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<~sunny day funny~>」(2011/09/23 (金) 01:16:54) の最新版変更点

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  ROST GORL 番外編 ある意味50スレ記念     朝だ。鶏がけたたましく鳴き、多くの人々が眠りから覚め、各々の生活をスタートさせているその頃。 彼女は深く布団に潜り込み、呑気に眠りこけていた。口元から涎が零れているとも知らず、幸せそうな寝顔を浮かべて。 しかし、朝がやってきた事を知らせる自然の目覚まし時計――――――――というべき朝日が、カーテンから入り込んでくる。 朝日は彼女の布団に容赦無く光のシャワーを浴びせて、彼女を起こそうとする。   彼女はもぞもぞと体を丸めて、その光から逃れようと目をギュッと瞑り、抵抗を試みる。 しかし一度覚醒してしまうと、彼女の意思とは関係無く、体は早く起きようとしてしまう。仕事がある日は常に早起きな為、その習性が休日であろうと働いてしまう。 その時、太陽をサポートするかの様に、傍らに転がっている、投げられたり殴られたりしたのかボロボロの目覚まし時計が煩くベルを鳴らした。   彼女はしまった、今日は休日だってのにと、心から悔やむ。昨日の夜、寝ぼけていた為か間違って目覚まし時計をセットしてしまった。 体に染みついている習性はここでも働く。目覚まし時計が鳴ったら必ず起きろ、と体が脳を叱責して、瞼を開けせようとする。 今日は貴重な休日なのだから、昼頃までぐーたら寝てるつもり、寝て曜日だったのに……彼女は習性道理に動く自分自身の体に舌打ちした。   ボサボサと頭を掻きながら彼女――――――――ユキハラ・テンマは寝ぼけ眼のまま、のっそりと布団から起き上がり起床する。   テンマが眠っている布団の周りには様々な物で溢れており、まるで足の踏み場が無い。尋常じゃない散らかりっぷりだが、テンマ自身、この状態が快適な様だ。 しかし散らかっている物にはカップ麺だとかコンビニ弁当だとかそういう食品的な物は無いので、異臭などは感じない。まぁ、不潔には変わりないが。   それにしても、不思議なのはその散らかっている物の種類である。 工業関係やロボット工学、建築物といった、いわゆる技術系の専門雑誌から、難解な科学雑誌や、哲学書や分厚い小説、自己啓発といった書物。 一体何に使うのか、ネジやボルトといった工具や、何度も何度も書き直されているが完成していない設計図や、制作途中であろうプラモデルや電子工作等々……。   要するに、女の子らしいファッション雑誌や化粧品、香水といったお洒落な物が全く見当たらない。言うなれば女っ気が全く無いのだ。 一見するとまるで男……というより、どんな人が住んでいるのか想像しにくい、そんな部屋である。見る人によって学者や、工学系の学生が住んでいるとイメージするかもしれない。   大きく欠伸をしながら背を伸ばして、テンマは布団から立ち上がった。 上下真っ黒色気皆無の、ダボっとしたジャージに、ボサボサとした髪の毛。そんなだらしない風貌でも、妙に可愛らしく見えるのはテンマの顔が整っているからだろう。 台所の蛇口を回し、一先ずコップを取り出してうがいをする。洗面所に移動して顔を洗い、タオルで拭いてボサボサの髪を解かし、いつもの髪型へと整える。 適当に食パンを二枚取り出してトーストに突っ込んで、そこそこ焼けるまで、フライパンで目玉焼きを焼く。相当年季が入ってるのか、フライパンの柄は焦げ茶色に変色している。 ちなみにテンマの得意料理は卵焼き、目玉焼き、スクランブルエッグ、卵かけごはん等の卵料理だ。正し、簡単に出来る奴のみに限る。     テンマがこのアパートで暮らし始めてから、既に三年の月日が経つ。 住み始めて二年位は、とある人から金銭的な意味で助けて貰っていたが、今はテンマ自身が家賃、及び生活費を全て賄っている。 三年前から、修理士と呼ばれる職業に着く為の専修学校に通う傍ら、ここに住み込み始めて結構経つ故、テンマにとってここは城の様な物だ。   最近ようやく、修理士であるマキ・シゲルという男の元で、まだまだ見習いではあるが、助手として仕事に就く事が出来た。 それからは切磋琢磨、今まで以上にテンマは仕事に、生活にと頑張っている。   適当に積まれている、どうにも洗い方が足りてない様に感じる皿を一枚取り出し、程良く焼けている目玉焼きと、焼き色が香ばしい食パンを乗せる。牛乳を出して豪快にコップに注ぐ。 物で溢れる海原を、余裕綽々でテンマは歩いていくと、布団の近くにあるちゃぶ台……の様な円形型のテーブルに乗せる。の様なというより、ぶっちゃけちゃぶ台その物だ。 テンマは両手を合わして目を瞑り、頂きます、と朝食に礼儀正しく感謝する。恰好は至極だらしがないが。   その辺をゴソゴソと探って、テンマは埃を被っているデータフォンを取り出す。 埃をゴミ箱の上で払い、小型テレビの機能を起動させる。モニターからホログラムとなって、今日のニュースがテンマの部屋に広がる。 住み始めて三年にもなるが、テレビは持ってない、というか持たない。 データフォンで十分事足りるし、こんな狭い部屋においても仕方が無いし、何よりテレビを買う金で他に買える物が沢山あるからだ。   ぼんやりと頬杖を付きながらニュースを見つつ、テンマは今日をどう過ごそうかなと考える。 正直仕事が無い日、つまり休日は今のテンマにとって暇極まりない。マキと共に遠出して仕事している方がずっと楽しい。技術も学ぶ事が出来るし。   しかし仕事で精神的にも肉体的にも疲れるのは事実なので、その頑張った分をこうしてダラダラと過ごす事で癒しているのだ。 いつもの予定としては、昼頃までたっぷり寝た後、趣味であるプラモデル制作その他を夕食の時間まで行う。雨が降ってようと晴れていようとまず、外には出ない。 まぁ、最近はマキの妻であるティマとの付き合いがあるから、専修学校に通ってた時より外に出てる頻度は前よりずっと、高くなったが。   軽く欠伸して、テンマは御馳走様と感謝し、綺麗に食べ終えた皿を台所へと持っていく。手早く雑に、皿とコップとフォークを洗い終わり布団に戻ってごろりと寝転がる。 この後どうしよう。といっても、作りかけ・作らなきゃプラモデルは山ほどあるし、書きかけの設計図も完成させなきゃならない。 あぁそうだ、図書館で借りてきた本も早く読破しなければ。例え外から出なくても、テンマにはやるべき事が沢山ある。 ……まぁしかし、いつもは昼頃まで寝てるのだが、今日は無駄に早起きしてしまった。だから昼まで寝直すのもアリだ。そうだ、寝直そう。そう思い、再び布団に潜ろうとしたその時。   ちゃぶ台の上のデータフォンがホログラムを停止させ、電話が掛かってきた事を知らせるベルを鳴らした。   今から寝直す気が満々であったテンマはその音に、凄く不機嫌そうに舌を打つ。無視して目を瞑り寝ようとする。 が、ベルはいつまでも鳴り続ける。まるでテンマの二度寝を阻止しようとしてる様だ。流石に堪えたのか、テンマはあぁもう、とイラつきながら起き上がってデータフォンを取る。 着信ボタンを強く押すと、電話を掛けてきた相手がモニターに表示される。その相手は、テンマにとって最も親しい人であり、尚且つ昔、金銭的に助けてくれていたあの人であった。   テンマは立ち上がると、僅かに太陽の光が差し込んでいるカーテンを少しだけ開け、外を見てみる。 視線を道路へと向ける。じーっと目を凝らしていると、アパートの出入り口近くに一台の車が停車している。 鮮やかな赤いカラーリングが洒落ているその小型車に寄りかかり、サングラスをかけている女性が、データフォンを片手にテンマが居る部屋を見上げて手を振っている。 テンマはげげっ、と思った。そうか、今日は姉さんも休みだったんだ、と思う。んで、月に一回の誘いに来たんだ。   テンマは通話ボタンを押した。モニターが電話を掛けてきた女性から、通話中のアイコンに変わる。   「……おはようございます、姉さん」 「おーっす。私が来たって事は今日が何の日か分かるわな? はよ着替えて降りてきーや」   そう言ってサングラスの女性は人懐こく笑った。この女性の名はハナコ。名字まで入れればユキハラ・ハナコという。 テンマはハナコの事を姉さんと呼んでいるが、実際ハナコとテンマは血縁者では無い。言うなれば、義理の姉……というよりももっと複雑な関係である。 まぁ義理とはいうがテンマはハナコを姉として尊敬しており、ハナコもテンマを妹として可愛がってるため、実質姉妹と言って良いだろう。   ハナコは仕事が休みの日は時たま、こうして唐突にテンマをドライブに誘いに来る。 それも月に一度。テンマの休日に合わせているのか、ハナコとテンマの休みが偶然重なるのかは知らないが、ハナコが誘いに来た時には必ず、テンマも休みである。 ハナコはテンマに出かけるよう進言する。   「こんな天気が良い日や。出掛けないとお天道様に怒られるで。ほら、さっさと出ておいで」 「お天道様は言ってます、出かけるべきではないと……ですから姉さん、悪いんですが今日はお天道様の助言を聞いて寝ます」 「吸血鬼やあらへんし大丈夫や、何の問題もあらへん。グダグダ言ってんと降りてきなさい。じゃないとこっちからいくで」   ハナコの忠告にテンマは出かける用意をする。テンマにとってハナコが部屋に上がる事は最も避けたい事態である。 もしも部屋に上がられたら、ハナコにだらしが無いと叱られ、容赦無く部屋を片づけられてしまう上に、作り掛けのプラモデルとかが捨てられてしまう。 今のカオスな状態が常であり、最高に心地の良いテンマにとってそれはとても忌むべき事態である。 ちなみに、前もってハナコが行くと連絡してきた際には緊急処置的に部屋を片付ける。ごちゃごちゃした物を全て一箇所に仕舞い込んで。   「分かりました、今行くから待ってて下さい」 「30秒で支度するんやで!」 「それ無理です」   めんどくさいめんどくさい、あぁめんどくさい事になった、とぶつくさ言いながらテンマはジャージを脱ぎ捨てて部屋を移動し、クローゼットを開ける。 仕事着とは別の場所に私服は収納されており、クローゼットにぎっしりと詰められている。この私服、全ててフリフリのスカートとセットになっている。 スカートの種類はポップで明るい物からスポーティで動きやすい物、中には本格的なゴスロリ調の物まである。        何故、テンマがこれほどスカートを好むのか、それはハナコさえ知らない、テンマだけが心の内に秘めた秘密である。 今日は長袖のゆったりとしたシャツの上に淡い青色のジャケットを羽織り、下は落ち着いた黒調のスカートという、とてもシンプル服装に着替えた。 データフォンをポケットに忍ばせる。億劫そうに玄関まで歩いてドアノブを回す。   外に出ると、これ以上無いほどに澄みきった青空と照らつく太陽が眩しく、テンマは一瞬吸血鬼になって燃えてしまいたいと思った。 鍵を掛けてゆっくりゆっくりと、錆びておりギシギシと音を鳴らす階段を降りて、ハナコの元へと向かう。 それを見たハナコが早くしろという事なのか指を鳴らす。あぁもう、とテンマは階段を早足で駆け降りた。   「おーし来たな。じゃ、早速出かけよか」   嬉しそうな口調でハナコがそう言って、運転席に乗り込む。   「行くなら行くで何時も言ってますが、前日連絡入れといて下さいよ……いきなり来られても準備できないですよ」   助手席に乗り込んで、テンマが不満げにそう言うと、ハナコはニヤりと笑みを浮かべながら言い返す。   「いきなり出かけるから楽しいんやろ? 人生何が起きるか分からへんって事をお姉さん教えてあげてるんやで?」 「はいはい……」   ハナコがキーを回すと、車がエンジン音を元気に吹かせた。あくまで気分を高揚させる為に、疑似的にエンジン音が響いているだけだが。 ふと、テンマは運転席前に表示されている、車の調子を示すモニターを見て聞いた。   「姉さん、充電は大丈夫?」   この時代に於ける自動車は、全てが全てではない物の、大体が動力をガソリン(とそれに準ずる物)から電力へとシフトしている。 政府が数十年前から、環境問題を憂慮した政策云々で色々あった為、今や外を走る乗用車からバス、トラック、バイクまで電気で動いていると言っても良い。 前時代に比べ非常にエコになったものの、充電を欠かしていけないという、ある種の不便さは受け継がれているが。   モニターには現時点での電力を表す、乾電池を象ったアイコンがオレンジ色に点滅している。まだ走れるが、大事に備えて充電を勧めているサインだ。 だがハナコはそんなサインにも、テンマの心配にもあっけらかんとした様子で返す。   「大丈夫大丈夫。帰ってくる頃までには持つ持つ」 「まぁ、そうですね……凄い不安ですけど」 「今日の私の運勢は一位や。つまり、大丈夫って事。さ、楽しいドライブにしゅっぱーつ!」 「……根拠ゼロですよね」   というテンマの突っ込みを華麗に聞き流して、ハナコは車を走らせる。テンマは小さく溜息も吐くが、それも華麗にスルーされる。 相当乗り慣れているのだろう。ハナコは細く狭い路地を器用に走り抜けながら、一般道に合流した。 規定速度をギリギリ超えるか超えないかの速度を保ちながら、ドライブは幕を開ける。   「それで姉さん、今日どこいくんです?」   テンマがそう聞くと、ハナコはそうやね~と言いながら答える。その口調は、何も考えてない様に感じる。   「今日は……海、いこか。あとさ、テンマ。さっきから思うんやけど普通に話さへん? 何で敬語やねん、アンタ」 「あ、ごめんなさい。いつも仕事で敬語だからつい……。それでなんで海なの。2月で超寒いよ?」   「なんやだらしない。冬の海もまた、オツなもんなんやで? まぁ……まだまだお子様なアンタにゃ、分からんかも知れんが」 「……子供って、外見じろじろ見ながら言わないでくれる?」 「えっ、アンタ小学生やろ?」 「成人だよ! とっくに成人だよ!」   テンマがムキになって反論すると、ハナコがケラケラと笑った。外見の事を言及されるならともかく、からかわれるのは些かイラッとする。   「全く……」   と、姉に呆れながら、テンマは空を仰いだ。 今日は本当に、能天気な位青天である。雲一つ無い、太陽と青空しか見えない天気。陽気も実にカラッとしていて、冬なのにまるで夏みたい。 笑い終えたハナコが、普通のテンションで話しかけてくる。   「そういや、マキさんとこはどうなん? 楽しくやってる?」 「まぁ、そこそこ楽しいよ。迷惑はかけない程度に、自分自身出来る範囲で頑張ってる」 「そっかそっか~。なら心配あらへんね。ま、テンマは意外としっかりしてるから大丈夫だと信じてるけどな」 「意外は余計だよ……。姉さんの方はどう? 楽しくやってるの?」   テンマがそう聞くと、何故かハナコは深い溜息を吐きシリアスな表情になった。その様子にテンマは神妙な面持ちになる。 馬鹿みたいにいつも明るいハナコがこんなリアクションを取るとは、一体どうしたのかとテンマは心配に思う。 神妙な面持ちのまま、テンマはハナコの二言を待つ。   「あのな……ティマの事なんやけど」   ティマ……ティマさんの事? テンマは小さく首を傾げる。ある意味あの人は完璧すぎて、何の問題も無さそうだが……。   「ティマさんが何か……?」 「あの子、心配になる位ええ子やろ? ええ子なのは良い事やけどその……話がな。飽きるっつうか」 「話が飽きる……ってどういう事?」   テンマがそう聞くと、ハナコは遠い景色を見る様な、色んな物を悟っているかのような目でその意味を語りだす。   「あの子……どんな話をしてても、最終的にマキさんについての話に着地させるのよね。もう何? 無自覚の惚気って言うん?  食事の話してたら、マキが最近食べ物の好みが変わったとか、ファッションの話なら、最近マキの私服のセンスが悪くて悩むとか、仕事の話なら最近マキが」 「うん、大体分かった。すっごい分かった」   ハナコは再び溜息を付く。この様子だと、本当にティマはマキについての話をしつこい位、ハナコに聞かせているらしい。   「どんだけバカップルやっちゅーねん、あの夫婦。しかもな、無自覚やで、アレ。無自覚に惚気てるんやでアレ。だから注意するのも無粋っちゃ無粋で……」 「うん、良く分かる良く分かる。ホント、あの夫婦はね……」   テンマはマキの助手であり、尚且つティマと仲良くしているというポジション故、ある種夫婦を一番近くで見ている人物である。だからこそ、ハナコの話は嫌でも実感できる。 ハナコが言う通り、あの二人は無自覚に互いが互いを愛しているのだろう。バカップルと揶揄される位に。 まぁ、そこに熱愛っぷりを見せつけてやろう、みたいな嫌味は全く無いから不愉快にはならないが。   ……しかし昼食に誘われた際、人が食べてる前で、ティマさんがマキさんにあーんと言って食べさせるのはちょっと控えて欲しいと、テンマは切実に思う。 あーいう行動も無自覚なんだよなぁ……無自覚って恐ろしいなぁとテンマはしみじみと思う。   テンマは周囲に目を向ける。気付けば湾岸沿いに、太陽の光を反射してキラキラと輝いている海が見えた。窓を少し開けると、潮の香りが鼻をくすぐる。   「そろそろ海やけど、先にご飯食べとく?」   ハナコがそう言いながらどこかを顎で指した。その先には季節が悪いのか、あまり客がいない為、侘びしさを感じさせる定食屋が見えた。 テンマはこくんと頷いた。ハナコはそれを見、頷き返すとスムーズに駐車場へと駐車する。 店内に入るが、本当に客がおらずテンマとハナコだけだ。サングラスを外してハナコが適当な席に座り、テンマも座る。   「好きなもん頼んでええで。ようやく給料入ったさかい」 「じゃあメニューにあるの全部頼むよ」 「ホンマに食うんやな? 残したら頼んだ分まで金返してもらうで。10倍で」 「ごめん嘘、嘘だよ」   そんな会話をしていると、店員が水を持ってきた。テンマに水を置き、ハナコにも水を置こうとした時、ハナコは店員に手首を見せて、標準語に戻る   「私はこれなんで水は結構です。すみません」   ハナコの手首には、深い溝の様な線が二本入っている。その線はハナコがアンドロイドである事を証明する線にして、人間ではない事を示す証拠でもある。 店員があ、す、すみません! と恥ずかしそうにそそくさと厨房へと戻っていく。その様子を見、ハナコは淡々とした口調で言った。   「別に恥ずかしがる事もないと思うけどなぁ。私みたいなアンドロイドなんてぎょーさんおるし」 「まぁ今の世の中、人とアンドロイドの区別がパッと見ただけじゃ、全然付かないからね……ある意味怖いって言うか」 「で、何食べるん?」 「んっとね……」   迷った末、テンマは大盛り海鮮丼を頼んだ。結構な値段でハナコは顔を笑いながらも引きつらせるが、テンマは知らん顔している。 奢りと言う事で、テンマは頂きますとご飯に感謝して、運ばれてきた結構な量の大盛り海鮮丼をパクパクモリモリと元気良く食べる。そんなテンマを、ハナコは微笑みながら見ている。 数分後、テンマはぺろりと食べ終わってちゃんと、御馳走様と感謝した。ついでに頼んだジンジャエールを一口飲んだ後、テンマは聞いた。   「そういやお父さん……元気にしてる?」   テンマの質問に、ハナコの表情が少し変化する。頬笑みから少し笑みが消え、微笑になる。   「元気。相変わらずだらしないし、アホな事やってるけど、仕事はちゃんと真面目にやってるわ」 「そう。なら良いけど」 「なぁ、テンマ」   ジンジャエールをごくりと飲み干したテンマに、ハナコは聞く。   「オッサンに会いに来れる日ってある? あの人、そろそろアンタの顔見たいんだって」 「ん~……まだしばらく無理かな。今凄く仕事楽しいというか、色んな事を覚えなきゃいけない時期だから」 「そっか……。出来るだけで良いから、ちょくちょくオッサンに顔見せられへんか? 私がいるとはいえ、やっぱ寂しいみたいでな……」 「出来ればそうしたいけどね……ちょっと、ね」   テンマは何故か、ハナコから目を伏せる様に俯いた。その様子に、ハナコは勘づく。 どうやら少しばかり、テンマは重い話をする様だ。そういう時にはハナコも真面目な表情で話を聞く。 テンマは俯きながら、ボソボソと話し始める。   「……昨日、お母さんから電話があったよ。元気にやってる? って」 「ふむふむ……それで?」 「でね、私電話を切る前にお母さんに聞いたの。お父さんに会う気は無いの? って」 「……それで?」   「やっぱり……会えないって」   ハナコは何も言わず、テンマの話に耳を傾け続ける。   「お母さんは姉さん……ハナコ姉さんの事は許してる……って言うのも変な言い方だけど、一緒に遊びに行ったり普通に交流してるじゃない?  けれど、それとこれとは話が別だって。やっぱりお父さんには会いたくないって。会ったらきっと、大喧嘩するのが分かってるから」 「……そうか。……まぁ、そうなるのも当り前っちゃ当たり前やな」 「私も今はまるで駄目なおっさんだなって事でお父さんと普通に話せるけど、お母さんのそれと私のそれはまるで違うから。  私もお母さんの立場なら、自分と娘をほっといて研究にのめり込む様な人は許せないと思う」   少しここで、今まで伏せてきたテンマとハナコの関係性について簡単に触れようと思う。 テンマの父親は昔、ハナコを作る為の研究と開発に躍起になり、妻(テンマの母親)と幾度か大喧嘩した。 やがて父親はハナコの制作にのめり込んだ末に、妻に黙って会社を辞めた。これが決定的な亀裂を生み、妻はまだ未青年だったテンマを連れて出ていった。 そういう背景がある故、今はこうして姉妹の様に仲が良いテンマとハナコだが、出会った当初は最悪とも言える程、非常に仲が悪かった。だがそれはまた。別の機会に。   テンマの話を聞き終わり、ハナコはふぅ、と一息吐くと、いつもの明るく人懐こい笑顔に戻りながら呆れ気味に言う。   「まぁ、あのオッサンは素直になれない上に凄くへそ曲がりやからな。絶対自分から謝ろうとせえへんし」 「ホント、マダオだよね。何かにつけてお母さんが悪いみたいな風に話をすり替えようとするし」 「技術師として、つーか仕事人としての腕は一流なんだけどな……その仕事人としての繊細さや思いやりを家庭にも向けてほしんやけどね」   「「ホンマ、やっかいなやっちゃで」」   テンマがハナコの台詞に被せて言った。   「何でマネすんねん、アンタ」 「だって姉さんの口癖だよ、これ」 「なら尚更真似すんやな。何か、恥ずかしいやんか……」 「姉さんにも恥ずかしいなんて感情があるんだ……」 「じゃかしいわ」   ぷっと吹き出して、二人は笑う。ガラガラな店内で、静かに聞こえてくる波の音と、二人の笑い声だけ聞こえる。   「まぁ、いづれお母さんとお父さんがちゃんと和解出来る様に頑張ってみるよ」 「頼むで、テンマ。あの二人の仲を取り持てるんは、娘のアンタしかおらへんからな」 「ハナコさんも協力してよ。ある意味、お父さんの娘なんだから」 「私も頑張ってみるわ。けど、家族間の事はテンマ、あくまでアンタ自身が頑張る事やで。私もオッサンをどうにか説得するから、な?」 「うん。頑張る」   すくっとハナコは立ち上がって、テンマに言う。   「じゃ、そろそろ行こか。海」 「うん、行こ」     定食屋を後にした後、ハナコとテンマは予定通り、目的地である海に到着する。 砂浜前の荒々しい駐車場らしき所に車を駐車して、二人は外に出た。肌寒く冷たい風が吹いてきて、テンマはぎゅっと、スカートを抑える。 一方、ハナコは寒さなど全く感じている様子は無い。逆に、涼しそうに受け流している位だ。そんなハナコに、テンマは皮肉った様に言う。   「姉さんは良いよね~。まったく、寒くなさそうで」 「アンドロイドやからね。つーか、2月で超寒いって分かってて、何でアンタはスカート穿いてくる訳?」 「スカートが好きだからだよ」 「何で好きなん。そういやアンタ、色んな事をあけすけに話してはくれるけど、スカート好きな理由だけは教えてくれへんよね」 「それは姉さんにも教えない。トップシークレット」 「何やそれ」   そんな会話を交わしながら、二人は砂浜を歩く。季節と言うか、2月と言う事もあり先程の定食屋と同じく、殆ど人はいない。 まぁちょくちょく、凧を飛ばしている親子や、こんな寒いだろうのに仲良く歩いている老夫婦だとかを見かけたが。 打ち上げられている、大きな流木に座って、テンマとハナコは二人並んで海を眺めている。   しばらく海を眺めていると、ふと、テンマが口を開いた。   「さっきの話で思い出したよ、姉さん」 「何を?」 「私が姉さんと、初めて会った時の事」   ほぅ? とハナコが興味深そうにテンマの方に体を向けて、聞く体勢を取る。   「あの頃はさ、……お父さんとお母さんがハナコ姉さんの事で、すっごい喧嘩してたじゃない?  けどあの頃の私はほら、何でお父さんとお母さんが喧嘩してるのか、その理由が分からなかったからさ……」 「ふむふむ……んで?」 「それで何時だったかな……。  お母さんがもう泣きじゃくりながらウチから飛び出した後、お父さんが私を研究所まで連れてきて、ハナコ姉さんを見せてくれた時、私、ハナコ姉さんになんて言ったか覚えてる?」   テンマの質問に、ハナコははっきり覚えてるわと言って、その質問に答える。   「「こんな気持ち悪いのを作る為に、お母さんを泣かしたの?」」   テンマの声と、ハナコの声がシンクロする。それほど、その出来事が互いに印象的だったようだ。   「その後に私、もうお父さんの事が大嫌いになって、本当に何が何だか分かんなくなって、自分の部屋に籠りっきりになって……」 「ホント、あの時のアンタは荒れに荒れまくってたな。私と会う度に凄い激しく喧嘩してたし」 「ホントにねー、今考えると激しく黒歴史だよあれ……自分自身の気持ちに、全く整理が出来てなかったとはいえ……」   ハナコが空を見上げる。テンマも誘われるように、同じく空を見上げた。     「でも私も悪かったわ。あの頃は何も知らんかったからなぁ。人間の事も社会の事も、自分自身の事さえも。  だからアンタと会うたびに喧嘩になって。とにかく衝突してたな。自分でも引く位、大人げなかったと思う」 「あの頃からすると、こうやって仲良く話し合ってるなんて考えられないね」 「ホンマやなぁ。月日は人を変えるって言うか……丸くするんやな」   テンマは掌に太陽を透かしてみる。 掌に滲んで、不思議な温かみを感じる。こうしていると、いつも只眩しいだけの太陽が、少しだけ好きになれる気がする。 さっきまで肌寒くて凍えそうだった風が、今はなんだか心地良くて涼しい。   「そうだ、あのさテンマ。ちょいと聞いて良いか?」 「何々?」   ハナコの質問に、テンマは答える。ハナコはニヤニヤしながら、聞く。   「アンタ、今好きな人とかおらへんの? 何か全く浮いた話を聞かないから心配になるわ。姉として」 「んもー、そういう心配はしなくて良いよ。いつか見つけるから。絶対素敵な人、見つけるから」 「ホンマやね? じゃあ、どんな人と付き合ってみたいか言ってみ?」   ハナコがそう聞くと、テンマは少しばかり頬を染めて、チラチラとハナコの顔を伺いながら、恥ずかしそうに答える。 何だかんだ言って、まだこういう所は子供やなぁと、ハナコはしみじみ思う。   「えっとね……自分でも理想が高いというか、高望みしすぎだと思うけど……。まず一番の条件として、ある程度経済力がある事ね。、  それでいて将来を考えると、手に職付けてる人が良いな。んでんで、年相応に落ちついてて、好きな人に優しくしてくれるけど、たまに男らしく引っ張ってくれて……。  あ、大前提として、バカップルって言われても良いから心から愛してくれる人が、良いなぁ……」   「ちょ、ちょっと待ち。……それ、マキさんやない? もしかしてアンタ……」 「ち、違うよ! あの人はそういう対象じゃ全然無いから! 無いから!」   とテンマは必死に否定するが、その顔は何故だか真っ赤に紅くなっており、凄く恥ずかしそうだ。まるで、本心を見抜かれた様な。 ははぁ、そういう事なんやな……。ティマ、もしかしたらアンタ、これからえらい苦労するかも知れん。まぁ……傍から見てる分からは楽しいけどな。 ハナコは真面目な顔して、心の中ではこれからテンマとマキ、そしてティマの間に起こるであろう騒動にワクワクと笑っている。   「あ、でも」 「ん?」   テンマは顔を引き締めると、海の遥か先を―――――――その先にあるであろう、地平線を見据えながら、言う。     「今の私の恋人は真面目に―――――――仕事だと思う。彼は私を裏切らないから。私が頑張れば頑張る分、愛してくれるから」 「じゃあ、私もアンタと同じく、仕事が恋人や。しばらくな」 「姉さんより私の方が、ずっと彼が大好きだから」 「なら私はその2倍は好きや」 「いや、私は4倍好き」 「いんや、私は6倍やね!」 「何を! 私は10倍好きだよ!」 「私は20倍やで!」 「私だって40倍!」 「何やて―!   …… それから二人は再び砂浜をブラブラした後、特に何処に行きたい訳もない為、帰る事にした。ただ、今日はハナコの家で夕食を食べ、久々に父親と会おうと、テンマは思う ハナコがキーを差し込んで回す。が、車は何度キーを回しても起動しない。回しても回しても、動く気配は無い。   「どうしたの?」   テンマがそう聞くと、ハナコは失笑しながら、答える。   「電池切れや。アンタの言う通りやったね」   と言いながらハナコが指を指す。乾電池のアイコンが灰色に、つまりもう電力がすっからかんという訳だ。   「ほら……こうなったじゃん」 「やっぱ今日運悪いわ。全部テレビ局の占いのせいや、こんちくちょー」   と、八つ当たりするハナコに呆れるものの、テンマは別に怒る気はならない。むしろ、こういうハプニングも面白いんじゃないかと思う。   出かける前、姉さんが言っていたじゃないか。人生何が起きるか分からへんって。   これから先の人生、エンストしたりパンクしたり、道を間違えたりするかもしれない。だけど。   「今ちょっと電話掛けた。けど、ここは場所が遠いから1時間位待ってほしいって」 「凄い時間掛かるね」 「まぁ、仕方ないわな。だけど」   ハナコは能天気な、けれど底抜けに明るい笑顔を浮かべながら、テンマに言った。   「こういうハプニングもたまには楽しいやろ?」     全くこの人はどこまで……。だけど、テンマは思う。       いつか、何が起こっても、こうやって笑って乗り越えられる、そんな姉さんみたいに強い女性になりたい、と。                                         テンマとハナコ                                  ~sunny day funny~           「テンマ」   ふと、ハナコがテンマに何かを手渡した。テンマは素直にそれを受け取る。   それを受け取った途端、テンマの目が輝く。   「姉さん、これ……」 「電子じゃないタバコ。今日アンタがちょっぴり、大人になった記念や」     テンマは本当に嬉しかった。色々あって電子タバコしかしばらく吸ってなかった為、本物の煙草を吸うのは凄く久しぶりだからだ     「ありがとう姉さん!」   と、開けてみるが、入っているのはたった一本だった。数秒ほどテンマが石造の様に固まる。   そして暗く沈んだ瞳で、テンマは顔を挙げて、ハナコに聞く。   「……どういう意味?」     「今日は大人の入口に入った記念に一本って事。ホンマにアンタがちゃんとした大人に、ええ女になったら箱ごとあげる」     「……姉さんの意地悪」     「大人になると嘘も付くんや。アンタもそうなる。きっとな」       テンマは正直思う。心はともかく、身長が何時か、大人になれたらいいな、と。     一本だけの本物の煙草は、何故か凄く苦く感じる。         end             #back(text=一つ前に戻る,left,hr)

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