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 暗い。
 おそらく出来たころはきっと照明が輝き、綺麗に着飾った人間がたくさん歩いていたのだろう。今はあちこちが崩れ、地下水が噴出している。足場らしい足場はなく、光もほとんどない。ただ、半分崩れた入り口から差し込む日光だけが、うっすらと内部を照らしている。
「入ってすぐに左右、どちらも崩れている。でも、住み着くには湿気が多すぎる。だから、ここに人は滅多に来ない」
 人気のない地下道に、桔梗の声が響く。
「一人でぼんやりしたいやつが、たまにふらりと来ていたらしいが……死体が出てからは、誰もこなくなった」
「感染症は怖いからねぇ」
 ずれたことを言って、宗谷は周囲を見渡す。
「なんというか、ここまでたくさんの地下通路や地下施設を作り続けた、旧東京の人っていうのは、本当、すごいよね」
 中に入った瞬間、むっとする腐臭が漂ってくる。宗谷は袖で口と鼻を覆った。それで腐臭が誤魔化せるわけではないが、気休めにはなる。
 数回瞬きをする。暗闇でも目が利くよう訓練はしているが、それでもなれるまで数秒かかる。
「へえ、酷い…………」
「ちっとも酷いと思ってない口調でよく言う」
「慣れてるからね」
 赤黒く染まったコンクリート片と鉄筋の間に赤黒いものが見える。虫や鼠が集っていたが、宗谷が近づくとぱっと逃げた。やれやれと宗谷は肩をすくめる。しかし、その口元はかすかに笑みの形を浮かべている。
「なんてね。本当は楽しくないわけでもない」
「お前は、猟奇趣味だからな」
「そんなんじゃないよ。僕は人間が大好きなんだ。特に、人間にしかない部分が。中でもこういうのは面白いよね」
 ふんと桔梗は鼻を鳴らした。そして、入り口付近まで下がる。
「この変質者め」
「純粋なる好奇心さ。いや、でも劣化してるけど、かなりすごい技術力だよ」
 デジタルカメラを構えながら、嬉々としている宗谷を見ながら、じりじりと桔梗は後ずさっていく。桔梗は、死体が怖いというような可愛げのある性格はしていないが、死体を見て薄笑いを浮かべている人間の隣でぼんやりしているほどは達観できていない。
「す、すごいって何が?」
「綺麗に切り分けられている。あまり傷もついてないし、ちゃんと部位ごとに分けてある。これは慣れてるね。ざっくりやってて躊躇いもない」
 嫌そうな顔で桔梗は宗谷が指差した部位を眺める。内臓の一部らしいことは分かったが、小動物による損傷と腐敗で何かはよく分からない。大きさから、肝臓だろうと予測する。
「プロの犯行っていうのが、お前の見解か?」
「少なくとも、生物を殺すことに慣れている人間の仕業だろうね」
「やっぱり、殺人鬼連中じゃねえの?」「違いますよ」
 宗谷が桔梗を担ぎ上げて跳び退るのと、その場に刃物が複数突き刺さるのはほど同時だった。数秒おくれて、「どこ触ってんだ、変態!」と桔梗が宗谷の後頭部を引っ叩く。
「……君がさらしと短パンに着物を羽織るなんて、奇天烈な格好してるのがいけないと思うんだけど」
「そういうのを、世間では言い訳っていうんだぜ」
「僕は理不尽って言葉を思い出したけど」
「やかましい!」
 さらにバンバンと煙管で宗谷の頭を叩いて、気が済んだのか桔梗は離れた。傷む後頭部を宗谷はさする。
「けど、まあ、一応ありがとよ」
「どういたしまして」
「……どうでもいいですが、無視しないでくれません?」
「そうだぜ。俺たちが折角、通りかかってやったんだから」
 人の形に、差し込む光が遮られる。宗谷は目を素褒めた。
「不死原と不死川か」
 逆光で顔は見えないが、その二人は笑ったように見えた。
「ちっす」
「どうも、こんにちは」
序列269位【クルアルティワーシプ(残酷礼賛)】不死原夏羽(しなずはら・かはね)
序列270位【ヴァイスワーシプ(悪徳礼賛)】不死川陽狩(しなずがわ・ひかり)
 校内最悪の殺人鬼のうち二人が、晴れやかな表情を浮かべて入り口を占拠していた。
 右にいる夏羽は、じゃらじゃらと鎖やバッジが沢山ついたシャツとわざとぼろぼろにしたデザインのジーパンという、明らかに近寄りがたい服装をしている。耳にはピアスを開けていて、髑髏や十字架がぶら下がっている。腰についたフォルダーには、いくつもの刃物が釣り下がっている。
 左にいる陽狩は、それと真逆。ほどよく着崩したダークグレーのスーツに、ストライプのシャツを着込んでいる。休憩中のビジネスマン、といっても十分通りそうだ。しかし、そのジャケットやポケットに沢山の刃物を隠し持っていることを知らないものはいない。
 不死原夏羽は、日系米人。不死川陽狩は純日系。ため口が夏羽で、丁寧語が陽狩。血も生まれもつながりなど一つもないが、この二人はよく似ている。戦闘と殺人と享楽を好むという点で。その腐れた縁が、このコンビを結ぶ唯一の糸なのだ。
 油断なく宗谷は、彼のエイリアスの由来となった戦斧――クレセントアックスを構える。それを見て、夏羽と陽狩は嬉しそうに笑った。
「へえ、二桁が相手してくれるのか?」
「それはそれは光栄なことです。よい戦士と刃を交え、それを倒し、悔しがる様を想像しながら死体を蹂躙することは、その辺を歩いている雑魚を百人殺すよりずっと価値がありますからね」
 二人の戦闘狂の殺人鬼は、まったく違う顔で、まったく同じ狂気をおびた笑みを浮かべる。だが、意外にも二人はすぐにその笑顔を引っ込めた。
「と、言いたいととこだが、間が悪い」
「今日はもう殺しちゃってるんですよね。ふふふ」
「……怖いよ、二人とも」
 宗谷は苦笑を浮かべる。その後ろでは、桔梗が顔を完全にこわばらせている。少しずつ動いて相手との間合いを計るが、ほとんど崩れかけた地下道では移動できる空間も限られている。どう動いても、安全といえるほどの距離は取れない。
 だが、宗谷は平然としている。
「おい、宗谷。お前、よく普通にしゃべれるな」
「だって、この二人は一応、言葉通じるし」
 どこが通じてるっていうんだ!? 桔梗は思ったが口には出さず、代わりに煙草に火をつけた。うっすらと煙が上る。それに気づいて、二人の殺人鬼は同時に視線を宗谷から桔梗に移した。
「おい、ミスタトゥ。あんまり吸うと肺ガンになるぜ」
「そうですよ。女性は子どもを生むんですから、禁煙したほうがいいですよ」
「……殺人鬼に健康の心配されるとは、驚きだな」
 嫌味をこめて、桔梗は返した。心外だとばかりに、ふるふると二人の殺人鬼は首を横に振る。
「だって、あんまり俺ら好みの獲物じゃねえから、生きようが死のうが関係ねえし」
「むしろ生き延びて子孫を作ってくれれば、その中から私たちの獲物に相応しい人間が現れるかもしれませんし」
「……結局は自分のためか」
「うん」
「そうなります」
 悪びれた様子もなく、殺人鬼は答えた。数十秒の会話で、自分が相手を理解できないことを理解した桔梗は、会話を放棄して黙り込む。入れ替わりに、宗谷が口を開く。
「話戻るけど、今日はもう殺したって? 君たち、一日の殺人量に制限もうけていたっけ?」
「そんな面倒なことしてねえぜ」
「ただ、本日は久々に三桁と当たりまして」
 嬉しそうに陽狩は言った。
 三桁とは、序列が999位以下のランカーのことを示す。当然、総合成績順位が三桁ということは、頭脳、体力、功績、名声など様々な点で特に秀でた生徒といえる。
宗谷はかすかに眉を寄せた。人を殺した、という事実ではなく三桁の生徒が死んだという事実に眉をよせる。純粋な好奇心で、被害にあったのは誰かと考えているのだろう。場合によっては、自分の利益に関わる問題だ。
「その方を殺してばらしたところですので、流石に同じ日にランカーをやるのは……あまり青田を刈って回っては、学園側に怒られてしまいます」
「保身は大事だからな」
「ええ。保身は大事です。生きていなければ、他人を殺せませんから」
 自分が生きていないと他人を殺せないから、より多くの他人を殺すために自分を守る。だから、今日は殺人はもうやめておく。
 あまりにも無茶苦茶な思想に桔梗は不快そうな表情を浮かべた。しかし、宗谷は相変わらず楽しげに笑っている。
「だから、残念で残念で涙がでてきそうですが、やめて起きましょう」
「だから、お前らはお預け」
 一瞬、殺人鬼たちは極上のえさを前にした狂犬のような目をした。しかし、すぐにそれを消し、代わりにすべてを誤魔化すような軽薄な笑みを浮かべる。
「でも、無視しにくい台詞が聞こえたから声かけたわけ」
「それはありがとう。君たちの友情に感謝するよ」
 あくまでも軽く宗谷は返す。同じように軽く夏羽もかえす。
「今度殺す」
「はは、断る」
 殺伐とした会話が交わされる。だが、切りかかってくる気配はない。宗谷は構えた斧を下ろした。ただし、相手の気が変わる可能性を考えてしまうことはしない。さり気なく、桔梗を背後に庇いながら、前に出る。
「で、君たちじゃないって?」
「おお」
「というか、これは私たちのような殺人鬼の解体方法じゃありませんよ。こんなつまらない切り刻み方」
 足元の小石を拾うと、陽狩はコンクリートの山に向かって放り投げた。なにか丸いものに石が当たり、その勢いで丸いものが宗谷と桔梗の目の前に転げ落ちる。それが人の頭部だと築いて、桔梗はいやそうな声をあげた。
「これが何か?」
「例えばこの頭。頭部は重要だから、私たちの同類ならもっと楽しくばらばらにします。かといって、素人なら頬肉を削いだりはしないでしょう」
「ま、そういう違いは俺たちだから分かるんだけどな。宗谷は変質者だけど、いっがいと普通だから無理だろ」
「うん。無理だね。よい助言ありがとう」
 変質者、という部分は聞き流して、宗谷は微笑んだ。陽狩は大げさに肩をすくめてみせる。口元は笑みの形を作っているが、その目は飢えた獣のようにぎらぎら光っていて、その仕草も声も仮面にすぎないと主張している。
「それで大体分かった。ありがとう。今日中には片をつけよう」
「そうしてくれ。最近、うるせえんだ」
「妙な死体が出ると、みんな私たちのせいにしようとするんですよ。ふふ。でも、私ならその頭部、あと五つくらいに分けますけどね。頭頂部から鉈で割って、眼球は入れたままさらにぶつ切りにして……」
「俺はミンチにするけどな」
「ああ、形状をとどめなくなるまで鈍器で殴り続けるのも悪くないですねぇ」
「すぐに殺さず、生きたまま手足をもいで」
「痛みを感じやすい皮膚の表面をミリ単位で刻んで」
「楽しいな」
「考えるだけで、ぞくぞくしますね」
 くすくすと殺人鬼たちは笑った。桔梗は不快そうに眉をよせたが、宗谷はうすく笑っている。
「つまり、この程度じゃ解体が足りない、と」
「そうそう」
「それにその死体、死んでから解体されているでしょう? 僕たちは、そんなことしませんよ。できるだけ新鮮な状態でばらします。一番面白い狩りというのは、殺す側の人間を殺すことですからね。殺す人間は普段、殺されることなんて考えない。だから、殺す立場の人間が死ぬ瞬間というのはとても――とても、無様で面白いんですよ」
「地べた這いずり回って、叫んで暴れてな」
「そうでなくては、人間を殺す意味はありません」
 胸が悪くなるような台詞を、薄笑いをうかべて二人は紡ぐ。顔を背けたのは桔梗だけで、宗谷はそれに笑顔で返した。
「ありがとう。参考になったよ」
「別にお前のためじゃねえよ。さっさと捕まえろ。獲物が減る」
「そうそう。貴方はあなたのお仕事をきちんとなさってくださいね。それから、僕らに殺されてしまってください」
 言いたいことだけ告げると、殺人鬼はくるりと踵を返した。拍子抜けするほどあっさり、立ち去る。その背中に手を振って、にこりと宗谷は笑った。
「助言してくれるなんて、いい人たちだ」「気のせいだ」
 間入れず、桔梗が突っ込む。キセルを乱暴に振ったせいで、灰が盛大にこぼれた。
「……おい、あいつらの言うことって信用できんのか?」
「君は嘘ついてると思うのかい?」
「思わねえよ。あいつらは根性ねじまがってるが、こういう嘘つくタイプじゃねえ。捻じ曲がりすぎて正面を向いているというか……悪意があるなら、もっと巧妙な姦計練ってくるだろ」
「だよね」
 ちらりと肉片を振り返って、宗谷は笑った。
「大体分かってきたな。うん、殺人鬼を探すからいけなかったんだ。動機はともかくとして、どうしてこういう解体現場を作ったのかを考えるのが先だった、と」
「一人で納得するな。って、おい」
 すたすたと宗谷は歩き出した。その後を桔梗は追う。自然と苦々しい顔になる。
「おい、宗谷! いい加減にしねえと怒るぞ」
「おや。ごめんね。じゃあ、お昼ご飯でも食べに行こうか。折角西に来たんだから、中華料理でもどう?」
「図太い神経だな」
 背後には人間の肉片が転がっている。
 人間は惨殺死体を見ると肉を食べなくなるという説があるが、あれは嘘だ。はじめは食べなくなるかもしれないが、すぐになれる。戦場で死体の上を歩いていようと、腹は減るのだから。
 とはいえ、それはそれ。これはこれ。
「桔梗、何が食べたい? 奢るよ」
「……肉以外」