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グラインドハウス 第3話

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 次の日、ユウスケ・コバヤシが学校に来ていないことを知っても、マコト・ア
マギは別に何も感じなかった。
 別に珍しいことじゃない。あいつが学校をサボるのはよくあることだ。
 しかし、その翌日も、そのまた翌日も姿を見かけなくなると、さすがにマコト
も心配になってきた。
 電話をかけても、彼はなぜか出ない。
 だからマコトは4日目に、授業を2限までしか受けずに学校を出たのだった。
 ユウスケの家は何度か行ったことがある。たどり着くまでに特に何も問題は無
かった。
 記憶にあるアパートで、「コバヤシ」の表札がかかっている扉の呼び鈴を鳴ら
す。
 応えない。
 留守だろうか?
 もう一回。
 やはり静寂。
 拳を持ち上げ、ドアを叩く。声も出す。
 ……ようやく、鍵が開いた。
 軽い音をたてて開いた扉の向こうから顔を出したのはユウスケ・コバヤシ本人
だった。彼は一見、いつもと変わりないように見えたが、その目元と表情には隠
しきれない疲労がはっきりと表れていた。
「もしかして、寝てた?」
 訊くと、ユウスケは首を振る。
「いや……ちょっと、疲れてるだけだ。」
「何か家であったのか?」
 彼は答えない。マコトから顔を背け、扉を大きく開けた。
「とりあえず、上がれよ。……誰に見られてるかわからないから」


 部屋の中は電気も点いておらず、暗かった。まだ昼間だというのにカーテンは
閉め切られ、そのことがマコトに、友達に何か危機が迫っていることを直感させ
た。
「なに飲みたい?」
 ユウスケは冷蔵庫を開けつつ、食器棚からコップを2つ指にひっかける。
「何がある?」
「モルツとオレンジジュースに、コーラ。」
「じゃあコーラ。」
「氷は?」
「要らない。」
 ユウスケの手際は良く、飲み物はすぐに用意された。
 広げっぱなしのユウスケの布団の上にマコトは荷物と腰を下ろし、落ち着いて
話ができるようになるまで待つ。
 ユウスケはマコトに向かい合うように床に座って、飲み物をそれぞれの前に置
いた。
 礼を言って、まずは一口。
 炭酸の刺激が、場違いに感じた。
「……ユウスケ」
 ひと呼吸おいて、マコトは口火をきった。
「ヤバいのか?」
 簡潔な質問だった。問われたユウスケは飲み物を飲もうとして、口の直前で手
を止める。それからコップを床に戻し、頷いた。
「そっか」
 マコトは、ユウスケが素直に頷いてくれたことが嬉しかった。
「相手はどこの誰だ?もしもお前1人じゃ無理そうなら、俺から警察に――」
「――いや、警察は、駄目だ。」
 ユウスケが言った。
「そんなにヤバい相手なのか?お前は何したんだ?」
「いや、多分――」
 また、ユウスケはコップに触れる。だが持ち上げない。顔を上げて、マコトの
目を見た。
「――今回は、お前が考えてるようなトラブルじゃない。」
「そうなのか?」
 マコトは彼を見つめ返す。ユウスケは目を逸らした。
「正直、今回の責任の半分は、俺にある、かもしれない。……自業自得なんだ。

 マコトはユウスケの顔を見ていた。彼の奥歯には力が入っていて、苦々しさを
必死で噛み殺しているような、そんな印象を受けた。
「そもそもの原因はなんだ?」
 マコトは少し身をのり出した。
 一瞬、ユウスケはマコトを見、そして少し喉を湿らす。
「……この間さ、バイトの話しただろ」
「バイト?」
 思い出すのに数秒かかった。
「それでさ、俺、最近それ、やってなかったんだよ。」
「スカウトの話か?」
「ああ。」
 ユウスケは立てた片膝の上に頬杖をつき、そっぽを向いて続けた。
「それで、いい加減新しい人を連れてこいって言われて、怒られてるだけだ。」
 彼はそこで言葉を止めた。
 マコトは今の言葉を舌の上で転がして、吟味する。
 嘘を言ってるようには、見えない。しかしまだ隠し事をしている……そんな感
じだ。
「で?」
 マコトはまっすぐに彼を見て言った。
 ユウスケは訝しげに横目でちらりとマコトを見返す。それから彼はまた飲み物
を見て、顔をマコトの方に戻して、言った。
「いや、それだけだけど。」
 平静を装ってるのがバレバレだ。
「そうか。」
 これ以上はマコトも言わない。アイツが言わないってことは、言いたくない事
情があるんだろう。だったら無理に追及しても、意味が無いだろうし。
 しばらく、無言が続いた。
 その間天井を仰いでいたマコトがふと、思い付いて言う。
「なぁ、俺をスカウトしね?」
 項垂れていたユウスケが顔を上げた。
「俺もさー最近カネが無くてさー、必要なんだよ。」
 マコトが言うと、ユウスケは手を顔の前でひらひらとさせた。
「駄目だって。」
「なんで?」
「『知り合い禁止』なんだよ、それ」
「じゃあウソつけばいいじゃん。」
「無理だ。見破られる。」
「お前はさ」
 マコトはあぐらをかいて、ユウスケに向き直った。
「今、スカウトが出来なくて困ってるわけだろ?俺をスカウトすれば、俺にはカ
ネが入るし、お前は今の状況から脱せる。それ、お互いに最高じゃね?」
「いや、でも……」
 その時、部屋に電子音が響いた。
 マコトは目だけでその発信源を探す。すぐに見つかった。
「……電話、鳴ってるけど。」
 何の反応も示さないユウスケに、マコトは言う。
 のそりと、緩慢な動作でユウスケは立ち上がり、電話をとった。
 マコトはユウスケが話をしている間、床に転がっていたマンガ本を眺めていた
が、話が終わったのを察して、それを放って飲み物を飲む。
 ユウスケが座した。その表情は青く、体は震えているように見えた。
 心配になったマコトが何か言おうとする前に、ユウスケが口を開いた。
「次の月曜」
 声も震えていた。それは今にも泣き出しそうなのをこらえているようにも聞こ
えた。
「駅前で……5時に」
 マコトは困惑して、頷くことしかできない。
「本当に……ごめん……!」
 ユウスケはそして両手と額を床につけた。
 マコトは彼のその尋常ではない様子に、それ以上何も言えなかった。
 ただ、場の空気はどうしようもなく気まずくなってしまい、そのせいでマコト
が帰ることを決めるまでには、たいして時間はかからなかった。


 マコトが帰ったあとしばらくして、ユウスケは静かに立ち上がった。クローゼ
ットの奥にしまってあった段ボール箱をひっぱり出し、中から工具セットを取り
出す。
 その中からドライバーを抜きだして、ユウスケは部屋にあるコンセントの前に
屈んだ。
 ドライバーでカバーを外す。『それ』はすぐに見つかった。
 マイクの付いた、剥き出しの基板の、小さな機械。
 ユウスケはそれをコンセントから引きずり出して、怒りに任せて壁に投げつけ
る。ぶつかったそれは一部が少し欠けたようだった。
 彼はそれから壁を背に、脱力して床にへたりこむ。
「……ちくしょう……!」
 とうとう、彼は耐えられなくなった。

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