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終章 閉幕


「ってわけで、いろいろあったが今回の優勝者はモハメド・アリ!! 勝因はテーマに忠実だった点だな! もっと採点基準が細分化されてたらどうなってたか分からないな。他の出場者も見事な味と工夫でした。はい、拍手!!」
 割れるような拍手が上がる。もともと学園主催のイベントではないため、遊び半分に参加していた面子が多いためか、がっかりした様子はあまり見られない。
「おしくも優勝を逃したやつらもがっくりするなよ。参加賞で、無料エステ券と温泉プールフリーパスプレゼントだ! これで日ごろの疲れを癒してくれ。では、これをもって本日のイベントはすべて終了とする!!」
 ひときわ大きな拍手が起こり、それが消えると同時に人ごみがちらばり始める。審査員や参加者たちもやれやれといった表情で舞台から降りた。
「よ、春恵さん。お疲れさん」
「沁もね。私の料理うまくいってよかったよ」
「お疲れさま、珠月ちゃん」
「ん。さっちゃんもね。美味しかった?」
「うん、みんな美味しかったよ」
 モハメドはもくもくと鍋の手入れを始めている。逆は途中逃亡したので当然いない。エイミーは閉会式の準備にどこかへ行ってしまった。おなじくメープルは、自分の店のブースの撤退のため足早に立ち去って行った。残っているのは比較的暇な面子だ。
「んー、私は政宗の食べたかったな。ねえ、今度のお茶会にお菓子持参で来ない? こっちも御馳走するからさ」
「うわぁ、本格的なアフタヌーンティなんて滅多にないからうれしいわ。ありがとう、篭森さん」
「いや、菓子を作れって要求してるんだから、ふてぶてしいんじゃないかと。さっちゃんも来るよね?」
「行く行く! 楽しみだね」
 珍しく篭森は愛想よく笑った。が、すぐに表情が凍りついた。
「どうかしましたか?」
「私、帰る」「へ?」
 だっと珠月が走りだしたのと、優美な声が聞こえたのはほぼ同時だった。
「こちらにいましたか、真珠の月の姫……ってどこに行くんですか?」「お前のいない場所だ! ジェイル・クロムウェル!!」
 言われてやっと、全員がジェイルの存在に気づいた。
 ジェイル・クロムウェルは変わった能力をもつミステックで、自分の存在をその場において自然なものであると周囲の人間の脳に誤認させる能力【パーフェクトストレンジャー(人畜無害の第三者)】を持っている。そのため、常に異常なまでに存在感が薄い。どんな状況でも彼の存在に気づくのは、彼が死ぬほど苦手な篭森と高度な探査能力を持つ一部の人間だけである。
「あ、ジェイル君だ。珠月ちゃんも、たまにはかまってあげたら?」
 逃げようとした珠月の服を沙鳥がつかむ。珠月はつんのめった。
「~~~~~!!」
「先ほどは見事でした。相変わらず、貴方は美味しさという名の魔法を紡ぎだすのがお上手なのですね。覚えていますよ。まるで春の女王の宝石をちりばめたような美しい苺のタルトを作ってくださって」
「アポなし訪問でお茶会に乱入したくせに」
「ふふ、お茶の時間に友人を訪ねるのは、まだビクトリア女王が玉座にいらっしゃって沢山のイギリス船が海の女王のドレスの間を漂っていたころからの、イギリスのよき習慣ですよ」
「こういう時は呪いたくなるけどね」
「ふふ、目も眩むほど美しいといわれる月の女神は、アンチキリストでは嫉妬深い呪の神になりますから、いいかもしれませんね。ですが、僕としては麗しい貴女には純白の雪のごとき穢れなき存在であってほしいのでおすすめはしませんが」
「……………………ジェイル君、珠月ちゃん逃げたよ。途中まで耳押えて『聞こえない聞こえない』って自分をだましてたけど、もう逃げた」
 そんなに嫌なのか。
 全員がひきつった笑みを浮かべた。だが、ジェイルはまったく嫌われていることに気付いていない。
「おやおや。まあ、忙しい方ですから仕方ありませんね。それにしても、いつもいつも水面に映った月のごとくつかめそうで掴めない」
「いや、そういうとこが嫌われるんだって」
 ジェイルは聞いていない。
「…………なんでぐたぐたな」
「ま、らしいって言えばらしいんだけどね。さーて、私も帰るか」
 閉会式の気配を感じながら、一人またひとりと帰宅の途につく。やがて巨大ホール《シャングリオン》から、すべての客の姿が消えうせた。
 兵どもが夢の跡、ではないが空っぽの空間にぽつんぽつんと人が立っている。




「お疲れ様です」
 序列141位【ブロッケン(御来光)】ヘラ・パッヘルベルは、楽しげになにもない空間を見上げているエイミーに声をかけた。
「すべてのブースの撤退完了しました。電気を落とすので、社長ももうお帰りになってください。フェアは大成功でしたよ」
「そうね。みんな、それなりに楽しんでくれたみたいでうれしいわ」
 なおも楽しそうにエイミーは何もない空間を見つめている。
 疲れているのだろうか、ヘラは少し心配になった。
「社長、どうかしたんですか?」
「不思議だなぁと思って。ここについさっきまで、大勢の人がいて、みんな仲良く楽しんでいたのよね」
「ああ、感慨にふけってたんですね」
 ヘラはにこりと笑った。エイミーもにこりと笑う。
「だって不思議じゃない。それだけ沢山ひとがいて、そのひとたちは間違いなく次代をになっていく人たちばかりなのよ? 世界を牛耳る黄道十二宮や九つの組織の幹部か後継者、あるいはそれへの挑戦者となる人たちばかり」
「なにを今更」「私たちは間違いなく、卒業すればその大部分が互いに競争し、場合よっては殺し合うべき存在だわ。なのに、この奇跡のような時間に同じ空間を共有し、同じものを食べ、同じものを見て、同じように楽しんでいる。そう考えると、不思議な気分になるのよ」
 風など入らないはずのホールを冷たい風が駆け抜けたような気がした。ヘラは不安になってエイミーを見つめる。
「エイミー…………」
「………………なんて、美しい時間なのかしら。私はそれをほんの少しでも彩ることができて幸せだわ」
 最上級の笑顔でエイミーは微笑んだ。
「さあ、帰りましょう。明日には会議を開いて、次はどんなイベントを開くかみんなで考えなければ。ねえ、そうでしょ?」
「そうね、エイミー」
 二人は歩きだした。
 あとには何もないがらんどう。まるで、すべては一睡の夢だとしてもいうかのように、静かにそこに佇んでいる。