創作発表板 ロボット物SS総合スレ まとめ@wiki

第七話

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匿名ユーザー

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太陽系の彼方から地球圏に向かう、一隻の船があった。
 それは途方もなく巨大で、常識を逸していたが、それでも間違いなく船、宇宙船なのだ。その中で、ひとりの女性が微笑む。
「もうすぐ、会えますわよ……」
 
 
 
 月の裏側のラグランジュポイント。地球からの重力と月からの重力、そして回転に伴う遠心力の三つの力が釣り合う場所。
 宙域には、過去の宇宙戦争や開拓時のゴミが無数に浮遊していた。そこに、強襲巡洋艦アーリーバードは一時的に潜んでいた。
「今日は何を読んでいるんだ、セラ?」
 相変わらずブリッジでモニターを眺めている少女。コンピューターバンクから読み出した書籍を読んでいるらしい。
「夏への扉、です」
「読んだ事はないけど、名作なんだろうな、きっと」
 少女の読む『夏への扉』。古典SF名作のひとつ。そこに籠められた、無意識の少女の想いに、ケーンはまだ気が付かない。
 コルトは月での出来事以来、格納庫に篭りっぱなしでずっと何かをやっている。闇業者が持ち込んだ戦艦の主砲。それを改造しているらしい。
 彼はその性格に似合わず、なんでも一人でこなしてしまえる天才肌なのだ。
 医学、科学、メカニック……ケーンもそんな彼の事は、本当に頼りにしている。
 どういう人生を送ってきた結果、そのような才能が身に付いたのかは分からないが、詮索する資格は、ケーンにはない。
 ブリッジでケーンは地球圏の艦隊展開図を開く。第一級の軍事機密であったが、何事にも抜け道というものは存在する。
 こうして読み出すことも、その気になれば容易い。何よりも、統合政府イオカステの機密保持に対する姿勢は、お世辞にも優れているとは言い難い。
 万能であると自負している連中ほど、些細な事で馬脚を現すものだ。
「……妙だな、この突出する船は何だ……?」
 月の周回軌道外から侵入してきたと思われる一隻の船。識別はグリーン。
 つまりはイオカステの敵ではないということだが……地球圏外から来たのでは、ディオニュソスの一派ではないのか?
 船の航路は、真っ直ぐ月へと向かっている。おそらく月に降下するのだろう。
「セラは、どう思う?」
 ケーンは少女に意見を求める。
 月での一件以来、彼はセラとよく会話するようになった。不器用な彼なりの、精一杯の心遣い。それが、少女には嬉しい。
「ディオニュソスからの、和平交渉の使節じゃないでしょうか? 火星を手に入れたことで、彼らは戦力を拡大しました」
「それで?」
「でも、それが一時的な無理をした結果ならば、ここら辺で一時休戦を結び、戦力の立て直しを図る可能性もあります」
「いい答えだな。成る程、その可能性もあるか……」
 ケーンに褒められ、満更でもなさそうなセラ。一方でケーンは考え込むと、アーリーバードの航路設定を変更した。
「よし、接触してみよう。うまくいけば、本当にイオカステとディオニュソスの和平が実現するかもしれない」
 このつまらない、くだらない身内同士の戦いを終わらせるのが、自分の役目なのだ。
 そのためならばこの命、捧げても惜しくはないと思うケーン。後はセラのような、若い世代が世の中を変えてくれるだろうから。
 アーリーバードはメインスラスターから推進剤の尾を引くと、ラグランジュポイントから移動を始めた。

 月面の最大都市、アームストロング市。ケーンとセラが出会った思い出の地でもある。
 そこに、ケーンとコルト、加えてセラが降り立っていた。目的は、この地に降下した謎の超巨大宇宙船との接触。
 一筋縄ではいかないだろうが、何としてもやり遂げなくてはならない。最悪、不法に侵入してでも。
 アームストロング市は、活気に満ちていた。大型の宇宙船の寄港により、補充物資などの搬入で忙しいのだろう。
 その喧騒にまぎれて、宇宙船ドッグへと近づく。案の定、見張りの兵士の姿があったが……。
「すまない、そこを通してもらえないか? あの宇宙船に用事があるんだ」
「何だ貴様達は。この先は関係者以外立ち入り禁止だ。早く失せろ」
 まったく取り付くしまもない。強行突破するにしても、今はセラを連れている。無茶な事はできない。
 今は様子を伺い、改めて別に侵入する方法を探るべきだろう。
 宇宙船ドッグの周囲を歩き回る三人。あれだけ巨大な船なのだ、抜け道はいくらでもありそうだ。
 一度侵入してしまえば、そう簡単に手は出せないだろう。あちこちにイオカステの兵士の姿が見える。イオカステもこの船には、格別の注意を払っているらしい。
 ……と、三人がひとつの角を曲がった時、不意に複数の黒服の男達が彼らの周囲を取り囲む。
「……何だ、お前達は?」
 ケーンは身構える。イオカステの秘密警察の連中だろうか。しかし、黒服のひとりが一歩進み出ると、慇懃な態度でケーンに語りかけた。
「失礼ですが、ケーン=エイジャックス様でお間違いないですね?」
 その言葉に、ケーンは一瞬にしてその顔を憎々しげに変えた。
 ケーン=クルセイダーが彼の名前のはず。エイジャックスなど、セラには聞いたこともない名前だ。
「エイジャックス……ケーン=エイジャックスだと?」
 コルトはどこか呆気にとられた顔で呟く。彼には何か思い当たる事でもあるのだろうか。
「お嬢様がお待ちです。我々と一緒に来ていただきます」
 黒服が手を差し出す。しかし、ケーンは動かない。ただじっと、黒服の男を睨みつけるだけ。
 コルトも呆然と立つ。ケーンもコルトも、一体どうしてしまったというのだろうか。様子がおかしい。
「……嫌だと、言ったら?」
 そのケーンの言葉に、黒服たちは服の内から銃を抜く。とっさに胸を押さえるコルト。そこには、彼の拳銃がしまわれている。
 しかし、抜く事はできない。すでに黒服たちの銃が、狙いを定めているのだから。
「一緒に来ていただきます、ケーン=エイジャックス様。お仲間の命が惜しければ、どうか」
「……分かった。銃をしまってくれ」
 黒服たちは銃を再び服の中に収める。ケーンは振り返ると、コルトに声をかける。
「何とか話をつけてみる。コルトたちは、アーリーバードに戻ってくれ。もし俺が戻らなければ……そのまま発進してくれて構わない」
「ちょっと待てよケーン! エイジャックスって、マジなのかよ!」
 それには答えずに、ケーンは黒服達と歩いていく。その後ろ姿に、セラは手を伸ばし叫ぶ。
「ケーン、待ってくださいケーン! 何処へ行くんですか! 戻ってきてください!」
 しかし、その足が止まる事はない。このまま、彼が遠くへ行ってしまう、そんな予感がする。
 あらん限りの声で、セラは叫ぶ。
「ケーン! 行かないで、ケーン!」
 
「あの時の船が、月に来ているだと?」
 ウィルヘルム=ベルガー大尉は、ハンガーで自分の新しい機体のチェックをしながら、部下からの報告を聞いていた。
 以前、月で自分に恥をかかせてくれた一隻の巡洋艦と二機の敵。再び自分の前に現れるとは。ベルガーとしては、これほど神に感謝したくなった事もない。
 今度は以前とは違う。機体の性能差もない。自分の腕ならば、連中を殲滅できるだろう。
 ゲリラ殲滅の任務について、今まで音沙汰も無かった連中が、こうも格好のタイミングで飛び込んできてくれる以上は……。
「よし、出撃だ。パイロットは配置につけ! 今度こそ仕留める!」
 ベルガーは自分の機体を見上げる。そこには、ブラックグレーに塗装された、どことなく見覚えのある姿。
 かつてベルガー達を襲った二機の敵の姿と酷似している。
 セイバーハウンドシリーズ、設計変更新規量産型『マグナムハウンド』。復讐に燃えるベルガーに与えられた、新しい牙だった。

 ケーンは黒服たちに連れられ、巨大な船に乗り込んでいた。そして、奥の広間に案内される。黒服たちが下がると、ひとりの女性が彼の前へ現れた。
「ようやく会えましたわね、ケーン=エイジャックス様」
「あなたが、この船に俺を呼んだのか?」

「はい。お初にお目にかかります。ノイエ=フォン=ミュールと申します。あなたが、あのケーン=エイジャックス様ですね?」
 ケーンの顔が険しくなる。その名は、とうの昔に捨てたものだ。今更他人に呼ばれるいわれはない。
「人類の英雄、人の愚かしい過ちを引きとめた方と、こうしてお話ができるなんて夢のようですわ」
「能書きはいい。俺を呼んだ訳を聞かせてくれ」
 ノイエは微笑む。そこには、苦労を知らず大人になった者に見られる余裕が感じられる。
 ケーンにとっては、最も苦手なタイプのひとりだった。
「お話しますわね。我々『プシューケー』は人類を本当の意味で巣立たせようと考えている者。人が真の意味で自立するため、この混沌の渦巻く太陽系から飛び出し、外宇宙へその住処を求める。そのために、選ばれた人間を集め導く。それが私の目的ですわ」
「俺と、何の関係がある?」

「あなたは選ばれたのですわ。人を導くものとして。さぁ、わたくしの手をお取りになってください」
 そっと手を差し伸べるノイエ。しかし、その手をケーンが取ることはない。
「俺はそれほどの男じゃない。あなたの見込み違いだ。俺を帰してもらおう」
 拒絶の言葉。しかし、ノイエはたおやかに微笑むだけ。
「あなたと一緒にいた方を、気遣っていらっしゃるのですか? しかし、心配もすぐ終わります」
「……何だと?」
「イオカステの精鋭部隊が、あの方達を排除するために動き出しました。間もなくあなたの迷いも晴れると思いますわ」
「まさか……コルトたちを売ったのか?」
 ノイエの微笑みは変わらない。しかし、その下には僅かに感情が見てとれる。
 冷徹な、自分の事しか考えない自己中心的な感情。自分に従うものだけを愛し、他の者を見下す心。
 ケーンには、到底受け入れられるものではない。まさしく選民思想に他ならないからだ。
「あなたには、必ず共に来てもらいます。新たな人類の礎として……ふふっ」
 
 アーリーバードのブリッジは、無言の支配する場所と化していた。コルトもセラも、何も喋らない。
 コルトは何かを考え込み、セラはただひたすら、ケーンの事を心配している。
「……セラちゃん、ケーンのこと、どれだけ知ってる?」
 不意に発せられる、その問い。セラには答えることができない。ケーンは自分の事を、何一つ話してくれた事はなかったから。
 何か事情があるのかもしれないと、深く聞くことはしなかった。それが、今は後悔の元になる。

 もう少し、自分が彼の事を知っていれば、あのような事にはならなかったのかもしれないと、叶わぬ想いを抱くセラ。
「ケーン=エイジャックスって、聞いたことはあるかい?」
「いいえ……私、馬鹿ですから……」
 自分を卑下する言葉。コルトは僅かに苦笑する。彼女は決して馬鹿ではない。むしろ、他の誰よりも利口で、それゆえに傷つきやすい。
「五年前、イオカステとディオニュソスが最初の衝突をしようとした時、イオカステ大統領マグナスが暗殺された。混乱を生じたイオカステは、戦争どころではなくなり、お互いの衝突は回避された。大統領を暗殺したイオカステ教導団パイロット、それが……」
 言葉が出ない。ケーンが、人を殺していた?
 戦いの中で、人を殺してしまうのならばまだ理解できる。それは仕方の無いことだから。やらなければやられるのだから。
 けれど、暗殺は違う。狙った相手を、自分の意思で殺す。そこには、明確な殺意がある。
 ケーンが何を考え、暗殺などをしたのかは分らない。所詮は他人なのだから。その心の内に踏み込む資格は、自分にはない。
 けれども……話して、欲しかった。ひとりで抱え込まずに、その苦しみを分かち合って欲しかった。それは、少女の我侭だろうか?
「ケーンは、もう戻ってこないかも知れねーな」
「そんな事ありません。だって、だってここが、ケーンの帰る場所なんですよ?」
 痛々しい表情を浮かべるセラ。コルトが困惑気味に彼女へ言葉を投げかけようとしたその時。
「……レーダーに反応? コルトさん!」
「最悪のタイミングだな。セラちゃん、戦闘用意だ。オレは出撃する!」

 発進したコルトは、セイバーハウンドのコックピットの中でモニターを睨んでいた。
「機数は……十機ってところか。ガイアス程度なら問題ねーけど、このスピードは違うな。新型か……」
 間もなくモニターの最大望遠で、敵の姿が捉えられる。その姿を見て、コルトはうめきを上げる。
「おいおい、あれが全部セイバーハウンドかよ? まさかそんな物量産してやがったのか?」
 コルトはすかさず腕部に持たせた巨大な大砲を構える。余剰パーツと戦艦の主砲で組み上げた新兵器。
 機動戦艦主砲転用プラズマランチャー『グングニル』だ。前回の巨大兵器との戦いで、火力の不足を感じ取った彼が、独自に作り上げた代物。
 エネルギーチャージを開始。砲口に光が集まる。そしてコルトは狙いを定めると、迷わずトリガーを引いた。
 宇宙を閃光が奔る。そして強力な一撃が狙い違わず一機のマグナムハウンドに命中すると、一瞬でその姿を炎に包んだ。
「ちっ、敵は砲戦タイプだ、各機散開しろ!」
 ベルガーは命令を下すと、自分の機体を閃光の元へと走らせた。
 
 巨大宇宙船『オリュンポス』。その中の一室の広間で、ケーンはディスプレーに映し出される戦闘を眺めていた。
 量産されたセイバーハウンド。苦戦するコルトの青い機体。今すぐにでも、飛んで行きたい。そして戦闘に参加したい。
 親友と呼べる男、そして守るべき少女。彼らのために、自分の力を使いたい。
 しかし、肝心の自分はこんなところで軟禁状態にある。何とかして、船から抜け出さなければいけないと考えるケーン。
「まだ、お知り合いの事が諦められないのですかしら?」
「当たり前だ、大事な仲間なんだ!」
「仲間などではありませんわ。彼らはあなたの事を利用しているに過ぎません。英雄である、あなたの事を」
 英雄、英雄だと? そんなものに、自分はなった覚えはない。
 自分は最低最悪の犯罪者だ。自分の信念……いや、傲慢、人間同士が戦う未来を見たくないがために、暗殺という手段で人を殺した。
 英雄などという言葉は似つかわしくはない。だからこそ。
「俺は英雄じゃない。腐った、ただの人間だ!」
「ケーン様……」
「俺も、あなたも、人間なんだ。痛みを感じ、過ちを犯す、ただの人間なんだ! 誰とも区別なんかできない、矮小な存在なんだ!」
 ケーンは懐から拳銃を取り出す。そして迷わずに銃口をノイエに向ける。
「ケーン様、何故……」
「人類の未来は、普通の人間達こそが決めればいい。選ばれた者が決めるなんて、間違っている。ノイエ、あなたを盾にしてでも、ここから抜け出させてもらう!」
 
 コルト=マーヴェリックは迫り来るマグナムハウンドに苦戦していた。
 性能差はほぼ互角、アドバンテージは自分の技量だけ。何とか数に勝る相手に遅れをとっていないのは、ひとえに彼の操縦技術が優れていることの現れであろう。
 それでも何機かの敵機は抑えることができずに、アーリーバードへと殺到する。攻撃を受け、揺れる艦内。
 ブリッジのオペレーターシートにしがみつきながら、セラは恐怖に耐える。ケーンがいない今、自分を守ってくれる存在はいない。
 けれども、ここで死ぬわけにはいかない。アーリーバードを沈めるわけにはいかない。ここは、彼を迎える場所なのだから。
 また一撃、敵弾が命中する。まだアーリーバードは耐えられる。回避プログラムを走らせ、対空砲火をコントロールする。
 終われない。自分はまだケーンに何も返してはいない。せめて何かひとつでも、温かい何かを彼に渡すことができるまでは……セラも必死で戦うのだ。
「青い奴、沈めェ!」
 ベルガーの駆るマグナムハウンドが、セイバーハウンドSPに迫る。プラズマトーチをお互いに展開し、激しく斬り結ぶ。
『赤い奴はどうした! 俺に恥を掻かせた、あの赤い奴は!』
「何だこいつ、何を言ってるんだ!?」
 無線から聞こえたその声に、コルトは戦慄する。
 この敵は、明らかにケーンの事を狙っている。だが彼がいない今、相手をするのは自分でなければならない。
 押されつつも、懸命に抗うその時、コルトは遠くから接近してくる小型艇に気付いた。
「戦闘空域に、何だ……?」
 しかもその小型艇からは、全方位へと無線が発信されていたのだ。

『セラ、聞こえるかセラ!』
「ケーン!」
 慌ててセラは回線を繋ぐ。そこから聞こえるのは、確かにあの人物の声。
「ケーン、無事なんですか? 大丈夫なんですか?」
『ああ、心配かけてすまない。話は後だ、セイバーハウンドASをカラドボルグ込みで射出してくれ! こっちで乗り移る!』
 慌ててセラは回避運動を取りつつも慣性カタパルトを展開、カラドボルグを装備したセイバーハウンドASを小型艇に向かって射出する。
 ふたつは接近すると、ケーンは小型艇の作業用アームでセイバーハウンドを掴んだ。
「ここでお別れだ、ノイエ。あなたの理想も分かるが、人は優れた者の手を借りなくても、変わっていける。普通の人間を信じて、その目で見届けてくれ」
 セイバーハウンドに乗り込み、小型艇を月都市の方へと押す。流されていく小型艇……それに乗ったノイエ。
「ケーン様、あなたはやはりわたくしの思ったとおりの方ですわ。人類を率いていくに足る存在、わたくしは諦めませんから……」
 ケーンの乗ったセイバーハウンドASは、速度を上げて敵の只中へと突っ込む。二機の敵がその行く手を阻むが、カラドボルグの一振りでまとめて両断する。
『へっ、ケーンが来れば、お前らなんかぁ!』
 コルトもベルガーの手から逃れると、グングニルを発射、一機を破壊する。
「コルトはアーリーバードの支援に向かってくれ! ここは俺が食い止める!」

『分かった。一機強烈なのがいる、注意しろよ!』
 そう言うと、コルトは転進する。アーリーバードに取り付いた敵機を排除するために。
 赤いケーン機の前に、立ち塞がる三機の敵。そのうちの一機こそが、ケーンを打倒する事に執着しているベルガーの操るものだという事は、彼には分からない。
 探りを入れつつレイガンを発射するケーン。しかし、それは敵のデフュージョンスクリーンに阻まれた。
 格闘戦しかない、そう決意を固め、ケーンはカラドボルグの出力を上げる。
 二機の敵が、左右から挟むように攻撃をかけてくる。敵のライフルの射撃をデフュージョンスクリーンで受け流し、一気に距離を詰め、片方の敵を叩き斬る。
 切断面からスパークし、爆発する敵機。その爆炎に隠れるように迫る、ベルガーのマグナムハウンド。
『貴様にだけは、負けはせんぞぉ!』
「こいつ、気迫が違う! 間違いなく強力な敵だ!」

 レイガンを乱射し、目くらましをかけながら後退するケーン。その背後から、別の敵機が挟み撃ちをかけてくる。
 機体を鋭く回転させ、鋭い蹴りを背後からの敵機に叩き込む。相手のバランスが崩れた所を一閃、撃破する。
 並みのパイロットならば、並みの対処で充分だ。しかし、残った指揮官機は手強い。
 戦いの神に衝き動かされているかのように、執拗に攻撃を仕掛けてくるのだ。
 コルトの方は、何とか敵の撃退を行っているようだ。任せておけばアーリーバードも守られる。今、ケーンが気にするべきなのは、目前の敵。
『戦うことだけが、俺の生き様だ! それを否定する貴様は、貴様だけはっ!』
 プラズマトーチで斬りかかってくる敵。カラドボルグで受けるものの、エネルギーの消費量が激しく、これ以上カラドボルグには頼っていられない。
 思い切ってカラドボルグを捨てるケーン。代わりに両腕のプラズマトーチを展開、二刀流にする。
『ゲリラ風情が、死ねぇ!』

 打ち込まれる敵の一撃。ケーンはクロスさせたプラズマトーチで受け止める。そして下半身のスラスターを全開、くるりと回転、相手の背後に回りこみながら蹴りを入れる。
『お、おのれぇ!』
 よろめきながらもプラズマトーチを構える敵機の腕を切断、もう片方の剣で頭部メインカメラを粉砕。とどめとばかりに二刀流で突っ込む。
「これで、終われっ!」
 残された腕を斬り断ち、勝負を決めるケーン。もはや反撃する手段もなくなり、漂うだけのベルガー機。無線が入る。
『……何故、とどめを刺さない? 生かしておけば、俺はまた貴様を狙うぞ?』
「仕方が無いことだ。こういう生き方をしていれば、恨みだって買う。けれど、俺は可能なら人は殺さない。それぞれが抱く戦いを生む憎しみを、この手で無くしたいだけなんだ」
『無駄なことだぞ。すでに本星艦隊は出撃した。ディオニュソスと決戦を迎えるためにな』
「ならば俺はそれを止めてみせる。一時的にでも、人に道を示すことになるはずだ。戦いなどしなくても、人は生きていけると」

 赤い機体はスラスターを噴射し、その空域から離脱していく。指揮下のマグナムハウンドも、全機撃墜されたらしい。
 ベルガーは救難信号を打つと、パイロットシートに深く身を沈める。
 理想論だけを語る、青すぎる若者。しかしそれを責める資格が、自分にはあるだろうか?
 ベルガーとて、本心から人類同士の全面戦争を望んでいるわけではない。ここの戦闘と戦争は別物であると。
 もし全面戦争を止められるというのなら、若造のことを信じてみるのもいいかもしれない……ベルガーは、そう思った。
 
 アーリーバードのブリッジ。ケーンが入ってくると、何か軽いものが彼に向かって飛びついてきた。慌ててそれを支えれば、涙の雫を流す少女の姿。
「ケーン、ケーン……本当に無事で……帰って……」
「ただいま、セラ」
 少女の頭を撫でる。こすり付けるように、彼の胸に顔を埋める少女。その涙は、初めて彼女が流した心からの涙だった。
 と、コルトが側にやってくる。セラから身を離し、彼に向かい合うケーン。
「この、馬鹿野郎っ!」
 バシッ! と鋭い一撃が、ケーンの頬を打つ。言葉を失うセラ。非難しようとコルトを睨むが、ケーンが押しとどめる。

 殴られても仕方が無いのだ。それだけの事をしたのだから。仲間にすら、何も話さなかった自分は殴られようが何をされようが……しかし。
「これ以上は、セラちゃんが悲しむから勘弁しておいてやる! 分かってるんだろうな、ケーン!」
「ああ、分かっている。全部話させてもらう」
 ケーンは二人に語りだす。自らの過去を。
「俺は今よりも若造だった。イオカステ軍の精鋭部隊、教導団に配属されたことで、自信をつけていた。その一方で、疑問も抱いていた。何故戦うための組織に、その身を置いているのだろうと」
 コルトとセラは、じっと彼の話に耳を傾ける。一言も聞き漏らさぬように。
「ある時、大統領が戦争を始めると聞いた。悩み、俺は決断した。住処が違うだけで人が人と争うのは、間違っている、何としてもそれを止めようと。そして教導団から脱走した……」
「……それで?」
「結果、取り返しのつかない事をしてしまった。苦労を分かち合ってきた仲間を……追いかけてきた仲間を、この手で殺してしまった。彼女も、自分の信じるもののために戦っただけなのに……」
 
『ケーン、思い直して! あなたが大統領を殺めたところで、歴史は変わらないわ!』
『それでも俺は……自分の信じるもののために奴を殺す! 止めないでくれ、セラ!』
『ならば、私はあなたを殺さなければならないのよ、ケーン!』
『止めるんだ、ケーン、セラ!』
『離れろ、カイン! セラ、言葉で分かり合えないのなら……!』
 
「その、セラって人って……もしかして……」
 セラが、恐る恐る尋ねる。
「ああ、君の名前の元になった人物だ。俺がこの手で殺した、一番大事だった人……」
 再びセラの瞳から、涙が溢れる。心から大事に思っていた人を、彼はその手で殺さなければならなかった。その痛みは、どれほどのものだったのだろうか。想像もできない。

「俺は、大統領を暗殺した。しかしあれから五年、再び戦争が起きようとしている。
俺はそれを止めるために、当時強奪したセイバーハウンド二機とアーリーバードを使って、何とかやれる事を模索した。罪滅ぼしの意味を込めて……」
「そして、コルトさんと出会った?」
「ひとりで途方にくれていた俺に声をかけてきたんだ。『何かうまい話はないか』と。誰でもいいから助けが欲しかった俺は、半ば無理矢理コルトを引き込んだ。悪かったと思っている」
「そんな事は気にしてねーよ。色々美味しい思いもさせてもらったしな」
 コルトは笑顔で手を振る。心の底から、ケーンの事を憎んではいないと。

「ありがとう、コルト。俺は、イオカステとディオニュソスの戦いを止めたい。それが俺にできる、ただひとつの贖罪だと思っている」
「だったら俺も、手を貸すぜ。ただの殺し合いなんて、見たくもねーしな」
「私も……ケーンのお手伝いをさせてください。何もできないかもしれませんけど、それでも何か役に立ちたいんです」
 ふたりの申し出に、ケーンは頷く。これほど頼もしい仲間は、簡単に手に入るものではない。
 出会ったのは偶然、しかし、このめぐり合いは必然だったとも思える。
「ありがとう、ふたりとも。では、火星圏に向かって出発する!」
 三人でブリッジの配置につく。そしてアーリーバードが発進しようとした時、ひとつの通信が入った。

『聞こえますか、ケーン様?』
「ノイエか……何の用だ? 俺はもう、そちらには戻らない」
『そんな事はどうでもよろしいのです。いくらでも、チャンスはありますから。それよりも、わたくし達もケーン様の理想に賛同いたします。何かお手伝いできることがありましたら、いつでも仰ってくださいませ』
 その急な申し出に、一同は面食らう。
「分かった。気持ちだけは頂いておく。それでは」
 通信を切ろうとすると、慌ててノイエが引き止める。
『あの、ちょっとお待ちになってくださいませ。そちらにいらっしゃる男の方、もしかしてノワール様じゃありませんか?』
「ノワールだと? コルト?」
 背後を振り向くケーン。そこには、苦笑を浮かべているコルトの姿。
「ノワールといえば、ディオニュソスの創設者、グライフ=ノワール。関係があるのか?」
「……あれは、俺の爺さんだよ。オレの本名、ブレイブ=ノワール。ディオニュソスのやり方に嫌気が差して、軽く家出をしてきた、つまらない男さ」
「お前も……名前を捨てた男なのか……」

 ケーンの視線に、恥ずかしそうな顔をするコルト。
「今は、コルト=マーヴェリックさ。それ以上でもそれ以下でも無いぜ」
『今日はなんて素敵なんでしょう! 英雄がふたりも揃うなんて!』
 ノイエは何やら感激している。英雄という呼び名は相応しくはないと、ケーンもコルトも思っているのだが。
『ブレイブ様が軍事関連施設、主に工場を爆破したお陰で、ディオニュソスの地球侵攻作戦は数年遅れたのですわ。これを英雄といわずに、何とお呼びすればいいのでしょう!』
「ただの馬鹿なボンボンだよ。英雄なんて、こっ恥ずかしいぜ」
 感激したまま、ノイエは通信を終える。後には徒労に満ち溢れたふたりの男。
「やれやれ、オレも人の事は言えないってばれちまったか。笑うかい、ケーン?」
「いや、お前は俺にとってはコルト=マーヴェリックのままさ。馬鹿でお調子者の、な」
 ふたりは笑いあう。その姿にほっと安堵しながらも、セラは思う。
 ノイエという女の人、あまり好きにはなれない。ケーンの事を、あんなに親しげに……。
 それが『嫉妬』という感情であることに、セラはまだ気がついてはいなかった。
 ……アーリーバードは火星へと向かう。全ての争いを、終わらせるために。
 
・第八話へ続く……

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