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グラウンド・ゼロ 第21話

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匿名ユーザー

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「なーなー」
 友人は言った。
 俺は顔を上げて、ランドセルを背負いなおす。
「――――のお父さんって、何やってんの?」
「え?」
 俺は思った。なぜそんなことを。
「単純に、気になっただけー」
 友人は笑っている。彼の顔は黒の油性ペンで塗りつぶされていたが、口元だけ
ははっきりと見えていた。
 俺は口ごもる。それでも友人はしつこく訊いてきたので、とうとう、俺は言っ
た。
「わかったよ。言うよ。だけど、秘密だぞ。」


 次の日から、その友人は口をきいてくれなくなった。
 いや、その友人だけではなかった。クラス全体が俺を無視するようになってい
た。
 俺にはすぐに原因がわかった。ああ、あれだ――
「おい!」
 友人の胸ぐらをつかみ、壁に押し付けて問い詰める。
 友人は泣きそうな顔で言った。
「だって、お母さんが、お父さんが、『もう――――とは口をきくな』って……

「秘密だって言ったのに!」
「でも……」
 俺は友人を突飛ばし、そのままその場を、どうしようもないほどの悔しさと共
に立ち去った。


 次の日、俺は教師に呼び出され、説教を受けた。友人が告げ口したのだ。俺は
悟った。
 あれだけ口では『友達』だとかほざいていても、結局はこういうことか。アイ
ツは俺との約束を破った自分よりも、アイツを責めた俺を責めたんだ。
 こんなもんか、他人なんて……。


 中学時代。教師は言った。
「――――くんならもっと良い高校に行けるよ。」
「興味無いです。」
「そんなこと言わずに、学歴はあって損は無いよ。」
 うるせぇんだよ。
 どんなに言葉を飾ろうが、結局はテメーの給料のためだろ。
「君のことを思って言ってるんだ」
 よくそんなサブいセリフを目を見て言えるな。俺がそれに乗って、「先生のお
かげです」と涙を流せば満足か。
 あーきもちわりぃ。


 ……高校時代。
「――――くんなら最高学府も狙える。」
「――――くんのことが、好きです、付き合ってください!」
「――――ってスゲーよな、マジ尊敬するよ。」
「そうか、ありがとうな。」
 いつからだろうか、俺は打算的になった。
 周りの人間とはなるべく良い関係を築くように努め、しかし一切信用しない。
 これが一番賢い生き方だと思っていた。
 つまんねーなぁ、ホント。
 いつの間にかずいぶんと風通しのいい心になってしまっている。


 大学時代。紫煙がゆらいだ。
「――――くんの理論はたしかに素晴らしい。だが君は無礼だ。」
「でしょうね」
「こんなものを学生に発表されたら私の立場が無い。」
「でしょうね」
「すまないが、この論文の名は変えさせてもらう。……これは、私からの感謝の
気持ちだ。」
「わかりました、ありがとうございます。」
 どうせ学問なんて暇潰しだった。本気でやったらたまたま発見をしてしまった
。それだけだった。この論文で貰えたであろう名誉には未練も興味も無い。
 ただ、少し……
 ……いろんなことが、面倒になった。


「――――さんって、普段何やっているんですか?」
「一日中ゲーセンに入り浸ってるよ。」
「へぇ、どんなゲームを?」
「……グラウンド・ゼロ。」
 そう、ただの暇潰しだった。
 ただ、思ったよりもそれは面白かった。
 それは空想のものでありながらどこかリアリティを感じさせ、そこから来るあ
る種の白々しさが、自分にはとても魅力的に感じたのだった。
 ……だがそれが白いカプセル型の筐体を飛びだして自分を取り囲むようになる
ことになるとは、さすがに考えていなかった。


「君の余命は2年です。」
「君は社会的に抹殺されました。」
「君には人殺しをしてもらいます。」
 世界が、くずれた。
 世界は砂のようになって、自分の両のこぶしからサラサラと落ちて消えていく

 それはどんなに力を入れても止まらなくて。
 それでも最初はそれを押し止めようとした。
「……君は、どうやらギフテッドみたいね」
「瞳の色、変わってきてるよ。」
 その必要もなくなった。
 そして俺は息を吐き、両のこぶしを開く。
 ……そこに残っていたのは――


 はっとして、目を覚ました。
 歩行要塞の一室で、毛布にくるまって仮眠をとっていたツカサキは、あくびを
しながら時計を確認する。
 見て、安心して長く息を吐きながら、彼は頭をかいた。
 昔の夢を見るなんて、珍しい。
 いや、あれは夢というよりも――
「――走馬灯みたいだったな……」


「クロミネくん、聞こえる?」
 通信機からの声に返事をした。
「時間よ。準備はいいわね」
「はい。」
「輸送機、エンジン点火!」
 強い振動が伝わる。
 追加スラスターを挟んでAACVⅡの背中と接続された輸送機は、アヤカの合
図でスラスターに火を入れられた。
 これからシンヤの機体は輸送機にぶら下げられて雲の上へと送られるのだが、
計算では雲を突破しきる前に確実に輸送機はスラスターをやられて爆発する。シ
ンヤは爆発の直前のタイミングで自ら輸送機と機体の接続を切り離し、それ以後
は自機のスラスターで上昇しなければならないのだ。
 失敗したら、死ぬ。気を引き締めてかからなければ。
 ちなみに輸送機の方は無人だ。エンジン点火と上昇開始までは遠隔操作で、安
定したらあとは予め仕込んであるプログラムに従って飛ぶらしい。
 だから、安心していいはずだ……。
 シンヤは目蓋を閉じ、また開けた。
「離陸まで1分!」
 深呼吸をする。指を曲げたり伸ばしたりする。
 思ったよりは緊張していない。これならイケそうだ。
「離陸!」
 アヤカの言葉、一際大きな振動、一瞬の上から押さえつけられるような感覚、
それを振り切った浮遊感。それらを連続で感じてから、シンヤはしっかりと前を
見据えた。
 地面がどんどん下がっていく。視点がどんどん上がっていく。それから少しの
時間、もうすっかり見慣れた中空を上昇し続け、終に画面の上方にそれは迫り始
めた。
 それはいつものように黒くこの世界を覆っている。
 雲海の表面はとても固そうに見えて、シンヤは少し不安になったが、すぐにそ
ういったことは考えないようにした。
 息を、長く、する。
 そろそろだ――
 覚悟を決めて、ぐっと身を強ばらせる。さぁ、来い――
 ――衝撃がふりおろされた!
 耳がゴー、という大きな唸り声のようなものに蹂躙される。
 機体は激しく揺れて、バラバラに引き裂かれてしまいそうだ。
 視界は真っ黒く塗りつぶされ、時々その向こうから目を焼く稲妻が姿を見せる

 噛み締めた奥歯が大きな音を立てる。
 心臓が暴れる。落ち着け――
 コンソールに表示される、輸送機のスラスター温度は上昇を続けている。レッ
ドゾーンまであと何秒だ。
 その時、ひときわ強い暴風が機体と輸送機を横殴りに叩く。
 天地が逆転する錯覚に襲われたが、叫ばずに何とか持ちこたえられた。
 あぁ、待て、まだだ。まだ、エンジンを点火するのには早い。
 レッドゾーンまであと少し。
 雷鳴が轟く。それは苦しむ大蛇のように雲の中を切り裂いて、機体に直撃!
 一瞬、目の前が真っ白になったが、飛行には問題なかった。
 でも、クソ、早く、早く――!
 耳障りな電子音が鳴った。見ると、輸送機のスラスター温度が危険域に突入し
ている。切り離すなら今だ――!
 グイと、シート脇のレバーを引く。
 機体の各所からスラスターの吸気口を塞いでいたカバーと、背中から輸送機の
接続部分が弾け飛ぶ。同時に待機状態だったAACVⅡのスラスターに火が入り
、身軽になった機体は今までよりも速いスピードでの上昇を始めた。
 少し離れたところから大きな爆発音が聞こえた。あれは輸送機のものか。
 そして数十秒後、視界は突然光に溢れ、静寂。
 思わず目を細めた。
 そして、息を飲んだ。
 目の前には青が広がっていた。
 それは地平線に近づくにつれて白く、頭上に近づくにつれて濃くなっている。
 そのクリアな色からくる解放感は、コクピットの装甲を貫いてシンヤを包んだ

 地下にも、地上にも無かった。こんなの――
 頬を何かが伝う。気づいて拭おうとしたが、固定具とヘルメットが邪魔だった

 衝動的に機体をホバリングに固定し、ハッチを開ける。
 風に煽られてよろけるのを縁に捕まってこらえて、ヘルメットを脱いだ。
 涙の跡が爽やかだった。
 白い雲が青のグラデーションを背景に漂っている。
 歴史の教科書でしか見たことない光景だ――。
 しばらくの間、シンヤは任務のことなどすっかり忘れ、ただ、その光景を眺め
るだけだった。
 だが一瞬、酸素が薄いために頭がくらりときたので、転落しないように慌てて
シートに戻る。ヘルメットを戻して、ハッチを閉じた。
 呼吸を整える間に腕時計を見る。
 行動を起こさなければならない時間まで、数分の余裕があった。
 思い出してシンヤは機体のシステムチェックを行う。雲内部の塵でスラスター
がやられていないか、関節が詰まっていないか、センサーが潰れていないかを確
認する。
 その途中ふと目についたのは、ひとつの音声ファイルだった。
 そうだ、忘れていた。
 このファイルを聴かないと。
 コンソールをいじり、音声ファイルを開く。
 タイトルは『クロミネさんへ』。作成者は、ユイ・オカモト……


 ……最初の十数秒は無音だった。
 ただ、かすかに衣擦れのような音が聞こえることから、正常に再生されている
のだということは判る。
 彼女の最初の言葉は極めて小さな声だった。
「あー、えっと……録音、できてる……よね」
 数秒の間。
「……こんにちは、クロミネさん。」
 無言で返す。
「少し、声が聞き取りづらいと思いますけれど、ごめんなさい。今、これは隠れ
て録音していますので……」
 隠れて?一体なぜ。
「……えぇと、そうですね……なにからお話しすればいいのか……」
 彼女の口調は真剣なものだ。
「……クロミネさん。そこは、今、『空』ですか?」
 シンヤは視線を上げた。
 画面の向こうがわには無限に蒼天が広がっている。
「空は、綺麗ですか」
 ……うなずく。
「私にはもう空を知ることはできませんが、クロミネさんは、知ることができま
したか」
 小さく、肯定する。
「知ることができたのなら……私は、嬉しいです。」
 また、少しの間があった。
「……今から私が話すことは、コンドウさんからは、決して話してはいけないと
言われていることです……私も、伝えるべきではないと思っています。」
 彼女の口調はどこか切なげだ。
「ですが、伝えます。クロミネさんならきっと受け止められると思いますから…
…」
 シンヤは、次の言葉を待った。
「……今回の歩行要塞攻略作戦は、実は、過去に立案された作戦を改変したもの
なんです。」
 そうだったのか。
「以前にも歩行要塞を攻略しようとしたことはあったそうです。ヤマモトさん―
―あの、平蛇の艦長の方です――が車椅子になったのは、そのときらしいんです
が……」
 彼女は何が言いたいんだ?
「……そのときはアッシュモービルとAACVたちの奇襲作戦を行ったらしいの
ですが、それ以外に提案され、却下された作戦が、今回クロミネさんがされてる
ものの原型なんです。」
 ……却下された?
「却下されたのは、ヤマモトさんが強く反対したからなのですが……それにはふ
たつ、理由があって、まず成功率が低すぎることと、そして……」
 ひとつ、呼吸をする。
「……誰もやりたがらないからということ。」
 ……どういうことだ?
「クロミネさんは、今、空に居るんですよね。」
 肯定、する。
「作戦では、クロミネさんは無人輸送機で雲の途中まで引き上げられて、そこか
らは自力で上昇する――いえ、『した』んですよね」
「ああ。」
 つい声に出た。
「……クロミネさんは、何も疑問は抱きませんでしたか。」
 ……?
「こんな簡単なことなら、以前にもやった人間が居たはず、とは思いませんでし
たか。」
 たしかに最初にこの話を聞いたとき、一瞬だけその疑問は頭をよぎった。しか
し、アヤカの説明で納得していた。
 ――本当に、納得していたのか?――
「……この作戦の最大の問題は、AACVを引き上げる輸送機が果たして正常に
飛べるのか、という点にありました。」
「でもそれは大丈夫だった」
「あの、精密機器には地獄とも言えるような環境……。その突破のためのプログ
ラムを組もうにも、内部の暴風は予測不可能。……突破できる無人機は、現在の
技術では開発不可です。」
「え、でも――」
 いつのまにか会話しようとしてしまっている。
 嫌だ、聞きたくない。この先は――
「確実に突破するには飛行経験豊富なパイロットによる『有人』輸送機で、プロ
グラムでは不可能な、風の気配を読んだ飛行を行う必要がありました」
「それ以上言うな」
「クロミネさん」
「やめろ!」
「……私のこと、忘れないでください。」
「黙れ!」
「これは、私の、遺言です。」
 彼女の声は冷たかった。
 脳裏にさっき聞こえた爆発音が蘇る。
 今すぐこのファイルの再生を止めたいが、指が動かない。シンヤの目は下方の
雲海を映すモニターに釘付けになっていた。
「ヤマモトさんは最後まで反対してくださいました。コンドウさんを恨まないで
ください。これは、私が初めて『自分の意思で成し遂げる』ことです」
「違う!そんなの、ただの自殺だ!」
「私はこれで『記録』として、永久に名前を遺すことになります。それが、私の
――」
「オカモトさん……!」
「――生きた証です。」
「違ぇよ、そんなの……!」
 そうだ。違う。
 そんなの、自分をごまかしているだけだ。
 命を自ら捨てるのに足る理由なんかあるわけない、きっと……。
「たとえ私が居なくなっても、覚えていてくれる人がいる。それは最高の幸せだ
と、私は思います。」
 ……本当に、彼女はそう思っていたのか。
「だから、クロミネさん、忘れないでください、私のことを。そして――」
 ああ――
「――作戦を成功させてください。」
 ――もちろんだよ、オカモトさん。
 シンヤは音声ファイルを閉じ、そして再び前方を見据えた。
 鋼鉄の怪鳥は青空に消えていく。

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