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「次は……金澤精肉店か。あー、なんで俺が肉屋をめぐらないといけねえんだ。しかもなんでこの学園の肉屋は、こうもあやしいんだ。さっきに肉屋に転がってたあれ、絶対人間の肉だって」
 ぶつぶつと文句を言いながら、聖は道を歩いていた。仕事を無理に中断させられているため、機嫌は限りなく悪い。
四十物谷調査事務所の正月聖は、エイリアスもちの上位ランカーだが、特に際立った特徴がないため、道を歩いていてそれと気づく人間はいない。300人もランカーがいれば全員が超有名というわけではない。その中で顔と名前を誰もが知っている人間など、せいぜい50人と言ったところだろう。特殊な服装や武器でそれを分かる人間を入れればもう少し増えるかもしれないが、それでも見ただけではそうと分からないランカーは沢山いる。
「と、ここか。すみません」
 目的の精肉店を見つけると、聖は裏口に回った。怪訝な顔をした従業員が出てきたところで、所長に指示されたとおりの行動を取る。
「はじめまして。突然の訪問、失礼します。私は四十物谷調査事務所の加納と申します」
 偽名を名乗り、嘘の名刺を渡す。それを受けとって、従業員は首をかしげた。
「その……調査事務所の方がなにか?」
「いや、私、営業で回っておりまして。私どもの会社では、こういう精肉の産地偽装や飼料の検査もしております。もし、検査の必要がありましたら、是非わが社を贔屓に願いたいと思って」
「へえ、四十物谷さんみたいな有名リンクでも、営業なんてするんですね」
 営業、と聞いてかすかに相手の表情が緩む。少なくとも自分が調査対象ではないと知って安心したようだ。さらに聖は続ける、
「お恥ずかしい話なんですが……実は私、四十物谷調査事務所の契約社員なんですが、仕事でミスをしてしまって……怒った所長に『仕事十件取るまで帰ってくるな!』と追い出されてしまったんですよ。だから、ねっ、お願いします」
 茶目っ気をこめて言うと、従業員は噴出した。楽しげに笑いながら、名刺を見やる。
「分かった、分かった。店長が戻ってきたら伝えておくよ。でも、調査不足だな。うちには必要ないと思うぜ」
「おや、なぜですか?」
「うちは一箇所からしか肉を仕入れてないし、そこは信用できる牧場だからだよ」
「でも、肉を処理する過程で摩り替わりが起こることもあり得ますよ」
「平気だって。うちは、食肉加工は菱谷ってやつがしてるんだけど、あいつは仕事熱心だからな。うちの学校の元学生で、退学した後もこの辺住んでいるだ」
「珍しいですね。学生ではない方を雇っているとは……よほど腕いいんですね」
 食いつきのよさに機嫌を良くしたのが、上機嫌で従業員は話に応じる。
「ほら、あれだよ。本科進学失敗組。百人に一人ってとこだろ? 予科から本科にいけるやつ。ま、俺やおにいさんはその百人に一人ってわけだが」
 さり気なく自慢する。相手が上位300位に入るランカーとはまったく気づいていないようだ。
「で、落ちた奴らは大概故郷に帰るなり、どこかに就職するなりするけど、これが泣ける話でさ。菱谷には恋人がいたんだけど、そいつは本科に進学しちまったんだって。普通ならわかれるだろうが、あいつはどうしても別れたくなくて、進学できずともこの街に残ることを決めたってわけだ」
「純愛ですね。羨ましい。私も、そういう相手がほしいものです」
「だよな。これぞ、愛ってやつか」
 けらけらと従業員は笑った。愛とか言っているわりには、まったく感心している様子は見られない。むしろ、そんなもののために学園内の下働きに甘んじている相手を、下に見ている口調だった。
「いやいや。今時、仕事熱心で恋人一筋なんて、そうそういないじゃないですか」
「だよな。最近、また解体用の包丁を購入してて……普通、自費で解体道具なんて買うか? マジで仕事中毒だよな」
 そこで時計に眼をやって、従業員は苦笑を浮かべた。
「と、そろそろ戻らねえと。店長には伝えておいてやるよ」
「ええ、是非」
 優秀なセールスマンの顔をして、聖は頭を下げた。そして、踵を返して遠ざかる。十分距離を置いたところで、電話をかけた。
「もしもし?」
『緋葬架ですわ。終わりましたの?』
「わけが分からないなりに、リストの店は回ったぜ。すでに上ってるリストと相違はない。まだ菱谷ってやつだけには接触できてないが、噂を聞いた感じ、調査報告と差異は感じない。なあ、所長はいったい何を調べているんだ?」
『それは所長が把握していればいいことですわ。終わったなら、さっさとお戻りくださいませ。こちらも暇ではありませんのよ』
「俺、五時には退社予定でもう四時……ってきれやがった」
 静かになった衛星携帯電話を見下ろして、聖はため息をつく。そして、資料の入った鞄を抱えなおした。中にはこの周辺に住んでいる医者と食肉関係者数名の資料が入っている。なんだかよく分からないが、タイミングからして今朝、所長にお願いした連続通り魔殺人の容疑者だろう。
 なぜ食肉関係者が容疑者なのかは分からないが、知らされていないということは分からなくていいことだということだ。聖は割り切る。それほど戦闘向きな能力を持っているわけでも、頭脳明晰なわけでもない自分がここでそれなりの地位を得ることに成功しているのは、引き際のよさが一番の理由だ。ある程度優れているならば、優れているからこそ、分を知らなくてはならない。少なくとも自分は、誰かの上で働くより、誰かの手足になるほうが向いている。適性の問題だ。
 帰り道を歩き始めたところで、ふと、妙な光景が目に入った。
 二人連れの男が、別の男をじりじりと追い詰めている。それ自体は、世界のどこでも普通に見られる光景だ。まして、お世辞にも治安がいいとはいえない北と西の中間では。
妙だと思ったのは、その相手の顔に見覚えがあったからだ。一人は【クルアルティワーシプ(残酷礼賛)】不死原夏羽。もう一人は、【ヴァイスワーシプ(悪徳礼賛)】不死原陽狩。悪名高い殺人鬼だ。
だが、彼らが人間を問い詰めている場面というのは、珍しい。普段なら、問答無用で襲い掛かって切り刻むはずだ。
無視しようかと思ったが、あいにくと進行方向だ。少し迷って、聖は声をかけた。戦闘能力の高くないミスティックである自分は、戦闘狂の殺人鬼たちの標的にはなりにくい、という打算もある。
「おい、道塞いでなにしてるんだ?」
 殺人鬼の視線がこちらに向く。その瞬間、追い詰められていた男が走り出した。まっすぐこっちに向かってくる。聖はとっさに身構えたが、男は聖を無視してすれ違う。
「って、おい!」
 このままでは、邪魔したこっちが標的になる。
 聖は全力で逃げ出した。直後、背後から追ってくる足音が響く。捕まれば、それこそ一間の終わりだ。聖は持てる限りの力を足にこめた。同時に、自分のおせっかいを呪う。前には先に逃げた見知らぬ男。
「て、てめえ、ふざけるな! なんで俺が巻き込まれないといけないんだよ!?」
「そっちが勝手に巻き込まれたんだろう!?」
 負けじと相手も怒鳴り返す。しかし、不毛な言い争いで体力を消耗している余裕など二人にはない。なんといっても、追ってくる相手はごっこ遊びの鬼ではなく、本物の殺人『鬼』だ。
「だいたい、何で絡まれてるんだよ!?」
「知るか! いきなり、血の臭いがするとか因縁つけられて」
 足音がダンダン近づいてくる。舌打ちして、聖はポケットに手を入れた。中から、小さな陶器の破片を取り出す。
「? お前、何」「ちょい黙ってろ」
 それを一つ放り投げ、足で踏みつけて地面に埋め込む。直後、ほぼ直角に左へ曲がる。さらに走りもう一つ落とす。そして、足で地面に埋め込む。そして左へ曲がる。なぜかついてくる男のことは無視する。
「……なに同じところ回ってるんだよ!? それじゃあ」「黙ってろ」
 最後の一つを落として足で埋め込む。同時に、陶片を落とした地点を繋ぐ四角形の中にむかって、見知らぬ男を引き込みながら自分も飛び込む。
「『陶片追放(オストラキスモス)』、発動!」
 瞬時に周辺の空気が入れ替わる。
 ミスティック能力『陶片追放(オストラキスモス)』
 陶器や硝子の破片を埋め込んで作った四角形の場所を、外界から隔離する能力である。能力発動中は、能力者と任意の相手以外はだれもその場所に干渉することができず、また干渉できないことに疑問を持たなくなる。ただし、隔離空間内部の人間が外部に接触した場合(内部から攻撃をしかけるなど)、能力は自動解除される。
 へたり込んだ聖と男の前を、夏羽と陽狩が走っていく。ほんの数センチの距離なのに、こちらにはまったく気づいていない。
「くっそ、見失ったか」
「サイキッカーかミスティックの能力を使われたかもしれませんね。仕方ない、あきらめましょう。私たちにそっちの才能はありませんから、もう追っても無駄です」
「ふん、つまらねえな」
 話しながら殺人鬼は遠ざかっていく。十分な距離があいたのを確認して、聖はほうと域をはいた。
「くっそ、まだ日も沈んでねえのに、なんであんなに元気なんだ? 普通、殺人鬼の行動時間っていうのは夕方以降だろうが」
 聖はかすれた声で毒ついた。そして、隣の男をふり向く。男はびくりと震えた。怯えているというよりは、警戒の色が強い。この学園の住人なら当たり前だが。
「……巻き込んですみませんでした。では、これで」
「待てよ。まだ近くにいる。もうちょい、ここにいたほうがいいぜ。俺の能力は場所限定。場所を離れれば効力がなくなる。次に見つかったら、逃げ切れるのか」
 立ち上がりかけた男は、再び地面に腰を下ろした。ため息とともに、頭を書く。短いこげ茶色の髪がぐちゃぐちゃになった。
「お前……武道系のワーカーか何かか?」
「違う。何でだ?」
「あいつらは、戦闘狂の殺人鬼なんだ。強い奴を好んで狙う。だから、武闘派なのかと思っただけだ。そうでないなら……死体か怪我人でも運んだんじゃないか?」
 ぴくりと相手が動いた。かすかな変化だが、仮にもランカーである聖が見つけられないほどではない。
「殺人者は血の臭いに敏感だ。血に触れたあとは、しっかり血を流して……消臭剤でも自分に振り掛けとけ。常識だ」
「……お前は?」
 遠巻きにお前もその類かと尋ねてくる。聖は苦笑した。あまりにも幼稚な質問だ。同時に、その質問だけで彼が本科生ではないと分かる。現地の住人か、予科生だろう。とても本科に上れるレベルではない。朴訥といえば聞こえがいいが、あまりにも愚かだ。
「違う。俺は逃げ隠れが専門。逃げたり、隠したりをお手伝いするんだ」
「そう……なのか。夜逃げ屋?」
「前はそういうこともしてた。その会社駄目になってさ、今は別の会社のぱしり。今日も上の命令で、仕事中断して外回り」
 肩をすくめて見せると男は小さく笑った。緊張がかすかに緩んだのが分かる。
「オレは……精肉店で下働きしてる」
 聖は驚いたが、顔には出さずうなづく。
「へえ。販売員?」
「いや……肉の解体」
「それはすごい。肉をうまく解体するのは職人技だって、前に聞いたことがあるぜ。じゃあ、お前のとこだと人肉扱ってるのか?」
「違う。なぜ?」
「あ、気を悪くしないでくれ。てっきり、商品の人肉切り刻んだせいで血の臭いがうつったのかと思った。違うなら……マジで運が悪かったんだな。おっかしいな。昼間にうちの上司が出くわしたときは、落ち着いていたって言ってたのに」
 聖は天を仰いだ。傾いた太陽が、徐々に西の地平へと近づいていく。
「さて、流石にもう行ったかな」
 周囲に人の気配がなくなったことを確認して、聖は立ち上がった。見えない境界線を踏み越え、周囲をうかがう。
「いないみたいだぜ。帰るなら、今のうちだ」
「……ありがとう、ございます」
 呟くように言って、青年は立ち上がった。しきりに周囲を見渡している。軽く手を振って、聖は男と別れた。その姿が見えなくなった瞬間、聖の表情が切り替わる。
 一つだけ男に言わなかったことがある。優れた殺人者は、血の臭いをかぎ分ける。それが動物か人間のものかは勿論、人によっては血だけでそれを流した人物の状態すら知ることができる。だから、殺人鬼が血のにおいをかぎ分けるのに失敗するなんてことはないはずなのだ。
 聖は衛星携帯電話を取り出すと、再び四十物谷調査事務所の番号を押した。