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eXar-Xen――セカイの果てより来るモノ―― Act.3C」(2010/08/19 (木) 23:48:06) の最新版変更点

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――D.part  ジャンクヤード012、通称「スチームヒル」。  この街は直径10km、高さ200mほどもある巨大な縦穴の淵に面した「外」と住宅や商店、工場などが密集する穴の底に当たる「内」に大きく分ける事ができる。  何者かによる人工物とみられるこの地形は各地に点在し、それを訪れた人々がバリードに対する要害として利用し、ジャンクヤードとして今まで発展してきた。  俺達リングダム一家が住む家があるのは今の話の中では「外」に当たる場所。勿論ジャンクの海にも程近く、スカベンジャー業をするにはいいものの、 それは最近めっきり減ったもののバリードの脅威も常に身近にある事を意味している。ただ土地も空いてるし、窮屈な思いもしないで済む。  その点で言えば実にいい土地なのかもしれない。  ま、確かにこうやって月に1,2度は「内」へ買出しに行く必要がある不便さもあるが、このぐらいどうという事はない。  商品の配達や引取りといった事のついでにやればいいだけだからな。 「~~♪」 ちなみに深さ200mもある縦穴をどうやって下るかというと、とっておきというとアレだがいい物がある。 家を出て15分程の所にある鉄製の大きなゲート。周囲には常に自警団のギアズガードが複数配置され警護に当たっている。その厳重さからも分かるとおり、ここが内への入り口である。 「お、バールさんとこの長男坊じゃねぇか!今月の買出しはえらく早いんだな。」  通るたびによく顔を合わす、ここの管理に就いてかれこれ20年というベテランのおっちゃんは、リングダム・メカニズムの常連客でもあり、バールとも旧知の仲。  ゲートの前に設けられた詰め所が少し狭そうに見える大柄な体格に豪快な笑顔のよく似合う、明るくいい人である。 「ああ、野暮用のついでに頼まれてね。はい。」  と、キャリアーの運転席越しに渡したのは通行許可証。  このジャンクヤードの住人全てに支給される外と内を行き来する為の許可証である。  まぁ内に住む人が外に出る事は滅多と無いので、もっぱら用いるのは外の人らしいが。 「……うむ、オーケーだ。」 「じゃ、行ってくる。」 「おう!気をつけてな!」  おっちゃんの操作でゲートが開く。  その奥には小型のキャリアー複数台ぐらいなら楽々乗せられそうなほどの大型リフトが設置されており、鈍い駆動音を立てて上下を行き来している。  通い慣れた今じゃ何の感慨も無いが、初めてこれを見た時はその大きさにそりゃもうびっくりした。  これもこれでマシンダムと同じく、元々はジャンクの山に埋もれていたものを元にして設計されたのが一般に普及したのだから凄いものである。  ベルから借りた小型キャリアーをちょこんと真ん中に載せ、リフトはゆっくりと下降を始める。  同時に右手には大型のキャリアーを載せた上へ行くリフトが見え、正面向かって下方にはいつもベランダ越しに遠く眺めていた無数の工場群が重なり合って並び立ち、  まるで丘のように段々となった上にそこかしこから蒸気が噴出す――文字通りの「蒸気の丘(スチームヒル)」が広がる。  ジャンクヤードの名前ってのは建設された当初に一般公募からこれぞという名前を選び、名付けるのが今じゃ一般的だが、このジャンクヤードは初期の物。  まだそういった習慣が無かった頃に生まれたので数十年間は「名無し」のジャンクヤードだったらしい。  それがそういう習慣が生まれた後に改めて公募しようと言う事で名付けられたのがこの名前。実にその通りで分かりやすいと個人的には思う。  そんなこんなで20分ほどで辿り着いた穴の底。  こちら側の管理人は上と違ってよく変わるので別に顔見知りと言うわけでもない。それに出るときは許可証を見せる必要もないので別段何事も無くゲートを潜る。  その先に広がるのは沢山のキャリアーが行き交う倉庫街。  主にスカベンジャーから買い取ったジャンクを一旦保存する事を目的とした施設だ。俺が直接お世話になる事はないが、 多分俺から買い取られた物もここに備蓄されてから必要に応じて使われるのだろう。年季を感じさせる古びたコンクート製の倉庫の群れが何となく圧迫感を感じさせる。 「先に買出しの分だけ終わらしてから、本を探しに行くか。」  そう呟きつつ俺は馴染みの店の方へとキャリアーを向かわせた。 「おー、バールさんとこのじゃないか!今日は何を買いにきたんだい?」  んでもってやってきたのが外で暮らす人達御用達の大型商店。キャリアーから降りずに買い物が出来ると言う事で人気の店だ。  ここの店を切り盛りしてる店長さんもリングダム・メカニズムのお得意さん。店で使う機械なんかの整備はバールの腕を見込んでか、ウチに一任してくれている。 「えーと、これに書いている分をお願いします。」 「了~解!ほら、あんた達!仕事仕事!」  メモを手に取るとそこらでのんびりしていた男達を起こして回る店長さん。  同時に端末にその内容を入力し、男たちが用いる背中に乗るタイプの小型マシンダムのディスプレイに表示できるようにする。  それからは早い早い。マシンダムのハイパワーを用いているのもあるが、店長さんが考案したこの方法のお陰で、手早く次々と頼まれていた荷物がキャリアーに載せられていく。 「よし、全部完了したよ。そちらでも確認しておきな!」 「……はい、じゃあお金を。」  と渡したのはクレジットカード。  紙幣は紙が割りと貴重なジャンクヤードにおいてそこまで流通していない。逆に電子マネーが主流となっており、大概の物はこれで買える。 「いつもお世話になってるからこれだけ負けとくよ!ありがとね!」 「はい!では、またー」 「あいよ!いつでも来ておくれ!」  なんか負けてくれたらしい。  確かに表示されるマネー残量が思ったよりも多い。手に取れない類のお金なので微妙に実感が沸かないが、なんだか得した気分である。 「さて、次は探検屋……あの人元気にしてるかなぁ。」  そんな事を呟きつつキャリアーを向かわせた。  大きい道に面した場所には無いのでどこかで止めないとな……なんて考えもしつつ。 「おー、バールじいさんとこの長男坊だっけか?こんな所に何のようだ?」  大掛かりな長方形をした立体駐車場の前に2機陣取った旧式のギアズガードの内1機のパイロットが声をかけてきた。  どうもこの人もリングダム・メカニズムに世話になっているらしい。俺は覚えていないが……妙に有名なんだな、俺。バールのせいだけど。 「探検屋にちょっと用事があって。このキャリアー預かってください。」 「分かった。ウチの警備はばっちりだからな。心配しなくてもいいぞ!」  今まではそんな風には見えなかったかもしれないが、外側でも内側でもジャンクヤードとは基本治安が悪い場所。  指紋認証が起動キーであるキャリアーはともかく、後ろに載せた荷物なんかしばらくほっぽいたらあっという間に盗まれてしまう。ああ、キャリアーもパーツバラされて盗まれるかもしれないか。  その為繁盛しているのが中古のギアズガードを警備につけた駐車場。いくら旧式だと言っても人がギアズガードに敵うわけないからな。安心してキャリアーから離れられるというものである。 「じゃあ、お願いします。」 「おう。一応30分以内なら無料だから覚えとけよー!」  キャリアーを係の人に任せて、身軽になった俺は探検屋に向かう。  この辺りはスチームヒルの中でも特に古い居住区画で、最近では再開発が行われるかもなんて言われているほど。ただこういうところに限って面白い店があったりするのだから、中々捨てたもんじゃない。  レンガ造りの家屋も味があっていいと思うがその反面、そこらにほったらかしにされた腐臭を漂わせる生ごみに、道端で寝転んだ浮浪者、 今にも消えそうなネオンサインの看板を掲げたバーらしき店の戸などなど……ジャンクヤードは治安が悪いといったが、ここは特に悪いかもしれない。少なくとも夜に一人では絶対に歩きたくないな。 「ここ、だな。」  そんな通りをしばらく行ったところにある一軒の店。  上に掲げられた看板には読めないものの「カンジ」で「探検屋」と書いてあるらしい……何処の字だそれ。 「ごめんなさーい……」  返事は無い。  中は昼間だと言うのに薄暗く、更に天高く積み上げられた本棚の群れ……どう考えても商売する気はまるでない様子。ただ本自体はよく整頓されており、それぞれの本の背表紙も綺麗でまるで痛んでいない。  歩くたびに床が軋む。  奥へ行くほどに暗くなる。  見た目こじんまりした店だが、奥行きはかなりのもの。そして置かれた本の群れは図書館でも出来るんじゃないかと思えるほどだ。 「………………」  ただここは貸し本屋。図書館ではない。  木というもの自体が割りと貴重なジャンクヤードにおいて、木を材料にして作る紙を、更に素材とする本はそこまで数があるわけではない。  あったとしても高級品であり、一般人がそう簡単に買えるものではない。なので貸し本屋や図書館といった商売が繁盛するわけなのだが…… 「………………」  ここの貸し本屋は蔵書数ではこの街でも一、二を争うほどなのだが、いかんせんここの主が仕事する気があるのかないのかよく分からない上に、  立地条件も最悪な為お客さんはまるで寄り付かない。穴場と言えば穴場なのだが、「探検屋」という屋号の通り、ここにいる事が既にある種の探検なのはどうかと思う。 「いないな……」  不気味な店内を散策する俺。  経験則から言うと多分どこかにこの店の主はいるはず。それを探し出さない事にはどうにもならない。一歩、また一歩と前進あるのみ。 「……ライト、持ってきて正解だったな。」  ほぼ視界が無くなったぐらいで、カチッと手持ちのライトを付ける。  普段テツワンオーに備え付けてある非常用のものだが、この店がいつもこんな状態なのは分かりきっていたので取り外して持って来ていた。  ああ、気分は遺跡探索。これで宝物でもあればいいのだが、探しているモノが店の主というのがなんとも言えない。 「………………」  ずっと同じような光景が続き、遂には外の光も完全に失われ、もう何処を歩いているのか良く分からない状態に。いくら奥に広いといってもこんなに広かったっけななんて思いつつ―― 「……?」  ライトに照らされた前方に、黒い何かが見えた。  駆け寄ってみるとそれは倒れかけた本棚に崩れ落ちた本の山―― ――お……ぃ…… 「!?」  更に何処からか聞こえる今にも消え入りそうなか細い声。 ――た……すけ……  間違いない。この下から聞こえてくる。つまり……! 「埋まってんのかよっ!!」 ・ ・ ・ ・ ・ 「やー、助かったよディー君。一時はどうなるかと思った。」  今まで死の淵にいたにもかかわらず、ははっと爽やかに笑って立ち上がり、体についた埃を払い落とした後に、眼鏡を掛け直すリョウ・クレンさん年齢不詳。  見た目からして20代前半当たりかなと思うが、随分前からバールとも知り合いだったようで古い写真にもそのままの姿で一緒に写っていたりして実際の年齢は良く分からない。  以前は外の俺のウチの近くに住んでおり、その頃はよく会っていたものの、内のここに引っ越してからは数えるほどしか来た事は無かったが、俺の事は覚えていてくれたようだ。 「貸し本屋の主人が本に潰されて死ぬとかシャレにならんから気をつけろよなぁ……」 「まぁある意味本望?愛するモノに抱かれて死ぬとかロマンチックじゃない?」 「あのなぁ……」 「ああでもまだ読んでない本がゴマンとあるね。ならまだまだ死ねないな~」 「はぁ……さいですか。」  毎度の事ながらこの人と話していると色々と疲れる。  こんな所で生活している為かどうも浮世離れしているようで、何故にこの人が良くも悪くも堅実なバールと仲がいいのかよく分からない。そもそもどうやってこんな量の本を集めたんだか…… 「……で、何か用?用があるからわざわざ来たんだろうけど。」 「ああ、ちょっと調べてほしいモノがあって。」 「なるほど。なら立ち話もなんだし奥まで来なよ。さっきのお礼も兼ねて歓迎してあげる。」  と、リョウに連れられて更に奥へと突き進む。  ……こんな真っ暗なのに明かり一つ使わず、ずんずん進める彼は本当に俺と同じ生き物なのかちょっと疑問に思う。実は口から超音波か何か出してるんじゃなかろうか? 「さ、着いたよ。」  壁際にあるスイッチを押すと電灯がつき、木製のテーブルと椅子が浮かび上がる。  他にもキッチンらしきものがあったりなんかして、この辺りがリョウの生活の場らしい。 「まぁとりあえず座って。お茶を淹れてあげる。」  言われるがままに椅子に座り、辺りを見回す。  電灯がついても多少薄暗いものの、調度品自体はわりと趣味がよく、特に丁度向かい側にかけられた鳩時計なんかはかなりの高級品とみた。  ただこの人が働き稼いで購入したとはあまり考えられないので、親の資産か何かを食い潰しているのかもしれない。 「はい、ウッドグランド産の高級品だよ。」 「あ、ありがと。」  そんなこんなでしばらく待っていると高そうなティーポットとカップをトレーに載せ、リョウが帰ってきた。  ウッドグランドと言えば遥か南方にあるという緑に包まれた林業及び農業の盛んなジャンクヤード。お茶と言えばここってぐらいには有名で、  輸出されている品も質のいいものが揃っており、中にはウッドグランド産以外は口に付けたくないという人がいるほど。  まぁ俺にはお茶の質の違いなんて分からないが、出してくれた事自体は勿論感謝しているのでありがたくいただくとする。 「……ところで、僕に調べてほしいものとはなんだい?」 「ああ、これなんだけど。」  ちょっと間をおいて、俺の真正面に座ったリョウに差し出した例の金のパーツ。  それを手に取り、目を細めて興味深げに眺めるリョウ。 「……何か、彫ってあるようだね?」 「そう。とあるバリードの残骸から見つかったパーツなんだけど、始めて見る類の言葉で何がなんだか。 とりあえず何が書いてあるのか、というか何処の言葉なのかってのが知りたかったんでそういうのに詳しそうなあんたを頼りにやってきたんだ。」 「なるほど、ね。少し調べさせてくれる?」 「ああ。」  普段はあんなのだがこの人の知識は確かなもの。  ひょっとしたらこの辺りでバールとは仲良くなったのかもしれない。 「ふーむ……」 「どうだ?」  じぃーと穴が開きそうなぐらい見つめるリョウ。だがフルフルと首を振る。 「駄目だ。覚えている限りの言語の中じゃ検討も付かない。でも僕の覚えているものはこの店の中にあるものの内でもほんの一部。 ひょっとしたら覚えていない内で何かあるかもしれない。」  そういうと席を立ち、本棚の群れの方へと歩んでいくリョウ。  それを追って俺も行く。 「えーと、言語学にまつわる本は……っと。」 「手伝おうか?」 「いや、お気遣い無用。今の僕にはいい助手がいるからね。」 「助手?」  本棚の群れの前に向かい、楽しげにふふっと笑うリョウ。  今一何を言っているのか良く分からない俺を他所に、リョウは手を二度大きく叩いてその名を呼んだ。 「ミッチー!仕事だ!出てきてくれっ!」 <ガッテンダー!>  彼の言葉に遠く応じる人のものじゃない高音の合成音声。  これって……? <男ナンダロ?グ~ズグズスルナヨォ~♪>  なんて歌いつつ本棚と本棚の間の暗闇より高速で現れたちょっと大きな一輪車。  ……いや、一輪車にしては不必要なパーツが多すぎる。まず中央のサドルに当たる部分で光る緑のモノアイ。  そして両脇に伸びる長い5本指のロボットアームに、その肘辺りに付いたコンテナらしきもの。  結論:こいつは一輪車ではない。よって…… 「ば、バリード!?」 <アアン?誰ガバリードダメーン!調子ブッコイテルト、チェーンソースフィフトデバラバラニ引キ裂クゾコラァッ!!> 「!?」 モノアイながらも物凄い剣幕で肘についたコンテナからロボットアームを入れ替わりに格納されたチェーンソーを展開し、こちらに詰め寄ってくる一輪車もどき。 「こらこら駄目じゃないかミッチー。大事なお客さんバラバラに引き裂いちゃったら商売にならないだろう?」 <HAHAHA!ソウダッタネ!オ客ナンテ2ヶ月振リダカラスッカリ忘レテタヨ!!> 「まぁそれも君が追い返しちゃったんだけどね。」  ……今何気にすごい事言わなかったか? 「ああ、これはミッチー。僕の有能なパートナーだ。」 <初対面ダッタシ、サッキノハ水ニ流シテアゲル!感謝シロヨ!!>  呆気に取られている俺を見てかこほんと一つ咳き込み、リョウが一輪車もどきを指して紹介をしてくれた。何がなんだか分からないが、どうも失礼な事をしてしまったらしい。 「あ、ああ。こちらこそゴメン。てっきりバリードと間違えて……」 <アンナ鉄クズ共トコノ世紀ノスーパーロボットヲ一緒ニサレチャコマルゼHAッHAー!!>  高速回転しつつ物凄いハイテンションで喋る。  飄々としたリョウが主とはちょっと想像付かないぐらいだ。それにバリードが大嫌いな模様。今後は話題に出さないでおこう。 「ここに引っ越した直後、1年ぐらい前だったかな……ジャンクの海で埋まってるのを通り掛かりに見つけてね。 興味本位でバールに修理を依頼して、ウチで再起動してみたらこんな自意識を持っていたってワケさ。」  バールってばこんなロボットの修理もしてたんだな。まったく知らなかった。 「今じゃ僕にすっかり懐いちゃってね。本の出し入れなんかを手伝ってもらってる有能なパートナーってわけだ。」 <ソーイウコトダ!トコロデオ前何テ言ウンダ!> 「あ、まだ言ってなかったな。ディー、ディー・リングダムだ。よろしく。」 <ディーチャンカ!イイ名前ダナァ!ヨロシクゥ!!>  一回転した後軽快にサムズアップする一輪車もどきことミッチー。  リョウのネーミングセンスはどうかと思うが、彼(?) 自身はそんな悪い奴でも無い様子。全部のバリードがこんなのならなぁ、なんて考えていると 「じゃあミッチー、早速仕事だ。今転送した字に対応する本を持ってきてくれ。」  いつの間にやら手に持った端末より先ほどのパーツの画像を送るリョウ。どうやらミッチーにはそういった検索機能みたいなものもあるようだ。だから呼んだのだろうけど。 <ガッテンダー!胸ノエンジンニィ~火ィヲツケロォ~♪>  そのまま本棚の奥へと再び姿を消すミッチー。  ところで…… 「あんなのがいるならさっさと助けてもらえばよかったのに。」 「言ったさ。だけど彼には僕が「エクストリームブックダイブ」をしていると勘違いされてね。そのまま2日ぐらいほったらかしにされてこの通り。」 「……真面目に修理に出した方がいいんじゃないか?というか何だよエクストリームブックダイブって。」 「いやいや彼は何処も悪くないよ。むしろいつも通りの反応だ。」  だからそれが壊れてるんだろうと……まぁいいや。 <心デ爪ヲ~♪トーイデルモノサ~♪>  あ、帰ってきた。  でも手には何も持っていない。 「どうだった?」 <ネーナァ!コンナ文字俺モ初メテ見タゼ!> リョウの問いにモノアイの付いたセンサーユニットの付け根を振ってミッチーはいつも通りのハイテンションながら、ちょっと残念そうに答えた。 「そうか……ミッチーが言うなら確かなんだろう。お疲れ。」 <OH!> 再び向こう側へ去っていくミッチー。 「うーん、手掛かり無しかぁ。」 「一応これ預かっていてもいいかな?また何か分かれば連絡するよ。」 「分かった。頼む。」  腕組み少々考え込む。しかし困ったな、これは予想外の展開。  他に何か手掛かりになりそうなものはというと…… 「?」  と、見回していて目に付いたのがテーブルの横に置かれた灰色のポーチ。中にはと言うとなんだか最近ずっと持ち歩いているような気がする例のノートが入っている。 「そうだ、これ。」 「?なんだいそれは。」 「これについて話すと色々ややこしくなるんだけどな……この事は他言無用で頼む。」 「いいだろう、他では決して話さない事を誓うよ。」 こういう事だけは何故か信じられるリョウという男。 浮世離れし、珍妙不可思議で胡散臭い男だが、口は堅いし嘘も今まで付いた事はない、 だからこそこの事についても話せると言うものだ。  どうせならじっくり話を聞こうというリョウの談で、俺とリョウ、2人がテーブルの前に付いた後、 俺は自分の分かる限りでこの本に纏わる事をリョウについて話した。その事について彼は興味深げに相槌を打ち、ある種楽しげに聞いていた。 「……なるほど、ね。実に興味深い。僕だったらその子についてとことんまで追及していたね。」 「だろうな。お前のとこに現れなくてよかったよ。」 「しかし、世の中には不思議な事があるものだな。その唐突無形っぷりは僕以外だったら信じていないぐらいだよ。」 「まぁ信じられないならバールや俺の姉弟にも聞いてくれ。それにウチにはもっともな証拠と言っちゃなんだがその子もいる。」 「ふむ……いや、それら無しでも僕は君を信じるよ。その瞳は嘘をついていない。実に真っ直ぐだ。」  珍しくリョウが真面目だ。  まぁ俺も冗談半分で言っていたわけではないし、ちゃんと聞いてくれたというのは嬉しい事。ちょっとだけ見直したのはここだけの話。 「だが、その事について調べるならここはそのパーツの起源を調べるよりも不適合だ……いや、そもそもこの世界には適合な場所など無いかもしれんな。」 「え……?」 「僕にはかつてとある友人がいた。その名は「ロン・クーロン」。「セカイ外の存在」とやらについて日々研究し、実験を行っていた――僕が言うのもなんだが、 変わった男だったね。その事についてちょっと思い出しただけさ。関係は別に無いと思うが。」 「ロン・クーロン……確かバールの友達でもあったか。」 「そう、僕とバール、そして彼は唯一無二の友人だった。だが10年前、彼は突如失踪した。その後誰も彼の姿を見た者はいない。  その筋――オカルト関連について詳しい人間の間では有名な話だよ。なんでも知りすぎた故に宇宙人に浚われたとか、  実験が成功した為に異次元から現れた怪物に食い殺されたとか、彼の失踪についての噂はそれこそ星の数ほどある。  ま、どれも所詮噂だから真相の程はそれこそ神のみぞ知ると言ったところだけどね。」 「………………」 なんだか不吉なモノを感じさせるリョウの談。 ロン・クーロン。バリードとは特に関係は無さそうだが、彼についても何か調べてみようかな。 「彼の以前住んでいた家がジャンクヤード011「アクアリング」に廃墟となって残っている。気になるなら一度調べに行ってはどうかな?」 「分かった。ありがとう、リョウ。参考になったよ。」 「助けになれたなら何よりだ。それに僕の暇も潰れた。終わるのが惜しいぐらい、実に有意義な時間だったよ。」  あー、暇なんだなこの人……まぁ見た感じで分かるが。 「じゃあ時間も時間だしお暇するよ。また何かあったらよろしくな。」 「ああ、君ならいつでも歓迎だ。また何か面白い話を持ってきてくれ。」  気付けばここに来てから2時間ほど経っていた。  夢中になって話していて気付かなかったらしい。好きなものについて熱中するという意味では、俺もリョウも似た人種なのかもしれないな。  バリードのパーツについては分からなかったものの、この本について関係ありそうな情報だけは一応入手できた。  ベルには文句言われそうだが、この際仕方無い……なんて考えつつ元来た道を帰っていたのだが 「――ッ!!」  突如耳を強烈に劈く爆音。風切る轟音。響く地鳴り。周囲の本棚がぐらぐらと小刻みに揺れる。  どこかの軍の飛行ロボットが地上ギリギリを飛んでいるような凄まじい音だ。  直感でただ事じゃない事だけは分かった。 「これは一体……!」 <OH!コイツハ一体ドーシタコトカァー!!>  後ろで暢気にティータイムを楽しんでいたリョウも、本棚の奥に引っ込んでいたミッチーも思わずこちらへ出てくる。 「とりあえず一旦外へ――!?」  その時、手に持っていた例のノートが前と同じようにいきなり紅く輝きだした。  電子回路のように表紙の上で荒れ狂う光の奔流。こっちもこっちでただ事じゃない。 「これか、さっき君が言っていた光というのは!」 <ドーイウコトダイリョーチャン!!俺ァ聞イテナイゾォー!!> 「ああ、この光が収まったときに彼女が現れたんだ。なら今回は一体……!」  eXar-Xen――イグザゼン。  あの言葉が頭を過ぎる。だが前その単語が記されていた表紙から1ページ目には、今は何も書かれていない。  ともかく、俺達は外へ急いで駆け出した。 「これは一体……」 「うーん、僕はどうも夢を見ているようだな。」 <残念リョーチャン!ドウモ、コレハ現実ラシイヨ!>  ミッチーに頬っぺたを引っ張られて、いひゃいいひゃい言ってるリョウは置いといて、俺は見上げた空に「太陽」を目撃した。  いや、曇った空に太陽など出てはいない。正確には直視するのも難しいほど眩いばかりに白い何かが輝いていたのだ。 「――!?」  程なくしてその内より何かが飛び出した。  初めは白い点に見えた。次に大きな丸いモノに見えた。更には――と、ここで既視感。ちょっと前に同じ経験をした事があるような……つまり。 「こっちに、来る!?」  ご名答。逃げる暇も無く猛烈な勢いで何かが俺たちのすぐ前――50mほどのところに墜落した。轟音とともに巻き上がる土煙。そして襲い来る俺達を吹き飛ばさんばかりの暴風。 「っ!?うぉ!!」  咄嗟に近くにあった腰ほどの大きさの赤い消火栓に捕まりなんとかやりすごしたものの、周囲は1m先も見えないほどの猛烈な土煙に包まれている。 「おーい!ディー君!無事かーい!」 <無事カー!> 「ああ、こっちはなんとかー!」  遅れて一緒に出てきていたリョウもミッチーも姿は見えないものの無事だったらしい。  鼻と口を取り出したハンカチで覆い、目を細めて周囲の様子を伺うがこれでは何か起きたかも分からない。 しばらくし、それがそこそこ収まった後とりあえず何かが落ちたらしい周辺に駆け寄ってみる。 そこで目にしたのは色々な意味で信じられない光景だった。 「えっ――!?」  窪んだ地面の中心に仰向けに倒れ込む見覚えのある銀の装甲。瞳はあの蒼い光を放っていないものの、間違いない、あの時の「ヒーロー」だ。  だがバリード相手に圧勝したあの時とは違い、全身の装甲がへしゃげ、黒ずみ、破損した上にそこかしこから火花が散っており、まさに満身創痍といった様子。  更に機体から放たれる熱によってか墜落地点では陽炎が揺らめいており、あまりの熱気ですぐ傍まで近寄れないほど。 「これは、一体……」 「人間サイズのロボット、のようだね。しかしこんなタイプのモノは見た事も無い……軍の新兵器か?」 <ボロボロダケドカッケーナァオイ!マァ俺ニハ負ケルケドナ!!>  リョウやミッチーもこちらに駆け寄り口々に第一印象を述べる。  確かにリョウの言うとおり、軍のものという考え方もあるだろう。まぁそれが一番妥当なんだろうが。 だが軍の兵器にこのノートが呼応するように光るのだろうか?俺にはそうは思えない。 「……どうかしたのかい?」  あまりにも食い入って見つめていた俺を気にしてかリョウが声をかけてきた。  いつも何考えてるか分からないリョウだが、人の感情を読み取るのだけは人一倍上手い。なんか自分の心を見透かされているようで時々腹が立つけど。  まぁ今回はそんな特技が無くても今の俺を見れば誰でも気になったかな。 「ああ。昨日いつも通りゴミ収集をしてたら、さっき渡した金色のパーツを使っていたバリードに襲われてな。なんだかよく分からないけどこのロボットがそいつをぶっ壊して助けてくれたんだ。」 「ほう……これがねぇ。」 <クズ鉄ドモカラディーチャンヲ守ッテクレタッテ?イイ奴ジャネーカコイツ!スグニデモ引ッ張リダシテヤリテーガ、コウモ熱イトサスガノ俺デモ近ヅケネーナァ!身体ハ大丈夫デモタイヤガ溶ケチマウ!>  リョウが「ヒーロー」を覗き込みながら頷き、ミッチーがセンサーユニットを左右に振りながら残念そうに言う。  「ヒーロー」が転がる周囲の地面は溶けるまではいかないが赤く熱せられており、ミッチーの足であるゴム製のタイヤぐらいなら軽く溶かせそうなほどだ。  確かにこれはちょっと冷めるのを待ってからにしたほうが―― 「!?」  そんな事を考えていたときだった。  周囲に響くゴポリ――という配水管が詰まったような音。  同時に何処からとも無く、ぼこぼこと湧き上がってくるコールタールのようなどす黒くて粘性の強い液体。  それだけでも結構アレなのに、更に鼻の曲がるような腐臭まで放ってくれる。これが何なのかはさっぱりだが、少なくともまともな代物じゃない事だけは良く分かった。 <オイオイオイ!何ダヨコリャア!?> 「こんなモノ、どんな本でも見た事無いな……とりあえずサンプル取っとこうか。」  何故お前はここでそんな考えに至れるのか。  その液体は急速に体積を増やし、逃げ場を無くすように俺達や「ヒーロー」の周囲を埋め尽くし、ゆっくりとだが確実に迫ってくる。 「やめとけやめとけ。何か触れたら被れそうだぞこれ。」 「だろうね。冗談だよ冗談。」 <……実ハ本気ダッタロォ?>  本当に冗談だったのかとか被れるだけで済むのかなんてのはさておき、道いっぱいに広がり、遂には目前まで迫る黒い謎の液体X。  腐臭に加えどろり濃厚。気持ち悪いったらありゃしない。着替えも無いし正直これを掻き分けるのは嫌だなぁ……なんて考えていると 「……?」  その液体の侵攻が急に止まった……いや、正確には阻まれたとでも言うか。  俺達や「ヒーロー」から1mほど間隔を開けて、まるで見えない堤防に阻まれるかのように波打っている。 「何が起きてるのかは分からないが、とりあえずアレに飲み込まれずには済みそうだね。」 <デモヨリョーチャン。コノママジャ、ドウシヨウモネェゼェ?>  まったくもってその通り。  外まで逃げようにもやっぱりこれを乗り越えなきゃいけないし、かと言ってこのままここにいても事態が良くなるとは思えない。どうしたものか。 「やっぱり乗り越えないといけないか。このロボット担いでいくのはしんどそうだな……ん?」  目に付いたのはどこからともなくボッと表面に青い火が付く黒い液体。  それは瞬く間に燃え広がり一面火の海な状態に。何がなんだか分からない内に液体の占める面積は狭くなっていくものの、火の勢いは更に強くなっていく。 「………………」  嫌な予感がする。  これ以上無い嫌な予感が。 ――――ごぽぽぽぽぽぽぽ  その光景を見守る事しか出来ない俺達。  黒い液体は初め湧き出した頃と同じぐらいの面積にまで戻ったものの、燃え盛りつつ5mぐらいの高さまで噴水のように沸き上がって泡立ち、徐々に何かの形へと変貌していく。それは―― 「人……?」  そう、ヒト。  沸き立つ噴水から姿を変えたヒトとしてのディテールを極限まで省略したような簡素にして醜悪なヒトガタは、丸太のように太い足をすりながらこちらへとゆっくり迫ってくる。 「ほう、モンスターか……うんうん面白いな。ディー、君が来てくれたお陰か面白いものが見れたよ!」 「喜んでる場合か!」 <ヒャッハー!> 「お前もか!」  言ったとおり勿論喜んでる場合じゃない。  今目の前にいるのは少なくとも日の光の下を大手を振って歩けるようなモノじゃあないだろう。 こういう類の怪物を「ロン・クーロン」とやらは研究していたのかな、などと考えつつどうしたものかと一考する。 「………………」  どう考えても平和的な接触は出来そうに無いそれは酷く動きは緩慢で、逃げるだけならそう難しい事でも無さそうだ。そう、「手ぶらで」逃げるのなら。 「んー……」  だけど俺達の背後にはあの「ヒーロー」が転がっている。  このまま放っておくのも…… ――銀色……ソイツヲ、ヨコセェ……ソイツハ、俺ノダ…… 「ッ!?」  声が聞こえた。  酷く濁った異様な声。片言であるが、ミッチーのような高音ではない。  とすると、あの怪物からの声か。喋れるとは思っていなかったので少し意外である。 <ヤイヤイ!アノロボットハディーチャンノ命ノ恩人ナンダゼ!オ前ナンザニ渡セルカッテーノォ!!>  ゆっくりと前進を続ける怪物の前にミッチーが躍り出た。  手はコンテナから換装したらしいチェーンソーと何やら大型の銃器が取り付けられている。 ――邪魔ダ。引ッ込ンデロ雑魚ガァ……!  それだけ言うと怪物の右腕が前触れ無く伸び、それにミッチーは猛烈に叩かれ、成す術無く脇の建物の壁に叩きつけられた。 <オウフ> 「ミッチー!」 <大丈夫ダゼェ、ディーチャン。コノ位デ俺ガヤラレルカッテノォ……>  言う事は勇ましいが、叩きつけられたダメージに加え、何故か表面が少し溶けている。  あれが黒い液体の影響だとするとやっぱり掻き分けなくて正解だったようだ。 ――邪魔スル奴ハブッ殺ス。大人シクソコヲドケェ…… 「――ッ」  ゆっくりと、しかし着実に迫る怪物。  奴の目的はどうもあのロボットらしい。もしそれのみだとしたら囮にして逃げれば確かに命は助かるかもしれない。だけど―― 「―――――――」  俺はこのロボットに一度命を救われた。  助けられっぱなしで当の俺はこのまま逃げるのか?それじゃ駄目だ。  自己満足の域を出ないかもしれないが、俺にだって意地はある。 「リョウ。」 「ん?」 「あそこで転がってるミッチーを助けてやれ。」 「元よりそのつもりだ。彼は僕の大切な助手だからね。君はどうする気だい?」 「――こいつを、守る。」  リョウの問いに俺はあえて明るく笑って答えてみせた。  確かに怖い。一応バリードであるミッチーを一発で吹っ飛ばした怪物だ。俺なんざ一溜まりも無いだろう。だけど、だからといって逃げるのは俺自身が許さない。 「言うと思ったよ。」  俺の答えにリョウも笑って返し、あいつはあいつでミッチーの元へ急ぐ。  怪物はそっちの方へはまるで興味が無いようで、完全にスルーしていた。俺は少し安堵し、そして―― 「きやがれバケモン!こいつには指一本触れさせねぇぞ!!」  吼えた。  目前まで迫った怪物に真っ向から向かい合い、自身のちっぽけなプライドだけを武器にして。

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