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  第三楽章  鋏と死骸

 「何だよこれは…………?」
 ドームシティにとんぼ返りした光路と、一緒にやってきた二十重と十重の三名は、町に一歩踏み込んで息を呑んだ。
 本来ならば結構な人数が生活しているドームシティ――その多くは【マリアスコール】の社員や家族であるのだが、この空間には全く生き物の気配がなかった。
 生き物の気配――生活音だとか話し声だとか、そういった露骨なものどころか、呼吸音や心音といった微弱な気配まで一切が途絶えている。いくら戦争中だからといって、ここまでの無気配は異常としか言いようがない。
 二十重は【キャッチインザライ】を振るって手近な建物の外壁を破壊した。そこから覗き込むと、中にはごろごろと、さっきまでは生きていたのであろう人々がすでに物体となって転がっている。二十重と十重はそんな中にずかずかと入り込んで、一つ一つ死体を検分し始めた。光路も仕方なく後に続く。
 「こいつぁすげぇな……一人の例外もなく一撃、しかも損壊具合まで殆ど同じときてる……プロ中のプロだな、こいつをやらかした犯人は」
 手近な死体の頭部を掴んでその顔を覗きこむ二十重。十重もそれに頷いた。
 「……おそらく……他の家屋…………も例外……なくこの……ような状況と…………なっている……の…………でしょうね……」
 「戦争に直接関わった奴らだけじゃなく、この町ひとつを壊滅させてるってわけか。一体何者だろうね、こんなことをする奴は」
 澪漂に席を置く二十重たちにしたって、ここまで完璧な殺戮を繰り広げられるかどうか怪しい。それほど、その『何者か』が行った殺戮は完璧なものだった。
 ともすればそれは芸術的だったかもしれないが――ここまで精密な芸術など逆に気味が悪い。
 その気味悪さは、光路も感じていたようで、彼は死体が転がる室内をうろうろする二十重たちに声をかけた。
 「おい、どーでもいいような奴らの死体なんざほっといて、早く行こうぜ? こんなところに長居はごめんだよ」
 「んー……あぁ、そうだな。気になるっちゃぁ気になるが、別にどうってことのない死体だし」
 思いの外あっさりと、二十重は光路の注文を受け入れ、持ち上げていた死体の頭部を文字通り投げ捨てた。
 「……もう少し死者を敬えよ」
 「お前は路傍の石ころに畏敬の念を抱くのかよ?」
 ため息を吐いてそれ以上言及しなかった光路を横目に、二十重は十重を伴って再び自分が開けた壁の穴から外へと出た。
 「……ですが…………一応【マリア……スコール】の上部…………の死体くらい……は……確認したほう…………が、いいでしょうね……万が一生き残…………っていても面倒……です…………し」
 「ん……? あぁ、そりゃそうだな。そこんとこは俺も賛成だよ。正直雇い主の死に顔を見るのもあんまり楽しくはねぇが」
 「人の死に顔なんて見て楽しいもんじゃねぇだろうよ。俺としては一番イヤなのは、全く自分にかかわりのない奴の死体を偶然にも目撃しちまったときだな。どんなリアクションとったらいいのか、未だにつかめねぇ」
 「だからお前はもうちょっと死者を敬え」
 「お前は今までに食ったパンの枚数を覚えているのか?」
 「その科白は確かに名言だが、遣いどころを間違ってる」
 そんなくだらない会話を広げながら――それが例外なく全ての建物の中に死体が転がっているであろう町の往来という酷く不謹慎なシチュエーションであることは置いて――三人が歩を進めていると。

 唐突に
                    膨大な何かを
       彼らは感知した。

 「…………っ!」
 「こりゃぁ……何だぁ?」
 二十重と十重が息を呑む。
 それは、悪意と殺意の塊とでも言えばいいだろうか。物理的なものではなく、限りなく精神的な気配。
 威圧感ともいえるかもしれない。普段からこういった戦場にいるような、彼らのような人物でなければ気づかないだろう、そんな曖昧な感覚だったが。
 「大分近いな……もう結構離れちまってるが」
 「単純に……考えて…………この殺戮を……行っ…………た人間でしょう……か?」
 しかし感覚は曖昧でも、十二分に彼らが戦慄するほどの存在感だった。
 「きひひ…………」
 不意に光路が妙な笑い声を上げた。二人が振り返ると、光路は引きつった表情で彼らの立つ道のさらに先――ドームシティの壁のさらに向こうを見つめていた。
 「きひひひひ、こりゃやべぇな――おい、二重たちのところへ戻るぞ」
 急にそう言った光路に二十重と十重は怪訝な顔をする。
 「あ? だからいいのかよ、【マリアスコール】の連中の死体を確認しなくて……」
 「いいんだよ。あいつに限ってそんなへまは絶対ねぇ。……ったくよぉ、何でまたあんな化け物がやってくるってんだ。こりゃ、この戦争一から十まで丸っと大逆転だぞ」

                     ♪

 光路たちが膨大な気配を感知したその十数分後――どちらが先だったかは分からないが、その襲撃を最初に体感したのは帯重と古重だった。
 帯重は直接的に――古重は間接的に。
 帯重が展開する弾幕を潜り抜けるように――否、ど真ん中を堂々と、彼は帯重に接近してきた。
 そして、帯重がそれと気づいたときにはもう遅く、彼女は喉を掴まれ宙に持ち上げられていた。
 彼女を捕らえた人物――【スカベンジャー】骸手・想月はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべている。しかしその笑みの形に歪んだ三白眼は片方しかなく――頭部の一部がサングラスもろとも彼女の攻撃を受けて吹き飛んでいた――そして左腕も二の腕の途中から跡形もなく消し飛んでいる。
 常人ならばとっくに絶命しているであろう致命傷を受けて、しかし想月はにやにやと笑う。否、それは致命傷どころではない。傷どころか喪失、人間が人間でなくなる喪失点だ。
 「ぎはははははは! 何だお前ぇ? 見たことのない顔だが……しかもどっちの味方ってわけでもなさそうだな。今の今まで誰彼かまわず皆殺しにしてたんだからよ。」
 顔面の半分を失った人間が哄笑するというのは見ていてあまり気持ちのいいものではない。想月の抉れた頭部からは脳髄がはみ出、脳漿がどろどろと滴っているのだ。普段の帯重なら確実に卒倒している。
 「あ……ぐぅ……な、何何何何何なになになニナにナニナニナニナニ!? あなた……誰!?」
 しかしいくら澪漂に名を連ねる帯重でも、頭部を半分近く失ってにやにやと笑いながら自分の首を締め上げてくる人がいるとは想定外であり、その理解を超えた状況にはいつものような恐怖のリアクションを取ることができないらしい。
 質問を質問で返された想月は少しイラっときたらしく、帯重の首を掴む手の力を少し強めた。
 「ぎははははははははは! 質問にはちゃんと回答で返せってんだよ、この小娘が。しかしまぁ……このやり口と性格からして、十三家か、澪漂かその辺だろ。ぎはは、【アンタッチャブルサイズ】の姿も見えなかったし、澪漂の方かぁ?」
 帯重は、答えない。答えられない。想月の右腕がぎりぎりと首を締め上げているからである。その上で気絶、あるいは死なない程度に力を弱めているため意識が保たれているのが逆に恐怖を誘う。
 「うぁあ……ぐ、たす、け……」
 「ぎははははははははははははははは! 助けろってか? お前だって戦争に参加して人殺してんだろうがよ。それで『私は殺さないでください』ってのはむしのいい話だぜ? ぎはははははははは!」
 二人の周りには人影はなかった。ほとんどを帯重が殲滅してしまっていたし、辛うじて生き残っていた者も、自分たちには対処できる相手ではないと悟って逃げ出してしまっていた。
 二人を止める者は、誰もいない。
 「う、くあぁ……」
 帯重は手にした重機関銃の銃口を想月に向ける。古重に操作されてのことではなく、生き残るために、彼女が自発的にした行動だった。
 そして、帯重が引き金を引く直前。
 「…………え?」
 彼女は今までに感じたことのない違和感を下腹部に感じて視線を降ろした。視線の先には自分の頚部を掴みあげる想月の右腕。そして。

 さっき消し飛んだはずの想月の左手が、帯重の右わき腹に埋まっていた。

 「あ? え、あああぁあああぁああああぁぁっぁぁあぁぁあっ!?」
 想月はそのまま突き刺した左手を引き抜く。「ゴリ」と不気味な音がして、冷ややかな感触とともに赤黒い物体が帯重の身体から引き出された。
 ぼたぼたと血を流しながら想月の手に握られた物体――それは人間の右わき腹に存在する臓器、肝臓だった。言うまでもなく人体急所の一つ、それでなくても臓器の一つをむりやり引き千切られて生きている人間などそうそういるはずもなく。
 喉笛から手を離され重力にしたがって崩れ落ちるおぼろげな意識の中、帯重は想月が自分の肝臓に歯を突き立てる様を見た。

                      ♪

 「何です!? 一体何が……!」
 帯重が想月の襲撃を受けた瞬間、古重は思わず声を挙げて腰を浮かせた。慌てて様子を探ろうとするが、襲撃のショックか身体操作はもちろんのこと精神感応までも途絶えてしまっている。
 パートナーの様子が、見えない。
 焦燥に駆られた古重の様子を見て取った万重が小さく笑って呟いた。
 「ふむ、どうやら『奴』が動いたようじゃの」
 テントの中には万重と古重以外の姿は見えない。二重はさきほど何かをしに外へ出て行ってしまったし、数重と一重はゾルルの新兵器破壊に向かってしまった。
 万重の独白に古重が反応する。
 「『奴』、とは何です? 一体、帯重の身に何が……」
 「何じゃ、お主も澪漂の一員ならば下調べくらいして戦場に来んかい。……まぁ『奴』がこの戦争に関わっておることに気づけたのも、ワシ以外には二重くらいのものだったようじゃがの」
 疑問をはぐらかすかのように説教を垂れる万重に対して、古重は掴みかからんばかりの剣幕で迫る。
 「だから、その『奴』とは何なのですか!? 帯重は無事なのですか? どうなんです!?」
 「そんなことはワシの知ったことではないわい。しかしまぁ助からんじゃろうな、あの骸手・想月に襲われて生き残るなんて話、聴いたこともないわ」
 「骸手、想月……【スカベンジャー】の、骸手・想月…………?」
 「さすがに名前くらいは知っておるか。ならば分かるじゃろう? あ奴に襲われて生き残れるわけがない。彼女はおそらく、もう殺されてしまっておるじゃろ」
 骸手・想月。【スカベンジャー】、あるいは【最狂最悪】の異名をとる世界有数の暗殺者。二重も所属する極東の学園都市における序列第二位。それは二重が序列第八位であることを考えるとそう高いレベルではないように思えるかもしれない。
 しかし、そんなことは決してない。ありえない。
 学園都市における第二位――否、かつての第三位以上とそれ以下では、格が違う。違いすぎるのだ。
 二重はもちろんのこと、序列第三位の銀鈴であれ遭遇して生き延びることができないということはないだろう。しかし、序列第二位――骸手・想月に遭遇して生き延びるこなど、お世辞にも気休めにも可能とはいえない。
 「そんな……帯重は? 帯重が殺されるなど……」
 淡々とした性格の古重にしても、澪漂の副団長としてパートナーに対する愛情はもちろん持ち合わせていた。古重はその身をかたかたと震わせ、搾り出すような声で呟いた。
 「……しかし、二重さんやあなたが、彼の存在に気づいていたというのなら…………なぜ何の対策も打っていないのです!? 全くもって無視できる存在ではないでしょうに!」
 古重の悲痛な叫びを受け、しかし万重はさも当然のように言った。
 「対策? ちゃんと打っておったではないか。帯重という『頓に目立つ戦い方をする使い手』を戦場のど真ん中に置くことによって、な」
 「な……………!」
 「そこはまぁ、千重団長も同じようなことを考えておったようじゃがな。もっとも、千重団長としてはお主らが彼に対する抑止力になることを期待、というか要求していたつもりなんじゃろうが」
 それはそうだろう。澪漂・千重という人物は味方を盾に使おうなどという考えは元来持ち合わせないタイプである。もちろんそれは千重という指揮者自身が手駒のスキルを最大限に引き出す力の持ち主であるからなのだが。
 しかし、二重は違った。
 「……私たちが…………【マゾヒスティックコンダクター】と【メトロノームビート】たる私たちが、彼に利用された、と……?」
 「別に利用したわけではないのじゃろうが……ふむ。そもそも兵士たる我らが指揮者に従うのは当然のことじゃろ」
 「しかし……それによって私の大切な帯重は……!」
 すると万重は何をいまさら、という顔をして、ある意味残酷な言葉を投げかけた。
 「勘違いしておるようじゃが……確かに帯重が骸手に襲われたのは二重の策じゃが、それによって帯重が死んだのは二重のせいではなかろうよ」
 「…………っ」

 「戦場で死ぬ理由は一つ、それはお主らが弱かったからじゃ」

 万重の言葉は確かに的確で、当然のものであった。
 しかしそれは最愛のパートナーを失う者にとっては残酷で悪意ある言葉にしか聞こえない。
 不意にふらふらとした足取りでテントの出入り口に向かう古重に対して万重が問う。
 「どこへ行こうというのじゃ?」
 万重の疑問に、古重は無表情に答えた。
 「決まってるじゃないですか。彼を……澪漂・二重を殺しに行くのです」
 「…………」
 「例え彼の敵となろうとも、帯重は私の大切な人です。……その彼女を失う契機を作った彼を、私は許す訳にはいきません」
 その言葉を受け、万重は黙って懐から一丁の拳銃を取り出す。
 古重は知らなかった。例え万重が、そして第二管弦楽団が澪漂唯一の非戦闘集団という不名誉な呼び名を与えられていようが――彼らが殺人行為さえも行わない集団では決して有得ないということを。
 すでに自分に向けられた古重の背中へ向けて、その銃口を構える万重。
 「なるほどの……それもまたいいじゃろう」
 引き金に指を掛け。
 「お主が二重の――今回の指揮者の敵となるというのならば、それはまたワシにとっても敵となるということじゃ」

                  ♪

 「ふむ……しかし【スカベンジャー】ね。確かに良く知る人物ではあるが、実際に戦うのはもちろんこれが初めて、だ」
 澪漂・二重は、一人荒野の真ん中に立っていた。回りには何もない。遠くに黒煙が上がっているのは、おそらく帯重が行った虐殺の痕であろう。
 二重は咥えた煙草の煙を吸い込み、思案する。
 「確かに奴は、遭遇すれば確実に助からない、そういう伝説の持ち主だ――だが、それはあくまで不確定要素として見た場合の話」
 吐き出す紫煙は風に乗って霧散していく。
 「いつ起こるか分からぬ地震に、あるいはどこに落ちるか分からぬ雷に、抵抗する術などないが――やってくることが分かっている天災など、それに見合う準備をすればいいだけの話だ」
 それが、策というものだ。と、二重は呟く。
 骸手・想月。彼が伝説たる理由はその暗殺技術だけではない。
 ミスティック能力――いわゆる超能力とはまた違ったベクトルを持つ、この時代に存在する異能力。大気中に存在するといわれるエネルギー、エーテルを資源に不可思議な現象を体現する、いわば魔法とでも言うべき力。
 想月の能力は、一言で言ってしまえば『死なない肉体』である。
 外的要因によって損傷した肉体を高速再生する力。しかも、どういうわけだか彼の能力はエーテルを消費しないらしい――つまり、外傷に対してはほぼ無敵、有体に言えば不死身なのである。
 死なない相手をどのようにして攻略するか、二重はいくつもの考えを巡らせ、策を練っていた。
 「たとえば、拘束監禁して、餓死するのを待つ、か。ふむ、しかし到底うまくいくとは思えんな。大体奴を拘束することができるとは思えんし、監禁などもってのほかだ」
 あるいは、と二重の思考はさらに進む。
 「毒物による中毒死……しかし、これも無駄だろう。いかなる毒物とはいえ、その原理は体内を損傷、『破壊』するという類のもの。そもそもいかに即効性の毒物であろうとそれが効力を現すには時間もかかる。肝心な部位を先に自ら摘出されてしまえば無意味以外のなにものでもない」
 となれば、と二重は咥えた煙草をその辺に投げ捨てる。地面に転がりながらも細い煙を上げるそれを革靴の底で踏み潰し、火の消えた吸殻を拾い上げると、二重はそれをポケットから取り出した携帯灰皿に入れた。(余談になるが、二重は生まれてこの方煙草のポイ捨てをしたことがないことを小さいながらも誇りに思っていた)
 「殺害は無理、か。しかしまぁかまわんな。今回の目的は何も骸手を殺すことではない。一重たちが例の兵器を破壊しにいく、その時間稼ぎができればそれでいい」
 言いながら二重は燕尾服に隠された背後に手を回す。普通燕尾服にはベルトを合わせないが、二重の腰にはホルスターと一体型の革ベルトが巻かれていた。背中側に取り付けられた豪奢な装飾の施されたホルスター――二重の学園都市における身分証明の一つ、【西王の紋章】には、彼が愛用する二つの武器が装填されている。
 回転仕様のホルスター、先端が上を向いて武器の持ち手が下を向いた状態のそれを、「ガチリ」と音を立てて回転させる――先端が左、持ち手が右を向くように。
 そのまま右手で逆手にもったその武器を、「シャキン」と軽い音とともに抜き放つ二重。
 それは、一言で言うならば鋏である。
 刃渡りが六十センチはあろうかという大振りな鋏。二枚の刃はそれぞれ片刃であるが切っ先だけが両刃になるよう作られている。その形状からも分かるとおり、突きには向くだろうが、横凪の攻撃には向かないようだ。刃渡りと釣り合うように大きなハンドルに五本の指をかけ、二重はその大鋏を一度開いて――閉じた。
 「さて、それでは骸手・想月。私はお前と戦わねばならんようだ。正々堂々、一から十まで完膚なきまでに殺しあってやる」
 二重の視線の先――さっきまで、本当についさっきまで二重以外は誰もいなかった荒野の真ん中に、今はもう一人の男が立っている。
 サングラスは先ほど帯重に消し飛ばされてしまったためすでにない。着ているシャツの左腕も同様、千切れた部分が己の血に赤黒く染まっている。
 骸手・想月はこちらを睨みつける二重の視線に、楽しそうな表情を浮かべた。
 「ぎはははははは! 澪漂・二重か。いいねぇいいねぇ、本当なら【アンタッチャブルサイズ】と殺しあいたかったんだが、あいつよりもっとデカイ奴が向かってきてくれるたぁ。せいぜい、楽しもうぜぇ? お互いに、な! ぎはははは!」
 あくまで飄々として楽しそうな様子の想月に、二重もまたポーズではあるが薄い笑いを浮かべて応じる。
 「あぁ……本来ならば今回指揮者である私が貴様と戦う必要性は皆無だったのだがな……しかし【最狂最悪】の骸手に、他の手駒をぶつけるわけにはいかん――まして一重などもってのほかだ。だから……」
 二人の間――距離にしておよそ十メートルかそこらだろうか――を風が吹き抜ける。その風に目を細めながら、二重はその愛用の大鋏【ドッペルフーガ(二重迷走)】の二枚分の切っ先を、眼前の想月に突きつけた。

 「私が相手になってやるさ、骸手。それでは、澪漂の、開演だ」