが、あの勝負の直前にパソコンで偽装工作を
する君を見ているよ。」
 コラージュが一歩近づく。
「アマギくんを助けたのは、今後も続く予定であるトラブルのスケープゴートになってもらうため――タルタロスに
恨みを持つ人間――適役だ。勝負前の妨害も、あれは自分をタルタロスがわの人間だとアピールするためだろう?
君が本気で妨害をしたなら、あの程度の怪我で済むわけがない。」
「ずいぶんと妄想たくましいね。」
「そう――妄想だ。今の時点ではね。だから君に話を聞きたい。一緒に来てもらおうか。」
「そんな合成写真に騙されるなんて、タルタロスのトップはとんだ間抜けだ。」
「合成でないことはタナトスが証明してくれている」
 その言葉の直後、ついにキムラは踵を返し、反対方向へと走り出した。
 コラージュは愉快そうに笑いながら、その背を見送っていた。


 そして彼は街から消えた。


 呼び鈴を鳴らした。
 なんとなく周囲を気にしながらマコトはインターホンの呼び掛けに応える。
 玄関の向こうからの小さな足音が聞こえ、扉は開いた。
「突然ごめん。」
 マコトはそう彼女に言った。
 ミコト・イナバはマグカップの紅茶を両手に持って「いえいえお気にナサラズ」と言った。
 マグカップが1つ、マコトの前に置かれる。
 礼を述べて一口すすると、それだけでも全身が温まるような気がした。
「それで」
 ミコトは部屋着だろうか、だぼだぼのスウェットのポケットに手を入れて、リビングのソファーに腰かける。
「『知りたいこと』って?」
 マコトは頷いた。
 マコトが彼女に会いにきたのは、それがあるためだった。
「『タナトス』の正体について。」
「……そーいうこと。」
 ミコトはマコトの目を見た。茶色の大きな瞳は普段とは違う光を奥に秘めていた。
「ごめんだけど」
 紅茶を一口。
「それは無理。」
「……難しい、か。」
「いや、難しい、じゃなくて、無理。」
「タルタロスを敵にまわしたくない?」
「そうじゃなくて――」
 彼女は困ったように腕を組んだ。
「タナトスの正体なんて、私だって知りたいよ。つまりはそういうこと。」
「……わかりました。」
 やっぱり無理か。マコトはそう思った。
 だけど予想はしてた。他にも知りたいことはある。
「じゃあ、『アヤカ・コンドウ』について。」
 そう言葉を発した瞬間、イナバはぴくりと反応を見せた。
「――クライアントに、ついて?」
「はい。」
「理由は?」
「彼女の目的は知って?」
「『タルタロス壊滅』」
「『タナトスへの復讐』。」
「……へぇー」
「知らなかった?」
「……うん。けど、嘘といえる程度じゃないからいいや。」
 イナバはまた、紅茶をすする。
「……お願いします。」
 マコトは頭を下げた。
 イナバはそんなマコトを一瞥し、しばらく無言でカップから立ち上る湯気を眺めていたが、にわかに口を開いた。
「……私はアマギくんの手助けをするように言われている」
 彼女の口調は落ち着いていた。
「契約だから可能な限りその通りにするつもりだけど、それはコンドウさんからの指示の下でのサポートをする、
という意味での契約だよ。」
 マコトはゆっくりと顔をあげた。
「君の指示に従うことは契約に含まれていないし、クライアントに無断でクライアントの情報を探ることは信義則に
反する。」
 ダメか。
「……だけど、理由によっては、そのタブーは破ることもできるよ。」
 沈黙。
「聞かせて。君は彼女の何を知りたいの?」
 息を吸う。
「『コンドウさんと金眼事件の関係について』。彼女とタナトスを結ぶのは、その線くらいしかない。」
「……私はタナトスに直接会ったことは無いんだけど、なぜ『金眼事件』が彼らを結ぶと?」
「タナトスは『金眼』です。」
「じゃあ、なぜ彼女が金眼事件に関係があると?」
「コンドウさんは金眼事件の話題をあからさまに避けようとしています。」
「なるほど……」
 イナバはそして紅茶を飲み干す。
「……たしかに、それは気になるね。」
 立ち上がるイナバ。彼女は口の端をつり上げた。
「わかった。この『サイクロプス』、力になるよ。お代はサービスしてあげる。」
「ありがとうございます。」
 また深く頭を下げると、イナバに軽くこづかれる。
「だから、敬語は禁止だって。」



 長い階段を一段下りる度に、確実に冷たくなっていく空気にマコトは身を震わせた。
 イナバの自宅の、物置部屋の奥の壁にある隠し扉を抜けた先には長い地下への階段があった。
 イナバによると、サイクロプスの仕事場はこの階段を下りた先にあるらしい。
 企業秘密だからあまり見せたくないのだけれど、と彼女は言っていたが、単純な好奇心からお願いしてみると、
案外すんなり彼女は折れてくれた。
 そんなわけでマコトは彼女と共に階段を下りることになったのだが、周囲の空気が下に行くにつれて確実に寒く
なっていくのがどうにも不可解だった。
「なんでこんなに寒いんだ……」
 白い息を吐きながら思わず毒づくと、先を進むイナバの声が聞こえる。
「仕方ないんだよ、だって――」
 階段の一番下にある扉の前で、彼女はマコトを待っていた。
 マコトがたどり着くと、彼女は指紋認証の扉を開ける。
「――こんなものがあるんだから。」
 開かれた扉から暖かい空気と、地響きのような下腹に響く音が飛び出してきた。
 目を凝らして部屋の中を覗きこむと、大きなわけのわからない機械が並んでいる。
 イナバは部屋の中心、巨大なディスプレイの前に置かれた椅子の背に手をかけ、マコトを振り向いた。
「スーパーコンピューター『ヘカトンケイル』。私の相棒だよ。」
「スパコン……?」
 圧倒されかけるマコト。
 うなずくミコト。
「すごいでしょ。私が作ったんだよ。」
「え、自作!?」
 驚き、改めてヘカトンケイルを眺める。大きな地下室の天井近くまで敷き詰められたわけのわからない機械たちは
無機物でありながらどこか有機的な印象の外見をしている。
 各所に輝く色とりどりのランプは怪物の目玉を連想させるし、飛び出た太いパイプは逞しい腕、
表面を這う配線は血管、冷却ファンとおぼしきものが出す音はこの怪物の息づかい、
それをかきけす発電機の轟音は心臓の鼓動だ。
 この部屋周りの異常な寒さは、この怪物の体温を抑えるためなのだな、とマコトは直感で理解した。
 と同時に今まで曖昧だったサイクロプスという存在が、少し解ったような気もする。そんなサイクロプスが
太刀打ちできないタナトスという存在のことも。
「あ、ちなみにこの部屋の機械には指一本触れないでね。末代まで破産するよ。」
 冗談か本気かわからない。
「これで、いつも仕事を?」
「うん。プログラミングとかクラッキングとか、趣味にも使うけどね。」
「趣味?」
「これでYouTubeとか見ると快適なんだよ。」
「ハイスペックの無駄遣い!」
 彼女は笑う。そして座席に腰かけた。
 マコトは彼女の椅子のそばに立ち、ディスプレイを横から覗く。ヘカトンケイルはちょうど目覚めたところで、
画面が明るくなった。
 イナバは慣れた手つきで変形キーボードをいじる。
 それからヘッドセットマイクを身につけた。
「……さて、今から集中するからちょっとしばらく話しかけないでね。」
 その言葉への返事すら、すでに彼女の耳には入っていないようだった。
 そこからは一瞬だった。
 画面に見慣れないウィンドウが開いたかと思うと、表示された文字もまるで読み取れない速度で次々と画面が
切り替わり、処理を行っていく。
 イナバの指は精密機械のような正確さとスピードでキーボードを叩き続け、それに加えて彼女はマイクに向かって
音声で指示も出していた。
 ……これが、天才。
 マコトは圧倒され、同時にどこか悔しさを覚えた。
 凡人には到底たどり着けないであろう境地……。
 イナバの作業はしばらく続いていたが、やがて唐突に終わる。
 キーボードを叩く最後の音がして、イナバはマイクに向かって最後の指示を出した。
「――全行程終了。ウイルスチェックのちトラップ等の確認。安全確保完了のちに使用回線の修復。
接続記録のコピー並び偽装のち無作為拡散が終了したら速やかに再起動のちスリープモードにて待機。
おつかれさま。」
 そしてイナバは脱力する。ヘッドセットを置いた。
 彼女は後ろを振り向き、マコトを見ると一瞬驚いたような反応を見せたが、すぐに納得して軽くうなずいた。
「……どうかしました?」
 訊くと、ミコトは恥ずかしそうに苦笑いした。
「いや、ごめん、わすれてたよ。」
「それだけ集中してたんだ。」
「いけないよねー、こんなんじゃ。」
 イナバはまた苦笑し、指のストレッチをする。
「大切にしてるんだな。」
 マコトは言った。
「え?」
「普通、パソコンに『おつかれさま』なんて言わない。」
「ああ、それ?」
 彼女はそ、とキーボードを撫でた。ディスプレイは丁度役割を終え、暗転する。
「……ヘカトンケイルは『私』だからね。」
「サイクロプスでもあり、ヘカトンケイルでもあるのか?」
 彼女は笑う。
「そうじゃないよ。ヘカトンケイルの中には、私の思考を再現したサポートAIが2人分搭載されてるんだ。」
「へぇ」
「50の頭と100の腕を持つヘカトンケイルは3人いるんだ。そして、皆タルタロスに幽閉されている……」
「どういう意味だ?」
「ただの神話。意味は無いよ。」
 イナバは顔をそらし、プリンターからそばに吐き出された紙たばを手にとった。
「はい、アヤカ・コンドウの略歴。……結構、ヤバいよ。」
 差し出されたそれをマコトは受けとる。
「ヤバい?」
「想像以上に危険なとこまで潜らなきゃいけなかった。代金サービスなんてしなきゃよかったよ。」
 不満げなイナバ。
 マコトは肩をすくめた。
「ああ、そうだ。」
 イナバは思い出して声をあげる。
「ICカード貸して」
 マコトは何の、と訊いた。
「『グラウンド・ゼロ』のだよ。ついでに君に作ってあげるよ。専用のチート。」
 事も無げにそう言い放ったイナバに、マコトは強い不快感を覚えた。
「俺にチートはいらない。」
「なんで?」
「そんなことしたら、俺はケルベロスや、他の奴らと同じになる。」
「……ん、立派。」
 マコトの言葉にうなずくイナバ。
「でも君は勘違いしてる。チートを使うことは卑怯でもなんでもないよ。」
 彼女はまたディスプレイに向かい、ヘカトンケイルを立ち上げた。
「前にも言ったけれど、命を賭けた勝負なんだから、プレイヤーが勝つために全力を尽くすのは当然だし、
その努力を怠ったために負けるなんて、ごめんだけど、『バカ』としか言いようがないよ。」
「だけど」
「悪いけど、これもコンドウさんとの契約内容に含まれてるの。破るわけにはいかない。」
 揺るがない彼女の態度にマコトは折れ、しぶしぶ財布からICカードを取り出して、渡す。
 イナバは満足げにうなずいて、「安心して、君にぴったりなのにするから」と言った。



 少し時間がかかるから、とイナバに言われ、マコトはひとりリビングに戻った。
 椅子に腰かけ、手渡されたアヤカ・コンドウに関する資料を眺める。
 そこにはマコトの想像以上のことが書かれていた。

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