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5、前半戦

「タイムアップ!! さて、お待ちかね! 審査に入るぜ、やっほぅ!!」
 
 耳をふさぎたくなるような銅鑼の音が、時間が終わったことを告げる。
「採点基準は、見た目、味、美容と健康を各五段階評価! 総合得点が一番多かったものには、トロフィと副賞の賞金が贈られるぜ! さあ、さくさく言ってみよう」

『おいしそう!!』

 楽しげな声が客席から上がる。少なくとも、現時点で不安はない。
「まずは、和食チームから行こうか! 春恵vs政宗!! この二人は家庭の味で勝負にでましたよぉ! じゃ、春恵さんから料理の説明とポイントをどうぞ!!」
「はいよ」
 気のよさそうな掛け声とともに、春恵の料理が審査員の前に運ばれる。
「メニューは、ごはん、具だくさんの田舎汁に、青菜のおひたし。肉じゃが、焼き魚。糠漬けは自家製だよ。とにかく昔ながらの和食にこだわってみた。和食っていうのはタンパク質が豊富で、脂質や糖類が少ないから、太りにくいし栄養バランスもとれている。下手なレストランより、飽きも来ない。総合的にみて一番いいと思うよ」
「素晴らしい! 世界が誇るヘルシー料理ってわけだな!」
「そうだ。野菜も魚もあえて高くてもいいものを選んだ。素材の味がいいから、調味料の量も減らせるし、野菜や魚が嫌いな子でも食べられる。魚にはドコサヘキサゴンが含まれていて、体も頭にもいい」
 品のよい皿や小鉢に、ちょうどいい量のおかずが入っている。
 色合いは全体的に地味だが、丁寧に作られたと分かるおかずが食欲をそそる。高級レストランのようなわくわく感はないが、その分肩に力を入れずに食べられる食事だ。
「おお、旨そうだ! 見た目は茶色で地味だが、これぞお袋の味!! さて、誰に試食してもらおうか」
「じゃあ、俺」
 沁が腰を浮かせてぱたぱたと手を振った。すぐにその前に、膳が動かされる。
「美味そう。いっただきまーす」
 優雅な手つきで沁は箸を取った。観客がかたずをのんで見守るなか、ゆっくりと料理が口に運ばれる。
「どうだ?」
「ん。これは…………すげえ!」
 沁の言葉に観客席がわく。
「流石は本職! まずまずの反応だぁ!」
「珍しいもんじゃねえはずなのに、うまい。なんでご飯や焼いた魚がこんなにうまいんだ!?」
「釜で炊いたからね。魚は炭火焼。昔ながらの知恵だ」
 それを見つつ、他の審査員も箸を伸ばし始める。一口食べては、うんうんと頷いている。
「気張らない優しい味ですわ」
「うん。うまい。濃い味付けってわけじゃないのに、御飯が進む」
「美味しいね」
「うん、オオツの味だね」
 いい意味でも悪い意味でも予想通りのコメントが飛び交う。

 大津春恵採点結果
 盛り付け 3点
 味の良さ 5点
 美と健康 4点
 合計得点 12点

「さて、幸先のいいスタートだ! 次は同じ和食で勝負に出た、エントリー№6番半月政宗ちゃんだぁ!!」
「プロの人の後なんて恥ずかしいわ……」
 政宗は恥ずかしそうにうつむいた。
 先ほどと同じように、料理が審査員席へと運ばれていく。観客がわいわいと歓声をあげているのは春恵の時と同じだが、そこにはかすかな悪意が混ざっているような気がした。その時、歓声を縫ってその声ははっきりと聞こえた。

「大の男が女言葉で料理なんて気持ち悪いんだよ」

 政宗が顔をこわばらせるより、ヘイゼルが声を上げるより、彼らの反応は早かった。
 同時に四つの悲鳴が上がる。
 運の悪かった二人は、それぞれフライパンと中華鍋に頭を強打され地に沈む。当然、そのフライパンと中華鍋を持っているのは、楓メープルとモハメド・アリだ。
 そして、さらに運の悪かった二人は、一瞬で群衆の間から引きずり出され、舞台の上に横たわっていた。片方は手で頭を押さえつけられた状態で、包丁を突き付けられている。もう片方は舞台上にうつ伏せになった状態で、足で頭を踏まれ抑えこまれている。
 本当に一瞬だった。観客はおろか悪口を言った男たちすら何が起こったか分からなかっただろう。
「――――私は悪口が嫌いではないよ」
 はじめに言葉を発したのは篭森だった。足蹴にした男の頭に、微妙に体重をかけたり少し離したりしながら、言う。
「悪口を言われるのは私が他者より優れている証だからだ。けれど、相手に非がなく変えようもないことで他人を貶める言葉は好きじゃない。聞いているだけでイライラする」
 男の言葉が耳に入った瞬間、人間最速に近いスピードで飛び出した篭森は、素早く声の主を壇上に引き上げ、頭を踏みつけて動きを封じたのだった。ミスティックとはいえ、予科程をすべて終了し、ランキングの上位に食い込んでいる人間。白兵戦や各種武術の心得くらいは当然ある。
忘れられがちだが、この学園のランカーとは、次の世代に世界を支配する立場に立つべき人物の筆頭候補。すなわち、あらゆる知識や技術に精通したエリートであり、同時に様々な利害や絆で結ばれたチームでもある。そんな連中の悪口を言うなど命を捨てるに等しい。だが、残念なことに彼らはそれほど賢くはなかったらしい。
「謝りなさいよ。地べたに這いつくばって、足に縋って許しでも乞うてみたら?」
「篭森殿、悪役のセリフになってるぞ」
 少し離れた場所からモハメドがいった。彼らもまた、ほぼ脊髄反射で飛び出して一番近くにいた敵の脳天にもっとも手近にあったものを振り下ろしたのだった。当然、鉄の塊の直撃を食らった男たちは、意識を手放して地面に転がっている。
「本当につまらない。こちらに悪意を向けてくるなら、もっと徹底的にすればいい。つまらない言いがかり、不愉快で仕方ないね」
 別の男を押さえているマリアは何も言わなかったが、代わりに同意するように小さく笑った。改心の一撃で別の二人をすでに地に沈めているメープルとモハメドは、ふんと鼻を鳴らす。
「私はそこまでは思ってないわ。ただ、不快だから殴っただけ」
「料理はその人の属性によって変わるものではない。お前たちの言葉は不当だ」
 返事はない。
 とても返事などできない。
 信じられないとでも言いたげに、男たちは自分や仲間を一瞬で葬った相手を見つめる。
「なんだその顔は。白兵戦の訓練くらい、どこのクラスの所属でも本科生なら受けているだろう? これくらいできて当たり前だ」
「上位ランカー、なめるんじゃないわよ。私たちも政宗ちゃんも、あんたたちなんかよりずーと才能と努力に恵まれてこの地位にいるのよ」
 モハメドと楓は馬鹿にしたように言った。そこでやっと、ヘイゼルが正気に戻る。
「って、おい! ストップ!! バトルショウじゃねえんだから、落ち着けって。特に篭森とマリア! 悪口くらいで逆上するな」
「そ、そうよ。私は平気だからもうやめて」
「……まあいいけど」
「ふふ、仕方ないね」
 もともと本気で殺す気はなかったのか、あっさりと二人は手を離した。同時に転がるようにして男たちは逃げだす。それを見送って、ヘイゼルはふうとため息をついた。
「まったく、とんだハプニングだぜ。だが、あえて俺は言う。よくやった! 胸がすっとしたぜ!! 流石は上位ランカー! 素晴らしい身のこなしだ!!」
 凍りついた会場の空気がゆっくりと溶けていく。
 遅れて小さな拍手が起こった。それぞれ複雑な表情で、参加者たちはそれを受け止める。
「さて、審査に戻るぜ! 美味しそうだ。これまた家庭の味って感じだな! メニュー紹介をどうぞ!!」
 何事もなかったかのように、コンテストは再開した。
 その隅で、気絶して倒れている男たちをスタッフが無言で運び出していく。どこかの裏路地にでも捨てにいく気なのだろう。運が悪ければ命はないが、そこまで責任はもてない。
「えーと、メニューですね。まずご飯は五穀米にしました。主食に雑穀が混ざっているので、カロリーオフでしかも色々な栄養が取れます。おかずは、さばの味噌煮、きんぴらごぼう、茶碗蒸し、とろろ団子の味噌汁。肉は避けて魚を選びました。青魚は体にいいんですよ。野菜は甘味のあるものをできるだけ選んで、普段和食を食べないひとでも美味しく食べられるように、がんばりました。とろろ団子の味噌汁は、大和芋をすりおろしたものを片栗粉を入れて団子にしたのが入ってます。どろどろしたものは体にいいんです」
「お袋さんがいるぞ!! ってわけで、この政宗ちゃんの料理をはじめに食べたい人!」
 ささっと手が上がる。
 ヘイゼルは二秒ほど考えて宣言した。
「さっちゃんが速かったけど……ここは、普段政宗ちゃんの料理を食べていないひとが優先ってことで、まずは成実!」
「いたっだきまーす!」
 箸を持って挨拶をすると、成実はまず鯖に手をつけた。
「美味しい……全然生臭くない」
「鍋があったまってから魚を入れると、すぐに表面が固まるから生臭さが出てこないんです。生姜を少し入れて臭みを抑えてますし」
「うん、ご飯もおいしいよ。ちょっと味がついてる。お汁はとろみがあるし」
「五穀米で少しだけ味をつけたので、その分、おかずの塩分を減らしました。とろみは大和芋のとろみですね。自然薯を使っても美味しいんですよ。ただ長いもだとうまく固まらないかもしれません」
 成実のコメントを待って他の審査員も手をつける。
 ほう、と感嘆の声が上がった。
「同じ和食でも春恵ちゃんとは違うんだね。うん、なんか素朴。美味しい」
「なんやろ、この違いは。醤油ベースと味噌ベースの違い?」
「いや、違うよ。あっちは家に帰ってきた子供に、お母さんがきちんと用意してる晩御飯。こっちは、疲れたサラリーマンに奥さんがそっと差し出す晩御飯」
「ああ、なるほど……」
「込められた愛情の種類が違うというんですわね」
「審査員ども、何言ってるかわけわからなくなってるぜ~」
 ヘイゼルが突っ込みを入れる。
「さてと、何かちょっとおかしな方向にいったものの、評価はまずまずだ!! やったな!!」

政宗の評価
盛り付け 4点
味の良さ 4点
美と健康 3点
合計得点 11点

「というわけで、暫定一位はおかみの大津! 敗れたとはいえ素人しては中々の健闘だったぜ、政宗ちゃん!! さてここで、和食組は終了! 次は洋食といきましょうか。エントリー№2番楓メープルだ! 自身のほどは?」
「あるに決まってるでしょ」
 政宗の膳に代わって、トレイに乗せられたメープルの料理が審査員席の前に登場する。
 茶色や野菜の緑が中心だった前の二人に比べて、色どりが美しい。特にフルーツサラダに盛られたフルーツ類の色ときれいな人参色の押し麦とにんじんのスープが目立つ。
「おお! 見た目はかなりいい線行くんじゃないのか!?」
「見た目も、だって言ってるでしょ。メニューは、雑穀入りのパンと、フルーツサラダ、
押し麦とにんじんのスープ、鶏肉の照り焼き。デザートは、蜂蜜がけヨーグルト。砂糖を使わずに、蜂蜜と野菜の甘味で美味しく作ってみたの。蜂蜜は栄養価が高いだけじゃなくて、料理にうまみを与えたり、肉や魚の臭みを抑える働きもあるわ。お菓子だけに使いものじゃないのよ」
 メープルは胸を張って答えた。
「へえ、どれにはちみつが入ってるんだ?」
「ヨーグルトはもちろんとして、フルーツサラダと照り焼きよ。フルーツサラダは、裏ごししたチーズにはちみつとレモン汁をくわえたものを、ドレッシングに使っているの。照り焼きも焼く特に塗ったたれがはちみつ入り。味がいいだけじゃなくて、肉の臭みも抑えられて食べやすくしてみたの」
「ほう。ところでメープル。お前さ、楓メープルなんだからここで使うべきなのはメープルシロップじゃねえのか?」
「名前で決めないでよ!!」
 ぎゃはははとヘイゼルは笑った。
「いやいや、会場のみんなもそれ期待してるよな?」
 返答はなかった。
 一瞬だけ会場に静寂が訪れる。
「あれ? あれ? おいおいおいおい、天使が通ったぜ?! なああ、俺だけ!? べたべたなボケを期待してたの俺だけ!? 嘘つくなよ、お前も期待してたはずだ! ここでいい子ちゃんな顔してんじゃねえよ!!」
「あんただけよ」
 メープル以外の参加者は不自然に目をそらした。実はちょっとだけ期待していたらしい。
「だいたい、メープルシロップは普通の家にはないし、ちゃんと買うと結構高価なのよ。終了後にレシピを発表するんでしょ? なら、身近な蜂蜜のほうを採用するのは不自然なことじゃないわ」
「なるほど。考えてるのか。メープルの彼氏や旦那はうまい飯が食えそうだな、おい。んじゃ、恒例。はじめに誰に試食してもらおうか」
「はーい」
 今度は真っ先に沙鳥が手を挙げた。すぐにそちらに料理が運ばれる。
「さ、どうぞ」
「いただきます」
 洋食に合わせて食器をナイフとフォークに持ち帰ると、沙鳥は一口大に切った照り焼きを口に運んだ。
「ん。美味しい! 鳥なのに脂が程良くあってそこにしっかり味がついてる! あとなんかスープにぷりぷりしたものが……」
「押し麦ね。大麦の加工品の一種です。ショルダーベーコンでだしをとったスープに人参と玉ねぎ、押し麦を入れたスープは、アイルランドの伝統料理。押し麦には食物繊維がたっぷり入っているし、玉ねぎは血をきれいにしてくれるから健康にも美容にもいいの」
「ほええ、すごいね」
「俺も食べたい」
「あ、私も」
 興味をそそられたのか、審査員たちは続々と人参色のスープに手を伸ばす。
「ふうん。タピオカよりは堅いけど、大きさは同じくらいだね」
「意外と歯ごたえが……」
「おお、発見。スープに雑穀パンを浸すとかなりいける」
 肉食の面子が多いせいか、そこそこの高評価。特に彩の良さと、食器のセンスをみな口々にほめたたえる。というわけで、

楓メープルの評価
盛り付け 5点
味の良さ 4点
美と健康 3点
合計得点 12点

春恵、メープル同点一位。

「おお、波乱の展開になってまいりました!! そしてここから後半戦! 色々と不安な人たちの順番が回ってきましたよぉ!! イエイ!! 頑張って生還しろよ!!」

 審査は折り返し地点。
 ここからある意味では真の審査が始まる。審査員が試されるという意味で。