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サウスヤードの中心地から少し離れたところにロックンロールロックスターが経営するライブハウスがある.最大収容人数100人程度の小さなライブハウスで,主に初心者から中堅のバンドがよく出演する.したがって,普段は出演バンドの身内とコアなファンが見に来る程度で,最大収容人数の半分も客が集まることはまずない.しかし,そんなライブハウスが今日は異常なまでの熱気に包まれていた.

「それじゃぁ,ラストの曲いくぜぇええええ!!」
ヴォーカルが叫ぶと同時に,ギターのピックスクラッチの音が鳴り響き曲の開始を告げる.客の歓声の圧力にも負けず,激しくそして力強く演奏を行うバンドメンバー達.その中でもギターは特に際立っていた.そのあまりの存在感にもはやギターソロとも思えるほどだ.そのギタリストの名は佐倉直也.ここ最近,人気が急上昇しており,今日のこの盛り上がりも直也によるところが大きい.そして,直也目当てできた客の期待を裏切ることなく,熱い演奏とパフォーマンスを繰り広げ,ライブは終了した.

ライブが終わりしばらくったった後,店の裏口から出て行こうとする直也の前に,出待ちのファンたちが待ち構えていた.「カッコよかったです」「感動しました!!」そういって握手を求めたり,プレゼントを渡そうとしてくる女の子たち.彼女らを無言で交わしつつ進んでいくと,直也の視界に1人の少女が姿が入った.
「善紅峰先生」
そういうと直也は,その少女の方へ走りよって行った.
「先生,来てくださってたんですね.言ってくだされば,ゲストリストに入れといたのに」
直也は先ほどのファンへの対応とはうってかわって,先生と呼ばれた少女の手をとり,幼い子供のように喜んでいた.そんな直哉に対して,少女は美しく暖かい聖母のような微笑を向ける.この一見すると貴族のお嬢様のようにも見える少女は,善紅峰・ヘル・リーンスタット.この学園のれっきとした教師である.彼女は自信に毒蛇の因子を組み込んだトランスジェニックであり,不老不死を得た数少ない存在である.そのため,外見は13歳程であっても,実年齢は72歳である.(老いがない以上,13と言えなくもないが)
「こんばんわ.佐倉君.今日も素敵でしたよ」
「本当ですか?ありがとうございます!!いや,でも,俺なんかより先生のほうがずっと素敵です.美しすぎます.結婚してください」
直也はヘルの社交辞令とも取れる言葉に,本気で感動しているようで,さらっと飛んでもないことを口走っていた.
「あらあら.大人をからかっちゃだめですよ.それに,そんなこと言われたら,先生,周りのファンの子達に恨まれちゃうわ」
流石はヘル.見た目は子供でも頭脳は大人である.直也の告白をさらりと受け流した.しかし,めげずに直也は続ける.
「周りなんてどうでもいいです.俺は先生のために演奏してるんです」
「だめよ.ファンの子たちは大切にしないと.ねっ?」
そして,それを再び受け流すヘル.こんなやり取りを続けているうちに,店から1人の男が出てきた.
直也がその男の方を向いたころには,既にヘルはその男の前に立っていた.いや,抱きついていた.
「キャー!!逆襄ー!!結婚してー!!」
誰?
あまりのヘルの豹変ぶりに,周りにいた誰もがそう思った.
「わっ,ちょっ,おまっ,何すんねん.ヘル」
そういって男はヘルを引き剥がそうとするが,ヘルは一向に離れようとはしない.
「ほんとカッコよかったわ.流石は私の夫.今日も誰よりも輝いてたわ」
「誰が夫や.それに今日は俺は前座や.しかも,ちょっと歌詞とんだし……」
そういって,恥ずかしそうにうつむく男の名は経世逆襄.後にサウスヤードの王となる男である.彼は今日,直也のバンドの前座としてライブを行っていた.
「ちゃんと聞いてたわ.貴方が歌を詰まらせたのが3箇所.コード進行を間違えたのが2箇所.MCで滑ったのが5回よ.正直,ちょっとで済まされるレベルじゃないわ.でも,それすらも素敵だったわ」
ヘルの言葉に,逆襄はうなだれ小さく呟いた.
「……あかん死にたなってきた」
「大丈夫.私が慰めてあげる.すべて忘れさせてあげる」
そういうとヘルは自分の唇を逆襄の唇に重ね……
「わーーーー.やめろや.お前のはシャレにならん.ガチで記憶飛ぶ.っていうか,人前でんなことしようとすんな」
必死で抵抗する逆襄.それもそのはず,ヘルは経口感染により相手に媚薬を流し込むことができるのである.しかし,逆襄の抵抗は恋する乙女には効果がなかった.
「人前じゃなかったらいいのね」
そう言うとヘルは逆襄の襟首をつかみ,無理やり引きずりだした.その見た目からは想像もつかない怪力である.
「ぬぅぁあああああ,ポジティブシンキングはんた~い」
最初こそ抵抗していた逆襄であったが,運悪くシャツが頚動脈を圧迫したのか,ヘルが意図して絞めたのかやがて動かなくなった.そうして逆襄はヘルに引きずられ,夜の闇へと消えていった.

残された直也は,ファンの女の子達にもみくちゃにされながらも,こぶしを強く握り締め,血がにじむほどに唇をかみ締めていた.




それから数日後,直也は映画館にきていた.
今日から上映が開始されるアニメ映画「世紀末冥王伝 魔法少女ジェノサイド☆ユーカ」を見るためである.この映画は,主人公であるユーカが魔法で古代科学兵器を召喚しまくり,それを用いて敵を国単位で滅ぼすという内容である.その過激かつ単純明快なストーリーと一方的に激しい戦闘シーン,細部まで作りこまれた兵器デザイン,そして何より主人公の可愛さが大きいお友達の間で話題となっていた.
直也もこの映画の上映を心待ちにしている1人であり,初回上映に間に合うように映画館に向かったのだが,直也が着いたころには見やすい席はほとんどうまっていた.そこで直也は仕方なく最前列の空席へと向かった.最前列はほとんど空席で,どこに座っても良かったのだが,どうせなら真正面から見ようと真ん中の席に座った.
しばらくすると,1人の男が直哉に声をかけてきた.
「すいません.隣いいですか?」
周りが空席だらけにもかかわらずわざわざ隣に座るなんて,この男も真正面から見たいのだろうと考え,「あー,いいっすよー」と直也は愛想なく了承した.直也の返答に男は心底うれしそうに言った.
「いや~,佐倉さんの隣の席に座れるなんて,感動ですよ」
……
あれ?
直也は冷や汗を書きつつ,隣の男の顔をよーく見た.
「いやん.そんなに見つめられると恥ずかしいわぁ」
漢の中の漢がそこにいた.
漢の名は上本郷猛.筋骨隆々の肉体にスキンヘッド,そして立派にたくわえられたヒゲを持つ,どう見てもナイスミドルにしか見えない17歳の青年である.
猛はパンクバンドを組んでおり,その関係で直也も何度か顔を見たことはあったが,これまで積極的にかかわろうとはしなかった.直哉自信が,他人(ヘルを除く)にあまり興味がないということもあるが,それ以上にある噂を耳にしていたからである.
上本郷猛はアーッち方面であると.
直也は,普段笑顔など作らないにもかかわらず,無理やり笑みを浮かべ猛に質問した.
「あっ,あの?上本郷さんもこういうアニメ好きなんスか?」
そうだ.まだ彼が本物だと決まったわけではない.家族が女性ばっかりで女口調になってしまう奴だってたまにいる.そうだそうに違いない.
「いえ,直哉さんがこちらにおられると聞いたもので」
「そう……ッスか」
ぐはっ.直也は心の中で血をはいた.しかし,すぐに体制を立て直す.
まだだ.まだ終わらんよ.
そう.まだ,希望は残っている.彼もミュージシャンである.単純にギタリストとして自分を慕ってくれているにちがいない.
「ところで,今から始まる映画の主題歌どう思います?ギターソロ熱いと思いません?」
音楽の話題を出し,猛の考えを探ろうとする直也.しかし,次の瞬間,直也はその軽薄な行動を後悔する.
「今は,そんなことどうでもいいじゃない.こうして二人で映画を見れるんだから」
アーッ!!!
もう,確定である.
こうなっては仕方ないと,直也は最後の手段に出る.
「いや,俺,実は2次元か幼女にしか興味ないんスけど」
そう.これは,今まで直也が隠し続けてきた直也の裏の顔である.バンドマンとしては,どうしても人気が必要である.そのためには,この事実は不都合すぎた.しかし,今はそんなことを言っている場合ではない.なんとしても,この危機を乗り切らなくてはならない.直也がアニオタ・ロリコンであると知れば,猛も引くに違いない.そう考えての行動である.
「そんな…….それは,いけません.不健全です.非生産的です.正直……失望しました.」
「それじゃぁ」
ほっと胸をなでおろす直也.
「分かりました.私が貴方を正しい道へ引き戻して見せます」
そういって猛は直也の肩をがっしりとつかんだ.
「えっ,ちょっ,なんでそうなんの!? つか正しくないから」
直也はひっしにもがくが,猛の怪力には全くかなわない.
「いいえ,次元の壁を超えた愛よりよっぽどマシです.」
「オーケー.まずは,性別の壁を超えていないことを考慮しよう」
「それだけ障害が少ないということです」
もはや,なみだ目どころの問題ではなかった.
こうなったら…….
直也はポケットに入れてあるブルースハープをくわえると,曲を奏で出した.
「いったい何を……」
直也の突然の行動に,猛は困惑しながらも,直也をつかむ力をさらに強めた.
しかし,猛のつかんでいる直也は,既に元の直也ではなかった.
そこには,巨大化した直也がいた.しかも,どこかCGっぽい.
さらに,直也の肩をつかんでいる猛の手がゴムのように伸びている.
「すごく……大きいです」
あっけにとられた猛は,思わず腕の力を緩めた.その瞬間,巨大直也は猛の手を振り切り,映画館から逃げ出していた.



「あら,逃げられたんだ?」
映画館から飛び出してきた直也に対し,誰かが声をかけてきた.
直也が声の方へ振り返ると,1人の女性が壁にもたれかかっていた.
「なんだ……奏か」
中山奏.彼女は直也の幼馴染であり,直也がアニオタ・ロリコンであることをしる数少ない友人の1人である.
声の主が奏であることに安堵し,落ち着きをとりもどした直也はさっきの奏の言葉を思い出していた.
「逃げられたって……なんで知ってんだ?」
「そりゃぁ,私が貴方の居場所を教えたから」
悪びれもせずに奏は答えた.普段なら幼馴染である奏に対して怒ることなどない直也だが,流石に今回ばかりは違った.何といっても自らの貞操の危機である.
「あぁ?そりゃ,どういうことだよ!!ダチを売ったのか!?」
怒り心頭の直也に対して,奏はこの状況を楽しんでいるようにすら見えた.
「ん~,アニオタ・ロリコンの友人なんていないと思うけど,まぁいいわ.ヒントだけ教えてあげる.
 ヒントその1:ここ最近,ヘル先生にちょっかいかけてるのはだれ?
 ヒントその2:それを快く思わないのは誰?
 ヒントその3:先輩の頼みって断れないよね」
奏の言葉を反芻し,直也は一つの結論に至った.
「つまり,経世がお前に上本郷をけしかけるように依頼したってことか……」
「さぁ,どうでしょうね?」
「てめぇっ!! はっきり言いやがれ」
つめよる直也をひらりとかわして,奏は言う.
「そんなことより,のんびりしてていいのかなぁ~.そろそろ上本郷さん出てくるんじゃない?」
「そんなもんまた【リアルアニメーション】でまけば……」
「私の能力忘れてない?」
奏の一言に直也はぐっとうなることしかできなかった.
直也の能力は【リアルアニメーション】といい,直也がアニソンを弾いている間,相手に幻覚を見せるというものである.どのような幻覚を見せるのかを直也が細かく決めることはできないのだが,共通して言えるのは,実際にあるものがデフォルメされたように見えると言うことである.
それに対し,奏の能力は【シャット・アップ】といい,彼女が楽器を演奏している間,彼女が雑音だと感じる全ての音を遮断するというものである.
つまり,彼女がその気になれば,直也の能力はほぼ封じられてしまうことになる.
「分かったら,さっさと逃げたほうがいいんじゃない?」
そういうと,奏は直也の背中をポンッと押して,立ち去ることを促した.
「チッ.わーったよ.」
そうして直也はその場から去っていった.その背中に盗聴器が付けられているとも知らずに……


「さて,どうなるか楽しみね.女の子を傷つけた代償は高いんだから」
去っていく直也を見送りつつ,奏は薄く笑みを浮かべていた.