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グラインドハウス 第13話」(2011/10/10 (月) 16:00:06) の最新版変更点

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 数十分の間、マコトは個室のソファーに座らされていた。  小さめの部屋には2人のスタッフが居て、マコトを監視している。  マコトは自分の腕に触れた。  痛みはひいたが、まだ軽い痺れが残っている。  どうして、よりによってあのタイミングで……。  せっかくイナバさんが手当てをしてくれたのに。  ……もしイナバさんがいなかったら、俺は今頃……  脳裏に頭をかち割られた自分の姿が閃いて、ゾッとする。  ふりはらうように、頭を振った。  ……いったい、自分はこれからどうなるんだろう。  そう思ったときだった。  部屋の扉が開いて、スタッフが顔を覗かせた。 「オルフェウスさん、こちらへ。オーナーがお呼びです。」  事務室に呼び出されたマコトを待っていたのは、デスクに座るコラージュとタナトス、その前に置かれた椅子に腰かけ るキムラの3人だった。 「やぁ、アマギくん。」  明るく挨拶をしてきたキムラを無視して、マコトは彼の隣の空いている椅子に座る。 「さて……と」  机を挟んで向かい合うコラージュがそれを待って、口火を切った。 「まずはそうだね……状況を説明しようか。」  彼は退屈そうにひじ掛けに頬杖をついた。 「まずあの時何が起こったのか、ということだけど、実はグラウンド・ゼロのサーバーがクラッキングを受けた らしくてね。簡単に言えば、故障させられたんだ。」  やはりか。マコトはあまり驚かなかった。 「質問いいですか。」  キムラが手を挙げる。 「僕たちの勝敗はどうなるんです?」 「ああ、そのことだけど――」 「私が説明しよう。」  タナトスが割り込んだ。 「今回のこの勝負は無効とし、君たちには共に20万の報酬が支払われる。」  無効試合か。 「ということは、また後日再戦?」  マコトは訊いた。するとタナトスが仮面の奥の目をこちらに向けるのがわかる。 「再戦したいのか?」 「……いえ。」 「僕も遠慮したいです。」とキムラ。 「そうだろう。だから再戦は無い。これっきりだ。」 「――でも、それでいいんですか?」  キムラがわずかに身を乗り出す。 「僕たちは良くても、観客たちは満足しないんじゃ?」 「その点は大丈夫。」  コラージュが不機嫌そうに言った。 「チケットを払い戻して、合わせて家具の材料を2人仕入れてたからさ、それをあげたよ。」  マコトは意味が理解できず、聞き返す。 「女の子だよ、16歳と18歳の姉妹。依頼があって、彼女たちでペアの椅子とテーブルを作る予定だった んだけどね……」  そう平然と続けるコラージュ。吐き気がした。 「人さらいが……!」  思わず漏れたその侮蔑の言葉をコラージュは聞き付けて、指を突き付け訂正する。 「それは失礼だな。彼女たちの両親から正式に買い受けたんだよ。――ああもう腹が立つ。またいい材料の売り手を 探さなきゃならないし!最低額で見積もっても3000万以上の損失だよ!」 「話がそれてるぞ。」 「それてない!僕が言いたいのはねぇタナトス、僕は『犯人を絶対に許さない』ということだよ!」  コラージュは机に突っ伏すようにして目の前の2人を睨んだ。 「……つまり」  どことなく呆れた風にタナトスが言った。 「私たちは不正を手助けした、もしくは自ら不正を行った、タルタロス内部の『裏切り者』の存在を疑っている。」  空気が張りつめた。  マコトとキムラが疑われているのは状況から明白だったが、さらに危うい雰囲気になる。  タナトスが、こちらを見ていた。 「……俺か。」  マコトはその目を見つめ返した。  タナトスはうなずく。 「一番可能性が高いのは、アマギ君、きみだ。」  大当たり、とは言わなかった。 「俺は関係ない」  だがきっと今回のことには自分は無関係だ。  横目でキムラを見る。  彼は疑いに満ちた目をこちらに向けていた。 「そんなこと、ここで議論してもどうせ結論なんか出ないぜ。」  マコトはいかにも関係が無いような風を装ってそう言った。  コラージュとタナトスの2人は少し考えて、先にタナトスが同意した。 「その通りだ、コラージュ。結論はすぐには出せない。」  タナトスにそう言われ、コラージュは不満げだったが、やはりどうしようもなかったらしく、最後にはキムラと マコトに帰るように言わざるを得なかったようだった。 「――で、実際のところはどうなんだい?」  部屋を出て、別室で預けていた貴重品を受け取ったあたりで、キムラはそう訊いてきた。  マコトは未だぬぐいされない敵意を極力出さないように「知らないよ」と答える。 「本当にアマギくんじゃないのか。」 「ああ。」 「なるほど……」  彼は考えこむような仕草を見せる。  この人畜無害そうな少年が、さっきまで自分を殺そうとしていたなんて。  いや、それはこうして普通に会話している自分も一緒か。 「何を考えて?」 「ああ、いや」  彼はマコトを見る。 「これから僕たちへの監視は厳しくなると思うんだ。だから、気をつけなくちゃなって。」 「……ああ、そうだな。」  同意する。この騒ぎに関係があると思われているのなら、そうなのだろう。  2人は部屋を出て、廊下を進む。分かれ道でキムラは立ち止まった。 「じゃあ、僕お腹すいたからご飯食べてくるよ。アマギくんは?」 「いや、俺はいい。」 「そう、じゃ、ここで。」  キムラは笑ってひらひらと手をふる。 「また明日――は日曜か。じゃあ、また明後日、学校で。」 「ああ……『また学校で』。」  そんな、いたって普段通りな挨拶を交わしてから、キムラは廊下を曲がった先に消えていった。  どこかもやもやした気分のまま、タルタロスを出る。意外にもまだ外は明るかった。  全身の痛みと疲労で重い足を引きずりながら広い駐車場を横切る。すると目の前に街灯がある――最後にユウスケを 見た場所だ。  複雑な気分でそっちに目をやると、街灯の下に誰かが立っているのが見える。その人物は背が子供のように小さく、 灰色のパーカーのフードを目深にかぶっていた。ショートパンツにニーハイソックスという格好から、女性であることが 判る。彼女はまっすぐにマコトを見つめていた――まさか。  マコトは彼女へ向けて歩き、前に立つ。 「あなたはもしかして――」 「――危ないところだったね。」  その声はやはり女の子のものだ。聞き覚えがある。 「キムラくんにやられるところだった。」  彼女は微笑んで、ゆっくりとフードを脱ぐ。  マコトは予想はしていたものの、驚きはやはり大きかった。 「もしかして、あなたが――」 「そうだよ」  彼女はジップパーカーの前を開ける。そして、快活に笑った。 「『はじめまして』、マコト・アマギくん。私がアヤカ・コンドウさんから君への協力を依頼された――」  大きな瞳で、マコトを見据えて―― 「――『サイクロプス』だよ。」  ――ミコト・イナバはそう言った。  目の前のテーブルにマグカップが置かれる。中に満たされたオレンジジュースの色は鮮やかだった。  マコトを自宅へと誘ったミコト・イナバは、マコトとテーブルを挟んで椅子に座り、同じものが入ったコップを口にする。  その姿はどうにもギリシャ神話に登場する1つ目の怪物のイメージからはかけはなれていた。 「どうして『サイクロプス』なんだ?」  マコトはまず、それを訊いた。  イナバはあの大きな目でこちらを見て、コップを置く。 「君は『サイクロプス』って聞いてどういうイメージを持った?」 「そりゃあ……」  よくRPGの敵キャラクターで見かけるようなビジュアルの、恐ろしい怪物だ。 「うんうん。そんな怪物から、こんな可愛い女の子は普通連想しないじゃん?一種の偽装だよ。」 「自分で言います?」 「あームカつくー」  彼女は言いながら笑う。 「それと、私が色んな人に色んなものを作ってあげてるからだね。神話のサイクロプスは鍛治屋さんだから。」 「なるほど……『色んなもの』って?」 「ハッキングツールとかセキュリティソフトとか、あとちょっと違うけど情報を売ったりもするし……あ、そうそう」 「なんですか?」 「タルタロスのプレイヤーたちにチートデータを売ってるのも私だよ。」 「え?」 「本人の希望を聞いて、ICカードに改造データを書き込んであげるんだ。だからタルタロスの人たちはだいたい私を ――じゃなくて、『サイクロプスを』知ってると思うよ。」 「……そうなのか」  ……ということは、イナバさんが、間接的に俺を殺そうとしたと言えなくもないのかも。 「じゃあ、昨日俺を助けたのも、タルタロスの命令なのか?」  すると彼女はぶんぶんと首を横にする。 「とんでもない!私はタルタロスとは関係無いよ!」 「でも、協力してる」 「タルタロスはただのビジネスの相手!あんな趣味悪い人たちは私だって大嫌いだよ!だからコンドウさんと 協力しているんだし、昨日、怪我をした君を助けたのだって――」 「それはどうしてだよ」 「――私は卑怯な人が許せないの!あんなの、見過ごせないよ。」 「でもチートデータを売ってる。」 「だからそれはビジネスだって!勝負に挑む人間が万全の準備をするのは当然でしょ。今回の勝負に関しては、 むしろ、情報収集を怠って無策で挑んだ君に非があるよ。」 「……じゃあ、なんで今日、俺を助けた」 「それはコンドウさんからの依頼があったからだよ。契約に違反するわけにはいかないもん。」 「……そうか」  なんだろうか、この、納得できるような、できないような感覚。 「……最初に俺を助けた時に、なんで自分が『サイクロプス』だと名乗らなかったんだ?」 「それは……君を」 「俺を?」 「君が、どんなヒトか知りたかったからだよ。」  そう、イナバはまっすぐにこちらを見据えて言った。 「もしも私が、君を信用に足らないと判断したら、私はこの契約を解消するつもりだったよ。だけど、 君と直接交わした会話、タルタロス内での言動――こっちは監視カメラを勝手に覗かせてもらって――を見て、 私は、君を信用に足ると判断したの。」 「……その根拠は?」 「『カンと経験』!これでも、人を見る目には自信があるんだよ!」  彼女は明るく笑う。  その屈託のない笑顔に、マコトはなんだかこれ以上警戒するのが馬鹿らしく感じた。  少なくとも彼女は味方であることがはっきりしている。ならば、これ以上険悪な雰囲気で話すのはお互いに マイナスだろう。マコトはそう判断して、オレンジジュースを口にしてから、改めてイナバを見た。 「や、疑ってすいません。でも納得しました。」 「気にしてないよ。こっちもちょっとやり方に問題あったかもだし。」  イナバは微笑み、首を少し傾ける。  それから2人は他愛も無いことでしばらく談笑した。互いの家族のことや、今の生活のこと。好きな音楽や、 休日に何をしているか、など。 「そういえばさ、アマギくんって映画とか好き?」  イナバがそんなことを言い出したのは、その最中だった。  マコトは当たり障りの無い返事を返す。すると彼女はぱぁと笑って、「じゃあ明日の日曜日ヒマ?見たい映画が あるんだけど、ちょっと付き合ってよ。」  そうして彼女は自分のサイフを取り出して、そこから2枚の紙を引き抜く。それは最近封切られたばかりの人気 アクション映画シリーズの最新作のチケットだった。 「知り合いからもらったんだけど、1枚もったいないからさー、ね?」  少し小首をかしげるようにマコトを見てくるイナバ。  いったいどういうつもりだろうか、マコトははかりかねていた。 「もしかして、予定ある?」 「いえ、そういうわけでは……」 「じゃあ、行こうよ!」  彼女は決まった、と言わんばかりに大きな笑顔になる。その勢いに、マコトは思わず頷いてしまった。  しかし、それを少し嬉しく感じている自分もいることに、まだ少年は気づいていない。  奇妙な空間だった。  眩いばかりの照明に照らされた広い部屋の中心には、これまた奇妙で巨大な物体だけが置かれている。  その物体は、銃弾すら弾き返す強化ガラスで組み上げられた立方体の透明な箱で、内部には固定された机と椅子、 仕切りも何も無い和式トイレ、これもやはり固定された小さなベッドがある。  それは牢屋だった。  ただ普通の牢屋ではなく、犯罪者の中でも特に危険な人間のみが特別に入れられる牢屋だった。  牢の主は、さらにその牢屋の中心にて半裸で逆立ちをしたまま、腕立て伏せのようなことをしている。 彼の周りの床は既に流された汗で濡れていた。  牢屋の天井に、これも破壊されないように対策が施された監視カメラがぶらさがっている。  常に牢の主の姿を追うように設定されたそのカメラと一緒に備え付けられたスピーカーから音声が飛び出す。 「面会だ。」  その言葉に反応して主は軽くジャンプするように普通の姿勢に戻り、ベッドの上に脱ぎ捨てていた上着をタオル 代わりに身体を拭く。 「誰?」  主は上着を放り、一瞥もくれずにカメラに訊いた。規則によって短く刈り込まれた黒髪を、長かった頃のクセで かきあげる。 「いつもの彼女だ。」  そう聞いて主は部屋の入り口の方面の壁に近づく。『彼女』はこちらに来るところだった。  牢屋の周囲に張られた柵の前に立った彼女――アヤカ・コンドウは、壁越しに主を見て、挨拶と共に、その名を呼んだ。 「こんばんは。ハヤタ・ツカサキくん。」  ――今から1年前、そのテロ事件は起こった。  地下都市の人間たちが足を踏み入れることは無い地上という荒廃しきった場所で、長きに渡って、一般市民には知ら されないまま行われていた国家間の大戦争――莫大なエネルギーを生み出す『P物質』という燃料を原因としたそれは、 超巨大な『P物質』の塊を発見することで終息を見た。  しかしそのとき現れたのが、その塊を、自分たちの目的のためだけに破壊しようとした、史上最悪のテロリスト集団 『ゴールデンアイズ』だった。  彼らは自らの行為を『人類史上初の全人類を人質にとったテロ』と形容し、そして、その一環として、機密情報を―― 秘密にされていた国家間の戦争のことを――世界中に暴露し、大きな混乱を招いた。  現代史の重要な転換点として、永遠に歴史に刻まれるであろうその事件は、テロリストたちの名前から『金眼事件』 と呼ばれ、そしてリーダーの名前も共に広まった。  その名は、『ハヤタ・ツカサキ』。  今アヤカ・コンドウが透明な壁越しに相対している青年こそがそのハヤタ・ツカサキ本人であり、この最高レベルの 警備がされた国際刑務所の強化ガラス牢の主だった。 「まだ、生きているのね。」  アヤカはいつものようにいつもの言葉をかける。 「おう、まだ死にぞこなってるぜ。」  それに対してツカサキもいつものように応える。それほどまでに頻繁に、アヤカ・コンドウはハヤタ・ツカサキのもと を訪れていた。 「何をしていたの?」  アヤカが訊くと、ツカサキは頭をかく。 「筋トレくらいしかやることねーんだよ。暇すぎて死にそうだぜ。」 「ずいぶんと非効率的な死刑ね。」 「さっさと電気椅子に座らせて欲しいんだけどな。」  ハヤタ・ツカサキは死刑囚だ。金眼事件の主犯として逮捕され、国際刑務所コロニー・ジャパン支部に収監された彼は 国際裁判所によって死刑判決をうけている。  なのに未だに彼が元気に筋トレなどをできているのは、彼の身体が医学的に非常に貴重なサンプルであるということと、 精神科医や心理学者の団体が彼に大きな関心を寄せていて、死刑の執行に「待った」をかけているからだった。 「人気者はつらいぜ」  こんな状況で1年ほど過ごしても、収監前と変わらず軽口を叩き続ける彼の精神は確かに常軌を逸してるといえるだろうな、 とアヤカは思った。 「で、今日は何の用?差し入れなら大歓迎だぜ?」 「何も持ってないわよ。」 「ということは、『プレゼントはわ☆た☆し』ってことか。」  無視して、アヤカは軽く息を吐く。 「……とうとう、見つかったわ。」  その言葉にツカサキはわずかに今までと違う反応を見せる。 「……何をだ?」 「とぼける?」  ツカサキは何か言い返そうとしたが、思い直して頭を軽く横に振った。 「『俺』を見つけたんだな。」 「ええ。」  アヤカは腕を組み、ツカサキを余裕のある態度で見上げた。  それを見て、ツカサキは何が可笑しいのか、吹き出す。 「でもアンタには何もできない。知ってるぜぇ?左遷されたそうじゃねーか。」  アヤカの目元が一瞬ひきつる。ツカサキはそれを見逃さず、にやりとしてガラス面に手を突いた。 「元々はこの国の秘密機関の幹部だったのになぁ。正にエリート中のエリート中のエリートだったのに。それが今じゃ 『単なる警察』の『たかが管理官』だもんなぁ」 「そうね。」  耳障り、とでも言わんばかりにアヤカはツカサキをにらみつけた。 「きみがかつて起こした『金眼事件』……そのせいで、私は全てを失ったわ。」  せせら笑うツカサキを、アヤカは剃刀のような視線で突き刺す。 「奪いとってきた地位も、勝ち取ってきた名誉も、何もかもを、きみに奪われた。」  そうして彼女は青年を指差し、言う。 「……許さない。」  とうとうツカサキは耐えきれず哄笑する。 「ははは!だから『復讐』か――上等だぜ!」  ツカサキは諸手を大きく広げ、自らを閉じ込めているガラスの箱を見渡して言った。 「入るのも出るのも困難至極な箱の中にいる人間に!すでに死への恐怖を失った人間に!これ以上どんな地獄を見せてくれるんだ!? ……楽しみで、しかたないぜ!」  ツカサキもアヤカを指差す。 「復讐してみろ。さぁやってみろ。この壁の向こうに居ながら、死刑執行よりも早く俺を殺してみろ!」 「もちろん――」  アヤカは腕をおろし、微笑んだ。 「――この世で最も残酷な方法でね。」

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