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6、周辺部再び

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tranquilizer

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6、周辺部再び

「何かテンションあがってるねぇ」
「俺の予想だと、何か素敵な料理が出たんだろうな」
「おかしなものが出てないといいね」
「お前のキムチ以上のものは出ないだろうな、銀月」
「てめえのパン以上のものもでねえよ。政太郎」
 互いに張り付いたような笑顔を浮かべて、序列266位【デリシャスタイム(美味しい生活)】金銀月、序列2839位御久井政太郎は見つめ合った。
 


 会場内ブラックシープ商会ブース。
 ブルーローズと違いまだ商品が十分に残っているブラックシープ商会は、撤退準備には入っていない。その代わり、最終日のイベント終了後、土産を買いに来る客にそなえて商品を入れ替え始めている。その指揮を執るはずのマルセラが見当たらないのは、何があったのか戒がどこかに引きずっていったからだ。普通なら心配するところだが、あの二人なら平気だろうと誰も気にしていない。
「パンを馬鹿にするな!! 俺のパンはあちこちのテレビや雑誌で紹介されまくってて、好事家に大人気なんだぞ!?」
「動くからじゃない! 動くパンなんて好事家しか食べないわよ!! それに私のキムチは世界一よ!」
 政太郎のエイリアスの由来は彼が作る動くパンである。
 世界のお腹を空かせた人を救いたいという彼の思いから生まれた生きたパン、その名もソウルパンは、のっぺらぼうのリアルな人型人形で三十センチほどある。そして、カロリーが不足している人を発見するとその人を追いかけまわし、何が何でも自分自身を食べさせようとする習性をもつ。味は絶品だが、見た目のリアルさと強引さで食べたひとはもれなくパンにトラウマを持つという効果付き。
 それゆえ、彼の作るソウルパンはブラックシープ商会の中でもAクラスの危険物認定を受けている。
 一方の銀月は、作る料理がことごとく毒物になるという才能の持ち主である。味音痴とかいうレベルではなく、ものによってはにおいをかいだだけで病院送りになるほどの正真正銘の毒である。中でも彼女が作るキムチは、屋外で臭いをかいだだけで集中治療室確実というまるで生物兵器のような一品なのだ。
 もちろん、これもブラックシープ商会のAクラスの危険物である。
「世界一の殺人料理のくせにえらそうなことをほざくな! 小娘!!」
「小娘で申し訳ないわね。流石に、22歳にしてそろそろ頭皮環境が気になっていらっしゃるようなお方のいうことは違うわね」
「なにを!?」「やるの!?」
「やめなさいよ。何してるの?」
 いいタイミングで帰ってきたマルセラが、間に割って入る。
「喧嘩したいなら、私が相手するからおちつきなさい」
「いや、セラ相手じゃ勝てないから」
「俺は職人であって傭兵でも何でもないから」
「…………あんたたち、実は仲いいんじゃないの?」
 マルセラは首をすくめて見せた。
「ともかく、それ以上続けるなら、互いの作品を互いに食べてもらうよ」
「ええ!? そんなトラウマもののパンを!?」
「不公平だ! 俺のパンは食用だが、こいつの料理はただの毒じゃないか!」
「何ですって!? 同じリンクじゃなかったら店に火をつけてやるところだわ」
「こっちこそ、同じリンクじゃなかったら敵対的TOBかけてやる」
「ほーほっほっほ! ワーカーのあんたが私に勝てるかしら」
「………………そう。食べるのね」

「「すみません。すぐやめます」」

 同時にいって、ふたりはま逆の方向を向いた。
 本当に実は仲良しなのかもしれないな、とマルセラは思う。
「そういえば、法華堂君は?」
「戒は電話よ。社長に」
「うわぁ、なんかできる上司になったわね、法華堂君。はじめてみたときは、女の子みたいな線の細い美少年で、周りに心閉ざしてたのに」
「今ではすっかりにょきにょきと背も伸びて、とてもいい人に」
「…………」
 とりあえず、こいつらが戒をどうみていたかはよくわかった。マルセラは心の中でつぶやく。そこにひょっこりとよく知った顔が現れた。
「あらあら、また喧嘩かしら。相変わらずねえ」
「まあいいじゃないの。ケンカするほど仲が良い、つまりは近親憎悪よ」
「ダメじゃありませんの? それ」
 ツインテールに眼帯の美少女と、黒いパンツとスカートの上に白衣を羽織った女性。四十物谷調査事務所の朧寺緋葬架とベアトリクス・アーネムである。
 緋葬架が眼帯なのは彼女の片目が狙撃のため人工眼に変えてあるため。ベアトリクスが白衣なのは、彼女が学園公式多目的研究機関CIX ORGANIZATION所属の海洋生物学者だからである。
 学者だから常に白衣でなければならないという決まりはないが、彼女はなぜか好んで白衣を着ている。ひどい時は、水中探査のために水着になったときもそのうえに白衣を着ていたりする。意味が分からない。
「いらっしゃいませ。珍しい組み合わせね」
「ベアトリクスは事務所に常駐しておりませんから、そう見えるかもしれませんわね。それより、政太郎はこちらに? フォルコンブロートとモーンプルンダ―はあります?」
「…………………………それ、何の呪文?」
 笑顔のまま、マルセラは止まった。緋葬架が返事するよりも先に、政太郎が答える。
「あるぞ。取ってくる」
「あ、ついでにタイハーブロートもお願いするわ」
「分かった」
 政太郎は自分のパン工房『極意堂』のブースへと走っていった。それを見送って、セラは彼女にとって意味不明の呪文を唱えた二人を振り返る。
「今、何を頼んだの?」
「「パン」ですわ」よ」
 あっさりと二人は返事を返した。
「フォンコンブロートというのは、ライ麦の全粒粉で作ったドイツパンで、ドイツパンの中でもっともコクがあるものですわ。雑穀や種子を混ぜることも多いヘルシー志向のパンですの。シチューなどと合わせると美味しいですわよ。モーンプルンダ―のほうは、パイに似た生地にケシの実を牛乳と砂糖で煮たものを入れた菓子パンです」
「タイハーブロートは、表面がひび割れた形状のオランダの代表的なパンのことよ。中にチーズやベーコンを入れたものが特に美味しいわ」
「はあ…………まるで呪文だわ。でも専門外とはいえ、分からないなんて情けない」
 マルセラはうなだれた。励ますように、緋葬架は言う。
「仕方ないですわよ。パンの種類というものはそれこそ無限。それに、政太郎が分かっているならことは足りる話ですわ」
 そこに紙袋に入れたパンを持って政太郎が戻ってきた。
 緋葬架に二つ、ベアトリクスに一つ、包みを渡して代金を受け取る。
「まいど。今度は店のほうにも来てくれよ」
 二人はあいまいな笑みを浮かべただけで答えなかった。政太郎は顔をしかめる。
「大丈夫だ。そんなに警戒せずとも、俺の芸術作品はこのように篭に入れて……」「ぎゃあ!!」
 政太郎が棚から取り出した篭を見て、緋葬架とベアトリクスは慌てて距離をとった。鉄製の篭の中、茶色の三十センチくらいの人影が動いている。
 これこそ、世界広しといえども政太郎にか作れない魂のこもったパン【ソウルパン】である。魂がこもり過ぎていて動くのが、長所でもあり短所でもある。今回のは色合いと付け合わせから判断してアンパンだろう。
「ちょっと、そのアンパン人間をこちらに持ってこないでくださいません? 怖いし、気持ち悪し、鬱陶しいですわ」
「何!? 出すところに出せば普通の人間の給料二カ月分はするんだぞ!?」
「私でしたら、二か月分もらっても要りませんわ」
「うんうん、いらないねえ」
 秒速一センチでじりじりと後退する二人。ずっと様子を見守っていた銀月はため息をつくと、政太郎から篭をひったくった。
「はいはい、この見物は仕舞おうね」「こら! 返せ!」
 取り返そうと政太郎が手を伸ばす。不意をつかれて、銀月の手から篭がおちた。かつんと軽い音をたてて篭が床に落ち、一体のパンが抜け出す。
「ぎゃあ!?」「やばっ!」
 パンはむくりと起き上がり、一番近くにいた政太郎――――ではなく、最悪なタイミングでブースに戻ってきた法華堂戒に襲いかかった。
「!?」
 仕切りで区切られたブースに入った瞬間、茶色の小人(アンパン)に襲われた戒の反応はさすがだった。咄嗟に顔を覆いながら、大勢を崩して直撃を避ける。そのまま倒れながら手をのばして、戒はアンパンを鷲掴みにした。
「おお!!」「お見事」
「見事じゃねえ! てめえら、ひとが席をはずしてる間にこんな危険物解放してるんじゃねえよ。しかも何だ? これ今、ピンポイントに俺を狙ってきたような……どういうことだ、政太郎」
「えーと、あの、そのだな。逃がしてすまない。篭を落としたんだ。お前のところにいったのは、あれだ……腹、減ってないか?」
「ああ、空いている。誰かさんのおかげで昼飯を食べる暇がなかったからな」
 火に油を注いでしまった。
 とばっちりを恐れて、緋葬架とベアトリクスはいつの間にか姿を消している。ブースにはブラックシープ商会の社員のみだ。
 凍りつく空気の中、戒に鷲掴みにされて抵抗するパンの音だけが響く。
「政太郎…………申し開き、いや、遺言はあるか?」
「ちょ、なんでそこまで怒ってるんだよ!? お前、そういうキレキャラと違うだろ!?」
「俺だってキレたい日はある。なんで俺が、エドワード以外のためにこんなに苦労しねえといけないんだ? エドワードのためと思えばある程度は納得できるが、これは違うよな? ん? なんでお前らは着々と仕事増やしてるんだ? 俺を過労死させる作戦か?」
「いや、それはその――――銀月!」
「しーらない」
 女性陣は知らないふりをした。戒はしずかにパンを篭の中に押し込めて、改めて政太郎のほうを向いた。
「いや、落ち着け。落ち付いて話し合おう」「いいぜ」
 戒は両手を組み合わせて軽く指を鳴らした。
「お前を一発殴ってからな」


 直後、ブラックシープ商会のブースからすさまじい悲鳴が上がった。
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