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「なあ……今の、どういう事だよ?」 まだ少しだけしゃくり上げている会長――――ルナの手を引きながら、俺は尋ねる。 さっき、確かに会長はあの白い機体に向かって一条とメルフィーの名前を叫んだ。一体どういう事なんだ? まさか――――「アレに一条とメルフィーが乗ってるのか!?」 会長は答えようとせず、視線を逸らしている。「なあ、そうなんだろ!? だからさっき一条とメルフィーの名前を――――」「あは、あはははは」 突然乾いた笑い声を上げだした会長に、俺は少しビクリとする。な、何怯えてんだ俺、しっかりしろ。「駄目だなぁ、私。気を抜くとドジばっかりするから、いつもいつも神経尖らせてたのに……やっぱりこういう所でドジ踏んじゃうんだもん。おまけに草川なんかに泣き顔見られて、もう、最低」 口ではそう言っているけれど、会長の顔は儚い微笑みを浮かべていて。泣きじゃくる姿も可愛かったけれど、やっぱり、「笑顔のほうが可愛いよなぁ……」「は、はぁ!? 突然何言い出すのよ、草川!?」「う、うっせーよ泣き虫! つい本音がポロリと零れただけだっつの!」 今まで氷室ルナっていう人物は、誰にも届かない場所にある、所謂高嶺の花だと思っていた。だけど違う、違うんだ。本当はもっと近くにあって、たった一人で意地張って、失敗して、泣きじゃくって――――そんな普通の女の子だったんだ。 氷室ルナって女の子を、守ってやりたい、そう思った。「でも、これでドジはおあいこだろ?」「そ、それで上手い事言ったつもり?」「上手くなかったのか!?」「下手くそ、しかもクサい、草川だけに」「この……上手い事言いやがって!」 お互いに笑い合う。こんな時に不謹慎かもしれない、だけどこんな時こそ笑うべきだ――――なんて事をあのちんちくりんが言っていたような気がする。「ねぇ……草川」「何だよ、ルナ」 わざと名前で呼んでみると、会長の顔がたちまち真っ赤になった。……可愛いな、本当に。「っぐ、ごほんっ!」 ルナがわざとらしく大きく咳ばらいをする。「遥とメルフィーの事だけど……誰にも言わないって約束する?」「おう、男草川 大輔、約束を破った事は一度もないぜ」「嘘おっしゃい。……まあいいわ。今からする話、真面目に聞いてよ……“大ちゃん”」
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一歩一歩、巨大な鉄塊を引きずりながら、甲虫にも似た漆黒の鎧を纏った巨人が迫る。 対する白亜の巨人の瞳からは光が消え、全身のラインも明滅を繰り返す。もはや立つ事もままならない。まさに満身創痍、絶体絶命。「なんで動こうとしないんだい?」「動けない事わかってて言ってるくせに、白々しい……!」「わざとだよ、そういう風に言ってるんだ」 衝撃。近くのビルに機体が叩き付けられた。砕かれた硝子がパラパラと降り注ぐ。「ははは、ホームランだ……いや、ファウルかな」 吹き飛んだヴィルティックにゆっくりと歩み寄る。「くっそ……メルちゃん、大丈夫?」「は、はい……何……とか……」 メルフィーが呻き声を上げながら言う。「無樣だね。これがあの一条 遥の最期だと思うと虚しくて虚しくて仕方がないよ」 見下ろして嘲笑しながら、オルトロック。その態度からは絶対的優位を得たが故の余裕という物がありありと見えていた。「でもね、それと同じくらい楽しくて楽しくて仕方がなくもあるんだ」 デストラウがヴィルティックを踏み付ける。一度だけじゃない、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も―――― 「いつも嬉しそうに笑っている君の顔が恐怖に引き攣る様が見たかったんだ! いつも楽しそうに笑っている君の顔が悲しみに歪む様が見たかったんだ! さあ見せてくれ、私に! 誰にも見せなかった表情を! さあ、さあ! さあさあさあさあ!」 静寂。一条 遥からもメルフィー・ストレインからも返事はなかった。「失神したか、あるいは――――死んだか」 コックピットのある胸部が潰れたヴィルティックはぐったりとして動く事はなく、あちこち剥がれ落ちた装甲の下には光を失ったメインフレームが露出している。すなわち、ヴィルティックはその機能を停止したという事だ。 オルトロックは小さく笑いだし、やがて腹の底からの高笑いを始めた。その笑い声には、まさに狂喜という言葉が相応しい。「殺せた……私はついに最大の障害、一条 遥を殺せたんだ!」 あとは草川 大輔と氷室ルナ、この二人を抹殺すれば、イルミナスの勝利は揺るぎないものになる。 どうやって殺そうか。そうだな……今は気分がいいから、できるだけ残虐な殺し方にしよう。拷問か? だとしたら何がいい? 目をくり抜くか? 火で炙るか? いや、電気ショックがいいかな―――― もう動かなくなったヴィルティックに一瞥をくれてやる事もなく、オルトロックは避難所になっている裏山へと踵を返した。 その時――――過信と慢心のせいか――――オルトロックは気付かなかった。背後でヴィルティックが、静かに立ち上がった事に。
「メルフィーちゃんが未来人……!? おいおい、冗談だろ!?」「私も冗談だって思いたいわよ。でも、現実にそれは起こってる。なら信じるしかないじゃない……!」 裏山の獣道を上りながら、小さな声でやり取りをする。手は、繋いだまま。「じゃあ、なんで一条がメルフィーちゃんと一緒にあれに乗って戦ってるんだよ」「わからない。だけどメルフィーは、私か遥じゃないと駄目だって――――」 獣道を抜け、展望台に辿り着いた。途端に視界が人で一杯になる。そしてその向こうに、こちらへ近付こうとする黒い機体と、その足にしがみついて必死に止めようとする白い機体の姿があった。 人々はただそれを呆然と見つめているだけだ。「そんな、こんなのって……」 ルナが口元を押さえる。目尻には涙。「ちくしょう、何か俺達は何もできねーのかよ……!」 転落防止のための柵を握る手に力が篭る。視線の先では白い機体が黒い機体の足元にしがみついては蹴り飛ばされ、蹴り飛ばされてはしがみつきを繰り返す。何度も何度も、懲りずに、ずっと。 その場の誰もが、逃げ場なんてないのに逃げ出そうとした、その時。「がんばれーっ!」 ざわめきを、幼い声が切り裂いた。「琴音ちゃん……」 その声の主は、ルナが助けた女の子、琴音だった。誰もが諦めている中で、ひとりだけ、必死で巨人にエールを送る。「が、ん、ば、れーっ!」 そこにもうひとつ声が加わった。三つ編みの、どこか遥に似た顔の少女が耳まで真っ赤になって叫ぶ。「がーんーばーれぇぇぇぇぇぇっ!!」 人々の間に波紋が広がっていく。大輔とルナも顔を合わせると、手でメガホンを作って、「頑張って!」「負けんなーっ!」 その波紋は次第に大きくなっていって――――「頑張れ!」「ファイトー!」「頑張って!」「立てー!」「いけるぞ、頑張れ!」 いつしか、街の人々みんなが、白い巨人を応援していた。 だが応援虚しく白い巨人は突き飛ばされ、山肌にその身を埋めた。淡かった瞳の光が完全に消え去る。 それでも、人々は応援をやめようとはしない。何故なら、それが今、彼らにできる唯一の事だから。「頑張れぇぇぇぇぇっ!」 エールが響く。どこまでも、どこまでも。倒れた巨人の、心まで――――
気付くと私は、東西南北天地全てがモノクロな世界にいた。どこだろう、ここ。天国や地獄にしては殺風景だし、三途の川を渡ってなければ閻魔様に人生全部カミングアウトもしていない。 「おーい、誰かいますかー」 反響なし、反応なし。閉所ではないし、人もいないようだ。 それに地に足ついてる感覚はあるし、意識もしっかりしている。 すると突然聞き覚えのある声がした。「――――ごめんな、一条、おまえにばっか貧乏くじ引かせて」 振り返る。……誰だろう、誰かがいるのはわかるのに、そのビジョンはひどくぼやけていて、誰なのかまでは判別できない。続いて別の――――また聞き覚えのある、女の人の声。 「でも……ごめんね、時間がなかったの。あなたでしか、未来を救う事も、世界を変える事も出来ないのよ」「――――でも、駄目だったよ。負けちゃった、私。今日見た悪い夢と同じ、結局私は何もできないチビ助なんだ……」「まったく……あなたがネガってどうするのよ。それは本当のあなたじゃない。こういう時はどうすればいいか、あなたは知ってるはずよ?」「それに、ほら」 少しずつ、確かに聞こえてくる、これは――――が、ん、ば、れ……? 最初はひとりのちっぽけな声だったそれは次第に勢いを増していき、やがては幾千、幾万ものエールが私のハートに流れ込んでくる。その中には、私のよく知っている大切な人達の声も混じっていた。 『頑張って!』 少しだけ涙声が混じった、ルナの声。ああ、ルナもやっぱり泣くんだなぁ。『チビー! 頑張れぇぇぇぇっ!』 中学の応援団の時以来久しぶりに聞く、なんか一言多い大ちゃんの応援。どーせ私もヴィルティックもチビですよーだ。『が、ん、ば、れぇぇぇぇっ!!』 お腹の底から張り上げられたカナの声。無事で本当によかった……。帰ったらちゃんと仲直りしよう。 それだけじゃない、クラスメイトや、生徒会の同僚達、お父さん、お母さん――――知ってる人も知らない人も、みんながヴィルティックを……私達を、応援してくれている。 胸から熱い想いが込み上げてきた。それは瞳から頬を伝って流れ落ちる。モノクロだった世界が、色を取り戻していく。そして私は理解した。 ここは鈴木市、私の生まれた街、私の大好きな街。 ここは世界、私の生まれた世界、私の大好きな世界だ。「どうだ? ベッタベタだろ? でも……燃えてきただろ?」「みんながあなたたちを応援しているの。だから諦めないで、遥!」「うん、ありがとう。でも、ヴィルティックはもう……」「大丈夫、私達のヴィルティックはまだ動くわ」「まだ戦えるならこいつを使え、一条!」 私の眼前に、一枚の真っ白なカードが現れた。「これは?」「ヴィルティックの本当の力を引き出すためのカードだ。この力で未来を守ってくれ――――頼む」 二人の声が、姿が、ゆっくりフェードアウトしていく。 二人が完全に消えてしまう前に、私は最大限の笑顔でサムズアップしながら言ってやる。「大ちゃん、ルナ――――あとは任せて!」 いいところも悪いところも引っくるめて大好きなこの世界。 その世界の未来が今、危機に曝されている。 それを救えるのは、今は私達しかいない。 ならやってやる、やってみせる。悲しみに満ちた未来は、私が……私達が変えてみせる。 私は強く頷くと、涙を拭って――――「おっ……しゃあ!」 両手で頬を叩いて弱気の虫を吹き飛ばす。気合い注入、覚悟完了! カードを手にとって、見る。そのカードには特殊な印刷で青く輝くアルファベットが刻まれていた。 そのアルファベットは――――
ヴィルティック・わっふる!THE LAST EPISODE:Vi・Vid!
「痛……っ」 全身の痛みで、私は目を覚ました――――いや、戻ってきた。 右手を見る。真っ暗なコックピットの中でもはっきりと存在を認識できる白いカードがそこにはあった。 未来の二人に託された、明日を切り開くための剣。それは何よりも鋭くて、何よりも優しい。 さて、ここで問題だ。 このカードを使ったとして、果たしてオルトロックに勝つ事ができるのか? その答えは簡単。 できる、“私達”なら、何だって。「動け、ヴィルティック!」 カードを前に突き出して、勢いをつけてリーダーに通す。すると若干のウェイトの後に、ジェネレータの駆動音が響き渡り、コックピット内が明るくなった。<トランスインポート・ヴィ・ヴィッド!> スピーカーから聞こえてくるのは、みんなからのエール。モニターに映るのは、グランファーを苦もなく受け止める、ヴィルティックの細い腕だった。 勝手に動いてる――――!? ヴィルティックが、グランファーを突っぱねて立ち上がる。「メルちゃん……メルフィー! 起きて!」 気を失っているメルフィーを起こす。幸い外傷はないみたいだ。「ん……遥……さん……」 眉間を押さえながら、メルフィーが目を覚ます。
――――予想外だった、まさかヴィルティックがまだ動けたとは。ゴキブリのような生命力……いや、見上げたド根性だ。ヴィルティックの機体性能も凄まじいものがある。 がっかりだ、とは言ったものの、もししっかりと訓練を詰んでいたらと思うと少しだけ惜しい気もする。強者と戦う事は須らくギア乗りの望みなのだから。 まして相手が未来の初代ギア乗りであり、自らの……そしてメルフィーの師であればなおさらだ。 まだ一度も使っていない、切り札とも言えるカードを見て、私は呟く。「本当は私の作ったギア、私の作ったカードで全盛期のあなたを叩き潰したかったんだけどね」 また動かれても厄介だ、やはり後顧の憂いは完全に断っておくべきか――――ヴィルティックを完全に破壊せんと、私はグランファーを振り上げた。 ちょうどその時、デストラウのマイクが外部の音声を拾う。頑張れ……か、酷いノイズだ、虫酸が走る。今すぐにでも蒸発させてやりたいが、今はヴィルティックの始末が先だ。 「――――さようなら、一条“先生”」 グランファーを横に薙ぐ。哀れ、二人の少女は挽き肉に――――<トランスインポート・ヴィ・ヴィッド!>「何!?」 信じられない事が起こった。満身創痍で動けないはずのヴィルティックが――――「ディフェンス系統のカードを使用する事もなく、グランファーを受け止めた――――!?」 ヴィルティックがグランファーを跳ね退けて、機体に積もった塵芥を落としながらゆっくりと立ち上がる。白い巨人の復活を喜ぶかのように、暗雲を切り裂いて、光の柱が巨人を照らした。 ジェネレータの駆動音に比例するように、全身を駆け巡る空色のラインは輝きを増し、煤けた装甲は元通りの純粋さを取り戻す。 腰部の装甲が順次展開していき、最後に肩部のウイングが蒼い粒子を散らしながら開く。そこからさらに光の翼がゆっくりと迫り出し、ヴィルティックが少しずつ宙に浮かび上がっていく。 応援していた人々から歓声が上がる。歓声が大きくなるのに呼応して、光の翼も大きくなっていく。 その光景は、神々しい――――まさにその一言に尽きた。 全身に立つ鳥肌と武者震いを、私は抑える事ができなかった。 ゾクゾクする、ゾクゾクする、ゾクゾクする、ゾクゾクするゾクゾクするゾクゾクするゾクゾクするゾクゾクする――――!「素晴らしい! 素晴らしいよ! 先生! メルフィー! そして……ヴィルティック!」 死地からの復活……かっこいいじゃないか……。戦り甲斐がありそうだ……! 今まで使う事のなかった切り札を掴む。「そこまでして戦うというのなら、私もそれ相応の覚悟を持って対応をしなければいけないね……!」
気付いたら、私は映画館のような場所にいた。 スクリーンに写っているのは、見た事のない、体験した事のない記憶。 目の前には、いなくなったはずのお父さんが、お母さんが、先生がいる。『3、2、1……せーの! メルちゃん世界大会出場決定おめでと――――っ!』 ――――それは、確かに父の、母の、先生の声だった。 なんで……どうして……!? あまりに唐突過ぎる出来事に、私は戸惑いを隠す事ができない。 スクリーンの中お父さんが、ゴホンと仰々しく咳ばらいをした。「えー、この度、我が愛娘、メルフィーのブレイブグレイブ世界大会出場に当たって――――」 マイクを持って、キリッとしたカメラ目線で喋り始めたお父さんの後頭部を、お母さんが平手で叩いた。「もうっ! 堅苦しいわよ、あなた!」「いっつも堅苦しいのはお前だろー!?」「はい、ストップストップ。夫婦喧嘩は犬も食べないよー」 痴話喧嘩を始めたお父さんとお母さんの間に、先生が割って入る……まだ世界が平和だった頃の三人のやり取りそのまんまだ。「そうね……。何はともあれ、メルフィー、世界大会出場おめでとう」 にこり、お母さんが笑う。「メルフィーの世界大会出場のお祝いに、パパとママ、そして先生から、このヴィルティックをプレゼントするぞ!」 にやり、お父さんも笑う。「テスト運用は私がしっかりやっといたから安心してね!」 先生は……最初から笑顔だ。 でも、世界大会の開会式でイルミナスの開発した軍用ギアによって各国代表のギアは蹂躙され、お母さん達とも離れ離れになってしまって――――その日から、私の長い長い逃亡生活が始まったんだ。 何もできなかったあの時の悔しさが甦ってきて、握り絞めた拳に力が篭る。「さて……このメッセージが再生されてるって事は、ヴィヴィッドが発動したって事だな」 そっか、これはヴィルティックが見せてくれてるんだ。でも……ヴィヴィッドって何だろう。「試合前にヴィヴィッドを発動させる予定だったんじゃなかったかしら?」 きょとんとした顔で、お母さんが首を傾げるお母さんのほっぺを、仕返しとばかりにお父さんが引っ張った。「おいルナ! いやドジ! 今の台詞で色々と台無しだよ!」「い、いひゃいいひゃい! ドジって言うなぁ!」「最初の時点で台無しだったんじゃ……」 苦笑しながら先生が呟く。その的確な指摘に、私はクスリと笑ってしまった。「やったわね……仕返しよ!」「お、おう、ちょっと待て! 鉄製の定規はやめろ、鉄製は……アッ――――!」 スクリーンが暗転し、「しばらくお待ち下さい」のメッセージ。懐かしいそのやりとりを見て、自然と涙が、笑顔が溢れてくる。 変だな……なんで私、泣きながら笑ってるんだろう。 スクリーンに、再び三人の姿が映る。心なしか、きっちり着こなしてた服が崩れてるような気がするけど、何があったのかは考えないでおこう。「……ヴィヴィッドは観客の声援と、メルフィー、あなたのやる気に応じて戦闘力を無限に上昇させていくシステムよ」 にこやかにお父さんの耳を引っ張りながらお母さんが言った。「あだだだだだ! ごめんなさいもうしません離してくださいお願いします!」 お父さんは苦悶の表情でお母さんに許しを請い、手を離してもらう。相変わらずお父さん、お母さんには敵わないんだなぁ。 手を離してもらったお父さんは、途端に表情をきりっと変えた。隣で先生が笑っている。「前々からファンの期待に応えたいって言ってたからな、そのためのシステムを極秘で作らせてもらった」 そうだったんだ……ありがとう、お父さん、お母さん、先生……!「ただし、あなたがネガティブな事を考えると、それに応じて戦闘力も下がるから注意しなさい」 ネガティブになっちゃ駄目だなんて、さっきまでの私なら絶対に無理だって弱音を吐くかもしれない、だけど――――「でもポジティブになれたら、きっとメルちゃんは誰にも負けないくらい強くなれるから、頑張って!」「頑張ってね」「パパもママも先生も、もちろんスタッフのみんなも応援してるからな!」 ――――だけど今の私なら、これからの私なら、出来るって、はっきり言える。 お父さん、お母さん、先生、ありがとう。私、もう一度頑張ってみます。 幕が下り、メッセージはそこで終了した。照明が辺りを照らし出し、響き渡る、拍手と声援。 見渡せば周りには沢山の人。知ってる人も、知らない人も、未来の人も過去の人も――――みんなが私に、心からのエールを送ってくれていた。 少しだけ恥ずかしくなって、はにかみながら席を立つ。「ありがとう、みんな……私、精一杯頑張ります!」 歓声が大きくなる。私の胸の鼓動も大きくなる。 そして私は歩き出した。この夢の出口へ、現実の入口へ。 私はもう負けない、怯えない。戦うんだ、恐怖と。 出口には、よくよく見知った人がいた。身体は小さくて、でも心は大きくて……太陽みたいな笑顔が眩しい、私が尊敬する先生で、私の大好きな友達。 彼女が私に手を差し延べて笑う。 私も先生の手を握る。「行こ、メルちゃん!」「はい……遥先生!」 途端、視界が光に包まれて――――「ん……遥……さん……」 戻ってきた私は、頭痛に頭を押さえながら、遥さんの名前を呼んだ。「メルちゃん、よかった……! 大丈夫? まだいける?」 笑顔になったと思ったら、すぐに心配そうな顔になる。表情がコロコロ変わるのは、やっぱり今も昔も変わらないんだな……。 私は頬をぴしゃりと叩くと、スロットルレバーを握る。感じる……ヴィルティックを通じて、みんなの意思が流れ込んでくるのが。 私は一度深呼吸をして、心を落ち着けると、「はい、いけます!」 歓声は、未だ途切れる事なく響いていた――――
白い巨人と黒い巨人が睨み合う。 間に流れるのは、憎しみに満ちた殺意でも、狂気に満ちた悪意でもない。ただ、強者と戦える事への喜びだけ。「ははは……まだ、私の知らない機能があったんだね。最高だよ、ヴィルティック!」 オルトロックは今、心の底からこの状況を楽しんでいた。何故かはオルトロックにもわからないが、今この瞬間は、昔の自分に戻れているような気がした。「それはどうも」 それは遥も同じだった。不敵な笑みを浮かべながら、ヴィルティックを地上に下ろす。「でもね、私とデストラウにもまだ、君達の知らない切り札があるんだよ」 ヴィルティックが粒子を散らして身構えた。オルトロックは手の中にあったカードを一瞥し、フッと笑うと、リーダーにそれを通す。 ――――戦いが終わるまで耐えてくれよ、デストラウ。<トランスインポート・オーヴァードライヴ!> ガチン。デストラウの中から、何かが外れたような音がした。途端、デストラウの関節の隙間から紅い粒子が噴出した。それはデストラウを包み込んでなお膨脹する。 「これは……! まさか、デストラウにもヴァーストと同じカードが……!」「違うな、メルフィー。これは“オーヴァードライヴ”……私が作った、この世でただ一枚だけのカードだ。性能はヴィルティックのヴァーストなんかよりもずっと上だよ」 ――――ただしヴァーストと違い、時間切れは操者の死を意味するけどね。 心の中でひとりごちる。不思議と恐怖は感じない。 デストラウがヴィルティックを指差す。「さあ、これが本当の最終ラウンドだ……!」 ヴィルティックが地面を踏み割って一歩を踏み出し、デストラウがグランファーを構える。『ヴィルティック・ヴィヴィッド・ヴァースト……』 遥とメルフィーの声が重なり、「デストラウ・オーヴァードライヴ……」『いざ――――』「尋常に――――」『勝負!』 三人の声が、重なった。 白と黒の相反する色の巨人が、蒼と紅の相反するオーラを纏ってぶつかり合った。衝撃が木々を、大地を揺らす。 一条の光になったヴィルティックが空へと駆け上がり、それをデストラウが猛追する。 二機は雲を裂く程の超高速で移動し、複雑に絡み合う光の軌跡が、空に奇妙な模様を刻んでいく。 つかず離れず、そんな状態だった二つの光が、やがて空中でぶつかり合った。 デストラウの横蹴りをヴィルティックが左手で受け止め、空いている右手でデストラウの角を掴んで引き倒す。<トランスインポート・ヴィルティックソード> そして長剣を出現させ、それを両手で掴み、構えて落下するデストラウを追う。 対するデストラウは姿勢制御バーニアを巧みに操って空中で一回転し、グランファーでヴィルティックを弾き、飛ばした。 さらにグランファーの刀身を分離させ、蛇腹剣――――グランドワイアットにしてヴィルティックの腕を絡めとり、引き寄せると、ヴィルティックの腹部に一撃を加える。 ヴィルティックは一瞬だけ怯むが、すぐに反撃へ移行。逆手に持ったヴィルティックソードでグランドワイアットを切断し、脇に回し蹴りを叩き込む。だが、<トランスインポート・リターン> デストラウが背後へとテレポートした。デストラウは飛び散ったグランドワイアットの破片を操作し、ヴィルティックを襲わせる。「くっ……」「遥さん、任せて!」<トランスインポート・プレイスフィールド> ヴィルティックの腕にシールドが召喚され、破片のほとんどがそれに弾かれる。 それを確認するや否や、振り向きざまにプレイスフィールドをデストラウに投げ付けた。これによっていくばくかの隙を作り、その間にヴィルティックソードを構え、蒼いフィールドを纏わせ突きを放つ。 渾身の刺突はプレイスフィールドごとデストラウの巨大な左肩部装甲を貫いた。デストラウも負けじとグランファーの柄を投げ捨て、右手にフィールドを集束させてヴィルティックソードを粉砕する。 それによって飛び散った破片を回避したデストラウに、ヴィルティックがミドルキックを食らわせた。鋭利な脚部がデストラウのどてっ腹に一瞬だけ食い込み、すぐに離れる。 <トランスインポート・ヴィルティックライフル> ライフルを実体化させると、躊躇う事なく引き金を引く。銃口から、プラズマを纏ったビームが吐き出された。デストラウは機体を捻り、すんでのところで回避。掠めた胸部に赤熱したラインが刻まれる。 肩に突き刺さった刃を無造作に引き抜いて、再度デストラウがヴィルティックに突撃を開始。ヴィルティックはライフルで迎撃するが、その全てを紙一重で回避されてしまう。 弾切れになったライフルを投棄。接近戦で対処しようとするが、反応が遅れた。デストラウの拳がヴィルティックの頭部を半壊させ、さらに地面へと叩きつけた。 土煙が上がる中へ、追撃。同時に煙を突き破って、ヴィルティックが飛翔する。 また、上空で光がぶつかり合う。 ぶつかっては離れ、ぶつかっては離れを繰り返す蒼と紅。どちらも一歩も譲ろうとはしない大接戦だ。何かしらの攻防がある度に、ギャラリー達は悲喜交々の声を上げる。 そんな光景に、オルトロックとメルフィーは既視感を感じずにはいられない。 そう、かつて自分達が熱狂していたスポーツ、ブレイブグレイブと現在の状況は酷似している。この不思議な昂揚感も恐らくそのせいだろう。 善も悪も今は関係ない、純粋な力と力をぶつけ合い、勝ち負けを決める。たったそれだけのシンプルな戦いだ。「はぁ、はぁ……、攻撃、読まれてるね……!」 遥が額の汗を拭い、操縦桿を握り直す。「そう、ですね……!」 メルフィーが頬に張り付いた髪を払いのけた。「そこでさ……ちょっと、面白い事、考えたんだけど」「面白い、事……?」 遥がにやりと、悪戯っぽい笑みを浮かべる。「そう、ヴィルティックだからできる、面白い事」
沈む夕日を背に、その機体――――ルヴァイアルは自らの姿を隠し、戦況を見つめていた。 インビジブルのカードで姿を消している為か、それとも上空で高みの見物を決め込んでいる為か、ヴィルティックはともかく、デストラウもルヴァイアルの存在に気付く様子はない。 コックピット内で妖美な両足を組み、木原町子改め、“魔女”マチコ・スネイルは観戦を続ける。「助太刀する必要はないみたいね……というか、今割って入っても邪魔になるだけか」 水面から飛び立った二機は、どちらも負けず劣らず、通常のギアには真似できないような機動で翻弄し、翻弄され、ぶつかり合って、また離れる。 その蒼と紅の軌跡の美しさは、筆舌に尽くしがたいものがあった。 そう、まるで蛍の求愛行動のような――――ん? そういえば。「蛍って、成虫になってからの寿命、短いのよね」
息も絶え絶えの状態で、私はモニタの隅に表示されているカウンターを見る――――大丈夫だ、私の作ったデストラウはまだ動く。 一条 遥の攻撃パターンは大体掴めてきた。口角が引き攣る。この戦い、私の勝ちだ。 背面の三ツ首の竜のようなメインスラスターをフレキシブルに動かし、ヴィルティックを翻弄する。 ヴィルティック・ヴィヴィッド・ヴァーストの性能は確かに凄まじいが、動きさえ読んでしまえばこちらのもの。 ヴィルティックがこちらに突進し、貫手を放ってきた。私はそれを最低限に抑えた動きで躱す。次は振り向きざまに蹴りを繰り出すはずだ。スラスターを操作、デストラウを後退させ―――― <トランスインポート・ヴィルティックキャノン> ヴィルティック・キャノンが立て続けに火を噴いた。 一射目。正確な狙いだ、だがそれ故に予測しやすい。機体を降下させて回避する。 二射目。目茶苦茶な場所に光弾が飛んで行った。 三射目。今度はすぐ近くを弾が掠める。私は機体を横へ移動させた。 四射目。位置を予測していたのか、光弾が左肩を直撃。アーマーを吹き飛ばした。 予測が外れた事はよしとして、今の射撃―――― 一射目、四射目と二射目、三射目では動作が全くの別人だ。という事は、まさか――――! よろけたデストラウに追撃。オルトロックに衝撃。 混乱して対応が後手に回ってしまった。私は体勢を立て直すと、血が混じった唾液を吐き捨て、口元を拭う。 ヴィルティックは絶え間なく動き続けている。その機動は、狙いを定める事を許さない。 あれはメルフィーが好んで使う機動だ。しかし先程の鋭い追撃は紛れもなく一条 遥のもの。つまり、ここから導き出される答えはひとつ。 あの二人、メインパイロットをシャッフルしている――――! 大胆不敵な一条 遥と、冷静沈着なメルフィー。バトルスタイルが正反対な事もあって、この戦法は予測が追い付かない、非常に強力で厄介なものになっている。 今まで数多の相手と戦ってきたが、こんな戦法を使う相手と戦うのは初めてだ。だが、それ故に面白い。 尚更叩き潰したくなってきた……! 頭の中を空っぽにする。もう頭で考えるのはやめだ、身体に刻まれた経験にすべてて委ねよう。 長いようで短かった戦闘も、もうじき終わるだろう。いや、終わらせなければいけない。私に残された時間はあと僅かだ。 顔を上げ、白い機体を睨み据える。 一条 遥、メルフィー・ストレイン、ヴィルティック……君達を倒して、私とデストラウは次のステージに行かせてもらうよ……!
デストラウが迫るヴィルティックの手刀を重力に身を任せて回避すると、地面ギリギリでブースト。衝撃波で水柱を立てながら背面飛行し、<トランスインポート・ホーミングレーザー> 左右十本の指から紅い光を放つ。それらは不規則な軌道を描きながらヴィルティックを追う。 ヴィルティックが回転やクイックブーストを活用しながら光の包囲網を掻い潜りながらデストラウを追って急降下した。水面にレーザーがぶつかって爆発を起こす。 だが、まだ弾は残っている。 上昇の後、連続発射。先に発射したよりも遥かに多い光の追跡者が放たれた。 すると空中でヴィルティックが停止した。動かないヴィルティックに、上下左右からレーザーが殺到する。 命中の寸前、ヴィルティックが顔を上げる。蒼い瞳が爛々と輝いた。 爆音と閃光。それらを突っ切って、ソニックブームを発生させながら急加速。白亜の巨体が一瞬で音速を越える。 だが、ホーミングレーザー程度で仕留められるなんて思ってはいない。可動式のスラスターを横に向け、ヴィルティックの背後をとった。「もらった!」「まぁだぁだぁぁぁぁぁぁッ!」 歯を食いしばって減速。逆にデストラウの背後に回り、『ヴィヴィッド・バスター――――』 両手に蒼いオーラを集束し、球状にすると、前方のデストラウ目掛けて――――『エナジー・リリース!』 二人の叫びと一緒に放つ! 直撃。回避のために機体を捻ったのが仇となり、スラスターが破損する。黒煙を上げながら、デストラウが墜落していく。だが、オルトロックも諦めのいい男ではない。 「こちらとてぇぇぇぇぇぇッ!!」 わずかに残してあったホーミングレーザーを全て撃ち尽くす。 それはヴィヴィッド・バスターを放って一時的にパワーダウンを起こしていたヴィルティックのウイングに命中。光の翼が消失し、ヴィルティックも落下を始めた。 二機が川に墜落する。広がった波紋をさらに広げるように立ち上がる。 機体は各所が欠け、潰れ、汚れ、まさに疲労困憊といった様相を呈していた。機体はもちろんパイロットもだ。肩で息をし、額には玉のような汗が浮かんでいる。 だが、互いに未だ五体満足、闘志の炎は尽きてはいない。 夕日を背にして睨み合う白と黒。もうお互いにカードを使い果たし、エネルギーもごくわずか。その証拠に、どちらも纏っていたオーラが消えている。 ゆらゆらと、今にも倒れそうになりながらも、目線は離さない二機。 パイロット達もギャラリー達も、なんとなく分かっていた。おそらく次の攻防で、この戦いは幕を下ろすであろうという事を。 睨み合う、二機の間に、風が吹く。 先に動くはデストラウ。拳を構え、よろけながらも一直線。 だが、疲労のせいか、オルトロックは失念していた。 一条 遥の本来の戦い方が何なのかを。 ヴィルティックがデストラウの手首を取り、外側へと力のベクトルを受け流す。 デストラウの巨体が、宙を舞った――――
天地が逆さまになり、デストラウが背面から水面に落ちる。振動と同時にピーっという電子音。オーヴァードライヴが解除された証拠だ。 それは自爆装置の起動も意味していた。例え相手がオーヴァードライヴで倒せられない程強力でも、デストラウが自爆する事によって目的は達成される――――そういう寸法だ。 乾いた笑いがコックピット内に虚しく反響する。そうか、私は負けたんだ。だが、何故だろう。負けたのに、負けたはずなのに――――やけに心が清々しい。 こんなに熱くなったのは久しぶりだ。どれだけ物を壊しても、沢山人を殺しても、手に入れる事のできなかったものが、こんなにも簡単に手に入るなんて、なんて滑稽なんだろう。結局私は、先生と戦いたかっただけなんじゃないか―――― 「聞こえるか、メルフィー、一条 遥」 気付くと私は、とんでもない事を口走っていた。「デストラウには自爆装置が内蔵されている。搭載されている爆弾は強力だ……街ひとつ吹き飛ばせるくらいにね」 わざわざ何を言っているんだろう、私は。「それを防ぐにはこのデストラウを跡形もなく破壊するしかない――――君達にそれができるかな? アハハハハハハハハハハ!!」 高笑いをする私にヴィルティックが手を差し延べた。「――――何の真似だい? まさか敵に情けをかけようっていうんじゃないよね」「オルトロック、あなたはしかるべき場所で裁きを受けるべきです。それに……情けをかけちゃいけないっていうルールはないよ」「甘い事を言うね、でも君達には時間がない。ほら、あと10秒。9、8、7、6――――」 ヴィルティックが躊躇いがちに右手を上げた。光の翼が再び現れ、右手にもオーラが集まる。それは一瞬で巨大な光の剣になった。「5――――」 そうだ、それでいい。私はゆっくりと瞳を閉じる。「4――――」 すると突然、まだ小さかった頃の私が現れた。「3――――」 何度も何度も先生に挑んで、何度も何度も返り討ちにあっていた、あの頃の私だ。「2――――」 今度こそ勝てると思ったんだけどな――――「1――――」 ――――やっぱり先生は強いや。 カウントがゼロになり、私の身体は暖かい光に包まれ、消えた。
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