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eXar-Xen――セカイの果てより来るモノ―― Act.1」(2010/08/19 (木) 23:24:47) の最新版変更点

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 誰かが世界は丸いと言った。  他の誰かが青いとも言っていた。  丸くて青い、それが世界? ――いや。  違う?ああ、違うとも。  少なくとも今の俺が見る世界は違う。  世界は平面だ。  世界は灰色だ。  丸くも無く、青くも無い。  それが目で見える全てだったから。それが肌で感じる全てだったから。青くて丸い世界なんて嘘っぱちの狂言だと思っていた。 ――あの時までは。 eXar-Xen――セカイの果てより来るモノ―― Act.1  街外れのジャンク山。  うち捨てられた屑鉄がうず高く積み上げられたその頂上で、その山の内で見つけわざわざここまで運んできた 所々バネの飛び出て朽ち果てたソファーに寝転がり、その上に広がる空を見る。 「………………」  一面に広がるどんよりとした鉛色の雲。そして鉛色の空。  この街は曇りが多い。多分工場地帯のスモッグなんかが関係しているのだろうが まったく興味が無いので詳しくは知らない。ただ見てると押しつぶされそうな重圧を感じたりして正直あまり好きではない。 「ッ…………」 嫌気が差し身体を起こし、周りを見渡す。 「……………」  空が鉛色ならこちらも鉛色。  果てが見えないほどまで何処までも、何処までも広がるジャンク山……いや、海と形容したほうがいいかしれない。  一体何をどうすればこうなるのか……噂では大昔の戦争で用いられ、壊れたり必要が無くなった兵器がここにうち捨てられたなんて言われているが、 どう考えてもその類ではないモノが大部分。確かに噂の元になったであろうものも無くはないが、ぶっちゃけあってないような物。 まぁ実際のところ誰もこの起源を知る者はいない。あまりにも身近にある為に深く考える事も無い……そんな所だ。 「……………」  そして俺の職業はジャンク漁りもといスカベンジャー。  このジャンク山でまだ使えそうな物を見つけて専門の業者に売り渡して生計を立てている。  勿論そうそう高く買い取ってくれる物が見つかる訳でもないのでこれのみで生計を立てるとなるとかなり厳しい事になるだろう。  ただそうやって宝探しをしていると色々面白い物を見つけることもあるので退屈はしない。趣味と実益を兼ねる、というと言いすぎだが大体そんな感じである。 「ディー!」  山の麓から聞き慣れた声が聞こえる。  かなり距離はあるのだが、そのよく通った声は痛いほどに耳に響く。 「ディー!聞こえないのー!!」 「頭に響くぐらいには聞こえてる!どうしたんだ!ベル!」  声の主はベル。ベル・リングダム。  弟のウェル・リングダム、育ての親であるバール・リングダムと一緒に機械整備工「リングダム・メカニズム」を商っている。 俺のお得意先であり、保護者でもあり、幼馴染でもある。 「どうしたんだ、じゃないでしょー!そんなところでサボってないで仕事しろー!」 「はいはい……」  まぁ、世話焼きなのはいいが少しは俺の自由も尊重してほしいものである。  スカベンジャーという仕事は、収入は安定しないもののその分自由な時間を個人で好きに取れる。  仕事が仕事ゆえ当たり前か。ただサボりすぎると苦労するのは自分なのでほどほどにしないと痛い目を見るのだが。  勿論俺もそれは重々承知しているのだがあの茶髪お下げはそれを許してはくれない。先月のノルマが目標より少し下だったからって一々そんな騒がなくても。今月はいいもの拾ったんだし……  そんなこんなで外から聞こえてくる雑音はシャットアウト。  俺の自由時間を自ら尊重し寝転がり空を見上げていると、視界の一部が突然何かに遮られた。 「……?」  始めは虫か何かかと思った。  次に白い点に見え、その次には白くて四角い何かに見えた。 「――――」  急激に大きくなっていくそれ。  何かが頭上に落ちてきていると気付いたときには遅かった。 「!?」  見事顔面にクリーンヒットした何か。視界は文字通り真っ白に染まり、尋常ならざる音が自らの頭部から聞こえ、ベルにもそれが届いたのか慌てて駆け上がってくるのを感じてから俺の意識はぷっつりと途切れた。 ・ ・ ・ ・ ・ 「……ぃ……おーい」  何処からか声が聞こえる。  目を開けると見覚えのある天井……それがウチの物置のそれだと気付き、さらに声の主が頭の脇にいると気付いた俺はそちらに顔をゆっくりと向けた。 「あ、気がついた!大丈夫?ディー兄ちゃん!」 「この馬鹿、頭だけは頑丈だからあの程度でどうこうなるワケないじゃないの。」  純粋に心配してくれて涙目になってるウェルと、そっぽを向いてふんと鼻を鳴らし皮肉たっぷりなベル。ああ、助かったんだなと安堵し、いつも通りの2人を見て更に安堵した。 「こーれ。泣きべそかきながらワシのところまでディーを運んできたのは誰じゃったかな?」 「バ、バール!そんな事言わなくても!」 「ふぉっふぉっふぉっ」  何やら機械のコンソールを操作しつつ楽しげに笑うバール。妻に先立たれ、子供もいなかったこの人は孤児だったベルとウェルの姉弟を引き取り、  更に何年も前に行き倒れになっていたらしい俺も拾ってくれて今まで育ててくれた。実の親のように接してくれて、ベルとウェルも俺と同じように彼を慕っている。  ちなみに2人ともバールの仕事を手伝っているが、残念ながら俺には機械の才は無かったので、せめてもの恩返しにと2年ほど前から始めたのがスカベンジャーだった。 「俺は……」 「頭の骨が何本か折れたような音がしたとベルが言っておったが外傷は無し、脈拍も安定、その他もろもろオールグリーンなのに意識だけ失っていたのじゃ。」  そう言いつつバールは俺の周りにあった機械をてきぱきと片付けていく。  それはジャンク山で発見された自動で様々な診察を行ってくれて、更には簡単な傷ならそれも治療してくれる機械。非常に高い技術が用いられており中身は完全にブラックボックスだが  使用方法のマニュアルがあったり同じ種類の機械が結構見つかったりしているのであのジャンク山にこれを捨てた連中の間では広く普及していたらしい。  わりと高い値で取引されている保存状態のいい物を俺が少し前に見つけ、家にまで持ち帰り売り払うかどうか考えている矢先の出来事がこれだった。 「しかし頭に空から降って来た本が直撃したなんて、この街でも今の今まで誰もおらなんだじゃろうなぁ……」  かわいそうにと付け加えつつ手元にあったそれを寄越してくれた。 「これが俺に……?」 「そうじゃ。そこまで分厚くも無いが、顔にぶつけるものでもあるまい。」  真っ白なノート。ぺらぺらとページをめくってみても何も書かれてはいない。その上最後まであるわけではなく途中で無造作にちぎられているときた。 「……一体何処から降ってきたんだろう。」 「さぁのぉ。世の中には不思議な事もあったものじゃ。」  空から降って来たノート……どうせなら女の子が、という妄言は置いといて  ノートもノートで中々夢があっていいじゃないと思わなくも無いがせめて落下地点ぐらい考えてほしいものだ。 「じゃあワシは作業に戻るから、何かまた具合が悪くなったりしたらすぐ呼んでおくれよ?」 「分かった。」  よっこいしょっと立ち上がり、工場に戻るバールの後姿を眺めつつ、俺は白いノートに目をやる。  遭遇した出来事が出来事だからかただ単に自分が思っているだけかもしれないが、何やら不思議な雰囲気を放っているように感じる一品。  まぁ実際はただの何処にでもありそうなノートなのだが…… 「気味が悪いしとっとと焼いちゃいなさいよ。」 「いや、記念にとっとくよ。ある意味貴重な体験だし。」 「ディー兄ちゃんがそう言うんだし、いいんじゃないの?姉ちゃん。」 「むー……ま、まぁそう言うならそれでいいわ。あと今日は自室で謹慎!あんなとこでサボってるからこんな目に遭うのよ!」 「それは結果論だろ!大体なんで謹慎なんか……おっとと。」  そういいかけてふら付く足取り。  それ見たことかとベル。大丈夫とウェル。 「そんなんじゃ仕事どころかサボる事も出来ないわね。ほら、分かったらさっさと身体を治す!」 背中を押され、自室に繋がる階段のほうまで連れて行かれる。 「あたし達も作業に戻るから、あんたの今日の仕事は身体を休む事。いい?」 「へいへい……」  これ以上何言っても仕方ないと考え自室に向けて足を運ぶ。  そこは元々倉庫だった場所を俺が一人部屋がほしいとバールに頼んだところ改築してもらったもの。一人の部屋としては十分過ぎる位の広さがある。  中にはジャンク山から拾ってきた使えそうで使えなさそうなものや、面白そうなものがいくつか飾ったり机に置いてあったりしているが、  そこまで散らかっては無く我ながら小奇麗にしていると思う。 「はぁ……」  ため息一つ吐きつつベッドに横たわる。  そのすぐ脇にはベランダがあり、暮れ行く空に色とりどりの照明が輝くこの街の工場地帯が一望出来る。 「………………」  眺めは悪く無いが正直見飽きた光景。ノートをベッドのすぐ傍の机の上に置き、シャッとカーテンを閉め毛布にくるまり大人しくしておく事にする。  確かに出て行きたいのは山々だがまだ少し頭がふらつくのもまた事実だし、抜け出そうものならベルになんて言われる事か ……なんて考えていると本当に眠たくなっていき、俺は夢の世界へと旅立って行った。 ――机の上に置いたノートの表面に、電子回路の如くほんのりと赤い光が幾重にも走っている事も知らずに ・ ・ ・ ・ ・ 紅い。 赤い。 アカイ、世界。 目に見えるものは例外無く揺らめく深紅に染まり、見えざるモノすら烈火の如き赤を纏う。 赤、あか、アカ。 その色彩は表面上だけの物ではない。そのモノの内面までもどこまでも、どこまでも赤く、紅く染め上げる。 そうやってありとあらゆる意味で紅く彩られた存在は既にこの世のモノではなく、異次元のそれと形容しうるしかない何かに成り果てていた。 ただ、全てが全て塗り潰したように真っ赤になっているわけではない。 その内にも濃淡はあり、水に溶かした絵の具のように音無く揺らめき、その内にある「あるべき世界」の片鱗を薄っすらと覗かせている。 そこは正しく地獄だった。そこは正しく狂っていた。 異常極まる力によって在り得ざる方向へと捻じ曲げられた理が、全てを飲み込み食らい尽くし、狂える炎として、異次元の劫火として本来あるべき世界を灰燼へと帰していく。 「はぁ――はぁ―――はぁ――――ッ!」 そんな現世へ現れた地獄の内に、ただただ逃げ惑い続ける1人の少年がいた。 己に迫る歪み狂った摂理に抗い続ける彼は、見た目10代いくかいかないかといった幼い出で立ち。小さく、あまりにも弱々しいか細い身体。それを引きずりつつも彼は歩みを止めない。 「はぁ――はぁ―――はぁ―――……」 彼以外誰一人としていない焼け爛れた廃墟を、ぼろぼろの衣服を纏った所々血の滲む、傷だらけの煤けた小さな身体で、彼はただ歯を食いしばり我武者羅に歩んでいた。 しかし幾ら彼が逃げようと、この世ならざる力は彼以外の悉くを焼き尽くしたようにその少年をも飲み込もうと魔手を伸ばす。今までは何とか逃げおおせていたが、ただそれももう限界。 無理を強い続けていた全身は悲鳴を上げ、引きずっていた右足からは既に多量の血液が流失しており、彼の歩んできた道程を示すかのように背後には蛇行する一筋の赤黒い道筋が出来ていた。 「く……そ……」 焼けつく大気に喉を焼かれ声も出ず息も出来ず、糸が切れた人形のように力無く倒れこむ少年。そこへ追い討ちをかけるように襲い来る異次元の劫火。 だが、彼は諦めない。 それでも生きる事を諦めない。ただ純粋で、真っ直ぐな彼の生への執着は微動だに出来ないはずの腕一本動かせるだけの「奇跡」を起こした。 それは客観的に見てあまりにも無意味な「奇跡」。それはあまりにも弱々しい、今まさに襲い来る大いなる力へのほんのささやかな「抵抗」だった。 「……………!」 声にならない声を上げ、彼は何処へ向けるわけでもなく手を伸ばす。当然何を掴むわけでもなく空を切る。だが彼の瞳ははっきりと、「何か」を見据えていた。 「……………」 彼は何を見たのだろうか? もしかすると彼自身も分かっていなかったのかもしれない……だが確かに何かを、遠く、遠く、ずっと遠くに。 物理的にも、時間的にも、ありとあらゆる意味で遠く、遥か彼方にある「何か」を。彼は見据え、そしてその手の内に掴み取ろうとしていた。 ――だけど、それもそこまで。 彼が掴み取ろうとしていた「何か」は、あまりにも遠くにあった。遠くにありすぎた。 その小さくか細い腕では勿論届かない。彼の瞳がそれを捉える事は出来ても、彼の腕では届く事は叶わない。 果たして異次元の劫火は彼のささやかな抵抗が終わった直後、待ち構えていたかのようにその総てを飲み込んだ。 ――アリ……ス…… 正義など無く、希望など無く、絶望すら無く。 明日はどす黒い黒に塗り潰され、昨日は何も映さぬ白に塗り潰され、ちっぽけな世界の、ちっぽけな命の、ちっぽけな物語はこうして人知れず静かに幕を閉じた。 それそのものはセカイに何の変革も、何の影響も与える事は無いだろう。 ――だけど、それは確かにあった。 そう、それは確かにあった。それだけは誰にも覆せはしない。偽れはしない。 間違いなく、そこに確実に存在し、絶対に行われた事象なのだ。 ――これが希望とならずとも。これが何も変えずとも。 彼等の再起は総ての命が願うもの。 彼等の命は総ての運命を担うもの。 彼等の運命は総てのセカイを救うもの。 ――彼等の為に、セカイの為に、境界(セカイ)の果てより雄々しく歌おう。威風堂々と雄々しく謳おう。命の賛歌を、セカイの賛歌を。 全てが終わり何もないはずの世界に響く何か。 それは、力ある歌声。 されど、音ならざる歌声。 それは、紅く白く黒く揺れる影。 されど、形無き影。 それは紅く、赤く、あかく、限りなくアカク染まり続ける世界の内において何処までも、何処までも響き続ける。 それは寂しく、切なく、しかしそれ以上に力強く、高らかに、その世界の終焉を彩って―― ・ ・ ・ ・ ・ 「………………」  夢。  一口に夢と言ってもいくつかの種類があるが、今回触れるのは寝ているときに見る物。  それはほぼ100%自分の記憶の端々から生まれるもの。  楽しかった事、辛かった事、思い出したくも無い事、覚えていたはずなのに無意識のうちに忘れていた事……  まぁ記憶の種類はさておきそういったものから成り立っているのが普通だ……と、以前何かの本で読んだ事がある。  ……だけどその「どれにも当て嵌まらない」場合、自分の見た夢は一体何を元にして生まれたのだろう? 「んー……」  寝床から半身を起こす。  見ると机の上にはよほどよく寝ていて起こせなかったのか「暖めてから食べてね」とウェルの字で書かれた張り紙の付いた 晩御飯が置いてあるが、悪いが生憎今は食べる気にならない。 「――――――」  とりあえず起きたてほやほやの回らない頭を無理やり働かせて考えてみる。  ここまで色々言っておいてなんだがそもそも何を見たのかはっきり覚えてはいない。ただ妙な違和感だけが脳裏に焼き付きこびり付き、はがそうにもまるで取れない。  こんな印象からも分かる通りとりあえず決していい内容ではなかったはず。その証拠に別に暑くもないのに背中も腋も汗でぐっしょりで気持ち悪い。 「……はぁ。」  それだけ考え疲れたようにため息一つ。  ベッドのすぐ脇に置いてあったタオル片手に火照った身体を冷やす為、カーテンをずらしてベランダへと出る。 「………………」  払拭できない違和感は薄っすらと残っているものの、それも手にすくった水が零れ落ちていくように早々に消えていく。やっぱりただの気のせいだったのだろうか?  ベランダの手すりに身体を預けつつその向こうに広がる夜の闇に様々な色の光を放ち、立ち並ぶ工場群を眺めそう考える。  ふと、空に目を移した。  地上に広がる光は眩いものの、空は分厚い雲に覆われ星は見えない。  別にそれ自体はこの街では珍しい事ではない。空が眺められる日なんて年に数度あれば上出来なぐらいだ。ただ ――今日はそれだけではなかった。 「ッッ!?」  一瞬の出来事だった。  雲の向こう側より猛烈な閃光が視界を白く埋め尽くし、同時にすぐ近くで落雷でもあったかというほどの空気を引き裂く爆音が轟き、 しばらくその残響は町全体に響き渡っていた。 「今のは……!」  呆然としつつも意識とは無関係に頭は妙に冷めていて、これの感覚にもっとも近い事柄を早々に思い出してくれた。  「また」……そう、「また」だ。夢に見て、脳裏に焼きついたあの違和感。それもさっきのとは比べ物にならない、直感的な何か。 「――ッ!」  頭が痛い。  鈍く響く痛み。頭の中で何かが暴れているような、そんな感覚さえ覚える。 「うう……」  一体何が、と思うも頭痛薬なんてあったかなとも頭のどこかで考えつつ頭を抑えて部屋へと戻る。  どうしてこうなったのかはともかく、とりあえず言いつけを守ってバールに相談しに行こうとドアのある方へとふらふらと歩いていこうとしたのだが 「――?」  ベッドの方に何か紅い靄のようなものが見えた。  明かり一つ無い部屋の中ではありえない事。気のせいかなと思いつつも気にはなったのでそちらの方へと視界を移す。 「!?」  ベッドの脇の机に置いてあった例の真っ白なノート……いや、今はそうではなかった。  本の表紙全体を淡い紅い光が縦横無尽に走り、異様な雰囲気を醸し出す。 「これは、一体……?」  頭痛の事などすっかり忘れてそれを手に取り食い入るように見つめる。  破れたほうからペラペラとめくるものの、どのページもそのような感じで先ほど見たそれとは別物なのではないかと思えるほどの変わり様。  さっきの現象や俺の頭痛と何か関係があるんじゃないか、と確証も何も無いがそう思う。  そのノート――大体ページ数は50ほどだろうか。ただめくるだけならすぐ終わる。どこもかしこもその異様な光を湛え、猛烈な勢いでページ内を走る。 「………………」  ただ、最後のページ――表紙から数えると1ページ目――だけは違った。  そこだけは元と変わらず真っ白のまま……いや、端に何かが薄っすらと浮かんでいるものの他のページと比べると変化自体は酷く少ない。 「ん……?」  薄っすらと浮かぶそれはよく見ると他のページの紅い光とは違い何か文字を、一単語だけ記していた。 eXar-Xen  ただ、ただそれだけ。  別に他に何かがあるわけでも無いが、それだけが文字の形をしているのも不思議な話。 「イグザ……ゼン?」  eXar-Xen……イグザゼン。  何とも言えぬ不思議な響き。初めて知った言葉のはずなのに、いつか――遠い昔に耳にした事があるような、不思議な感覚を覚える。  だが懐かしいとは言えない。ただ忘れていた何かを掘り起こされたような―― 「!?」  そこまで考えたところでまたもや異変。  淡く輝いていたそのノートの光度が急激に増し、眩いばかりの紅い光で部屋中を照らす。それと同時に今度は猛烈な振動が部屋全体を襲う。  本棚は倒れ、壁に掛けてあったコレクションの数々もまとめて落ちていく。今度は地震か!と思うも何かが違う。  そう、何かが違うのだ。その何かが分からないのだが明らかにこれは地震ではない。もっと言えばそんな生易しいモノでもない。  ノートの輝きもそう考える理由だが、最大の理由は目の前の空間が独りでに形容し難い形へと歪み、変化していた事にある。 「………………」  空から降って来た白いノートが顔面を直撃し、空が爆発したように光ったと思ったら、今度はそのノートが光り出したり、更には地震が起きたりと、 次から次へと起こる怪奇現象の数々にもう何が起きても驚かないぞと息巻いていたさすがの俺もこれには前言撤回して驚かざるを得なかった。  正直声も出ないがぶっちゃけ必要もないだろう。もうどうにでもなれと内心思う。  その歪みは出現した直後は何がなんだか分からない不定形なモノだった。  ただそれは着実に、着実に変化し、人の形のような何かへと姿を変えていく――宙に浮かぶ俺よりふた回りぐらい小さな何か。  それは曖昧な「人の形をした何か」から確固たる「人」へと急激に変化していき、何者かがそこより現れようとしている事だけは俺にもはっきりと分かった。  一体何が現れるのかとその歪みに面と向かって身構え、でも足はがくがく震える。部屋の揺れ自体は先ほどからずっと継続しているものの、足の震えはそれが原因では無いだろう。 「――――――!!」  振動はこれ以上なく膨れ上がり、歪みはこれ以上なく人の体を取り、俺の足の震えもこれ以上なく大きくなり、心臓の鼓動も破裂するのではないかと思うほど高鳴る。  あと数分もこれが続けば死んでしまうのではないかと思えるぐらいだった。10秒が1分にも思える緊張感。  ただ頭のどこかではこのようなこれ以上なく非現実的な現象に立ち会えて、ある種高揚している俺もいなくも無い。 ――そして、それは不意に起こった。  人の歪みは列記とした人となり、振動は一気に収まり、部屋いっぱいを染めていた紅い光も、頭に響いていた頭痛も、全てが全てまるで潮が引けるように収まっていった。 「―――――――」  宙に浮いていた人の形をしていた歪みは見た目幼い少女のものだった。  テレビで見た事のある軍のパイロットスーツにも似た身体のラインがもろに出る黒いスーツを纏い、銀を下地に見た事もない不思議な光沢を放つ長い髪が印象的。 「―――――――」  ただただその子に見とれる俺。  病的なまでに真っ白な肌、人形のように整った顔立ち……およそ現実的ではない。まるで物語の世界か何かから飛び出してきたような――なんて思っている内に現実に引き戻された。 「っ!?うぉっぷ!!」  いきなり倒れこむように俺に向かって圧し掛かってきた少女。意識が無いのか全体重がこちらにかかってきたので 思わず相応で無い声を上げてしまったが、ちゃんとメシ食ってるのかと疑問に思うぐらいに驚くほど軽かった。 「………………」  一体何がどうなっているのかさっぱり分からないが、妙に落ち着き払った俺。  とりあえずこの子はベッドに寝かせておいて、バールに今回起こった事について相談しよう。あの人は自身の仕事については勿論、 顔も広いし色々な事に詳しい。今回の事についても何か分かるかもしれない。 「しかし……」  なんて彼女がもたれ掛かったまま考えていたが、やっぱり軽いとは言え色々柔らか―― 「晩御飯食べたー?食べたなら洗うから持って行くよーってなんでこんなに散らかって……?」  ノックも無くドアを開ける音。背後によく通った声。気配。悪寒。 「あ。」 「あ。」  もはや理知的な言葉は必要なかった。  原始の衝動が彼女を支配する。倒れたと思った幼馴染が誰とも知らない赤の他人の女を部屋に連れ込みあまつさえ抱き合っていた――その事実だけで十分だった。 「………………」 「……あ、いや、その、これにはふかーい理由がありましてですね……」 「………………」 「ひ、人の話を必要最低限聞くと言う慈善的精神はあなたにはない、よね……」  幽鬼の如く、ゆらり、ゆらりと歩み寄るベル。  その度に気圧され後退りするディー。少女は一応ベッドに寝かせられたが、もはや言い逃れは出来ないだろう。覚悟を決めた。 「人を散々心配させておいて当の本人は眠らせた子にコスプレさせて部屋に連れ込む。そんな趣味があったとは知らなかったが、それが答えか…… 忙しくて碌々見てられなかったあたしにも落ち度もあるが――いいだろう、お前には山ほど説教がある。楽しみにしてろよ……!」 「で、で、ですよねぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!!!!!」  その時の様子についてディーは「妙な事が色々いっぺんに起こったけど正直鬼になったベルが一番理解出来ず、一番怖かったよハハハ……」と後に語ったとか語らなかったとか。 ・ ・ ・ ・ ・ 『取り逃しただと……?』  そんな彼らの遥か上空。雲海の上方にて静止した「騎士」――シュバイゼンを駆るネモは外部の何者かと通信を行っていた。  ネモは先ほどと変わらぬ物静かないでたち。だが通信先の声の主は焦りや不快感といった心情を露にしていた。 『ああ、面目無い。イグザゼンの顕現化(マテリアライズ)……あれはアリス一人では、そもそも彼女が持っているはずのあんな不完全な式では絶対に不可能だ。だが……』 『閃光と共に消えたと言うのだな?』 『そうだ。』 『我々の用いている遠隔顕現と同じような原理だろう。不完全なイグザゼンを顕現させ、それによって生じた世界の歪みを利用し跳躍した……ざっと言えばこんなところか。』 『無茶をする……』 『理論立った段階を通ってないとすると、転移先はさほど遠くは無く、「複雑さ」の大きい所に自ずと再顕現する筈……ジャンクヤード012にエージェントとニューロソルジャーを送り込む事にする。 ネモ、お前達はそこでイグザゼンが生んだ大規模な歪みの監視だ。秩序立った混沌で無いそれはあの者達をこの世界に呼び込む可能性が非常に高い。自然消滅するまでの間、決して警戒は怠るな。』 『了解。』 『では、次の指令が入るまで現状維持。任務を続行しろ。』  通信が途切れる。  シュバイゼンのコクピット内部。ネモは雲海直上に生じた形容し難い歪みを目の当たりにしつつ誰に言う事も無く呟いた。 「「破壊」のロストフェノメオン……それを野放しにする事がどれほど危険な事か。アリス、お前は分かっているのか……?」  超越的存在の顕現を用いた跳躍。これは恐らく最後の賭けだったのだろう。  専門の理論や機器を用いず、指向性を伴わない遠隔顕現は何処へ跳ぶかも分かったものではない危険な代物。  そんなものを使ってまでお前は私達から逃れたかったのか? 「……………」  どうしてこのような事になってしまったのか……疑問は疑問を呼ぶが、まずは任務を果たす事が第一。我らの悲願の為にも、理想の為にも。  己が主の命ずるままにシュバイゼンの燃ゆる瞳は歪んだ虚空を見つめる。  それは彼の明日の様。その先に光はあるのか。その先に未来はあるのか――?                                                                                      Act.1_end #back(left,text=一つ前に戻る)  ↓ 感想をどうぞ(クリックすると開きます) #region #pcomment(reply) #endregion
 誰かが世界は丸いと言った。  他の誰かが青いとも言っていた。  丸くて青い、それが世界? ――いや。  違う?ああ、違うとも。  少なくとも今の俺が見る世界は違う。  世界は平面だ。  世界は灰色だ。  丸くも無く、青くも無い。  それが目で見える全てだったから。それが肌で感じる全てだったから。青くて丸い世界なんて嘘っぱちの狂言だと思っていた。 ――あの時までは。 eXar-Xen――セカイの果てより来るモノ―― Act.1  街外れのジャンク山。  うち捨てられた屑鉄がうず高く積み上げられたその頂上で、その山の内で見つけわざわざここまで運んできた 所々バネの飛び出て朽ち果てたソファーに寝転がり、その上に広がる空を見る。 「………………」  一面に広がるどんよりとした鉛色の雲。そして鉛色の空。  この街は曇りが多い。多分工場地帯のスモッグなんかが関係しているのだろうが まったく興味が無いので詳しくは知らない。ただ見てると押しつぶされそうな重圧を感じたりして正直あまり好きではない。 「ッ…………」 嫌気が差し身体を起こし、周りを見渡す。 「……………」  空が鉛色ならこちらも鉛色。  果てが見えないほどまで何処までも、何処までも広がるジャンク山……いや、海と形容したほうがいいかしれない。  一体何をどうすればこうなるのか……噂では大昔の戦争で用いられ、壊れたり必要が無くなった兵器がここにうち捨てられたなんて言われているが、 どう考えてもその類ではないモノが大部分。確かに噂の元になったであろうものも無くはないが、ぶっちゃけあってないような物。 まぁ実際のところ誰もこの起源を知る者はいない。あまりにも身近にある為に深く考える事も無い……そんな所だ。 「……………」  そして俺の職業はジャンク漁りもといスカベンジャー。  このジャンク山でまだ使えそうな物を見つけて専門の業者に売り渡して生計を立てている。  勿論そうそう高く買い取ってくれる物が見つかる訳でもないのでこれのみで生計を立てるとなるとかなり厳しい事になるだろう。  ただそうやって宝探しをしていると色々面白い物を見つけることもあるので退屈はしない。趣味と実益を兼ねる、というと言いすぎだが大体そんな感じである。 「ディー!」  山の麓から聞き慣れた声が聞こえる。  かなり距離はあるのだが、そのよく通った声は痛いほどに耳に響く。 「ディー!聞こえないのー!!」 「頭に響くぐらいには聞こえてる!どうしたんだ!ベル!」  声の主はベル。ベル・リングダム。  弟のウェル・リングダム、育ての親であるバール・リングダムと一緒に機械整備工「リングダム・メカニズム」を商っている。 俺のお得意先であり、保護者でもあり、幼馴染でもある。 「どうしたんだ、じゃないでしょー!そんなところでサボってないで仕事しろー!」 「はいはい……」  まぁ、世話焼きなのはいいが少しは俺の自由も尊重してほしいものである。  スカベンジャーという仕事は、収入は安定しないもののその分自由な時間を個人で好きに取れる。  仕事が仕事ゆえ当たり前か。ただサボりすぎると苦労するのは自分なのでほどほどにしないと痛い目を見るのだが。  勿論俺もそれは重々承知しているのだがあの茶髪お下げはそれを許してはくれない。先月のノルマが目標より少し下だったからって一々そんな騒がなくても。今月はいいもの拾ったんだし……  そんなこんなで外から聞こえてくる雑音はシャットアウト。  俺の自由時間を自ら尊重し寝転がり空を見上げていると、視界の一部が突然何かに遮られた。 「……?」  始めは虫か何かかと思った。  次に白い点に見え、その次には白くて四角い何かに見えた。 「――――」  急激に大きくなっていくそれ。  何かが頭上に落ちてきていると気付いたときには遅かった。 「!?」  見事顔面にクリーンヒットした何か。視界は文字通り真っ白に染まり、尋常ならざる音が自らの頭部から聞こえ、ベルにもそれが届いたのか慌てて駆け上がってくるのを感じてから俺の意識はぷっつりと途切れた。 ・ ・ ・ ・ ・ 「……ぃ……おーい」  何処からか声が聞こえる。  目を開けると見覚えのある天井……それがウチの物置のそれだと気付き、さらに声の主が頭の脇にいると気付いた俺はそちらに顔をゆっくりと向けた。 「あ、気がついた!大丈夫?ディー兄ちゃん!」 「この馬鹿、頭だけは頑丈だからあの程度でどうこうなるワケないじゃないの。」  純粋に心配してくれて涙目になってるウェルと、そっぽを向いてふんと鼻を鳴らし皮肉たっぷりなベル。ああ、助かったんだなと安堵し、いつも通りの2人を見て更に安堵した。 「こーれ。泣きべそかきながらワシのところまでディーを運んできたのは誰じゃったかな?」 「バ、バール!そんな事言わなくても!」 「ふぉっふぉっふぉっ」  何やら機械のコンソールを操作しつつ楽しげに笑うバール。妻に先立たれ、子供もいなかったこの人は孤児だったベルとウェルの姉弟を引き取り、  更に何年も前に行き倒れになっていたらしい俺も拾ってくれて今まで育ててくれた。実の親のように接してくれて、ベルとウェルも俺と同じように彼を慕っている。  ちなみに2人ともバールの仕事を手伝っているが、残念ながら俺には機械の才は無かったので、せめてもの恩返しにと2年ほど前から始めたのがスカベンジャーだった。 「俺は……」 「頭の骨が何本か折れたような音がしたとベルが言っておったが外傷は無し、脈拍も安定、その他もろもろオールグリーンなのに意識だけ失っていたのじゃ。」  そう言いつつバールは俺の周りにあった機械をてきぱきと片付けていく。  それはジャンク山で発見された自動で様々な診察を行ってくれて、更には簡単な傷ならそれも治療してくれる機械。非常に高い技術が用いられており中身は完全にブラックボックスだが  使用方法のマニュアルがあったり同じ種類の機械が結構見つかったりしているのであのジャンク山にこれを捨てた連中の間では広く普及していたらしい。  わりと高い値で取引されている保存状態のいい物を俺が少し前に見つけ、家にまで持ち帰り売り払うかどうか考えている矢先の出来事がこれだった。 「しかし頭に空から降って来た本が直撃したなんて、この街でも今の今まで誰もおらなんだじゃろうなぁ……」  かわいそうにと付け加えつつ手元にあったそれを寄越してくれた。 「これが俺に……?」 「そうじゃ。そこまで分厚くも無いが、顔にぶつけるものでもあるまい。」  真っ白なノート。ぺらぺらとページをめくってみても何も書かれてはいない。その上最後まであるわけではなく途中で無造作にちぎられているときた。 「……一体何処から降ってきたんだろう。」 「さぁのぉ。世の中には不思議な事もあったものじゃ。」  空から降って来たノート……どうせなら女の子が、という妄言は置いといて  ノートもノートで中々夢があっていいじゃないと思わなくも無いがせめて落下地点ぐらい考えてほしいものだ。 「じゃあワシは作業に戻るから、何かまた具合が悪くなったりしたらすぐ呼んでおくれよ?」 「分かった。」  よっこいしょっと立ち上がり、工場に戻るバールの後姿を眺めつつ、俺は白いノートに目をやる。  遭遇した出来事が出来事だからかただ単に自分が思っているだけかもしれないが、何やら不思議な雰囲気を放っているように感じる一品。  まぁ実際はただの何処にでもありそうなノートなのだが…… 「気味が悪いしとっとと焼いちゃいなさいよ。」 「いや、記念にとっとくよ。ある意味貴重な体験だし。」 「ディー兄ちゃんがそう言うんだし、いいんじゃないの?姉ちゃん。」 「むー……ま、まぁそう言うならそれでいいわ。あと今日は自室で謹慎!あんなとこでサボってるからこんな目に遭うのよ!」 「それは結果論だろ!大体なんで謹慎なんか……おっとと。」  そういいかけてふら付く足取り。  それ見たことかとベル。大丈夫とウェル。 「そんなんじゃ仕事どころかサボる事も出来ないわね。ほら、分かったらさっさと身体を治す!」 背中を押され、自室に繋がる階段のほうまで連れて行かれる。 「あたし達も作業に戻るから、あんたの今日の仕事は身体を休む事。いい?」 「へいへい……」  これ以上何言っても仕方ないと考え自室に向けて足を運ぶ。  そこは元々倉庫だった場所を俺が一人部屋がほしいとバールに頼んだところ改築してもらったもの。一人の部屋としては十分過ぎる位の広さがある。  中にはジャンク山から拾ってきた使えそうで使えなさそうなものや、面白そうなものがいくつか飾ったり机に置いてあったりしているが、  そこまで散らかっては無く我ながら小奇麗にしていると思う。 「はぁ……」  ため息一つ吐きつつベッドに横たわる。  そのすぐ脇にはベランダがあり、暮れ行く空に色とりどりの照明が輝くこの街の工場地帯が一望出来る。 「………………」  眺めは悪く無いが正直見飽きた光景。ノートをベッドのすぐ傍の机の上に置き、シャッとカーテンを閉め毛布にくるまり大人しくしておく事にする。  確かに出て行きたいのは山々だがまだ少し頭がふらつくのもまた事実だし、抜け出そうものならベルになんて言われる事か ……なんて考えていると本当に眠たくなっていき、俺は夢の世界へと旅立って行った。 ――――机の上に置いたノートの表面に、電子回路の如くほんのりと赤い光が幾重にも走っている事も知らずに #back(left,text=一つ前に戻る)  ↓ 感想をどうぞ(クリックすると開きます) #region #pcomment(reply) #endregion

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