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4、外野席


 盛り上がる料理コンテスト。
 それに反比例するように、出店の客は徐々に落ち着きつつあった。朝から立ちっぱなしだった各店の従業員たちも次々と休憩に入り始める。


「お疲れさん」
 ブルーローズ社長、雪城白花が顔をあげると、ミルクがたっぷり入ったアイス珈琲が差し出された。グラスを持っているのは、副社長の毎熊匠だ。
「ありがとうございます。匠さん」
「……いっつも言ってるけど、さんはいらない」
「あ、ごめん。ついつい癖で。本当に今日はお疲れ様。モンブランちゃんも」
 ゆっくりと近寄ってきたヒグマに向かって、白花は手を振った。
 匠のエイリアス【デンジャラステディベア(超危険なクマさん)】の由来でもある、彼の相棒モンブランはヒグマである。正確には、戦闘用に作られた生物兵器の失敗作である。しかし、白花は気にしない。匠はもちろん気にしていない。気にしているのは、むしろ客であるが、それはそれ。
「まあ、もう売り切ったし、一休みしたら撤収だな」
「うん。でも、まだアルマ君が来てないの。ちょっと待ってもらっていい? 取り置いてあるのがあるんだ」
「ああ」
 他の人間にはめったに見せない蕩けそうな笑みを、匠は浮かべた。どう見ても恋心がだだもれなのだが、超絶的に鈍い白花は気づかない。
 匠を気遣ってか、そろそろと他の従業員たちは距離をとる。ついでに気を使った他の店の従業員もこっそり移動しているが、白花はそれも気づかない。
「……白花」
「はい?」
「これで大きいイベントもひと段落だし、次の休みあたりどこかに遊びにいかないか?」
 あからさまなデートの誘い。だが、
「あ、それいいですね。皆で慰安旅行とか」
 白花は分かっていなかった。
たまにわざとなのではないかと思う瞬間もある。
「そうじゃなくて……二人きりでどこかに行きたいんだ」
 だが、今日の匠はめげなかった。珍しくしつこく食い下がる。
「二人? あ、そっか。社員旅行でも匠は引率ばっかりで気が休まらないもんね。ごめんね、気がきかなくて」「そうじゃなくて、俺は」
 匠はグラスを持った白花の両手に、自分の手を重ねた。
「俺はお前と」「ねえ、もう撤収? 手伝わなくて平気?」
 すごいタイミングで、ブラックシープ商会のマルセラ・オリベーラが入ってきた。
 空気が凍った。
「あ、あれ? ごめん。なんか悪いことした?」
「え……ああ。うん。大丈夫だ」
 ゆっくりと匠は手を離した。色々なものが霧散していく。
 流石に気づいたのか、マルセラは気まずそうに頭をかく。
「あー、ごめん。私ってば鈍くて。その、なんていうか」
 ランキング307位マルセラ・オリベーラ。ブラックシープ商会では珍しい高ランキング保持者で、高い戦闘能力の保持者。正義感あふれる戦士である。欠点は、戦士であるが故に情緒的なことに疎いこと。
「ごめん。せっかく匠がこく」「もう売り切れですか? 流石はブルーローズですね」
 マルセラが墓穴を掘りきる前に、自分のところのブースから全力疾走してきたらしい古屋敷迷が大声で叫んでセリフをかき消した。
「ほらほら、マルセラ。みんなに迷惑をかけてはいけませんよ。さあ、帰りましょう。雪城さん。ではまた」
「え? は? うん」「ちょっと、迷。私はまだ」「政太郎のパンの管理があります。さあ、行きましょう」
 嵐のようにブラックシープ商会は去って行った。
 本当の嵐より迷惑だった。
「……何だったのかな? 今の」「さあな」
 やけくそ気味に匠は答えた。入れ替わりに銀色の髪がひょこりと現れる。
「こんにちは、白花さん」
「いらっしゃい、アルマ君。約束通り、ゼリーとっておいたよ」
 白花は立ち上がって可愛らしい包みを渡す。うれしそうにアルマはそれを受け取った。
「ありがとうございます。あれ? 匠さんどうしたんですか? 何か燃え尽きてません?」
「あ、ほんとだ。ごめんね。無理させ過ぎちゃったのかな?」
「いや……いいんだ。きっとこういう運命なんだ。うん」
 ぶつぶつと呟きながら鬱モードに突入した匠の肩を、モンブランがぽんと叩いた。勢いで匠は机にめり込んだ。
「匠さん!?」「モンブラン、力加減また失敗したの?」
 報われない匠であった。
 アルマの手を借りて、彼は机の残骸の間から立ち上がる。意外に頑丈だ。
「大丈夫ですか?」
「平気だ。それよりゴミを増やしてすまない」
「もう、何言ってるのよ。怪我はないの?」
 心配そうにのぞきこまれて、匠は慌てて首を横に振った。
「いや大丈夫。これに比べたら、御久井政太郎の動くパンに襲われた時の方が、よほどきつかったくらいで。本当、平気だから」
「ならいいけど、無理しないでね」
 場違いにも幸せを感じながら、匠は深くうなづいた。だが、その幸せすら長くは続かなかった。
「こんにちは。白の姫君。もう店じまいですか?」
「あ、ジェイルさん。そうなんですよ。ごめんなさい、売り切れです」
「気にしないでくださいね。珠月が料理コンテストに出ると聞いたので、僕はそれを見にきただけです」
「嫌われるぞ」
 金髪碧眼の美少年はにっこりとほほ笑んだ。
 序列102位【ビューティフルポエマー(凍れる詩人)】ジェイル・クロムウェル
 気配の薄さと寒い台詞が特徴的なランカーである。
「相変わらずの言い方ですね。まるで冬の女神の凍てつく息吹のごとく心に突き刺さる言葉です。めげそうですよ」
「の割には、余裕だな。ほんと、お前くらい自分を信じられたら人生楽だよな」
「おやおや。自分を信じないということは、森羅万象への疑いも同じですよ。せっかく我々人間は、自我という砂漠の一滴の水よりも貴重なものを持っているのですから、活用しなくては」
「相変わらず意味が分からねえよ」
「確かに情緒的な問題ではありますね」
 そういうレベルの問題ではない。白花はにこにこ笑いながら完全に聞き流している。
「応援に行くなら、もう少しあとにしたら? 調理中に気を散らせたら、篭森さんが気の毒ですよ」
「それもそうですねぇ。よい忠告、ありがとう御座います。貴女の春風のごとき優しさと賢さに感謝を」
 流れるような自然なしぐさで、ジェイルは白花の手を取ると甲に口づけをした。あまりにも自然だったので、一瞬理解が遅れる。
「優しき乙女には、あまたの幸福がありますように」
「……ありがとうござ」「はいはい、ありがとう。どっか逝け」
 白花が返事をするより前に、匠は二人の間に割って入った。漢字の変換はけしてミスではない。
「おや。騎士の機嫌を損ねてしまったようですね。では、私は退散しましょう。ではまたいずれどこかで。運命の交差路でお会いしましょう」
 優雅に身をひるがえして、ジェイルは人ごみに消える。特有のミスティック能力のためか、その姿はあっという間に場になじんで認識できなくなる。それを見送った後、匠は白花の手を取ると、乱暴に手の甲を拭いた。
「匠?」
「…………衛生第一。手は洗っておけよ」
「あ、うん。分かってるよ。それにしても、今日もジェイルさんは変でしたね。いつもはもっと簡単な挨拶なのに」
「そうなのか?」
「うん。あ、でも沙鳥さんに会うといつも跪いて挨拶してるかも。貴族風に」
「あいつも出自が謎だからな。でも、ああいうことは気安くさせるなよ」
「どうして?」「何でもだ」
 乱暴に言い捨てると、匠は段ボールを運び始めた。
 彼の恋路はまだまだ遠い。


 それはさておき。
 ある意味盛り上がる外野も巻き込んで、祭典は続いていく。