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序章 アフタヌーンティ


 黄道暦。
 第三次世界大戦および、核兵器妨害装置開発により勃発した第一次非核戦争を経てあらゆる国家が崩壊した世界が、国家ではなく企業による統治を選んだことによりはじまった年号。それもすでに半世紀以上。すでに国家というものを経験している世代は、少数派になり始めている。
 その中で、かつて日本国と呼ばれる国があった島そのものを買い取って作られた世界最高峰の巨大学園都市・トランキライザー。
 あらゆる分野において次代を担う人材の育成を目標に、かつての日本国の上にそのまま建てられたこの都市は、学園敷地面積2187.05km2(東京都に相当)教職員、生徒、企業家、現地住民のすべてを合わせた総人口は約一千三百万人、まさに世界最大の学園都市である。
 そのイーストヤードと呼ばれる区画。ここはかつての日本国の面影をもっとも多く残している区画である。
 中心部には高層ビルが立ち並び、生活なオフィス街が広がっている。ここには、ダイナソアオーガンやブラックシープ商会など学園を代表する企業がオフィスを構えている。
 そこから放射線状に広がるのは、電気街や様々なショップだ。飲食店や娯楽のための店も多く、メイド喫茶やショウレストランもある。
 そこを抜けていくとまたがらりと空気が変わり、石づくりや漆喰の塀や立派な屋根瓦の日本家屋が軒を連ねるようになる。ここはイーストヤードでも特に金持ちが多く住んでいる区域だ。ところどころに和風の洋建築や完全な洋館も紛れ込んでいるが、それは風景を乱すものでない。むしろこのるつぼのようなおおらかさが、元からあったものも、海の向こうからきたものも、古いものも、新しいものも、見事に融和させている。
 かつての日本の風景。この学園の生徒たちはそれを知る世代ではないはずだが、この街並みにひかれる生徒は少なくない。
 そんなイーストエンドに、虞骸館という名の建物はある。
 赤い煉瓦作りの見事な洋館。屋根の上では風見鶏が風を受けている。塀には種類も分からない蔦が何十にも絡みつき、この洋館の雰囲気を怪しげなものに変えている。だが、この館の主が誰か知れば、その外観にも納得がいくだろう。

 虞骸館

 それは、六百五十万人ほど存在するといわれる生徒の中で序列24位の地位を得ている少女、【イノセントカルバニア(純白髑髏)】篭森珠月の家である。




 ハーブや紅茶を練りこんだ焼きたてのスコーン。色とりどりのジャム。たっぷりのベリーが乗ったタルト。クリームを添えた薔薇のシフォンケーキ。ふっくらした貝型のマドレーヌ。ベルギーチョコを使ったブラウニー。男の子と女の子の形のジンジャークッキー。ハーブ入りの蜂蜜。クレソンのサンドイッチ。セージのパン。可愛らしいジャムクッキー。クリームと苺をたっぷり乗せたワッフル。赤や黄色のカラフルなマカロン。大きなチョコレートプティング――――――
 足の部分に繊細な彫り物がされた大きなテーブルには、真っ白なレースのテーブルクロス。そのうえにおかれた陶器の花瓶にはあふれる深紅の薔薇。一点のくもりもなく磨かれた銀食器に、景徳鎮で作られた唐草模様のティーセット。
 そして最後に、一番重要な紅茶と気の合う友人。それがビクトリア式アフタヌーンティの作法だ。穏やかな午後の日差しがサンルームに差し込み、長い間丁寧に使われて飴色に変化した椅子や、こまやかな刺繍がほどこされたクッションが薄く影を作っている。
 だが、ほんの少しだけ作法と違うところがある。
 一つは、お菓子。アフタヌーンティには沢山の種類のお菓子を少しずつ出すのが常識だ。しかし、テーブルの上には沢山の種類の菓子があふれるほど置かれている。しかも、お茶会には向かないお菓子も多い。
 次に服。正式な作法ならティーガウンを着るべきところだが、今日はホストも招待客も好きな格好をしている。
 そして最後は給仕がいる点だ。本来のお茶会では、女主人の友人が交代でお茶を入れるものだが、ここでは給仕が全員にお茶を入れて回り、あるいは皿を配ったり、汚れた皿を下げたりしている。



「うーん、やっぱりお茶はいいね。お菓子も美味しい」
 ふふ、と沙鳥は笑った。その隣に座っているアルシアはこっくりとうなづいて、ハーブを練りこんだパンに、金色の蜂蜜を塗ったものを口に入れた。
「英吉利のお菓子は美味しいです。料理も素朴な素材の味を生かした美味しいものがありますが、お菓子のほうがおいしいです」
「本当。お招きありがとうございます。篭森さん」
 にこりと笑顔で言ったのは政宗。視線を向けられて珠月は、彼女にしては珍しくにこりと微笑んで答えた。
「こちらこそ、来てくれてありがとう」
 サンルームには七人の人間がいる。
 四角いテーブルを囲むようにして、上座に沙鳥。それに向かって左に政宗と緋葬架。右にアルシアと桜夜楽。沙鳥に向かい合うように珠月。そして、座っている女性たちの間を歩き回るミヒャエルだ。彼はまるで執事のように、お湯を持ってきたり、皿を下げたりしている。
「さっきから思っていたんだけど、なんでミヒャエル君が給仕してるの?」
「働かないもの食うべからず。ミヒャエルは確かに世界的な建築家だ。だけど、ここではただの居候。私の家に住んでいるんだから、家にいる間は働いてもらっている」
 鷹揚にいって、珠月は椅子の背に寄り掛かった。その姿からは風格が滲み出ている。
 負荷をかけても椅子が不快な音を立てないのは、それが高級品だからだ。この椅子に限らず、屋敷の中の家具は一つ残らずこの古風な洋館に、ひいてはこの館の主に相応しいもので統一されている。なんというか、隙がなさすぎる。まるで屋敷そのものが、珠月のために作られた劇場のようだ。
「ま、当たり前ですわね。居候ですもの」
「厳しいですよね。社長は」
 緋葬架と桜夜楽は見事に逆な反応を返した。
「で、実際どうなの? ミヒャエル君。普通なら、君は接待を受ける立場でしょ?」
「仕方がありません。このような大変興味深い館、しかも妙齢の女性が住んでいらっしゃる館に滞在させていただいている身。給仕役でも、従僕のまねごとでも、時間が許す限りはいたしましょう」
「よく言う。はじめのうちは、『英国人はなぜ夕方に何時間もかけてお茶を飲むのか。まったく理解できん』とか言っていたくせに」
 珠月はからかう。真面目くさった顔で、ミヒェエルは答えた。
「ドイツでは、日が沈んだあとは暖かいものを食べないのです」
「いまどき律儀に出身地域の文化を守るものもいないでしょ。お茶にしても、冷たい夕食にしても、好きなものを好きなように楽しめばいいのよ」
 珠月はスコーンを二つに割って、たっぷりのクリームとジャムを塗りつける。
 それにしても、この場に第三者がいたとしたらすぐに逃げ出したくなるような面子である。
 まずは主人である、序列24位で校内にある「リンク」と呼ばれるサークルの一つ、『ダイナソアオーガン』の社長でもある篭森珠月。
 序列15位でリンク『レイヴンズワンダー』の女王である【ゴットアイドル(神の偶像)】朝霧沙鳥。
 序列93位で学園随一の狙撃手の【ナハトイェーガ(夜の狩人)】朧寺緋葬架。
 沙鳥の守護者集団である【オルディネレジネッタ(女王騎士団)】の一人で、序列151位【アッドロラータ(嘆きの聖女)】半月政宗。
 世界的な建築家で空間の魔術師と呼ばれる序列205位【マジックボックス(驚異的空間)】ミヒャエル・バッハ。
 珠月の部下であり、生身であらゆる電波や情報を受信する特殊能力を持つ序列221位【チャンネルパペット(宇宙と交信する腕人形)】アルシア・ヒル。
 同じく珠月の部下で、特定条件下で相手のあらゆる行動の自由を奪える能力をもったミスティック、序列251位【フェアリーリング(妖精の仕掛けた罠)】大豆生田桜夜楽。
 これだけの数の、ランカーと呼ばれる上位成績者がそろっているのは珍しい。なぜなら、その他大勢の生徒を率いる立場にあるトップランカーたちは常に学園内外と飛び回っているため、大勢でのんびりお茶を飲む時間などめったにないからだ。
「そういえば、聞きました? ブラックシープ商会のハールーン。ほら、運送部門の。最近姿を見ないと思ったら、中東でラクダレースに参加していたんですって」
「相変わらず、一迅の風になることに全力をかけていたっしゃいますのね」
「ブルーローズが、国際洋菓子品評会に出たって。ううん。賞は逃したみたい。味は完璧なんだけど、まだまだ技法だね。飴細工とかチョコレート細工は経験が大事だから、こればかりは仕方ないね」
「あと数年努力を怠らなければ、きっと優勝できるわよ」
「あの嘘新聞がとんでもない記事を載せてくれて……本当に勘弁してほしいわ」
「今月のブラックシープ商会のフリーペーパー……えーと、『ムートン』だっけ? あれにクーポンがいっぱい付いてきてるよ。ケータイからもダウンロードできるから、見ておいたら?」
「この前またジェイルと顔を合わせちゃって……なんかもう死んでくれないかな。あれの顔を見ると、ゴキブリに殺虫剤をかけるのと同じように熱湯をかけたくなる」
「うーん、残念だけどそれくらいじゃ死なないと思うよ」
「この前、南区のハーベストストリートにすごいケーキ屋さんができたんだって。聞いた? パステルカラーのカップケーキ売ってるらしいよ」
「どう見ても毒ね」
 おしゃべりにも花が咲く。
 日差しは心地よく、お菓子は甘く、紅茶は美味しい。贅沢な時間だ。
 おしゃべりの邪魔をしないように、忠実な執事になっているミヒャエルはそっとお茶を継ぎ足し、クリームやミルクを用意する。
 その傍らを退屈そうに黒い猫が通って行った。珠月の従者のトリスタンだ。サンルームには見当たらないが、屋敷内には他に、大烏のべディヴィエール、白鼠のガラハド、毒蜘蛛のランスロット、コヨーテのガウェイン、スネアーズペンギンのケイがいる。
「私は、来週からベアトリクスと太平洋ですの。捕鯨調査で」
「まあ、大変。気をつけて行ってくださいね」
 溜息をつく緋葬架に、政宗が励ましの言葉をかける。緋葬架は力なくほほ笑んで、ちぎったマドレーヌを紅茶につけて口に入れた。向いの桜夜楽はチョコレートプティングと格闘している。
「へえ、大変だね。私たちは何かあったっけ? アルシア」
「こらこら。あなたは今週末からエチオピアでしょう? テロ組織を捕まえに行くって言ってたじゃない。忘れてもらっちゃ困るわよ」
「あー……」
 上司の呆れたような声に、桜夜楽は明後日の方向を向いて頭をかいた。
「思い出しました。って、あれ? シアのほうは?」
「アルシアは一昨日、帰ってきたばかりでしょう?」
 トップランカーは、行ったまま帰ってこない人と現地と学園を行ったり来たりしているタイプがいる。アルシアは後者である。
 ベリーのタルトを解体しながら、アルシアはこっくりと頷いた。目がぼんやりしているところを見ると、また会話中に何かを受信したのかもしれない。
 珠月はちらりとアルシアの手を見た。
 フォークを握る右手はトカゲをデフォルメした腕人形に覆われている。受信をしている間は、アルシアではなくあの人形がしゃべるのだ。逆にいえば、受信をしていない間はわりと安全ともいえるが。
「アルシア、他人の家での受信は失礼だって、この前教えたよね?」
「はいです。ですから、してないです。代わりにもうわけありませんが、お祈りの時間前に帰宅させていただきます」
 彼女は一日数回、完全なトランス状態でアンドロメダ星雲にいるらしい宇宙の神と交信する。その間は、あらゆる意味でお近づきになりたくない状態になるため、彼女には一時帰宅が許されていた。それはプライベートでも例外ではない。
「そういえばこの前、学園の外であのワーシプのコンビに会ったよ」
「不死川君と不死原君? 珍しいねぇ」
 沙鳥は顔をあげた。不死川と不死原は上位ランカーには珍しく、学園を留守にしている時間が短い。なぜなら、仕事で出かけても速攻で相手を殺して帰宅するからだ。単に仕事が早いから休みが長いのか、学校が好きなのかは分からない。
「南イタリアのカモッラの知り合い尋ねたら、いたの。『掃除』を依頼されたみたいでさ。互いにびっくり。しかも奴は血まみれで生首持って上たし」
「えー、喧嘩にならなかったの?」
「互いに相手に興味ないもの。その、私の知人のほうはなんか怒り狂ってたけどね。なんでも始末して証拠を持ってこいって言ったら首を持ち込んだらしくて」
「それは怒られるよね。写真とればいいのに」
「そうよね。首なんか持ってこられたら、家が汚れるもの」
 平然と血まみれの話をして、珠月は真っ赤なラズベリーが乗ったタルトを切り分けた。沙鳥も平然とした顔で、スコーンにイチゴジャムを塗る。どちらもいい神経だ。
 その後も交わされる会話。雑談。談義。謀議。
 お茶会が社交の場であり、情報交換の場であるのは、今も昔も変わらない。やがて日が沈み、お茶会の時間も終わりに近づいたころ、思い出したようにアルシアが言った。
「社長、私そろそろ帰るですけど……耳に入れておきたいことがある忘れてましたですよ」
「何?」
 珠月は小首を傾げる。

「あの、『天使の粉』って知ってるですか?」

「知らない」
 間を置かずに珠月は答えた。他の顔ぶれもぴんとこなかったらしく、小首を傾げる。
「えー、何それ? 新しいの化粧品?」
「エンジェルエッグとかが好みそうな名前ですわね」
 聞きなれない単語に、全員が興味深そうに身を乗り出す。
「お薬だそうです」
 対するアルシアの返答に、空気が緊張をはらんだ。
 この場合の薬とは、普通の薬局や病院で扱っているものではない。麻薬のことだ。
「新種らしいです。ここ最近、アンダーヤードで流れてると聞きましたですよ。まだ治安のよいこちらには流れてきていないですが、念のため社長の方から東王に進言しておいてくださいです」
「そんな話、どこで聞いたの?」
「受信したですよ」
 そうだった。
 珠月は頭を抱える。
「…………詳しく聞いていい?」
「あ、私も知りたい」「私も興味ありますわ。調査会社ですから」「じゃあ、私も」「仲間外れにしないでよ!」「わたくしも聞いてよろしいのでしょうか」
 うにとうめいて、アルシアは話し始めた。
「見た目は、青みを帯びた白い粉らしいです。直接口に入れるか、溶かして注射するタイプみたいですよ。錠剤にするか、飴やチョコの中に混ぜ込んで販売するらしいです。摂取すると気分が良くなるそうです。しかも体にダメージが蓄積されにくいとかです」
「そういうのは、限界がくると一気にくるからなぁ。面倒くさい」
 本当に面倒くさそうに珠月は言った。行儀悪く爪先でカップをはじく。かつんと耳障りの良い音が響いた。
「でもお姉さま。こういう無制限に被害が拡大するものは、早めに処分しなくては」
「あはは、がんばれ珠月社長。ま、とりあえずは宿禰会長に報告だ」
 にわかにお茶会は騒々しくなる。珠月は背後のミヒャエルを振り返った。
「ミヒャエル。あんたも知らないの? どんな分野であれ、『新製品』には敏感でしょう? ブラックシープ商会は」
 話を振られたミヒャエルは、手に持った銀のお盆を小脇に抱えて、小さく首をかしげて見せた。
「はて。わたくしは所詮、傘下の一事務所の所長にすぎませんから。それにわたくしどもは、麻薬だけは絶対に取扱いませんので。気になるようでしたら、メリー副社長に連絡するのがよろしいかと。薬物関係では、突出した知識をお持ちです」
「なるほどね、【レディポイズン(毒の小公女)】か。CIX ORGANIZATIONの連中の中にも薬剤師がいたかな。後で連絡とってみるよ」
「うーん、でもうちの学校でそんなに薬なんて売れるのかな?」
 トランキライザーは、学園都市である。中でもメインヤードと呼ばれる区画は学園直轄地で、そこで危険な商売をするのは自殺行為に近い。アンダーヤードや治安の悪い地域はならばある程度は好きにできるが、そこはそこで別の権力構造ができている。薬を流通させるのはリスクが大きい。
「需要はございますわよ」
 緋葬架が答えた。うんうんと桜夜楽もうなづく。
「特に本科の一年目の皆さま。ほら、本科まではこれたエリートでも、本科に進学したとたん、大部分が落ちこぼれるでしょう? その時期にアルコールや酒にはまる方って多いんですのよ」
「まったく情けないよね。今の予科生なんて、沙鳥様や社長世代に比べたら全然楽じゃん。本科に進学さえできれば、あとは先人の後をたどればいいだけだもん。リンクはあるし、治安制度もしっかりしてるし、マーケティングとかもすでにしてあるし」
 桜夜楽は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「初期に入学した人たちなんて、予科で必至に勉強しつつ、本科に備えて区画を調べたり、人脈作ったり、リンクの作り方研究したり、試行錯誤で来たんだよ? 何年もかけてさ。今の子は、そうやって出来た道をいかに最短で辿るかを考えるだけでいいじゃん。楽だよ。実際に、予科卒業にかかる年数も、後から入学した子ほど短くなる傾向にあるわけだし。甘えるなっていうの」
「仕方ないよ」
 沙鳥が答える。
「誰かの不幸や努力を知ったところで、その人の感じている負担が軽減されるわけじゃないんだからさ。それにそういう子はまず、生きて卒業できないよ。かわいそうに」
 たいして可哀想でもない口調で、沙鳥は言った。
「うう。地雷の予感がする。よくもそんな面倒な情報を持ち込んでくれたね、アルシア」
「いえ、それほどでもないです」
「厭味だよ」
 嫌そうに珠月は呟いた。