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グラインドハウス 第4話

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匿名ユーザー

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 あっというまに月曜日がやってきた。
 時間に間に合わせるために、マコトは6限には出ず、駅前の、待ち合わせ場所
が見渡せる位置にあるCDショップで時間を潰していた。
 そこで最近発売された、好きなアーティストのアルバムを見かけて、カネがあ
ればなぁ、と思う。
 と同時に数日前のユウスケの様子が頭に浮かんで、マコトはどうしようもなく
不安になった。
 その不安を払うために試聴コーナーでそのアルバムを聴く。拭いきれない……

 ヘッドホンを置いて、店を出た。
 近くのコンビニで好きなチューイングガムを買って、噛みつつ、かなり早いが
待ち合わせ場所へ。
 意外だった。
 ユウスケはすでにそこに居た。彼は車止めに腰かけて、軽くうつむいている。
 時間を間違えたかと思って携帯で時間を確認したが、やはり約束した時間まで
にはまだ30分もあった。
「早いな」
 近づきつつ声をかけると、ユウスケは顔を上げた。
 マコトはその顔を見て、病気なのかと思った。
 彼の顔色は最後に会った時よりもさらに悪くなっていて、頬の肉も減ったよう
に見える。髭は剃られておらず、不潔な印象だ。目の下のクマは濃く大きく、何
かのメイクなのかと思ってしまうほど。
「お前、帰れよ。」
 まず、マコトはそう言った。それほど心配になった。
 ユウスケは首を振る。
「いやいや、お前ヒデー顔してるからさ、マジで。」
 またマコトは言うが、ユウスケは立ち上がった。
「いや……帰るわけにはいかねーから……」
「でもさー……」
 言いかけて、マコトはやめる。どうせユウスケのことだ、言っても聞かないだ
ろう。だったら、俺がなるべく早く用事を済ませてやればいいか。そう思ったの
だった。
「早いけど、行けるか?」
 マコトが訊くと、ユウスケは頷いた。
「あの人は時間には無頓着だから……いつ行っても、基本的には大丈夫。」
「あの人?」
 ユウスケは答えず、歩き出していた。



 そのゲームセンターは街の中心を少し外れた場所に、ドンと聳え立っていた。
 広い駐車場を持つ、4階立ての派手に装飾された大きなビルで、大きな看板に
は『エリュシオン』と書かれている。
 見上げながら駐車場を横切り、二重の自動ドアをくぐって、中に入ると、賑や
かな音の洪水がマコトたちを襲った。
 ゲームセンターというよりか、パチンコ店に近いのかもしれない、とマコトは
感じた。
 端が見渡せないほど大きなフロアには様々なアーケードゲームの筐体がズラリ
と並んでいて、ゲームに興じる人々の中には小さな子供の姿も見えた。
 入り口近くの案内板を見る。1階はファミリー向けの平和なゲームや、かわい
らしい景品のクレーンゲーム、プリクラ等のためのフロアらしい。『1プレイ5
0円から!』の売り文句を見て、すぐそばの商店街で買い物を終えた家族連れや
カップル等がやってくるのだろうと、そんなことを思った。
 ユウスケに促されて、階段で2階へ上がる。
 2階は普通のゲームセンターのような、少し薄暗い、白いお馴染みの筐体や、
音ゲー、暴力的なガンゲーが並ぶフロアだった。なんだかんだ言っても、このフ
ロアが一番人が多いようにマコトは感じた。
 3階は2階と同じような雰囲気ではあったが、1階のようにクレーンゲームが
また増えていた。しかしよく見ると、景品はお菓子の詰め合わせや可愛いキャラ
クターのぬいぐるみなどではなく、いわゆるギャルゲーの抱き枕や、中身の分か
らないように色紙に包まれた映像ディスクなどの、マニアックなものが多い。あ
まり長居はしたくないな。ぼんやり、マコトはそう思う。
 そして4階への階段に目をやる。
 その前には「関係者以外立ち入り禁止」の看板が立っていた。
 マコトはユウスケを見るが、彼はそんな看板はお構い無しに階段を上がってい
った。後を追う。
 照明は薄暗くなり、小さくなった階下の音楽が、遥か彼方のもののように聞こ
えた。
 自分の足音がいやに大きくなる。踊り場を曲がって、理由のわからない焦燥と
ともに階段を上りきった。
 4階は、何もなかった。
 階段下の看板から、マコトはてっきり事務室か、倉庫のようなものだと予想し
ていたのだが、どちらでもなかった。
 だだっ広い空間はろくに掃除もされていないようで、床に埃がたまっている。
しかしその埃についた足跡は一人二人のものではない。人の出入りは結構あるよ
うなのに、なぜだろうか。
 部屋の真ん中には事務机がひとつあって、そこに誰かが座っている――いや違
う。近づいて、マコトは気づいた。
 机に座っていたのはマネキンだった。スーツとカツラを着けたその姿は人間そ
っくりで、それが存在している空間の雰囲気も相まって、なんとも不気味な印象
を受ける。
 マコトの前を行くユウスケは、臆せずその前に立った。
「スカウト、ユウスケ・コバヤシ。オーナーさんに会いたい。」
 マネキンに向かってそう言うユウスケに、マコトは不思議に思ったが、マネキ
ンがユウスケの言葉を聞いて頭をもたげるのを見て、少し驚いた。
「了解シマシタ。会員証ノ提示ト合言葉ヲオ願イシマス。」
 マネキンからの機械的な音声を受け、ユウスケは財布からカードを取りだし、
マネキンに見せつける。それから、面倒くさそうに言った。
「『我は英雄に非ず。未だ此処に至るに値せず。』」
「声紋合致。本人ト確認――入場ヲ許可シマス。」
「連れが居るんだ。」
 ユウスケはマネキンに言った。
 すると、マネキンは首をマコトの方に向ける。作り物の目に射抜かれて、マコ
トは少し恐ろしくなった。
「身分証明ヲオ願イシマス。」
 言われて、少し戸惑いつつカバンから生徒手帳を取り出す。
「これでも?」
 ユウスケに訊くと、彼は答えた。
「名前が判れば何でもいいよ。」
 マコトはマネキンの前に立つ。マネキンの顔の前に生徒手帳を掲げると、マネ
キンの目に仕込まれたカメラのピントが合わされる音がした。
「マコト・アマギ様デヨロシイデスネ?」
「……はい。」
「デハ、ゴ案内イタシマス。」
 マネキンは丁寧に頭を下げ、それから言った。
「コノ部屋、私ノ後方ニエレベーターガ御座イマスノデ、ソレニオ乗リクダサイ
。速ヤカニ『タルタロス』ヘオ連レイタシマス。」
「『タルタロス』?」
「俺のバイト先。」
 ユウスケが答えた。
「スグニ係リノ者ガオーナーノ元ニオ連レシマス。以降ハソノ指示ニ従ッテクダ
サイ。」
「はい……わかりました。」
 マネキン相手に敬語を使うことには違和感があったが、マコトは自然とそうな
っていた。
 生徒手帳をしまって、遠くの壁を見る。たしかにエレベーターの扉が数機分見
えた。
「行こう」
 ユウスケはさっさと歩き出していた。マコトもついていく。
 エレベーターの前に立って、ボタンを押した。
「ここまで階段で上がる必要無かったんじゃ?」
 マコトが訊いた。
「このエレベーターは4階と地下のためだけにあるんだ。途中には止まらない。

「地下があるのか?」
「ああ、そこが――」
 言いかけたその時、エレベーターの扉が開いた。
 2人は中に入る。扉が閉まり、エレベーターは下降を始めた。
 唸るような音と振動が2人を包む。
 なんだか、扉が閉まる瞬間に見えた、マネキンの後ろ姿が頭に焼き付いて離れ
なかった。
 下降はしばらく続き、その間、ユウスケはマコトの方を見なかった。
 やがて、静かにエレベーターが到着する。……扉が開いた。
 扉の先は別世界だった。
 エレベーターに乗る前の、あの寂しげな4階の光景とは対照的に、そこは多く
の人間で賑わっていた。
 床には赤い絨毯が敷かれ、壁には高級そうな絵画、天井には明るく輝くシャン
デリアと、一見悪趣味だが、しかしそれらには紛れもなく本物の気品がある。き
っと、どれかひとつでも傷をつけたら、一発で破産してしまうにちがいない――
マコトはそう思った。
 広いフロアには多くの人間が居たが、その大半がどう考えてもこの空間には場
違いな格好の(それはマコトとユウスケもだが)、普通に街中で見かけるようなガ
ラの悪い若者たちであることに、マコトは疑問を感じた。
「なぁ、ユウスケ――」
 マコトが言いかけた時、1人のスーツ姿の、爽やかな美形の男が2人に近づい
てきた。
「コバヤシ様とアマギ様でございますね?」
 彼は微笑みを携えて2人の前に立つ。
 ユウスケが肯定した。
 すると、彼は深く丁寧なお辞儀をする。
「ようこそいらっしゃいました。早速オーナーの元へご案内いたします。」
 彼はそう言ってくるりと背を向け、歩きだす。2人はついていった。
 マコトはこの数分で、ユウスケ・コバヤシという人間がわからなくなっていた

 特殊な方法でしか入れず、ガラの悪い若者たちがたむろする高級な施設。……
ヤバい匂いしかしない、と感じるのは、自分だけだろうか?
 そして、そこに普段から出入りしている様子のユウスケ……。
 もしかして、俺はあいつのことをこれっぽっちも知らなかったんじゃないだろ
うか。俺の知らないあいつが、今俺の前に居るんじゃないだろうか。
 男について廊下を歩く間、マコトはユウスケの背中を見つつ、そんなことばか
りを考えていた。
 目の前の背中が不意に止まる。マコトも足を止めた。
 横を見ると、長い廊下の壁に、大きな扉がある。横にかかった金属のプレート
には「応接室」と刻まれている。
 男が2人に代わって扉をノックした。
「オーナー、スカウトのコバヤシ様と、新規のアマギ様をお連れしました。」
「入っていいよ。」
 扉の向こうから聞こえてきたその声を、マコトはどこか奇妙に感じた。
「失礼します。」
 男が静かに扉を開ける。
 マコトたちが中に入ると、やはり静かに扉は閉められた。
「やぁ、はじめまして」
 やはり奇妙な声だ。そう思いつつマコトは、上座の前に立つその人間を見た。
 まずマコトがその男に対して感じたのは「嫌悪」だった。はっきりとした理由
はわからないが、とにかく、その男を一目見たマコトは、胸がむかつくような嫌
悪感を覚えたのだった。
 それは彼の声に原因があったのかもしれないし、もしかしたら外見にあったの
かもしれない。彼の声は老人のようにしわがれていたが、口調は若者のようにフ
ランクなものだった。そのイメージの不一致が、その男の声を耳障りなものにし
ていた。
 それに劣らず、男の外見も不快だった。
 男は高級そうな趣味の良いスーツを着ていた。問題は男の顔だった。
 マコトは正直、初めて男の顔を見た直後、思わず目を背けたくなってしまった

 男の顔面には大きな手術跡だろうか、縫い目の様な線が何本も走っていて、そ
してその縫い目を境に、皮膚の質や性別がバラバラな顔が同居しているのだ。そ
のために果たして彼が老人なのか、若者なのか、男性なのか、女性なのか、はっ
きりとは判らない。マコトは彼を男性だと思ったが、それもスーツが男性ものだ
ったからそう思っただけで、本当は違うのかもしれない。相手に正体をつかませ
ようとしないその様はまるでモザイクのようで、その一切の情報が読み取れない
顔が、マコトの目にはこの上なく醜悪なものに映ったのだった。
 マコトは言葉を発さず、ただ軽く会釈をした。
 そのツギハギ顔の男は微笑んで、2人に椅子に座るよう促す。
 2人が席につくと、男も向かい合って座った。
「マコト・アマギくんは……君だね?」
 男はマコトを見る。マコトは精一杯不快感を表さないようにつとめた。
「『タルタロス』へようこそ。」
 彼は頭を下げ、それから胸に手を当てる。
「僕は『コラージュ』。ここのオーナーだよ。」
 本名は?という疑問はマコトは口にこそしなかったが、どこか表情にでも表れ
てしまったのか、コラージュに伝わってしまったらしかった。訊かれてもいない
のに彼は答える。
「申し訳ないけれど、本名はひみつだよ。ちょっと事情があってね。」
 彼は言った。「事情」というものがなんなのか、マコトは少し気になったが、
追及はしないことにした。
「えぇと、コバヤシくんの紹介だね。」
 コラージュは用意してあった封筒から書類をひっぱり出し、マコトによこす。
受け取ったときに触れたコラージュの手も、彼の顔面と同じようにツギハギだら
けだった。
「何をしてもらうかは聞いてる?」
 はっとした。そういえばそうだ。色々と予想は立てていたが、マコトはまだは
っきりとした答えをユウスケから聞いてはいなかった。
「いいえ」
「そう。じゃあ、説明するよ。」
 コラージュはマコトを見て、また微笑む。
「これからアマギくんには専用の会場で『グラウンド・ゼロ』の、1対1の勝負
をしてもらう。君たちの周りには大勢の観客が居て、彼らは君と君の相手、どち
らが勝つかを予想して、賭けをして楽しむ。」
「それって……」
 言いかけるが、コラージュは先に答えた。
「そう、ぶっちゃけ『違法賭博』だよ。この『タルタロス』はそういったアング
ラな娯楽を提供する場なんだ。あの面倒なセキュリティと、僕が本名を名乗れな
い理由は、そこ。」
 なるほど、これで色々と納得がいった。
「今なら引き返せるよ?」
 コラージュはそう言った。
 マコトは正直、ユウスケが違法賭博に関わっていたことが少なからずショック
だったが、別に彼を責める気はおこらなかった。
 それよりも、マコトは今、自分が今まで関わりのなかった未知の世界の危険な
臭いに、体がうずいていた。
 目の前には『闇』が転がっている。それは一体どんな味がするのだろう。それ
を自分も味わいたい、そう思っていた。
「……いえ、いいです、続きをお願いします。」
 マコトはそう答えた。
 ユウスケが横目で自分を見た気がする。
「思いきりいいね。いいことだ、うん。」
 コラージュは満足げに頷いた。
「じゃあ、書類を見てくれるかな?」
 マコトは書類に視線を落とす。
「報酬について説明するよ。まず基本的に5万円は保証されてるから、『勝負に
負けたから報酬0』ってことは無いから安心して。」
 コラージュの説明を書類上で追う。
「まず基本が5万、それにプラスして、『君たちがどれ程観客を楽しませたか』
をこちらが判断して、その分を支払うよ。だから普通にやったらだいたい……6
から7万円ってとこかな。」
 そんなに貰えるのか。
「だから重要なのは勝ち負けじゃなく、『どういう風に戦うか』だと思ってくれ
た方がいい。プロレスと一緒だよ。遠距離からミサイルばっかり撃ってるような
臆病者には観客はしらけるけれど、そのミサイルを避けきって、必殺の一撃を命
中させるような戦い方なら観客は喜ぶ……そういうこと。」
「なるほど。」
「わかってくれた?」
 マコトは頷く。
「じゃあ、このあと早速やってみる?ちょうど枠があるんだ。」
 コラージュは腕時計をちらりと見た。
「え、今からですか?」
「うん。なんだったら、練習するかい?開始時間はいつも決めてないから、融通
はいくらでもきくけれど。」
「あぁー……できれば、練習したいです。」
 さすがに1年も触れていなかったんだ。勘を取り戻しておきたい。
「そう。じゃあ、ついてきて……と、その前に。」
 コラージュは一度立ち上がりかけて、また座った。
「契約書へのサインやらなにやら、しなくちゃね。」
 コラージュは笑った。
 ユウスケは終始無言だった。

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