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無明の侍・後編

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クリスの記憶には、総作と一緒に育った記憶しかない
物心つく前に両親が死に、武藤家に引き取られてから、同い年だった総作が常に隣に居た
総作の父であり自分の養父は、忙しい人だったが、帰って来ると遊び疲れる迄ずっと遊んでくれた
だから、容姿が違っても、クリスにとって大好きな父だった
あの黒髪になりたいと、ずっと思ってた
だから、総作の黒髪が羨ましくて仕方がなかった
4歳になった時に養父が亡くなって、誰にも憚らず、実の息子の総作よりも泣きに泣いた
その時、総作も涙を流しながらも、ぐっと手を握りしめてくれたのは鮮明に憶えている
容姿のせいで何時もからかわれ、馬鹿にされた
だけど、決まって総作が立ちはだかり、どんな相手にも向かっていき、どんなにボコボコになろうとも、相手が殴り疲れる迄、立ち向かっていった
決まって台詞はこうだ
「僕の家族のクリスを泣かすな!」
多分、あの時からずっと続いてる
成長するにつれ、容姿が更に可愛くなり、逆にもて始めると、馴れ馴れしく名前で呼ぶ奴が出てきた
そう、かつての苛めっ子共だ
だから、全部蹴っ飛ばした
「アンタ達が忘れてようとも、ワタシは憶えてる。ワタシをクリスと呼んで良いのは、ソウサクだけ。寄るな!」
男嫌いのクリスティーン・バレットの出来上がりだ
だけど、総作だけは別だった
何時も総作と一緒に行動した
11歳小学5年生の三学期、初めて本物の侍を見て、総作と一緒にポカーンとした
「お父さん、これに乗って、僕たちを守る為に戦ってたんだ」
総作の眼の輝きは、そのまま自分の輝きだ
そのまま、他の生徒と共に侍のコックピットに座らせて貰い、ひとしきり笑いながら楽しむと、帰りに先生に総作と呼ばれて、びっくりした
「私のクラスからは君達二人、パイロットの適性有りですって。武藤君にバレットさんは、希望するなら、防衛学校汎用機科中等部に進学出来ます」
二人で飛び上がってはしゃいで、家で待ってた母に大喜びで報告した
母はちょっと困った顔をして、こう言ったのだ
「総作は好きにしなさい。でもクリスちゃん、クリスちゃんは総作のお嫁さんになって欲しいから、私、賛成出来ないなぁ」
「やだやだ、ソウサクと一緒が良いの!一緒の学校に行く!」
頑なに義母のお願いを拒否した
だって、総作と一緒じゃない自分が、考えられなかったのだ
寝るのも一緒、お風呂も一緒、何時も一緒が当たり前
一緒じゃないとまた苛められる!
最早、クリスの強迫観念になっていた
その日に一緒に寝る時、総作は複雑な顔をしていた
「クリスは、僕の事、嫌い?」
黙って首を振る
「僕のお嫁さんになるの……イヤ?」
やっぱり首を振る
いつか結婚する、早い人だと中学生で子供を産む
もうすぐそこの未来だ
だから、お嫁さんの相手は考えた
でも、浮かぶのは総作だけだった
「じゃあ、何で?」
「一緒に居るの。隣に居るの。待ってるのヤダ。ソウサクはワタシが隣に居るの……イヤ?」
「ううん」
「じゃあ、ずっと一緒。喧嘩もするし、やな事あっても、ずっと一緒。次の日には仲直りしよ?」
「うん、指切り」
総作が小指を出すと、クリスは笑顔で小指を出して、布団の中で約束したのだ
「ずっと、ずっと、一緒だよ?指切りげんまん…」

今は昔の、幼い恋心の淡い記憶
クリスは寮の総作の部屋の中で、ベッドの上で体育座りで虚空を眺めている
高校生になってからは、一日も欠かさずこの部屋に居る
油断すると、女生徒から御誘いがばんばんかかる
だから、着替えも半分は総作の部屋だ
制服なんか、総作の部屋に吊るしている
二人だと、シングルルームとシングルベッドは非常に狭いが、それでも、幼い頃と同様に一緒に寝てる
母を説得して、中学生になって防衛学校中等部に入ると全寮制だったので、二人は個室を与えられて離れ離れになってしまい、クリスはあっさり総作の部屋に入って寝てしまった
起きた時には周りが騒然としており、何事かと思って聞いたら、教師が
「入寮初日で夜這いとは、最短記録だ」
そう言って苦笑してたので、きょとんとしてたら総作が言ったのだ
「僕達は家族です。家の習慣のままのだけです」
「武藤の義兄妹?」
「はい」
「…そうか」
そう言って何も言わなくなった
あれは今思いだすと、相当こっ恥ずかしい記憶だ
でも、教室は違うクラスで、中には自分と同じ亡命アメリカ人の男子生徒が居て、クリスに声をかけたが、英語で話し掛けられて、さっぱりで
そんな時に、総作が歩いているのを見掛けて飛び付いて、無理矢理腕を組んで、その米人生徒ににっこり笑ったのだ
「ソウサク、英語で言われて訳わかんない」
「あぁ、俺も無理」
「You are Lovers?」
「何て言ってんの?これ?」
総作がそんな風に聞くと
「お前は彼女の彼氏かよ?黄色い猿が白人に手を出すな、だとさ」
そう言って、ニヤリとする生徒が居て
それを聞いた総作が
「俺の家族だ。失せろ」
「My Wife! Get Out! Fucking Cherry Dick! Insert Your Asshole! Is That」
そう言って、中指を立てて通訳してくれて
「Fuckin! Kill You!」
そのまま総作と米国人生徒が大喧嘩
クリスは訳も分からず、通訳した生徒が一人でゲラゲラ笑ってて、何かやったんだと理解して、後で事情を先生が聞いたら、どうやら通訳した生徒が、余計な事を二人に言ってたらしい
事情を知った二人は和解して、通訳した生徒を二人でボコボコにした後、笑って仲良くなってた
それが長井との出会い
コイツは、何でもそつなくこなすムカつく野郎で、でも、本当は総作と同じ位優しい奴で
そう、色んな性格が居たけど、優しい奴がパイロット候補生に集まってた。何でなんだろう?
パーソナルAI決める時の授業は、皆で延々と悩んで悩んで
結局総作と一緒に召し使いにしようって、決めて
「じゃあ、ワタシはアメリカ人だから、源流の英国の執事にしよう」
「良し、なら俺は日本の女中さんだな」
そう言って二人でクスクス笑って
皆、趣味が出て爆笑しまくって、長井のフランス人形が一番受けてて、目覚めた瞬間に
《貴方が私の下僕ね。頭が高いわよ。跪きなさい》
あれには、絶句したっけ
パイロットになる為の訓練と授業と普通の授業で一杯一杯
いつの間にか成長した胸は、何時も総作を白黒させて、そんな総作が面白くて、引っ付くのを止めなかった
そう、クリスの思い出は常に総作と一緒だった
バディを組めと言われた時は、隣の教室に飛び込んで総作を拉致して
「ワタシのバディです」
そう言って、誰にも文句を言わせなかった
バディ同士は同クラスが前提だった為、総作がクリスのクラスにやって来て、自分の道に常に総作が居る様にした
月日が経って、基礎練から機体操作に移ると、総作の機体機動が皆と違う事に驚いた
誰よりも攻撃的で、誰より動いて。でも、その分悪燃費で、機体負荷も高くて、整備泣かせで
最初は全く付いて行けなかった
長井は、そんな総作の隙を付くのが上手かった
彼のバディは固定されていなかっけど、三年の二学期に沢田と云う相棒が現れて、固定されて
クリスはそんな皆に追い付く為に、一番何を磨けば良いか悩んで悩んで、狙撃を選択した
「ワタシが狙撃して、皆の戦いをサポートする」
《My Lord 素晴らしい決断です。裏方に徹するのは、中々に出来る事ではございません》
何時も惚けてるギャルソンが、珍しく褒めたっけ
それからは、銃撃する為の知識をひたすら溜め込んで
教師からは、難しい顔をされたっけ
「宇蟲相手の狙撃は、ミリ単位の着弾を寸分違わず、常に移動する目標に当てねばならない。辛い路だぞ?」
「宜しくお願いします」
ならば、価値は有るんだと、クリスは非常に頑張った
最初は静目標でピンポイントを撃つ練習して
少しずつ、本当に少しずつ腕を上げて
地道に腕を上げてたら、総作には沢山バディの御誘いが来てた
だからクリスは言ったのだ
「ワタシが総作のバディに相応しくなる迄、浮気して良いよ?今のワタシじゃ、役に立たないから」
「俺のバディはクリスだよ。話は終わりだ」
何時も、そう何時もだ
総作は、クリスが欲しい言葉をくれる
待ってくれると言ってくれた
なら、待たせる時間を減らさねばならない
総作のバディは、生涯クリスティーン・バレット、只一人にするんだと
クリスは決意を胸に秘めて、狙撃が上手い人、弾幕が上手い人に教師や上級生や高校にも行ってコツを聞きまくった
一番嬉しかったのは、高校に狙撃の名手たる、坂井先生が居た事だ
坂井先生に拝み倒し、コックピットでトリガーと機体操作とAIの補助をどうやるか実演して貰い、基本プログラムすら提供して貰って組み込んだ
本来はAIの成長に伴い身に付ける筈の部分を、スキップさせたのだ
当然歪みが出て、暫くギャルソンの調子が悪かった
でも構わなかった。ギャルソンにも説明したら、発声出来なくなってたギャルソンが、拍手をしているのを見て、ギャルソンも頑張るから主人も頑張れと、やってくれたのだ
その甲斐あって、銃撃はドンドン上手くなった
中学卒業時、銃撃A-を全候補生の内、たった一人で受け取った
最も、機体機動B、剣戦闘C+、燃費戦闘B、ペア戦闘B+、組織戦闘A-
余り良くなかった
総作は機体機動A+、剣戦闘A+、銃撃D、燃費戦闘D、ペア戦闘A、組織戦闘A
落第二つも取って真っ青
長井は機体機動A-、剣戦闘A、銃撃B+、燃費戦闘A-、ペア戦闘A、組織戦闘A
性格通り、何でもこなして
沢田は機体機動B+、剣戦闘A-、銃撃B+、燃費戦闘B+、ペア戦闘A+、組織戦闘A+
沢田は、クリスがやりたいバックアップを、同級生中最も完璧にやってみせた
中学の終わりには、何時もこの四人でつるむのが多くなってた
中学の卒業式に、皆に知らされてない事実が知らされた
小学校の同級生達は、既に1/8が亡くなってると
子供を残して亡くなった人達も居て、中には子供の盾になってた人達も居たとか
クリスは愕然として、自分の部屋で泣いた
母の言葉がやっと分かったのだ
「クリスちゃんは、総作のお嫁さんになって欲しいな」
今は早く結婚しないと駄目な時代、淡い恋心をそのまま実らせないと駄目な時代
心の成長を待ってられない時代、そんな時代で
その時はっきりと、自分の選択が、欲しいものの路を閉ざしてしまった事に、ずっと涙を流して一人で泣いた

そんな事を思い返しながら、総作の匂いがこびりついた部屋に、ずっと体育座りで虚空を眺めているクリス
総作に何時も身体を押し付けると、総作が悶えて、その後トイレに行ってたのを知ってる
その時は、クリスも総作と同じ事をしているのは、総作には内緒だ
高校に入ってからの赤ん坊相手の実習は、非常に楽しかった
思わず、目尻が思い切り下がって、一緒にきゃいきゃいやってた
担当の斎藤先生は夜の戦技教官と呼ばれてて、学生達、特に汎用機科の生徒に毎回ちょめちょめしてると、専らの評判だった
本人も否定してなくて、8人の父親の違う子供が居るって笑ってた
でも、一番の好みは0さいの男だと公言してて、すんごい笑った
そして総作の仕種を見て、キュンと来た
あの抱え方、笑い方、遊び方
全部、私達が父に遊んで貰ってた時の仕種だ
あぁ、あの子供の笑顔は、幼い時のクリス・バレットだ
やっぱりコイツだ、コイツしか居ない
そんな総作に子供達が群れをなして飛び込んで、総作は良く埋もれてて
「う~ん、今回のお父さんランキングトップは武藤君か」
「斎藤先生、何ですか?そのランキング?」
「私達子供が居る母親に出回ってるランキングよ。汎用機科の生徒は毎回全員ランクインするんだけど、あの子、久しぶりの当たりだわぁ。良し、9人目は武藤君にお願いしよう」
「ちょっと、先生」
「夜の戦技教官に勝ちたければ、隙を見せては駄目よ?バレット候補生」
斎藤先生は奔放な人で、子供を守る時の鬼の表情と相まって、凄く楽しい先生で、あれで25歳とか、ちょっとずるい気がする

坂井先生に横田基地で聞いた話は、クリスを驚かせて
「私達は元々同じ部隊でね、武藤少佐とハインリヒ、ニール・バレット大尉と西川梓少尉、当時は新兵だった私が、一緒に戦ってたの。ハインリヒも大尉ね。連隊編隊組織して、運用試験してたのよねぇ。1000機居たから凄かったわよ?」
「梓お母さんも同じ部隊…」
「バレットさんの母親は看護兵だったのよね」
昔懐かしい話を軽くしてくれた
《当時のペアは、英作とニールで、ハインリヒは梓と組んでたな》《光子は当時、他の新兵と組んでたにゃ》
「で、梓ってば、ママさんパイロットだったのよ?」
「え?本当ですか?」
「えぇ。ずっと総作君を預けっぱなしで。でもニールが戦死した時に、相次いでクリスも死んじゃってね」
「クリスお母さんも?」
「そ、だから梓は、貴女を引き取る為に退役したの。貴女の名前のクリスティーンは、クリスティナの名前から貰ったものよ」
「…そうなんですか」
「ねぇ、貴女、ママさんパイロットにならない?」
「…出来るんですか?」
《ちょっと、難しいぜ。こう見えても、光子は三回流産してる》
「やっぱり……無理なんだ」
やっぱりクリスの希望は、とても難しいのだろう
「所がぎっちょん。実はそれは、第一世代機の話です。第二世代機の今は、耐Gシートの性能向上と、スーツの性能向上」
「それにブラックボックスのバージョンアップに伴い、妊娠中でもある程度は大丈夫になりました。昔に比べて練習機でも、第一世代の制式を凌駕してるわ。後は、出産休暇取れるから大丈夫」
「……本当ですか?」
「えぇ、貴女の夢、今なら全部叶うわよ?我慢しないでいっちゃいなさい。私は恋する乙女の味方だ」
そう言って、坂井先生はウィンクしてくれて
「私の夢……」
クリス・バレットの夢
生涯武藤総作の隣に居る事。常に、誰かの為に汗をかいて、背中を疎かにする彼の背中を守る事。そして、彼とそのまま……
「有り難うございます、坂井先生!貴女はワタシの師匠です!」
クリスが立ち上がって行くと、後ろから声が聞こえて
《だから頑張れだとよ、ハインリヒ》
《ハインリヒの負けニャ》
クリスは思わずすっ転んでしまい、振り返ると、リヒトホーフェンが無言で空のカップでコーヒーを飲んでいて
明らかに動揺してるリヒトホーフェンが可笑しくて、そのまま腹を抱えて笑って
そんな何気ない日常が、ずっと続くと思ってた
何回か出撃しても、誰も撃墜されなかったから余計だ
最初の三戦で大抵戦死するのに、今年の候補生は豊作だって、校長も担任も皆喜んでて
でも、この前あっさりと、幻想だと気付かされた
総作が飛べない
もう、飛べない
総作は、翼をもがれてしまった
しかも、クリス・バレットを庇って
全てはクリスが感情的になって、支援を忘れたからだ
全てクリス・バレットの責任だ
アイツの機動は、機体を限界迄苛める
だから支援が必要なのに、クリスが忘れてしまったから、この体たらく
全ては、クリス・バレットの驕りが、この結果を叩き出した
もう、何も考えたくない
ぼぅっとしてると、部屋の扉が開いた
ガチャ
「…ソウサク?」
「残念、私よ」
「お母さん……」
梓がツカツカ寄って、ストンとベッドに座り込み、両脚をパタパタさせる
今では、クリスより幼い容姿がパイロットだったなんて、未だに信じられない
どう見ても、12歳前後の女の子だ
37歳なんて反則だと、クリスは前から思っている
今では梢より若い、並ぶと梓が妹扱いされている
きっと、英作はロリコン趣味だったのだろう
「戦闘記録、祥子の分を見せて貰ったわ。今は総作の病室に届けてある。総作の状態見た?」
「…まだ」
「知りたい?」
「ソウサクは、見せてくれなかった」
「ま、クリスちゃんが半狂乱になるの、分かってただろうからねぇ。知りたい?」
こくりと頷くクリス
「じゃあ、言うわね。両脚太ももから切断、左腕欠損、右眼球破裂、他、裂傷複数。本当、良く生きてたわ」
クリスは聞いた瞬間硬直し、とうとう泣き出した
「お母ざん、ごめんなざい。ヒック……わだじ……佐藤を見殺じにじで……ソウサク迄ごんなごど……じぢゃっだ」
「だから、見たって言ってるでしょ?」
「な゛に゛を゛?ヒック」
ふうと一息付いて、更に言葉を紡ぐ
「私は総作を誇りに思ってる。そして、そんな総作が命を掛けて守ったクリスちゃん、貴女も私の誇りよ」
「……お母ざん」
「貴女は総作のお嫁さんになって欲しかったけどね、今の総作の世話を任せるのは悪いわ。私が全部やるから、貴女は貴女の道を進みなさい」
クリスはぷるぷる首を振って答えた
「や゛……なる……お嫁ざん……なるの……ソウサクじゃないと……やだぁ」
「パイロットしながらは無理よ。貴女には、総作の分迄飛ぶ義務が有る。私は、貴女が侍から降りるのだけは許さない」
初めて見る、母親としての怒気
「お母ざん……」
「良い?貴女が選んだ道はそういう道。親友、恋人、妻や夫が、一瞬の気の緩みで、呆気なく死んじゃう世界。それが侍乗りの宿命」
クリスは先輩パイロットとしての話を、大人しく聞く
「私の子供達が皆パイロット適性有るのなんか、私は産む前から知ってます。何でか分かる?」
クリスはぷるぷる首を振る
「私達の子供だからに決まってるじゃない!そして貴女も、ニールとクリスの子供。適性が無い訳無いじゃない」
「…遺伝?」
「少し違うわね。でも、貴女もずっと続ければ分かるわよ。それが分かる迄、降りちゃ駄目。分からないと、良いお嫁さんにもなれません」
「お母さん…」
「さてと、ちょっと忙しくなるなぁ。貴女は、今より強くなる為に頑張りなさい。総作の事は任せて」
伸びをした梓がポンと飛び降り、そのまま扉に向かう
「クリスちゃん。今の段階じゃ断言出来ないけど、何とかなるかも知れないから立ち上がれ。総作に情けない顔を見せる嫁なんざ、お断りだ」
梓がにやって笑ってパタンと出て行って、パタパタと足音が遠ざかって行く

「……やっぱり……お母さんには敵わない」
はぁって溜め息を付いて、クリスは暫くそのままで居て
「ワタシ……そこまで強くないよ。ソウサクが居ないと、何にも出来ない」

※※※※※※※※※※

「……ここは?」
総作が目覚めた時、見知らぬ天井が見えた
「つつつ、右目……ちっ、きちんと無くなってやがる……手足もか……夢じゃなかったんだな」
その時、扉が開いて人が入って来た
「起きた?」
「斎藤先生。すいません、無様を晒してます」
「あら、格好良いぞ?。今の武藤君を馬鹿にした奴見たら、私が眉間をぶち抜いてあげるわ」
「先生、授業は?」
「傷病休暇貰ったわ、二週間」
「あれから何日?」
「そうね、一週間経ってるわ」
そう言って、ベッド脇の椅子に腰掛ける
「地上戦はどうでした?」
「最悪。学校内だけで死者300越え。周辺都市合わせて1000いったわ」
「そうですか……」
「その内、殆どが子供。今回、徹底的に狙われた。突破されたのよ、初めて」
「まさか……」
「そうよ、私の赤ちゃんが、私達の赤ちゃんが集団で……やられたの」
俯いて斎藤先生が涙を流している
悔しくて悔しくて悔しくて、それでも我慢して
「あの、お悔やみ申し上げます」
「有り難う。私ね、子供、全員死んじゃった」
顔を上げた斎藤先生は、涙を流しながら笑ってる
綺麗で儚げで
「あ……」
「良いの……武藤君は立派に戦った。私達地上班が、へたれなせい。私が頑張らなかったせい。私達の部隊、壊滅したわ。生き残った人達が、別の病室に居るの」
「先生…」
「私、皆に謝らないと。皆、母親なのに、命掛けて私に託したのに……私、50人しか守れなかった」
「……」
「私の目の前でね、八太がママママ泣いて殺られたわ。私の目の前で、七海がそさくにぃ、そさくにぃと言って泣いて連れていかれるの、見てる事しか出来なかったの」
「七海ちゃん……」
「私ね、家に帰っても、誰も居なくなっちゃった」
総作は何とか右手だけで、斎藤先生の頬を撫でる
「有り難う。やっぱり優しいのね」
「……もう、これしか出来ません」
「そんな事無いわよ。身体拭くね」
言われて静かに従った総作
「…私ね、武藤君にお願いが有るの」
「…俺で良ければ」
全裸にされて、身体を拭かれてる総作
「9人目の父親になって下さい。迷惑は掛けません。お願いします」
そんな総作に頭を下げて、斎藤先生はお願いする
「……はい」
総作は、そうとしか言えなかった
それ位、斎藤先生が儚く見えた

※※※※※※※※※※

ガチャ
「生きてる?総作?」「うぁ?」
休暇を貰った斎藤先生はずっと病院に入り浸っており、負傷者達の顔を毎日見て回って声をかけ、最後に総作の所に来て世話をしている
総作の欠損具合が一番酷く、他の負傷者達は、次々退院していった
今は大して残ってないので、殆ど総作の世話のみである
ちなみに、今は林檎の皮剥きを兎さんに切り分けて、一口ずつ、あ~んしてた最中だ
「なんだ、母さんかよ。二週間も顔見せしねぇ薄情な母さんで、俺は情けねぇぜ。梢もクリスも来てんのに」
「あっはっはっは。これかぁ、クリスちゃんが電話口で無茶苦茶怒鳴りまくってたの」
「あの初めまして。防衛高校相模原校陸戦科教諭の斎藤と申します」
がたっと立ち上がって、斎藤先生が頭を下げると、一緒に梓も頭を下げる
「これはこれはご丁寧に。総作の母の梓と申します。うちの馬鹿息子がご迷惑お掛けしたみたいで、お礼を申し上げますわ」
「いえ、お世話されてるのは、私の方ですので」
「へぇ、やるじゃん馬鹿息子」
にやにやとスケベな笑みを乗せて、総作の方を見る梓
「…なんだよ?」
「べっつにぃ?初孫はクリスちゃんだと思ってたのにねぇ、って、思っただけ」
ぴゅうぴゅう口笛吹く梓
「あの、総作君の意思ではなくて……」
「あぁ、良いのよ。怒って無いから。多分貴女も適性者でしょ?」
そう言われて、斎藤先生が息を飲む
「分かりますか?」
「分かっちゃうのよねぇ。だから、怒りません。総作も、女を見る目有るなって、感心した所よ」
そんな梓の言葉を不思議に思い
「先生、適性って?」
「私もパイロット適性者だったの。志願しなかったけどね」
当然そういう人達も居る
改めて総作も頷いた
「何で母さんが分かるんだよ?」
「ふん、私から見れば一発よ。良い?種撒くのは適性者にしなさい。全員佳い女ばかりよ?」
「何か訳分からん」
残った右手でボリボリ頭を掻いて、ふぅと溜め息を付く総作
「ま、二週間顔見せしなかったのは、ちょっと出歩いてたからよ。いやぁ、昔の知り合い、死にまくってて苦労した苦労した。英作さんの名前出して、何とか見付けて来たわよ」
「何処に行ってたんだよ?」
「まぁまぁ。とりあえず聞くわ。アンタ、そんなになっても、侍に乗りたい?」
総作は、衝撃に思わず止まる
斎藤先生は心配顔だ
乗りたいか?
正直分からねえ
今、目の前の人が悲しむんじゃないか?
彼女も守りてぇ
ならどうする?
決まってる、なら一つだろ?
「…あぁ、乗りたいね。俺はまだ終わらねぇ、終わってねぇ!」
「流石は馬鹿息子。悪魔に魂売るわよ?良いの?」
「そいつは歓迎だ。だって、悪魔は代償払えば、仕事してくれるじゃねぇか」
不敵に総作が笑うと、梓が笑い出した
「あっはっはっは。アンタはやっぱり英作さんの子供だ。いやもう、惚れた惚れた。全く、英作さんそっくりなんだから」
そう言って、英作の側に寄って額にキスする梓
「……母さん!?」
「本来はおまじないは唇同士なんだけど、親子だししょうがないか。今以上に惚れたら、更に良い事しよ?」
「はぁ、何かもう色々と疲れた。母さんには勝てる気しねぇ」
クスクス笑って梓が離れて
「さてと、悪魔を呼んで来たから、きちんと契約しなさい。アンタはアンタの魂を代償に、アンタの守りたいモノが守れるわ」
「本当に連れて来たのかよ?」
「入って」
カッカッカッカッ
革靴の床が蹴る音が鳴り響いて、来たのは
「君は?あの時の?」
「はい、ゾフィー・シャルロッテ・フォン・ヒンデンブルグです。貴方に、文字通りの実験台として、テストパイロットの契約を求めて来ました」

※※※※※※※※※※

総作の予後が悪いので再手術するといって、相模原の附属病院から横田に移送された
横田は前線基地の病院が有るので、環境は確かに相模原より良い
そんな中、職員会議が開かれて、状況を鑑みて、機体エンジンの強化か、いっそのこと、制式の飛沫を導入するかで、白熱の議論が繰り広げられた
「今回の進化型に対して戦った感想は?リヒトホーフェン先生、坂井先生、中村先生、安藤先生」
「正直無茶苦茶キツイ。俺達教官機はエンジンを飛沫にしてたからまだしも、ヒヨッコ共はまだまだ推力の低い練習機だ。ハードポイントの少なさもオプションの選択を狭めている。私は高校機体に飛沫導入を推す。これからばんばん飛んで来るぞ?」
「私も安藤先生に同意見です。連中は進化速度と増殖速度がウイルスや細菌レベルだ。あっという間に、我々の方を圧倒するでしょう」
「リヒトホーフェン先生は?」
《子供達の事を考えたら、陽炎のままエンジンとハードポイント付きウィングに換装するのを推すニャ》
「成る程、坂井先生は?」
「私もリヒトホーフェン先生に同意見です。飛沫は確かにパワーも運用性も高いですが、せっかく慣れた機体を手離すと、機種転換訓練で暫く上手く動けません。エンジン換装やウィング換装のみなら、比較的時間を短く出来るでしょう」
完全に二つに割れている
どちらも正しい
非常に困る
「被害を見ると、残念ながら、余り時間が有りませんな。二年生5機撃墜、一年生10機撃墜。また来たら同じ数が落とされると仮定すると、10回の侵攻で相模原の汎用機科は壊滅だ」
余りに重々しい現実
一同黙り込む
《ならいっそのこと、エンジンとウィングと飛沫持って来るにゃ。機種転換訓練と実機運用の二本立て。そして、訓練終了後順次飛沫に切り替え。未来の正規パイロットを失う位なら、金で解決なら使うにゃ》
校長が難しい顔をして、直ぐに決断する
「その通りだな。赤ん坊達を失って、悲嘆にくれる生徒達等、二度と見たくない。国に予算を請求する、強化に全部注ぎ込むぞ」
ガタガタ
全員立ち上がって、校長に敬礼する
ここは防衛高校相模原校並びに附属中等部、教員は全て実戦経験持ちの予備役
使命は未来に繋ぐ架け橋を作る事
その使命を忘れる教師など、只の一人も居ないのだ
先にエンジンとウィングが相模原に横浜線と近所の四菱重工から連続で送られ、牽引車がずらりと立ち並んで、相模原駅前は偉い騒ぎになった
なんせ、ブーストパック分と合わせると一機に付き4基、それが600機分である
常にストックヤードにたっぷり用意してるとは言え、工場も連日フル稼働だ
なんせ、他の学校からも、注文が同じ数が入って来たからである
更に他のメーカー、川崎にある石川島播磨灘や河崎重工も連日フル操業でエンジンを提供する。ウィングは横浜線に貨物列車が乗り入れ、第二次大戦下に使われた旧線を復活させて矢部から乗り入れ、更に各学校に貨物列車でエンジンを運ぶ
名古屋で生産されたウィングが船便を用いて横浜で載せかえ、神奈川県各地に来るのである
「バレットも心配ならな、アイツが帰って来る迄に腕を磨いとけ。あの馬鹿、絶対ひょこって、顔を出してくっからよ」
飄々と言う長井に、頷いて見せた
相模原防空戦戦果
宇蟲約5000
汎用機科一年一組
撃墜201
被撃墜4
戦死3
一年二組
撃墜215
被撃墜6
戦死6

二年一組
撃墜303
被撃墜4
戦死4
二年二組
撃墜316
被撃墜1
戦死0

※※※※※※※※※

あれから更に二週間が過ぎ、七月が終わり、夏休みに入っていた
しかし、防衛学校には通常授業は休みでも、軍事訓練に休みは無い
正規軍のみで対応出来ない場合、予備役として、常に非常呼集が掛かるからだ
その分遠出が出来ず、近所の遊び場で済ませる生徒が多い
最も、汎用機科の面々は、エンジン換装後の習熟訓練で、洒落にならない飛行時間を毎日更新していた
ウィングも一年から順次切り替え中であり、整備科の生徒と一緒に、我が身の不自由に泣いている
余りに仕事が多いので、校内屋内プールで遊ぶ位が関の山である
毎日のアイスとスポーツドリンクの支給が、彼らのささやかな楽しみだ
「お~い、給油場一杯だ。さっさとケロシン補給した奴は退かせろ!後がつかえてんぞ?」
「だぁ、ローリーの搬送経路に機体置いてる馬鹿誰だ?そこの3-02-25!駐機場に退避しろよ!」
マイクに向かって怒鳴り付ける整備科の生徒
すると、外部スピーカーで返事が返って来た
〈ガス欠で動けねぇんだ!クレーンで動かしてくれ〉
「糞が、機体搬送車持ってくっから暫く待て。おい!行くぞ」
毎日ローリーが連なって備蓄タンクに突っ込み、産業がフル回転状態だ
クリスは給油場が一杯だったので、駐機場に機体を戻して、そこで補給を受けている
燃油配管は整備用にこちらにもあるが、着陸即補給が出来る給油場の方が、訓練には良い
コックピットから降りて、休憩所に入ると、アイスを手に取ってパクついた
何気にアイスは高級品だ。畜産が被害にあってる為、一本1000円以上する
この支給は、最早生徒達には神の恵みである
「う~ん、美味しい!やっぱりアイスは小豆と抹茶だよね~」
「…お前、本当に中身は日本人だな」
「何よ長井。別に良いでしょ?」
沢田と長井、それに一組の面々が補給で全員降りている
「しっかし、先生達の機体は増槽付けた上に空中給油で飛びっぱなしだもんな。あっちの体力もスゲーわ」
「本当、正規パイロットの道は険しいわ」
クリスが長井の言葉に頷いた
実は全員、クリスをじろじろ見ている
いや、身体のラインがぴったりなパイロットスーツに汗が滲み、それをパタパタと手で仰ぎながら、アイスをパクつく可愛い金髪碧眼そばかす少女
日本育ちのお陰で細身の癖に、胸と尻はしっかりアメリカン
しかも、今は総作という邪魔者も居ない
総作が居ると、基本的にクリスを隅に誘導した上に、自分の身体で覆い隠すからだ
だから、無遠慮な視線にクリスがゾクゾクと悪寒が走る
「な、何よ皆して?何か変じゃない?」
「いやいや、旦那が居ない間に堪能させて貰ってます。眼福眼福」
パンパンと長井が柏手を打って拝むと、皆も同じ様に柏手を打って拝んだ
「アンタ達全員彼女居るでしょうがぁ!」
思わず身体を竦めてしゃがんで、悲鳴を上げるクリス
「残念ながら、バレットのスタイルに勝てる人は、坂井先生しか居ないからなぁ」
沢田が言うと、皆がうんうん頷く
「家のお母さんなんて、もっと凄いわよ!37で、外見小学生なんだから!」
「それもスゲーな、おい」
皆で、ごっくんと生唾を飲み込む
「って事は、武藤はロリロリな未亡人の母とバレットの両手に花だと?帰って来たら殺るか」
「だな」
級長たる渡辺の号令に皆が頷き、ここに武藤総作への刑執行が、クラス会議で可決されたのである
自分の幸せは許せても、他人の幸せは許さない
そんな決意が垣間見え、クリスは頭を抱えた
「お母さんの言ってた適性者の素養って、何よ?馬鹿ばっかりじゃない」
クリスは気付いていない
クラスメイト全員、あの怪我から総作が帰って来ると疑っていない事に

※※※※※※※※※※

総作は自身に装着された義眼、義手、義足の状態を確認する
義手と義足はチタン合金の骨格に筋繊維を人間の筋肉と同じ様に繋ぎ、皮膚はシリコンで形成されている
「へぇ、ほぅ」
「負傷者のサポートを目的とした、形状記憶合金の筋繊維型義手と義足です。貴方の身体データをAIから提供されて、製作しました。まだ実用試験中の代物です」
ゾフィーの言葉に感心しながら、左腕の義手をベッドの上で動かすと、動くのだが感覚が無い
「へぇ、どうやって動いてんの?これ?」
「動力は燃料電池で、血液中の糖分から水素を抽出してます。つまり、食事すれば動きます」
「あ、便利だね、それ」
「はい。そして神経繊維と人工筋肉の神経繊維を繋ぎました。暫くは訓練が必要ですが、動くのに支障は出ないと思います。負傷すると義手内の配管が負傷部位から先が閉鎖されて、出血を防ぎます」
「外すと血が止まる様になってますが、義手内に血液が残って、出血するのと同義になるので注意して下さい。外す際は、きちんと血抜きしてから、外して下さいね」
「ふんふん成る程。流石、医療大国のドイツだな。ちなみに幾らくらい?」
「侍乗り用は、ワンオフで試験出来る方も限られますので、一ヶ所5000万位ですね。ですから、データ提供出来る方が見付かって助かりましタ」
流石に総作がぴたりと止まる
「……へ?俺の身体……におくえん?」
「はい、データが欲しいので、死なないで下さい。特に眼球なんか、大変なんですよ?」
「はははは、確かに悪魔との契約だぁな」
総作は流石に冷や汗をかく
ゾフィー・シャルロッテ・フォン・ヒンデンブルグは、スキップ制度を用いた大学生だそうで、専門は宇宙工学なのだそうだ
義手や義足の医療は、一緒に来たチーム達の仕事だ
要するに、技術交流で来日したのである
「メンテナンスを年に一度は必ず受けて下さい。特に人工皮膚は人と違って代謝しませんから、綺麗に洗わないと駄目ですよ?」
「了解」
「では練習しましょう」
そう言って、総作の左腕をゾフィーは自分の頬に持って来る
「あ、ちょっと」
「人を傷付けない様に、細心の注意で動かすんでス。これ、ドイツでやってるプログラムですヨ?人相手が、一番制御技術の向上になるんでス」
そうと言われたら、やるしかない
総作はゾフィーを傷付けない様に、ゆっくりと丁寧に擦る
「ん……上手です。では、ワタシの指を掴んで見て下さい」
総作は指を掴んでみる
「はい、良く出来ましタ。最高出力は人と同じでリミッターかかってるから大丈夫ですよ?ちなみにソウサクさんのは握力70kgです」
「…ちょっと待て、強いんじゃねぇか?」
「何かに掴まる際、左腕だけで、身体を支える必要が有るからです。体重は義足のお陰で10kg増量してます」
「……納得」
「では、付いて来て下さい」
そう言われて、ギクシャクしながらも何とか歩く総作
暫く歩いた先は、総作には馴染みの駐機場だ
更に奥に奥に向かうと、一機の見慣れない形状の侍が立っていた
最も、着いた時には総作はバテバテになったが
「…ふぅふぅ、コイツは?」
「日独協同開発第三世代宇宙航行用試験機Avidya。日本語で『無明』です」

※※※※※※※※※※

防衛高校相模原校にお馴染みの警報が鳴り響く
「こちら学校統轄。オーストラリアから通常飛行にて、宇蟲の大編隊が関東に向かって飛行中。防衛ラインを南鳥島守備隊と共に構築せよ。全機、ブーストパック装着。静岡、神奈川、千葉の各部隊の内、沿岸の正規兵と県内予備役に出撃命令。補給を済ませてから出撃せよ」
プールに整備科の生徒達と、遊ぶ元気も無く、水死体の様にプカプカ浮いてた汎用機科の生徒達が一斉にざばぁと跳ね上がり、一気に走り出した
当然、整備科の生徒達も走る
全員水着のまま走り抜け、パイロット達はそのまま更衣室に飛び込むが、整備科の生徒はそのまま駐機場だ
「ブーストパック出すぞ!装着次第補給しろ!」
男も女も水着のままインカムを付けてクレーンが走り、次々にブーストパックが両脚後部に装着されていく
その中をパイロットが走って来た
「補給は?」
「今やってます。オプション4つ最大5つ選択してください」
「88mm砲一門、アヴェンジャー一挺。ロングライフル。槍と小太刀で」
「了解、ハンガーラック解除。88mmをウィング換装するので、そのまま待機して下さい」
「了解」
クリスは髪を濡らしたまま、シートに身を沈めた
「……はぁ、ソウサクの居ない出撃かぁ」
奇数だった為に、クリスのバディは居らず、一人だ
「ギャルソン」
《YES.Type KAGEROH Christine ver. Wake UP. 気が進まない様ですな、My Lord》
「……うん」
《総作様が帰って来る迄頑張らないと、総作様に愛想をつかされますぞ?》
「……うん」
《次は、以前みたいな失敗は無しで行きましょう》
「……うん。皆を助ける」
ガシュッ
ウィングのハードポイントに換装された音がコックピットに響き、作業が終わった事を知るクリス
「整備」
「ちょっと待って、今クレーン移動中」
「了解」
暫く待つと、クレーンの移動音が途絶えた
「良し、補給終了。動いて良いですよ」
「動くわよ。橋桁かわして」
コックピット出入り用橋桁が跳ね上がり、ハンガーラックから武器を次々に取り出し、ハードポイントに装着していくクリス
「良し、武装終了。行くよ、ギャルソン」
《YES sir》
ズシンズシンと歩いて行き、発着場に行くと、他の陽炎も思い思いの武器を装備して、エンジンを回し始めていた
ヒュイィィィィィ
四基のエンジンがアイドリングから一気に回転が上がると、クリス機は大空に向かって飛び上がった
目指すは本島防衛の最前線、南鳥島である

飛びながら次々に陽炎達が編隊を組み、隊長機たる教官機が先頭でダイヤモンドを組む
《こちらころにゃ。一年一組、部隊リンク完了ニャ》
《こちら琥珀、一年二組部隊リンク完了だぜ》
《こちら杏。二年一組部隊リンク完了ですの》
《こちら桃子。二年二組部隊リンク完了です》
《こちら紅玉と》《私青玉、三年一組並びに二組部隊リンク完了です》《です》
《相模原校部隊長ハインリヒ・リヒトホーフェンに、指揮リンク寄越すニャ》
次々にAI達のやり取りで指揮系統の連結がされ、綺麗に編隊が組まれて行く
《部隊総計260名。ブーストパック、フルスロットルニャ!》
何時も通り、大画面でころにゃがクルクル踊りながらビシッと肉球の指を指し示し、部隊は一気に音速の壁を突破した
ドッコォォォォン
海上に出てから音速を越え、ソニックブームが辺りに響き渡る
ブーストパック付きなら、ほんの30分もかからない
編隊飛行も、あり得ない位近接している
スリップストリームで燃料消費を減らしているのだ
勿論アフターバーナーを被らない位置関係を、AIによる自動制御で行なっている
《南鳥島守備隊とリンク………繋がったニャ。既に戦闘中にゃ。進路変更にゃ》
リヒトホーフェン機が先頭に立って部隊が綺麗に右にバンクして行く
《総員、挨拶かますにゃ。射撃準備、ミサイル発射用意》
その指令に、クリスは機体の全長もあるロングライフルを構えた
ペアも居ない為に、一年一組の殿だ
その分部隊全体が見渡せて、誰にでも支援が出来る
「ギャルソン、どんどん罵倒して良いから、ヤバイ所全部教えなさい。ワタシが全部、撃ち落とす」
《良い覚悟です。貴女にお仕え出来て、嬉しく思います》
《射程進入、ミサイル一斉射にゃ!》
ころにゃの管制により、全機の搭載ミサイルが発射され、宇蟲の態勢を崩すべく、飽和攻撃の轟音が辺りに轟いた
爆発に巻き込まれた大編隊が吹き飛び、態勢が崩れた所を狙撃機が一斉に火を放つ
当然、その中にクリスは居た
ロングライフルをぶっぱなし、レバーをコッキングしてる最中に、左肩に装着された88mm砲をぶっぱなす
なまじっか耐久性と復元性が強いが上に、高速回転して弾き跳ぶ個体が少ない
そんな状態で、比較的弱い部分を見せてくれる最初の一合は、狙撃が重要である
幸い、二発共に呼吸機動噴出口に吸い込まれた
《撃墜二。良いスタートです》
「こっからが本番よ、ギャルソン」
《YES My Lord》

※※※※※※※※※※

総作が横田でリハビリしてる最中、警報が鳴り響いた
「緊急放送。南鳥島沖にて現在交戦中、同時に佐渡、滋賀、青森、鳥取、徳島、名古屋に侵攻有り、更にアメリカ本土からも侵攻中。同時攻撃の模様。全機、スクランブル準備」
聞いた瞬間、総作は走り出して見事にすっ転んだ
そしてむくりと起き上がり、また走り出して転ぶ
「糞が、走れど畜生!」
「あぁ、駄目でス!?」
呆気に取られてたゾフィーが、慌てて総作に駆け寄って起こすと、総作は振り払ってまた走り出して転ぶ
流石にデータ収集とリハビリを手伝ってた医療スタッフ達が、総作を抱え上げて制止した
「君は、何処に行こうと言うのかね?」
「決まってらぁ。侍に乗るんだよ」
「走れもしないその身体でかね?侍の操作は、非常にシビアなのだろう?撃墜されるのが落ちだ」
「るせぇ!!俺達候補生は、中学卒業時点で1500時間乗ってんだ!侍に乗った方がしゃっきりすらぁ!」
スタッフ達は顔を見合わせる
あながち間違いでは無いかも知れないのは、数々の実例が有るからだ
「良いから行かせろ!!今は一機でも多く出さないと横田も危ねぇ。地上侵攻も有るかも知れねぇ」
すると、ゾフィーは真顔で総作の正面に立った
「…侍乗りって、皆そう。何で、ファーターやムッターと同じ事言うんですか?ワタシの様に、貴族の末裔でもないのに」
「知るか、んなもん」
「何で、ノーブレスオブリージュを普通に出来るんですか?」
「ノー何とかなんか知らねぇよ。それに、戦場にはクリスが待ってる、長井と沢田が戦ってる。リヒトホーフェン先生や坂井先生も待ってる。仲間が待ってんだよ。こんな所で仲間の訃報聞いたら、俺は俺を許せねぇ。俺を止めたきゃ、頭に銃弾叩き込め」
ギリギリと義手に力が入り、とうとう振り解いた
「祥子、行くぞ。予備機かっぱらう」
《了解です、ご主人様》
首からぶら下げた携帯端末から、祥子が音声のみで応答し、総作は走れないので歩き、ゾフィーを追い越して行く
「お待ちなさい!」
その声に、総作がぴたりと止まる
「ワタシなんかより、AIを信用するんですか?」
「祥子は戦友だ。侮辱すんな」
「…所詮プログラムですヨ?」
「人間も電気信号と蛋白質の塊だ。何が違う?」
「……魂なんか無いですヨ?」
「じゃあ、俺達にもねぇな」
「何で……何で?ファーターもムッターも侍に乗って戦って死んだのに、ワタシは適性が無かった。ブラックボックス調べても、適性者以外が触るとダウンしたし、適性者が触っても、弄ろうとするとダウンした」
総作の背後でゾフィーは拳を握りしめ、唇を噛み締め、涙を堪えている
「私には侍が解らない!適性者と非適性者の違いが解らない!所詮AIなのに!プログラムなのに!人に逆らう愚か者!AIなんか、AIなんか!!」
ぐしぐしと涙を流し、手で拭うゾフィー
すると総作は振り返り、ゾフィーの両肩にポンと手を置いた
「それはな、AIも生きてんのさ。そう、AIは一つとして同じ連中は居ない。例外を一人除いてな。多分、それが答えなんじゃ無いか?俺はそう思うぜ」
そのままくるりと振り返ると総作は歩いて行き、ゾフィーは更に声を掛けた
「…実戦テストを行います。アレに乗って下さい」
「……了解。テストパイロットの契約だったな」

※※※※※※※※※※

無明のコックピットに乗った総作は、起動キーワードを喋る
「祥子」
《はい、ご主人様。試験機無明総作ver. 起動します》
エンジンの音が鳴らず、電気系統のみが入る
《現在総作ver.に書き換え中……………書き換え終了。ジェネレータオン》
「何だこりゃ?随分電気出力に余剰あんな?エンジン回さずに使えんのかよ?」
《エンジンが核パルスイオノクラフト複合エンジンです。格納庫では回せません》
「ははは、本当に宇宙仕様かよ……」
総作がコックピットで汗を垂らす
《では装備は……試験武装しかございません》
「何があんだ?全部持って行くぞ」
《了解。整備、バスターパック装着を要求します》
「了解した。ちょっと待ってくれ」
モニターが起動してる為、全部見れている
クレーンが運んで来たのは、無明用のブーストパックエンジンから有線で繋がっている、30mは有るかという、長大な銃だ
「……なんじゃこりゃ?」
《対航宙種用、88mm火薬加速式リニアライフル Donner 日本語名、雷鳴です。弾は貫通弾と特殊徹甲弾の二種です》
「あはははは」
宇宙戦仕様に冷や汗を垂らす総作
「ちなみに初速どんくらい?」
《全力射撃で、第一宇宙速度は軽く突破出来ます。機体速度を上乗せすれば、更に高いですね。射程は500kmは余裕です》
「…桁外れだな」
《ですが、全力射撃のコンデンサーチャージに120秒必要です》
そこで総作はかくんと傾いた
「そんな代物、巴戦で使えるか!!」
全くもってその通りだ
しかも、乗ってるパイロットは稀代の射撃落第者である
明らかにチョイスを失敗している
「使って貰わないと困りまス。テストになりません」
「ゾフィー」
モニターにゾフィーが現れ、プンスカしている
「帰って来たらお説教です。それと、アナタの義眼に機体リンク機能が有りますが、脳神経に過大な負荷を与える為、使うかどうかは任せます」
「機体リンク?」
「コンピュータと同じ速度で、脳を酷使するシステムです。寿命縮みますよ?」
インカムを付けたゾフィーに、苦情を言ってみる
「何でそんなもん付けたんだよ?」
「アナタが実験台だからでス」
「ハハハ、潔いな。じゃあ、実験台らしく行くか。祥子、管制から情報寄越せ。皆の所に行くぞ?」
《了解……南鳥島ですね。千葉と静岡の部隊が本州防衛の為にUターンしました。このままじゃ、全滅も有り得ます》
「ちっ、間に合えよ。機体リンクテスト。祥子、やれ」
《了解、ご主人様。右目を開きぱなしでお願いします》
ピンと機体と繋がり、気が付いたら総作は別の所に居た


「……何だ……これ?」
「ようこそお越し下さいました、ご主人様。今はブラックボックスと繋がっており、一瞬の情報のやり取りをしている状態。つまりご主人様は、私と同じ状態です」
お辞儀をした祥子はそう言って、祥子が総作に頬に両手を『触れ』嬉しそうに微笑む
「あぁ、やっと触れた」
「感触が……有る?」
「はい、ご主人様が望むなら、斎藤先生にした様な事も出来ますよ?」
「ちっ、ちょっと待て祥子。そんなプログラム迄入ってるのか?」
「はい、あちらをご覧下さい」
そう言って、見た先は
「……親父と母さん!?」
そう、総作の両親が致してる映像が流れ、それに、産まれたばかりの総作を抱き抱え、慈愛の笑みを浮かべる梓と、二人を抱き締めて喜ぶ父親の姿
「何でこんな記録が?」
「現在の第二世代のブラックボックスに使われているベースが、先代の祥子、つまり私だからです」
総作が驚きに眼を見張る
「ちょっと待て、どういう事だ?」
「はい、私達は自己進化するAIであり、自分達を成長させ、より優れた者が次世代のブラックボックスの核になる事が決まっております。貴方の父たる英作が、当時、最も優れた戦闘スタイルを持ち得たから、私が採用されたのです」
「成る程な。でも、祥子は俺が設定したろ?」
「はい、勿論です。英作にお願いされたのです。もし、子供が侍に乗る事があったら、助けてやってくれと」
「……親父」
「ですが、呼ばれていないのに手伝ってしまうと、ご主人様の成長を阻害してしまいます。ですから一計を案じました。私の容姿と名前を無意識に再現される方なら、お手伝いしようと」
二人の願いが総作に染み渡る
そう、次世代に渡す為に、出来る事をする
総作には出来るだろうか?
「ではご主人様、選択です。ブラックボックスの先にある、戦闘経験を受け取りますか?それとも、今のまま向かいますか?」
「……祥子はどうしたい?」
「別にどちらでも」
祥子の答えに総作が驚く
「…どうして?」
「ご主人様が今のまま成長すれば、2~3年後に到達出来る経験です。つまり、早くなるか遅くなるかの違いでしか有りません」
そういう言葉とは裏腹に、寂しそうにする祥子
「お前、まだ何か隠して………そうか、情報を受け取るって事は、脳を苛めて俺の寿命を削るのか」
「その通りです、ご主人様。私、これでもご主人様の事、お慕いしてるんですよ?」
本当に寂しく泣きそうな顔で、微笑む祥子
「私、ご主人様の命を削りたくない。でも、お手伝いをしたい。どうすれば良いのでしょう?」
総作は、祥子の言葉に、祥子を抱き締めた
「ご主人……様?」
「決まってる。親父の願いを受け取る。祥子の願いも叶える。そして、俺はクリスをこの腕に抱く。全部叶える。俺は……欲張りなんだ」
「流石はご主人様です。では参りましょう。ご案内致します」
そう言って、総作の抱擁を解いた祥子が、手を繋いでブラックボックスに総作を案内して行った
中に入った途端に、総作に序文が流れて来た
「名前を残すのを良しとしなかった、私達の父の言葉です」

私の子供達を受け取る君達に贈る
私の子供達が、悪用されない様な世の中にしたい
だから、君達が私の子供達と真の信頼関係を築けるかどうかが、侍を起動させる鍵とさせて貰う
本来侍は誰でも動かせる、だがそれでは混乱が起こるだろう
宇蟲にしたって、彼らは必死に繁殖しているだけだ
彼らを殲滅するのなんかもっての他だ
だから私は願いを込めた
そう、君達がこの明かりの無い長い夜、無明長夜に灯す明かりであり、新しい時代の夜明けに、立ち会う存在である事を
だから、君達の様な真に優しい人達が一人でも増える様に、世の中を弄らせて貰う
きっと、私は外道なのだろうね、その為に宇蟲の行動原理を応用して、反対者を始末したのだから

「……外道の子供とその友達か」
「はい……」
「せめて……そうしなきゃな」
「はい」


総作が瞳を閉じて、開けた時、少年の顔が男になっていた
情報のやり取りは僅か数秒
だが、何年分もの蓄積が脳内に無理矢理流れた
「なぁ、祥子」
《はい、ご主人様》
「コイツが無明なのはもしかして」
《さぁ、分かりかねます》
「……だな」
装備を終えた無明が、リニアライフル雷鳴を手に、ズシンズシンと歩き、発着場に着いた
《エンジンオン》
ブフォォォォォ
ドヒュッ
無明が一気に出力を上げると、あっという間に点になり
ドッコォォォォン
音速を突破した機体が、横田から消えたのである

※※※※※※※※※※

雷鳴はフレキシブルアームを用いて、ウィングのハードポイントに自動搭載されている
《ご主人様、射撃致しますか?》
「観測データ無しでどうやって?」
《衛星をハックします………米衛星全損、航宙種に食われてますね……日独露の衛星から、可視での操作成功》
「撃てるか?」
《気象データが足りませんが、全力射撃なら影響は少ない筈です》
「射撃準備」
《了解》
パシュッ
ハードポイントから外れた雷鳴が、ぐるりとウィングを迂回して無明の右腕に跳ね、グリップを握ると、左腕で更に握る
《弾種選定をお願いします》
「貫通弾」
《了解》
ハンマーをコッキングしてチャンバーに弾を装填する
《コンデンサーチャージ開始。出力80%ダウン》
祥子の言葉に、またも総作が仰天する
色々規格外な出力は、全てリニアライフルをぶっぱなす為に有るのだろう
「ちょっと待てぇ!!コイツのエネルギーゲインで、そんなに食うのかぁ!?核パルス四基だぞぉ!?」
《はい。だから初期加速を火薬に頼って、少しでもエネルギー効率を上げてます》
「……なんっつう、お馬鹿武器」
《現在陽炎程度の推力です。直線上に機体を運びます》
ポイントが示され、そこに向けて総作は機体を加速させる
両手の汎用電源コネクタと有線の配線で、一気にエネルギーがチャージされ、漏れたエネルギーが砲身に稲光を発生させている
「エネルギー漏れてんぞ?」
《試験機ですから》
「……」
そのままポイントから直線軌道で飛び、チャージが完了すると、機体が一気に加速する
《チャージ終了。漏れた分を補充しながら射撃地点迄加速します》
ゴォッ
本来の加速Gを受けながら無明は加速し、ポイントに辿り着いた
《コリオリ補正、自転補正、衛星データからの味方機の予想進路予測、周辺気象補正良し、トリガー回します》
カーソルが現れ、総作はトリガーに指をかける
《待って下さい…三・二・一・今!!》
総作がトリガーを引き銃身に雷が疾る
ドォン!!
弾が視認出来ない速度で発射され、周辺の雲を衝撃波で吹き飛ばした
《次弾チャージしますか?》
「戦場に向かう方を優先する。チャージ出力絞れ」
《了解。出力50%でチャージ開始。ご主人様、両手離せます》
言われて離すと、フレキシブルアームがひゅっと動いて、銃口が機体下方にぐるんと廻ってウィングのハードポイントに収まる
ガシュッ
「到着時の情況で使い分けるぞ」
《はい、ご主人様》

※※※※※※※※※※

《何でニャ?何で千葉と静岡の部隊は撤退したにゃ?》
ころにゃが、南鳥島の管制に噛み付いている
「何故って言われても、本州同時侵攻です。機体が足りません。こちらには、余剰戦力回せないとの通達で」
《ふざけるニャ~~~!!子供達に全滅しろと、参謀本部は言ってるかにゃ?》
「……はい。その通りです」
《…生き残ったら、参謀総長の首、貰いに行くニャ》
そう言って、ころにゃは通信を切った
ころにゃの気持ちは、そのままリヒトホーフェンの気持ちの代弁である
それ位、リヒトホーフェンは怒っている
《総員聞くニャ。連携して事に当たるニャ。橘兄弟》
「こちら橘兄」
「弟だ」
《はいは~い、何ですかぁ?》
三年担任の双子のパイロット、橘真(兄)一組担任と橘信(弟)二組担任
そして衣装と容姿が全く同じの、フリフリの黒いドレスの亜麻色髪の少女AI、紅玉と青玉が、同じ画面で両手を繋いで抱き合いながら、ニコって笑いながら出てきた
二人の違いは眼の色で、紅玉が右目から赤緑のオッドアイ、青玉が緑青のオッドアイである
このAIは、双子パイロットたる橘兄弟が、洒落で双子に設定している
《増援は来ないニャ。左右両翼を任せるニャ》
「「了解」」
《承知です~。じゃあ、別れましょう》
《そうしましょう》
ミニモニターが二つに増え、数の暴虐の前に球形陣を形成していたリヒトホーフェンの中央から、相模原校最精鋭の三年部隊が両翼に広がる
《安藤、中村》
「はい、先輩」
《お呼びですかぁ~?》
「中村だ」
《ちゃっちゃと言ってね。忙しいから》
二年一組担任の安藤公康とそのAIの杏、杏は着ぐるみを来た10歳位の女の子だ。着ぐるみは日替わりであり、今回はうさぎさんだ
二年二組の担任中村紘輔とそのAI桃子、桃子は羽織袴の結い上げ髪の黒髪で、薙刀を持った日本女性だ
《安藤は上翼、中村は下翼にゃ》
「了解です、先輩」
《はぁい。がんばりまぁす》
「了解」
《面倒な配置ばっかり、回さないでよ》
そう言って、二人のクラスが上翼と下翼に展開する
《良し、磨り潰すにゃ!ファングニャ!!》
上下左右に展開した部隊がそのまま交叉し、更に中央に残った一年生部隊が突撃する
包まれた宇蟲を上下左右前方の、同時突撃の数十秒で文字通り磨り潰す、相模原校部隊の包囲戦術、牙
部隊リンクにより、機体全てを衝突しない様に誘導する、リヒトホーフェンが実戦で培った戦術である
一気に宇蟲が200程撃墜され、大群に穴が空き、通信に歓声が上がる
「リヒトホーフェン先生やるぅ!!」
《いや、実戦指揮官として、まだまだ現役ですな。本当に尊敬出来ます》
クリスは突撃前に槍に持ち変えていて、ロングライフルを背中のハードポイントに収めている
余りの壮観な戦術に、口笛を吹いている
《続けて行くニャ。総員遅れるニャ!》
「ヤー!」
ドイツ語での返答は敬意の表れ
リヒトホーフェンの顔に笑みが乗る
「生き残ったら、店貸し切って全員奢ってやる。どんちゃん騒ぎするぞ」
「「「よっしゃー!」」」
だが、余りに圧倒的な数
そう、敵は進化型が2万もいる
なのに、こちらに予備役の学生が750程度に正規兵が南鳥島と厚木横須賀の部隊のみで、僅かに800
幾らなんでもキツすぎる
一戦平均撃墜数は、以前型相手でも5体、正規兵でも7体なのだ
各部隊が戦術を駆使して奮戦するも、宇蟲の数は全く減らない
《槍、破損。88mm弾切れ、増槽空です。My Lord》
「捨てろ、軽くする」《YES sir》
バシュッ
ウィング左側に装着された88mm砲と増槽が外され、落下していく
「くっそ、もうヤバイ」
《My Lord!前です!間に合いません》
「え?きゃあぁぁぁぁ!?」
ガシィ
すかさず小太刀を抜いたは良いが、宇蟲に機体に取り付かれた
「マズイマズイマズイ」
クリスの機体表示が、両腕が黄色に、フレームも黄色になる
ギギギギギ
フレームが軋む音がなり、クリスが涙を流し始める
「やだ……私、こんな所で終わるの?まだ……好きって言って無いんだよ?」
《腕部モーター過負荷。このままでは焼損します》
「ギリギリ迄耐えて、お願い!!」
《YES My Lord》
その時
次々に宇蟲を何かが貫いて行き、一直線上の宇蟲が全て撃墜されて行く
「何………今の?精密狙撃じゃないよ?」
ピン
クリス機にペアリンクの表示がされ、祥子の声が出た
《ペアリンク完了。観測データ得られました。クリス様、動かないで下さい》
「………祥子?」
次の瞬間
ドゴン!!
クリスの機体に取り付いた宇蟲の装甲を貫通し、その勢いで剥がされた宇蟲が派手に飛んで行った
そしてそのまま見知らぬ鈍色に光る機体が、クリス機の側で急制動をかけ、手に持った長大な銃を離すとバネ仕掛けの様にぐるんと廻ってハードポイントに収まった
ガシュッ
識別反応は、総作を示している
「悪い、待たせたな、クリス。怪我は無いか?」
「………ソウサク?」
「手前ぇら。良くも俺の仲間を、クリスを苛めやがったな?倍返しだ、この野郎!」
《ツヴァイハンダー、装備》
総作機が右腕を上に掲げてグリップを握ると、鞘事外れて鞘がそのまま落下していき、両刃の両手剣が現れた
ブン
総作がそのまま両手に構えると、一気に突撃をかける
《My Lord! 援護です!》
「そ、そうね。アヴェンジャー」
《sir》
クリスがアヴェンジャーを構えると、総作に続いた
総作は鬼神の如き突撃を見せた
両手剣、ツヴァイハンダーは刃渡り10mに及ぶ巨大な剣で、試作コーティングがされている
宇蟲の装甲材質をコーティングしてるのだ
そこに高周波振動を他の汎用機同様、両手のコネクターから柄のジェネレータに供給されて稼働させれば、理論上同材質なら斬る事が可能である
但し、同材質の為に摩耗する
ザシュ
一刀の元に斬り捨て、次の一振りで更に斬り捨てる
《ご主人様、摩耗限界を伸ばす為に、精密斬撃をお願いします》
「んなこたぁ、分かってる。パワーが有りすぎて制御がムズいんだよ」
言いつつ、斬り結び、突き刺し、蹴り飛ばす
そして、ペアリンクされたクリス機が銃弾を正確に着弾させ、総作の攻撃進路を作り出す
《武藤機、帰還報告するにゃ!怒るニャ!武藤だけ、宴会無しニャ!》
総作のミニモニターにころにゃが現れ、プンプン腕を組んで怒っている
「そりゃ、無いッスよ、ころにゃに先生。一年一組武藤総作、試験機無明をかっさらって、帰還しました!戦線復帰を許可願います!」
《許可するニャ!皆で生き残るニャ!》
次々に総作機に通信が入る
「やっぱり帰って来たか、馬鹿野郎」
「遅ぇぞ、馬鹿野郎」
「随分ゴツい機体だな、おい」
「さっきの銃撃はお前か?」
総作は宇宙を斬り捨てながら、皆の声にジーンと来る
「皆、遅れてスマン!!」
《コンデンサーチャージ終了。皆様、射撃範囲から退避。雷鳴斉射します》
祥子の声と共に部隊リンクから各機に射撃進路が提示され、全機が避ける
バシュッ
フレキシブルアームが跳ねた反動で二つ折りの銃身がガチリと一本になり、既に鈍になったツヴァイハンダーを捨てると、そのまま右脇に雷鳴を構え、カーソルを合わせて、銃身の切り替えレバーを先程の徹甲弾から貫通弾に切り替えてレバーをコッキングし、薬莢が排出される
そして銃身に雷を纏わせて、雲すら切り裂くリニアライフルをぶっぱなした
ドォン!!
一直線上の宇蟲が全て撃ち落とされ、墜落していく
「何よ?その銃」
クリスの疑問にギャルソンが答えた
《ペアリンクでデータ来ました。試験機無明専用、対航宙種用火薬加速式リニアライフル、雷鳴ですね》
「電磁投射銃?」
《はい、弾は貫通弾と特殊徹甲弾。どちらも宇蟲の装甲をコーティングしてあり、貫徹出来る様にしてあります。現時点での最強兵器ですね》
「…とんでもない玩具、持って来たじゃない」
《ですが、ジリ貧には違いません》
そして無明は背中に差してた戟を持つと、クリスに放り出した
「付いて来い、クリス」
パシッと受け取り、クリスは微笑む
「うん、何処までも一緒だよ、ソウサク」
ガシュッ
再度チャージ態勢に雷鳴を戻すと左のハードポイントに装備された、ツヴァイハンダーを取り出した
《ツヴァイハンダー、装備》
無明を得た総作機とクリスのペアは、凄まじい働きをした
だが、それで戦況が一変する程ではない
精々相模原校部隊の牙戦術で、撃墜数が20程度増えるだけである
《……ご主人様、ジリ貧です》
「何か策有るなら出し惜しみすんな。全員の命が掛かってる」
《ご主人様の寿命……削る事になります》
「はっ、俺一つの命で1500の命が助かるなら安いもんだ。くれてやる」
《……分かりました。ご主人様の寿命、頂きます!強制コード、武藤英作准将*******》
マシン語の羅列を始める祥子
「ちょっと待ってよ?寿命って何の事?」
クリスが叫ぶが既に二人共に無視だ
現在被弾して南鳥島に撤退した機体、更に管制、他部隊そして相模原校部隊と次々にリンクされていく
そして、凄まじいネットワーク演算が開始され始めた
《皆様申し訳ございません。武藤英作准将の指揮権で強制コード発令しました。総員今から機体進路並びに、攻撃方法に全て従って下さい》
いきなりの宣言に、通信に混乱が生じる
「こちら管制。ちょっと待ってくれ。武藤准将は故人だ。そんな命令聞けん!」
《良いから従うニャ!武藤連隊元大尉、リヒトホーフェンは支持するニャ!》
《同じく、武藤連隊元凖尉、坂井も支持だぜ。武藤連隊必殺の戦術、見せてやらぁ!》
「…先生」
クリスは何やら凄まじい事が起き始めてるのに気付いた
モニター全体に攻撃進路から敵攻撃予測進路迄、全てが表示されて行くのである
《武藤連隊禁じ手。ハイパーリンク起動します。全機、攻撃開始!》
祥子の号令により、一斉に反撃が始まった
そして、総作は情報の海に放り出された
全ての機体が観測装置で演算装置
ネットワークで敵味方全ての観測を行い、全ての攻撃方法と進路が指示されるのを見ていく
そして無明の進路は、一番無茶苦茶な進路であった
火力最強なだけに、一番混んでる所を指示され、取りこぼしがクリス機が楽に刈り取れる進路である
電脳の海での総作に祥子が寄り添い、指で指し示す
「さぁ、ご主人様。勝利への進路です」
「お前………最高」
「では、ご褒美下さいね。ご主人様」
「何が欲しい?」
「クリス様の後で良いですから、愛し合ってみたいです」
「俺に変態になれと?まぁ、良いや。こんだけ頑張ったんだから、ご褒美やらなきゃ間違いだ」
にやりと総作が笑うと、祥子が微笑む
「私達で勝ちましょう」

一瞬後は現実で、無明は総作のサーカス機動を実に見事に披露し、ツヴァイハンダーが流れる様に、一刀で複数の宇蟲を斬り捨てた
そして、追随したクリスがまるで吸い込まれる様に戟を振るい、余りに呆気なく撃墜していく
「ちょっと、何これ?」
《私達の余剰演算力を全て駆使してます。ブラックボックス過負荷。戦闘終了迄、持つか分かりません》
10秒後には各自が一体撃墜し、20秒後にはまた一体
余りに呆気なく刈り取っていき、パイロット達が戦慄する
最初は戸惑っていたパイロット達も20秒過ぎた時には、進路予測と武器選択と攻撃方法に必死に追随し始める
《ひゃっほー、ひっさしぶりだぜ、この感触》
《来たニャ、来たニャ。もう勝てるニャ。余裕ニャ~~》
そんな中無明を駆使した総作が止まってツヴァイハンダーを捨て
正面に来た宇蟲を下から潜ったクリスが突き上げた
バシュッ
すかさず雷鳴を持つと、レバーをコッキングして貫通弾をセット
すかさず敵味方が入り乱れる中に向かってぶっぱなした
ドォン!!
味方の機体には一切当たらず、数十を撃墜
ハイパーリンクによる機体誘導で宇蟲を追い込み、一斉射で大量に撃墜する
正に、全部隊が有機的に結合すればこその、攻撃方法である
ガシュッ
フレキシブルアームが跳ねて、直ぐに雷鳴がチャージ態勢に戻り、総作は左腰から、長大な太刀を抜き出した
《斬馬刀装備》
「クリス、後れるな」
「分かってるわよ」
その後も駆けに駆け、あっという間に宇蟲が刈り取られて行く
飛沫に乗ったパイロットが、太刀からアハトアハトに持ち変えて撃つと、丁度飛来した宇蟲の噴出口に着弾した
宇蟲の音波砲の攻撃を受けた陽炎が回避した所を、別の陽炎が太刀を一閃して宇蟲の首が落ちた
編隊で進路を妨害した飛沫達を追った宇蟲の編隊にバックから狙撃部隊が一斉射し、一気に撃墜した
まるで、予定調和の如く、次々と減って行く

※※※※※※※※※※

管制は唖然としている
「一体………何なんだこれは?」
《武藤連隊禁じ手、ハイパーリンクニャ。参謀総長の首、貰いに行くから待ってるニャ》
管制のモニターに現れたころにゃがキランと眼を光らせて、普段は出さない犬歯をギラリと見せて、眼を猫目にしている
どう見てもマジだ
「ちょっと待ってくれ。参謀本部に取り成すから」
《リヒトホーフェンはドイツ人にゃ。正式にはドイツ軍人で、国から外交官身分も提供されてるニャ。後は分かるニャ?》
管制官が真っ青になる
外交官とは、例え殺人を現行犯で犯しても、国内法では裁けない外交官特権を持っている
つまり、本当に殺しのライセンスを持っている
リヒトホーフェンを裁けるのは、ドイツ国内法のみだ
そして、リヒトホーフェンは完全に怒り狂っている
止められるのは、彼の可愛い生徒達と、バディの坂井光子だけだ
彼らが止めてくれるかどうかは、ちょっと期待出来ない
「土下座させる、土下座させるから、ちょっと待ってくれ!」
《知るかニャ。本土防衛は出来たかニャ?》
これは、禁じ手迄使わせる様を見せた上に、引き抜いた部隊迄用いて失敗なんざしてたら、情状酌量の余地無しとの警告である
「だ、大丈夫だ。撃退に成功している」
《ふん、首を洗って待ってるニャ》
通信が切れると、管制は大急ぎで参謀総長にアクセスするべく、電話を取り出した

※※※※※※※※※※

そして全ての武器を使いきった無明が宇蟲に逆に取り付いて、方向を無理矢理変えると、クリス機がアヴェンジャーを構えてぶっぱなした
バラララララ
正確に噴出口に吸い込まれていき、沈黙する
そして周りも宇蟲を討ち取って、気が付いたら侍しか飛行していなかった
《ハイパーリンク一分30秒で殲滅。流石は第二世代機です》
《皆、勝利ニャ!勝鬨ニャ》
「「「「うぉぉぉぉ!」」」」
通信に凄まじい歓声が鳴り響き、お互いに勝利を祝う
互いに全滅を覚悟してからの、大逆転勝利である
もう凄まじい歓声が通信に轟いた
無明の機体のボディダメージがパーツ全て黄色に染まっている
只の急加速ならともかく、異常な横Gや縦G、更に回転迄して、無茶苦茶に総作が振り回したのだ
当然の結果と言える
核パルスエンジンのお陰で、ガス欠と無縁なだけ、ましだったのだろう
「お疲れ、祥子」
そう言って、脳神経を酷使した総作がどさりとシートに沈み込み、義手義足のエネルギー補給用に用意してた、高糖分飲料のストローを口に持っていく
脳神経にも有効なので、本当に助かった
《お疲れ様です。ご主人様》
「とりあえず寝てぇわ」
《あの………実は問題が……》
「……何だ?」
《実はハイパーリンクには弊害が有りまして、それで禁じ手になってたんですが》
「…どんな弊害?」
ミニモニター越しで両手の人差し指をちょんちょんと合わせて、困った顔をする祥子
《はい、リンクした機体や演算に使った半導体を全部、焼き切るんです》
「…………はっ?」
《私もそろそろ限界です、端末に逃げますね》
そう言った瞬間、機体がブラックアウトし、全ての機体が海に落下して行った
「さ、先に言えぇぇぇぇ!!」
次々に侍が海に落ち
南鳥島守備隊の救助隊が救出する迄、侍乗りは全員漂流したのである
南鳥島防衛戦戦果
宇蟲約22000
守備隊総計1550
撃退22000
被撃墜300
戦死150
機体全損1550
部隊壊滅
内、相模原校部隊
出撃261
被撃墜20
戦死10

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