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7、中華料理屋・藍


 西区繁華街。
 飲み屋が軒を連ねる通りに、桔梗と秋人の姿はあった。灰色の街を、賑やかな明かりがぼんやりと映している。日も沈んだ通りには、閉まった店の軒先に机を置いた易者や珍しい動物を売る行商人であふれている。小さな水槽に入れられた色とりどりの金魚が美しい。
 千鳥足で歩く酔客や、怪しげな荷物をもった行商人の間をすり抜けて、秋人と桔梗は歩く。そして、目的の飲み屋の看板を見つけると扉をくぐった。
 中華料理兼飲み屋『藍(ラン)』
 店内は細かく個室に分かれており、それぞれに番号が振ってある。待ち合わせや密談にも使える便利な店だ。
 指定されていた番号の部屋に入ると、すでに待ち合わせの相手は来ていた。
「こんばんは」
 黒色人種とはまた違う色の黒い肌。縮れたような黒い髪。さまざまな人種の人間が出入りする学園内でも比較的珍しいその色は、遠くからでもすぐに分かる。
「ジョフ。お前が来てたのか」
「本当は緋葬架さんが来るはずだったんですが、急用ができてピンチヒッターですよ」
 序列610位ジョフ・フリーマンは、にこりと微笑んだ。オーストラリア大陸の原住民の血を引く彼は、素手の戦闘ではトップランカーに負けないほどの能力を持つ。反面、人格は温厚である。
 烏龍茶しか乗っていない卓をはさんで向かい側に、秋人と桔梗は座る。注文を取りに来た店員に適当な飲み物と食べ物を注文する。店員がいなくなったのを確認して、桔梗は口を開いた。
「で、どうだったんだ?」
「まずはこちらを。詳しい分析結果とチョコレートの残りです」
 鞄から茶色の封筒を取り出すと、ジョフはそれを秋人に向かって差し出した。両手で秋人はそれを受け取る。中に入っている書類を出して見るが、細かい文字がびっしり書いてあって読む気にならない。
「単刀直入に申し上げると、あのチョコレートの中には、麻薬の一種が混入されていました」
 想定内だったのか、秋人は顔色を変えない。桔梗も驚きはしなかったが、盛大に顔をしかめた。
「菓子の中に麻薬だぁ?」
「はい。最近出回っている新種です。お菓子に混ぜて流通さえているのが特徴で、どうやら正式名称は『天使の粉』というらしいですね」
 すらすらとジョフは言う。
「ふうん。で、効能は?」
「脳や肉体が無意識のうちに課しているセーブを外す、というのが主な機能のようです。そのため、一時的に身体能力や脳の動きが活性化します。体にかかる負担を完全無視するわけですから、サイキッカーの能力も向上する可能性がありますね。ミスティックはどうだか分りませんが」
「それ、すごい薬なんじゃないか?」
 本当だとすれば、学園が放っておかなそうだ。
 しかし、ジョフは首を横に振った。
「ですが、体に無理をさせるので切れた後で反動が一気にきます。それに、肉体を酷使する苦痛を抑えるために一時的に脳内麻薬が分泌され気持ちがよくなりますが、続ければ依存が起こります。他にも過剰に気が大きくなって周囲に迷惑をかけたり、限界以上に体を使って突然死を引き起こしたり……」
「嫌な薬だな」
「はい」
 そこで店員が来たので三人は会話を中断した。
 机の上に飲み物と簡単な食べ物が並ぶ。再び店員がいなくなったところで、また三人は口を開いた。
「もう一つ、問題があります」
「まだ?」
 うんざりした顔で、桔梗は声を上げた。
「この薬は少ししか流通していないんです。それに手に入れたひとはすぐに飲んでしまうため、これほど大きい塊が発見されたことはありません」
「…………それって」
 ジョフはうなづいた。
「これの持ち主は、生産者に近い立場にいる可能性があります。すぐに区画の王に通報したほうがいいと思います」
 沈黙が訪れた。
「…………二重のとこか。面倒なことになったな」
「景山君は、こんなもので何をしようとしていたんだろう」
 料理の追加がきた。三人は箸をとってもくもくと食べ始める。
「……まあ、わたしの仕事はここまでですが、必要なら西王のところまで護衛します」
「ん。秋人はどうする?」
 回鍋肉を取り分けながら、秋人は答えた。
「頼むよ。ここ数日、不審な人影がうようよしてて」
「正体は分からねえんだけどな」
 五目チャーハンを食べながら、桔梗も同意する。
「人がいるところでは仕掛けてこねえんだよ」
「そうですね。このあたりは西区でも、比較的成績の良い余裕のある生徒が集まる場所ですから――騒ぎを起こせば目立つ」
「やっぱ、これがらみかな」
 チョコレートが入った封筒に目をやって、秋人はため息をついた。






 外に出ると、夜もふけたというのにさらに人が増えている。闇夜がふるびた建物を覆い隠し、代わりに色とりどりの電灯を浮き上がらせる。
 店を出て三人は歩いていた。
「どうします? 近道するとスラム街を抜けることになりますけど」
「安全第一、っていいたいところだが」
 視線を感じて、桔梗は舌打ちした。ひとごみに紛れて、何者かが三人を包囲しようとしている。相手は気づかれないようにしているつもりらしいが、こちらから見るとばればれだ。
「……秋人、あの角曲がったら走るぞ」
「分かった」
「援護します」
 酔客を避け、角を曲がった瞬間、秋人と桔梗は走り出した。それを追って飛び出した人影の前にジョフが立ちはだかる。
「邪魔するな!」
 相手がナイフを取り出す。しかし、それは彼に届かない。片手でナイフを持つ手首をはじき、足を引っかけて背負い投げの要領で投げる。ただし、彼の筋力は並の人間のものではない。投げられた成人男性の体がやすやすと宙を舞い、別の仲間を巻き込んで壁に激突する。
「ここは通さん」
 相手は五、六人。問題ない。
 ジョフは肩幅まで足を開き、手でこぶしを作ると、迎撃に入った。しかし、別ルートを使って秋人と桔梗を追った相手の存在にまでは気付けなかった。






 迷路のような街を、秋人たちは疾走していた。敵は街の構造を知り尽くしているらしく、あちこちの階段や陸橋の上から新たな敵が現れる。桔梗が十手で応戦するが、数が多い。じりじりと追いつめられる。
「くそっ、上のほうは全部ふさがってるか」
 いつの間にか目的と反対の方向――北と西の堺であるグレイハウンドストリートの近くまで追い込まれていた。ここはただでさえ、治安の悪い貧民窟。しかも爆破や違法建築でほぼ毎日地理が変わる場所であるため、西区に居住地のある桔梗であっても自分がどのあたりにいるのか分からない。
「どうすれば……」
 いっそのこと、適当な知り合いにでも出くわせればいいのだが。
 幸い、この当たりは不死川&不死原の殺人鬼コンビや法華堂戒の狩場だ。出くわせば喜々として参戦してくれるだろう。だが、こういう時に限って彼らの姿は見当たらない。
 秋人は無言だ。考え込んでいるのか、あるいは単に体力が限界なのか。
 路地の先にこちらを探す追手を見つけて、桔梗は急ブレーキをかけた。前はいけない。後ろもだめだ。
 周囲を見渡した桔梗の目に、朽ちかけた地下への階段が飛び込んできた。その古びた様子からアンダーヤードへ続くものだと一目で分かる。あそこなら追ってこないかもしれない。
 周囲をもう一度見渡す。自分たちを探す相手の叫び声が聞こえる。覚悟をきめて、桔梗は秋人とともに地下の闇の中へ飛び込んだ。