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 ノースヤードの一角。
 ライザー学院内において、ノースヤードはアンダーヤードの次に治安が悪いといわれている。場所によっては他のヤードのビジネス街に引けをとらないところもあるし、安全地帯皆無に近いアンダーヤードに比べればまだまし、という考えもあるが――――
「本当に人気がない。被害者はなぜこんなところを歩いていたんだろう」
 崩れかけた建物を見上げて、宗谷は息を吐いた。
 空はどんよりと曇っている。周囲のコンクリートの建物は、立ったままで朽ち果てているような陰鬱な気配を放ち、かつては舗装されていたらしい道路はひびで覆われている。
 宗谷はしゃがみこんで地面に触れた。
 砂利、コンクリート、木片――――脳内に周囲を構成する物質の要素と割合が次々浮んで消える。道路の原材料、周囲にあるもの、それがどういう由来を持つか、いつからあるか。莫大な情報の中から一つを探し出す。
 【立体捜査(スリーディリサーチ)】
 自分の周囲にあるものの、構成要素、形態、体積、性質、由来などを読み解く、宗谷のミスティック能力だ。生物と人知を超えたもの(オーパーツなど)には利用できないが、この程度のものならば解析は難しくない。
 そして見つける。
「よし、あった」
 生き物の破片。
 突き詰めればほとんどがアミノ酸に還元される、生物の構成要素。ここで死んだ人物の欠片。それに意識を追及する。同時にその欠片が出来た背景が脳内に浮かび上がる。
 その人物は歩いている。視線は宗谷よりやや低い。おそらく身長は宗谷の肩までほどしかないのだろう。段々足が速くなる。追われているわけではなく、急いでどこかに行こうとしているのか。
 視界の隅にその人物が身に着けた、ホルダーに収まったナイフが見えた。だが、次の瞬間――――

 ゴキリ

 視界が捻じ曲げられた。そして暗くなる。びちゃりと音がして、血がとび散った。
「っ、ぐはっ!」
 宗谷は地面に手をついた。一瞬吐き気がこみ上げるが、どうにか堪える。頭を振って周囲を見渡すと、さきほどまでと同じ、朽ちていく途中の建物が見えた。人影は見えない。
「……首をねじ切られたなんて、聞いていないぞ。いや、切ったとは限らないか。首を捻るだけでも人間死ぬし」
 それ以上は追体験できなかった。おそらくその辺に付着している血液か肉片に残った残留思念に拒絶されたのだろう。人間の死体というのは、これだから解析が面倒くさい。
「久々に来る画像だったな。かなり強いイメージが残っていた。首をごきってやられたのか、よほどショックだったのか」
 ショックもなにも、首をねじられれば普通は死ぬ。それが理解できないあたり、四十物谷宗谷という人物は、実にこの時代で生き抜くのに適した人格をしているといえる。
「うーん、だけどこれだけじゃ分からないな」
「おい、宗谷。お前、道の真ん中でなに考え込んでるんだ?」
 聞き覚えのある声に、宗谷はふり向いた。気配は感じていたが、知り合いとは思わなかった。予想通りの顔を見つけ、そして、首を傾げる。
「君こそ、何してるんだ? 君の家は西区だろ?」
「野暮用でな。そんなこと言ったら、お前の家は東じゃねえか。別に活動区域を指定する校則があるわけでもねえし、硬いこと言うなよ」
 かつんと軽い音を立てて、人影は瓦礫の山の上から飛び降りた。羽織った着物がふわりと風になびく。ショートパンツと足首までのブーツ、上半身はさらしだけでその上から帯も締めずに浴衣を羽織っている。そして、赤い組紐で結われたポニーテール。腕と足には目立つ刺青が入っている。手には煙管。腰のベルトには十手。
 出身地域どころか時代すら曖昧な謎の服装だ。これで日系ベトナム人だというのだから、世の中というのは変だ。いや、この学校が変なのかもしれない。
「やあ、桔梗」
「おっす」
 序列291位【刺青少女(ミスタトゥ)】左衛門三郎桔梗(さえもんさぶろう・ききょう)
 ウエストヤードの繁華街に店を構えるタトゥアーティストの少女である。もっとも外見は少女と言うか姐さんで、たまに上半身裸でうろうろしている男気あぶれすぎな女性なのだが。
「野暮用っていうか、どうせ北王、見にきたんだろ? ほんっと、懲りないな」
「うるせえよ、初恋は引きずるんだ」
 桔梗は、北王である夜時夜厳に告白して速攻で断られた過去がある。
「それはともかくとして、仕事中だったか?」
「ああ、ちょっと殺人犯を追っかけてね」
「守秘義務守れよ」
 桔梗は肩をすくめた。宗谷はにこりと笑う。
「なあ、桔梗。ちょっと僕の独り言を聞いて欲しいんだけど」
 桔梗は露骨に嫌そうな顔をした。しかし、表情とは裏腹に腕を組んで聞く体勢を取る。
「道具なしで瞬時に首をねじ切ることができる人間っていうのは、次の種類が考えられる。まずは、純粋な怪力。次にゴリラとか力の強い生物のトランスジェニック。念力なんかの能力をもつサイキッカー。特殊なタイプのミスティック。以上、四種で間違いないかな?」
「ほぼ正解ってことか。ただし、純粋な怪力だけでうちの学校の生徒に勝つのは難しいと思うけどな。予科生ならともかく、本科生は無理だろ。たとえスカラーやインダストリアリストでも、基礎的な戦闘訓練は受けているだろうし。よっぽど能力に偏りがあるなら別だが」
「だよねぇ」
 ふうと宗谷はため息をついた。
「……容疑者が多すぎる」
「ため息をつくところはそこか。相変わらず、面倒くさがりやなやつだ」
「面倒が好きな人間は少ないよ。なあ、最後に一つ」
「おいおい、勝手に会話を終わらせようとするな」
 桔梗は呆れた顔をした。しかし、そのまま去ろうとはせずきちんと話を聞く。この懐の広さと気の長さが、彼女の人格の特徴の一つだ。
「最近、どっかで変な死体見たとかいう話聞いたことない?」
「あるぞ。西の地下――公式地下街じゃなくて、旧東京時代の地下鉄跡な――そこでばらばら死体が出たって、ロリータ・ボイスが言ってたな。気味悪くて回収されるまで歩きたくないと」
「って、回収されてないのかよ!?」
「だって、地下だぜ?」
 学園内には、学園内でありながらも学園の管理下にない地域がたくさんある。例えば、スラム街とか旧都市時代の遺物などがそうだ。ノースヤードなどは特にそういう地域が多いが、北王夜厳の方針でそれ専門も掃除業者が入っているため、かえって死体が放置されることは少ない。他の区域も、管理立場にある生徒が衛生管理の一環として、処理を業者に委託している。しかし、その行政地域からもれた、あるいはすごく分かり難い場所にあった死体はそのまま長いこと放置されることがよくある。
「そっか……地下は見通し悪いからね。でもそんな場所に放置された死体なんて。殺人鬼常連組みなら、大概分かりやすい場所に死体さらすのに、変だね」
「殺人鬼に常連がいること自体がおかしいけどな」
「それを言ったらおしまいだよ、桔梗。でも困ったね。そんな場所に放置するなんて…………なんて不衛生な」
「問題はそこか」
「重要な問題だよ。遺伝子操作してる連中とかならともかく、僕らは肉体的には普通の人間なんだから、死体が原因で伝染病とか起きたら困るだろ」
「あいにくと、俺はこの学校では情緒的な人間なんだ。そこまで割り切れない」
「知ってるさ。だからこそ、君は人望がある」
 死んだ人間のことなど一切話さない。それは世界の普通であり、この学園の普通である。死んだ人間はなにもできないし、死んだ人間に対して何かをすることもできない。なら、死んだ人間のことなど考えるだけ無駄だ。知りもしない人間なら。
 ただし、死体が親しい知人ならばそれなりの措置は必要だ。生き抜くため、生き残ってしまったものたちがなめられないために。殺されても周囲が黙っている人間と思われては、リスクが高くなる。
「羨ましくもあるね。情緒っていうのは、ある意味、才能だからね」
「お前、綺麗な顔して酷薄だな」
「顔は関係ないよ。ねえ、教えてくれよ。その死体、どこにあるんだ?」
 桔梗は肩をすくめると、歩き出した。宗谷はかすかに眼を見張る。
「案内してくれるのかい? やさしいね」
「というか、あの場所は口や図で説明できる程度のもんじゃないというか」
 足元で割れたコンクリートの欠片が音を立てる。そこにかすかに赤黒いものがこびりついているのが見えて、宗谷はかすかに口元を歪ませた。嫌悪と愉悦が混ざった笑みが一瞬だけ顔に浮ぶ。桔梗は気づかない。
「ああ、いやだ嫌だ。気持ち悪りぃ」
「だから場所だけ教えてくれればいいのに」
「できねえから案内してやろうっていうんだろ。ほんと、お前、悪趣味でデリカシーなしだな。この猟奇男。あと、鬱陶しいから髪の毛切れ」「断る」
 そこだけはっきりと答えた宗谷に、桔梗は呆れたような視線を向けた。そして、ゆっくりと歩き出した。