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グラインドハウス 第2話

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 マコト・アマギはコロニー・ジャパンカントウ第1ブロックにある高校に通う
、ごくごく平凡な男子学生だ。
 これは自己評価でもあり、他人からの評価でもある。
 ごくごく平凡な家庭に生まれ、平凡に育ってきた。
 容姿が特に優れているわけでもないので服装に気を使うし、頭が良いわけでも
無いので勉強もする。運動だけは他の男子よりも得意な自信があったが、それで
も運動部で活躍している男子には敵わない。
 親や学校から『道徳的な』思考回路を叩き込まれ、彼らの課す課題を何の疑問
も持たずにこなしてきた。
 『居なくなれば誰かが気づくが、居なくても何も変わらない』……そんな人間
が、彼だった。
 対してユウスケ・コバヤシは母子家庭で、幼少からかなり荒れた生活をしてい
た少年だった。
 週に1回は騒ぎをおこし、しかもそのほとんどは喧嘩などの暴力ざただった。
 施設に入れられたのも2、3回ではないし、街の不良グループにナイフで腹を
刺されたこともある。
 当然、学校に友達などは居なかったし、ユウスケ自身も友達なんか必要ないと
感じていた。
 それはマコトも例外ではなく、彼も最初はユウスケに近づきたいなんて思って
はいなかった。
 マコトのそんな考えを変えたのは、2年前の、ある日の下校時の時だった。


 その日、学校でちょっとした用事を終えたマコトが家路についたのは午後7時
過ぎのことだった。
 ダラダラと特に何も考えずに暗い道を歩いていたマコトを呼び止めたのは、ど
うやら中学生らしい女の子だった。
 ひどく狼狽えた様子で涙を流す彼女は、マコトの腕をつかんで、一緒に来てほ
しい、と懇願してきたのだった。
 わけがわからないまま、とりあえず女の子についていったマコトが連れていか
れた先は、近くの公園だった。
 マコトはぎょっとした。
 普段あんまり公園などには立ち入らないマコトの目を引いたのは、地面に倒れ
伏す、数人の少年たちだった。
 そしてマコトは、彼らの内の1人が自分と同じ高校の制服を着ていることにも
気づく。彼の周りの地面は赤黒く染まっていた。
 女の子の言葉で我にかえったマコトは、急いで携帯電話で救急車を呼んだ――
これが、マコトとユウスケの出会いだった。
 あとからマコトが女の子に事情を聞くと、彼女はユウスケの妹で、ユウスケは
妹のために、学校で彼女をいじめていたグループを殴ろうとして、そのグループ
に刺されたらしかった。
 他にも彼女は、兄が昔から度々暴力事件を起こしていたのは、彼女を守るため
だったり、他の不良の非行を止めさせるためだったのだと、そうマコトに語って
くれた。
 その話を聞いてユウスケに興味が湧いたマコトは、何度も病院に見舞いに行く
ことになって、そうして気づいたら、いつもつるむようになっていたのだった。
 日常をこなすことを拒絶する勇気の無いマコトにとって、ユウスケは、唯一身
近にある『非日常』だった。
 ――そして、ユウスケと仲が良くなるにつれ、マコトから他の友達は離れてい
った。
 周りから『アブない奴』認定をされたのだな、と覚ったマコトは、しかし心地
よさを感じていた。
「ありがとうな、ユウスケ。」
 自然にマコトの口をついて出た言葉に、ユウスケは顔を上げる。
「なんだよいきなり。気持ち悪いな。」
 辺りの町並みは薄暗くなり始めていた。
 地下都市には当然、太陽の光は届かない。だから都市内は空(地下都市の天井)
にあるそれを模した巨大照明群によって照らされているのだが、それは毎日17
時から徐々に光が弱まり、18時には完全に消灯する。今はちょうどその半ばだ
った。
 マコトとユウスケはいつものように帰り道にあるファーストフード店でハンバ
ーガーを買って、それをかじりつつ歩いていた。
「いや、別に、ひとりごと。」
 聞かれてしまった気恥ずかしさに笑いながら、マコトは食べ終わったハンバー
ガーの包み紙を手の中で丸める。
 ユウスケはそれを見て、マコトに手を差し出した。
「捨ててやるよ」
 礼を言って、ゴミを差し出す。
 ユウスケは受け取ったそれを自分のゴミと合わせて小さなボールにして、辺り
を見渡した。
「あれは?」
 マコトが指差した先に、自動販売機に隣接した空き缶用のゴミ箱を認めて、ユ
ウスケはにやりとする。
 足を止め、ユウスケは指で弾くようにゴミを投げる。それは一直線にゴミ箱の
丸い穴に向かっていったが、わずかに逸れ、枠にぶつかってアスファルトの地面
に落ちた。
「はずれ。」
 マコトが言う。大袈裟に悔しがるユウスケ。
 彼のその様子を見て、マコトも笑った。
 やがて、2人は駅に着く。
 ここからマコトだけが電車に乗って帰ることになる。簡単に挨拶を交わして、
マコトとユウスケは別れた。


 帰宅したマコトを待ち受けていたのは、『未来』だった。
「アンタさぁ、予備校決めた?」
 夕飯の食卓を一緒に囲んでいた、マコトの母が発したその一言はマコトをどう
しようもなく不機嫌にさせた。
「もう5月になるよ?新学期の新入生募集終わるんじゃない?」
 箸を置き、味噌汁をすする。
「バイトクビになったのも、考えようによっては良かったかもね。」
 黙る。握りこぶしに力がこもる。
「で、どうなの?」
 ……勇気が無かった。
 曖昧な笑顔を浮かべて、曖昧な言葉を返す。
「アンタねぇ、いっつもそう言ってない?」
 かもね。
「もう高3なんだからさ、自分のことくらい自分で決めなさいよ」
 それはつまり『いい大学行け』ってことだろ?
「学費は出すから。さっさと予備校探しな。」
 ハイハイワカリマシタヨー。
 ……沈黙。
 ……ごちそうさまでした。


 ……暗い部屋で、ユウスケは脅えていた。
 とあるアパートの一室、さして広くないその部屋に、ユウスケ・コバヤシとそ
の母と妹は暮らしていた。
 部屋の角には固定電話が転がっている。それは携帯電話を買う余裕が無いコバ
ヤシ家への唯一の連絡手段だった。
 ユウスケは爪を噛みつつ、床に座ってその電話を睨み付けている。不安が彼の
心を蝕んでいた。
 電話が鳴る。
 彼は一瞬、体を震わせたがしっかりとそれを見据え、重い腰を浮かせた。
 無機質な電子音が部屋の静寂をかき乱す。そのことに耐え難い不快感を感じな
がらも、ユウスケはその受話器をとる勇気が出せないでいた。
 しかし、とうとう決心して、受話器をとる。
「……もしもし」
「こんばんは」
 それは何のへんてつもないただの挨拶だったが、ユウスケはそれでも戦慄した。
「お久しぶりですね。コバヤシさん。」
「ああ……そうですね。」
 平静をよそおうユウスケ。
「コバヤシさん、あなた、ずいぶん長い間『スカウト』をしていませんよね。」
 唾を飲み込む。
「勝手に抜けるなんて、そんなのダメですよ。」
「抜ける気は無い。ただ、見つからないだけだ」
「そうなのですか?」
 電話口の相手の声からは感情が読み取れない。
「とにかく、そろそろ新しい人を連れてきていただくか、きちんと手続きを踏ん
でいただかないと、こちらとしても困りますので。」
「どっちも、待ってくれ。最近忙しいんだ……」
 ユウスケは言った。
「そうですか。」
 電話口の相手は少し間をとる。
「ならばこうしましょう。一週間、差し上げます。」
 ユウスケの体に悪寒が走る。
「一週間以内に――つまり、次の『イベント』の日までに――誰か1人、スカウ
トしてください、技量は問いません。そうしていただければ、手続きは結構です。」
「聞いてなかったのかよ……」
 ユウスケの声には恐怖の色がありありと表れている。
「俺は抜けるつもりも、手続きをするつもりもない。」
「そう言われましてもね。最初の契約で、最低半年に一回はスカウトをしないと、
手続きを踏んでいただく、ということに同意されたじゃないですか。」
 電話口の人間は言う。
「誰でもいいからスカウトしてくれば、私の権限で手続きを踏まなくて済むよう
にして差し上げようと考えたのですが、不満ですか?」
「何度も言わすな、クソ野郎」
 ユウスケはそう吐き捨てて、受話器を耳から離し、置こうとする。
 あと数センチ下がれば回線が切れる、というところだった。
「ところで、妹さんはお元気ですか?」
 ユウスケの手が止まる。受話器は再び耳元へ。
「たしか今年で中3ですか。そろそろ高校受験とか、そういったことを考えなけ
ればならない時期ですね」
「てめぇ……!!」
「ちなみに彼女は今、学校帰りに近所のスーパーで夕飯の買い物を終えて、今そ
ちらのアパートに向かっているところです。ルゥとニンジン、ジャガイモを買っ
ていましたから、今夜はカレーでしょうか?」
 ユウスケの体が強ばった。唾を飲み込もうとするが、ノドがカラカラだ。
「彼女がコバヤシさんの家に辿り着く、残り10分以内に結論を出してください
。こちらの電話番号はご存じですよね?」
 無言で返すが、相手は勝手に了解した。
「では、良いお返事をお待ちしております。」
 丁寧に、電話は切れた。


 日常の背後を蠢く闇が、ゆっくりと動き始めていた。

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