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ガソリン売り

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匿名ユーザー

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【ガソリン売り】



X月Y日 遭難から十五日目。
作業区のエネルギーをカットし、少しでも探索活動用に回す。
天候回復の目処が立たない以上、本格的にこの星で代用資源を得る必要がある。

生命維持に関しては後数年持つだろうが、強い磁気嵐の影響で通信が遮断されている。
待っていたとしてこのような辺境の地に救援が来る見込みは殆どないだろう。
惑星の重力は強くないが不時着時に予備の燃料タンクを破損したこともあり、今の総エネルギー量では脱出に不安が残る。
この星から出る事自体は必ずしも不可能ではないが、いかんせん外の情報が不足しているのだ。
出た後でちょうど近づいていた他の星につかまりました、では話にならない。
というよりそうならないほうが奇跡と言える程度のエネルギーしか残っていない。
通信は使えるようになるのだから、そこで待機するという選択肢もあるが無謀。
未知の環境下ではアクシデントがいつ起こるともわからない。

幸いこの星の環境はそう悪くもない。
空を覆う灰と高い汚染反応が検出される土壌は我々がバカンスするには不向きな環境だが、この中で既に相当数の種類のバクテリアを、氷漬けながら検出している。
こうやって生物が存在していた証拠がある以上、「多少」の変化があったとして他のものが生活できない道理はない。
無論生まれ育ちが違うのだから寒い熱いで済む話ではないが、此方には文明の利器がある。
少なくともこの生命維持装置が正常に作動するレベルの環境ならば、いきなりパタリということはない。
とにかくまだ余裕があるうちに緊急離脱用の燃料は確保しておきたいものだ。


また、私が積極的に探索を行う理由は他にもあった。
文明だ。
この星には文明がある。いや「あった」と言うべきか。
まだどれ位前のものかまでは判明していないが、それなりに高度に発達していたようだ。
つまりこの星は一度滅びた星、という事になる。
そうであれば、かつて使われていたであろう埋蔵資源等がまだ残っている可能性は充分にある。
いや、ひょっとするとどこかに生存者がいるかもしれない。

一人見知らぬ惑星で途方に暮れていた所であったが、今の私は希望と好奇心とで満たされている。
客観的に考えて生存者というのは飛躍しすぎだが、それぐらい興奮しているという事だ。
他にすがるものがない事の裏返しだろうか。

そんな事を考えながら、私は今日も探査用のクロウラー・マシンに揺られる。
電波障害と資材不足から遠隔操作用のマシンはあまりアテにならない。
防護シールドの材料はホームの守りを固めるのに使っているので必然的に自ら移動してまわることになる。
堆積し硬化した灰の上に、履帯が等間隔で跡をつけていく。

ディスプレイ越しに見えるモノトーンの世界は実に殺風景だ。
恒星の光が最も強く届くこの時間帯でさえ非常に薄暗い。
前後左右全てが、山々の起伏を残し同じような色・形。
見続けていると気がふれてしまいそうなので監視は機械のほうに任せ、その間に別の作業を行う。
文書の解析。
八日前、潰れたシェルターと思しき施設から発見したものだ。
地殻変動の影響で隆起した断層地帯からのもので、断定はできないが保存状態からまだ数万年単位の経過はないと見える。
中身のほうはというとそう複雑な言語でもなく、ある程度の量があったために解析は順調に進んでいる。
特に歴史書や事典のようなものがまとまって発見できたのは大きい。
今のところはほとんど趣味の領域だが、うまくいけばこの星に関する貴重な情報を入手できるかもしれない。



移動開始から三時間。
私はマシンを降り地質調査を開始した。
前々日からの調査では大量の天然核分裂核種を検出した。
その時点ではとても使えたものではなかったが、地脈を遡り調査を続けると検出量は目に見えて増加していった。
純度には不安が残るが、核燃料の鉱脈を発見できる可能性は高い。

しかし残念な事に、本日の調査結果は芳しいものではなかった。
この地点で過去に地層が大陥没を起こしたらしく、他の地層が上に折り重なっている。
外部からかなり大きい力が働かなければここまで極端な変化は起きない。
規模からして隕石衝突の影響、と言いたいところだがそんなものの痕跡があるのならば簡単に発見でき、このような調査展開になることは前もって避けられるはずである。
不可解だ。
首をかしげるついでで血の巡りを改善すべく頭を回したときのこと。
何気なく見渡すディスプレイ越しの景色に見慣れぬ影が映りこんだ。

それは明らかに先まではなかったものであり、コンピュータも遅れてそれを表示している。
天候の影響で視界は非常に悪い。すぐに赤外線測定を行う。
大きさは一メートル強といったところ、一体なんだ。この地点は一度調査しているはずだが。
マシンの掘削アームを止め、考える。

単純に見落としたか、風で運ばれたか、あるいは空から落ちてきたか。
だが次に計器が見せた数値は、もう一つの可能性を浮かび上がらせた。
この物体、動いている。
しかも風や地に動かされているのではない。自ら運動エネルギーを発生させている。
つまり、生物か機械か。
まさか本当に生存者がいたのか?
緊張感。心臓の鼓動が速くなる。 その動きがこちらに向かうものだからだ。
まったくの未知、問答無用に襲い掛かってくる虞もある。


――!?

ところがだ、「それ」は手前1キロメートル程の位置で突如として停止した。
警戒なのか。
続く緊張の中、コンピュータが少ない情報を拾い上げどうにか姿形を捉える事に成功する。
文明を作り上げた生物と同じような二足歩行だが、頭部はカプセルを被せたような形状をしており、全体のバランスにはどことなく違和感を覚える。
金属反応とその量から「それ」は少なくとも純粋な有機生物ではないという事がわかる。
防護服あるいは義肢のようなものか、それとも完全なる機械なのか。

その時「それ」の異変に気がつく。
頭部の中心あたりから、チカチカと光を発しているのだ。
それは一定のリズムで、繰り返し行われている。
一定のリズム。まさか。
私は慌ててデータベースを呼び出し、解析した文明が使用していた各種信号との照合を試みる。
それが本当に信号であるかという保障はない。
そうであっても、少なくとも地上では滅びた文明のそれが未だ形を大きく変えずに使われている可能性は低い。
だがそれでもやれる事は全てやっておくべきだ。
自分のインスピレーションを信じたい。
大雨のように流れる情報を目で、そして脳で飲み込みながら、私は願った。

そしてその思いが通じたのか、それらしき言葉がついに検出された。

"ない""闘争"

……"戦意なし"ということか?
確認の意味も込め、いまだ発光以外の動きを見せない「それ」に対し、こちらからもライトを使って信号を送る。

"こちらも戦意なし"

唾を飲み込む。風の音が騒がしいはずだが、世界が静寂であるかのように感じた。
そして私の心臓がゆっくりと伸び・縮む1セットの動作を行った直後、相手が別のリズムを一度だけ作り、それから発光を止めた。

"了解"

それはこの惑星の知性体とのファーストコンタクトが成功した瞬間であった。



彼はゆっくりと近づいてくる。私も同じように歩みを進める。
肉眼で初めて確認する異文化存在は、私からするとやはり奇妙であると感じる。
しかし一方で彼が引き連れているタンク型の装置をはじめ、機械と思しきパーツ類の外形は我々が作り上げたそれとそう変わらない。
だからこそ違和感を覚えるのかもしれない。
灰混じりの風が吹き、彼が纏う布がはためいた。

"文字は使えるか"
ついまじまじと眺めている所、彼が信号とともに、近い空中に光の記号群を浮かべた。
それは書式的な範疇での差異こそあれ、間違いなく私が知るもの。
滅びたかに思えた文明はこうして今確かに継承されている。
私は"はい"にあたる文字を彼がやったことと同じようにレーザーで空中に描画した。
簡単なプログラムを書けばこれぐらいは自動変換で行える。
点灯信号でも同じようなものであるが、使えるならこちらのほうが時間を取らないのでありがたい。

"貴公はこの星のものではない、という認識でよろしいか"
彼が文字を流す。
その言葉にはやはりと言うべきか、彼が少なくとも私より先にこの星に存在していた事実が読み取れる。

「その通りだ」
私は自分が遠い星の生命体であることと、事故により偶発的にこの星に不時着し遭難していること、そして調査を行い今言葉を交わしている経緯を説明した。
自分が思い描く言葉と実際に描かれる文字を見比べていると、翻訳に対する不安が募ってくるものだが、それを含めて彼は理解を示してくれた。

「あなたは反対にこの星の住人であるとお見受けするが如何か」
今度はこちらの疑問をぶつけた。


"ここで生まれ育ったモノ、という意味でならばそうだ"
「では厳密には違うと?」
"この星の文化では自然発生した生物と、それらが二次的に作り上げたものとは区別されていた。私は後者、言葉ではただここに存在しているとしか表現されない"
彼が寂しげに空を見上げる。
と言っても頭部の中心にある穴の向きを私が勝手に視線と捉えている事で感じるものであり、表情のない金属素材の下で実際に何を思うのか、私に知る術はない。

「ではあなたを作り上げた生物は」
"滅びたよ、それも結構な昔だ。残念ながら生物に関して貴公が発見した以上のものはないだろう"
彼の示した時間を普段自分が使っている時間に計算し直すと、予想を遥かに上回る数値に私は驚いた。
「他にあなたのような存在はこの星にあるのか」
質問を重ねる。

"それは少々厄介な問いだ。では先ずこれを見てくれ"
そう言うと彼は自分の頭部に手をあて、そこに被さっていた灰を擦り取った。
鈍い鉛の光沢と共に現れたのは、先の穴に沿うようにして横向きに刻まれた文字だ。
「ガソリン……売り……?」
"ガソリン、というのは化石燃料の事だ"
「いや、それは分かる。失礼した、説明を続けていただきたい」

"この身体は本来文字通りに、ガソリン売りとして作られたモノだ。一方で今貴公と筆談を行っている私の意識と言える部位は、この星の地下に残った幾つもの演算装置から成るモノだ。
だから私という存在は無数に存在するとも、一つであるとも言え、同時にここに在ってここに無いとも言えるだろう"
成る程、コンピュータネットワークの形で身体に対し高度な人工知能を作り上げているのか。
ここで指す「高度な人工知能」とは単純な演算能力云々ではなく、遊びのある、よく言えば人間的、悪く言えば曖昧な判断と表現が行えるもの、という意味である。
外形が求めたであろう方向性と人格との間にちぐはぐな感があったのは、それぞれが別の個であったためだろう。

「言葉から捉えるにその身体は――」
"ああ、今となっては唯一のものだ"

彼はそう放つと踵を返し、それから少し間をおいて再び此方に向きなおした。


"まだ生命が『たね』ながらに残っていた頃の話だ。永い時をかけ、一度死んだこの星の環境に復活の兆しが見え始めた。
そうなるべく私が尽力していたのだがな。丁度その時、今の貴公と同じ――と言っては失礼かもしれないが――他星からの来訪者が現れた。
彼らは資源を求めてやって来たのだった。そこに蓄積されつつある対象物、当然彼らは手に取る。
誰も手をつけていない資源だけの惑星は彼らにとって未来を潤す天恵と映ったかもしれない。だが私にとってその資源はこの星と、この星の生命の未来を潤すためのものだ。
――当時の私には手足となる無数の身体があった。それを私は使いコンタクトを取ったが、私の言葉は彼らに届かなかった。
今存在しないもののために目の前の利を放棄せよ、というのが無理な話だったのかもしれない。そして私は彼らの未来に対する障害として判断され、攻撃を受けた"

" 私の手足には返す刃もあった。当然そのために造られたもの、私は私の存在意義を守るために戦った。だが結果はご覧の通り、守るどころか失ってしまった"

見渡す限りに広がる死の世界。冷たい風が彼の布を揺らす。
私は言葉が出なかった。私がやってきた事、やろうとした事は「来訪者」となんら変わりない。
ただ偶然に事故に遭い、ただ偶然にひとりでこの星に辿り着き、ただ偶然にこの星の文化を知り、ただ偶然に彼とのコンタクトに成功し、ここにいるだけだ。

"だが全てを失ったわけではなかった"

まるでそんな私の心情を察したように、彼は視線を合わせることなくまた語りはじめる。

"三次的な生産の術まで失われ、こうして唯一残った身体で永い時を過ごして来た。
大昔の骨董品を無理矢理弄ったモノだ、それに縛られ私は、使う者もいない僅かな化石燃料を集め、精製するという行為を延々と続けざるを得なかった"

タンクを擦り、それから体重をゆっくりかけながら、彼はまっすぐと此方を見据え、そしてこう続けた。

"しかしその行為は無意味ではなかった。何故ならここにそれを必要とするものが現れたからだ。
唯一残った身体がこの『ガソリン売り』で、貴公は個人レベルの資源不足に悩まされている。
……人工物の私が言うのもおかしな話だが、これこそ巡り合わせというものではないだろうか"

ああ、本当におかしな話だ。何故彼は来訪者と同質のエゴを持つ私を受け入れてくれるのだろう。
私のことを知らないからか? 利害が一致したからか?
そんな単純なものではないだろう、感情というものは。
そう彼は間違いなく、自分の感情を、文化を持ったこの星の生存者だ。
形態こそ違えども、少なくとも私にとっては彼こそが、この星に再生した新たな生命に他ならない。



"ふむ、それにしても見事な船だ。しかし、やはりと言うべきか化石燃料はかさばるな。分裂核種の殆どが半減期を過ぎていてはやむなしだが"
「本当にいいのか、これだけの量を」
"独り延々と集めてようやく『これだけ』だ。どの道使う者以前に使い道も限られている"

僅か三日後、私はこの星から発つことができるようになった。
彼が貯蔵していた燃料はまるで狙っていたかのように簡単に船のものとして利用できるようになり、また丁度帰還に必要な量を確保できた。
作業に向かない身体にも関わらず、懸命に手伝ってくれる彼の小さな後ろ姿を見ていると、やはり別れが惜しくなる。

"そんなに寂しいなら付いていってやろうか? もっとも空っぽの『着ぐるみ』だけになるが……"
このような冗談を平気で言ってしまう彼は本当に生き物にしか思えない。
しかし事実として彼の人格は地下深くにあるコンピュータを繋いでつくられたものであり、それによりこの星を離れることはできない。
もっとも彼は初めから離れる意思などなく、またガソリンを集め、精製して過ごす毎日を続けると言っている。
私が持ちうる技術や資材を利用すればすぐにでも自由な身体を得る事は可能だったが"これが駄目になってから考える"と彼は断った。
一応ガソリン「売り」だから代金だなどと言いそれらを受け取るだけ受け取ったが、恐らく私を納得させるためで使う気はないのではないだろうか。

「いつかまた来るよ」
"貴公が生きている内は来ても帰りの燃料は出ないぞ"

「……それでは子孫が」
"その頃には恒星に飲まれているかもしれないな"

「ならばその前に、燃料の『タネ』を持って来よう」
"成る程、それは楽しみだ"

そして私は出発した。彼の集めたガソリンを燃やし。



普段、私達宇宙の旅人は積極的に他星の知性体と接触することを避けている。
それは知性が生まれるまでの奇跡的な条件を作り上げている自然という概念への尊敬であり、畏怖によるものだ。
もっとも接触がもたらす変化すら自然の延長線上にあり、そしてまた組み込まれていくもの。
この宇宙はそれほどに広大であり、だからこそ拘束力のないただのモラルによって接触行為の是非が漠然と定められているのである。
私は初め心のどこかで、そのモラルに対して現状の緊急性による言い訳をしていた。
ところがこうして接触を行うことで垣間見えた一つの星の生と死の二面は、威を示すことなく何をするでもなく、そこにあり続ける自然に対し、私を含めた知性体が、またそこにある個の意思がいかに小さいものであるかということを強く認識させた。
端的に言うならば、そこには知性でありながらに知的でない、ただ理由のない感動があった。

「――随分大変な休暇を楽しんだそうじゃないか。ところで君が落ちた惑星だがね、条件的には生物が存在する最低条件はクリアしていたらしいが、どうだったかね」
「……『生物』は既に死滅した後でした。ただ――」
「ただ?」
「――化石燃料だけが僅に残っておりましたので、それを使い帰還しました」
「そんなものは見れば分かる。もうよろしい」

そして宇宙という大きな存在の中で、一人の友人を得たという身の丈相応の、小さな喜びがあったと。






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