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2、参加者集結

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tranquilizer

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2.出場者集結

 ライザー学園は、旧東京都に作られた巨大学園都市である。
 その中には、学園所有の施設もあれば、個人の施設や企業のもの、リンクと呼ばれる生徒の作った組織の所有する物件もある。そしてそれと同じくらい多く存在するのは、持ち主不明の廃屋やスラム街だ。
 とはいえ、それは全体を見渡しての話。
 学園本部のおひざ元であるメインヤードは、他の区画からすれば信じられないほど近未来的な美しい街並みが広がっている。
 その一角。さまざまな文化施設が並ぶ通りに、エンジェルエッグ所有の多目的ホール《シャングリオン》はある。普段はコンサートや舞踏会などのイベントに使われているが、今日はそこは良いにおいに包まれていた。



「本日最終回! ブラックシープ商会推薦の健康食品はいかがですか?」
「ブルーローズの新作、白桃の蒟蒻ゼリーです。有機栽培で作られたブランド白桃を贅沢に使った一品で、果物の甘味を生かすことで砂糖の使用を控えました」
「ロックハート洋菓子店のチョコレート菓子はいかがですか。カカオポリフェノールがたっぷりと含まれていて、甘くておいしいのに体にも良い素敵なお菓子です」
 いたるところで客引きの声が上がる。
 普段はがらんとしているホールが、今は入りきらないほどの人でごった返している。校内の有名店、有名職人――――将来的には世界へ羽ばたき、とても手が届かなくなること確実な人たち――――の出店目当ての客が、我先に商品に手を伸ばす。だが、それ以上に混み合っているのは、出店の奥に作られた特設ステージの前だ。
 間もなく始まる目玉イベント、校内の有名人による料理コンテストを一目見ようと開始直前のいま、観客席は人であふれている。今にも将棋倒しが起きそうだ。その間を忙しく走り回っているのは、お揃いの白い服を着たエンジェルエッグのスタッフたちだ。
「はーい、皆さんこんにちは。大変お待たせしました。今からお待ちかね、第一回エンジェルエッグ主催料理コンテストを始めます!」
 やや緊張気味の様子で、ステージ上に現れた少年が叫ぶ。それにこたえるように、客も口ぐちに声を上げる。一通りそれが収まるのを待って、少年は続けた。
「では、まずこの大会の趣旨を説明します。テーマは美容と健康にいい料理。食材や調理器具はあらかじめ、本人の指示されたものをそろえてあります。そして、食材提供は伊座波農林水産協会、ファラリス畜産協会! 調味料や調理器具はブラックシープ商会提供です。感謝!」
 答えるように、それぞれの出店ブースから声が上がる。
「ではでは、ここでまず選手に登場してもらいましょう。どうぞ!」
 ステージ上に特設された調理スペースにぞろぞろと人が入ってくる。一人一チームのため、ステージの大きさの割には人数は少ない。だが、見落としてしまうほど影の薄い人物もいない。その顔触れにざわりと会場がざわめいた。
「選手紹介です。まずはエントリ№1番。学園古株の一人にして、定食屋[オオツ]の女将さん。みんなの胃袋を暖かい家庭料理で支えてくれるお袋さん。【ファットマム(肝っ玉母さん)】大津春恵さん!!」「誰が太っちょのお母さんだ!!」
 まな板が飛んできた。
 木製の丈夫で思いまな板が、謎の飛行体となって宙を舞い、司会進行の少年の後頭部を見事に直撃した。少年は勢いでかすかに宙を舞い、音をたててステージから落下した。
 空気が凍った。
 ランキング235位【ファットマム(肝っ玉母さん)】大津春恵
 禁句は太っちょと年の話。実年齢に23歳と世間的にみれば若い彼女だが、平均年齢が以上に低いライザー学園においては、年長組に入る。なぜなら、ライザー学園への入学資格は11歳以下で入試にパスすることで、その後六年以内に本科に進めない生徒(百人中九十九人)は即退学となるため、年齢層が上がりようがないのである。
 それはともかくとして、司会進行はぴくりとも動かない。上位ランカーすらまともにくらったらただでは済まない一撃を受けたのだ。無理もない。
 慌てて現れたスタッフが少年を運んでいく。入れ替わりにマイクを持った少女がステージ上に現れた。金髪碧眼の、あきらかに欧米系の少女。少女はマイクを口元に持っていくと、
「ぎゃはははははは」
 豪快に笑った。
「えーと、うっかりハプニングで司会は強制退場! ってことで、ここからは俺様、ヘイゼル・ラインがお伝えするぜ!」
「ヘイゼルだったんだ!?」
 客席からは、悲鳴とも感嘆ともつかない声が上がる。
 ランキング400位。エンジェルエッグ社員ヘイゼル・ライン。学園最高峰の変装技術を持つ女性――らしい。らしいというのは、その変装能力故に彼女の本当の姿を見たことがある人がいないからだ。子供から老人。男女。彼女はいつ見ても違う姿をしている。姿どころか、性格や口調、声色すら変えるからたちが悪い。
「ひゃはっはは! 見て分からねえか? ってわかるわけねえか。じゃ、とっとと紹介いくぜ! しっかり聞いてろよ」
「…………今日のヘイゼル、テンションおかしくねえか?」
「そういう人物になりたい気分だったんだろうよ。あいつのことは誰にも分からねえ」
 ぼそぼそとささやくスタッフの声が聞こえているのかいないのか、ヘイゼルはテンションを下げる気配を見せない。
「じゃ、次な次。エントリー№2番。甘党の女神。我が学園が誇る洋菓子職人にして、ロックハート洋菓子店店主【エクレアハート(甘美な稲妻)】楓メープル! 洋菓子職人がどんな料理を作るか必見だぜ。だが、残念だな。ライバル・ブルーハート洋菓子店の雪城白花は今回欠席だ! ガチンコ勝負ならず残念! ま、落ち込まず頑張れよ」
「落ち込んでいないわよ。私は別にガチンコ勝負をしにきたわけじゃないのよ」
 不服そうにメープルは言い返す。料理に髪の毛が入らないようにと、髪はしっかりまとめて調理用の帽子の中に入れられている。白いパテシエの服がなんとも清々しい。
ヘイゼルはけらけら笑って答えた。
「えーと、出場前アンケートによると、菓子職人が作る料理がどういうものか見せてやる、と。おお、強気に来ました。これは楽しみ楽しみ。頼むから料理に砂糖大量投下とかやめてくれよ? って、ストップストップ!! 缶詰投擲禁止!! 俺が悪かったって」
 ぎゃあぎゃあ騒ぎながらも、缶詰をすべてよけている。メープルが手加減しているのか、ヘイゼルの反射神経がいいのか。多分、両方だろう。
 メープルの手元に缶詰がなくなったところで、息を切らしながらヘイゼルはマイクを持ち直した。
「次! エントリー№3番。ダイナソアオーガン代表取締役社長。ゴシックロリィタな衣装をまとった骨格標本を持ち歩く不思議ちゃん、【イノセントカルバニア(純白髑髏)】篭森珠月! 今日も麗しいドレス姿で登場だ。それで料理する気か? エプロンまでひらひらってどういうことだよ?」
「趣味」
 一言で篭森は言い切った。今日も黒いゴシックドレスでそのうえから、レースやリボンが付いた白いエプロンをつけている。少しメイドっぽい。頭には昔のキッチンメイドがするような帽子をかぶっている。
「こう見えても、かなり料理上手なんだぜ。しかも可愛いもの好き。って、おいおい、今『嘘だ!』って言ったの誰だよ? 俺がこの嘘で何の得するっていうんだよ?」
「こう見えて、で悪かったね」
 篭森は微笑んだ。だが、気温が数度下がったような気がした。
 ヘイゼルはあいまいな笑みを浮かべてごまかす。
「あー、悪い悪い。言葉のあやってやつだ。怒っちゃ嫌だよv ってあぶねえ! 小麦粉投げんな。それ一キロあるんだぜ!?」
「当てないよ。それに本気で怒ってるわけじゃないから安心して」
「なら、初めから怒んな!! じゃ、次」
 ごほんと咳ばらいをして、ヘイゼルは次の出場者の名前を読み上げた。
「エントリー№4番。知る人ぞ知る名コック。アラビア人にして中華の達人! 豚肉のために宗教を捨てた料理人の鏡! 【ファイティングコック(炎の料理人)】モハメド・アリ!!」
 『ええ!?』という声と『おお』という感嘆がほぼ同時に上がる。
 本日のモハメドの恰好はなぜかチャイナシャツ。しかしコック帽はきちんと被っているため、全体的に意味の分からない格好になっている。
「……お前さぁ、コック服かチャイナかどっちかにしろよ。このシノワズリ(中国趣味)め」
「なんだと!? 中国を馬鹿にするな!」
「中国じゃなくて、おめえを馬鹿にしてんだよ。アイデンティティを何に求めてるんだ? お前」
「わたしは体と魂はアラビア人でも、心は中国人だ!」
「魂はアラビアなのかよ!? それって最終的にはアラビアに還るってことだよな!? 俺はますますお前が理解できなくなったぜ! もういい。次行くぜ」
「あ、こら!!」
 騒ぐモハメドを半ば押し切って、ヘイゼルは続ける。
「エントリー№5番。って、おい! なんでこいつを呼んじまったんだよ!? 北地区の王様夜厳のお膝元・不夜城の料理長にして、学園唯一のあらゆるものを食材にする女! 【デビルシェフ(悪魔的調理人)】マリア・レティシア!」
 今度ばかりは、悲鳴がそこかしこで上がる。
 ランキング290位【デビルシェフ(悪魔的調理人)】マリア・レティシア
 世界のあらゆる分野で次世代を担う人材が集まる故か美形が無駄に多い学園内でも、美しい部類に入る顔立ちをした料理の天才の一人である。
 しかし、彼女のことを知っているものは皆、それが無駄な美しさであることも知っている。その妖艶な美しさも、深い笑みも、すべては食材にしか向けられない。そして彼女にとっての食材とは――――文字通り、食べられるものすべて。
 道行く人間さえ、彼女は食材としか見なさない。故に、彼女に道端で追われた経験のあるトップランカーは少なくない。なぜ、ここでトップランカーに限定するかというと……下手な技量の持ち主では、食材とみなされた瞬間に本当に肉にされてしまい、追われた『経験』を得る暇がないからである。
「おいおいおいおい! そこにある肉とかよ、マジで平気か? 頼むからステージ上にいる連中を肉にしないでくれよ? 今日は料理コンテストであって、バトルロワイヤルじゃねえんだぜ!」
「ふふ……ふふふふふ」
 返事の代わりに笑い声がかえってきた。ずりずりとヘイゼルは後ずさりをする。
「ま、マリア?」
「あなたは美味しそうじゃないね。ふふ。薬品の使いすぎで肉にまで匂いが染みついてるよ。煮込んでも焼いても使えないね。ふふ。出汁を取るにも使えない屑肉だ」
「俺の品定めしてんじゃねえよおおおおおおお!!!! 屑って言われてうれしかったのなんて生まれて初めてだぜ……おお、こわ。おーい、メープルとか戦闘向きじゃねえやつら、気をつけろよ。自分が料理になるなよ」
「ちょ、やめてよ。そういうこというの!」
 名指しされたメープルは真っ青な顔をして篭森の後ろに隠れた。篭森はため息をついて頭を振る。
「まあ、いざとなったら返り打ちにしてやるよ」
「それはそれでやめてくれ! ああ、もうこれだからこの学校のやつらは……ほんじゃ最後の出場者な」
 できるだけマリアから目を離さないように移動しつつ、ヘイゼルは最後の出場者の名前を読み上げる。
「エントリー№6番。我らが姫君沙鳥様の守護者【オルディネレジネッタ(女王騎士団)】の一人にして、たくましい青年の肉体と麗しい乙女の心を併せ持つお姉さま。【アッドロラータ(嘆きの聖女)】半月正宗!」
 二メートル近い長身の青年が恥ずかしそうに頭を下げた。
 きちんとつけた三角巾とエプロンがどうも浮いている。だが、それを指摘するものはいない。学園トップランカーの中では珍しく地味な顔立ちをしているが、優越感も劣等感も与えないその顔は見ていて感じがいい。なんとなく落ち着いた気分にさせてくれる外見だ。
「こう見えても中身は大和なでしこ! 今回は本職の料理人みてえな派手さはないが、手の込んだあったかい家庭料理に期待だ。ある意味ではダークホースになるかもしれねえぞ」
「やだ。そんなに煽るようなこと言わないでよ!」
 慌てたように政宗は言うが、それで止まるわけはない。
「いやいや。マジで努力家ですっごい頑張り屋さんなんだぜ。政宗ちゃんを悪くいう奴は俺が許さねえ。才能とバックボーンと顔と、天に何物も与えられまくってるやつ。ちょっと政宗ちゃんを見習え! うん? 贔屓だって? 当たり前だ。俺はむかつくやつと好きなやつは堂々と差別してる」
 大ブーイングが起きた。にも拘わらず、なぜかヘイゼルは踏ん反りかえっている。
「こら、ヘイゼルちゃん! いい加減にしなさい。そんなことされても困るわ。皆さんだって困ってるでしょう。悪ふざけしないの!」
「はーい。あーあ、怒られた。お前らのせいだぜ。って、はい、ごめんなさい。ごめんなさい。謝るから、政宗ちゃんこぶし握らないで。政宗ちゃんの説教長いんだよ。はい、ごめん。まじめにやります」
「ならよし」
 コミカルなやり取りに会場からは忍び笑いが漏れる。
「というわけで以上六人には、これから料理の腕を競ってもらうぜ。採点は、見た目、味、栄養バランスがポイントになる。合計得点が高かったやつの価値だ。制限時間は90分。検討を祈るぜ」


 みんなが慕う定食屋おかみ 大津春恵
 学園随一の洋菓子パテシエ 楓メープル
 ゴシックドレスの警備会社社長 篭森珠月
 アラビア人の中華の達人 モハメド・アリ
 人肉さえ調理するシェフ マリア・レティシア
 女王騎士団の姉的存在 半月正宗



 かくして六名の出場者が、ステージ上に終結した。
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