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第二楽章 戦争、開始(1)

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   第二楽章  戦争、開始

 「うむ……双方、動き出したようだな。タイミングがいいことだ」
 地平の彼方に、小さくうごめく人影が見える。この場所からは蟻ほどにしか見えないが、しかしそれらは明確な意思を持って動いていた。
 すなわち、勝利という目的のために。
 「七重と二十重にはとりあえずしっかりと働いてもらおうか。我らの仕事には全滅――殲滅という形でしか成功はないのだからな」

 【デスペラードコンダクター】澪漂・七重と、【ボトルズボトム】澪漂・深重は並んで荒野のど真ん中に立っていた。向かう方向に見えるのは大きな岩山――革命軍が拠点としている地である。
 今、視界の奥には地を埋め尽くすほどの人々が押し寄せてこようとしていた。多くは歩兵として、そして一部は装甲車に乗り込んで。おそらく武装は相当レベルの高いものだろう。ゾルルコンツェルンが援助をしているという時点で、装備だけならばそこらの軍隊よりはいいものを持っているはずだ。
 そう、装備『だけ』ならば。
 「いくらいいものを持ってても、自分に使いこなせるものを持ってなければ宝の持ち腐れよね。ましてや、素人以下の人民軍なんて、紙で作った城よりも脆いものだわ。……まったく、そんな奴らの相手をさせるなんて、二重も随分【無礼】な真似をしたものね」
 「ははは、そう言ってあげるんじゃないよ、七重。カレにはカレなりの考えがあるんだろうさぁ」
 七重の左手には身長よりも長い杖――七重の身長は平均よりは少し高いくらいだが、それを踏まえた上で見積もっても二メートルはあるだろう。
 そして、深重の手には相変わらずの大きな黒傘。得物として扱うには、少々奇妙な品である。こちらもまた一メートルを軽く越える大きさだ。
 「人を多く殺せるんなら、それはそれで君にとっては楽しいんじゃないの?」
 「そうね……その中に美少女でもいれば最高なんだけど」
 澪漂・七重は、その性格や口調の上からあまり知られてはいないが、かなりの美少女好きである。もっとも、彼女にとっての「好き」とは愛玩の対象ではなく、虐殺の対象としての「好き」だが。
 澪漂屈指の【虐殺者】。それが、第七管弦楽団――その長たる七重に与えられた称号だった。これから、その彼女の本領が発揮されようとしている。
 七重は、今から自分たちに襲い掛かる脅威など全く予期していない革命軍を鋭く――どこか妖艶な笑みを浮かべて――睨みつけた。
 「いいわ、澪漂の幕を開けましょう」

 対して【フリーダムコンダクター】澪漂・二十重と【アンブレイカブルシティ】澪漂・十重は【マリアスコール】側の企業軍を眺めていた。
 「あー……意外と人数は少ねぇな。軽く見積もって……四、五千ってとこか?」
 「私は……納………得がいきません……ね。……あの二重に…………あなたが指揮……されるな……ど…………」
 未だ不満そうな十重に、二十重はうはは、と笑ってみせる。
 「そうは言ってもよ、あの千重団長の命令だ。いまさら何言ったって【無駄】ってもんじゃねぇか?」
 「そう……です……け…………ど……」
 二十重はいつもの無骨な様子からは想像できないほど優しげな手つきで、十重の頭を撫でた。あるいは、それほど優しくしないと十重の頚骨が折れてしまうからかもしれないが。
 「まぁまぁ、あいつは中々骨のある奴だぜ? そう疑ってやるなって。兄貴分の俺が保障するよ」
 「…………二十重」
 二十重は常日頃から二重の兄貴分を自称していた。澪漂交響楽団員はその多くが物心ついたころから団員としての教育を受けている。その中でも、澪漂の名を冠することができるのはほんの一握りと言われているため、十歳ころに入団してそこから団長クラスまで上り詰めた二重は内外に敵が多かった。
その中にあって、他の者に接するのと変わらず二重と関わっていたのが二十重である。彼は今は亡き【ミリオンダラーベイビー】という男と共に、よく二重と喧嘩とも特訓ともつかないことをしていたようだ。二重も表面上は二十重に対して無関心を装っているが、それでも他の者と比べると若干の親しみを感じているらしい。
 さすがに二重の指揮で動くのは初めてだが、二十重自身はそういった意味ではあまり心配をしてはいなかった。
 二十重はすでに手にしている武器の柄をしっかりと握り締め、十重に言う。
 「さぁ、仕事しようぜ。なんだかんだでお前と一緒に戦うのも久しぶりだしな」
 「えぇ……私も楽しみですよ」
 十重もそれに答え、いつもよりもはっきりとした言葉と共に、手にしたナイフの柄を握る。
 澪漂屈指の【闘争者】。それが、彼らを恐れて人々が与えた称号である。
 二十重の手に握られているのは、一言で評するならばハンマー――戦鎚と表現した方が適当かもしれない。見ただけでそのとてつもない重量を感じさせるような一品だ。
 対する十重が握っているのは、彼女の細腕よりも刃の幅の方が太いのではないかというほどの無骨なナイフである。見た目には手に余るどころではないが、不思議とその手にフィットしていた。
 二十重は十重の言葉に満足したように頷いて、さっきより少しだけ近づいてきた一軍を見た。
 「んじゃそろそろ澪漂を、おっ始めますかね」

 テントの中に戻ってきた二重と一重を迎えたのは、万重と数重、そして古重だった。
 「動き出したようじゃの」
 「ん……ん、戦争の始まりね。いや、再開と表現したほうがいいのかしら? 戦争の始まりなんていつも不確定だけどね。ま、どうでもいい話だけど」
 【リバティコンダクター】澪漂・万重と【インフィニティゼロ】澪漂・数重が率いる第二管弦楽団は、交響楽団にあって珍しい非戦闘集団である。
 団長たる万重は、澪漂屈指の【思案者】と呼ばれている。文字通り、戦闘行為を一切することなくただ作戦のみを考え続けることがその所以だ。性質としては【指揮者】たる二重に似ているが、彼の場合、「考えすぎて作戦が滞ることがある」という事実を揶揄しての呼び名である。
 彼以外の面々は主に拷問活動や諜報活動に特化した者が多く、同じく殆ど戦闘能力を持っていない。数重にしても得意とするのは主に拷問であり、決してパートナーのために死力を尽くすというタイプではない。そういった点から見れば、第二管弦楽団は澪漂の中でも非常に変り種といえよう。
 まあ、と二重は思う。
 「存在するという存在意義」の澪漂屈指の【統治者】、第一管弦楽団などと比べればいくらかマシな部類ではあるが。
 しかし、数重に関してはやはりどうにも二重は苦手だった。
 【数字遣い】、というのが数重に与えられたエイリアス以外の呼び名である。別段数字を扱った異能者というわけではない。この呼び名は、彼女の言葉が全く意味をなさない記号の羅列であることを揶揄した呼び名である。
 しかし、彼女の言葉は拷問活動においてその真価を発揮するといわれる。まぁ会話こそしなくても、わけのわからない言葉を並べ続ける彼女と二、三時間も一緒にいれば精神が崩壊するのも無理な話ではない。
 二重はそれとなく数重から視線を外して、古重に尋ねた。
 「帯重は大丈夫なのか?」
 古重はそれまで黙って眼を閉じていたが、二重の至極当然な問いににこやかな笑みを浮かべて答えた。
 「大丈夫ですよ、彼女は。確かに見た目はちょっとアレですが……一応彼女も澪漂の一団を率いる団長ですよ? 戦闘能力については折り紙つきです」
 「何故そこまで彼女を擁護できるのか知らんが……まぁ彼女は最終兵器というか、念のためだからな。必要がなければ動いてはもらわんよ」
 古重はふふ、と不敵に笑って「まぁ彼女の場合働かないに越したことはありませんね」とだけ付け加えた。

 その頃当の【マゾヒスティックコンダクター】澪漂・帯重は、二重たちが拠点としているテントから数キロ隔てた小高い丘に立っていた。背中には複数の重火器を背負っており、重みで押しつぶされることなく、しかし膝がどうしようもなく笑っていた。
 「ちょっとちょっとちょっと、【無理】無理無理。何で私がこんなところに取り残されなきゃいけないのぉ!? 古重ってば、何でこんなこと私にやらせるのよ? 絶対あの人Sだね、間違いないって。……聴いてないよね? 大丈夫だよね? どこかでこっそり聴いてたりしないよね!? …………もう【無理】」
 大量の重火器を担いで一人ネガティブなことを呟き続ける女、という酷くシュールな光景だが、そんなものに突っ込みを入れるような者もおらず。
 帯重はこの後一時間ほど、こうして荒野に放置されることになる。もっとも、彼女自身にとっては十時間ほどに感じられただろうが。
 誰も聴く者のいない荒野に、帯重の悲痛な叫びが響き続ける。
 「もう帰りたいよぉ! …………澪漂なんて、開演しなきゃいいのにぃ」

                     ♪

 最初に戦闘が始まったのは、革命軍の側であった。もっとも彼ら自身にしてみれば、自分たちが【マリアスコール】側以外と戦闘することになるとは思ってもいなかっただろうから急な襲撃としてしか認識できなかったに違いない。
 突然の攻撃に恐慌状態に陥りかけた人々に喝を入れたのは、いち早く立ち直ったアンディだった。
 「お前たち、落ち着け! 何しに来たと思ってるんだ、俺たちは戦争しに来たんだろ!? ここでビビれば奴らの思う壷だ。体勢を立て直せ! 反撃だ!」
 しかし、とアンディ自身まだ不可解には思っていた。
 「しかし随分早い攻撃だな。奴らも相当切羽詰ってるのか?」

 もちろん攻撃を仕掛けたのは【マリアスコール】の手の者ではない。
 最初に彼らの接近に気づいたのは、当然といえば当然だが革命軍の最前線を歩いていた一団だった。本来ならばそこで警戒すべきだったのだろうが、たった二名、それも武器と呼べそうなものは杖と傘しか持っていない二人組に対して即座に攻撃することもできず、彼らは一瞬の迷いを持ってしまった。
 そう、たった一瞬。しかし、七重と深重にとっては十分すぎる時間だった。

 次の瞬間、先頭を進んでいた男の首が前触れもなく消え去った。

 否、一人だけではない。その左右に並んでいた者たちも、腰や胴や胸や頭が、丁度一直線になるように、綺麗に切断されていた。一泊遅れで噴出す血に、七重は満足げな笑みを浮かべる。
 「う、うわああぁああぁあぁあああぁっぁぁぁああああぁぁ!」
 誰かが叫び、それが引き金となって人々の間に混乱と戦慄が走る。七重はそんな一瞬の隙に革命軍の間へと割り込んでいった。
 手に握られているのは、さっきまで長い杖だった物。そして今は血を滴らせる抜き身の長刀となっているもの。
 銘のある刀ではないが、それでも老舗の武器メーカーが長らく製造している有名な一品であり、現代の技術力も相まって万かそこらの人を切ったくらいでは刃こぼれ一つできないほどの、芸術品とも言える凶器。刃渡りはおよそ一メートル六十センチ。片刃の日本刀のような拵えであるが、その刀身には反りがない――いわゆる直刀という武器である。
 七重はそれを勢いよく突き出し、一度に四、五人の身体を刺し貫く。口から血を吐き絶命する仲間を見て、一人が七重にマシンガンを突きつけた。しかし、引き金を引くにはなお遅い。
 「……ふん」
 七重は突き刺した直刀の峰にそこだけ洋風のブーツを履いた片足を掛けると、そこを支点に梃子の原理で平突きの斬撃を横凪に切り替える。そのまま三百六十度直刀を振り回し、一気に周囲の人間を胴体から両断した。
 一方の深重は、七重が敵陣に特攻するのを暢気に眺めた後に、ゆっくりと肩に担いだ大傘を降ろして、さも普通の傘と同じように開く。しかしこういう場で用いることからも分かるように、その傘はもちろん普通の物ではない。
 「よっ……と。相変わらず重たいねぇ。腕が疲れるんだよなぁ、こいつは」
 鉄より硬い鋼の柄と骨組み。その八方に伸びた骨の間に張られているのは、布ではなく黒ずんだ鉄板である。二枚一組の鉄板は間に蝶番を設けて折り畳みができるようになっている。傘の先端は両刃のナイフのようになっていた。
 これを作った旧世紀の刀匠――二重や二十重が使っている武器もこの人物が作った物である――は、この傘に【スティールレイン(悲愴豪雨)】という銘を付けており、深重もまた同じ名でこの武器を呼んでいた。
 そうしている間にも、七重の攻撃範囲から辛くも逃れた者たちがこちらに銃口を向けている。しかし深重は一切慌てる様子もなく、その傘を前方に向けて構えた。
 「ふぅ……あんまり深追いすると俺も七重の玉簾殺法に巻き込まれちゃうからなぁ……ま、ゆっくりやりますか」
 あくまで気楽にそんなことを呟くと、深重は大傘を構えたまま、目の前の群衆に突撃した。

                     ♪

 「おぉりゃっ!」
 二十重は巨大な鉄槌を振り回して、奇襲気味に【マリアスコール】の軍の中に飛び込んでいった。とは言ってもそこはだだっ広い荒野であり、隠れる場所などほとんどないため正面からの突撃である。先の七重たちとは違い二十重は見るからに武器であると分かるものを持っており、さらに向こうは革命軍とは一線を隔したプロである、当然のように銃撃の嵐を食らうことになるはずだ。
 はず、だった。
 鋭い金属音が数十、数百と木魂し、二十重を蜂の巣にするはずだった銃弾は一つ残らず地面に叩き落され、弾かれ、受け流される。それを一人でこなしていたのは、二十重のすぐ傍にまるで影のようにくっ付いていた十重であった。
 十重はその細腕で二本のナイフを器用に操り、飛来する銃弾の全てを防いでいるのである。決して小柄ではない二十重の周囲一メートルほどの範囲を、まさしく半球状にナイフの軌道がカバーして防御壁となっていた。
 【アンブレイカブルシティ】のエイリアスと今の行動からも分かるとおり、十重は基本的にも応用的にも、戦場において守りに徹する戦術をとる。二重もどちらかといえば防御中心の後の先を取るタイプの戦いをするが、十重の場合は一切の『先』がない。後の後を取ってさらにその後を取る。本来ならば全く決定力のない戦い方であるが、彼女は一人ではない。パートナーである二十重が、その部分を完璧に補っている。
 十重が敵からの攻撃を防ぐ間も、二十重はその勢いを殺すことなく真っ直ぐに攻撃に向かう。文字通り「先手必勝」とばかりに。
 「うりぃやっ!!」
 二十重が扱う鉄槌【キャッチインザライ(百偽一真)】は、総重量およそ二百キロにも及ぶ超重量の武器である。その一撃は、打撃を通り越した衝撃――撲殺を凌駕した圧殺。
 まるでゴキブリをスリッパで叩き潰すかのような気軽さで振るわれた【キャッチインザライ】の一撃は、一度に三人ほどの【マリアスコール】の私兵を、まさしく「ぺしゃんこ」という表現が合うほどに押し潰した。
 残心すら取らずに武器を振り下ろした姿勢のまま再び突撃を始める二十重に対し接近を挑もうとした者たちは、一瞬のうちに十重による斬撃を首筋や胸や肝臓などの急所に喰らい、なす術もなく地に臥せた。
 二十重と十重の襲撃を、光路は行軍する一団の最後尾で【インチャオハンバン】の部下から報告を受けることで知った。戦闘が始まっていたことには気づいていたが、それが敵の革命軍ではなく今の今まで存在していなかったはずの第三者によるものだとは思ってもおらず、光路は少なからず驚いた表情をした。もっとも、それによって動揺するほどに彼の経験は浅くはなかったが。
 「何、澪漂・二十重と澪漂・十重だと? 何だってあいつらが……いや、いい。理由はどうあれあいつらが出てきたことには変わりねぇし」
 しかし、と光路は口には出さずに考えた。
 ――九龍と澪漂は暗黙の同盟関係にあるはずだろ。互いの仕事がぶつからないように小細工されてるはずだし、今までだってそんなことはなかったはずだ。
 「こりゃ、俺が直々に訊きに行った方がよさそうだな」

 「……っ!」
 そこまで一片の容赦も休息もなく、ただ敵を圧殺し圧倒し続けていた二十重がそこで初めて腕を止めた。と思う間もなく銃撃の狭間、一瞬の隙を突いて十重の襟首を掴み自らも大きく横へ跳躍する。
 回避行動をとりながらも手にした【キャッチインザライ】を大きく振るい――今まで攻撃手段として使ってきたそれを、初めて防御のために使用した。
 防いだのは横凪に払われた槍――否、大鎌での斬撃。
 「おいおい、二重んとこの団員――【アンタッチャブルサイズ】の光路じゃねぇか」
 光路は片手で味方の弾幕を止めると、刃の鍔元から半透明の鎌を展開している槍を肩に担いだ。九龍の接近戦用試作兵器【黄天衝】。柄の部分からTAO――生体エネルギーを入力することで三種の攻撃手段としてそのTAOを展開する、という武器である。今作り出されている大鎌は、その内の一つである気功鎌・蚩尤だ。
 光路は【インチャオハンバン】の名が刻まれた腕章を見せ付けるようにして、二十重をにらみつけた。
 「おい、澪漂の第三管弦楽団長さんよ。何でまた、俺たちの仕事を邪魔してくれてんだ?」
 「んー? 俺だってこの戦争に【インチャオハンバン】が関わってるなんて初耳だぜ。千重団長からはもちろん、二重にだって何も言われてねぇしな」
 二十重の口から出た意外な名に光路は思わず口をぽかんと開けてしまった。
 「あ? ふ、二重がここに来てるのか?」
 「おう、俺たちだけじゃねぇよ。今あいつは第七、第二、第十一の団長副団長を指揮するコンダクターとして働いてるぜ?」
 さらに光路は口を開ける。なんだそれは、そんな話聴いてないぞ、と。しかしそれもつかの間、光路はゆっくりと槍を構えて言った。
 「あー……まぁいいや、詳しい話は殺り合いながらしようぜ?」
 「うははは。いいねぇ、一度お前とも戦ってみたかったんだ」
 二十重もそれに答えて【キャッチインザライ】を構えた。
 「お前等、先に行ってろ。そのうち追いつく」
 「十重、わが身を大事に、適度にこいつら殺しててくれ」
 自分の役目を忘れていない、というよりは単純に殺し合いの邪魔をされたくないがために、二人はそれぞれそう仲間に指示した。
 そして二人はどちらからともなく、手にした武器を振り上げぶつかり合った。

                   ♪

 銃器というのは本来遠距離から超遠距離をカバーするための武器である。意外と知られていないが、銃というのは近距離では使いにくい武器なのだ。
 理由として、銃の攻撃線が直線的で細いという点が挙げられる。
 人間の視野は百八十度に近い鈍角であり、さらに立体視が可能な範囲となれば九十度程度しかない。つまり、狙う対象物が近ければ近いほど、それを捉えることのできる視野が狭くなる。
 対人戦で銃を使う場合、接近された相手が黙ってじっとしているわけもなく、当然回避動作を行う。ということは、狭い視野で銃を使うと相手が自分の捕捉できる範囲から見失いやすくなる。
 故に、と七重は敵陣のど真ん中で直刀を振るいながら笑った。
 「ここまで乗り込んでしまえば、アンタたちは不用意にその武器を使えないわよね? まして味方に流れ弾が当たる可能性を考えれば、所詮素人のアンタたちにその武器を使う読経はあるのかしら?」
 ぶぅん、と緩慢な動作で直刀を振り回す。それだけの動作で、さらに十名ほどの身体が両断、あるいは深々と切り裂かれる。周囲の敵を一掃してなお、七重の斬撃は止まらない。
 ざく、ざく、ざく、ざく、と。地に倒れた死体を一寸刻みに切り払う。
 別段死者に鞭打つというつもりはない。すでに物質と化したモノにそんな感傷的な思いを持つこと自体、馬鹿らしいことだと七重は思っている。
 血しぶきが、肉片が、宙を舞う。七重の姿を、覆い隠すほどに。
 眼くらまし。
 時折勇気ある者が銃を向けてくるが、その銃弾も小さな肉片や、骨片、あるいは血しぶき程度の小さな粒子に阻まれ七重までは届かない。そしてその鮮血のカーテンの中から新たな攻撃が、人々の身体に吸い込まれていく。
 「全く、こんな弱いくせに戦争なんて、【無礼】な奴らね。しかもむさい男や年増女ばっかり……美少女の一人くらい出しなさいよ」
 そんな理不尽な言葉とともに、七重は虐殺を続ける。

 「ほれほれ、どうしたのかな? そろそろ俺に傷くらいつけてみせてくれよ」
 非常に大振りな動作で、深重は手にした大傘【スティールレイン】を振り回している。鉄板で出来たその傘により銃弾はことごとく弾き飛ばされ、ある者は流れ弾に当たり、ある者は自爆によって命を落とす。
 そして何より多いのが、その大傘の打撃に当たる者だった。直径が軽く二メートル近い大傘であり、その重量は二十重の【キャッチインザライ】ほどではないにしろ相当なものだ。傘全体が十分に鈍器としての用をなす。
 「しかしまぁ……」
 銃弾が深重に届くより自分たちが壊滅してしまうと思ったのかどうかは分からないが、不意に革命軍が無鉄砲な銃撃を止めた。
 「さすがにアホの集団じゃないか。んー……あんまり奥まで入り込むとヤバイかもなぁ」
 そう呟くと、深重は唐突に飛び上がった。一見飄々としているようだが、どうやらフィジカル面も意外と高いらしい。
 突然視界から敵の姿が消え、革命軍の間に動揺が走る。それはそうだろう、重力を無視したかのような動きで跳躍したなどと思い当たるほうが珍しい。
 そして気づいたときには、深重は空中で傘の先端を下にして――狙いを近づいてきた装甲車に定めていた。かちり、と軽い音を立てて持ち手を回転させると、先端に付いていたナイフ状の刃がきりきりと五十センチほどの長さに伸びる。
 そして、
 「ははははは、人がゴミの――」
 昔、旧世紀のアニメ映画で見た科白を楽しげに口にして、
 「――ようだっ!」
 七重の姿を探して『うっかり』装甲車の乗降口を開けてしまった、哀れな男の頭上へと、重力に任せて【スティールレイン】ごと急降下した。
 もちろん、人間の頚部は頭上から超重量の物体――深重の体重と合わせて百五十キロほどの物が落ちてくるのに耐えられるほど丈夫ではない。ピンポン玉が潰れるような気軽さで、男の首はへし折れ頭部は潰れてしまった。
 さらに深重は一度【スティールレイン】を装甲車の乗降口に通る程度の大きさまで閉じて、それを奥まで突き刺す。流石に旧世紀の有名な刀匠の作だけあって、その程度のことでブレードが欠けることもなく、大傘の先端はあっけなく装甲車のボディまで入り込んだ。
 深重が突き刺した【スティールレイン】を引き抜き離脱するのは、その一瞬の出来事から人々が回復するのよりなお早く。

 漏れ出た燃料と電気系統の損傷による火花によって、装甲車は盛大に爆炎を吹き上げた。


                    ♪

 光路と二十重の打ち合いは拮抗していた。実際は打ち合いと言うよりも凌ぎ合いと言うべきかもしれないが。
 「……うぉっと」
 光路の大鎌による斬撃はミートポイントが広いため、柄で受けるにしても刃をスライドさせることで身体に届かせることは比較的容易な攻撃となる。そこで、二十重はその攻撃を【キャッチインザライ】のハンマー部で受け流すように防御していた。
 「はっ、噂の第三管弦楽団長さんも、そう大した事ないな! ――ってうわ!」
 若干イニシアチブを自分に引き寄せたことで余裕が出てきた光路であるが、一瞬の隙を突いてくりだされる鉄槌の一撃に慌てて上体を反らせて回避する。二十重の攻撃は一撃が重たい――武器自体の重量に加えて、使い手である二十重の腕力と振り回す際の遠心力が加わって相当な衝撃となるため、まず武器で受ければ力任せにへし折られる可能性が高い。
 「しっかし……防御できない打撃ってのはやっかいだねぇ」
 「お前こそ、長すぎる斬撃ってのは中々嫌なもんだぜ?」
 そこで二人は言葉を切り――攻撃の応酬だけは止めなかったが――そして本題へと踏み込む。
 「さて……説明してもらおうか? 何で俺たち【インチャオ】が仕事に来ているのに、お前等澪漂がここにいるのか……しかも、敵対者側として」
 「お前等が戦ってる革命軍のバックに、ゾルルコンツェルンが付いてるのは知ってるだろ? 俺たちはそのゾルルが実験しようとしている試作兵器を破壊するのが仕事だ。殲滅活動はそのおまけよ」
 ふん、と光路は頷いた。
 「その『仕事』は……九龍からの依頼なのか?」
 「当たり前だろ。ゾルルに手を出すなんて一般企業のすることじゃねぇ」
 それを聴いて、光路は今度こそ攻撃をする手を止めた。片手を差し上げ追撃する二十重を制する。
 「それじゃ、俺はここでお前と殺しあってる場合じゃねえよな?」
 「うはは、全くもってその通りだ」
 九龍の下、否、背後で澪漂が動いている以上、【インチャオハンバン】が【マリアスコール】に与する必要性はもはやない。光路は頭を掻きながら、「めんどくせ」と呟いた。
 「ったく、九龍の上層部も人が悪いな。俺たちはただのかませ犬か?」
 「話が話だからな、実際に行動に出るまではあまり不穏当なことをしたくなかったんだろよ? それにお前もいるしな、二重が動いたと分かれば臨機応変に行動すると思ってたんじゃねぇか?」
 「……そんなとこだろうねぇ」
 光路は苦笑して、懐から無線機を取り出す。【インチャオハンバン】から派遣された部隊全員が持っているもので、光路はそれを使って仲間に連絡をした。

 「【インチャオ】全部隊員に告ぐ。俺たちはこれから澪漂に付くぞ。なるべく不自然でないように、戦闘から離脱しろ」

 【インチャオハンバン】の兵士たちはさすがにキャリアが違うのか、他の私兵団たちに気づかれることもなくすみやかに戦闘から離脱を開始した。
 ただ一人、【マリアスコール】の一軍と戦闘していた十重だけがその離脱に気づく。
 「……あれは…………【インチャオハン…………バン】の……方たちです…………ね。……ふむ、どうやら……戦闘を…………放棄するよう……ですね」
 その呟きは彼女が振るうナイフが敵や敵が持つ武器にぶつかる音に掻き消されるほどか細かったが、元々誰かに聞かせるために言ったことでもないので彼女は別に気にしない。
 そして、十重はその逃走する【インチャオハンバン】の兵を追うことなく目の前の兵たちを殺し続けた。一応は澪漂も同じ九龍を背後に持つ組織であるため、積極的に敵対する必要性もないと判断したためである。
それに傭兵である彼らが戦闘から離れるということは、二十重と光路の戦闘が何らかの形で終了したことを意味している――おそらくは、共闘という形で。
 手にしたナイフで一人の頭蓋を叩き割りながら、十重はため息交じりに呟いた。
 「早く……二十重が帰って…………こないでしょ……うか…………? 守る……者がいない…………戦闘というの……は、存外…………つまらない……もので……す…………」

 二十重と光路が十重と合流したときには、彼女の周りには生きた人間は一人もいなかった。
 さすがに殲滅とまではいかなかったが――いくら澪漂の一員とはいえ、一人で全軍をカバーするのは面積的に無理がある――それでも相当な人数が彼女によって殺害されたことがわかる。
 「おーおー……随分と派手にやってくれちゃったねぇ……。こりゃ、【マリアスコール】のお偉いさん方にこっぴどく叱られるよな」
 「離反しといてそりゃねぇだろ。そんな元雇い主のことなんて気にしても無駄ってもんだ」
 しかしそんな阿鼻叫喚の図に眉を顰めることなく、二十重と光路はそんな気軽な会話を交わしていた。こんな光景は擦り切れたフィルムほどに見飽きたとばかりに。
 「二十重……ごめんな…………さい……。結構な人数……逃がしちゃ…………いました……」
 「いいっていいって。こういうときのために帯重がスタンバってるはずだしな」
 光路は十重の喋り方に「はきはき喋れ!」と怒鳴りたくなったが、そんなことをして余計な喧嘩になっても仕方ないと思い、話題を変えることを選んだ。
 「で、俺らはこれからどうすんだ? このまま二重たちと合流するか?」
 二十重はそんな光路の疑問に対して、「うはは」と笑って答える。
 「何言ってんだ、それじゃ二度手間になっちまうだろ」
 「は?」
 二十重は疑問符を浮かべた光路に、二重たちがいるはずの方向とは真逆の方向を指差した。

 「【マリアスコール】、潰しに行くぜ?」

 「…………まじかよ」
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