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「廻るセカイ-Die andere Zukunft- Episode15」(2010/10/23 (土) 10:49:23) の最新版変更点
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目の前に広がる、赤色。オレの顔にも飛び散ったその鮮血。だが、焼けるような痛みはしなかった。オレは、刺されたはずじゃなかったのか。
僅か先に立っているシュヴァルツ。その鮮やかな銀髪も、服も、今は真っ赤に染まっていた。オレの返り血か、と思ったが、その考えは間違っていることがすぐにわかった。
何故なら、彼女の腹部から……血で真っ赤に染まった、黒塗りの剣が突き出ていたのだから。その剣先と、シュヴァルツのナイフはオレの僅か手前で停止していた。
「っ……ぁはっ……」
何が起こったのか分からない、苦しそうな表情が歪み吐血し、体を支えていた剣が引き抜かれ血で染まったコンクリートの地面に倒れ伏すシュヴァルツ。
そして、シュヴァルツの後ろに立つ、一振りの剣を持つ黒髪の長身の男。オレは、初めて見るのに、その男が誰なのか分かってしまった。
このイェーガーやハーゼたちとも違う、オレにすら感じられる"セカイ"の力。"エクスツェントリシュ"。「漆黒の夜」のナハト……!
「クロっっ!!」
ヴァイスが倒れたシュヴァルツに近付こうとする。が、それをナハトが見過ごすはずもないだろう。こいつは、シュヴァルツを斬ったのだから。
「危ないっ!」
シュタムファータァがヴァイスに即座に飛びかかり、地面に押し倒す。そして先ほどまでヴァイスがいたところ通り過ぎていく剣閃。
ナハトの漆黒の剣が、近づくヴァイスに対して斬撃を放ったのだ。シュタムファータァが止めなければ、おそらくは死んでいただろう。
「……なぁ、お前たちのやりたい事って、一体なんなんだよ」
思わず口をついて出る言葉。この状況、オレにはまだ理解できない。だが、できないから言葉にするしかない。
「お前たちは、味方同士だったんじゃないのかよっっ!!!」
オレの叫びに、ナハトがその何を考えているのか分からない表情でこちらを向き、ゆっくりと口を開いた。
「"セカイの意志"の内部情報を漏洩されそうになった上、あまつさえ一般人に手を出そうとしたモノを片づけただけだ。オレたちの行動理念に逸脱はしていない」
「ずっと、オレたちを見てたってのか」
「初めての任務に、先輩が同行するのは何もおかしいことじゃないだろう。それに、今回はそいつ等が使い物になるかの試験だ。
故に、オレは助けも援護もしなかったが……さすがにこれは見過ごせないと判断したまでだ」
淡々と語るナハト。こいつの言い分にも腹が立ったが、今はそれどころではない。こいつは、ずっと……オレはともかく、シュタムファータァにも気付かれずに近くにいたってのか。
それは、つまり。いつでもオレたちを……今のシュヴァルツのように、刺し殺せたということ。
「……それはわかった。だけど、意味わかんねぇよ。オレたちはお前たちにとって敵のはずだろ。無くしたい障害のはずだろ。なら、なんでこんな回りくどい真似すんだよ」
今までの疑問が次々と口から出てくる。思えば、イェーガーのときからどこかおかしかったのだ。この戦いは。
「一般人助けたり、建物の倒壊に気を使ったり、何なんだよ。消したいならもっとなりふり構わずやればいいだろ。なんで、なんでオレたちをいつでも殺せるのに殺さない……!!」
「シュタムファータァがお前に何を伝えたのかは知らないが、一つお前は勘違いをしている。オレたちの、目的は単なる国々を抹消していくだけではない。それは、あくまで手段なだけだ」
ナハトが剣を腰の鞘に仕舞い、オレたちに背を向ける。そして、オレたちのことを意にも介さないかのように、駐車場の出口へと歩き始める。
「オレたち"革命派"の目的は、"人類の粛正と、セカイの再生"だ。それに逸脱した行為を取ったことは今までないし、これからもない」
そう言い残し、ナハトはオレたちの前から姿を消した。思わずオレは膝をついてしまう。……緊張が、解けた。
「っ……答えになってねぇ。意味わかんねぇよ……セカイの意志……」
オレがそうぼやくと同時に聞こえる車のエンジン音。まるでタイミングを見計らったのように松尾の車が駐車場の中に入ってくる。
「おいおい、なんなんだよ、こりゃ……」
車から出てきた松尾が、この血溜まりの光景を見てそう漏らす。一般人なら思わず目を伏せてしまうような光景だ。
「ッ……救急車を呼ぶより、こっからなら直接向かった方が早い……!安田!何やってる手伝え!」
同じく車から出てきた椎名が一瞬で状況を理解し、オレに叱咤しながら躊躇せずに血塗れのシュヴァルツを担ぐ。
「あ……あ……」
ヴァイスは放心状態で、正常な思考はできそうにない様子だった。当然だ。目の前で味方と思っていた人間に味方がやられたのだから。
「椎名、助かるのか……?」
「助かる助からないじゃない、助けるんだろう!」
その言葉を聞いた瞬間、今まで腑抜けていたオレの体に一気に活力が戻った。そうだ、オレは一体何をしているんだ……!
「シュタムファータァ!ヴァイスを頼む!」
「わかりました!」
椎名がシュヴァルツの体を運び、オレが車の扉を開いて、即座に後部座席に横にさせる。
「安田、お前は助手席に乗れ!俺は後ろで応急処置をする!」
返事をしながら転がり込むように助手席に乗り、椎名は後部座席に乗り込む。松尾は既にエンジンを吹かしており、いつでも発進できる状態だった。
「松尾!揺らさず速攻で伊崎病院へと向かえ!」
「わあわっわかった!」
勢いよく駐車場の裏手から道路に出る。そしてそのまま制限速度を軽く無視して伊崎病院への道を走る。
「安田、伊崎病院に連絡を入れて緊急の患者の搬送受け入れ準備を頼め!」
「わかった!」
オレは椎名に言われた通り即座にアドレス帳に登録してあった番号に電話をかける。千春のこともあったから病院の番号を登録していたのが幸いした。
椎名は上着を脱ぎ裂き、、シュヴァルツの傷口にキツく縛る。簡単な止血だが、今はこれくらいしかできることがないのだろう。リーゼンゲシュレヒトの生命力に期待するしかなかった。
「……頼む、助かってくれ」
電話を終え、携帯電話を閉じて思わずそう呟く。たとえ、たとえオレを殺そうとしてきた相手でも、揺藍を消そうとしてきた相手でも、こんな結末は嫌だ。絶対に嫌だった。
そして松尾の車が病院に付き、車を迎えるかのように待っていた担架とたくさんの白衣の人たち。
椎名はシュヴァルツを担いで、担架に彼女の体を移し変える。そうして担架は急いで病院の中へと、白衣の人たちと一緒に運ばれていった。
「……なんとか、だな」
「とりあえず、俺は車の中掃除しないといけねぇから一回帰な。何があったか、助かったのか後で絶対話せよ!」
「ああ、面倒事に付き合わせて悪かった。ありがとう」
松尾は軽く笑うと、車に乗り来た道を引き返していった。本当、今回は松尾に感謝してもしきれないほどの活躍をしてもらった。バカって言ったのは取り消して、後で謝っておこう。
「それで安田、何があった。あの様子を見るにあの怪我はお前たちがやったのではないだろう」
「……オレっていう一般人を殺そうとしたからって、あの二人とは別のヤツが剣で刺した。味方同士だった……なのに」
「それはおかしい。お前は以前にイェーガーというリーゼンゲシュレヒトに刺されているんだろ。だが、今回はそれを許そうとしなかった。何故だ?」
「あのときのイェーガーは完全にオレを殺す気はなかった。……だからなのかもしれないけど、よくわかんねぇ」
心の中で色々な疑問が渦巻いて、すごく気持ちが悪い。イェーガーを倒したときとは違う、今回も一応倒せたというのにかなり後味が悪い。最悪だ。
「人類の粛正と……セカイの再生」
「……なんだ、それは?」
「その刺したヤツ……ナハトが、それがオレたちの目的だって言ってたんだ」
意味が分からない。前者は抹消することが粛正に繋がると考えれば納得がいく。だが、後者についてはまったくやっていることが逆じゃないか。
「人類を"粛正"し、抹消した世界を自分たちが支配者となり"再生"していく。自分で言っておいてなんだが、本当にこんな意味だったらあまりにも"敵"っぽくて笑えてくるな」
「……いかにもすぎて、オレは笑えねぇよ」
とりあえずそこら辺のことは後でエーヴィヒカイトにでも詳しく聞いてみることにしよう。シュタムファータァでも知らなかったことを知っているだろう、保守派のリーダーなのだから。
そんなことを話してると、いきなり病院の駐車場に白銀の機体が飛び降りてきた。そして光が辺りを一瞬包むと、ヴァイスとシュタムファータァの姿がそこにあった。
「すいません、急いだ方がいいかと思ってリーゼ状態で来ました。それで、シュヴァルツの容態は……?」
「未だ何ともってところだな。オレたちもさっき病院の中に運ばれたところを見ただけだし、手術も時間かかるだろうしな……」
未だヴァイスは放心状態のようで、シュタムファータァに肩を借りてる状態で口を開くことも、こちらを見ようとすらしなかった。見ていて、すごく痛々しい。
「……まったく、この前は捕まえろ、今回は助けろだなんて、随分と複雑なんだな、あの少女の立ち位置は」
いつからいたのか、そこには伊崎が立っていた。まぁ、こいつの親の病院だからいてもおかしくはないのだが。
「……伊崎、孝一」
「そう睨まないでくれ椎名。俺もあらかじめ事情を知っている人間なのだから、警戒しないでほしいな」
椎名に伊崎のことは伝えているが、たぶん、この飄々とした態度が椎名が警戒する理由だろう。オレは幼馴染だから慣れているが、椎名は伊崎とあまり話さないし。
「伊崎、迷惑かけてすまん」
「気にするな、他ならぬ俊明のことだ。彼女の個人情報の問題なども俺がなんとかしておこう」
伊崎についても色々と気になることがある。予感だが、オレやシュタムファータァが知らないことを知っている気がするのだ。
だが、聞いても話してはくれないだろう。前回のときにそれはわかっているのでオレもそれを聞き返すようなことはしない。いつか、自分から話してくれるようになるのを待つしかないのだから。
「俺が言いたかったのはそれだけだ。彼女のこともなんとかしてみせる。心配することはない」
伊崎はそう言い残し、再び病院の中へと消えていった。最初から最後まで、椎名は伊崎に対しての警戒を解くことはしなかった。
「……椎名」
「すまない、安田。お前の幼馴染だとわかっていても、俺はどこか伊崎を信用し切れないんだ」
まぁ真面目な椎名にとって伊崎みたいな手合いが一番苦手そうだしなぁ。気持ちはわからんでもないが、友達としては複雑ではある。
「……とりあえず、椎名。オレはシュヴァルツの手術が終わるまで待ってみようと思うけど、どうする?」
「少し心配ではあるが、俺は大人しく今日は帰ることにする。ここから先は俺がいる必要もないだろう」
「そか。今日はありがとな。助かった」
オレの言葉に対して軽く手を上げて答えると、椎名は病院を後にした。残ったのは、オレとシュタムファータァと、ヴァイスの三人だけ。
「とりあえず治療室の前に移動しようぜ。外で待っててもあれだろ」
「はい、わかりました」
いつまでもシュタムファータァに任せておくのも気がかりなので、ヴァイスにはオレが連れ添うことに。
シュタムファータァの方がオレより力はあるのだが、なんというか、男のプライドだ。見た目的にもオレ一人がなんもしないというのはどこか落ち着かない。
……軽い、な。先ほどまでオレたちと戦ってきた少女も、いざ触れてみると普通の女の子と何ら変わりはない。体は軽く、オレたちと同じ人の肌の温かさを感じる。
受付で場所を聞き、治療室の前の椅子に三人で並んで、ヴァイスを真ん中にして二人で支えるようにして座る。
「なんか、色々ありすぎた一日だったな」
「……そうですね。一応私たちの望み通りになったはずなのに、どこか納得がいかないです」
「そうだな」
考えれば考えるほどナハトに対して怒りが沸いてくる。あそこでアイツが出てこなければ、なんとなくだが、上手くいった気がするのに。
……なんて、そんなわけがない。今のはただの八つ当たりの感情に過ぎない。仮にあのままナハトが来なくてオレが刺されてたとしても、また色々と複雑になってた気がするのだ。
「覚悟はしてたけど、オレたちが選んだ道って、すごく……複雑で、難しいんだな」
「……そうですね。すごく、難しいです」
そうして互いに無言のまま時間だけが過ぎていく。オレもシュタムファータァも疲れきっていて、気分も滅入っていては何かを話す気にはお互いなれなかった。
そのまま時間だけが過ぎていき、もうすぐ深夜と呼ばれる時間に差し掛かろうとしていた頃、無機質な機械音と共に手術中のランプが消えた。
オレとシュタムファータァは半分寝かかっていた体を同時にビクっと体を振るわせ目覚める。そして、開け放たれる手術室の扉。中から一人の医師が出てきた。
「……どうでしたか」
オレが医師の前に出て、内心かなり緊張しながら結果を聞く。すると医師はオレの顔を見て一瞬驚いた様な顔を見せるが、すぐにこやかな顔に変わり、こちらを安心させるかのように口を開いた。
「安心しなさい。なんとか一命を取り留めたよ」
「ふーっ……」
「よ、よかったです……」
思わずオレとシュタムファータァは安堵の溜息をついてしまう。何しろ普通の人間だったら到底助からないような傷だったのだ。
いくらリーゼの生命力が高くても、心配なものは心配だったのだ。助かって、本当によかった。
「今日はもう遅いからまた明日来なさい。この調子なら明日にはもう意識は戻っているはずだから」
「わかりました、ありがとうございます」
医師に礼を言うと、その人は再び手術室の中に戻っていった。きっと結果を教えに来てくれただけだったのだろう。それにあまり詳しいことを聞かなかったのは伊崎の口利きのおかげだと思っていいのだろうか。
「……さて、残った問題は……」
先程までオレが座っていた椅子を見る。シュタムファータァに体を預けるように、ヴァイスは目を閉じて寝てしまっていた。
オレやシュタムファータァと違って、セカイを著しく消耗した状態で、さらにこんなことがあって、それで手術中の時間ずっと意識を保てるわけがなかったのだろう。
「どうしましょう、この娘」
「また千尋の家に預けるのも気が進まないっつーか、よくないしな。……仕方ない、今日はオレん家に泊めておくしかないだろ、これじゃあな」
「えええええええっ!そ、それは色々とよろしくない気がするのですが!」
シュタムファータがこちらをまるで犯罪者でも見るような目つきで見てくる。……一つ疑問なんだが、なんでオレはこんなにこいつにロリコン扱いされてるんだ?疑われるような発言なんて一度もしてないと思うんだが。
「オレにそんな趣味ねぇよ。大体、いくら弱っていて寝てるって言っても、仮にオレが襲いかかったら返り討ちにするくらいの体力は残ってるだろ……」
「いえ、今のセカイ量ならきっと見た目相応の力しかないはずですから、ヤスっちさんでも充分組み伏せられると思いますよ」
「お前はオレに襲って欲しいのか欲しくないのかどっちなんだよっ!?」
……一気に疲れた。もう嫌だこのマセガキ。無駄に知識はあるから余計にタチが悪い。……ああ、そういやオレより年上なんでしたっけ。そんな風に全然思えないけど。
「そ、それじゃあ、とりあえず今日はヤスっちさんにお任せします」
「おう、明日は土曜だから休みだ。オレかお前、どっちか先に起きた方が念話して起こすってことで」
「はい、わかりました」
シュタムファータァからヴァイスの体を預かり、オレの背中におぶさる形にする。いくらオレが並以下の筋力と体力でも、こんな軽い少女の一人くらいなら家まで難なく運べるだろう。
そして並んで伊崎病院を後にする。外はもう真っ暗で、出てきたばかりの病院の明かりが、外からだとやけに眩しく見えた。
「さて、帰るか」
「はい、ヤスっちさん」
伊崎病院からオレの家までは徒歩だと結構距離がある。だが、一人だと長く感じるその道も誰かと一緒だとそこまで長くは感じないだろう。それが、例えシュタムファータァだったとしても。
「今日は疲れたぜ。とっとと家に帰って、風呂入って寝たい」
「私もです。身体的にってよりむしろ精神的に疲れましたよね……今日は」
椎名から相談を受け、エーヴィヒカイトと出会い、作戦を立てて実行し、成功して倒したと思ったらナハトの出現でシュヴァルツが刺される。
振り返ってみるとこれだけのことが今日一日で起きたのだ。疲れない方がおかしい。
「問題は明日だな……。もうこいつらに今すぐ戦う力は残ってないから、戦闘にはならないだろうが……、面倒なことにならないことを祈るしかないな」
「私は、ヤスっちさんについていくだけですよ」
「この人任せが」
「ふふっ、そんなことないですって。ちゃんと私自身の意志ですよ」
そうこう話している内にあっという間にオレの家の前に着いてしまった。やはり思っていた通り、時間は早く感じた。
「じゃあヤスっちさん、また明日」
「おう、明日な」
別れの挨拶と共にシュタムファータァは守屋神社の石段を登っていき、鳥居を潜った時点で彼女の姿は見えなくなった。オレも、とっとと家の中に入ろう。
ヴァイスをおぶさりながらも、器用にポケットの中に入っている鍵を取り出し鍵穴に入れて回す。カチリ、と音がし鍵が外れた。体勢が悪く色々と辛いが、なんとかドアノブを回して扉を開ける。
なんとか家の中に入り扉を閉める。鍵を再び閉める余裕はない。風呂に入るときにでもついでに閉めておこう。とりあえず今はこの少女を下ろしたかった。残念かな我が体力ではもう限界だったのだ。
「よいしょっと……」
ゆっくりと少女の体をオレのベッドの上に横たわらせる。どうやら無事起こさずに寝かすことに成功したみたいだ。これでやっと本当に休める。
「……我ながら不用心かな」
さっきまで敵だつた少女を拘束せずに自分の部屋に護衛もなしに寝かしておくなんて、甘いのかもしれない。だが、それでも多分この少女は大丈夫なんじゃないか、という思いがある。
オレを刺そうとしてきたシュヴァルツと比べてこの娘の方は大人しいし、シュヴァルツがあのとき刺そうとしなければ戦っている理由を話してくれていたと思う。
……それに、ナハトにあそこまでやられたのだ。今更自分の命を懸けてまで"セカイの意志"に義理立てしようとはしないだろう。そう思ったのだ。
オレの親はわざわざ部屋にまで来ないので今日一日くらいだったらバレずに匿うことができる。今の時間は寝てるから問題ないし、朝になってしまえばヴァイス一人窓から脱出してもらうとか色々方法があるだろう。
「駄目だ。眠すぎる……」
まぁ今日色々と考えても仕方ない。とりあえず明日だ。もう今日は鍵閉めて風呂入って寝てしまおう。そう思い、オレは自分の部屋を後にした。
……余談だが、オレは予備の布団を布いて床に寝た。念のため。
「……朝か」
いつも通りの、窓からの朝日で意識が目覚める。昨日あれだけのことがあったとしても、当たり前のように今日はやってきた。そのことをしみじみと実感する。
「やっと起きましたか」
シュタムファータァとは違う、すぐ近くから聞こえる透き通るような少女の声。声のする方向を向くと、ヴァイスがオレのベッドに腰掛けていた。
「……おう、おはよう」
「……おはようございます」
律儀に礼を返してくれる。……ああ、オレの判断は間違ってはいなかった。敵だとか、殺したいとか思ってる相手にはわざわざ挨拶を返したりなんかしないだろうから。
「その調子だと、気持ちは落ち着いたみたいだな?」
「はい、どうにか。セカイ量も戦闘はできないですけど、ある程度は回復しましたから」
シュタムファータァとはまたどこか違う深紅の瞳でこちらを見据えるヴァイス。腰まで届くその銀髪。こうまじまじと見ると、この少女もかなり綺麗な顔立ちをしていた。
「先にお前が一番気になってることを教えると、シュヴァルツの手術は成功して、今日にも意識だけは戻るってよ」
「そう……ですか。よかった……」
とても安堵した表情で言うヴァイス。身内を想うのは、敵だろうと味方だろうとリーゼンゲシュレヒトだろうと、生きる物なら全てが想える感情なのだ。この少女も、例外じゃない。
「よほど大切なんだな、シュヴァルツのことが」
「私にとって、二人しかいない家族ですから」
……この少女の家庭環境はきっと世間一般で言うところの、普通ではなかった。きっとシュヴァルツは、そんな彼女が唯一信頼できる存在だったんだろう。
「家族は大事だよな。……家族ってのは、重荷を一緒に背負ってくれる人だから」
……ま、リーゼのことを一切話してないオレが言ってもあまり説得力はないかもな。勿論、両親のことはとても大切な存在だと想っているが。
「それにしても随分と不用心ですね。私がクロのように、貴方を刺すのではないか、とか考えなかったんですか?」
「もっともな話だが、お前、そんな大事に想ってる家族を刺した連中に義理立てするようなヤツじゃないだろ。そう思っただけだ」
事実オレより早く起きたろうヴァイスはオレを刺すことも拘束することもしなかった。それに今話してて敵意や殺意なんて欠片も感じられない。
「……要するに、甘いんですね」
「完全に非情にならなくちゃいけないんだろうけどな」
「別に、無理にならなくても、結果的に貴方の望むセカイが来ればどっちでもいいんじゃないんですか」
ヴァイスの発言に少し驚いた。まさかこいつ、オレを励ましてるのか? そうでなかったとしても、そう言われて少しは気は楽になったのは事実だった。
「……そうだな、お前の言う通りだ。さて。そろそろシュヴァルツの所に行くか?」
「はい、今すぐにでも」
本当、こうして普通に話して、普通に肉親を思ってる姿は年相応の女の子そのものだ。今の姿を見てこの娘がリーゼンゲシュレヒトと誰が思うだろうか。
「シュタムファータァ、起きてるか」
オレがそう念話で問いかけると、間を置かずにすぐ返事が返ってきた。おそらくオレが起きるのを律儀に待っていたのだろう。
「起きてますよ。いつでも出れます」
「起きたら念話していいって言ったのに。いいけどな。じゃ、悪いがリーゼ状態でオレの家の窓から頼む。オレとヴァイス乗っけて速攻で病院まで行こうぜ」
「随分とダイナミックな方法ですね。わかりました」
リーゼンゲシュレヒトでも車並みの速度は出る。歩きで行くより早いし、ヴァイス的にも早くその目で安否を確認できた方がいいだろう。そう思っての手段だ。
「ヴァイス、今からシュタムファータァにリーゼ状態で来てもらうから、それに乗って行こう」
「……貴方、リーゼをタクシーと勘違いしてませんか?」
ヴァイスが呆れたような表情でこちらを見る。同じリーゼ視点からだと色々と扱いに思うところがあるのだろうか。まぁ、知ったことではないが。
「来ましたよ」
そう言い終わるか言い終わらないかの瞬間、オレの家の前にもうすっかり慣れたこのシュタムファータァの"セカイ"を、感じることができた。窓に近づき鍵を外し、開け放つ。
するとそこには黒い無骨なロボットの手が出されていた。乗れということか。いや、元々そういうつもりだったんだが、いざ実際乗るってなると少し緊張する。
「乗らないんですか?」
「ヤスっちさん?」
二人の女の子に心配される始末。ええい、この非常識存在め……。こっちは一般人だから色々と緊張するっていうのに。落ちたら怪我だけじゃ済まないんだぞ。手すりないし。
まぁそんなことを直接口に出す気もないので、覚悟を決めておそるおそる窓から乗り移る。その無骨な手のひらは、存外乗り心地がよかった。
「安田俊明、靴忘れてましたよ」
ヴァイスがこちらにオレの靴を放り投げ、オレがそれをキャッチしたのを確認して同じく手のひらの上に乗り移る。オレとヴァイスが乗ったのを確認して、軽く手が握られ指を掴めるようにしてくれる。
「では、行きますよ」
そう言うと白銀の巨人が道路を走り出す。見てる分には非情に危なっかしいのだが、予想外なことに、大した振動もなかったのでそこまで怖くなかったことだ。
ただ、とにかく狭い。先ほどからヴァイスの背中がオレの背中に当たっている。それどころかもう背中合わせに互いに体重を預けているような状態だ。
「器用ですねシュタムファータァ。この速度で走って手を揺らさないようにするなんて」
「こういう無駄なことって、私って何故か得意なんですよね……」
「まぁ、それも1つの才能です」
そうして10分ほどして、伊崎病院に到着する。人前で降りるわけにはいかないので、裏口に回って手から降ろしてもらい、シュタムファータァもリーゼ状態から人の姿に戻った。
そして3人並んで病院の中に入る。しかし、客観的に見るとすごく異質な面子だよな。髪の毛が空色と銀髪の女の子二人ってのがそもそも異質だ。果たしてまともな髪の色をしたリーゼンゲシュレヒトはいるのだろうか。
「(そういやエーヴィヒカイトは金髪だったっけ。一応銀とかに比べりゃ普通か)」
まぁそんなことはどうでもいい。オレは受付まで行き、シュヴァルツの病室の番号を聞く。どうやって説明すればいいか迷ったが、昨日手術した云々を話すと特に詳しいことは聞かれず、場所と番号を教えてもらった。
伊崎の口利きのおかげだろう。高校生だってのに、一体この病院内でどれだけの発言力を持つのだろうか。ある意味これも非常識でファンタジーの一種だと言えるだろう。
「番号聞いてきた。場所は地図見なくてもわかるから、着いてきてくれ」
千春のお見舞いでこの病院の入院棟の内部構造は大体頭に入っている。番号さえ聞ければ迷うことなく病室まで足を運ぶことが出来た。
とある個室の前で止まる。名前の欄には誰も何も書かれていないが、ここであっているのだろうか。まぁそのままシュヴァルツと書くわけにもいかなかったのだろう。
「……入るぞ」
ドアを軽くノックしてから、返事を待たずに扉を開ける。入った先の内装は千春の個室と大した差はなかった。白い壁に白いカーテン。そして、部屋の真ん中にある大きなベッドと、そこに上体だけ起こして寝ている人物。
「クロっ……」
ヴァイスがオレの後ろからシュヴァルツのベッドに走り寄る。
「シロ、なんでこいつらと一緒なのっ」
「随分な言い方だな。必死になってお前を助けたのはオレたちだってのに」
オレがそう言うと腹部の傷跡に軽く手を当てるシュヴァルツ。おそらく昨日のことを思い出しているのだろう。
「なんで助けたのよ、敵でしょうが」
「ただの高校生に、目の前で重傷負った人間一人、見捨てられる度胸なんてねぇよ。それが例え自分を殺そうとしてきたヤツでもな」
「……ワケわかんない」
あそこでオレが見殺しにしたとしたならば、それは同時に"セカイの意志"のやり方に恭順したことになる。子供っぽい意地なのかもしれないが、あのままナハトの思惑通りにいくのは癪だった。
いや、もしかしたらオレにシュヴァルツを助けさせるのが思惑だった可能性もある……が、それだとメリットがない気がする。どっちにしても、見殺しってのは後味が悪い。
「……お前等、これからどうするんだ」
「勿論、戻るに決まってるでしょうが」
「ナハトに今度こそ殺されるのにか?それがわかっていてよく戻る気になれるな」
こいつ等がセカイの意志に戻れば、おそらく今度こそ止めを刺されるだろう。あのとき見逃したのが奇跡のようなものだったのだ。ナハトは二度も見逃したりはしないだろう。
「そうだとしても、私たちにはあそこにしか居場所がないのよっ!」
シュヴァルツの悲痛な叫び。今いる場所から離れることの出来ない何かの理由があるのか。それが例え、自分を殺そうとした奴がいる場所だったとしても。
「なら、シュヴァルツ。いい案が私にあります」
今まで静観していたシュタムファータァがオレの横から出てきて、得意げな顔で話しかける。……こいつ、一体何を言う気だ?オレにはまったく予想がつかない。
「何があるってのよ、シュタムファータァ」
「私たちの、仲間になりませんか? 私たちが貴女たちの新しい居場所になりますよ」
……こいつにしては妙案なんじゃないだろうか。この間までオレたちだけしかいない状況だったから忘れていたが、オレたちにはエーヴィヒカイトがいるのだった。
「オレたちには保守派のリーダーがついている。そいつに話せば、お前たちだって保守派に移ってこれるはずだ」
「保守派の、リーダーが……?」
「ああ。今は深手を負って戦闘には参加できない状態だが、お前たちを迎える手続きくらいはできるはずだ」
エーヴィヒカイトもおそらく反対はしないだろう。前に聞いた話では保守派は戦力不足らしいし、むしろ歓迎してくれるはずだ。
「仮に私たちがアンタたちの話を受けて、それでアンタたちは私を信用できるって言うわけ?昨日まで敵だった私たちを?」
「味方になった以上信用はするさ。というか、信用できない相手だったら味方になんか誘わねぇよ」
少なくとともナハトとかその辺だったら絶対誘わなかった。いや、その前にナハトだったら絶対見殺しにしているが。むしろ止めを刺してやりたいくらいだ。
「でも、私たちはっ……」
「じゃあこうしろ。お前たちだって革命派の中に戦いたくない相手とか、信頼できる相手だっていただろ。そう言った奴らに対して、脅されて無理矢理協力させられたってことにしていいからさ。だから、仲間になってくれ」
「裏切るかもしれないわよ?」
性格なのか、なんか人を信用しないというか、疑り深いヤツだなぁ。オレの気持ちはシュタムファータァがこいつ等を仲間に誘ったときから変わらないって言うのに。
「言ったろうが。仲間なら信用する。裏切るなんてしっあことか。信用してんだからそんなの関係ねぇよ」
オレがそうシュヴァルツの目を真っ直ぐ見据えて言うと、彼女は目を逸らして、一言だけつぶやくようにオレたちに対して言った。
「一日だけ、考えさせてよ。シロと二人だけで話したいからさ」
「わかったよ。なら、今日はオレたちは帰るな」
「いい返事であることを祈ってます」
そうしてオレとシュタムファータァはヴァイスを残し、シュヴァルツの病室を後にする。
「お前にしては、マシな案だったな」
「むしろ私は、ヤスっちさんが初めっからこのつもりで助けたのかと思ってましたよ」
そんなつもりはなかった。あのときは正直目の前の状況に対してテンパってたからそんな冷静なことは考えられなかった。椎名がいなかったら結果的にシュヴァルツを助けられなかったかもしれないし。
「……アイツら、仲間になってくれるといいな」
「そうしたら、今回の一件でかなり仲間が増えたことになりますね」
今までオレたち二人だけだったのに、なんか変な感じだ。ゴール地点が全く見えなかったこの戦いだが、なんとなく先が見えてきたような気がする。
「とりあえず、エーヴィヒカイトが完全に回復するまでは全力でオレたちが頑張らなくちゃな」
「はい、頑張りましょう!」
二人で病院を出る。今日は休日だし、用件は終わったから特にこれからなにをするかは決まっていなかった。
「そうだ。シュタムファータァ、一つ気になったことがあったんだが」
「なんですか?」
「昨日のナハト、あいつ人の姿で剣を持ってたが……あれはなんなんだ?」
黒塗りの刃を持つ漆黒の西洋剣。あんな代物、堂々と持ち歩いているわけでもないだろう。予想はできるが、シュタムファータァの口から答えを聞きたかった。
「あれですか。おそらくナハトの人間状態用の固有兵装でしょう。人の姿でも固有兵装は出せるので、おそらく人間サイズに作成したんだと思います」
「人の姿でもそんなことできんのかよ」
「リーゼ状態ってのはあくまで副産物です。リーゼンゲシュレヒトはセカイを操り、変換できる人間のことを指す言葉ですから」
そういえばハーゼも同じようなことを行っていた気がする。ということは、シュヴァルツのときみたいにナハトに肉弾戦を持ち込んだら瞬殺されるってことか。
……まぁ、オレはシュヴァルツにも勝てなかったが。
「当たり前の話、ヒトの姿の方がリーゼ状態よりは遙かに脆弱です。だから、自分の身を守るための手段として人間サイズ用の固有兵装も持ってるのが一般的なんですよ」
「……なるほどな」
ため息をついて、空を見上げる。空の色は、澄み渡るように美しい、雲一つない空。
「ナハト……アイツが攻めてきたとき、本当にオレたちは勝てるのか……」
正直今の状態では、いかに策を使おうとも勝率は0だろう。実際に戦ったことはないが、それがわかってしまうほどの圧倒的な存在感。不安で仕方がないが……今それを考えても仕方ない。
とりあえず今は、ヴァイスとシュヴァルツの一件が片づいたことを喜び、休むことにしよう。
もうすぐ、修学旅行という日常が待っているのだから。
白い病室。部屋の真ん中にあるベッドに上体だけ起こしている少女と、ベッドに腰掛ける少女。その二人の髪の色も、病室と同じ白色。
今までずっと二人で生きてきたわけではない彼女たち。だからこそ、先程の誘いにはすぐ答えることはできなかった。
「……この話、シロはどう思ってる?」
「正直、メリットの方が圧倒的に多いと思います。……でも、お姉様が」
「わかってる。ヴィオ姉は革命派だし、保守派になるってのは……」
今までか弱い立場の自分たちを圧倒的な力で守ってくれていたリーゼンゲシュレヒト・ヴィオツィーレン。彼女たちの保護者にして、家族である人。
姉と呼び慕い、ヴィオツィーレンも彼女たちを妹として、家族として接してくれていた人物だ。
そんなヴィオツィーレンはセカイの意志の中でかなりの有名人であり、実力者であり……エーヴィヒカイトと敵対する、革命派のリーゼだ。
万が一、ヴィオツィーレンと戦うことになれば彼女たちに勝ち目などないし、そんな状況は、死んでも嫌だった。
「でも、お姉様ならナハトのことを話せばわかってくれると思います。別に、ディスに共感して革命派にいるわけではないでしょうし」
「私もシロと同じ風に思うわ。でも、でも……万が一、わかってくれなかったらと思うと、怖い……」
「……じゃあ、革命派に戻りますか?」
革命派に戻る。それはヴィオツィーレンのいる場所に帰るということ。だがそれと同時に。シュヴァルツのことを刺したナハトの所に帰るということでもあるのだ。
自分を殺そうとした人間のいる組織なんかに帰れるわけがない。それはシュヴァルツ自身もわかってはいた。
「選択肢はない、わね……」
「私は、お姉様を信じてみようと思います。きっとお姉様なら大丈夫ですよ、クロ。だって」
「私たちは家族……だもんね」
そうだ。私たちは家族。いつまでも怯えていても仕方が無い。こうなってしまった以上、腹をくくるしかない。
ヴィオツィーレンとシュヴァルツは姉妹であると同時に、シュヴァルツはヴァイスの姉なのだ。姉の自分がいつまでも怯えていてどうする。
姉というものは、妹を安心させるべきだろう。妹を支えてやる存在なのだから。
「よし!ヴィオ姉のことだからきっと話せばわかってくれる! 私たちはアイツ等の話を受ける!それで決定!」
「昨日の敵は今日の友、ですね」
ヴァイスがようやく柔らかな笑顔を見せてくれる。妹に心配され、諭されているようじゃ姉としてまだまだだ。
一度こう、と決めると段々と元気と活力が戻っていく。そうだ、別に私たちは元々革命派のやることに賛同していたわけではない。
ただ、ヴィオツィーレンがいたからそこにいただけ。ヴィオツィーレンは彼女たちを守るために革命派にいただけ。ただそれだけのこと。
「はぁ……本当、まさかこんな大変な事態になるとは思いませんでした」
「私もよ。最終的にこんな結果になるなんて、予想できるはずないじゃない」
病室の窓から空を見上げる。空の色は都会のそれとは違う、真っ青な澄空。
何故か、それが今はたまらなく綺麗に思えた。この空を、私は消そうとしていたのに。
「……明日、二人で言おうね」
「……はい、クロ……」
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