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第三話 「α12遺跡」」(2010/01/31 (日) 18:16:40) の最新版変更点

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 『Diver's shellⅡ』  第三話 「α12遺跡」  第二地球暦148年 8月28日 14時33分  α12遺跡海域  ダイブスーツを着るといつも悲しくなってくる。  感傷に浸るだとか、悲しい過去が、とか、その類の悲しみではない。それは、そう、『1+1=2』が不変だという事実にも似ている。  手足に布地を馴染ませ、全面のチャックを上まで引っ張る。手首にあるスイッチを押し込むと、スーツそのものに仕込まれた電子機器が眼を覚ます。  潜水機は構造上、人の乗る部分は狭くならざるを得ない。狭く身動きが取れない上に長時間の精神的な負荷を与えられる。それに対処するためにダイブスーツは高機能に作られている。  疲れにくくする繊維構造や、バイタルデータの採取、体温の調整など。その構造上、ダイブスーツは水着のように体を締め付けるようになっているのだ。  ―――……小難しい説明を飛ばして悲しくなってくる原因を言うと、『体型がモロに出る』ということだ。  脂肪が少なく、筋肉も少ない、良く言えばスマート、悪く言えば貧相な体型。  ジュリアは、結局膨らむことなくここまできてしまった両胸を一瞥し、溜息をついた。  大人になれば大きくなるとちょっと期待していたのだ。でも現実は違った。悔しいというか、やるせない。男勝りな彼女だが、思考と性格の全てが男性ではないのだ。  胸などいつ使うかも分からないが、理由もなく悲しい。よく分からない。  ダイブスーツが体に馴染んだことを指先で触れて確かめる。首、腰、腕。大丈夫。違和感は無い。外気温を遮断してくれるので、今の大気の状態が分からないが、それが普通だ。  準備は整った。ジュリアは、先に潜水機ハルキゲニアに乗り込んでいるクラウディアの元へと足を進めた。  運転席から船首へと行けば、穏やかな海が見えてくる。程よい角度で光り輝く太陽から降り注ぐ日光が海面に反射して、不規則かつ規則的な光の渦を眼に届け、ダイブスーツに光の濃い部分と薄い部分を映す。  船の中央にある潜水機の格納庫へと入る。ごろりと寝た体勢の潜水機ハルキゲニアがあり、股間の部分の『殻』の前面が開いていた。歩み寄って、中に声をかける。  「もう行けそう?」  「あーそーねぇ。……はいはいっと。行けるかなー」  中からキーボードを叩く音や、レバースイッチを操作する音がしてくる。慌しくも聞き馴染んだ音だ。  中へと乗り込み、前の操縦席へと腰をかける。すると『殻』が閉鎖され、外部と内部から固定される。これで二人は外部とは完全に遮断されたことになる。  メインシステムを起動。クレーン車が動くような重厚な音がして、潜水機の間接部などが微かに動き、操縦席内部に外部の映像が投影され始めた。電池から本格的に電気が送られ、潜水できるようになった。  ジュリアが後ろを見てみると、席の端っこからこちらを見てきていたクラウディアの顔があった。つまり顔だけ出ている状況だ。刺さりそうなアホ毛がクラウディアの頭から突き出ている。  全ての確認が終了した。機体を投下するために安全装置を解除。格納庫の床のロックが解除された。  「よし、行くぞ」  「どうぞ~」  床が開き、二人の乗った機体が海へと投じられた。  鋼鉄の闖入者に腰を抜かした魚群が四方に逃げた。  ハルキゲニアが、光の無い暗黒の世界を落ちている。  否、沈んで行くというのが正しいのだが、自らの推進力でほぼ真下へと向かっていっているのだ。  脚部のスラスターを動かすことなく、背中から生えた水中翼で位置を調整しながらの急速潜航。時折一瞬だけライトを点灯して周囲の様子を探りながら、機体の各部からゴマ粒ほどの気泡を上に昇らせつつ泳ぐ。  肩に引っ掛けられているのは、長距離魚雷を発射する三連装魚雷ランチャーに、中世の騎士が装備するようなランス型のパイルバンカー。足や胸には、筒状の何かが取り付けられている。『とっておき』だ。  今二人が挑戦しているα12遺跡はさほど難しい遺跡ではない。採石場のような構造の谷にへばりつくように広がっており、無造作に空けられた縦穴が無尽蔵に存在する遺跡である。  深度5000m地点。機体の右脚スラスターが不調を訴えるが、二人は動揺もせずに黙々と対処する。中古の機体を改修しては改造してきたこの潜水機には良くあるトラブルなのだ。  十字型の、ヒトで言う『眼』の中で複数のセンサーが蠢いている。遠くから見れば十字のモノアイだが、近くで見るならば、十字の中にセンサーやらカメラやらが入っているのが見えるだろう。  ハルキゲニアなど、よく知らないヒトが聞いたらかっこよく聞こえる名前だろうが、その実は奇妙すぎる生き物の名称で、機体だってオンボロ。名前が全てを表しているとは限らないのだ。  水圧で軋む各所をなだめながら沈んでいく。マリンスノーは見受けられず、深海魚の姿も希薄。音を立てないように、下へ、下へと潜る。  ジュリアはニコチン不足を感じながらも緊張を解かず、集中も切らさずに海底を睨んでいる。クラウディアは、眠たげな顔をキリリとさせ、キーボードを叩き、レバースイッチを操作している。油断で死んだら死ぬに死ねない。  ――深度、5100m。音は無い。  ――深度、5300m。機体を反転させ、背面部可変水中翼で安定をとりながら脚部スラスターにより急減速。みるみるうちに迫る海底スレスレのところで機体は静止した。  上を見ても何も見えはしない。頭部や機体各部のライトで照らしても、一方的に吸い込まれていくばかりである。  5300mもの海水の圧力に屈することなく活動できるのは、ひとえに潜水機という『殻』のお陰に他ならない。  「さて」  操縦席にてジュリアは呟いて、機体をのんびりと進め始めた。α12自体は何度も潜ってきたので慣れがあるのだ。  ニコチンを求める脳細胞と肺胞をなだめ、肩に装備してある三連装魚雷ランチャーを装備する。そして、遺跡にはゴロゴロ転がっている手ごろなブロック状の岩に身を隠し、カメラを遠距離用に切り替えた。  遺跡までの距離はそう遠くない。でも、万が一ガードロボなどがいたら面倒なことになる。  遠距離用スコープ展開。長距離誘導も可能な魚雷の込められたランチャーを構える。  遺跡で一番近い入り口前。拡大、拡大、人間の見えない領域の光を照射、増幅、処理。潜水機よりも小さい人型のガードロボが四機ほどふわりふわりと漂っているのが確認できた。  誘導は必要か? 二人が乗っている機体が誘導出来る魚雷の数は三発が限界だ。それ以上となると正確性に欠ける上、そもそもランチャーが三連装なのだから。  さて、ジュリアはもう一度思考に問いを投げかけた。誘導は必要か、と。  「誘導頼む」  「分かってるわよん。でも高いから撃ちたくない」  「……はぁ、撃つ」  口を尖らせて魚雷の値段を念仏のように唱える相棒を無視。引き金を三回落とし、彼女らが持てうる最大の遠距離攻撃を構成する。  瞬時にクラウディアの頭脳が三次元に魚雷の軌跡を描き出す。キーを叩き、自動で誘導が始まった魚雷三発の軌道を修正、敵の移動すると思われる進路を想定して、爆発の位置までを叩き込む。  魚雷は僅かな気泡を牽引して水中を飛翔していく。やっと気がついたガードロボが回避に移行するが、もう、遅い。四機の数の利を生かす前に、三発の大型魚雷がもたらす膨大な爆発の波に飲まれて粉みじんに砕けて海に散った。  遠距離モード解除。三連装魚雷ランチャーの装填が終了するまでブロックの陰で身を潜める。装填のためにランチャー備え付けの器具がうぃんうぃんと頑張っている。  装填終了。敵の居ないときの装填は大して心に影響を与えないが、戦闘中だと、妙な言い方をすると漏らしてしまうような錯覚を覚える。  それはさておき。  敵が消えたことを確認、ソナーを解禁して遺跡の構造を入手してあった情報と見比べると、ブロックを乗り越えて入り口へと近づいていく。  入り口は、頑強な作りの装甲に鉄鋼弾が飛び込んだよろしく、無理にこじ開けられたように見える。最初に入った人間がそうしたのか、初めから妙な構造として造られているのかは分からない。  不恰好な入り口へ前で機体を止め、頭部ライトを全開にして内部を照らす。ある程度真っ直ぐ行ったところで下に降りれる構造らしい。  遺跡内部ではランチャーよりもランス型のパイルバンカーのほうが頼りになることが多い。遠距離用の魚雷は威力は申し分が無くても、取り回しが効かないのだ。肩から手に握って、入り口へと確認の為に差し込む。  妙な罠は仕掛けられていないようだ。ジュリアは、大胆な動きで入り口から遺跡内部に侵入して、脚部スラスターで中へと進み始めた。  ジュリアは、指で何かを挟む真似をして、その架空のなにかを口に挟む。  「……タバコ吸いたい」  「だ~め。換気装置が不調な上に密室なのよ~? 燻製になっちゃう」  「私は構わないンだけど」  「私がだめなの」  おおらかな性格のクラウディアだって、狭い室内でタバコの煙に包まれて仕事はしたくはあるまい。酒は呑めてもタバコだけは吸わない主義であった。  後部座席に湿った眼を向け、作業を再開した。  嗚呼遠きかな理想郷(喫煙)。  「だから、」  ランス型のパイルバンカーを上段に掲げるや、両手に握って、ガードロボの強固な装甲に突き立てんと。  同時、通常思考領域からパイルバンカーの残弾情報を一時抹消、引き金を落とし、落とし、連射連射、連射。  「いい加減くたばれって言ってんだよ!」  火薬の力で加速された杭が、球体にアームをつけた形状の大型ガードロボの装甲に蜂の羽ばたきかくやという前後運動で破壊を叩きつけ、穿ち、その内部にまで余波を行き渡らせた。  ガードロボの機体から電流が生じて、やがて静かになる。ランス型パイルバンカーが排出した薬莢が連なって落ちて沈黙した。  まさか大型のガードロボが出てくるなんて思ってもいなかった。ジュリアは額の汗を拭って、つい今しがたブチ壊したガードロボの残骸を観察した。装甲に大穴を空けられ内部を破壊されては動けまい。  「激しいんだから♪」  「……勝てないから仕方ない」  ジュリアは意味無くハイテンションな相棒にそう言い、脚部スラスターの出力を上げてガードロボを乗り越え、向こう側へと進む。そこにはのべ棒状の金属が山を成していた。  狭い『部屋』に金属の延べ棒。罠の臭いがプンプンしてくるが、迷うことなく拾い上げる。何も起きなかった。  遺跡に放置された合金は多種多様だ。中には地上でも良くあるくず鉄を掴まされることもあるが。  機体から取り出した小型ネットで延べ棒を括り、腰の収納箱の中に放り込んで蓋を閉める。  『部屋』は飾りと機能性を排除したような……つまり、何も無い空間だ。例の如く回廊を探索したところ、曲がり角のところで見つけたのだ。  「クラウディアー……臭うと思うんだ、ここ」  真面目な口調でジュリアが言えば、クラウディアは今しがた湧き出てきた思い付きをニヤニヤしながら言った。  「ぇぇ~~、私ちゃんとお風呂入ってるん」  「あのねぇ……」  「嘘嘘。たぶんきっとおそらくぜったい何かあると思うわよぉ」  「どっちだよ」  「あるんじゃない?」  どこまでもふざけた会話だが、これが普通だから困ったものだ。  当てにならないどころか聞かないほうが為になるであろうアドバイスをさらりと流し、機体の手を部屋の壁へと押し当てた。装置作動。内部に何かが無いかを探る。  後部座席、クラウディアの目の前に表示された情報。それを処理し、適切なソフトを当てて眼に見える形としていけば、徐々に内部が見えるようになる。  クラウディアは口笛を吹いて、エンターキーを強く叩いた。  「ビンゴぅ!」  「入る」  「なによ~……こう発見の喜びに打ちひしがれて逆立ちでも」  「操縦席で出来るなら、そりゃきっと小人か何かだろ。いいから仕事」  ハルキゲニアの腕の一部が変形、先端の尖った器具がせり出る。それを壁に押し当て、切断をし始める。だが傷一つつかない。ついてはいるが、出力を上げても溶けない。  出力を最大に上げた。だが、いつまでたっても開きそうにない。ジュリアは、カッターを引っ込めた。  「もっとイイの積んでなかったっけ?」  「あったわよー……ガードロボの口に突っ込んで壊しちゃったけどー」  「………わ、悪かったな」  「バンカーでどうにかならない?」  「ちょっと待ってくれ」  カッターでは時間が掛かりすぎる。ということでパイルバンカーで穴を空けられないかを試すことにした。肩から手に握って、カッターを収納。密着させ、引き金に指をかけた。  一発。炸裂、射出、しかし穴は空かず。薬莢が排出されて音をたてた。  ランス型パイルバンカーをどけて壁にライトを当てて見てみるが、多少凹んだ位の変化しか無い。  ジュリアは壁の一箇所を見遣る。そこには、文様の刻まれたプレートのようなものと、端子の差込口のようなものがあった。  これはもしかするとそうなのか? そう思い、背後の相棒に声をかけた。  「これ差し込むってことかね」  「仮にそうだとしても規格も性能も違うあれに入れるのはお勧めできないわ。……突っ込むのはお勧めできないわー、突っ込むのは」  「なぜ、言い直すんだ?」  「んふふ」  良くぞまぁ、深海でもテンションが低下しないものだと感心しつつ、その端子を睨みつける。映画ではこの部分を吹き飛ばすと扉が開くものだが、遺跡にも当てはまるのだろうか?  パイルバンカーの状態を確認し、先端を端子に向ける。一瞬の逡巡の後、引き金を落とした。  火薬の力で加速された杭が端子もろとも穴を穿ち、吹き飛ばす。緑色の奇怪な電流が海中に流れたが何も反応が無い。端子の中の構造が垣間見えた。封じられていたのだろうか、気泡が立ち上った。  二人は、その場所を見つめたまま押し黙った。  「ジュリアー……。諦めて次行こー。この場所で頑張っててもしょうがない気がしてきたし」  「そうしよう。もう、正直この場所で頑張ってたらイライラして死にそう」  「じゃあタバコ吸ってもいい……って言わないわよん」  「……ちっ」  ジュリアは唇を撫ぜて、脳裏にタバコの形状を思い浮かべる。細長いそれが恋しくて仕方が無かった。計器の中に紫煙を求めても存在は見えない。  部屋から出るべく脚部スラスターを吹かそうとして、また片方の出力が上がらなくてつんのめるが、可変翼がそれを修正してくれた。そろそろ交換すべきなのかもしれない。  師匠から譲り受けた機体だけに、本体を棄てるのだけは許可出来ない。だが交換も必要。フレームのガタツキも無視は出来ない。  ハルキゲニアはライトを全開にして遺跡の中を駆けていった。  『月光』という名称のタバコを一本咥え、風除けとして片手で覆いを作り、安物ライターで火をつけた。  遺跡からの帰り道。高い位置で煌々と輝く星の海を見上げ、前から押し寄せる大気に紫煙を吐き出し、また吸い込む。クルーザーの揺れで体が上下に動揺するが、怖くは無い。  巡航速度のクルーザーの艦首に座って地平線を見つめる。クラウディアはダイブスーツを脱がずにベットで眠っている。仕事中は疲労を見せないのに、終わると糸の切られたマリオネットのように寝てしまうのだ。  半日の作業で得られたのは、金属の延べ棒やら、電子回路やらが大量。少なくとも燃料代や生活費にはなるであろう。  ジュリアは前髪をかきあげ、またタバコを吸い込む。一酸化炭素やら二酸化炭素やらニコチンやらが細胞を殺す。成分が血中に溶け込んでいくことにより苛立ちが解消されていく。  エンジンの音をBGMに、艦首に寝転んで、両腕を枕とする。本来モノを置く場所に寝転んでいるので狭い。  「ふはぁ……」  タンクトップの中に潮風が入り込んできて体を擽る。一仕事の後の一服は形容しがたい心地よさだった。指に挟み、火を見つめた。  「明日どうしようかな……」  仕事を終えて、明日は時間がある。  ふああ、と可愛げのある欠伸が一つ漏れ出した。ジュリアは、艦首で寝てしまうのは悪いと思っていても、耐え難い睡魔の猛攻に眼を閉じてしまい、やがて寝息を立て始めた。  口からタバコが抜け落ちて海に落ちて音を立てて消えた。                  【終了】 #back(left,text=一つ前に戻る)  ↓ 感想をどうぞ(クリックすると開きます) #region #pcomment(reply) #endregion

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