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瞬転のスプリガン 第3話」(2009/09/25 (金) 01:16:10) の最新版変更点

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 スプリガンが捌きを主体に敵の体勢を崩し飛礫のごとき強打を浴びせれば、ドルンドメオンは再生能力を前提 に巨岩のふてぶてしさで一撃必殺を狙う。  鮮烈の青と深遠の黒。  神掛かった瞬発力と電光の反応速度のスプリガン、悪魔の憑いたような生命力と予知めいてさえいる防衛本能 のドルンドメオン。互いに決め手を欠いたまま、二体の巨人は丁々発止と打ち合う。 「分かっているぞ、スプリガン。オルピヌスに曝け出すまいと、まだ本力を隠しているのだろう。愚かしくも憎 めなんだ我が配下、リクゴウを屠ったあの流儀だ」  赤銅色の魔族オルピヌスは二人から一定の距離を保ち、複眼を光らせている。長く垂れた触覚の動きが止まる 様子はない。人族の兵隊カーストの一挙一投足を探るのだ。  魔族にとって、スプリガンはこれまで遭遇したことのない強敵だった。  もちろん、人類との戦いで死傷した魔族もいないわけではない。だが、それは数匹のスズメバチが蜂球となっ た数百匹のミツバチに焼き殺されたようなものであり、一対一の格闘戦で圧倒されたなどといった記録は皆無と 言い切って良かった。新種との交戦データとなれば、価値は計り知れない。 「ふむ」  膠着状態に業を煮やしたか、ドルンドメオンが不意に間合いを大きく開いた。思案げな響きに上位個体の意思 を察したオルピヌスがすぐさま背後に控える。  無機質な複眼が光を孕む。 「ならば本気を出させてやろう」 『何だと?』  演算能力を戦術の検討に費やしていたスプリガンは、咄嗟に真意を量りかねた。 「今の貴様と我とは実力伯仲。ならば我が力を増せば、貴様は流儀を披露するしかあるまい」 『力を、増す』  スプリガンには思い当たる節があった。  予想される事態は、期待されていた勝利の確率に激変をもたらす。心臓が跳ねるように大きく。 『メンタルバーストか!』 「そのような呼び方は知らぬが」  魔族の戦士は憮然とした声を発した。それは、あくまで人類の呼称にすぎない。  魔族のうち上級のものは、平時に余剰エネルギーを魔石というかたちで体内に蓄えておき、必要に応じてそれ を崩壊させることで莫大なエネルギーを取り出す。  それが、メンタルバーストである。 「あのリクゴウも間違いなしと太鼓判を押すに相違あるまい」 『させると思うな』  胸の奥に焦燥が燻ぶるように、スプリガンの出力がじわじわと暴走気味に値を伸ばす。 「持ち堪えよ、オルピヌス。三秒もいらぬ」 「承知」  進み出る赤銅の魔族。スプリガンの視界で存在感を増したその体色は、使命感に燃えているようだった。生け る盾となり外敵からコロニーを防衛する、兵隊カーストの本分。  ある種のハチやシロアリなど真社会性の昆虫は、生殖者・労働者・兵隊といった階級(カースト)に分化し、 役割を分担して生活している。  生殖とは生物の究極の目的のはずだが、例えば兵隊アリは子孫を残さない。ならば彼らは自分の遺伝子に興味 がないのかというと、そうではないという。人間に例えるなら、子どもを産んで莫大な養育費を掛けるよりも、 甥や姪など血縁者の子どもを支援し続けた方が遥かに楽に自分に近しい遺伝子を残すことができる。個体数や生 存確率、コストや共通する遺伝子の割合を冷徹に計算した結果なのだ。  だから彼ら兵隊カーストは、巣を襲撃する捕食者とも命懸けて戦うことができる。  魔族を大別する四大属の中でも昆虫に似た彼ら甲属の魔族は、生殖カーストたる猛甲ラピュラパズロイと契約 を交わした、死を恐れない狂戦士だった。  もっとも、それは機械仕掛けの拳法家とて変わらない。  蒼穹よりもなお青いスプリガンが急加速。疾走しながら弓を絞るように右腕の肘を引く。すぐ右側を流れてい く建築物の群れとは、接触しないのが奇跡というべき、数センチメートルの距離だった。  瞬きひとつの最接近に、オルピヌスが構える。背面からエーテルを高速噴射。短時間ならば体重の大きい魔族 をも飛翔させ得る推進力がスプリガンを待ち受ける。  ビルと胴体との間の翳に隠されていたスプリガンの豪腕が、ビルの壁面を舐めるように射出される。  極超音速すら越えた神速のために、魔族の時間分解能をもってしても全貌は不明。それでも、言えることがひ とつだけある。  赤。  そう、赤いのだ。どこまでも青いはずのスプリガンの右手が。  目映いばかりの赫光を帯びた、それは炎の拳。  立ち塞がるオルピヌスの左上腕に着弾。  鉤状の突起によって大地を掴まえる魔族の爪先が空中に投げ出され、重力に引かれて大地に激突する。万全の 態勢から止めようとしても持ち堪えられない巨大な運動量。  傷口から溢れ出る体液を蒸発させながら、オルピヌスの赤銅色の上肢が千切れて宙を舞った。びっしりと生え ていた棘は熱に融解し、焼け爛れた腕と混じり合う。  本体もただでは済まない。左半身には重度の熱傷。体液は煮え滾り、甲殻は沸騰して気泡を生じる。  遅れて轟音。スプリガンの右後方、ビルの壁面が無惨に抉られていた。破壊痕に刻まれた幾何学模様は、スプ リガンのタイヤの溝と一致を見る。  構造物に引っ掛けたタイヤの摩擦力で腕の振りを掣肘。それだけならば速度が落ちるが、それに抵抗させるか たちで蓄えた駆動力を解放すれば、単純に殴るよりも遥かに強力な打撃が可能になる。  それだけではない。スプリガンはもともと、流体の微細な乱れに干渉することで一帯の衝撃波を分解し、自機 や周辺の構造物に掛かる負荷を軽減している。その微小擾乱整流技術を応用すれば、大気圏に突入した隕石が曝 されるような高熱を、より低速で得ることも容易だった。  エーテル圧式打撃マニュピレータの先端を、急速に圧縮された空気が生じる熱により赤熱化。  流派超重延加拳“火炎車”を発動したスプリガンが纏うのは、魔族の甲殻の断熱能力を凌駕して焼夷効果を発 揮する、地獄の業火からの貰い火。 『未熟』  白煙と陽炎が揺らめく光景の中、青に還りつつある巨躯が姿勢を直立気味に戻す。  破壊力においては流派最強の技のひとつとして数えられる火炎車だが、ここに重大な欠点を露呈していた。 『今の私では、精度が落ちるか』  しばし訪れた静寂を最初に破ったのは、スプリガンの痛恨の言葉だった。 「……ぎ、ぃっ……!?」  それは呻き声だったのか、関節の軋む音だったのか。  酸鼻を極める姿になりながら、オルピヌスは九死に一生を得ていた。スプリガンのスピードに反応できず、体 を張っての防御にならなかったことが逆に幸いしたとも言える。肩から先を吹き飛ばしながら、鋼の拳じたいは 左上腕を抉っただけで、直撃ではなかったのだ。  そして。  エーテルブラスト。 『ちっ!』  スプリガンは見切って躱すが、暴風めいた余波によってオルピヌスから引き離される。  人類に気づかれることなく世界に満ちていた、粒子であり波。魔族やスプリガンが我がものとする超常能力の 根源。魔族が用いる言語を借りて命名された、それがエーテルである。  ある種の魔族はそのエーテルを不可視に近い帯として放射する、エーテルブラストという強力な攻撃手段を有 する。発動に何らかの制約があるらしく乱発はしてこないが、最も警戒するべき武器のひとつと言えた。 「再生には時間が掛かりそうだな、オルピヌス」  廃墟に聳え立つ魔族の戦士ドルンドメオンは無傷だった。  全身から炭化した闇黒の甲殻が、剥離していく。上へ、上へと。魔窟より飛び立つ蝙蝠の群舞のようだった。 脱皮するその下には、美麗種の甲虫を思わせる金属光沢の黒色。  ドルンドメオンは内臓を灼く火炎車の熱波を、抜け殻と積層甲殻の二段構えで遮ったのだ。 『メンタルバースト……』  スプリガンは沈黙。呆然としているふうに見えるが、状況の変化に応じた再演算を実行している。  導き出される勝利の可能性は、極めて低い。  メンタルバースト。カルシウム不足に陥った体が骨から成分を溶かし出すなどといった働きに感覚としては近 いが、魔石の機能はより攻撃的といえる。体質や形態をも劇的に変えてしまうそれは、昆虫における羽化や、い わゆる特撮ヒーローにいう“変身”にも等しい。  変身。 (ただでさえ化け物じみた魔族が!)  臭い立つような殺気。  魔族の戦士ドルンドメオンのシルエットは大きく変貌を遂げていた。ブラックホールが誕生したかのように、 そこだけが深淵の暗闇に思える。  白昼の悪夢が始まった。
 スプリガンが捌きを主体に敵の体勢を崩し飛礫のごとき強打を浴びせれば、ドルンドメオンは再生能力を前提 に巨岩のふてぶてしさで一撃必殺を狙う。  鮮烈の青と深遠の黒。  神掛かった瞬発力と電光の反応速度のスプリガン、悪魔の憑いたような生命力と予知めいてさえいる防衛本能 のドルンドメオン。互いに決め手を欠いたまま、二体の巨人は丁々発止と打ち合う。 「分かっているぞ、スプリガン。オルピヌスに曝け出すまいと、まだ本力を隠しているのだろう。愚かしくも憎 めなんだ我が配下、リクゴウを屠ったあの流儀だ」  赤銅色の魔族オルピヌスは二人から一定の距離を保ち、複眼を光らせている。長く垂れた触覚の動きが止まる 様子はない。人族の兵隊カーストの一挙一投足を探るのだ。  魔族にとって、スプリガンはこれまで遭遇したことのない強敵だった。  もちろん、人類との戦いで死傷した魔族もいないわけではない。だが、それは数匹のスズメバチが蜂球となっ た数百匹のミツバチに焼き殺されたようなものであり、一対一の格闘戦で圧倒されたなどといった記録は皆無と 言い切って良かった。新種との交戦データとなれば、価値は計り知れない。 「ふむ」  膠着状態に業を煮やしたか、ドルンドメオンが不意に間合いを大きく開いた。思案げな響きに上位個体の意思 を察したオルピヌスがすぐさま背後に控える。  無機質な複眼が光を孕む。 「ならば本気を出させてやろう」 『何だと?』  演算能力を戦術の検討に費やしていたスプリガンは、咄嗟に真意を量りかねた。 「今の貴様と我とは実力伯仲。ならば我が力を増せば、貴様は流儀を披露するしかあるまい」 『力を、増す』  スプリガンには思い当たる節があった。  予想される事態は、期待されていた勝利の確率に激変をもたらす。心臓が跳ねるように大きく。 『メンタルバーストか!』 「そのような呼び方は知らぬが」  魔族の戦士は憮然とした声を発した。それは、あくまで人類の呼称にすぎない。  魔族のうち上級のものは、平時に余剰エネルギーを魔石というかたちで体内に蓄えておき、必要に応じてそれ を崩壊させることで莫大なエネルギーを取り出す。  それが、メンタルバーストである。 「あのリクゴウも間違いなしと太鼓判を押すに相違あるまい」 『させると思うな』  胸の奥に焦燥が燻ぶるように、スプリガンの出力がじわじわと暴走気味に値を伸ばす。 「持ち堪えよ、オルピヌス。三秒もいらぬ」 「承知」  進み出る赤銅の魔族。スプリガンの視界で存在感を増したその体色は、使命感に燃えているようだった。生け る盾となり外敵からコロニーを防衛する、兵隊カーストの本分。  ある種のハチやシロアリなど真社会性の昆虫は、生殖者・労働者・兵隊といった階級(カースト)に分化し、 役割を分担して生活している。  生殖とは生物の究極の目的のはずだが、例えば兵隊アリは子孫を残さない。ならば彼らは自分の遺伝子に興味 がないのかというと、そうではないという。人間に例えるなら、子どもを産んで莫大な養育費を掛けるよりも、 甥や姪など血縁者の子どもを支援し続けた方が遥かに楽に自分に近しい遺伝子を残すことができる。個体数や生 存確率、コストや共通する遺伝子の割合を冷徹に計算した結果なのだ。  だから彼ら兵隊カーストは、巣を襲撃する捕食者とも命懸けて戦うことができる。  魔族を大別する四大属の中でも昆虫に似た彼ら甲属の魔族は、生殖カーストたる猛甲ラピュラパズロイと契約 を交わした、死を恐れない狂戦士だった。  もっとも、それは機械仕掛けの拳法家とて変わらない。  蒼穹よりもなお青いスプリガンが急加速。疾走しながら弓を絞るように右腕の肘を引く。すぐ右側を流れてい く建築物の群れとは、接触しないのが奇跡というべき、数センチメートルの距離だった。  瞬きひとつの最接近に、オルピヌスが構える。背面からエーテルを高速噴射。短時間ならば体重の大きい魔族 をも飛翔させ得る推進力がスプリガンを待ち受ける。  ビルと胴体との間の翳に隠されていたスプリガンの豪腕が、ビルの壁面を舐めるように射出される。  極超音速すら越えた神速のために、魔族の時間分解能をもってしても全貌は不明。それでも、言えることがひ とつだけある。  赤。  そう、赤いのだ。どこまでも青いはずのスプリガンの右手が。  目映いばかりの赫光を帯びた、それは炎の拳。  立ち塞がるオルピヌスの左上腕に着弾。  鉤状の突起によって大地を掴まえる魔族の爪先が空中に投げ出され、重力に引かれて大地に激突する。万全の 態勢から止めようとしても持ち堪えられない巨大な運動量。  傷口から溢れ出る体液を蒸発させながら、オルピヌスの赤銅色の上肢が千切れて宙を舞った。びっしりと生え ていた棘は熱に融解し、焼け爛れた腕と混じり合う。  本体もただでは済まない。左半身には重度の熱傷。体液は煮え滾り、甲殻は沸騰して気泡を生じる。  遅れて轟音。スプリガンの右後方、ビルの壁面が無惨に抉られていた。破壊痕に刻まれた幾何学模様は、スプ リガンのタイヤの溝と一致を見る。  構造物に引っ掛けたタイヤの摩擦力で腕の振りを掣肘。それだけならば速度が落ちるが、それに抵抗させるか たちで蓄えた駆動力を解放すれば、単純に殴るよりも遥かに強力な打撃が可能になる。  それだけではない。スプリガンはもともと、流体の微細な乱れに干渉することで一帯の衝撃波を分解し、自機 や周辺の構造物に掛かる負荷を軽減している。その微小擾乱整流技術を応用すれば、大気圏に突入した隕石が曝 されるような高熱を、より低速で得ることも容易だった。  エーテル圧式打撃マニュピレータの先端を、急速に圧縮された空気が生じる熱により赤熱化。  流派超重延加拳“火炎車”を発動したスプリガンが纏うのは、魔族の甲殻の断熱能力を凌駕して焼夷効果を発 揮する、地獄の業火からの貰い火。 『未熟』  白煙と陽炎が揺らめく光景の中、青に還りつつある巨躯が姿勢を直立気味に戻す。  破壊力においては流派最強の技のひとつとして数えられる火炎車だが、ここに重大な欠点を露呈していた。 『今の私では、精度が落ちるか』  しばし訪れた静寂を最初に破ったのは、スプリガンの痛恨の言葉だった。 「……ぎ、ぃっ……!?」  それは呻き声だったのか、関節の軋む音だったのか。  酸鼻を極める姿になりながら、オルピヌスは九死に一生を得ていた。スプリガンのスピードに反応できず、体 を張っての防御にならなかったことが逆に幸いしたとも言える。肩から先を吹き飛ばしながら、鋼の拳じたいは 左上腕を抉っただけで、直撃ではなかったのだ。  そして。  エーテルブラスト。 『ちっ!』  スプリガンは見切って躱すが、暴風めいた余波によってオルピヌスから引き離される。  人類に気づかれることなく世界に満ちていた、粒子であり波。魔族やスプリガンが我がものとする超常能力の 根源。魔族が用いる言語を借りて命名された、それがエーテルである。  ある種の魔族はそのエーテルを不可視に近い帯として放射する、エーテルブラストという強力な攻撃手段を有 する。発動に何らかの制約があるらしく乱発はしてこないが、最も警戒するべき武器のひとつと言えた。 「再生には時間が掛かりそうだな、オルピヌス」  廃墟に聳え立つ魔族の戦士ドルンドメオンは無傷だった。  全身から炭化した闇黒の甲殻が、剥離していく。上へ、上へと。魔窟より飛び立つ蝙蝠の群舞のようだった。 脱皮するその下には、美麗種の甲虫を思わせる金属光沢の黒色。  ドルンドメオンは内臓を灼く火炎車の熱波を、抜け殻と積層甲殻の二段構えで遮ったのだ。 『メンタルバースト……』  スプリガンは沈黙。呆然としているふうに見えるが、状況の変化に応じた再演算を実行している。  導き出される勝利の可能性は、極めて低い。  メンタルバースト。カルシウム不足に陥った体が骨から成分を溶かし出すなどといった働きに感覚としては近 いが、魔石の機能はより攻撃的といえる。体質や形態をも劇的に変えてしまうそれは、昆虫における羽化や、い わゆる特撮ヒーローにいう“変身”にも等しい。  変身。 (ただでさえ化け物じみた魔族が!)  臭い立つような殺気。  魔族の戦士ドルンドメオンのシルエットは大きく変貌を遂げていた。ブラックホールが誕生したかのように、 そこだけが深淵の暗闇に思える。  白昼の悪夢が始まった。 #back(left,text=一つ前に戻る)  ↓ 感想をどうぞ(クリックすると開きます) #region #pcomment(reply) #endregion

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